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ミルトスの木かげで このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

God Bless you!!
(ミルトスの花)

Christian spiritual formation is the process of being conformed
to the image of Christ for the sake of others.
M. Robert Mulholland Jr.

ブログを移転しました。こちらにお越し下さい。よろしくお願いいたします。
http://rhythmsofgrace.blog.jp

2015-11-07

邪魔をするウィルソン

15:02 | 邪魔をするウィルソンを含むブックマーク

 イヌのウィルソンは可愛いのだけれど、私がパソコンに向かった仕事をしていると、邪魔をしに来る。

最初は、足元に来て、ク〜ンク〜ンとなくだけだったのが、そのうち私のイスに足をかけて顔で腕を突くようになり、さらには、キーボードに置いている私の右腕の内側に頭を突っ込み、 グイッと頭をそらせて、私の腕をキーボードから引き離そうとする。首の力がなかなか強くて、それをやられると私は引っぱられてしまう。

 やめてね、と言っても、何度も何度もそれをやる。

 トイレに行くときも(私が)、後追いをして、ドアをかりかりと引っ掻いて中に入れてと言う。まるで、「幼児か?」という感じ。

 可愛いんだけどね。あまり躾けられていないね。やれやれ。

 ところで、本格的に新ブログを使うことにしました。これからは、新しい記事は、新ブログにのみ更新します。

 お手数ですが、ブックマークをしてくださっている方はご変更をお願いいたします。

 これまで、こちらのサイトをご訪問してくださりありがとうございました。

 これからは、ライブドアブログの方でよろしくお願いいたします。

 お待ちしています!

 新しい「ミルトスの木かげで」はこちらです。

2015-11-06

ブログの引っ越し

21:41 | ブログの引っ越しを含むブックマーク

 10年くらいお世話になった「はてなダイアリー」ですが、ライブドアブログに引っ越すことを考えています。ライブドアブログは、今年の五月から、それまでは有料だったサービスもすべて無料で提供されるようになったそうで、なかなか良さそうなので。

 とりあえずセットアップしてみましたが、まだ慣れていないので、しばらくは、新規投稿はこちらと両方にアップしていこうと思います。完全に移行することになった暁には、またアナウンスします。

 いちおう、過去記事は一部コメントも含めエクスポートすることができたのですが、このアカウントはおそらく閉じず、そのままキープすると思います。今までいただいたコメントがなくなってしまうのは残念すぐるので。

 新しいブログはこちらです。新しい方でも、どうぞよろしくお願いいたします。

http://rhythmsofgrace.blog.jp 新ミルトスの木かげで

ついに出来!

10:46 | ついに出来!を含むブックマーク

 長らくお待たせしていましたが、ジョン・オートバーグの新刊、『神が造られた「最高の私」になる』がようやく出来上がりました! 「あなたがずっと求めていた人生」の続編です。書店に並ぶのは来週になりますが、出版社さんのホームページからはすでに注文可能です。

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本文より抜粋:

……しかしそのうちに、心の中に次のような疑問が湧いてきました。「私が本当に求めているものは、何なのだろう?」

私が本当に求めているのは、何か特定のプロジェクトにおいて特定の結果を出す、というものではないことに、だんだんと気づき始めました。こういったことはどれも、目的に到達するための手段に過ぎません。私が本当に求めているのは、内側から真にいきいきとした人間になることです。私が本当に求めているのは、愛と喜びに満たされて生きるための内面的な自由です。

……

私は心の中で思いました。「もういい歳だし、この先、あと何年生きられるかも分からない。待っている時間はないぞ」。学生時代は、良い成績を取ることや、可愛い女の子に好かれるようになることばかりを考えていました。そして歳を取ると、今度は仕事や、自分を取り囲む状況で頭がいっぱいになりました。そういったものが、私に生き甲斐を与えてくれると思ったからです。「自分が本当になりたい人間になることを、これ以上先延ばしにするわけにはいかない」、私はそう思いました。

そのときは気づいただけでしたが、今でははっきりと分かっています。私は、ほかの何よりも、そういう人生を欲しているのだ、と。そうするべきだと思うからだとか、そうしなくてはいけないとどこかに書いてあるから、というわけではありません。私自身がそれを欲しているのです。

