作家 1911(明治44)年、兵庫県生まれ。 姫路中学を中退、大阪に出て、見習いコックなどの職を転々とした後、1928(昭和3)年、宇治川電気鉄道に入社した。 日本共産党の細胞として活動中に、1931(昭和6)年の一斉検挙で逮捕される。 1933(昭和8)年出獄してからは文学、実存哲学に傾倒し、小説を書きはじめる。1947(昭和22)年、「深夜の酒宴」を『展望』に発表して、戦後文学の代表作家となる。 やがてキリスト教に入信、独自の文学を形成した。 1973(昭和48)年3月28日没
「石黒亜矢子展」。 7月26日㈬。炎暑。 京王線「芦花公園駅」で、午後2時にTさんと待ちあわせる。時間よりも早く着いたが、もうTさんは駅にいた。 今回は、「世田谷文学館」へ寄って、そのあと「SONPOジャパン美術館」で「山下清展」を見て、新宿で飲む予定でいた。 出掛けに100円ショップへ寄って、サングラスを買う。お日さまが眩しすぎる。 「芦花公園駅」は、「都会田舎」の小さな駅で、周辺も静か。暑いのを除けば、ゆっくり話しながら気持ちのいい散歩だった。7、8分で文学館へ着く。 企画展は、「石黒亜矢子展」。「ばけものぞろぞろ/ばけねこぞろぞろ」というコピーで、さまざまな動物がばけものに変身する絵画が…
播磨百人伝 表紙 播磨百人伝 寺林 峻 著 のじぎく文庫 編集 神戸新聞総合出版センター 発行 2001年5月1日 第1刷発行 播磨にゆかりのある百人を、神代・古代・中世・近世・近代から選んでいます。 このブログでは主にヨーロッパ関係のことについてメモっているのですが、今回は特に欧州関係に限定してみます。 幕末の混乱は二つの流れで姫路城下へも及んできた。 一つはロシア、イギリス、アメリカといった国が次々と開国を迫ってやってくる。もう一方では幕府の政治を変えようとして勤王を叫んで立ち上がる志士の波である。この二つの流れに足をかけた姫路の青年がいた。秋元安民である。p206 古市公威、 佐幕派の姫…
地元店 今日の一句 遅い花待つ心なく雨やまず 浮浪雀 今日の三択。電気を発見したきっかけは? 雷・琥珀・ぼけ これは昨年中学2年生を担当したとき、教科書でやった。紀元前600年頃のことだそうだ。erectronとはギリシア語で琥珀のこと。 新聞に旅人と虎の本の広告があった。なんでもトルストイが驚いた逸話だそうだ。本の広告には中身は書いていない。そこでネット検索するとすぐ出てきた。一読笑ってしまった。ものすごくうまい書き方なので、ついうれしくなって笑い声が出た。この話はあちこちに引用されているので、始めて読む話ではない。ついこの間も日本昔話のアニメでトラウマ回として似た話が紹介されていた。椎名麟…
高橋和巳は長編を主に書いていて、短編は極めて少ない。たぶんこの一冊だけ。解説には発表場所と年が書いていない。いつどういう状況書かれたものかはとても重要な情報なのに、そこに触れない解説や評論は無用。おそらく「悲の器」の前に書かれた習作だろう。いくつかの短編はのちの長編につながりそうなテーマを扱っている。 散華 ・・・ 電力会社法務課の大家は鳴門海峡の個人所有の島を鉄塔建設のために買収する仕事を任された。そこにいたのは国家主義者だった老人。彼のファナティックな国防論に影響された士官は特攻を計画した。大家は元特攻兵だった。今は隠遁して自給自足の生活をする老人は大家にナショナリズムや国家の議論をふっか…
以下、七日の日録。 埴谷雄高『死霊』を初めて読んだのは、『全集・現代文学の発見 第七巻 存在の探求 上』学藝書林 昭和四十二年十一月十五日 第一刷発行 でだった。その本はどこかへ行って、本棚にはきれいな状態の翌年の二月一日発行がある。挟み込みの小冊子は「1971年3月 出版案内」。第一刷の本はよく読んだ。ボロボロになったので買い替えたようだ。第一刷で埴谷雄高を知り、文学の魔界に惹き込まれた。目次から収録作品を記しておく。《 梶井基次郎「桜に木の下には」「闇の絵巻」 北條民雄「いのちの初夜」 中島敦「悟浄出世」「悟浄歎異」 稲垣足穂「彌勒」 椎名麟三「深夜の酒宴」 埴谷雄高「死霊」 武田泰淳「ひ…
