ポスト渋谷系にみる、音ゲー楽曲と邦楽シーンの影響関係(後半の1)

>>前回の記事

 まずは前回の記事がご好評いただいて、嬉しく思います。好きで追いかけてきたものに偏っているにせよ、こうして並べて繋いでいくことで良い「出会い」があれば良かったな〜と思います。どんなに拙くても良いと思いますので、皆さんもぜひ脳内見取り図を書き出してカタチにしてみてください、なにか発見があるかも。

真面目に挨拶から始めましたが、今回はボカロPなどに触れていくため、ますます渋谷系からも「邦楽」からも離れていく印象があるかもしれません…w細かいことは置いておき、とりあえず目と耳を通して楽しんでいただいて、またご意見いただければ嬉しいです。
お詫びしなくてはいけないのは無計画に記事を書いていったらまたしても記事が無限に伸びていってしまったこと…「wacからボカロに繋いで、あとはTOMOSUKE村井聖夜あたりの紹介だあ」と思っていたのですが、ボカロPをとりあげるだけでまた前段階の解説やリサーチが必要になり、あれよあれよと長くなって、分割せざるをえなくなりました…w TOMOSUKE村井聖夜、その他、BEMANIの中で渋谷系やピコピコしたポップを作ってきた重要人物についてはまた次回まとめてみたいと思います。
さて以下本題。



>>>>DTM・同人・ボカロ
Hazel Nuts Chocolate「ヘーゼル・ナッツ・チョコレートのテーマ」

時は1990年代後半、ダンスダンスレボリューションbeatmaniaと同時代に発達していったインターネット…
00年代にかけてアマチュア音楽のネットワークは、DTM環境の発達、そして交流サイト「mixi」「muzie」などなどweb上での発表の場があってこそ成熟していった。私と同世代の方はインディーズ音楽を探すのに「muzie」を漁った記憶が、一度はあるかもしれない。「ネオ渋谷系」のムーブメントも、VOCALOID文化に繋がっていく同人音楽の進化も、「DTMの発達+インターネット」のコンボがベースにある。
紹介していくとまたキリがないが、ネオ渋谷系の打ち込み系楽曲は、アマチュアなら当然とはいえ「宅録」的な素朴さがあり、そのキッチュさも魅力なのかもしれない。
Hazel Nuts Chocolate「LOVE+PIECE+ICECREAM!」

Hazel Nuts Chocolate「まほうつかい」

(「へなちょこ」ことHazel Nuts Chocolate。可愛さと暖かさがつまった童話感ある楽曲を多くリリース、まさに宅録ポップ。)
hicalculator「Sweet Fantasy World」

hicalculatormuzie型アーティストの見本のようで、発表の中心がほぼmuzieこちら)であった。いまでも主要楽曲の多くが無料で聴けてしまう。「Sweet Fantasy World」「a tissue of lie」「life is game」の三部作はネオ渋谷系好きなら聴いて損はない完成度。2007年にavexからデビューしたようなのだが、残念ながらその後の経歴は不明。)


さて話は変わり、音ゲーと切り離せないネット上のムーブメント「Be-Music Script=BMS」をご存知だろうか。説明が厄介であるため、詳しくは各自ネットでググるか、はるく氏の同人評論誌「BMSの歴史本。」等を参照されたい。。
>「個人サークル"slappin'beats"情報ページ(仮)」
http://slappin-beats.sakura.ne.jp/
ニコニコ大百科BMSとは」
http://dic.nicovideo.jp/a/bms

多くを端折らざるを得ないのは残念だが、ざっくり言えば「BMS」とはパソコンで特定のファイル(楽曲)をプレイヤーとなるソフトウェアのファイルに入れていくことで、音楽ゲームのようなことができるという、誰もがいじれる・遊べるフリーソフトウェアの総称である。
MIDIでの作曲文化とも関係が深いこの界隈では、かつて名のある「作者」として(そして無論いまでも)多くのDTM作曲家やDJが活躍しており、二次創作音楽や同人ネットレーベルなどのアマチュア音楽シーン等と切っても切り離せないような存在となっている。“作曲家"ZUNが自らの作曲を楽しんで欲しいが故にゲーム「東方Project」シリーズを立ち上げたように、多くのアマチュア作曲者が「曲をプレイ」してもらうためにBMS用楽曲を発表していった。

★削除「Altale」

BMSを投稿し完成度を競う大会・お祭りでもあるイベント「G2R」の2014年優勝曲。BMSシーンは韓国など海外のユーザーをも巻き込み、質・量・プレイの腕前(!?)とも拡大する勢いで健在している。)

