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2050-01-01

SMAP記事のカテゴリ作成のお知らせ

こんにちは、検索迷子です。

PC版の通常の新着記事は、こちらからご覧ください。


SMAPについて書いた記事が、100件を超えたことを機に、

かねてからご要望をいただいていた、SMAP関連でカテゴリを作成しました。

PC版は、トップページ右上から記事一覧が見られます。

SMAP関連記事カテゴリ


スマホは、

カテゴリ一覧SMAP

または、サイドメニューを選択し、記事一覧→カテゴリ一覧→SMAP

で行けると思います。



通常記事一覧は、検索迷子ブログから、ブログ上部の「検索迷子」タイトルをクリックしてください。

(機種別の表示などは未確認のため、不明なかたはお問い合わせください)。



もともと検索迷子は、書籍レビューを中心とした雑記ブログのため、それ以外の記事、詩、短歌、書籍、雑記など過去記事については、随時分類をしていきます。

ご不便をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。


2016.4.27

TAMTAM 2016/06/21 17:50 はじめまして。パソコンに弱い私なので、このコメントが届くかも分からないのですが、草磲くんの大ファンのおばさんです。私が、今まで、ぼんやりと感じていた、草磲くんの魅力を、明確に言葉にして下さって、ありがとうございます。これからも、のぞかせていただきます。

kensakumaigokensakumaigo 2016/07/21 22:56 TAMさん

こんにちは、検索迷子です。
コメントをいただいてから時間が経過してしまいましたが、ありがとうございました。
これをお読みいただけるといいなと思います。

草なぎさんを表現したことがきっかけで、ブログの書き方も変わって、自分のいろんなことが動き始めたため、草なぎさんにはきっと、ずっと思いを寄せていくと思います。

ファンのみなさんに喜んでいただけるよう、その素晴らしさを書き続けますね。
コメントをいただき励みになりました。これからもよろしくお願いします。

2016-09-21

RADIO FISHの『ULTRA TIGER』の熱量

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こんにちは、検索迷子です。


今日は、RADIO FISHレディオフィッシュ)の『ULTRA TIGER(ウルトラタイガー)』のレビューをしたいと思う。


そのまえに、この一年、SMAPファンで検索迷子を読んでくださっているかたに、お礼と説明をしておきたい。今日はかなり長文になるので、全体の流れをあらかじめ書いておくが、次からの2つの見出しでは、オリエンタルラジオの話題に触れ、最後の見出しでRADIO FISHに触れる。適宜スクロールし、お時間に合わせてお読みいただければと思う。


私はこのブログを2009年に開設し、目的もなしにただ雑感を中心に書いていたが、たまたま2015年9月に草なぎさんの記事を書いたことで、SMAPファンのかたたちに温かい声をたくさんかけていただいてきた。


SMAPファンではないけれどSMAPを大真面目に書く一人として、記事を書くごとにTwitterで声をかけていただくなかで、しだいにSMAPファンのかたに信頼されたいと思うようになった。だから、少なくとも一年は、SMAPを書き続けられる自分なのか、自分に問いかけるようにこの一年を積み重ねてきた。


たった一度きりのエンタメ話題と思って書いた記事がきっかけで、感動した、泣ける、共感できる、もっと書いてという声に励まされ続け、ほぼ一年、SMAPの話題だけをブログに書いて、その数は100記事を超えた。そのいきさつは、(37)草なぎ剛さんは空気を浄化するでも触れている。


SMAP記事のほとんどは、ファンのかたたちの好意的なお気持ちで、平均して数万単位のアクセスをされ、なかには10万アクセスを超える記事もいくつかある。


記事を書くたびの反響に、自分はまだ書けるのかという問いもあったが、一年書けたことで、はっきりとわかったことがある。それは、たぶんずっとSMAPの話題は枯渇しないということだ。


そんななかで、いつか、ここで書いてきたものを個人ブログのレベルではなく、きちんと形に残していきたいと思うようになってきた。そのためには、趣味で書いていく限界も感じて、次なるステップに踏み出したいと思うようになった。これを機に、ふんわりと書いていた自分のブログのプロフィールも書き換えた。


書くことを自分自身でとらえ直すために、少し違った話題にも触れて、SMAPの話題と並行してみようと思っている。


実は、今日書こうと思っているRADIO FISHの話題は、2016年1月から、ずっと書きたい話題の一つだった。でも、1月のSMAP報道以降、SMAP以外の話題を書くことに自分のなかでブレーキがかかった。ブログSMAPを中心に書こうと思う気持ちは、報道がなければ逆にわかなかったかもしれない。この状況を静観する一人として、軸足をぶらさずにいよう、しばらくSMAPだけを書こうと年初に思った記憶がある。


今日はRADIO FISHSMAPのことを比較するつもりはないが、明るいニュースがほとんどなかった2016年SMAPと、勢いづくRADIO FISHは、同じ2016年とは思えないくらい、特別な一年の意味が違いすぎた。


エンターテインメントって何のためにあるのか、観客として何を受け取ればいいのか、ファンって何だろうと思わされるような、その二組の違いを一つずつあげたり、活字にするにはつらい作業になりそうな気がして、中途半端にSMAP以外の話題はかけそうになかった。


でも間違いなく、2016年に自分を大笑いさせてくれたのは、RADIO FISHのパフォーマンスだった。だから、今日はあえて、一度本気で記事を書こうと思った。


SMAPファンのかたが応援してくださったから、私はここで文章を書き続けられ、この一年で書くことを通して、生きる意味が変わってきた。だからどうぞ、次なるテーマで書くことを見守っていただければと思う。


私はこれからもSMAPの美しさを記録し続けたいからこそ、SMAPほど長く観てきたわけではないタレントさんのことを、SMAPの話題と同じように共感していただけるほどの、書ける力が本当にあるのか挑戦してみたいのだ。


前置きが長くなったが、本題に入ろうと思う。


オリエンタルラジオへの興味から始まった

2015年12月、『爆笑問題の検索ちゃん 芸人ちゃんネタ祭りスペシャル!』で、RADIO FISHの『PERFECT HUMAN』を観て以来、衝撃を受けて、ずっとオリエンタルラジオの話題を書きたいと思っていた。


オリラジに注目したのは、もっと先にさかのぼる。私はほとんどテレビを観ないのだが、あるとき、ネット記事で「オリラジ再ブレイク」というのを観たとき、軽く衝撃を受けたのだ。


それは、オリラジが武勇伝で華々しくデビューして以来(その当時は、まだテレビをよく観ていた)、ずっとオリラジ第一線で、レギュラー番組を多数持ち、活躍し続けてベテランの域までいく芸人さんだと思って疑わなかったからだ。


テレビを観ないから、ご本人たちが語る、低迷していた時期があったことすら知らなかった。もっと言えば、再ブレイクと言われたインテリ芸人、チャラ男ブームすら知らなかった。


オリラジには、デビュー当時から勝手に親近感を持っていた。私は働きながら、中田さんとは同じ大学と学部を卒業し、藤森さんの大学では社会人向け経営学講座や、図書館司書資格を取っている。彼らが在学前後のほぼ同じ時期、同じ校舎に通っていた。


ただそれだけなのだが、デビュー当時からオリラジには好感を持っていた。それが、ずっと明るい道だけを歩み続けると思っていたオリラジに、いったいこの数年で何が起きていたのかと驚いてしまい、この一年くらいの間、後追いでいろんなことを理解していった。


と、オリラジ話題で、漠然とブログを書きたいと思い始めていたところ、4月に熊本地震が起きた。このとき、オリラジのお二人がMCを務める『らじらー サンデー』を初めて視聴しながら、なんといきなり思い立って、ネットフォームから人生初のラジオへの投稿をしたのだ。


事前に知っていた番組内容では、自分の興味関心とはジャンルが異なり、投稿の敷居が高そうだったが、その日は、地震直後ということもあり普段と番組内容を変更していた。地震直後の不安感もあり、何か投稿をしたいと衝動的に思って、さらりと書いて送信ボタンを押した。


投稿をして、わずか数分。私のラジオネームに続いて、投稿が読まれた。これは本当にびっくりした。不思議なもので、送ったわりには読まれると思っていなかったのだ。ただ、書いて伝えたい気持ちだけだった。


淡々としたトーンで書いた文章が、藤森さんの抑揚のある声でいきいきと読まれ、中田さんがコメントをしてくれている不思議さ。あまりにも現実味がなく、投稿でも触れた読書中の本『リアル芸人交換日記 (ヨシモトブックス)(2011/12/28発売)』を落としたくらいだ。


この投稿を読んだ中田さんと藤森さんは、「俺らのこと、すごいほめてくれてる」「うれしいね。本を読んだ人、初めて聞いたよ」といったコメントをしてくれて、思いがけず交換日記を書いた当時のエピソードも聞けた。


