皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。
『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった。』というのはこの方のことです。
この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。
使徒の働き10〜12章節
2010-02-09
■足元を見られた夫

夫は今学期、「自然災害」に関する授業を教えている。160人の受講生がいる大きなクラスだ。
中間試験も終わった今日、一人の学生から質問メールがきたそうだ。
ナカムラ先生、こんにちは。私は先生の「自然災害」のクラスを取っているのですが、今日は、授業とは全然関係のない、変な質問があってメールしています。今日先生が授業に履いてきていた長靴は、どこで購入されたのですか? ちょうどそういう長靴が欲しいと思って探していたところだったので… くだらない質問をしてすみません。
ジェーン
夫は、「これは、21年前にシアトルで買ったRaichleというメーカーの革製の登山靴だよ」と返事したそうだ。
(注:ジェーンというのは仮名です。)
ちなみに、今日のシカゴは大雪の予報だったので、ぼぼるパパは雪道に備えて登山靴で出勤しましたが、普段から登山靴で街中をドスドス歩いているわけではありません。(笑)
■Dr. Cloudのインタビュー

『境界線』の著者の一人、ヘンリー・クラウド博士が先週ウィロークリーク教会に来られた。そのときのインタビューの動画です。(英語)
育児について、結婚について、人間関係について…
2010-02-07
■あなたの名が…

私はあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。
あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。
万軍の神、主よ。
私にはあなたの名がつけられているからです。 (エレミヤ15:16)
2010-02-04
■Reflection

一年半前に書いたブログ記事を読み返し、改めてリフレクト(思いめぐらし)をしている。
その記事を、以下に転記します。
===
2008年7月5日Mystical and Practical(その1)
先日のリーダーシップセミナーで学んだことの中に、「成長の四つの段階」があると書いた。その四つの段階とは、以下の通り。
- 信仰を持っていない
- 「クリスチャンはこうあるべき」といった形式的・律法的なものによって支えられている信仰
- 荒野・壁
- 「ルール」よりも「関係」によって動機づけられ、内側にキリストのいのちが形作られることによって支えられる信仰。
これは、ヘンリー・クラウド博士が、何かの講演会の中で話しておられたことらしい。(本には書いていないと思う、と講師は言っていた。)各4段階を、英語でいうと、(1) Non-Faith, (2) Institutional Faith, (3) Desert, (4) Mystical and Practical となる。2番目のInstitutionalとは、「制度化された」とか「原則的な」というような意味で、信仰生活がルールや体系の中におさまっている様子を示す。これはわかるのだけれど、ん?と思ったのが4番めのMystical and Practical。説明を聞けば、要するに上に書いた通りなのだが、Mystical and Practicalと言われ、これは一体どういうことなのだろうと頭をひねった。Mysticalとは、「超自然的な」とか「不可思議な」「神秘的な」というような意味。Practicalは「実際的」「現実的」ということ。つまり、普通に考えれば、Mystical とPracticalとは、必ずしも合致する概念ではないように思える。それなのに、クラウド博士はなぜ、より成熟した段階の信仰を「Mystical and Practical」と呼んだのだろう…?
