ー「ひとり達人のススメ」山折哲雄著―
   * 「まずは、心を震わすこと」
 学生時代の卒論、『流通革命論』を書くため,
フィールドワークとして1ヶ月ほど大阪・船場の衣料問屋に住込んだことがあった。 
その最終の夜、慶応出の社長に、北新地のクラブで、「若いうちに、感動、感激
する能力を養うこと」と、教わったのを鮮明に覚えている。その後の生き方に
大きな教訓になっていた。 前年の21歳時の、『30日間の欧州一周旅行』の感激
・感動経験が何ものにも替えがたいことを改めて知った。次々と息をつかせない
衝撃的感動が、その後の人生を大きく変えることに成った。 そのためには、
まず己の感覚が研ぎ済まされていること。そして、自分の意思で、そこまで辿り
着かなければならない。
(今ではTV・ネットで、比較的楽に様ざまな場面に立ちあえるが… 生は違う)
  〜その辺りから〜
≪「ヤイコシラムスイェ」。直訳すると「自分自身に対して自分の心を揺らす」
 ということから「考える」というアイヌ語。「ヤイ」が「自分自身」のこと、
「コ」は「に対し」、「シ」は「自分の」、「ラム」は「心」、「スイェ」が
「を揺らす」になる。 考えるということは、単に頭で考えるのではなく、心を
揺らすほど感動することであり、魂を振動させることだと、アイヌ語は教える。
現代の私たちは、考えることを、論理を立てて、合理的に、言葉で思考を構築
していくことだと思っている。それは大切だが、もっと重要なことがあると、
このアイヌ語が教えている。… … 戦後教育は、知識を教えるだけ、詰め込む
だけだった。その前に「考えること」を教えることが必要で、それは要するに、
感動することを学ばせるということだったはず。≫

▼ 振りかえ見れば、人生の大きな境目が、この旅行。その後、数限りない感激、
感動体験をしてきたが、この感動体験があればこそ。 20歳・21歳の立志と感動
体験と、幼児期の家族単位の創業体験が、私のアイデンティティ。 それらが、
好奇心を補強しているような。 その頃から、絶対的読書量の少なさを実感し、
早朝読書を始めていた。現在、TVのYouTubeで、過去に感動した旅先や、絵画を
観て、感激・感動の追加経験をしている。これが現場の再体験の感覚となり、
綺麗な画面と雰囲気が、視聴するというより、追体験を現実にしているような
感覚になっている。今ではVr(バーチャル・リアリティ)で、より深い追体験
可能の実体験をしているような。〜で、以下の同月同日の文章に続く…
 好奇心は、何故か、今でも衰えがないが、「馬鹿は死ななきゃ、直らない」
今でも遅くない。図鑑でも、買いますか。「…ったく、頭の悪いのだけは!」
――
5635,「賢い子」に育てる究極のコツ
2016年08月19日(金)
          <「賢い子」に育てる究極のコツ:瀧 靖之 (著)>
   〜まずは、内容紹介より
《 本書は、16万人の脳のMRI画像を解析・研究してきた瀧靖之先生による、
 脳の力を最大限に伸ばす子育ての本です。 世界最先端の脳研究から、
「ぐんぐん伸びる子」と「そうでない子」の差が見えてきました。
「頭のいい子」「能力の高い子」は皆、好奇心のレベルが他の子どもより高い。
  好奇心を伸ばすコツは、たったの3つ。
「秘密道具1ー図鑑」
「秘密道具2ー虫とり網」
「秘密道具3ーピアノなどの楽器」を子供の成長に合わせて取り入れていく
ことで、その子は学ぶことや知ることがもっと大好きになり、脳はみるみる
賢く育っていきます。さらに脳の発達に合わせた習い事で、芸術的センスや
運動能力・語学力も伸びやすくなります。 》
▼ 結論からいうと、賢い子に育てるには、「好奇心」の強い子に育てること。
 そのために、まず身の周りの自然などが分かりやすく掲載されている図鑑を
与えるのは道理。 また、昆虫採取などの実体験は必要。音楽の演奏もいい。
「人生最初の習い事は?ピアノと英語なら、ピアノが勝ち!」という。
「賢い子」と「成績の良い子」はもちろん違う。本当の意味で「賢い」とは
「自ら進んで学習する能力がある」ということ。子どもの脳は、学校の勉強
だけでなく、人間関係や社会についてもさまざまなことを日々「学習」
しながら成長する。『二人の息子の部屋に、百貨図鑑を置いていた。暇だと
何時も見ていた』と家内は言う。 下の子にはピアノ与えた。 二人とも、
ゲーム好きで、少し嵌りすぎたきらいがあった。
 7〜8歳の頃、近くの大学生だった従兄弟にバイオリンを勧められ、
『教えてやるから、バイオリンを買ってもらいなさい』と・・ 
で、父親に頼むと、即刻、『駄目!』と拒否をされた。あの時に父に、
『何があっても、止めない』ことを条件にバイオリンを始めていたら、
人生が変わっただろうにと、40歳を過ぎた頃から思い返してきた。
両親の素養も必要ということ。尤も、バイオリンは私には向いていないが。
幼児期に、真に受けて始めていたら、人生は変わっていたはず。
 レコードと本の購入は、フリーで、何も言わなかった。

・・・・・・・
5270,閑話小題 〜久々の大物が出現
2015年08月19日(水)
   * 久々の大物スターアスリートが出現
 高校野球に、久々の大物・清宮選手がデビューをした。まだ15歳だが、
風貌は20歳後半。三年前のTVの報道で、彼の大物ぶりを報じていた。
当時のプロの目から見て、「ベーブルース並み」の潜在能力があると
報じていたが、「まさか!」と思っていた。当時の身長は、現在とほぼ同じ。
 この4試合を見る限り、決して、その言葉が大げさに思えないが。
球をとらえる前さばき、全身のシナリ、バットの鋭さ、ふてぶてしさ、
風貌、どれもを見ても、イチロウ、松井秀樹レベルか、それ以上?