■本日1月22日は生誕100周年の安部公房の忌日。文芸評論家の高野斗志美先生が「自分が中国に行く直前に井上光晴が死に、日本に帰った途端に安部公房が死んだ、衝撃を受けた…」と仰っていたことを想起致します。 「メディアあさひかわ」2023年12月号に~今あらためて注目・時代を先取りした安部文学~鎌田東二先生をお招きした東鷹栖安部公房有志の会主催「安部公房没後30周年記念」特別講演について、見開きの詳しいレポートが掲載されていました。~安部公房の足跡残す”東鷹栖”で「没後30年記念講演」~ 心より感謝申し上げます。 youtu.be ↑【動画】特別講演 鎌田東二先生 安部公房ー仮(化)の文学 東鷹栖…
『自伝対談 薬学の創成者たち』は伊沢凡人編著、研数広文館発行、昭和52年12月発行。伊沢が聞き役となって、21人の薬学者たちに自伝を語ってもらってゐる。それぞれの扉ページに略歴があり、人名事典の項目のやうに詳しく書いてある。 文学者の家族もゐて、薬学以外の話にも読むところがある。山本有一は作家、山本有三の長男。家庭での有三について、 そとには、朝日の旗を立てたオートバイが待っている、社からはジャンジャン電話で催促がくる、父は一行も筆が進まない(笑)。 と、ピリピリした雰囲気だったといふ。他人からは良い父親だと羨ましがられたが、実際は違った。蔵書は1万冊で、どれにも傍線が引いてある。 辰野高司は…
姫路文学館で、阿部知二と椎名麟三展 椎名麟三は全く知らない 安部知二もシャーロック・ホームズの翻訳程度の認識 今年になって、デコの映画『女の園』で原作者として認識を追加 映画でも、デコの実家は姫路設定 初日には映画もあるが『冬の宿』 原節子しか知ってる名前がない戦前モノ が、DVDにもなっていないフィルム コレは貴重だ!行かねばならぬ とはいえ、姫路城の西にある文学館は駅からは随分遠い 当日は快晴 となると、姫ちゃりが有効 ロケされた実家の呉服屋 西松屋つながりの姫ちゃりで気分も盛り上がる 映画の時間に合わせて来訪 そんなに期待してなかったものの、これオモシロイ 上映前の解説では、何巻目が欠落…
CMソングを歌っても西田佐知子ワールド全開。 出典⇒天空回廊 - YouTube 初めての街で 西田佐知子(CMバージョン) 永六輔 中村八大W。菊正宗CMソング。 デビュー当時の2曲(アルバムには入っていない)など西田の曲を聴き続けていると、円熟過程がはっきりわかる。西田佐知子ワールドの根幹である鼻にかかった軽妙なドライブ感のある節まわしは、洋楽「コーヒールンバ」の大ヒットなど従来の歌謡曲ジャンルを超えた歌唱の経験から獲得されたものである。その意味では天才少女歌手の延長線上で大衆歌謡の道を歩んできた美空ひばりが拭えなかった泥臭さとはきっぱりと一線を画している。 >西田は1971年の結婚によっ…
佐古純一郎の文芸批評に注意深く耳を傾けていた時期がある。 早稲田だ三田だ赤門だといった文学青年街道を歩んだ人ではない。学生時代に亀井勝一郎の門を敲き師事した。海軍に応召し、対馬守備隊の通信兵として敗戦を迎える。戦後洗礼を受け、創元社や角川書店に勤務した。創元社と縁の深かった小林秀雄からも指導を受けたそうだ。退職後は文筆のかたわら大学講師生活を送り、母校二松学舎大学の教授にして学長をも歴任した。信仰者としては、牧師さんである。 鬼の首を獲って文芸ジャーナリズムを騒がせるような批評はしない。戦争体験者かつ信仰者として、おだやかな口調で根源を説く。著作や評論の表題に明瞭だ。「文学はこれでいいのか」「…
■2023年10月15日(日)、東鷹栖安部公房有志の会主催「安部公房没後30周年記念」特別講演に鎌田東二先生(詩人・宗教学者・哲学者、京都大学名誉教授)をお迎えし「安部公房ー仮(化)の文学」、世界的作家・安部公房ゆかりの地で記念すべき講演を開催できました。事務局として心より感謝申し上げます。 旭川の文芸評論家・高野斗志美は「安部公房の文学は、たんに現実を描くのではない、現実を破壊するための仮説と実験の空間である」と論じました。その「仮説」、小説『壁ーS・カルマ氏の犯罪』の《とらぬ狸の皮算用》=仮説、国境も人間が作り上げた仮説にすぎない、ボーダー、我々が真実だと思っているものを一回取り外してみよ…