ラジオを聴きながら、えー、ほめ言葉だったらいくらでもあるよ、と言いたい気持ちになり、また機会を改めて投稿しようかと思った。でも、この「なんとなく投稿」をして読んでもらえたことが結果的に、オリラジをもう少しきちんと理解して、きちんとレビューをしたいという気持ちになった。


芸人さんって、なかなか芸能界でリスペクトされにくい存在で、ほめ言葉すらSNSでは雑な言い回しがされる。ブログで書くにも、結構勇気がいるくらい、叩かれても平気なメンタルの強さがないと書き出せないかなと思ったりもする。


私はオリラジの良さを、丁寧にすくい上げて、きれいな言葉で書きたかった。だからこそ、一瞬観た場面を、そのときの感想だけで書くのはやめようと思った。彼らの言動や行動にある背景をもう少し理解できたとき、私はオリラジのことを書こうと思ったのだ。


夢を語り、夢では終わらせないと伝え、実現させる

オリラジのことをもう少し知ってみたいという思いを強くしたのは、2014年秋に、神保町花月で中田さんが行った、中長期計画(タイトルはうろ覚えです)のプレゼンを観たことも大きかった。もちろん、実際のライブは観ておらず、たまたま某所で見かけたのだが、この企業の役員ばりの中長期プランを熱弁する中田さんに本当に驚いた。


サラリーマン経験がない中田さんが、質のいいプレゼン資料を作り、体系立てた説明と具体的な計画を話す姿に、この人が話していることは本当に実現するのではないかと思わされた。多くの企業の中長期計画が発表時点では高すぎたり、雲をつかむような非現実感があって、結果的に目標未達や、環境や方向転換で終わりがちなのとは違い、ただの気合いだけでなく、細部まで考え抜かれていると思ったのだ。


中田さんの描く未来は、準備のプロセスまで想像ができて、その時点で実現可能に見えた。それが、赤坂BLITZでのライブ計画だ。この日のライブの入場者は100名足らずで、集客減に手を焼いている時期だったようだが、その100名に対して1300名の会場に連れていくと宣言する、その勇気。これは、叶わない夢ではなく、叶えようとしている夢なんだと、震えがくるような高揚感。


先日のオリラジワンマンライブに行かれたかたは、夢の実現の場に立ちあえて、ファン名利に尽きる本当に幸せな時間だっただろう。こういうファンをかけがえのない存在として、オリラジも大切に思っているだろうし、ファンとの絆とか信頼関係って強固なものがあると思わされた。


大きな希望を持ちにくいこの世の中で、夢を語るだけでも壮大なのに、夢って叶うんだと、その姿を見させてくれるオリラジって本当に凄いと思うし、周囲を巻き込むためにどれほど骨を折っているのかと思う。本気で考え抜き、本気で行動しようとする人に、人は協力を惜しまないのだと、当たり前だけどなかなかできないことに気づかされる。


一見、熱意で押し切るようにも見えがちだが、熱意のベースには緻密さがあり、描くゴールのイメージが明快だからこそ魂がこもり、最後には本物の成果が宿るのだと思う。


RADIO FISHの『ULTRA TIGER』の熱量

RADIO FISHの『ULTRA TIGER』のパフォーマンスだけを書こうとブログを書き始めたが、やはり、ここに行きつくまでの説明が長くなった。


私にとって、このパフォーマンスは一瞬の面白さで描き切れるものではなく、オリラジが歩いてきた道の延長線にあったのだと、書きながら自分でも前段の長さに驚いた。が、今日は、そこをカットせずに全部残しておこうと思う。ずっと書きたかったのだし、基本は誰かのためというよりは、自分が記録したくて書いているのだから。


さて、やっとRADIO FISHの『ULTRA TIGER』の感想を書くが、これは9月17日の『ENGEIグランドスラム』で観ようと出番を待っている間に、公式動画がアップされていることに気づき、それで観たのが先だった。そのあとに番組を視聴した。

ウルトラタイガー【公式ライブ映像】 ULTRA TIGER @赤坂BLITZ


この記事を書いている時点では、287万回の再生だが、私が最初に観たときは、まだ1万回にも満たない時間だったように記憶している。それからどれだけ繰り返して観たか。


私は、かっこいいとか、面白かったというシンプルな感想ではなく、毎回、何がどう良かったのかと考えるようにしていて、できるだけ言葉で表現しようと思っているので、それを可能な限り書きたい。なお、音楽的なことは触れず、ダンスパフォーマンスを中心の感想を書く。たぶん、動画を楽しみたいかたの参考にはそれほどならないだろうが、ダンスの素晴らしさを、どれほどつたない言葉であっても、自分なりに書き留めて記録していきたいと思っている。


まずは、ライブ映像だからこその、ステージの広さや観客との一体感も良かったし、たった一日のワンマンライブを観られたお得感もあった。でも、何が一番印象に残ったかというと、RADIO FISHは6人が作り上げた世界観だということだった。


このブログの中盤でも書いたが、私の興味の最初はオリラジ2人で、検索ちゃんを観た段階では、オリラジダンサー4人という認識だった。でも、このライブでは6人が6様の動きを見せていて、自分たちの創り上げた曲を、誇らしげにパフォーマンスしているように見えた。


一曲まるごと個人アングルで観たい、さらに、いろんな組み合わせで観たいと思わされるほどのパフォーマンスの素晴らしさだった。動画を観る時も、次は誰に注目してと見続けるときりがないくらい楽しめる。


RADIO FISHは、中田さんを「ご神体」、藤森さんを「シャーマン:祈りを捧げる人」、ダンサーを「スキルマスター」と呼んでいるが、このスキルマスターの4人のかたががぜん、検索ちゃん時代よりも良くなっている。もともと一流のダンサーのかたたちのことを、良くなっているというのは上から目線な書き方だが、ダンスはもともとうまいので、そのスキルがということではない。


RADIO FISHへのコミット具合なのか、オリラジとの距離感が近づいたからなのか、出ているオーラが格段にあがっていて、4人の本来のパフォーマーとしての底力がぐんと輝いているように見えた。


それぞれの目力も強くなり、これは自分たちの曲なのだという熱さが伝わるかのように、決してバックダンサーとしてではなく、自分たちも、この「ご神体を崇める一人なのだ」という役割の全う感が強くなっていると思った。ダンスの伸びやかさ、美しさが際立ち、でも「ご神体」「シャーマン」をしっかりと立てつつ、ダンスのきれいさが全面に出ている感じもした。


中田さんの希望で、FISHBOYさんが「イケメン」を条件に集めたダンサーさんは、確かに「イケメンがご神体を崇め、全体的にかっこよすぎて笑える」という設定なのは、『PERFECT HUMAN』からずっとそうだが、その崇め方の熱の入り具合が増したことによって、さらにかっこよさの威力が増して、さらに楽曲全体の熱量が上がっているように見える。熱量のすごさに、とにかくノックアウトされそうな気になる。


私はダンスに何の知見もないが、もともと、オリラジのお2人は武勇伝のころから、指先の動きや角度、しぐさまで計算しつくされ、動きのキレがよく、特に大きな動きと「止め」が見事で、本当に練習を積み重ねてきたかたたちだなと思っていた。


いつ同じパフォーマンスをしても、角度もほとんどぶれていないと思うほどに身体に染み込ませるほどの練習跡がうかがえる。完成を極めるまで、細部に渡り試行錯誤を繰り返す姿勢は、『芸人前夜』の著書や公式映像などでも伺い知ることができる。


RADIO FISHを始めてからも、ダンスや歌に磨きがかかり、藤森さんのハイトーンボイスにはつやも出ているし、中田さんのパフォーマンスの面白味も増している。藤森さんの歌については、これだけうまく歌っているのに、ボーカルとして主役ではなく脇役に徹しているところが、もはや、ほかのアーティストグループとは異なり、それすら面白く思えてくる。


何度も動画を観るにつれてダンスにとにかく圧倒され、ダンスのプロって何が凄いんだろうと、ずっと注目しながら観ていた。答えらしきものはなかなか言葉にしにくいが、スキルマスターのかたたちの凄さは、ダンスのしなやかさや力強さもそうなのだが、観ていてはっとしたのは、静止状態の軸のブレなさにあると思った。


ターンしたあと、ピタッと止まる。まったくふらつかず、見事に止まる。あ、このままターンしたらふらつくかと思いきや、ピタッと止まる。計算されつくした体重移動にびっくりするほど、きれいに止まる。


きれいに止まっているから、次の動きが映える。特に、「さあ皆 敬服せよ」から「かちどきが聞こえる」までの、静止から右足でリズムを刻むところがとても効果的で、好きな場面だ。静と動のメリハリがしっかり伝わる。


