スマートフォン用の表示で見る

赤穂浪士

キーワードの候補

2件

一般

赤穂浪士

あこうろうし

1702年(元禄15)12月14日夜、江戸本所松坂町の吉良上野介(こうずけのすけ)義央(よしなか)の邸を襲って、主君浅野内匠頭(たくみのかみ)長矩(ながのり)の仇(あだ)を報いた、四十七人の元赤穂藩の浪士。赤穂義士

→「忠臣蔵



浅野のいう「遺恨」とは全く具体性や根拠がなく、乱心(精神障害)も疑われるもので吉良はとんだとばっちりであり、法理論的にも浅野が禁止されている殿中での抜刀と傷害を起こし、その罪で将軍家から処刑されたのだから「仇」は吉良ではなく徳川将軍家であり、まったく正当化できない、理不尽な暴力事件を起こした集団に過ぎない・・・、との見方もある。





四十七士中で切腹を申し付けられたのは四十六名。寺坂吉右衛門泉岳寺に引き上げる途中で姿を消した。

一説には大石内蔵助の命により本家の広島浅野家に浪士討ち入りの仔細の報告、遺族の保護の陳情の使者としてたったとも云われている。墓所は他の四十六士と同じく泉岳寺にもある。

赤穂四十七士一覧

大石内蔵助良雄 国家老 1500石

大石主税良金(内蔵助長男) 部屋住み

原惣右衛門元辰 足軽頭 300石

片岡源五右衛門高房 側用人、児小姓頭 350石

堀部弥兵衛金丸 元江戸留守居役 50石(隠居料)

堀部安兵衛武庸(弥兵衛養子) 馬廻、御使番 200石

近松勘六行重 馬廻 250石

吉田忠左衛門兼亮 足軽頭、郡奉行 200石

吉田沢右衛門兼貞(忠左衛門長男)蔵奉行 10両3人扶持

間瀬久太夫正明 大目付 200石

間瀬孫九郎正辰(久太夫の長男) 部屋住み

赤埴源蔵重賢 馬廻 200石

潮田又之丞高教 馬廻、絵図奉行 200石

富森助右衛門正因 馬廻、御使番 200石

不破数右衛門正種 元馬廻 100石(元)

小野寺十内秀和 61 京都留守居役 150石

小野寺幸右衛門秀富(十内養子)部屋住み

岡野金右衛門包秀(小野寺十内甥) 部屋住み

木村岡右衛門貞行 馬廻、絵図奉行 150石

奥田孫太夫重盛 馬廻、武具奉行 150石

奥田貞右衛門行高(孫太夫養子)部屋住み

早水藤左衛門満尭 馬廻 150石

矢田五郎右衛門助武 150石

大石瀬左衛門信清 馬廻 150石

磯貝十郎左衛門正久 物頭、側用人 150石

間喜兵衛光延 勝手方吟味役 100石

間十次郎光興(喜兵衛長男) 部屋住み

間新六光風*1(喜兵衛次男) 部屋住み

中村勘助正辰 書物役 100石

馬三郎兵衛光忠 馬廻、宗門改役 100石

菅谷半之丞政利 馬廻、郡代 100石

村松喜兵衛秀直 中小姓、扶持奉行 20石5人

村松三太夫高直(喜兵衛長男) 部屋住み

倉橋伝助武幸 中小姓、扶持奉行 20石5人

岡嶋八十右衛門常樹 中小姓、札座勘定奉行 20石5人

大高源五忠雄 中小姓、膳番元方、腰物方 20石5人

勝田新左衛門武尭 中小姓、札座横目 15石3人

武林唯七隆重 中小姓 10両3人

前原伊助宗房 中小姓、蔵奉行 10石3人

貝賀弥左衛門友信 中小姓、蔵奉行 10両2石3人

杉野十平次次房 中小姓、札座横目 8両3人

神崎与五郎則休 郡目付 5両3人

三村次郎左衛門包常 酒奉行 7石2人

横川勘平宗利 徒目付 6両3人

茅野和助常成 横目 5両3人

矢頭右衛門七教兼(父は赤穂浅野家断絶後に病死)部屋住み

寺坂吉右衛門信行 吉田忠左衛門付足軽 3両2分2人

*1:名は「新六郎」であるという説もある。

読書

赤穂浪士

あこうろうし

大仏次郎原作の小説で、忠臣蔵を描いた作品。

テレビドラマや映画化されるが、なんといっても印象深いのは、1964年放送であろう。

1964年大河ドラマ第2作として放送。前作の「花の生涯」に続く映画・舞台を中心に活躍する大物スターをメインにした作品。

主役の大石内蔵助は、映画スター・長谷川一夫が演じた。

長谷川扮する大石内蔵助の堂々たる演技。「おのおのがた」のセリフは、当時子供でもまねするほどの人気であった。