★約束〜HappyHyperStarmix〜 プレイ動画

(東方アレンジ最大手サークルのひとつCOOL&CREATEで名が知れているビートまりおであるが、例えば今から14年ほど前の2001年にはこのようなBMSを発表している。ゲーム「Kanon」のBGM「約束」と、beatmaniaIIDX4th収録のRyu☆デビュー作「starmine」のマッシュアップ的アレンジ。込み入っているが、このように「音ゲー楽曲をベースにして既存曲をダンスミュージックアレンジする」という同人音楽スタイルは今でも多く存在する。)


その後このBMS文化は多くのネット文化と同様、2007年以降の動画サイトブーム・SNSブームにゆるやかにつながっていった(IOSYSの制作してきた「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」などのFlashニコニコ動画で爆発的にヒットしたのも顕著な例。)。そして、(多くのDTM作曲者に漏れず)名のあるBMS作者がVOCALOIDでの作曲を始め、「ボカロP」と化していくのである。それは先ほど書いたような、多くの人に音楽を聴いてもらいたいから「ゲームを作る」のと、別のルートが開かれたということでもある。(ブームの初期は「初音ミク」というだけで多くの視聴がされ、ファンがついた。)

OSTER Project「ミラクルペイント」
(「ボカロミュージカル」等で有名なOSTER Projectも、元は「Step Mania」などのソフトウェアや「muzie」で活躍していた。「ミラクルペインティング」はボカロでの出世作。)

★ゆうゆP「クローバー・クラブ」
(現在はメロディアスなロックナンバーが中心のゆうゆPだが、最初期にはこのようなオシャレなポップが。彼も篠螺悠那(ささらゆうな)というBMS作者・東方アレンジャーとして有名であった。)



柴那典著『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』には「同人音楽の土壌」という漠然とした表現しか使われておらず、紙面の都合があるにせよ、たとえば後述の作曲家の名前は出てきても、音ゲーという重要なバックグラウンドには触れらていない。同人音楽BMSはあくまで「二次創作」というデリケートな問題が入ってくるため取り上げづらいが、アニソン・ゲーソン界隈やそれこそ「アキシブ系」で活躍する作曲家たちのいくらかは「二次創作」という豊かなコミュニティからもエネルギーを得ていたことは事実である。


>>音ゲーBMS、ボカロ、ネオ渋谷系、そしてポスト渋谷系
話が右往左往したが、ここにポスト渋谷系音ゲー同人音楽の交差点ともなる重要な作曲家、sasakure.UKを紹介したい。sasakure.UKはささくれPの愛称で親しまれる、ボーカロイドシーンで初期から活躍する重要人物のひとり。上記のような経歴にピッタリ当てはまり、彼は音ゲーのヘビープレイヤーでもありBMS作家であった。
ニコニコ大百科「ささくれPとは」
http://dic.nicovideo.jp/id/440073


★chocolate max「★SweeT DiscoverY★」

「chocolate max」は彼の別名義。sasakure.UK本人が手がけた、BEMANIシリーズの古株デザイナーshio忍を思わせるイラスト、キュートなメロディラインが特徴のこの一曲は、BMS界では彼の最初のヒット作にもなったようだ。
この世界観は前回取り上げたwacの、代表作のひとつ、「murmur twins」(beatmaniaIIDX8th収録)を想起してしまう。
★yu_tokiwa.djw「murmur twins」

(前回の終わりに紹介したのはギターポップアレンジ版。原曲は溢れだすようなピアノが魅力的な一曲。こちらも多くのユーザーに多大な影響を与えた「wacといえば」の一曲。)


VOCALOIDを使用した楽曲はピコピコサウンドを使った「PICO@LUV(☆彡とvとAIのウタ)」が最初期の投稿作であるが、ささくれPはこのあと、特にSF的世界観に振り切った楽曲シリーズを展開していく。
SF的な終末論が色濃い楽曲について、宮沢賢治星新一手塚治虫などからの影響を語っているが、ささくれPにとってはカタストロフィを感じさせる世界観を作り上げたwacも、欠かせないアーティストのひとりであることは間違いない。
初音ミク」はその登場直後から「VOCALOIDという音声ソフトが自分の想いを歌う」というSF的な切なさを内包した楽曲が多数存在しており、もともとフューチャー・SF志向だったネオ渋谷系とも相性が良かったということなのかもしれない。
★「ニジイロアドベンチュア」
YMCKをも思い出すMVにチップチューンサウンドを盛り込んだ「ニジイロ*アドベンチュア」を発表後、
ワンダーラスト」→「*ハロー、プラネット。」→「ぼくらの16bit戦争」→「しゅうまつがやってくる!
という4部作ともとれる楽曲をリリースし(作品内の時系列は別)、VOCALOIDの可愛さとのギャップを活かした終末的な切ない世界観を作り上げていった。
★「ワンダーラスト」
(疾走感やノイズサウンド。終末論的世界観は、「neu」をも思い出す。)
★「*ハロー、プラネット」
(2009年5月に発表され、現在は300万再生を超える代表作)