10月1日誕生日の全国35万人の皆さんおめでとうございます (拙句)野の風に身を任せ生き松虫草 雅舟 【花】マツムシソウ 【花言葉】風情 健気【短歌】紫のマツムシソウは高原の靄に滲んで朝を待ちいる 秋の高原に美しくかれんな花を咲かせるマツムシソウ。その淡い紫が朝方立ちこめたもやの中ににじんで、水彩画のように静かでした。 【季語】 松虫草【俳句】摘まずおく松虫草は野の花よ 稲畑汀子 惜しみなく風は野にあり松虫草 福田和子 松虫草風に紛るる夕べ来し 村井田貞子【三行詩】行脚僧の持つ鐘が「松虫」 それに似た実を持つ秋草 濃い紫の花が高嶺松虫草 【万葉歌】我がやどの草の上白く置く露の身も惜しからず妹に…
『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』 『対談 日本の文学 わが文学の道程』 『対談 日本の文学 作家の肖像』 『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』 対談 日本の文学-素顔の文豪たち (中公文庫 ち 8-16)中央公論新社Amazon1960年代後半に刊行された中央公論社の80巻にわたる文学全集の月報に載っていた対談・座談を全三巻に再編集したもの。この巻では作家の親族が参加したものをメインに収録している。一篇が手頃な短さで家族から見た作家のエピソードがたくさん読めてなかなか面白い。目次が重要なのに中央公論の公式サイトには何にも載ってないのでhontoをリンクする。公式が一番情報ないのなんなの。 …
繰り返せば、石原にとって、詩とは「沈黙」するための言葉だった。 そこにあるものは/そこにそうして/あるものだ 見ろ/手がある/足がある/うすらわらいさえしている 見たものは/見たといえ〔…〕(「事実」) 明らかに「事実」について、はなから記述する気がない言葉だ。石原がシベリアから「帰郷」したのち、詩は書けたが散文は書けなかったという時、すでにその詩は矛盾を抱えていた。本当は「沈黙」するほかなかったのだが、詩という「形式」においては「沈黙」が可能だと思われたというのだから。不可能な言葉というやつを、詩という「形式」においては、それが「言葉」でありながら「言葉」ではない=「沈黙」していることが可能…
創作/小説 長編小説死の影の下に(死の影の下に・第一部)真善美社 1947 成瀬書房版シオンの娘等(死の影の下に・第二部)河出書房 1948愛神と死神と(死の影の下に・第三部)河出書房 1950魂の夜の中を(死の影の下に・第四部)河出書房 1951長い旅の終り(死の影の下に・第五部)河出書房 1952夜半楽 新潮社 1954冷たい天使 大日本雄弁会講談社 1955回転木馬 大日本雄弁会講談社 1957自鳴鐘 新潮社 1958熱愛者 講談社 1960女たち 中央公論社 1961恋の泉 新潮社 1962燃える薔薇 講談社 1963水中花 講談社 1964空中庭園 河出書房新社 1965恍惚 新潮社…
煙突の見える場所 1953年 日本新東宝 「椎名麟三の小説『無邪気な人々』を小國英雄が脚色、五所平之助が監督し映画化した。場所によって三本にも四本にも見える、通称“お化け煙突”がある北千住。足袋問屋の緒方隆吉は、戦争で夫が行方不明になってしまった弘子と、安い貸家で一緒に暮らしていた。弘子は競輪場の両替所で働いて貯金をしていたが、隆吉にはそれが面白くない。貸家の2階には、税務署で働く久保健三と、街頭放送所のアナウンサーである東仙子が下宿をしていた。ある日、緒方家の縁側に赤ん坊が置き去りにされていた。弘子の元夫である塚原のしわざらしい。隆吉と弘子は仕方なく赤ん坊の面倒を見ることになった。」allc…