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袴田事件

社会

袴田事件

はかまだじけん

袴田事件は、1966年6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市清水区)において、味噌製造会社専務の一家4人が殺された強盗殺人事件で、日本弁護士連合会再審を支援している。

容疑者として袴田巌が逮捕され、公判では一貫して無実を訴えたが、1968年9月11日、静岡地裁死刑判決を言い渡した。

その後も、1976年5月18日に東京高裁控訴棄却1980年11月19日には最高裁が上告を棄却1980年11月28日に判決訂正申立を行うも、1980年12月12日に最高裁判決訂正申立棄却決定送達を行ったことにより、死刑が確定した。

しかし、本人及び弁護側は一貫して無実、冤罪を訴え、再審請求・抗告を重ねたが、静岡地裁東京高裁最高裁はいずれも請求を棄却した。

2008年4月、第二次の再審請求を行ったが、その後、足利事件布川事件などにおいて、かねてから冤罪が疑われていた判決確定後の裁判に対し、再審が認められて立て続けに冤罪が確定した。これを機に、国民の冤罪に対する関心は高まりることになった。

静岡地裁は2013年7月5日、静岡地検に証拠を開示するよう勧告し、同年7月26日、静岡地検は130点の証拠を開示した。

この開示証拠の中で、2013年11月、事件当時、袴田の同僚が袴田のアリバイを供述していたのにも関わらずに、検察は袴田が犯人であるかのような供述に捏造していたことが発覚、2013年12月には被害者が当時着用していた5点の衣類に付着している血液が袴田のものではないことも、最新技術を使った弁護団DNA鑑定によって明らかとなった*1

こうした流れを受け、2014年3月27日、静岡地裁再審を開始することが決定し*2、あわせて死刑及び拘置の執行停止を決定した。これを受け、袴田は同日午後に東京拘置所から釈放された。しかしながら、静岡地検は、東京高栽に即時抗告を申立て争う姿勢を示している。

1980年に上告が棄却され死刑が確定。

1981年に静岡地裁再審を申し立てた(第一次再審請求)が平成6年8月9日棄却

2004年8月27日、東京高裁第二刑事部(安廣文夫裁判長)は即時抗告棄却。同年9月1日、最高裁に特別抗告

2008年3月24日、最高裁棄却。第一次再審請求終了。

2008年4月25日、弁護側、静岡地裁に第二次再審請求。

2014年3月27日、静岡地裁再審開始を決定。あわせて死刑の執行停止と釈放がおこなわれた。

*1:それ以前にも、2012年4月13日、DNAの追加鑑定で、弁護側推薦鑑定人が、犯行着衣とされたシャツについた血痕と袴田の血液のDNA型は一致しないと結論づけており、検察側推せんの鑑定人も、一致しないとしている

*2:過去、死刑判決後に再審が行われた財田川事件、免田事件、松山事件、島田各事件ではいずれも無罪が確定、取り消された名張毒ぶどう酒事件を含めて6例目