こういう人になりたい、と願う「私」の姿があるのです。

……

あなたは、あなたの作品ではありません。あなたの人生は、あなたのプロジェクトではないのです。あなたの人生は、神のプロジェクトです。あなたを造ろうと思ったのは神であり、あなたがどういう人間になるはずなのかを知っているのは神です。神は、あなたが行なうことになっているたくさんの良い行ないを用意しておられます。しかしそれは、配偶者や上司から渡されるような「やるべきこと」のリストとは違います。神があなたのために用意しておられる数々の良い働きは、真のあなたの姿を指し示す道しるべです。

……

あなたの「霊的生活」とは、ディボーションと呼ばれるような特定の活動に限られるものではありません。「霊的生活」とは、あなたが神の作品として最初から意図されていた人間になっていくために、神の霊から力を受け取りながら生きる生活のことなのです。

……

神があなたを成長させてくださるとき、あなたは変化します。しかし、あなたはいつでもあなたです。どんぐりは成長すると樫の木になりますが、バラにはなりません。健康な樫の木になるか、貧弱な樫の木になるかです。いくら貧弱でも灌木にはなりません。あなたはいつでもあなたです。成長している健康なあなたか、衰弱しているあなたです。神は、あなたをほかの人にするためにあなたを造ったのではありません。神はあなたの気質もあらかじめ決めておられました。持って生まれた才能や賜物も、神が決めたことです。特定の情熱や願いも与えられました。あなたの身体も精神も、神が計画しました。「あなたらしさ」とは、神によってデザインされたものです。

霊的に成長するならば、誰かほかの人にならなければいけないのかと考える人もいますが、神はあなたという素材を捨てたりはしません。方向が変わるのです。イエスに出会う前のパウロは、異彩を放つ、情熱的な、人々を迫害する熱狂者でした。イエスに出会った後では、異彩を放つ、情熱的な、人々のために自分を捧げる熱狂者になりました。

……

ここに良い知らせがあります。あなたが輝き、花開くとき、もっとあなたらしくなります。神が最初にあなたを造ろうと思ったときに思い描いておられた姿に、もっと近づくのです。もっと聖くなるだけではありません。もっとあなたらしくなります。あなたは変わります。神はあなたに「新しく造られた者」になってほしいのです。

……

神はあなたを取り替えるのではなく、贖いたいのです。

……

自分が願うような人にはなれないということは、実にへりくだらされます。私を造りかえるのは、私ではないのです。ただ神が与えてくださった贈り物として自分自身を受け入れ、神のプロジェクトとしての私になっていくことを受け入れるのです。あなたの魂の中では、花開き輝いていく自分(神によって造られた本来の自分)と、衰えていく自分が闘っています。本書は、その闘いに関する本です。あなたの奥底から始まり、神の贖いを待つ世界へと移動していく闘いです。

……

2015-11-03

The Critical Journey

12:04 | The Critical Journeyを含むブックマーク

 半年ほど前に、「The Critical Journey」という、信仰の旅路をいくつかの段階に分けて考察する本を読んだ。

 クリスチャンの成長段階のモデルはいろいろある。このブログでは以前、ヘンリー・クラウドが書いていたものを紹介したことがあり、その霊的成長段階のモデルも、私にはとてもわかりやすくて参考になった。(こちら