いや、決して、皆目見当もつかないわけでない。むしろ、心の奥では、「そうだよね」とうなずいている自分がいる。
型通りではなく、規則や体系によっていつも白黒はっきりつけられるわけではない、「不思議」というお名前(士師13:18)が指し示すその通りに、主との歩みは不思議に満ちていて、しかし机上の空論のような実態のないきれいごとではなく、むしろ日々の生々しい生活に根ざし、現実の私たちの助けになっている… そんな、信仰…
そんなことに思いを巡らせていたら、今週初めに上沼先生の「神学モノローグ」が送信されてきた。今回は、「超えているもの」というタイトル。その中で先生は、このように書いておられた。(全文はこちらで。)
(前略)
先週の記事で近世の思想の骨子であり、集大成である啓蒙思想のことを書いた。理性の自律で自然のメカニズムを解明して、それを生活に用いていく精神である。…(中略)…
しかしこの啓蒙思想が聖書に向けられているときに、自由主義神学でなく福音主義の聖書信仰に対しても、理性の自律が万能の力を発している。釈義を通して聖書の原則を見いだし、その筋道を見極め、体系づけていくことで神学を形成していく。知的了解のなかで聖書が明確化されていく。神論として神の本質と属性を説いていく。あたかもそれが聖書の神であるかのように理解していく。聖書の神が、神学の概念と体系のなかに押さえ込まれていく。聖書をよりよく理解できたと思い、思い込ませていく。
聖書が教えるクリスチャン生活、聖書が教える教会生活、聖書が教える礼拝、聖書が教える自然科学、聖書が教える生命倫理、と言うかたちでマニュアル化を可能にしていく。このようにしたらクリスチャンとして大丈夫だと教え、このようにしたら苦しみから解放されると教え、このようにしたら問題が解決すると教える。
そのように回答が与えられ、解決が与えられたと思う聖書の教えと信仰生活だけでは捉えきれない課題を抱えてきている。そのように声を大きくしてきた教会や神学校でどうにもならない問題を抱えてきている。体系のなかに押さえ込もうとしてきたことが、どこかでほころびが出て来てしまっている
聖書の神が、人間による概念化、体系化、マニュアル化を拒否している。神の創造による被造物が、人間による概念化、体系化、マニュアル化をはみ出してきている。信仰生活で出会うことで、人間による概念化、体系化、マニュアル化では説明できないことが多くなってきている。概念化、体系化、マニュアル化は、本来人間を超えているものを人間の中に閉じこめようとする力である。いまその超えているものがそんな力を打ち破って本来の姿を現してきている。
(後略)
理性の自律の範囲内で、体系化された神学が形成され、それがマニュアル化した信仰生活を生んでいる… これは、上記の4段階のうち、まさに2番目の段階に対応していないだろうか。そして、結果としてそのような体系化・マニュアル化した信仰では対処しきれない問題が出てきている、というのは、三番目の「荒野・壁」に、さらに、体系化・マニュアル化ではとらえきれないもの、「超えているもの」の現れというのが、4番目の段階に対応しているのではないか… そんなことを思わされた。
まだまだ思いめぐらせている最中。主に尋ねている最中。だから何?と言われれば、これ以上はなんとも説明しにくい。ただ、ここ数年の歩みの中で、「超えているもの」を何度となく垣間見て、体験している気がする。それはたとえば、「どうすることもできない自分」であったり、「どうすることもできない自分」の理解や予想を超えて、なおも私をとらえ、私に触れてくださる聖書の神であったり… 私を覆っていた殻にはようやく亀裂がはいったばかりかもしれない。ただ主にだけ導かれることを、切に願う。
====
今、私のなかにまだ存在していた(2)の部分が本格的に崩され始め、自分が(3)の中にいるのを感じている。
先日、スコット・マクナイト教授がブログに書いておられたこと思い出す…
You have now experienced what many today call "deconstruction." Deconstruction bewilders, but provides an opportunity for reconstruction. That is, once the building has been dismantled, the new reconstruction will not be the same -- but dismantling will give you the opportunity to begin all over again with an existential yearning for it all