そして、次のフォーメーションにさくっと入る。動きと動きの間の軸のぶれない感じ、次の動きまでをも計算した無駄のない体のパーツ運び、位置移動すら優雅で、安定感がある。立ち位置がまるでズレないところとか、どの角度から映しても完璧なきれいさであることに驚く。


全員で同じ振り付けをするところの見事さは圧巻で、それは単にそろっているからというだけでなく、ダンスをしながら全体のバランスを目測できる、経験値の高さや距離感のとりかたなど、センスの良さを随所に感じる。衝突しそうな距離だと見ていても、ものすごいぴったりと寄り添い、でも重なりすぎず遠すぎず、同じ距離感で中心に寄っているところなど、何度見ても凄いと思う。


さらに、ダンサーさんを一人ひとりアップで映しても、なんて絵がきれいなんだろうと思う。これはイケメンだからということだけではなく、パフォーマーとして舞台慣れしているかたたちならではの、迫力がみなぎっている感じなのだ。


そして、さすがだと思うのが、ただ踊っているだけでなく、観客をしっかり「見ていて」反応を確認する冷静さも感じるし、一緒に場を盛り上げつつ、ご自身も楽しむゆとりを持って踊っているところが、なおのこと観ているこちらを幸せな気分にしてくれる。楽曲を消化するためのダンスでも、苦行でもなく、踊ることが好きでこのお仕事をしているというのが伝わる、本物のプロであるカッコよさを感じる。


『ENGEIグランドスラム』で、ダンサー4人のかたが個別アングルとなるところがあったが、1人ひとりの個性をとらえた、なかなかいいアングルだったなと思っている。ここまで4人を個別にしっかり映してくれたのは観たことがなかったので、これからもこういう場面をもっと観たいと思った。


RADIO FISHではない、個別の活動のダンス動画を観る機会が増えて、ああ、一人でもこんなに凄い人が、4人も踊ってるなんて奇跡みたいなことだなと思ったりする。FISHBOYさん、show-heyさん、つとむさん、SHiNさんの4人がテレビで全員お話しする場面は今まで観たことはないが、ダンサーさんたちに希望を与えたり、将来ダンサーになりたいと思うお子さんもいるのではないかと思うほど、彼らのパフォーマンスには力がある。


クラブにいくようなかたしか観られなかったハイレベルなダンスを、テレビや公式動画で観せてもらうようになり、ダンスに関心のなかった層までも夢中にさせるなんて、スキルマスターの功績って実はとても大きいのかもしれないと思ったりする。


と、なかなかポイントがとらえにくい説明になったが、ダンスの素晴らしさを書き慣れていないので、今日は乱雑に書き散らして、これからもう少しうまくなれるように回を重ねてみたいと思う。



最後に、どんなプロジェクトでも、最初の一歩を踏み出す人が一番熱量があるのだということがわかった場面を。


中田さんが、『ENGEIグランドスラム』の途中で、右腕の腕章がずれて手首まで下がりつつ踊り、背中を向ける待機ポーズに入る段階で外していたように見えた。また、最後に右肩のボタンが飛び、番組公式動画(演目後に撮影)では肩の飾りが跳ね上がっていたのを観て、同じ衣装でほかの人のは何も変化がないのを見ると、ダンスの長さやハードさに関わらず、どれだけのエネルギーで踊っているのだろうと思った。


また、公式ライブ映像の2番の「ULTRA TIGER」と叫んだとき、つとむさんの手を乗り越えたか軽くぶつかったかに見えたが、吠える勢いが本物の虎ばりで、もし、ぶつかっていたとしても本人はその自覚はないのかもしれないと思った。それくらい、本気で吠えて、この一瞬のパフォーマンスに魂を注いでいる姿は冗談抜きに神々しい。


本気のパフォーマンスは美しい。全力で、歌い踊るRADIO FISHを観ているだけで、生きる力がわいてくる。エンタメとかお笑いの威力って素晴らしい。いま笑えていれば、明日も元気に生きられると思えてくる。


そして、RADIO FISHの6人はこれだけの熱量を持って、人を幸せにする力があるのだから、もっと世の中に評価されてほしいと思うし、私もそれを言葉で表現できる一人でありたいと思う。


長かったけれど、念願だったRADIO FISHの記事のスタートが切れた。また、続きが書きたくなるような衝撃を、送り続けてほしいと思う。


なお、私がレビューするときは、ファンではないけど大真面目に対象に光を当てるという目線のため、ファンのかたからみて、誤解など失礼な点があったとしたらお詫びします。基本スタンスとして、ネガティブなことは書かない、対象を否定しないという思いで書いているため、もしご不快な点があったとしたら、それは意図したものではなく筆力によるものです。


また、ネット記事の寄せ集め的なことは一切せず、すべてが自分の目で見て確かめたことを、自分の言葉で書いています。今日、この記事を書くために9か月気持ちを温め続け、雑ながらもやっと書き、これからも試行錯誤しながらブラッシュアップしていければと思っています。


では、また。

もきゅもきゅ 2016/09/22 07:30 初めまして。2月のグランドスラムからオリラジ/RADIOFISHファンになった者です。
素晴らしい記事を本当にありがとうございます!私も何度もultra tigerの動画を見ていたのですが、ただ圧倒されるだけでここまでしっかりと見る事ができていませんでした。本当に嬉しいです。年末まで、オリラジ/RADIOFISHは日本を楽しませていきます。3月の東京ガールズコレクションでそう宣言していましたから。有言実行の彼らのファンになれたことを誇らしく思っています。1stアルバムの10years、しくじり先生初回から中田歴史塾までのストーリー、乃木坂や平成JUMPとの相性など、検索迷子さんに語って頂きたい事がたくさんあります。オリラジファンには、SMAPファンと兼オタされている方も多いです。
革新的な彼らは保守的な芸人さんや視聴者から嘲笑の扱いを受ける事の方が多いです。ぜひ、彼らの真摯な努力や才能が世間に評価されて欲しいと心から思っています。
ぜひ、続きの記事をお願いします!!

もきゅもきゅ 2016/09/22 07:30 初めまして。2月のグランドスラムからオリラジ/RADIOFISHファンになった者です。
素晴らしい記事を本当にありがとうございます!私も何度もultra tigerの動画を見ていたのですが、ただ圧倒されるだけでここまでしっかりと見る事ができていませんでした。本当に嬉しいです。年末まで、オリラジ/RADIOFISHは日本を楽しませていきます。3月の東京ガールズコレクションでそう宣言していましたから。有言実行の彼らのファンになれたことを誇らしく思っています。1stアルバムの10years、しくじり先生初回から中田歴史塾までのストーリー、乃木坂や平成JUMPとの相性など、検索迷子さんに語って頂きたい事がたくさんあります。オリラジファンには、SMAPファンと兼オタされている方も多いです。
革新的な彼らは保守的な芸人さんや視聴者から嘲笑の扱いを受ける事の方が多いです。ぜひ、彼らの真摯な努力や才能が世間に評価されて欲しいと心から思っています。
ぜひ、続きの記事をお願いします!!

ちーちー 2016/09/23 23:15 初めまして。記事を読ませていただきました。涙が止まりません。とても感動しています。オリラジのこともそうですが、スキルマスターの事も熟知されていて、ファンと同じ目線で書かれた内容に一つ一つ頷いています。オリラジのデビュー当初、好きな芸人さんでしたが、あまりテレビを見る暇がなく、沈んでいた時期を知りませんでした。それが、検索ちゃんの動画を見てはまり、どんどん世の中に広まっていく様を目撃し、芸人前夜や交換日記で隙間を埋め、今や生活の一部になっています。このブログを読めて、本当に良かったと思います。同じ感情を持っている方に出会えて嬉しいです。この先も機会があれば、是非、文字にして下さい。

2016-09-12

(39)草なぎ剛さんの『イケメン登山部』での魅力

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こんにちは、検索迷子です。


先日、2016-09-08ーSMAPの楽曲は、彩りを添えて進化し続けるを書いたが、タイミング的に次は、SMAP25周年について言及するつもりだった。でも今日は、12日放送の『SMAP×SMAP PRESENTS 草なぎ剛のイケメン登山部』を観て、草なぎさんのいろんな側面にはっとさせられて、そちらの感想を先に書こうと思う。


実はこの特番、SMAP5人を最も観たいと思っているこの時期でのメンバー一人の企画のため、それほど期待をせずに見始めた。それが、想像をはるかに上回るいい番組で、とても驚かされた。


それは、草なぎさんのお人柄もあるが、エンターティナーとしての力量がいかんなく発揮されていたことにある。草なぎさんが長い芸能生活を通して体得された、あらゆるノウハウがここにはあった。