 この本のモデルも、クラウドのモデルと似ているのだけれど、さらに深い洞察が含まれているような気がしたので、簡単に書き留めておく。

第一段階:神を認識する(The Recognition of God)――神の発見・認識

第二段階:弟子としての生活(The Life of Discipleship)――神について学ぶこと

第三段階:生産的な生活(The Productive Life)――神に仕えること、奉仕

第四段階:内面に向かう旅(The Journey Inward)――神の再発見

壁 (The Wall)――自分が積み上げてきた信仰、black & whiteでclean cutな神像では、立ち行かなくなる現実に出会う。

第五段階:外に向かう旅(The Journey Outward)――神への明け渡し

第六段階:愛の生活(The Life of Love)――神(その御姿、ご性質)を反映させる

 霊的な旅路は、これらの段階を必ずしも一直線に進むのではなく、行ったり来たりしたり、一つの段階にしばらくとどまったりすることもある。また、複数の段階にまたがって体験することもある。著者いわく、このような段階の順序の意味するところは、霊的旅路において、人はいきなり途中の段階から始めたり、間の段階を飛ばして先に進むことはない、ということらしい。また、次の段階に進んだらその前の段階はもう卒業したというものでもなく、むしろ累積的で、次の段階に進むたびに、それ以前の段階もずっと含まれていく、という感じらしい。さらに、後の段階にいる人は前の段階にいる人よりも「良い」という意味でもない。それはちょうど、子どもから大人に成長していくようなもので、たとえば3歳児は10歳児に比べて劣るのかとか、中年はティーンエイジャーよりも本質的に「良い」のかといえば、決してそうではないのと同じである。それぞれの段階にそれぞれの麗しさがあり、神様のご計画がある。大切なことは、一つの段階にとどまったままになり、次の段階に進めなくなってしまわないことだそうだ。

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 1〜3段階は、もっぱら外的な基準に規定される。たとえば教会・教派の信仰基準や信条、自分が影響を受けている霊的リーダーや著者など。

 4〜6段階は、外から規定されることのできない、人それぞれに異なる、内面的な変容のプロセスになる。これらの段階で起こることは、それぞれの人の背景や性格や境遇などが関わってくるため、一般化できないユニークなもので、この段階を通っていく中で、内的な癒しを体験したり、内面と外面の分断が統合されるなどして、霊的・人格的wholenessへと向かう。

 このモデルとクラウドのモデルを比べてみると、前者の第一段階はクラウドの第一段階に対応し、二、三段階がクラウドの第二段階(Institutional faith)に対応し、壁を含む四段階がクラウドの第三段階(荒野)に対応し、五、六段階がクラウドの第四段階(Practical and Mystical)に対応するだろうか。

 興味深かったのは、著者は、教会の働きとはもっぱら第1〜3段階にいる人たちに向けられていると述べていたこと。言われてみれば確かに、伝道、弟子訓練、奉仕といったことは、どれも最初の三段階に属している。もちろんこれらのことは、4段階以降にいる人たちにも有益で必要なことだけれど、教会として、あるいは団体として、プログラムを組んで組織的になすような働きは、往々にして第三段階までの人たちのニーズに沿ったものとして造られているのではないだろうか。信徒が成長して壁に突き当たったとき、疑問や疑いを感じ始めたとき、それをバックスライドや権威への反発のように見なして第二、第三段階に引き戻そうとするのでなく、成長過程で当然起こることとして歓迎し、うまくサポートしてあげることが大切なのだろうなと思わされた。

 ところで、ちょっと余談だけれど、クラウドが彼のモデルの4つめの段階をPractical and Mysticalと呼んでいるのは本当に興味深い。最近つらつらと考えていたのだけれど、Mysticalというのは、神のミステリー(奥義)をミステリーとして受け入れられるようになること、なのかもしれない。つまり、もはやblack and whiteのクリーンカットでないもの、自分には隠されているものも、そのまま良しとして受け入れられるようになる、と言うか… さらに言うなら、自分は神ではないことを認め、神を神とすることを良しとできると言うか… すべてを自分でfigure outできなくても、1から10まで自分でお膳立てできなくても、自分のアジェンダを手放すことも、結果を知ることもコントロールすることもできなくても、sitting with the tensionも、Good and beautiful Godへの絶対的な信頼ゆえに大丈夫になること。そしてPracticalというのは、神が神であり自分は神ではないことを認めた上で、神のかたちに造られた者として、do the next right thingを粛々と行えることなのかもしれない…

 

Critical Journey: Stages In The Life Of Faith

Critical Journey: Stages In The Life Of Faith

 