さて、ここがミソなのだが、sasakure.UKはポスト渋谷系の本流とクロスすることとなる。今回の記事に即して言えば、wacの先輩である、元Cymbalsボーカルの土岐麻子。彼女のオールタイム・ベスト・アルバム『BEST!2004-2011』には、sasakure.UKがリミキサーとして参加している。そして、Remixした楽曲がなんと前回も紹介したwac作曲「Little Prayer」なのであった。渋谷系からの支流がwacやTOMOSUKEを媒介し、また太い支流へ、と歴史を紡いでいるように思えてしまう。

その後sasakure.UKはアルバム『幻実アイソーポス』に土岐麻子をボーカルに迎え入れ、堂々のコラボレーションを果たしている。
sasakure.UK「深海のリトルクライ feat.土岐麻子

以下でアルバム発売にあたってインタビューがなされている。
> 音楽ナタリー Power Push sasakure.UK
http://natalie.mu/music/pp/sasakureuk

幻想的なポップの他にも電子音やノイズ、変拍子を活かしたフリー・ジャズフュージョンのようなインストゥルメンタル楽曲をも得意とする彼は現在でも精力的な活躍を続ける。
コラボレーションといえば、彼が2011年に結成したバンド有形ランペイジでは1stアルバム『有形世界リコンストラクション』内でボーカルに三森すずこを迎え入れ、ぽわぽわPの「ストロボラスト」をアレンジ。
★有形ランペイジ「ストロボラスト feat.三森すずこ

★ぽわぽわP「さよならリメンバーさん」
(ぽわぽわPこと椎名もたはこの「さよならリメンバーさん」の再MIX「ストロボハロー」を皮切りにセルフミックスを繰り返す「ストロボシリーズ」でその名が知れ「ストロボラスト」もそのひとつ。ギターサウンドが特徴的な都会的なポップスはちょっぴり渋谷的?)


昨年、sasakure.UKbeatmaniaIIDXの最新作で公式に楽曲提供を果たしており、こちらでも本流に繋がったかのようだ。この先の展開が楽しみである。
sasakure.UKAtröpøs」プレイ動画



>>音ゲー的感性直下、ネオ渋谷系の破滅と再生…暴走P
再び「neu」の流れに戻ってこよう。改めて言葉でまとめれば、ポスト渋谷系ネオ渋谷系という電子的・都会的・SF的な支流をつくり、RPG的”冒険"を続けるうちにノイズが増えBPMが加速し、どんどんとディストピア化していった。この流れのひとつの体現が「neu」ではなかっただろうか…。
初音ミクを超高速で歌わせるパイオニアとしても知られている、cosMo@暴走P。彼の場合は自ら、中学時代に音ゲーに触れたことが作曲のきっかけだ、と公言し、wacやTOMOSUKEから影響された、とハッキリ宣言している。彼の代表作「初音ミクの消失」も「VOCALOIDミク」としての儚さが歌われた終末論的な世界観の楽曲。その投稿(short ver.)は2007年11月。はやい!

★cosMo@暴走P「初音ミクの消失(LONG VERSION)」
(「涼宮ハルヒの消失」の文字りであるタイトルも、この楽曲の人気に無関係ではないだろう。暴走Pの魅力は高速な歌詞にネットスラングなどを大量に盛り込むようなところでもある。初音ミク自体の代表曲のひとつともいえるこの曲は、2012年には小説版までも発売された。)
★cosMo@暴走P「初音ミクの激唱(LONG VERSION)」
(本楽曲は音楽ゲーム初音ミク-ProjectDIVA-2nd」のボス曲でもある。暴走Pは無理解なネットユーザーから「wacのパクリ」というレッテルを貼られた時期もあった。のちにKONAMIの公式で「neu」のアレンジを担当、2015年にはLIVEでwacとの共演も果たすに至る。)
★cosMo@暴走P「ラクガキスト」
(もはや高速歌唱も変拍子フュージョンも、自然にポップス化している印象も。)


