院生のための算数入門(5) 面積をめぐって

[mixi 2007-06-15, 再掲時に補筆・削除・誤字訂正]

新しい単位を持った量を作る方法として「1あたりの量を考える」というのを説明したが,もうひとつ重要な方法がある.

長方形の面積は「縦×横」である.このように定義するとき,長さ(たとえばm)から面積(m^2)という新しい単位を持った量が生み出されたことになる.

面積が「縦×横」なのは何故だろう.これは定義なのだから理由はない,というのもひとつの考え方ではあるが,次のようにして「説明」することもできる.

まず,縦を固定すれば広さは横の長さに比例する(横の長さについて線形である),ということはもっともらしく思われる.また,逆に横を固定したとき,縦の長さに比例するというのも同程度にもっともらしい.この2つを認めれば,面積は(縦×横)に比例するということが出てくる.

「方眼紙の桝目を数える」という導入もあり,こちらのほうが普通かもしれないが,上の議論の良い点は,「積」で作られるいろいろな量,たとえば,仕事=距離×力のようなものとの共通性が見て取れることである.とくに「縦」と「横」が別種の量だと「方眼紙」のイメージは持ちにくい.もちろん,面積や体積の独自性のほうを強調することも考えられ,その場合は桝目の勘定もありかもしれない.

いずれにしても,たいした議論ではないが,このあたりをきちんと説明してもらえたかどうかは,将来の人格形成とも無関係とはいえないのではないか.

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面積の話はこれで終わりではなくて,長方形に分割できる図形の面積,さらに曲線で囲まれた図形の面積を細かい長方形への分割で近似して定義する・・ところまで考えないといけない.

後者は「積分」であるが,微分の反対としての積分とは若干違ったイメージとである.大学上級で測度論,あるいは,ルベーグ積分の理論を習うと,この辺を詳しくやることになる.積分が最初にあるというイメージでは,むしろ,微分積分の反対,ということになり,そのあたりの議論も測度論の一部なのであるが,その辺は急ぐと省略されてしまいがちな部分である.

私はもともと物理屋だから,ルベグ積分やそれに基づく確率論についてはあんまり勉強していなかったが,数学科出身の某女性編集者(かわいいけど酒乱)と呑んでいたら,ちゃんと勉強せずにいろいろ言うな〜と絡まれたので,××歳を越えてから改めて勉強した.結構面白かった.

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ところで「広さは縦×横」というのは本当だろうか.土地の値段をみると,同じ面積でもひどく細長い形の土地の値段は安いし,カギの手になっているものなどだいぶ値打ちが下がる.その意味では「広さは縦×横」というのも一種の近似というか虚構といえないことはない.

しかし,この場合も,まず「広さは縦×横」と決めて,それで整理した上で,形の要因も取り入れる,というやり方は効果的である.それが「近代」のやり口でもあるといえる.

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すでに触れたように「面積」のような量はいろいろ作れ,縦横の単位が違ってもよいが,いつも妥当だとは限らない.たとえば,仕事をする人数(人)と働いた時間(月)を組み合わせて,「人・月」という単位を作ることができる.ピラミッドを作るというような単純労働ではこれは有効な方法かもしれない.

しかし,ソフトウェアの作成のような問題では,特にあとからチームに人を追加した場合には,その人たちに説明する労力が人数が増える効果に匹敵するため,はじめに失敗するといくら人を追加しても効果があがらない,ということが起こりうる.これを鍵にしてプロジェクト論を展開した「人月の神話」という本は,業界では広く読まれているようである.

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ところで,算数で人々が頭を悩ます「規則」として,
  「マイナス×マイナスはプラス」
というのがある.これは「1当たり量×分量=分量」の形の掛け算の場合には,そんなに不思議な式ではない.

速度がマイナスということは反対方向に進むということなので,「マイナス○時間」を「○時間前」と思えば,「速度がマイナスで経過時間もマイナス」は正の移動距離になるのは当然である.

「単位時間あたりの掃除する面積」が負の人を「汚す人」と定義すれば,そういう人がいると床がどんどん汚れていくから,「○時間前」にきれいになっていた面積は今より多いはずで,つまりプラスということになる.

視覚的に,右上がりの直線のグラフと左上がりの直線グラフを考えてもよいかもしれない.

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しかし「面積」の場合には,「マイナスの面積」はどうなるのだろう.多くの人は,そんなものには意味がないと思っているかもしれないが,必ずしもそうではない.面積に符号をつけたほうが好都合な場合もあるのである.

どういう場合かというと,たとえば箱があって,中から液体が湧き出てたり吸い込まれたりする場合を考えよう.ある面,直方体の箱なら6面のうちのひとつを考えて,そこから流れ出るのと流れ込むのを区別したい.詳細は略するが,こういうときには「面積」は単なる数字ではなくて,その面から直角に突き出しているベクトルだと考えるとよい.直方体の下の面と上の面では面積の「向き」が反対になるように定義すると,たとえば下から上に一様な流れがあった場合,下では流れ込み,上では流れ出す,ということが自然に表現できる.

それはベクトル積とかいうものか,という方もいると思うが,ベクトル積だけだと,一般の次元では困る.たとえば,相対性理論では4次元の時空間を考えるが,その場合には,その中の3次元超曲面とか,2次元曲面とか出てきてややこしくなる.任意の次元で,直方体だけでなく,一般的な形状の場合を考えるためにできたのが,微分形式という概念である.

物理などで面要素とか線要素とかいうのと同じようなものだが,「外微分」という演算を定義して,系統的に考えることで,いろいろよいことがある.たとえば,ガウスの定理とかグリーンの定理とかストークスの定理とか,皆ばらばらだったのが,統一的に整理できたり,マクスウェル方程式がカッコよく書けたりする.

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余談だが,数学の系統的再構成を目指して,一世を風靡した「ブルバキ 数学原論」の原点は,ストークスの定理の類をどう教えるかという議論だという伝説がある.やはり微分形式でやりたいよね,そのためには多様体の概念が必要だ,じゃあ微積分や線形数学もきちんと書き直して・・とやっているうちに,フランス人はおバカなので,とうとう集合論から書き起こすことになったらしい.

それで,結局ストークスの定理に到達したか,というのが知りたくなるが,「多様体」が証明抜きの「要約」しか出ていないところをみると,その少し手前で止まったということだろうか.永遠の未完成.