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ジーコ

サッカー選手、監督。1953年3月3日生まれ。

本名アルトゥール・アントゥネス・コインブラジーコはあだ名)。

1967年、フラメンゴでプロデビュー。

1983年、イタリアウディネーゼへ移籍。

1985年フラメンゴに復帰。

ブラジル代表でソクラテスファルカントニーニョ・セレーゾとともに「黄金のカルテット」と呼ばれる中盤を構成したスーパースター。

その活躍は「白いペレ」とも呼ばれた。

1985年の現役引退後、ブラジル政府の閣僚になるなどしたが、1991年住友金属サッカー部(現在の鹿島アントラーズ)に乞われ来日。

Jリーグ初のハットトリックを決めるなど、Jリーグ開幕からの鹿島アントラーズ黄金時代を支えた。

1994年の現役引退後は、同チームのテクニカルアドバイザーとなった。

一方、母国ではサッカー教室を開き、後進の育成に努める。

2002年FIFAワールドカップ後より、サッカー日本代表監督に就任した。任期は2006年W杯まで。

大会後、トルコリーグ、フェネルバフチェ監督に就任。