2015-11-01

GRCの録音

13:57 | GRCの録音を含むブックマーク

 以前にもご紹介しましたが、9月に河口湖でもたれた帰国者カンファレンスGRC15での各メッセージの録音が、ダウンロードできます。

メッセージはどれも素晴らしいですし、分科会も興味深いトピックがいろいろあると思います。(私の一押しは、「福音の全体像を求めて」です。今も、それを聴きながら書いています。関先生の分科会もとても良いです!)お時間のあるときに、ぜひお聴きになってみてください。

http://globalreturnees.org/grc15/index.php?lang=ja

メッセージ

9/20夜 「救いの喜びの回復」詩編51編1〜19節(中心聖句:12節) 関真士師

9/21朝 「神のデザインを生きる」創世記32章22〜32節 松本章宏師

9/21夜 「ヨセフを変えた神の夢」マタイの福音書1章18〜25節 大嶋重徳師

9/22朝 「海外でイエスに出会う」使徒8章26〜40節 松本章宏師

9/22夜 「神の子供としての成長」ローマ人への手紙8章14〜15節 関真士師

9/23朝 「神の幻に生きる-わたしの民がたくさんいるから-」使徒の働き18章1〜11節 大嶋重徳師

分科会

日本の通過儀礼とキリスト者 大和昌平

帰国者にやさしい教会とは? 横山好江

ここが大事なんだ!〜神との人格的関係の回復と構築 関真士

福音の全体像を求めて 山崎ランサム和彦

児童心理学から見る信仰継承と3rd culture kids対応 下村明矢&羽妙

社会人クリスチャンとして働くこと、伝えること、生きること 清水勝俊

"Why Is It Difficult for Japanese People to Accept the Gospel?" 鍵和田哲男

日本の社会の中のクリスチャン 鍵和田哲男

日本の教会で主に仕える 高橋秀典

生活における境界線の回復〜「神のかたち」に造られた者として〜 中村佐知

スピリチュアル・ケア〜心の傷の発見と癒しを求めて 坂野慧吉

サーバント・リーダーシップ 内村伸之

Japan--ISM (International Student Ministry)(日英バイリンガル) ダン・ブラネン&菊田稔

Partnering with the Japanese to reach the Japanese ジェイ・グリア

みいみみいみ 2015/11/03 09:20 コトハちゃん、とっても可愛いですね。
私は、子育てしたことがありませんが、子供が好きです。
コトハちゃんとコトハちゃんのご家族に主の祝福とお守りを祈っています。

はちこはちこ 2015/11/03 15:02 ありがとうございます!
パパとママは、昨日ついに、初めてコトハを抱っこすることができました!
生まれてから2ヶ月半がすぎ、ようやくの抱っこで、感謝でした!

2015-10-31

姪っ子♡

20:59 | 姪っ子♡を含むブックマーク

 NICUにいる、姪っ子のコトハです。妹の許可をもらって、掲載。^^

 ナースさんたちが、ハロウィンにちなみ、スーパーガールのコスチュームを着せてくれたそうです。とっても元気に見えて、すごく嬉しい!! 可愛いでしょう! 現在体重は1300g前後くらいだそうです。 ふだんは、裸にいろんなチューブやらバンドやらがくっついているのに、こうしてお洋服を着せてもらうと、すごくしっかりして見える! ああ、嬉しい! このままどんどん元気に大きくなあれ!

 

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ハロウィン考

13:56 | ハロウィン考を含むブックマーク


今日はハロウィン。シカゴはあいにくの雨です。

 この数年、日本にもハロウィンが流行り始めているそうで、しかも日本は元祖コスプレの国だし(?)、かなりすごい勢いで広がっていると聞きます。そして、一般の人たちからも、クリスチャンからも、ハロウィンって一体なんなの?危なくないの?というとまどいの声が聞こえてきます。

 私も、長女がまだ小さかったころ、クリスチャンがハロウィンに参加するのはどうなのか?という疑問にぶつかりました。クリスチャンのラジオなどでも、賛否両論があり、侃々諤々と議論されていました。そんなとき、同じ教会の年上の姉妹に、「毎日が主の造られた日でしょう? どうして10月31日だけみすみす悪魔に渡してしまうの? この日も主が造られた日なのだから、堂々と、主を讃え、喜び、感謝しながら楽しく過ごせばいいと思うわよ」と言われ、迷いが吹っ切れたのを覚えています。そして、良心の呵責を覚えることなく、子どもたちには好きなコスチュームを楽しませ、友達と近所にTrick or treatに出かけたり、教会主催のFall festのようなイベントに参加したりしていました。ふだんは全く顔を会わす機会のない近所の人たちに挨拶のできる、とても良い機会でもありました。

