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コール・ポーター

音楽

コール・ポーター

こおるぽおたあ

Cole Porter。1891年6月9日〜1964年10月15日。 アメリカインディアナ州出身。生涯で約870曲を作詞・作曲した、スタンダード・ジャズ(〜ポップス)の立役者である。

父親は薬剤師のSam Porter、母親はKate Cole、両親の苗字をとってコール・ポーター。Kate の父;James Omar Cole (通称「J.O.」) は、社会的に孫のCole に強い影響を与えた。J.O.は靴屋の息子として慎ましい家庭で育ったが、彼の経営哲学と仕事に対する姿勢は彼をしてインディアナ中、最も豊富な人たらしめた。この祖父の強い影響下でコールはエール大学に進学し、この学生時代にすでに300曲もの作曲をしている。が、そのためか同性愛気味に過ごし、卒業するまで異性とのセックスの経験がなかった。

彼はおそらく頭の中にたくさん宝石を持っていて、それを譜面の上に並べていったのだろう。以下のようなキラめくアクセサリーが展示された。

Anything Goes

I Get a Kick Out of You

Let's Do It (Let's Fall in Love)

Just One of Those Things

Ev'ry Time We Say Goodbye

All of You

Begin the Beguine =「ビギン・ザ・ビギン」

Get Out of Town

I Am in Love

From This Moment On

I Love Paris

Easy to Love

What Is This Thing Called Love?

You're the Top

Love for Sale

It's De-Lovely

Night & Day =「夜も昼も」

So in Love → (日曜映画劇場の、映画のではなく、番組のエンディングに用いられ、物哀しい・複雑な後味を残させる曲。)

I Concentrate on You

You'd Be So Nice To Come Home To

True Love

In the Still of the Night

Ev'ry Time We Say Goodbye

It's All Right With Me

It's Bad for Me

Dancing on the Ceiling

などなど、他にもいっぱい。(合計870曲!)。

1937年に乗馬中、事故が起き、両足ともに萎えてしまい、ピアノのペダルも踏むことすら出来ず、何度も手術を繰り返した。医者は切断するしかないと云ったが、妻のリンダは「足を失ったら音楽をやる気力までも失う」といって切断をさせなかった。これが幸いして、音楽製作はするようになるものの……

1954年に妻のリンダが亡くなって、1958年にはついに右足も切断するハメになり、意気消沈したまま1964年にフェイドアウトしていった。

アーウィン・ウィンクラーがケビン・クラインポーター役に、またその妻リンダ役にアシュレイ・ジャドを配して、2004年に映画化。12月中旬に公開。『De-Lovely』という題で、邦題は『五線譜のラブレター』。

この前には『コール・ポーター・ストーリー〜ユア・ザ・トップ!〜』というドキュメント映画もあった。(DVDではなお販売中。)