 しかし、ネット上の記事の辛口のものもある。
《 準々決勝含む4試合で16打数8安打の打率5割。2試合続けて本塁打
放つなど、計4試合で8打点。本塁打まで打った1年生のどこが「まだまだ」
で、「パワーヒッター」じゃないのか?。「脚力を含めて絶対的なパワーが
ないしフォロースルーも小さい。打つポイントが体に近く、ボールを最短距離
でとらえているので基本的にはセンターから左方向へライナーを飛ばすタイプ。
スイング自体もコンパクトで、レベルよりダウンスイングに近いため、打球も
上に上がりづらい。ホームランバッターがよく、とんでもなく高いファウル
フライを打ち上げますけど、そういう飛球がいまの清宮にはありません。
松井や清原が1年生で甲子園デビューしたときと比べると体のキレ、躍動感、
スピード、パワーで物足りない印象ですね」(同)
 別の球団のベテランスカウトによれば、「東海大甲府戦(15日)の本塁打
にしても、芯でとらえればあれくらいの飛距離は出て当然。それより何より
対戦する投手のレベルがヒド過ぎる。130キロちょっとで、打ちごろのボール
が甘いコースに来れば打って当たり前。清宮だけがとらえているならともかく、
それ以外の早実の打者までボカスカ打ってるじゃないですか」。》
 少し買被り過ぎに、この位の内容で少し冷静に見た方が、本人にも
良いのだろうが、問題は今日明日の内容になるが、やはり逸物である。
 相撲でも、同年代の少年に清宮並みの大物が、何かの大会で優勝をした。
こっちは買被り? それぞれのスポーツに、こういうのが次々と現れてきた。
親がかりのマシーンをつかった天才教育の結果だろうが、清宮は、まだ12歳で、
既に183?のアスリートとして出来上がった身長があったところがポイント。
 一風変わった、沖縄のトルネード投法のピッチャー、アフリカのハーフ、
オジサン顔の15歳の超大物など、面白いのが出てきた。時代は、変わった。

・・・・・・
4905,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー49
2014年08月19日(火)
   * 総括の総括 ー?
 このテーマのシリーズも、目安だった50回に近づいてきた。
しかし、思いついた時々に‘つれづれに’加えていくことにした。 
ホテル事業の準備段階までのことは、今まで、深く振り返ったことが
無かったので、書き出してみると面白い。しかし肝心のホテルは転売時期を
逸し、後半の15年間は、2001年の9・11テロと、2004、2007年の中越地震と、
刈羽地震が発生。 2008年のリーマンショックを経て、2011年の3・15の
東北大震災を向かえ、その直後の3月30日に倒産に至った。 
 経営的には、2001年の9・11以来、右下がりの坂を駆け降りていた。
1985年から始まったバブルは、1989年の株式の納会で最高値をつけた翌年
11月に、半値の20000円まで下げた。更に、数年かけ、最高値の5分1の8000円
以下まで下げた。「バブルの崩壊」は、あるとき一瞬に起きた現象ではない。
崩壊は、開始から数年間をかけて徐々に生じた過渡的現象で、その進行は
地域や指標の取り方で異なる。崩壊は1991年10月ごろ始まったが、その頃、
ソ連、東欧の共産圏の社会主義圏が崩壊をした。中国は実質的に社会主義
放棄、資本主義に変わり始めていた。バブルとバブル崩壊が日本の大転換期で、
欧米に先立って、崩壊過程に入っていた。事業は改革を続けないと、「へ」
の字のように右下がりの結果、消滅をしていく。時期的に3分1が上り坂で、
3分2が下り坂になる。これは店も同じ。 開業以降、バブルを含めて10年が
利益の面からみて上り坂で、後の10年はナダラカな下りで、最期の10年は、
急激な下りになっていた。リーマンショックで地方経済は大打撃。
 しかし、新潟駅前に留まっていたのが、撤退には都合が良かった。
 現在も、4棟のうち3棟が、同じ名前でホテル営業が続いている。 
買い手が、名前を引き継ぎたいというから、快諾をした。同じホテル名なら、
表向きオーナーが変更しただけで、事業体の生命が続いていることになる。
拒否も真剣に考えたが・・ まあ、いいだろう! と。

・・・・・・
4538, 「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある
 2013年08月19日(月)
         「ひとり達人のススメ」山折哲雄
 孤独の必要性を今さら、哲学者の書で読み直すこともないが、図書館で手に
とった時に、「ひとりとは思考すること」と「考えるとは心を震わすこと」を
目次の中で見つけ借りることにした。 会社から離れ、日常生活で「ひとり」
でいる時間が圧倒的に多くなったが、さほど誰かに会いたいとか、話をしたい
とかの渇望は少ない。 家内以外と私的会話を一月もしないことも度々。
これだけ、ここで色いろ主張していれば充分だが・・ 創業を20歳時に
決心した第一歩が「ひとりに成りきる」ことと、『ひとりの世界』のつくり方が、
人生のテーマ。それ以来、早朝の読書を中心にした独学が芯になった。
振り返ってみると、独学の「独」が、重要だったことになる。学のためには、
独(ひとり)になること。スポーツクラブのヨガなどで、図書館、ランチの店、
シネマで、まず自分が独り座る位置を決めておくと、その辺りが精神的な
テリトリーになる。慣れてしまえば「ひとり」ほど自由で気楽なものはない。  
 まずはアマゾンのー内容紹介ーより
《 散るさくら 残るさくらも 散るさくら―良寛の作と言われていますが、
 はっきりしません。ただ、この句をじっくり味わうと実に奥深いものが感じ