 ハロウィンの起源は、キリスト教の "All-hallow Evening(諸聖人の日の晩)" だとも、ケルト人の異教のお祭りだとも、悪魔崇拝やオカルトだとも、いろいろ言われています。欧米で祝われている祝日には、キリスト教起源と異教の起源の両方があるものは少なくなく、クリスマスや復活祭でさえも、両方の起源があります。イエスが生まれたのは本当は10月だというのは、すでにクリスチャンの間ではよく知られていると思いますが、それでもイエスの誕生を12月に祝うのは、ヨーロッパに昔からある異教のお祭りを、キリスト教がいわばハイジャックした(?)からですよね。クリスマスツリーの起源も、異教の習慣です。復活祭をイースターと呼ぶのも、異教の春の女神Eostreが語源で、イースターバニーも、ホットクロスバンズ(復活祭の頃に焼かれるパン)も、異教の習慣がクリスチャンの間に踏襲されたものだそうです。クリスチャンたちは異教のさまざまな習慣を受け入れ、祝されたものに変えてきたという歴史があります。ですから、ハロウィンのルーツに異教のものがあるからという理由では、クリスチャンはそれを拒絶すべきということにはならないのではないでしょうか。

 とは言え、この時期のアメリカは、不気味なデコレーションがあちこちにほどこされ、嫌な雰囲気もなきにしもあらずなのは確かです。うちの村でも、一ヶ月ほど前から駅前の通りの電柱に気味の悪い案山子が設置され(可愛いのもありますが)、はっきり言って私は嫌いです。車を運転しながらビクッとします。今では我が家の子どもたちは大きくなり、もっぱらやって来る子どもたちにキャンディーをあげるだけになり、ハロウィンのことはあれこれ考えなくなりましたが、日本のクリスチャンの人たちの間からかなりとまどいの声があがっているのを見かけたので、来年以降のためにも、参考になりそうな記事をシェアすることにしました。


 これは、アズベリー神学校の関連サイト、The Seedbed Blogからの記事です。私たちの特定の『信条』よりも、この地でキリストに似た者として生きることにフォーカスが当てられた良い記事だと思いました。

  1. Don’t be a Freak(変人にならない):邪悪なお祭りだと言ってハロウィンの日にドアに鍵をかけて引きこもったり、ハロウィンを楽しんでいる人たちを裁いたり、他者に不快感を与える態度を取らない。
  2. Be Missional("宣教的"であれ):キリストの愛を放つ良い機会としてとらえる。ファミリーイベントの日として、また教会にとってはアウトリーチの良い機会。(アメリカの教会の多くは、収穫祭とか、秋祭りと称して、大々的な子ども向けアウトリーチをします。)
  3. Set Boundaries (境界線を設定せよ):この世が祝うハロウィンには、確かにダークな側面、オカルト的な部分もある。なんでもありにはしてしまわないよう、祈りを持って識別力を働かせ、受け入れられないものにははっきりとノーと言う。
  4. Talk to Your Children(自分の子どもと話をせよ):子どもにハロウィンの歴史ーー異教的起源とキリスト教的起源の両方があることーーについて話し、ダークサイドもあることを警告する。
  5. Don’t Judge Others(他者を裁かない):クリスチャン同士でも同意できない問題はあるが、自分と意見の違う人を裁いたり蔑視したりしない。世に対しても、周囲の強い意見を持つクリスチャンに対しても、迎合するのでなく、それぞれが主の前に出て、自分と自分の家族のためにはどうするのが良いのかを祈り求める。

  