この番組は、登山部顧問にアルピニスト野口健さん、ゲストに竹内涼真さん、山本裕典さん、竜星涼さんを迎え、八ヶ岳の登山をするというシンプルな番組だと思っていたが、「イケメン登山部部長」の草なぎさんの存在なくして、ここまで楽しい番組にはならなかっただろうと思えた。


いくつかの側面で、印象に残ったことを書いていこうと思う。


場を牽引する部長としての実力

先ほど、メンバー一人の企画だから、という思いがあったと書いたが、結果的に、草なぎさんが部長として、またスマスマの番組ホストとして、全員を盛り上げる役割を果たしていて、草なぎさんの場を盛り上げるセンス、話術がここまで高かったのかと驚いた。


よくお芝居などで、「主役=座長」として場を牽引する役割を果たしている、というエピソードは目にしていたが、バラエティー番組で、ここまで草なぎさんがホスト役に徹し、人を盛り上げたり、気配りや声がけや適切なコメントができる実力があるとは思わなかった。どちらかというと、ちょっと失敗したり、額に汗をかいたりして、少し緊張しながらも懸命に役割を果たし、その姿に好感が持てる、という癒しキャラかと思っていた。


てっきり草なぎさんは、積極的に表に出たり、場を仕切ったり、盛り上げたりするようなタイプではなく、一歩引いて、おとなしく場についていき、場に適応していくタイプだと思っていた。でも今回、草なぎさんが全体を力強くまとめている姿を見て、その場に合わせて求められる役割ができるひとなのだと見方を改めた。


そして、ふと、これが以前、『SMAPがんばりますっ!!2012「交換日記」〜ありがとう編〜』で木村さんが草なぎさんにあてた、「爪を隠していた」の部分が表に出た状態なのだろうかと思った。


この登山部によって、草なぎさんが芸能界のベテランの域にいる凄いかたなのだと、その底力を思い知った。それは、バラエティー番組としての面白さを追求する発言や行動だったり、若手俳優さんへの声掛けだったり、ご自分の靴が壊れるハプニングへの冷静な対処だったりするが、何よりも全体的に草なぎさんは精神的にとても安定して、穏やかな大人の男性になったなと思った。


いろんなものを乗り越えてきた、その時間の積み重ねがこの登頂のプロセスにはあった。それは、過去4回の登山経験だったり、無謀と思うことを乗り越えてきた歴史が、草なぎさんのこの5回目の登山には見え隠れした。


また、一人で場を仕切るということでふと思い返したのが、2008年にスマスマであった、『クサップ×クサップ』という一人で全コーナーを担当したときの姿だ。あのとき、ゲストとやりとりをする草なぎさんの心もとなさが、今回どこにもなかった。あの企画とは、趣旨も進行形式も人数もまるで違うから、単純な比較はできないが、今回の登山で、草なぎさんはバラエティー番組を一人でもこんなに盛り上げられる人なんだと思ったのだ。


言葉の力をよくわかっている発言の数々

登山という過酷なロケにもかかわらず、草なぎさんの前向きな発言の数々は、軸がぶれずに本当にこの人は、心と身体の芯から、美しさのオーラを発する人なのだと改めて思わされた。


私は過去何度も、草なぎさんの思考とか言葉のチョイスとかに感化されて、ブログでも草なぎさんの発言や書籍中の言葉を取り上げている。そんななかでも、この放送は「草なぎさん語録」の宝庫だったと思う。


特に今回は、番組中の一瞬のコメントを断片的に切り取った言葉でも、編集者がきれいに編集した活字でもなく、長時間に渡るロケのなかで、草なぎさんのあの声で、草なぎさんの思考性がわかる言葉が随所にちりばめられているのを聴けた意味は大きかった。


登山の疲労がたまっても、時間が経過しても、前向きな思考の軸のぶれなさ、表情の穏やかさが持続するさままでが、本当に良く分かった。時折のネガティブな言葉すら、短く切り上げたり、笑いに転化するところなどは、とても潔く、ネガティブさをさっさと切り上げる、見事なスイッチの切り替えかただと脱帽した。


「いいコメントを残そうと思って」という発言もしていたが、自分の発する言葉が、誰にどんな風に影響を与えるのか、草なぎさんは本当に「自分の見え方、見られ方」を良く知っているのだろう。常に、全方位の視線に手を抜かない、アイドルのプロなんだと思えた。


そして、きっとまた、自分が元気になれる言葉を選び、自分が嫌いな言葉をできるだけ言わない、そういう自制心と、気持ちの強さがあるようにも見えた。


人を楽しませる、喜ばせることのプロ意識の高さ

今回の登山部全体を見渡すと、ふと、『スマスマ』で草なぎさんが20年で経験したものが凝縮されている回であることに気づいた。もちろん、他の草なぎさんの経験も草なぎさんの血肉になっているから、一概には言えないが、『スマスマ』ならではの要素も大きかったと思うのだ。なぜそう思ったのか、少し補足したい。


登山部での草なぎさんは、人を幸せにしたり、楽しませたり、喜ばせるために何が必要か、ということを本能的にわかっている、と思う場面がたくさんあった。数多くの『スマスマ』での経験が、草なぎさんを「おもてなし」のプロに育んできたようにすら感じた。


それは、「食」「笑顔」「歌」「チャレンジと継続」「仲間」といった、『スマスマ』での要素がふんだんに盛り込まれていたからだ。


「食」の部分だが、草なぎさんは登山前夜、一人でおにぎりを握っていた。『スマスマ』には「ビストロSMAP」という番組当初からずっと続くコーナーがある。おいしい食べ物は人を笑顔にすることを知る草なぎさんは、お金で何かを買っていくのではなく、手作りでおにぎりを作ることを選んだ。


それも、ビストロで提供するような上品なおにぎりではなく、無骨な男のおにぎりというのもほほえましく、手作り感が満載だった。おにぎりと言えば、稲垣さんが謹慎中の罰ゲームで、ライブスタッフへの差し入れで作ったおにぎりや、『クサップ×クサップ』でゲストの仲村トオルさんがオーダーした塩むすび、それから、おにぎりではないが、中居さんとの登山で草なぎさんが用意していたお弁当も海苔巻きだったと記憶している。


いろんな料理を作れる草なぎさんが、こうして登山に持っていく食べ物におにぎりを選んだのもいいなと思う。人を笑顔にする「食」は、シンプルでも心をこめて自らの手で握ったおにぎりがいいと思ったのも、草なぎさんらしいチョイスだった。


「笑顔」については、すでにいくつか触れてきたが、今回、草なぎさんはバラエティーとして登山部の番組を楽しいものにしようとしている気概が伝わってきた。


スマスマ』では、コントもそうだし、ゲストのかたへの気の利いたコメントや、エンディングトーク、最近では『コップのツヨ子』などで、草なぎさんは笑いへの貪欲さを、今回の登山のいたるところでも発揮して、こだわりもかなりあることがわかる。


登山部でも、明らかにギターケースを背負っているのに、ずっと「そういうバック(カバン?)だから」と最後まで押し通したのも、妙に面白い、状況設定へのこだわりだった。


また、登山中に下山者とすれ違ったときの対応は、人をずっと笑顔にすることを仕事にしてきた、草なぎさんならではの素晴らしさで、登山中の疲れがあるとは思えないようなさわやかさだった。


「歌」についてだが、登山中にSMAPの『この瞬間(とき)、きっと夢じゃない』『ススメ!』が草なぎさんの選曲エピソードとともに流れたのは、とてもいい場面だったと思う。自分にとってたいせつなSMAPの曲を、一緒に登山をする仲間たちと聴きたいと言える、その素直なSMAPへの思いと楽曲へのリスペクトは、今、この時期だからこそ、より貴重で、今の心持ちを知れたのは嬉しいことだった。

この瞬間(とき)、きっと夢じゃない

この瞬間(とき)、きっと夢じゃない


そして、まさかというか思った通りというか、『マウンテン・ロック』という曲を作詞作曲して披露してくれた。草なぎさんの作詞作曲のセンスについては、また別個に言及したいが、草なぎさんの作詞作曲への意欲は、人を喜ばせたい無垢な気持ちの表れで、とてもいいなと思う。


おにぎりもそうだが、お金を投資する何かをプレゼントするのではなく、オリジナルで手作りのぬくもりがあるものを、草なぎさんは愛情とともに惜しげもなく差し出してくれる。


今回特に良かったのは、これまでとは違い、歌手とは無縁のかたたちだけの場で歌ったときの心配りだ。これまでの新曲披露の場は、SMAPのメンバーがいたり、ミュージシャンのかたがいたり、ある意味ホームでの披露だったように思う。