られます。それは、私たち日本人の感性に訴えかける「無常観」や「死生観」
が込められているからです。2011年3月11日。そこから意識され始めたのが
「絆」でした。確かに、人は誰かと繋がって生きています。しかし「孤」
があって初めて人との繋がりを意識できるのではないでしょうか。
精神的なよりどころを見失っているかのような現代人に向けて「ひとり達人」
になることで得られる充実感をこの本は説いてくれます。「いじめ」や
孤独死」の問題を解決するために、果ては充実した死を迎えるためにも、
いま最も求められているのが「ひとり」であることの美しさ、強さなのです。
どう生きていくか、どう死んでいくか、どう人と関わっていくか… すべての
答えが「ひとり」の中にあります。どうやったら「ひとり達人」になれるか? 》
▼《「ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある》というが、
「覚悟が出来ているから、ひとりになれる」。アイヌ語の「ヤイコシラムスイェ」
が「考えることは心を震わすこと」という語源からきているという。感激、感動
で心が揺れることが考える、とは驚いた。秘境などの大自然に接し感動すること
自体で、既に考えていたことになる。驚きは自分の世界から外側に一歩出た
ことである。それは、その外側から自分の世界の限界を知り、思考していること
になる。 還暦は、独りで生まれてきた以前の無に還る折り返しをいうが、
誰もかも最初から最期まで、実は「独り」。 さて瞑想だ!

・・・・・・
4163, 老年行動学 ー1
2012年08月19日(日)
    「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤 眞一(著)
 還暦から65歳までは自分が老人と意識したことがなかった。しかし会社から
離れ、家庭中心の生活に入ると、急に老いを目前に突きつけられた感がする。 
思いもしなかった過去の記憶が突然に蘇る頻度が多くなり、それぞれの時節に袋に
閉じ込めていた遠い記憶がフラッシュバックしてくる。図書館で借りてきた本だが、
なかなか老人の本質をついていて身につまされる。改めて老人学を調べると、
面白い本がある。 要は、人生を通して学び続けてきたかどうかだろうが。  
  ーアマゾンの内容紹介ーより  
【  =わけがわからないご老人の行動には、理由がある!=
 あなたはご老人を見たときに「なぜ、あんなことをするのかな?」と、
思うことがありませんか? たとえば、もう先が長くないのに、気にもかけず、
毎日楽しく暮らしている人。誰が見ても反射神経や判断力が低下しているのに
頑なに車の運転をやめない人。些細なことでキレ、頭から湯気を出して怒って
いる人....。 ご老人たちの行動は、謎だらけです。しかし彼らのこのような
行動には、実はそれなりの理由があります。その理由を探り、高齢者の行動と
心の謎を、老年行動学によって解き明かしたのが本書です。】
▼ 冒頭の「なぜ老人は都合のよいことしか覚えていないのか?」が面白い。
「どうやら老人は自分の都合の良いことや楽しいことしか覚えてないらしい。」
の問いを立て次のように答えている。
≪ 老人に限らず、もともと人の気分は、ネガとポジの真ん中ではありません。
 うつの人などはネガ寄りですが、通常は真ん中よりもポジ寄りなのです。
なぜかというと、人はみな、自分が死ぬことを知りながら生きているから。
いつか必ず死ぬとわかっていながら生き続けるには、「自分には生きている
意味がある」という自己肯定感や、「自分は生きる価値のある存在だ」という
自尊感情が必要で、それがないと人は生きていけないのです。
そのため人は、自分という存在を肯定し、自分の価値を高めてくれる情報を、
無意識のうちに集め、記憶し、脳に蓄積していきます。そして、気分をポジ
寄りに保つことによって、生き続けるのです。 この基本的なしくみは若者も
老人も同じなのですが、若者の方がネガティブな事に目が向きやすく老人は
ポジティブな事の方により向きやすいのです。実際に、悲惨な写真と楽しい
写真を見せると若者は悲惨な写真を見る時間が長く、老人は楽しい写真を見る
時間が長いという実験結果があります。理由の一つとして、生きていく上で
必要な学習機能として、若いうちはネガティブに目が向くと考えられています。
人生の端緒を開いたばかりの若者にとって、長い時間を生き抜くに、他人は
どのようなとき自分を攻撃し、自分はどのような状況で傷つき、どのように
苦しむのかといったネガティブなことに目が向くのではないかと考えられる。
それに対して老人は、散々ネガティブなことを経験してきていますから、
もうそのようなそのようなことを学習する必要はありません。しかも、高齢に
なって残された時間が短いことを認識するようになると、気分をポジティブに
保つことが、今後の人生を生きる上で重要になります。経験上、ポジティブな
ことに目を向けた方が生きやすいため、注意力や記憶力という‘限られた資源’
を、ポジティブなことに当てるようになるのです。≫
 ー老いはポジ寄りに意識的に向けないとネガティブに陥る傾向にある。
なる程、この年齢になって気づいたことは、年齢に気持ちが追ていけないこと。
実際のところ、心の精神年齢の調査では50、60歳代で6歳の差があるという。
アメリカでは、男が15〜16歳、女が22〜23歳もある。私は10歳近くは若い。
というより、年齢に気持ちがついて行けない。
・・・・・・・
2011年08月19日(金)
3798, まずは「自分の世界の自覚」から!