また、Benjamin Coreyという牧師&ブロガーの記事にも良いものがありました。

 f:id:mmesachi:20151012151521j:image:w300:right(要旨)ハロウィンの起源は悪魔崇拝にあるのではないとしても、現在のアメリカでのハロウィンの祝われ方には、明らかに行き過ぎた、ダークで邪悪な側面もある。キリスト者は、ハロウィンのような時期には一層、この世の光となるべく招かれているのではないか。これは邪悪な習慣だと背を向け、しかめっ面をして批判的になるのでなく、私たちが「世の光」として、隣人にどのようにキリストの愛を示すことができるのか、どのようにwelcomingで、hospitableで、generousになれるか、ぜひ考えてみよう。ハロウィンを楽しむにも、世と同じやり方ではなく、キリスト者としての楽しみ方を見つけよう。ハロウィンでは、この世は「死」「暴力」「闇」を崇めるが、私たちはそのただ中にあって、対抗文化的なキリストの民として、「いのち」と「美」と「善」を表すものとなろう。


 アメリカではすでに、子どもたちが安全にハロウィンを楽しめるような場がたくさんありますが、日本はきっとまだそこまでいっていないでしょうから、小さい子どもを持つ日本の親御さんたちには特に知恵が必要だろうなと思います。どさくさに紛れて、ひどいことをする人が現れるかもしれません。この世に生きる私たちが、鳩のように素直に、蛇のように聡くあれますように。また、日本の教会にとっては、世の中にキリストの愛を現し、とどいていくためのまたとない機会ではないかと思います。日本の教会が、愛と知恵をもってクリエイティブに対応できますように!

追記:

 ハロウィンと言えば、子どもたちにキャンディー(アメリカで言うキャンディーとは、飴だけでなく、チョコレート類も含まれます)をあげる日でもありますが、チョコレート業界には、消費者として無視できない現実があります。それは、チョコレートの原料となるカカオをつくるために、ガーナやコートジボワールなどの原産国では、小中学生くらいの子どもたちが児童労働者として使われ、学校にもろくに行けず、搾取されていることです。私たちが美味しくいただくチョコレートの背後には、搾取されているアフリカの子どもたちがいるのです。アメリカの子どもたちがハロウィンでチョコレートをもらっている裏側で、アフリカの子どもたちがそのような目に遭っているというのは、あまりにも理不尽です。アメリカでチョコレートを生産している大手のほとんどは、残念ながら、そのような搾取に関わっています。そしてそのチョコレートを買う消費者も、知らずにそこに加担していることになります。

 私は、コーヒーを買うときは、意識してフェアトレードのものを選んでいますが、チョコレートのフェアトレードのものは、普通のお店ではまず見つからないため、ほとんど実践していませんでした。しかしこれからは、もっと意識しようと思いました。そしてハロウィンで配るキャンディーは、チョコレート以外のものにしようと思いました。

 参考になりそうなサイト

追々記

 見つけた! フェアトレードのハロウィン用チョコレート。

http://shop.equalexchange.coop/chocolate/chocolate-minis/organic-chocolate-minis-halloween.html

追々々記

 水谷潔先生の日本のハロウィンブームに関する記事。水谷先生も、ハロウィンの起源が異教的だからという理由でNGにするのは論理エラーではないかとおっしゃっています。御意。

 確かに日本でのハロウィンの盛り上がり方は異様な感じがしますが、だからと言って一切関わらないというのでなく、そこに表出している現代日本人の抱える痛みや問題などにも目を向けつつ、それらのものがキリストの愛によって贖われるために、教会は何ができるのかということを考えていけたらと思います。イエス様も、悪霊に憑かれている人がいたらその人を避けるのではなく、その人を解放するために手を差し伸べられました。

 悪霊の働きというのは、見るからにおどろおどろしいものの中だけにあるのでなく、商業主義的なもの、物質主義的なものなどの中にもあるでしょう。死者の仮装をするから悪魔的という単純な発想ではなく、それがどう御国の価値観に反するのかを見極めることが必要かなぁと思うのです。そして、私たちキリスト者には、そんな悪魔の力が働いているところにも、キリストの光をもたらすことができるのですよね!

水谷潔水谷潔 2015/11/04 17:43 拙ブログの記事も参考として加えていただき、大変光栄に思います。大変、聖書的で成熟した考察に教えられています。児童労働の問題なども日頃から、クリスチャンには関心をもってもらいたいと願っています。拙ブログの記事も、さらに深めて下さり、ありがたく思っています。本日の拙ブログの記事でこちらの記事を紹介させていただきます。不都合がございましたら、ご一報下さい。

はちこはちこ 2015/11/04 22:35 水谷先生、

ありがとうございます。こちらこそ光栄です。

また、先日の妬みに関する考察もとてもよかったです。もしかしたら、あの記事もこちらでそのうち取り上げさせていただくかもしれません。そのときにはまたご連絡いたしますね!