今回、アウェイのような音楽関係者がいない場所で歌って、一瞬大丈夫かと心配したがそれは杞憂に終わった。草なぎさんは全員に歌詞カードを渡しつつ、盛り上げポイントまでレクチャーをして、仲間たちを置いてきぼりにしないようにしていて、その心配りがよかった。全員が草なぎさんの空気に巻き込まれ、合唱をしている姿を見て、さすがにSMAPだ、いつも人を歌で乗せることに手抜かりはないなぁと思った。


にしても、空気が薄いだろう場所で、半日近く登山を続けてもなお、ギターを弾き、声を張り上げて熱唱する姿に、プロのアーティスト魂を感じた。それほどに、草なぎさんにとって「歌」と「歌を通して人とつながること」は大事な時間なのだろう。


次に「チャレンジと継続」だが、これはもう、『スマスマ』で経験したあらゆることがチャレンジだったのだと思うが、単にチャレンジするだけでなく、一歩一歩続けることのたいせつさが、骨の髄まで染み込むほど、負けない気持ちが醸成されてきているのが、画面の随所から伝わってきた。


そして次に、「仲間」だが、草なぎさんの今回の登山での、全員で登頂しようという意気込みの高さもそうだが、「一人でない」からがんばれるとか、「イッケメーン」の掛け声が2回目から「そろってきた」という言葉とか、草なぎさんが仲間を一緒に何かを作り上げようという気持ちがそれとなくわかった。


ふとした発言ではあるが、一人ではなにもできない自分の弱さを知り、でも、仲間とだったら何かができるということ経験を、これまでどれほどして、仲間をどれほどたいせつに思っているのかが伝わってくるような気がした。


また、香取さんとのラジオ番組『SMAP POWER SPLASH(スマップパワースプラッシュ)』の番宣とか、『山のあなた〜徳市の恋〜』で共演した妻夫木聡さんと結婚された女優のマイコさんの話とか、ご自身が大事にする仲間や作品のことをしっかりと、愛情を持って語っているのも好感が持てた(今、この宣伝をするのかという視点は今回はあえてふれない)。


最後に、放送になかったため推測で恐縮だが、

5度目の登山ということで、放送されていないコメントとして、メンバーの名前を出しつつ思い出を語る場面が、少なからずあったのではないかという気がした。番組では、ずっと喋っているような編集になっていたが、無心になり、ただ自分の足元だけを見つめながら、次の一歩を踏みしめるという時間も多かっただろう。


メンバーのことを仮にコメントをしていなかったとしても、そういう時間で、一人で過去の登山を思い返す時間もあったのではないかと思う。自然の怖さと偉大さに向き合う時間のなかで、この放送では饒舌にほがらかに、場を盛り上げているように見えた草なぎさんに、自分の内面と対話する時間もあったのではないだろうか。



長くなったが、今回の「イケメン登山部」で、草なぎさんの新たなる魅力と、エンターティナーとしての素晴らしさを実感したことを、思いつく限り書ききった。


「草なぎさん語録」ができるほどの名言は、数が多く個々には触れなかったが、発言した一つひとつの言葉に重みがあった。


なかでも、「人生」という言葉をたくさん口にしていたが、草なぎさんが言うと説教臭さがないというのも発見の一つだった。若手俳優さんを前に、それらを押しつけがましく語るのではないのもまた、お人柄が出ていると思った。


草なぎさんが、自分の内面に語りかけるかのごとく、そっとつぶやく声は、深く落ち着いた鼻にかかるような声のトーンで、聞いているこちらまで穏やかになるようなものだった。


SMAP5人の時とはまた違う側面の草なぎさんを知り、私たちがテレビで観ている場面って、ほんのごく一部なのだなと思わされた。だからこそ、こうして違う面を観たときに、こういうところが素晴らしかった、見習いたいというリスペクトを込めて、少しでも記録したいと思う。


ただ、楽しかった、素晴らしかったと一人で心に留めるより、この瞬間、きっと夢じゃないと、自分が何がどういいと思ったかをしっかりと刻んでおきたい。


草なぎさんのエンターティナーとしての活躍の場が、どうか、未来に向かって広がり続けてほしい。


いまはただ、草なぎさんの目の前の一歩が開けることを、一心に願いたい。

もちろん、SMAPとしても。


では、また。


草なぎ剛さんの記事まとめ

2016-07-09 草なぎ剛さんに言葉の花束をー草なぎ剛さん記事まとめ

(37)草なぎ剛さんは空気を浄化する


コラボブログについて

今日は、「剛 しっかりしなさい!」ブログ運営者である、凪(なぎ)さんのコラボブログ 【SMAPとココカラ】(38)Happy Birthdayを受けて、コラボブログ第39回として書いた。


主旨について

ブログ主旨については、下記にリンク先を掲載している。

【コラボブログ:SMAPとココカラ】(2)SMAPとファンは、もはや一つの組織の最下段、【コラボブログ:SMAPとココカラ】(4)木村拓哉さんの自己犠牲の精神の序盤で紹介している。

2016-09-08

SMAPの楽曲は、彩りを添えて進化し続ける

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こんにちは、検索迷子です。


先日、(37)草なぎ剛さんは空気を浄化するで、私がSMAPブログで書いて一年が経過したことを綴った。


この一年の自分の変化の一つに、SMAPのパフォーマンスやお人柄などを書いたのをきっかけに、あらためてSMAPの楽曲をよく聴くようになったことが挙げられる。


私が書いてきたことは、主にテレビのリアルタイム視聴だけだったので、CDもライブDVDもほとんど所有していなかったが、SMAPの各ラジオ番組を聴くようになって昔の曲を知り、今は少しずつCDの音源を増やすようになった。


いまでは、ブログを書くとき、身支度をしながら、お風呂に入ったりしながらと、延々と曲を流し続けている。


それで気づいたことが、二つある。


ひとつは、SMAPの曲は劣化しない、ということだ。

それどころか、どんどん、その時代にあった彩りが添えられて、今この瞬間にも成長していると思える楽曲が、本当に多いことに驚いている。


私は音楽に明るくないが、音楽に精通したかたたちが、SMAPの楽曲の良さを語っているのはよく拝見していた。もともとSMAPの楽曲は、その時代の最新のテイストであり、旬なアーティストのかたの提供曲だったりして、音楽的な素晴らしさが保証された環境で、商業的に力を注いで制作されていたから、ある意味当然なのだろうと思っていた。


だから、あえて今、昔の曲を聴かなくてもいいかと、わざわざ聴こうとしない時期もあった。


素人の自分は、このサウンドとか、どこどこのテクニックとかそういうことはわからない。


でも、心地いいかどうかはわかる。

幸せな気分になれるか、せつない気持ちになるか、明日もがんばろうと思えるか、その曲がくれるメッセージはわかる。そこには正解はなく、自分の感性で受け取っていいという自由度がある。


ヘビーローテーションで10枚くらいのアルバムを毎日聴きながら、あ、この曲のここが好き、というシンプルな思いをずっと持っていた。


でも、そんな自分が少し不思議でもあった。

極端な言いかたを承知で書けば、私、10代のアイドルの子たちが、アイドル感満載で歌っている曲を、何の違和感もなく受け入れてる、と。


それどころか、よし、今日もしっかりと生きようとか思ったりする。


心地良く曲を聴いた後、ふと我に返り、アイドルの10代の男の子の声にパワーをもらえるなんて、なぜ、こんな気持ちになるのだろうかと、ずっと不思議な感覚があった。


それで気づいたことの二つめが、若かりしSMAPが歌った幼き声さえ、聴いていて恥ずかしくならないという事実だ。


声の幼さ以上に、歌が発するリズムとか、歌詞の良さの立ち上がりが、声の幼さが気にならなくさせているということだった。


たとえば、自分が子供のころ、同世代か少し上の「いかにもアイドルの曲」という歌い方や歌詞のものを、大人になってから聴くと、「あー、いかにもアイドル曲だ」とか、「昔、この曲を聴いてこうだった」とか、気恥ずかしさや懐かしさのほうが先に立つ曲がある。


バラードなどは時間が経過しても、そのまま受け取れる曲はあるが、少しはじけた歌などは「あの時代はこうだった」という過去の思い出の色のほうが濃くなることがある。


アイドルアイドルした曲は、カラオケで歌うにしても、ウケ狙いでふざけて歌うような曲、それがアイドルの曲だと思っていた。


でも、SMAPの曲にはそれがない。

録音されたのは過去かもしれないが、昔の曲を今聴いているという感覚がほとんどないのだ。


なぜなんだろうと考えたら、彼らはどの楽曲にも、自分たちの今のエッセンスを注ぐ力が極めて高いからなのかと思った。


過去にリリースした楽曲の、時代や時計の針を動かし、常にそれを最新の記憶に塗り替えてきてくれたのがSMAPのパフォーマンスだったんだと気づいた。彼らは歌手でもあり、役者もするエンターティナーとして、新曲発表時よりもある意味斬新に、昔の曲を、今この瞬間のテイストに、リメイクし直す能力に優れているのではないかと思う。