  * 世界内と世界外
 40歳の頃から20年間にわたり世界の秘境・異郷に熱中したのも、
その世界の凄みに引き付けられたことがある。それぞれの世界は、それぞれ
他から隔絶され、それぞれの時間が流れているのを実感させられる。その世界
を対比することで、いかに自分の世界が小さく、脆い現象世界に存在している
ことに気づかされる。ここで世界を象に喩えているところが面白い。その皮膚
の襞が、それぞれの社会。そこの寄生虫が我われと見ると、わかりやすい。 
問題は、それぞれの寄生虫は、そこが全世界と思っていること。それを知るには、
世界外に出てみないと分からない。 人間は世界内存在とハイデッガー
述べたのは、そのことである。 
ーまずは、渡辺昇一著「知的余生の方法」の≪自分の世界の自覚≫ よりー
【 ここでは人間の「世界内」と「世界外」について述べてみたい。
 こんな句がある。< 虫けらは やはり自分の世と思い 阿部佳保蘭 >
毛虫は、住む木の種類が決まっているという。Aという毛虫はKという木の葉
しか食べない。その毛虫にとってはその木の傍に美しい花咲く種の木があろうが、
おいしい葉を持つσ種の木があろうが関係がない。Kという自分の木だけが
全世界だと思っている。この応用はいくらでも応用できる。
「象の皮膚の襞につく寄生虫は、自分がくっついているその襞だけが
自分の全世界で、象がどのような形をしている動物かも知らない」というような
ことを言ったのは仏の哲学者ルコン・デュ・ニュイであったろうか。このように
虫の立場から見る世界とか、鳥の立場から見る世界とか、人間以外の動物の目
から見る世界の「視点の転換」を教えたのはユクスキュウルという独の動物学者。
哲学史でどう取り扱われているかは詳しくは知らないが、人間の思考法を大転換
させる業績だと思う。 木田元さんは近代西洋哲学の、特にドイツの哲学者
ハイデガーの権威である。・・・木田さんはハイデガーの『存在と時間』の訳を
読んで発奮されて東北大学の哲学科に入学され、哲学者になられた。
ハイデガーを本当に理解したいと思ったからだと言う。当時の私は中学の教科書
のほかには、佐々木邦の『珍太郎日記』とか、吉川英治の『三国志』を耽読して
いたのだから、暦日年齢的には三、四歳ぐらいの違いなのに、精神年齢としては
十歳以上も違っている。そう言えば、同じ中学の五年先輩の丸谷才一氏の読書歴を
見ても、私とは確実に十五歳以上の精神年齢差がある。その木田さんは比較的
早い頃からハイデガーについての著述をなされていたが、ハイデガーを本当に
理解できるようになったのは、ずっと後年で、ハイデガーがユクスキュウルの
動物学の影響を受けているのがわかったからであるという。象の寄生虫の存在を
「象の皮膚の皺という世界内存在」ということになる。」・・・ 】
▼ この辺は、カントの論に似ている。カントは五感の能力内でしか世界を
 認識できないと初めて論じた人。寄生虫と、人間の違いは、自分が象の皺の
中にいることを実感しているかどうか。それを知るには、長年かけた教養を
積むか、その地を遥か離れなければならない。そういえば、力・愛・知の追求
の他に、それらから一歩離れた価値の追求をしてきたのは、五感の外の
(世界外)存在も念頭に入れていたため。 

つれづれに

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  今日のYoutube

 昨日のシネマは、『スパイダーマン ホームカミング』。
期待しなかった分、面白かったが、今までとは大きく違い、
中学生向きで、物足りない。 帰ってからみた、FBIもの
ドラマシリーズ、『CSI』の方が、よほど面白い。

 今夜は、久々に飲み会。


・・・・・・
・・・・・・

2011年08月19日(金)
3798, まずは「自分の世界の自覚」から!
