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姉小路公知

社会

姉小路公知

あねがこうじきんとも

日本の江戸時代末期の公家位階正四位下、維新後に生前の功により正二位を追贈。

三条実美とともに攘夷派の先鋒となったが、文久3年(1863年)に深夜朝議からの帰途、京都朔平門外の猿ヶ辻で刺客に襲われその後死亡した。