to make sense. This opportunity may be the most significant season in your life. I know when I was in seminary I struggled mightily with the nature of the faith but I came out chastened but stronger in that everything considered important had to be important in order to be included in the new construction. (こちらより)
Desertにいるのは恐いけれど、一人ではないのは感じているから…
2010-01-03
■一時休止のお知らせ

新年早々で恐縮なのですが、しばらくブログとTwitterをお休みすることにしました。実は、1ヶ月以上前からずっと祈りつつ考えていたことでした。
私にまかされている各種の責任や働き、そして自分でもっとフォーカスを置きたいと思っている事柄に対して、現在の1日24時間の私の時間の使い方が、どうもうまく噛みあっていないような、ある種のフラストレーションのようなものをしばらく感じていました。また、アウトプットする前に、自分の中でもっと思いめぐらせたり「寝かせて」おいたりする時間を確保したいという思いもありました。ブログにはいろいろな側面での記録の意味もあるので、休まない方がいいかなぁとも思い、迷いもあったのですが、このまま続けていても不完全燃焼のような気がするので、とにかく一度休んでみることにしました。今日の礼拝メッセージでも、私が自分で「足りない」と感じていた事柄、今年とくに主のお取り扱いを求めていこうと思っていた事柄について語られ、そのことをもっと深めていく上でも、しばらく静まる時間が必要であると感じました。どれくらいの期間になるかわかりませんが、とりあえず1ヶ月くらい休んでみようと思います。途中でお知らせ事項(新刊がついに出ました!とか ^^)がありましたら、その時にはちょこっと顔を出したりするかと思います。コメントへのお返事もできなくなると思いますので、休止期間中はコメント欄もお休みします。
いつも皆様からの暖かい励ましやお分かちをありがとうございます。心から感謝しています。
皆様の2010年が、実り豊かで祝福に満ちたものとなりますように!
感謝とともに。
はちこ
昨日、エミが友人たちとコンサートを持ったのですが、その時の写真です。^^ 明日からまた大学に戻り、次に会えるのは夏です。(ちょびっと涙)
エミは、アーバナ学生宣教大会でも、大いにチャレンジを受けて帰ってきました。お祈りに覚えていてくださった皆様には、心より感謝申し上げます!
2010-01-01
■新年の祈り

O Lord,
Length of days does not profit me
except the days are passed in Thy presence,
in Thy service, to Thy glory.
Give me a grace that precedes, follows, guides,
sustains, sanctifies, aids every hour,
that I may not be one moment apart from Thee,
but may rely on Thy Spirit
to supply every thought,
speak in every word,
direct every step,
prosper every work,
build up every mote of faith,
and give me a desire
to show forth Thy praise;
testify Thy love,
advance Thy kingdom.
I launch my bark on the unknown waters of this year,
with Thee, O Father as my harbour,
Thee, O Son, at my helm,
Thee O Holy Spirit, filling my sails.
Guide me to heaven with my loins girt,
my lamp burning,
my ear open to Thy calls,
my heart full of love,
my soul free.
Give me Thy grace to sanctify me,
Thy comforts to cheer,