  * 世界内と世界外
 40歳の頃から20年間にわたり世界の秘境・異郷に熱中したのも、
その世界の凄みに引き付けられたことがある。それぞれの世界は、それぞれ
他から隔絶され、それぞれの時間が流れているのを実感させられる。その世界
を対比することで、いかに自分の世界が小さく、脆い現象世界に存在している
ことに気づかされる。ここで世界を象に喩えているところが面白い。その皮膚
の襞が、それぞれの社会。そこの寄生虫が我われと見ると、わかりやすい。 
問題は、それぞれの寄生虫は、そこが全世界と思っていること。それを知るには、
世界外に出てみないと分からない。 人間は世界内存在とハイデッガー
述べたのは、そのことである。 
ーまずは、渡辺昇一著「知的余生の方法」の≪自分の世界の自覚≫ よりー
【 ここでは人間の「世界内」と「世界外」について述べてみたい。
 こんな句がある。< 虫けらは やはり自分の世と思い 阿部佳保蘭 >
毛虫は、住む木の種類が決まっているという。Aという毛虫はKという木の葉
しか食べない。その毛虫にとってはその木の傍に美しい花咲く種の木があろうが、
おいしい葉を持つσ種の木があろうが関係がない。Kという自分の木だけが
全世界だと思っている。この応用はいくらでも応用できる。
「象の皮膚の襞につく寄生虫は、自分がくっついているその襞だけが
自分の全世界で、象がどのような形をしている動物かも知らない」というような
ことを言ったのは仏の哲学者ルコン・デュ・ニュイであったろうか。このように
虫の立場から見る世界とか、鳥の立場から見る世界とか、人間以外の動物の目
から見る世界の「視点の転換」を教えたのはユクスキュウルという独の動物学者。
哲学史でどう取り扱われているかは詳しくは知らないが、人間の思考法を大転換
させる業績だと思う。 木田元さんは近代西洋哲学の、特にドイツの哲学者
ハイデガーの権威である。・・・木田さんはハイデガーの『存在と時間』の訳を
読んで発奮されて東北大学の哲学科に入学され、哲学者になられた。
ハイデガーを本当に理解したいと思ったからだと言う。当時の私は中学の教科書
のほかには、佐々木邦の『珍太郎日記』とか、吉川英治の『三国志』を耽読して
いたのだから、暦日年齢的には三、四歳ぐらいの違いなのに、精神年齢としては
十歳以上も違っている。そう言えば、同じ中学の五年先輩の丸谷才一氏の読書歴を
見ても、私とは確実に十五歳以上の精神年齢差がある。その木田さんは比較的
早い頃からハイデガーについての著述をなされていたが、ハイデガーを本当に
理解できるようになったのは、ずっと後年で、ハイデガーがユクスキュウルの
動物学の影響を受けているのがわかったからであるという。象の寄生虫の存在を
「象の皮膚の皺という世界内存在」ということになる。」・・・ 】
▼ この辺は、カントの論に似ている。カントは五感の能力内でしか世界を
 認識できないと初めて論じた人。寄生虫と、人間の違いは、自分が象の皺の
中にいることを実感しているかどうか。それを知るには、長年かけた教養を
積むか、その地を遥か離れなければならない。そういえば、力・愛・知の追求
の他に、それらから一歩離れた価値の追求をしてきたのは、五感の外の
(世界外)存在も念頭に入れていたため。 


・・・・・・
3433, 電子書籍の衝撃 ー2
2010年08月19日(木)
                     「電子書籍の衝撃」佐々木 俊尚 著
 *iPadの有利な理由と、不利な理由
  ▲ まず優れている点は、
・汎用機としての魅力。パソコン、そして携帯電話に次ぐ三番目のデバイスとして
生活の中の確固として存在になる。 大きな画面を近距離からリラックスした姿勢で
 見ることができる。書籍、ちょっとした動画の鑑賞、映像つき音楽などが気楽にみれる。
 マニアを除けば、一人一台になると、キンドルのような専用機は不利で、本も動画も
 見れて、ウェブも楽しめる汎用機をみんなが見れるようになるか。
・次に、iPadはiPhoneをベースにしているため、そのアプリ(ソフト)を、
 そのまま使える。既に数万点もある。既に一年前で3000万台を持ったユーザーが、
 そのまま横滑りをしやすい。
  ▲ 不利な部分は、
・サイズと重量、バッテリーの持続時間などのスペック。キンドルに比べ面積も重量も、
 大きく重い。持続時間は、バッテリーの10時間に対して、キンドルは7日から10日。
・第二に、キンドルはバックライト付きの液晶画面で、見た目が紙に近く、液晶より文字
 が読みやすく、目が疲れにくい。
・第三に、値段がキンドルの二倍もする。   それらから、結局何を選ぶかになる。
  ~~
 以上から、決め手は、そのプラットフォームになってくる。
プラットフォームとは、購入システムのことをいう。キンドルなら、アマゾンという
書籍専門のネット販売サイトがある。それに対してiPadは、iTunesストアがあり、
そこから音楽や映像も購入できる。その何を選択するかになる。
流行している本は、なかなか入手しづらいが、ネットなら、そういうことはない。
 これにグーグルがソニーと組んで、参入してくるというから、その有利なプラット
フォームを前面に打ち出してくる。それが何かまだ分からないが、二社に対して強烈な
ものになるだろう。 他にもマイクロソフトも何かを出してくる。
その激闘の中で、今までの紙の新聞・書籍が壊滅過程に入る。いや、既に入っている。
 ・・・・・・・
3058,逆説思考 -2
2009年08月19日(水)
 逆説思考といえば、ここでも取り上げた京都大学工学部の新宮教授が、
古今東西の幸福論を読み漁った成果としての「幸福の4階建て論」説が面白い。
《「幸福ということ」-エネルギー社会工学の視点からー新宮秀夫著 》
  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
  2階:獲得した「快」を永続させる。
  1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
この論に関しては釈然と出来ないので何度も考えてみた。それでも疑問が残ったが、
考えるという面では良い問題提起である。 これを逆説思考と考えると違った見方になる。
挫折、失恋、倒産、などで失意のどん底でもがいている、そこに幸福があるのだろうか?