ここまで強引にポスト渋谷系から同人音楽・ボカロの世界の現在まで線を引いてきたが、このような複雑な根っこは当然様々なジャンル、様々な文化に共通しているだろう。ある意味で今回、たまたま「渋谷系」という物差しをつかって、音楽シーンに横たわる音ゲーのムーブメント、あるいは逆に音ゲーに流れこむ"渋谷系"のムーブメントの一端を掘り起こすことができた。

先日、以下の様な記事を読んだが、これはニコニコ動画内のデータを中心に音ゲーの生態系を分析しているともいえる記事だ。
>「現在ニコ動に投稿される動画の1割はmaimaiが占めている」
http://ascii.jp/elem/000/000/945/945144/
今回の私の記事や、上に貼った記事からも分かるように、音ゲー楽曲史を追うのにはサウンドトラックをひと通り聴いても見えてこない。二次創作やプレイ動画やMAD動画そしてファンコミュニティが乱反射しながら文化を作ってきた、なかなか一筋縄では見通しのきかない生態系を築いている。
しかしニコニコ動画というインフラの一部をこのように音ゲーが占めていたり、中高生がゲームセンターでこぞって音ゲーを楽しんでいることを考えると、「音ゲー楽曲」の影響は潜在的にも大きくなる一方、といえるかもしれない。この複雑な生態系に潜っていくには、きっと「渋谷系」のほかにも「ロック」「テクノ」「ダンス・ミュージック」「電波ソング」…様々な物差しが有効だろう。ほかの物差しについては、是非その専門の方にお願いしたいところだ…皆さんの語りにも、期待しています!w



>>>>「音ゲー楽曲」消費者世代の活躍
近年からonokenやDJ TECHNORCH、REDALiCEなど、同人音楽大御所作家がアーケードの音ゲーに公式に曲提供するようになったほか、最新の音ゲーであるSDVXでは公募の形をもとり、リミキサーやコンポーザーとして多くの"BMS出身”作家(Yamajet、しろまる、削除、xi、ねこみりん…etc.)が参加している。SEGA音ゲーmaimai最新作に至っては、BMS楽曲をそのまま収録している例も。
★nora2r「B.B.K.K.B.K.K.」(譜面動画)
音ゲーのプレーヤー世代が同人ネットレーベルやクラブシーンで経験を積み、外注できるクオリティに成長した、とも表現できるかもしれないし、大手ゲームメーカーがボカロPや同人作曲家を自らの文脈に”回収”していくかっこうでもある。同人音楽界隈で活躍した作曲家が"ゲームを立ち上げる側”に回った「groove coaster」「Cytus」などの例もここ数年で飛躍的に増えた。
時代状況に合わせてゲームの形態や企画は変化進化していくもので、最近ではwacがVOCALOID作曲に携わる、という複雑な状況展開にある昨今である。
★iconoclasm feat.GUMI「idola」

(「iconoclasm」はwacとIIDXコンポーザーdj TAKAによるユニット。)



…さて、ますます長くなり、余計な語りも入ってしまいましたが、次回はしれっとポスト渋谷系の話題に戻って、音ゲー渋谷系ど真ん中…いやむしろフランスまで突き抜けたかのようなコンポーザー、舟木智介を紹介したいと思います!
ではでは。



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(余談:清竜人『MUSIC』のラストを飾る「ぼくはシンデレラ・コンプレックス」は、編拍子やノイズ・逆再生の使用、終末感や死と再生のモチーフなどから、僕は明らかに「neu」や「初音ミクの消失」からの影響関係をみてしまうが、どうだろうか。『MUSIC』はシンガーソングライター清竜人がたったひとりでアニソン・ボカロブームや声優ソングと血まみれで闘ったようなアルバムなので、電波ソング・アニソン好きには是非聴いてもらいたい名盤であり、迷盤である。)


(余談:ささくれPは2009年、アメリカの歌手・BECCAとのコラボレートアルバムで「SHIBUYA」のリミックスを手掛けている。渋谷系から時を経て、AKIBAでもIKEBUKUROでもなくまた”SHIBUYA”。アレンジももちろんピコピコとしている。きっかけは、「I’m ALIVE!」のsasakure.UK自主アレンジを聴いたBECCAからの誘いだったという。)
sasakure.UK「I'm ALIVE! -PaniX BoX RemiX-」
(PVはtogaさんによる二次創作。カワイイ。)


>>次回の記事
※2015年4月7日、リンク修正。