それも一人の力ではなく、5人の息の合わせかたの絶妙さ、ユニゾンの完成度の高さが彩りをより添えているのだろう。


もちろん、昔のスマスマのエンディングトークで、曲への思い入れや感想を聞いてきた記憶が、曲のメッセージ性をより大きく受け取っている点は否定しない。だけど、たぶん、あのエンディングトークを聴いていないかたでも、SMAPの楽曲は、今、受け入れられるものがある。


テレビで何度か繰り返し歌ってくれたのもそうだろうが、ライブに行ったのも昔のたった一回きりで、映像も持っていない自分が、わずかな接触機会だけで、SMAPの曲をそのときどきの時代のものとして、受け止め直してきたことに気づかされる。


あの時代を思い出す歌だね、という感覚ではなく、最新の彼らが歌った様子こみで、いまの彼らの曲なんだと、自分の記憶も最新のものに塗り替わり、歌のメッセージ性の受け止め方も随時更新されていく。


いつ聴いても、今の曲になるなんて、SMAPの歌はいったいどんな魔法が仕掛けられているのかと、驚かされることがある。



『Can't Stop!! -Loving-』は聴けば聴くほど深い

具体的な曲名はたくさん挙がるが、今日は最近特によく聴いている、25年前のSMAPのデビュー曲『Can't Stop!! -Loving-』のことに触れようと思う。


この曲は、ここ最近で一番印象が変わった曲だ。もともと曲に着目したのは、2年前の27時間テレビや、スマスマの50曲ノンストップメドレーだっだが、25周年のお祝いということもあり、最近ずっと気になる曲になっていった。


いま手元に、『SMAP001』のアルバムがあるが、このアルバム、最初と最後のボーナストラックとして、2回この曲が流れる。

SMAP 001

SMAP 001


聴き始めた当初、声の幼さや歌い方の荒削りな部分が気にならなくもなかったが、この曲にまつわるエピソードなどに触れるうちに、次第に曲そのもののメッセージ性を、素直に受け取れるようになった。


歌詞のシンプルさが、聴けば聴くほど味わい深く、このシンプルさをそのまま受け止められる自分でありたいと思わされる。


歌詞がクリアに聞けて、言葉が生き生きとしている。彼らは、それを25年も続けてきた。彼らは何を歌っても、歌詞をクリアに発し、聞き取れない単語がないというのも、実は凄いスキルなのかもしれない。何を聴いても聴きやすく、何を聴いても何の歌か、すんなりと入ってくる。



SMAPの曲は劣化しない。それどころか、常に今の彩りを添えて、私たちの前に差し出される。

そして、SMAPを聴いていると、誰かに言うことが恥ずかしいどころか、伝えるものを伝え続けて、進化させてくれるアーティストとして、リスペクトする存在なんだと思うようになった。


SMAPの曲がSMAPのパフォーマンスで、永遠に最新のテイストや、最新の記憶に更新されないような、そんな凍結されたみたいな、過去の楽曲にしたくないという思いを強くする。


誰かが歌い継いでくれるのもたいせつなことだが、5人、6人でしかできない、オーディエンスを幸せな思いで満たすあの時間は、SMAPにしかできない。


SMAPが歌う楽曲を直接聴くことで、私自身、大人というバリアを脱いで、シンプルにメッセージを受け取ろうと、自分が自分を縛っていた鎖から解放されたように思う。


いくら音源が残り、楽曲がこの先も癒してくれようとも、楽曲が成長しないような、記憶の完全凍結など望んではいない。


SMAPに歌い続けてほしい。


なお、25周年のお祝いブログは、また別に書こうと思っている。


では、また。

2016-09-07

(37)草なぎ剛さんは空気を浄化する

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こんにちは、検索迷子です。


検索迷子で、草なぎさんの話題を書いたことをきっかけに、SMAPブログに書き始めて、ちょうど一年が経った。

2015-09-05 草なぎ剛さんの可動域

2015-09-12 草なぎ剛さんの指先


一年前、「ミュージックステーション」の『otherside』の草なぎさんのパフォーマンスに心を奪われ、衝動的にブログを書いた。自分の感動を誰かに伝えたいというより、自分がこれを書き残したい、記録したい一心でのことだった。


一気に書き上げてそれで満足し、もう二度と、エンタメとかアイドルの話題を書くことはないだろうと思っていた。


それくらい、自分にとっては未知の領域の話題を書いた日だった。草なぎさんの、このシーンの美しさを、今どうしても書き残したいと、出先で衝動的にノートパソコンを開いて、書き始めた瞬間のことすら鮮明に覚えている。書かずにはいられなかった。


この記事がきっかけで、私の人生は動いたといっても過言ではない。


自分が当時、アカウントしか持っていなかったTwitter上で、知らないうちに拡散され、数日後、たまたまブログアクセス数を見て、カウンターが壊れたと思ったくらい、何が起きたのかという閲覧数に本当に驚いた。


そして、一年。

一年後の現在、SMAPをとりまく環境がここまで変化するとは思わなかった。あの時の新曲の『otherside』『愛が止まるまでは』以降、新曲が出ない、新たなパフォーマンスが見られない日々が来るとは予想だにしなかった。


だからこそ、一年のあいだ、少しずつでもパフォーマンスを書いてきた時間に意味が生まれてきたと思う。


一年前の『草なぎ剛さんの可動域』の後半、私は、「草なぎ剛さんの身体能力、どなたか分析してほしいと思います。」と他力本願に、誰かがパフォーマンスの美しさを書いてくれることを望んでいた。


でも次第に、意外にもSMAPのメンバーの素晴らしさの細かい点を、長文で書いた記事が世の中に存在していないという事実もわかってきた。


だから自分が書いた、「そんなところを大真面目に追求するの」というような、ミクロな箇所の美しさを書いた記事が、多くのかたに読まれてきたという状況も納得ができた。


自分の他力本願意識が変わったのは、ファンのかたたちのブログの感想や、励ましや温かさもあったが、自分がSMAPのこの部分をもっと具体的に知りたいという気持ちが枯渇しなかったことにあったと思う。


何よりも自分が一番知りたくて、誰に頼まれたわけでもなく書き始めて、記録したいという出来事がたくさんあった。だから、自分が書き残して読み返したいものは、誰かに任せるのではなくて自分で書くしかない、という気持ちを強くした。


自分よりももっといい内容を書くかたはいるだろうが、ほめ言葉を書く記事が一つくらい多くあっても邪魔にはならないだろうと思うようになってからは、あきるまで書こうと開き直った。


だから、一発屋のような思いつきの記事ではなく、できるだけ下調べもして、長期間かけて、ずっとSMAPの美しさを少しずつでも書き溜めようと思った。その繰り返しで一年が過ぎた。


瞬発力で書いたものが、いいと思って拡散されたりするよりも、いつ読んでもSMAPをしっかり記録している人間として、ファンのかたに長期的に信頼されていきたいと思った。そこを目指して、自分ができるペースで、自分なりの視点で書き続けてきた。


そうして、一年で100以上の記事を溜めてきた。これは、自分にとって大きな財産でもあり、同時にSMAPへの感謝の気持ちの表れでもある。書きたいと思わせてくれて、書かせてくれてありがとうと、毎回記事をアップするたびに思う。


つねづね、思いは形にしないと伝わらないと思ってきたが、少しずつでも同じテーマについて考えを深めていくことや、みなさんに読んでいただくことによって、自分なりに、どうやって書いていけばいいのか、思考を深めることができたように思う。


草なぎさんの不思議さへの疑問が、やがて学びと感謝へ

私はたぶん、草なぎさんに一生感謝し続けると思う。それは、私の未知なドアを開けてくれて、ファンのかたとのつながりとか、このブログをきっかけに仕事にも好影響が生まれたりとか、思いがけない方向に舵をきるような一年間をくれたからだ。


あのとき、私に魔法をかけるように、書かせてくれてありがとうございましたと、心からお礼を言いたい。


初期のころは草なぎさんのみの話題ばかり書いていたが、草なぎさんを観て書く段階で、SMAP五人の関係性も同時に観てると気づき、今では五人のことをできるだけ書こうと思っている。


それでも、草なぎさんばかりを書いてきた時期は、ある意味とても濃厚だったと思う。その理由は、私はSMAP5人のなかで、草なぎさんが最も自分との共通項がないかただからだ。何も似ていないからこそ、何もかもが新鮮に映った。