金沢時代を振り返ると、そこには何ともいえない酒の味とか、友情とか、仲間の邂逅があった。
節目となる失意の底ほど、無駄なようでいて、一番大事なことをしているのである。
「窮すれば変じる、変じれば通じる」である。 竹の節目と同じ。
哲学的にみれば横の時が平常とすれば、窮した時は垂直の時ということになる。
垂直で立ちっぱなしも問題だが、ここは志が試されている時である。
 ーネットで逆説思考を調べてみたところ
《逆説思考 ー自分の「頭」をどう疑うか 森下 伸也著》が、あった。
   ーその概要とはー
逆説こそ「思考力」「洞察力」の根本とし、通常の価値観の一面性を暴露し、それを
反転させてしまう思考のスタイルを、「逆説思考」と定義している。 転倒思考
(常識の命題を逆にする)、逆因果思考(常識の因果関係の結果を逆にする)、
因果反転思考(常識の因果関係を因果反対にする)という3つの類例を設定する。
ことわざや文豪の例でその3パターンを具体的に観察し、オイディプスの予言では逆説が
与える心理的な効果を考察、さらに逆説は欠陥動物である人間に本質的なものであり、
それゆえ人類の文明は週末が来ると広げていく。
ロミオとジュリエット効果、カリギュラ効果(禁止されるとやりたくなる)」
「ハンディキャップ進化論(人類は記憶力や体毛が退化したことで言語や火を発明した)」
「エラー進化論(人類は失敗を成功の元にして発展してきた)」 「エゴイズム的自殺
(自由が空虚を生む)」
アノミー的自殺(規範がなくなって不安になる)」など、逆説的なトピックを紹介している。
エジソンアインシュタインそしてダ・ヴィンチ は、脳に障害があった。しかし、その傷害
のおかげで、天才になった。その人に とって負の面が、逆に、その人を形成している
重要なファクターになっている。天才の殆どが梅毒という説もある。
 ー
以上だが、通説とか常識を根こそぎ疑うことこそ、時代の大変動期には特に必要である。
 次回は、この逆説思考を逆説してみる! 
・・・・・・・・
2693, 「レンタルの思想」-1
 2008年08月19日(火)
   松井孝典の対談集の ー人類を救う「レンタルの思想」ーが面白い。
  あるブログに松井教授の「レンタルの思想」を簡略した内容があった。
 まずは、その思想の概略から、
 ~~
・一万年の人間圏の歴史でみると、現代を人類の歴史上相対的な意味で、飢えから解放されて
 豊かになった時代。この豊かさはなぜ実現できたのか。 未来はこのまま豊かになり続けるのか。
・地球の歴史は、環境問題として考えれば汚染の歴史である。 
・地球システムの構成要素が変化すれば、地球システムのモノやエネルギーの流れが変化し、
 環境が変わることは当たり前である。問題は人間が、この時間変化を速めている事にある。 
・では我々はこの問題になぜ危機感を抱いているか? 
 それは100年という非常に短い時間に環境が変化し、我々がそれに適応できないからである。 
 人間圏がここまで大きくなってくると、時間変化をこのままずっと速めていくという事はできない。
・我々が右肩上がりという共同幻想を維持したいとしても、それは達成できなくなりつある。
 そのひとつが、インターネットによるサイバーワールド。 情報という仮想的な世界、地球と
 いうリアルワールドでなくて、情報社会というサイバーワールドをつくって、その中の時間を
 速める事によってサイバーな豊かさを追求しようとしているのが、現代の人間圏のもう一つの特徴。 
 サイバーワールドは飛躍的に拡大していけるが、リアルワールドはもう拡大できない。 
 これまでの右肩上がりが継続し、時間変化もいくらでも速められるという幻想を、あたかも
 現実であるかの様に見せる世界だけが発達しているのが現在の人間圈である。そのサイバー
 ワールドに、右肩上がりという共同幻想を押しつけて、あたかも未来も豊かになっていくか
 の様な幻想の中に生きているのが現在の我々である。
・人間圏の未来を考えた時、この様な右肩上がりで均質化をめざす事で良いのだろうか。 
 又、人間圏の現状をどう認識する上で宇宙から見た視点が必要だと言う事である。
・我々は20世紀を振り返って21世紀を考えるという発想をするが、もっと長いタイムスパンで
 現在を認識しないと、人間圏をつくって生きるという、我々が地球の上で行なっている生き方の
 是非は論じられないことを指摘しておきたい。
・長い歴史に基づいて未来を考えるとどうなるか。 その様な歴史においては、歴史とは「分化」
 だとすれば、人間圏が「分化」するというのが「未来」という事になる。 
「人間圏の分化」とは、人間圏を構成する要素、ユニットをどう考えるのかという問題である。 
・単なる造具にすぎないインターネット社会という人間圏に、今後どんな共同体が新たにつくられて
 いくのか。あるいは国家という共同体、EUの様な地域的な国家の共同体が、人間圏のユニット
 として、今後どういう意味を持つのかという事を考え直さなければいけないのである。 
 人間圏の新しいユニットとしてどういう共同体をつくっていくのか、そこに未来がかかっている。
 その為には新しい思想が必要である。 それを「レンタルの思想」と呼んでおきたい。
・人間圏をつくって生きるという生き方で、これまで追求されてきた事は、個人が豊かになって