Thy wisdom to teach,
Thy right hand to guide,
Thy counsel to instruct,
Thy law to judge,
Thy presence to stabilize.
May Thy fear be my awe,
Thy triumphs my joy.
(The Valley of Visionより 参照)
2009-12-31
■大晦日

大晦日です。コンロでは、テールスープ(コムタン? ソルロンタン?)を煮ています。いい具合にスープが白濁してきて、テールとにんにくしか入っていないのに、すごくいい香り。アクと油をこまめにすくい取る以外には、ほんと、手間いらず。
一年を振り返ってみると、今年は大きな年だったと思う。まず、エミの大学受験があり、冬の悪天候の中を大学のオーディションのためにかけずり回ったのがいい思い出。結局、オーディションのなかった大学に決まった。(笑)いろいろあったエミの高校生活だったけれど、本当に良い経験を積み、あの子も随分成長したと思う。
また今年は、翻訳書も2冊出版し、3冊めももうすぐ完成というところまできた。年のはじめから、翻訳に追われ続けていたけれど、やりがいのある仕事ばかりで感謝だった。
春にはJCFNの理事に就任した。この役割は私にとってまだ未知数の部分が大きく、いまだに私に何ができるのかわからない。神様がどんなふうに私を導き、用いられようとしておられるのか、よく耳を傾け、へりくだって主の導きについていきたい。(本当は、逃げ出したい思いもあるけれど。)
夏には、長年懸案になっていた家周りのプロジェクトや家族のことをいろいろやって、満足度が高かった。6月には結婚20周年を迎えたし、イエローストーンへの旅行は本当に楽しかった。たしんさんが結婚20周年を祝って作ってくださった記念Tシャツは、一生の記念品。
9月にはエミを大学に送り出し、中村家も一つの重要な節目を迎えた。子供の高校卒業というのは、少なくともアメリカにおいては育児をする者にとって、「ひと仕事終えた」と言える出来事。うちはまだ3人残っているのでちっとものんびりできないけれど、ひとまず一人めがここまで到達できて、ただ感謝。もちろん、あれが足りなかった、これができなかったという思いは確かにいろいろあるのだけれど、それもこれも、主の恵みの前に差し出すだけ。
エミも大人になってきたなと実感した一つに、アーバナ学生宣教大会の参加費のことがある。これに参加するにあたり、あの子は費用を全部自分で出した。(食費やホテル代も入れると、結構高いのです。)助けてと言って来るかと思ってたけど(そして言われれば助けるつもりでいたんだけど)、言ってこなかった。宿や昼食のアレンジも、自分で関係者と連絡を取って、ちゃんとやっていた。思えば、秋にあった聖研のリトリートの参加費も自分で工面したようだったし、年度末にはグリークラブがカナダのケベックにツアーに行くらしく、その費用も自分で出すつもりらしい。大学生になるときに、大学の費用以外の費用は、これからはすべて自分でやり繰りしなさいと言い渡してあったので、当然と言えば当然だけれど、改めて、あの子は独り立ちしつつあり、親はすでに手を放したのだと思わされた。
みんは高校二年生(6月に15歳になったので日本なら中学3年生)になり、ティーンパワー炸裂。私と衝突することも少なくなかった。衝突と言っても、怒鳴り合いの喧嘩などではないのは感謝。そして、彼女も私が彼女のためを思って言っていることを理解しているので、最後にはいつも、「Thank you, mom. I love you.」と言ってくれる。彼女のその成熟した対応に、私の方こそ、彼女の痛みに対する共感が足りなかったと反省させられることも少なからずあった。みんとの関係の中で、私自身の弱さ、足りない部分を切実に感じさせらている。私の来年への課題だと思う。(数日前にも衝突があり、ついアマゾンでBoundaries with Teensを購入してしまった。笑 今日届いたので、早速読もう。)みんには、ものすごく素晴らしい部分と、何とかして今のうちにworkしないと、彼女の人生で将来大きな足かせになりそうな弱い部分とがある。(まぁ、誰でもそうだろうけど。)本人もそれを自覚しているし、苦労しながらも努力しているのがわかる。一つひとつ、葛藤しながらもwise choiceをしようとしているのがわかる。主がみんを導いてくださいますように。また、みん自身が、主に委ねられた人生のよき管理者として、主の助けを請い求めることの必要を感じてくれますように。