私自身、ブログでの書くトーンから冷静とイメージされがちだが、実際はそうではなく、とにかく熱く語るし、夢に向かって歩きたいタイプだ。よく喋るとは言われても、控えめとか、人見知りとか、引っ込み思案と言われたことはない。笑うときは、大口をあけて、真っ先にげらげら笑うし(一番近いのは木村さんのリアクション)、言いたいことははっきりと言う。


草なぎさんのたたずまいで、自分と似てると思うところは、皆無といってもよかった。でも、全くタイプの違う草なぎさんだからこそ、あれ、今のはどうして?と思うことが多かったのだ。


その、自分と真逆のところを見つめていく時間や、記録する時間に、自分はたくさんのことを学ばせてもらったと思う。


それでふと思った。自分に近い存在に目を向けるより、自分と遠い存在のひとのほうが、自分の本質を見つめる時間をくれるのではないかと。


私にとって草なぎさんは、似ている要素が一つもないからこそ、何もかもが物珍しく、食い入るように観てしまう存在なのだ。草なぎさんの言動や行動が、自分のなかで停滞した、思い込みのようなものを、まるで空気の入れ替えをしてくれるような効果が生んでくれていると、次第に気づいていった。見るたびに、「あーわかる」というより、「え、どうして?」といまだにはっとさせられる。


正直なところ、草なぎさんからここまで自分が何か影響を受けるとは、一年前は思ってもいなかった。自分が積極的に教えを乞うタイプとは思えなかった草なぎさんに、私は本当にたくさんのものをもらった。


会ったことのないかたで、ここまで自分の時間を動かしてくれるほどの影響力を持ったのは、草なぎさんが初めてかもしれない。


草なぎさんが持つ、空気を浄化する力

ということを、数日前から書こうと思っていて、スマスマの9月5日放送分を観ていて、私が持ったような「自分とは違う感性の人への、不思議な感覚」を、SMAPの4人はずっと持ち、そして草なぎさんの個性をつぶさないように接してきた、長い歴史があったんだろうなと思った。


これは、草なぎさんだけを「不思議な人」扱いした意味ではなく、五人とも、そうやって反発と受容を経て、リスペクトしあう現在があるのではないかということだ。


SMAP全員がそれぞれに長所と短所を、若い頃は認めにくかった時期もあるだろうが、やがてそれがその人なんだと許し、次第にキャラとして笑いに転化し、やがて本人独自の個性として認め、真似できないとリスペクトするところまで、関係性が昇華していったのだろうなと思う。


スマスマで、草なぎさんが橋下徹さんにギターを使ってイントロクイズを出すはずが、もはや鼻歌でのヒントになってしまうのを観ながら、こういう時間が笑いになっていること自体、大笑いにできていること自体が、かけがえがない関係なのだと思った。


もしかしたら草なぎさんは、表面的には穏やかに笑っていても、失敗した自分を悔いていることもあるだろうが、その草なぎさん自身の悔しさを、自己否定したり、ネガティブな記憶にさせない雰囲気を、SMAPは時間をかけて作り上げてきたのだと思う。


私自身、仕事という面で行けば、段取りをしっかりしたいほうで、発言や、仕切りや進行、反復による習熟度アップや、ゲストのかたへの注意などは、中居さんをお手本にしたいと思うほど、自分でも気をつけているし、後輩にも厳しい。


だから、草なぎさんの行動や言動を受け止めるときに、自分のコンディションがわかったりする。自分の穏やかさのバロメーターともいえるくらいだ。


草なぎさんはかっこつけたり、ミスを隠そうとしないかたなので、何かに失敗したり、言い間違いや段取りが自由奔放なことがある。それを、げらげら笑えているときは、自分は機嫌がいいなと思うし、心のなかで「どうしてこんなミスを?」と辛口な感想がわく時、「あ、今自分はゆとりを失くしている」とはっきりわかる。


草なぎさんの、ずるく生きようとしないがゆえの、真剣に取り組んだ結果のミスを「天使」とか「笑いの神様がいる」とか思えないときの自分は、心がトゲトゲになっていて、自分のなかの受容度が低下していると気づく。


そうやって考えると、常に一番ピュアなのは草なぎさんで、草なぎさんを辛口に観ている人たちは、心にチリが積もった状態にすら思う。


そして、草なぎさんのこういう場面を素直に笑おうとしたときや、笑えている自分を知って初めて、草なぎさんという存在の空気清浄機にチリを浄化してもらっているんだと、はっとする。


草なぎさんは常にずっと同じ状態でそこに存在し、邪気なくマイナスイオンを出し続けているのに、自分だけが俗世間のチリにまみれていたのかもしれないと、自分の心の狭さを反省したりする。


草なぎさんのことを微笑ましいと思っている時間は、確かに気持ちが穏やかなのがわかる。


すごいなぁと思う。そこに存在するだけで、押しつけがましいものはなにも発せず、内省を促してくれる草なぎさんという存在は。


私とはまったく違う接触距離、接触回数のSMAPのメンバーも、草なぎさんのいろんな場面をともにして、いまこの時期にでも、全員が大笑いをするような状況を作れるなんて、草なぎさんの空気清浄力の吸引力って、実はものすごい小さなチリまで吸い取るくらい、強力なんだろうなと思う。


こうして草なぎさんへの感謝とか、空気清浄力を書いているだけで、穏やかな気持ちになる。美しいものを美しいと書いている静かな時間は、私に活力を取り戻してくれる。


教わることが多いから、ブログを書き続けられるのだと思う。


言葉や行動は、直接響くほどわかりやすいものでなくても、自分の心の眼さえ澄ませていれば、しっかりと届くのだと、草なぎさんは教えてくれた。


これからも、草なぎさんに感謝しつつ、その美しさを書き留めていきたい。


一年間、書くことを止めないでよかった。

草なぎさんを書いてきた時間は、私にとっては浄化の時間で、そして書き溜めてきた記事は私の宝物だ。


そして、これからも一つずつ。

日々是精進。


では、また。


草なぎ剛さんの記事まとめ

2016-07-09 草なぎ剛さんに言葉の花束をー草なぎ剛さん記事まとめ


コラボブログについて

今日は、「剛 しっかりしなさい!」ブログ運営者である、凪(なぎ)さんのコラボブログ 【SMAPとココカラ】(36) ススメ! を受けて、コラボブログ第37回として書いた。


主旨について

ブログ主旨については、下記にリンク先を掲載している。

【コラボブログ:SMAPとココカラ】(2)SMAPとファンは、もはや一つの組織の最下段、【コラボブログ:SMAPとココカラ】(4)木村拓哉さんの自己犠牲の精神の序盤で紹介している。

TAMTAM 2016/09/08 06:48 検索迷子さん、ずっと待っていました。
またまた、私のもやもやを、言葉で表してくれて、
ありがとうございます。
私も、9/5の放送を見て、ああ、SMAPだ、と、久しぶりに思いました。
私の心も、浄化されました。
私は、草磲さんのファンですが、それより何より、SMAPの中の草磲さんが好きなのは、そういうことだったのかなあと思いました。
前に、音楽番組で、やっぱり草磲さんが、ギターを弾いて、曲を当てるのを、SMAPでやっていて、その時は、まだ弾かないうちに、他のみんながどんどん曲名を言って、なかなか弾けなくて、「弾いていい?」と、草磲さんが、ぼそっと言うのが、本当にツボで、その番組を何度も見てしまいました。
それを思い出しました。
これからも、ずっとずっと書いて欲しいです。
本当に、楽しみにしています。
ありがとうございました。

さちこさちこ 2016/09/09 10:16 こんにちは。ほぼ1年ぶりのコメントですみません。毎回楽しくそして感動しながら読ませて頂いてます。はじめ草なぎ剛さんのファンなので剛さんのダンスを細かく書いて頂いて嬉しくコメントしましたが年明けから新しいファンの方々には申し訳ない怒濤の年でわりと長めな私も心がざわついています。
私が惹かれた剛さんの魅力をまた心に沁みる言葉で書いて頂きありがとうございます。
彼のピュアな心優しさそして強さにみんなが癒されてパワーを貰えてると思っています。
この大変な時に彼を見ていると落ち着けます。まさに浄化されてるのですね。
これからも是非かき続けて頂きたいです。よろしくお願いします。
彼らの歌声やダンス奪われたくないです。

2016-08-30

(35)SMAPの楽曲の歌詞で、自らを癒す

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こんにちは、検索迷子です。


先日、SMAP5人は息で嘘をつけないー解散に言及したラジオ番組を聴きを書いたところ、驚くほど多くのかたに読んでいただけた。

本当にありがとうございます。



主観で何かを書くことは、時に怖いことではあるが、今この思いを記録したいという衝動に後押しされて、書かずにはいられないときがある。あの日がそうだった。


いまもなお、あ、これはと思うときはあるが、書くには情報が足りず、なんとなく時間ばかりが過ぎる。


加熱する報道に対して、ひとつずつ反応することが必ずしも、心の健やかさをキープできることではない。だから、そこは気持ちを強くして、不要な情報を情報と勘違いして取り込まないようにしている。


