岩波映画

映画

岩波映画

いわなみえいが

正式名称は岩波映画製作所。

1950年北海道大学低温研究室(当時)中谷宇吉郎博士の提唱により「良心的な新しい科学映画の製作」を創立の精神として、科学映画に関心のあった岩波書店の社員有志や映画カメラマンらが設立した。同年の第一作「蝿のいない町」は文部大臣賞を受賞。教育関連や企業のPR映画など記録映画全般の製作を幅広く手掛けるようになった。

代表作に「佐久間ダム」「法隆寺」「教室の子供たち」(羽仁進監督)がある。

一貫する特徴は、一切の作為を排する姿勢。自由かっ達な環境で、羽仁監督のほか、小川紳介黒木和雄土本典昭らの監督が独り立ちした。近年では羽田澄子監督の「痴呆性老人の世界」が反響を呼んだ。

また、TV界においても「たのしい科学」「日本発見シリーズ」をはじめ、現在の教育科学番組の先鞭となる作品を制作。1964年の科学技術振興財団のテレビ局開局(現株式会社テレビ東京)にあたっても、良質の番組制作で協力した。

98年に、数年来の経営行き詰まりにより、破産。

なお、岩波書店との資本・経営としての関係はなかった。また岩波ホールも別会社だった。