2015-10-30

すごいビデオ

12:27 | すごいビデオを含むブックマーク

 すごいビデオを見ました。これは痛いところを突いている…(大汗)

D

父親:どういうことなんだ。

娘:なに?

父親:部屋を片付けなさいと3日前に行っただろう。

娘:わかってるよ。

父親:本当にわかっているのか? 散らかっているじゃないか。

娘:お父さんが言ったことは暗記したもん。

父親:暗記したって、どういうことだ。

娘:一語一句ね。

父親:父さんが部屋を片付けろと言ったことを、暗記したのか?

娘:そう。スペイン語とヘブル語でも言えるようにしたよ。スペイン語では「○×○×」って言うのよ。

父親:父さんが言ったことを…スペイン語で…?

娘:そう、スペイン語。

父親:…なるほど。

娘:それにね、本も読んだよ。「部屋を片付けるための5つの方法」っていう本。お父さんが言ったことをしっかり理解するのに、すごく役に立った。すっごい良かった。それから、スモールグループの友達にも来てもらってね、もう、すっごく恵まれたの! 部屋を片付けることの大切さとか、部屋が片付いているとはどういうことかとか、どうして部屋を片付けたほうがいいのかとかについて、みんなで話し合ってね、ああもう、すっごく良かった。最高だったー。そして、スージーが来てね、部屋が片付いていたらどうなるのか、細かく紙に書き出してくれたの。すごくわかりやすかった。全部完璧だった。

父親:…… わかった。そのまま… がんばってくれ…

娘:ありがとう。お父さん大好きよ。これからも私に説明責任を負わせてね。(にっこり)

父親:…うん。…

 イエス様が語っておられることを、どれだけ学んでも、理解しても、暗記しても、どんなに「最高ー。恵まれたー!」と思って感動しても、実践しなければなんの意味もないということが、すごくよくわかる動画です… しかも、父親の気持ちも考えずに、ケロッとしてお父さんに「I love you!」と言っちゃうあたり…(汗)自戒、自戒。


(ところで全然違う話ですが、日本語のクリスチャン用語の「恵まれた」って、よく聞きますが、実は私は意味がピンとこなくて… ようするに、良かった、感動した、ということでしょうか?)

shinoshino 2015/10/30 14:17 こんにちは。恵まれました…難しいですね。
クリスチャンの友人に、はちこさんの境界線の講演会の録音を聴いてもらったら、「すごい…!恵まれました,ハレルヤです!」と感想(?)もらいました。(その方曰く、境界線という発想や自分自身の境界線という発想が今までなかったので、ものの見方がぐるんぐるんと変わったように何か開けたそうです。はちこさんの言語化する賜物を神様に感謝されてました)。
福音や、主イエスさまの救いをより深く感じられたり、理解できたり、体感した時に使うことが多いですが、ただただ、神様からの一方的なギフトだ!と、思えた時に使うように思います。
でも、教会とかそのクリスチャンコミュニティによって使い方やニュアンス異なるかもしれない言葉ですね。

はちこはちこ 2015/10/30 15:57 shinoちゃん、
お友達の方のコメント、お知らせくださってありがとうございます。あのセミナーの録音がお役に立てて、とても嬉しいです。
「恵まれた」というのは、なるほど、英語でいう「blessed」に近いかもしれないですね…良いお話を聞いて、"I was blessed!"と言うような… 
クリスチャンが使う「恵まれた」という表現は、独特ですよね。

2015-10-29

Meeting people where they are at

| 23:38 | Meeting people where they are atを含むブックマーク

 今日のスピリチュアル・ディレクションのセッションで、心に残ったフレーズ。忘れないように書き留めておく。

 Meet people where they are at.

 今、私が関わっているあるタスクに関して、しばらくはこれが祈りのポイントになりそう。