 いく事である。豊かさとは具体的には物を所有する事である。人開圏をつくって生きはじめた結果、
 我々は初めて欲望を解放しても生きられる様になった。 
 しかしそれは、人間圏への物やエネルギーの流入を増加させる事ができるからである。
・人間の欲望は際限なく、右肩上がりにどんどん増大するから、それを満たす様に人間圏を拡大させて
 きたのが人開園の歴史である。人間園が拡大できなければ、これまでの様な豊かさの追求はできない。
 従って今、豊かさの意味が問われているのである。
・我々の存在そのものも実はレンタルである。 我々は自分のからだを自分の所有物だと思っているが、
 これは物としては地球から借りているにすぎないのである。 地球から材料をレンタルして我々は
 自分のからだをつくり、その機能を使って生きているだけの事。「所有」に対するアンチテーゼは
「借り物」、即ち「レンタル」という事でレンタルの思想と命名したのである。
・本書では、地球の上にへばりつき人間圏の内部に閉じ、人間を絶対的な存在として全てを考える
 人間中心主義的な人が陥りがちな考え方へのアンチテーゼとして、 宇宙人という知性が存在
 すればこう考えるのではないか、という考え方を紹介してきた。宇宙人としてどう生きるかを考え
 ない限り、これからの地球システムと調和的な人間圏=文明 はありえないと思うからである。 
 その様な視点から21世紀の科学が創造できるのではないか、その「解」一つがアストロバイオロジー
  ~~
 以上だが、次回は松井教授のインタビューを紹介して、考えてみよう。
・・・・・・・・・・
2007年08月19日(日)
2329, この株価暴落の意味するもの
                   ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!
この一ヶ月足らずで、株価が3000円近く、大よそ15?の下げは、やはり気になる。アメリカの
低所得者のローンの破綻や、アメリカ経済の疲弊、自民党参院の大敗、近々に予測される衆院
選挙と、その結果の混乱を先読みした結果である。参院選挙以降から株価がジワジワ下がり始めて、
ついに一昨日800円の暴落になった。ところで立花隆の「ぼくの血となり肉となった500冊」で紹介
されていたスティーブン.ローチ著『超大国の破綻』(中央公論新社)の内容が、アメリカ経済の
破綻が始まったのではないかと不安になる。立花隆の本からの抜粋をしてみると・・
 目次には、
「もはやアメリカ経済は世界経済を支えられない」「ドルの暴落は必然的に起る」
「激突の道を走る世界経済/グローバリゼーションが生み出した世界的供給過剰/
 資産バブル破裂/かくてデフレは生じ、今後も続く」「情報革命は『失敗に終わった革命』」
「幻想をばらまく"ばら色のシナリオ」「景気二番底の危機に直面するアメリカ経済」がならぶ。
  (字数の関係でカット08年08月19日)
・・・・・・・・・
2006年08月19日(土)
 1964.事業百訓・・・
 S5801新年にあたり 激動の年
  (字数の関係でカット09年08月19日) 
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ーS5801事業百訓
51 会社経営のコツ=平均年令を常にひき下げる事
52 事業の鉄則=2分の余裕を常にもつこと
53 案に一案、二案、三案、常にもつべし
54 三倍の法則は生きていた =赤穂浪士は3人1組のグループで1人の敵に集中攻撃
55 もうける前に損失を回避すべし
56 第一次産品をさけるべし
57 事業の基本は占有率にあり
58 他人の利益を図らずして、自己の利益はありえない
59 “まず出ずるを制して、入るを図る”べし! 
 今や“入るをはかって出ずるを制する”時代は終わった
60 売上げ(小売業)の50%の不動産資産を持つべし
61 男子正社員一人あたり五千万円の資産も一つの目安
62 小売業は“空間的架け橋業”である
63 とにかく“変化し続ける事”が基本
64 未来投資の金額はその二乗に比例する
65 在庫高と純利益は反比例する
66 “運”とは“勘”であり“勘”とは“決断力の連続線”を言う
67 知恵とは広さ(知識)と深さ(思考力)と強さ(決断力)等を総合化した多面体である。
68 庭石は深く埋めよ!(石というものは、土の中に入っている量が多いほど、どっしり見える )
69 商売をした時には絶対金を貯めては駄目。そうすると元手以上の事はできなくなる
70 すぐれたリーダーは後ろを決してふり返らず
 ーS5803事業百訓
71 今までの労働の中心はOA、FAに大部分がとって変わり、“イマジネーション”
 “クリエーテブ”が中心となる。
72 ボロ会社は「内部管理」に焦点をあわせ、優秀会社は「経済的成果」に焦点をあわせる。
73 市場の地位こそ企業存続の基本条件である。
74 “運”とは動きなり。事にあたれば動きが出る。“十”にすれば運がよし、“一”に
 すれば運わるし(勘=判断力)
75 業界の組合せの時代(単一業界にすむ危険をしれ)
76 情報化社会の“能力”の最大基準はその人脈のネットワークの数で判断できる。
77 いい会社とか悪い会社はない。あるのは“いい社長”と“悪い社長”である。
78 仕入でもうけで販売で損をしろ!
79 商売とは“Show 売なり”
80 小説を気楽に書こう!