情報はやみくもに集めることが大事なのではなく、不要な情報を排除する勇気もまた、大事なのだと今は思う。なので、集客目的の情報サイトに、気持ちが健やかになる情報はないと割り切り、もはやクリックすることもなくなった。


SMAPの楽曲の歌詞を、穏やかな気持ちで追いかけてみる

というなか、たまたまSMAPの歌詞をじっくりと見て、どんな気持ちになるか、人と一緒に話し合う時間があった。


自分がときどき頼まれて行っている、ビジネス書一般書の読み方や、感想のアウトプットの仕方のレクチャーの時間でのことだ。毎回、ビジネス書ばかりだと、がりがりに仕事の話題となってテーマも重くなり、息が詰まると思ったため、たまには柔らかいエンタメの話題でと、好きな歌詞をいくつか持ってきていただいた。


すると、そのかたは偶然にも、SMAPの『ありがとう』『世界に一つだけの花』『オリジナルスマイル』、そして、中島みゆきさんの『糸』の歌詞を持ってこられた。


私がこのブログを書いていることはご存知のかただったが、事前のリサーチでは違うアーティストのファンのかただったのでとても驚いた。


なぜSMAPばかり選ばれたのかと聞いたところ、私のブログとは関係なく、毎日、SMAP報道を見ていると気になって、というお話をされていた。また、お知り合いに連れられてライブに行ったご経験もあり、SMAPがトロッコに乗って歌う『オリジナルスマイル』を何度も観て、この曲が一番好きというお話をされていた。


そして、『糸』についても、SMAPがらみで選んだのではなく、単純に楽曲として好きだということだった。それで、私が過去、SMAPが『糸』で織りなした声を書いた話をされていたら、その偶然にとても驚いていた。


文章を読んで、感想を表現するというレクチャーの時間は、お金をいただいているため、相手のかたが主役の時間で、自分のブログの紹介は最低限に留めたが、自分がブログを書いていたことが、そのかたの感想を聞くうえでとても役に立った。


自分のブログのことはさておき、SMAPの3曲と『糸』歌詞カードを見ながら、そのかたに好きな箇所に線を引いていただいて、どこがどう好きで、何を感じたかというのを語っていく時間が、本当に心が穏やかになるような時間だった。


SMAPファンではないかたが、SMAPの楽曲からもらった言葉のパワーとか、気づきを話す姿に、自分のほうがSMAPの楽曲の解釈のしかたや、SMAPのパフォーマンスが社会的に与える影響力の大きさを実感させてもらい、教えるはずの私が教わっているような時間だった。


SMAPの楽曲の良さは、いろんなところで語られていると思うが、こうしてあらためて歌詞だけを見て、言葉をなぞっていくと、一人ひとりの心に訴える箇所が違ったり、言葉の解釈がいろいろあったりして、発見の多い時間となった。


それでふと思った。

いま、心が穏やかになれるような、SMAPにまつわる言葉が減っている時期だからこそなお、SMAPの歌詞で、自分が癒される言葉、あきらめずにがんばろうと思える言葉を、なぞっていき、もう一度、自分にエネルギーを溜めていこうと。


きっと、SNSを利用していない、潜在的SMAPファンは多数いて、一人でそっとSMAPにパワーをもらっていたり、あるいは今一人で心を痛めていたりしているかたもいるだろう。


つらいときこそ、SMAPの楽曲を見返して、自分の心の平静さを取り戻し、少しでも穏やかな時間を過ごしたいと私自身も思った。そして、メディアに心を痛めているかたも一度、メディアから少し離れて、自分はSMAPの歌詞から何を受け取っているんだろうかと振り返る、そういう時間をとってみるのも悪くないのではないかと思った。


少なくとも、私はそのかたとお話しした一時間で、SMAPの歌詞を見返して、ああ、こんなメッセージもあったのかとはっとすることが多かった。


美しい言葉に触れて、美しい心を取り戻す。

そういう時間が、SMAPの歌詞にはある。

ときには、脳内映像再生のみで、歌詞のみをぜひ堪能してみていただきたい。


ノイズのような言葉に疲れた心は、

美しい言葉で上書きをするしかない。


なお、そのかたはCD購買に伴う、「花活」をご存知なかったため、Twitterでのタグ付けなどを説明させていただいた。お花好きな方だったので、お花の画像をアップする、この活動なら目も楽しく、参加できそうと喜んでいただけた。小さい啓蒙活動ながらも、ファンのかたの活動をお伝えすることができて良かった。


では、また。


コラボブログについて

今日は、「剛 しっかりしなさい!」ブログ運営者である、凪(なぎ)さんのコラボブログ 【SMAPとココカラ】(34) あなたのためにできること を受けて、コラボブログ第35回として書いた。


主旨について

ブログ主旨については、下記にリンク先を掲載している。

【コラボブログ:SMAPとココカラ】(2)SMAPとファンは、もはや一つの組織の最下段、【コラボブログ:SMAPとココカラ】(4)木村拓哉さんの自己犠牲の精神の序盤で紹介している。

2016-08-21

SMAP5人は息で嘘をつけないー解散に言及したラジオ番組を聴き

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こんにちは、検索迷子です。


SMAP5人が解散に言及したすべてのラジオ番組を、リアルタイムで聴いた。


これまで私は、SMAPの声、言葉の言い回しの分析が好きで、趣味のボイストレーニングの勉強にもなるので、ざっと50以上記事を書いてきた。彼らは、声で思いを伝えるプロとして、いろんな声や言葉を人に届けてきた。


いつもならブログで書く前に、音源を繰り返して聴き、細かいことを書いているが、今日は一つだけ感想を書きたい。


SMAPは、息で嘘をつけない。

SMAPは、息継ぎの間合いに思いをのせる。


役者もしている彼らは、求められる役割やビジネスとして、言わなければならない台詞や単語を発する、気持ちのコントロールには長けていると思う。


わかりやすく書くと、私たちだって、本心から悪いと思わずに、立場上謝罪しなければならずに「すみません」と言っているとき、その本心が相手にうっすらと伝わってしまうような言いかたをしているだろう。


それは、無意識に息をコントロールしているから、その息遣いで相手に本心が見透かされてしまうのだ。


SMAPは、自分の意識と、役割での声のコントロールを十分にしてきた、声のプロだ。なのに、この声はなぜだろうと思わずにいられない。



1月の会見の声について、分析を何度も書きかけて、私は結局、それを残すことがしんどくてできなかった。あのときは、映像の印象があまりに大きすぎた。


でも、今回、全員が音源でのコメントを聞いて、そこに彼らの真実はないと思った。



だから、もう一度書く。


SMAPは、息で嘘をつけない。


それだけが、今、はっきりとわかった。


特に今日はイヤホンをつけて、香取さんと草なぎさんの息をはっきりと聴いた。香取さんの口の中が渇いている音までをクリアに聴こえ、ぐっと心をわしづかみにされた。香取さんが、誰よりも息に思いが乗っているような気がした。


後日、コメントを込みでもっと具体的に、ストスマ、ワッツ、サムガパワスプの各番組を分析するかもしれないが、今は何とも言えない。


ただ、香取さんと草なぎさんの息に、ここに真実の思いはないと感じた、いまこの瞬間を記録したくて、番組中からブログに書き留めたいと思った。


稲垣さん、木村さん、中居さんのときから、ずっと違和感があったままだったが、5人全員を聴いて、この違和感の正体を言葉にしておきたいと思った。


SMAP5人の息を聴きながら、言いたくない言葉を口に出してまで、彼らは何を守り、何を信じ、どこに歩もうとしているのかと考えた。


SMAPの笑い声を聴き慣れたかたには、この声はあまりにギャップが大きく、それゆえに重く響くことだろう。


どんな形でもいい。

彼らの声が、彼らの息でしか伝えられないものを、再び届けてくれる未来がくることを、ただ、信じたい。


では、また。

TAMTAM 2016/08/21 23:23 検索迷子さん、こんばんわ。
SMAPは、やっぱり、本当は解散なんかしたくないんですね。
でも、本当のことは、言えないんだろうなあ。
辛いなあと感じます。
でも、検索迷子さんが、紐解いてくれた、
SMAPの気持ちは、
少なくとも、私の心には、深く真実として、刻まれましたので、
大好きなSMAPを、まだまだ好きでいられそうで、嬉しいです。
いつもいつも、ありがとうございます。
心が少し、軽くなるのです。
ありがとうございます。