81 力(チカラ)は知空(チカラ)・血空(チカラ)なり。
82 労働の九割はOA・FAにおきかえ可能
83 本屋の一時間は読書の一日にまさる。
 ーS5805事業百訓
84 ホテル事業の本質は“日貸アパート”と考えると、+αのサービス面がみえてくる。
85 ホテルは“償却産業”なり
86 ホテル経営者の部屋の位置はその経営的素材に正比例する
87 具体的問題は抽象化して、(抽象的問題は具体化して)考えるべし
88 “ビジネスホテル”という単語ほど顧客無視の表現はない
89 “求めよさらば与えられん”与えよさらば得られん”“ギブ アンド ギブ”の方向へ
90 人をもちいる時は鞍馬天狗より丹下左膳がよい!
91 競争こそ最高の師!
92 “望む事と決意することに加えて献身すること、自分をささげること”が、成功への早道!
93 手を広げるな!一つのものを徹して一番に仕立てあげろ
 (一番店的発想をつきぬけオンリーワンまで到達せよ)
94 五年後のビジョンに関係あることのみやるべし
95 大多数の消費者に気にいることのみやるべし。 少数客は悪魔のさそい
96 考える能力とは (1)数字で勘をみがく事 (2)論理の組立(くみくずし)を簡単にする能力
97 人間の“不足”と“不在”は別
98 人事管理の急所…使うと思うな! 育てる、勉強させると考えるべし、すべてが変わる!
 ーS5807事業百訓ー
99 Keep it Simple,Stupid!
 (単純簡素にしろ!このバカ)
100 氷河時代の認識!
  基本姿勢=利益の極限化、資産の再活用・極限活用、卓越性、洗練された
-おわりに-
この数年間、セミナー・実務書等で私の勘にピンときたメモを手帳より抜粋し、
時系列にランダムに書いてみた。
その中には2割は自分の実体験より生まれた戦術・戦略も書き加えた。
・27相手の心臓を鋭いナイフで下よりつきあげる、それも全身(捨身)で。
・50創業は発狂(に似たり)なり。
・45ホテルの方向は、高級(高性能)小型自動車に類推して考えていくと“答”がある等々。
“おわり”を書くにあたって、百訓の中より7項目を選び、特に再確認と選んでみた。
 しかしその時点ごとに“金言”と信じたものばかりで、それは不可能であった。
 視野の狭さを公表する様ではばかるが、“私の趣味とは何か”と一度考えた事がある。
 そしてそれは歴史上の“人物”あるいは、現在一線に立って活躍している実務家の行蔵より
“宝”をいただく事であった。 世の中は広く、深い“蔵”を持ち、信じがたい“宝”を
 持っている人物の何と多い事かと。 この年令でやっとわかりかけてきた。
“棒ほど願えば針ほどかなう”ということわざのように、彼等より少しでも“宝”をいただき、
 小さなみすぼらしい“蔵”の内容を少しでもみたす様今後ともメモにはげむつもりです。
 ーS5809見聞皆師 
“面接について”過去の面接の経験で、そしてその判断に対する誤差等々で、
 一つ基準ができてしまった。
(1)まず真面目である事
(2)その環境の変化節目をみる
(3)面接時の“必死さ”は絶対信用しない事
(4)両親に注目特に職業
(5)“ルーズ”と“甘え”と“言い訳”を身につけているか(この部分は非常にむずかしい)
(6)夢をきく
(7)後姿のあかるい人
(8)学生時代に一つの事を貫いたかどうか
(9)受験の動機
(10)中学・高校中位以上の成績である事
(11)対話の中で話に一貫性があるかどうか等である。
3~4時間の試験と一時間位の面接では、その人間の歩いてきた時間の経験よりの質の判断
は非常に難しい。消極的な表現かもしれないが、こういう人物がほしいというより、こういう
人物は絶対入れないという事の方が重要のようです。
  ーS5811見聞皆師 <その2> ー
「“場所”は建物や商品といった“モノ”で決まるものでなく、そこにどんな“オモヒ”を
こめたいか、お客様にどのような“行動”をとらせたいか、とらせ得るかで決まる。そこが
“位置”ではなく、“場所”であると考えたとたん、その場所を生かす要素は“モノ”及び
“お客様の行動”であることは確かである」 -(ナンダ「何んだ」物語―城功著より)
この文章より考えてみると事業とは(商業)そこをいかに位置(立地)より“場所”に変えていくか。
顧客ニーズに適応した場所づくり(ストーリーづくり)に設備投資をすること、と考えられる。
新潟駅新幹線改札口に“忠犬タマ”、長岡駅の“良寛”の像も、その“オモヒ”づくり
“場所づくり”という面を充分に考えたものといえよう。この観点より考えてみると“お店”
とは、“オモヒ”をいかに顧客に提供するかである。従って“お店”とは「お魅せ」であり、
「お味せ」であり、「お身せ」であり、「お見せ」である。そのオモヒ=コンセプトは概念
のそれであったら、その中身(魅、味、身、見)何も出てこない。
それはそこでハタラク(他楽)人間の血(霊、道)の中より生じてくる。
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事業百訓ー1984年 
 S5901新年にあたり
(字数の関係でカット08年8月19日)

ーS5905事業百訓ー
101 創造とは準備なり!
 (字数の関係でカット10年08月19日)