一方ま〜やは、私とみんが衝突するのを見ながら、静かに自分が学ぶべきことを吸収しているように見える。随分しっかりした12歳になってくれている。来年2月には教会の中学生キャンプに行く。最初は行かないと言っていたのだけれど、主が一緒に行く友人を与えてくださり、彼女も行く気になってくれた。このキャンプが、彼女にとって霊的に重要な転機となるよう、祈っている。
ケンは、今年は思いがけず(?)受洗に導かれ、親にとっても大きな喜びだった。
今年は、結婚生活の上でも育児の上でも、ひとつの節目だったのに、なんだか充分に立ち止まって思いを巡らせている暇もなかったようにも思う。自分なりに多忙になりすぎないように気をつけていたつもりだけど、来年はもっと自己管理に気を配った方がいいかもしれない。そして、自己管理とは、主にとどまることを選び続ける、ということなのかもしれない。勇み足になって、主から離れたところで何かをしようと思わないように。臆病になって、主に差し出されているものを拒んでしまうことがないように。
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。ヨハネ15:5
主よ、私はあなたから離れては、何もすることができません。新年も、あなたが多くのことをなさろうとしておられるのを感じます。どうか私が、あなたにしっかりとどまり、またあなたに私の中にとどまっていただき、あなたの実を豊かに結ぶ者であれますように。そのために必要な刈込みにも、恐れず自分を差し出すことができますように。
===
2009年も、このブログを読みに来てくださっていた皆様、どうもありがとうございました。来年はどういうペースで続けることになるかまだわかりませんが、続ける限りは、皆様と一緒に主の愛のうちに成長させていただけたらと願っております。
2010年が、皆様にとって、祝福と主の新しい御業に満ちた年になりますように。
2009-12-30
■プチ忘年会、他

夕べは、近所に住む日本人のご家族、Sさん一家とRさん一家をお招きして、我が家でプチ忘年会をした(Rさんは国際結婚だけど)。大人6人子供6人。普段大人数の食事を作り慣れている私は、ついいつもの調子で作ってしまい、料理がたくさん余ってしまった。
海外での日本人同士の付き合いは難しいという話をよく聞くけれど、幸い私のまわりではそんなことはない。この奥さんたちとも、いつも楽しく過ごさせていただいている。でもなかなか家族でゆっくりという機会がなく、ずいぶん前から「今度みんなで集まりましょうよ」と言っていたのが、ようやく今回実現した。皆さんとても良い方たちで、隣人に恵まれているというのは本当に幸いだなぁと感謝。
Rさんには1歳2ヶ月になる男の子がいて、ケンが赤ちゃんの時を思い出してなつかしかった。動きとか表情とかが、ケンの赤ちゃんのときとおんなじだった。ケンも昔はこんなだったんだなぁ。年月が過ぎるのは本当に早い。
そうそう、夕べ作った料理の一つは、ハワイ出身の友人に教えてもらったもので、サーモンのフィレの大きいままのもの(長さ35センチくらい)に、マヨネーズをたっぷり塗って、ふりかけをまんべんなくかけて、400度のオーブンで焼くというもの。とっても簡単なのに、見栄えもよく、美味しい。パーティーにはぴったり。昨日も大ヒットでした。作り方を聞かれ、「マヨネーズを表面にたっぷり塗ってね…」と説明すると、「日本のマヨネーズ?」と即座に質問が。やはり皆同じことを考える。(笑)「アメリカのマヨネーズで大丈夫。もったいなくて、日本のはこんなにたくさん使えないもんね!」と返事。先日もたしんさんのブログで、ポテトサラダを作るとき、もったいなくて日本のキューピーマヨネーズだけでは作れず、アメリカのマヨと半々、という話で盛り上がったばかりだった。アメリカでは日本のマヨは貴重品なのです。
さて、今日はぼぼるパパと二人で、かねてから行ってみたかったHマートという韓国系の食料品店に行ってきた。うちからだと、ミツワに行くよりちょっと近いくらい。いや〜、すごかった。見たことのない野菜がたくさん。一体どうやって料理するんだろう?というような様々な根菜からキノコ類から各種の瓜まで。キムチも棚一面キムチ!というくらいたくさん並んでいた。魚も、普通のシカゴのスーパーでは絶対お目にかかれないような魚が、丸ごとゴロゴロ売られていたし、肉もすごい。これをご覧あれ。
これ、なんだかわかりますか? 牛テールですよ。普通のスーパーなら4つから6つくらいがパックになって、少しだけ置いているのが一般的かと思いますが、こんな、牛テールの山積み! 使い捨てのビニール手袋があって、それを使って自分で手づかみで欲しいだけ袋に入れるのです。私もコムタンでも作ろうと思って6つほど買いました。(でも、インフルエンザが流行っている時期だし、こんな売り方で、衛生面では大丈夫かしら?という気がしたけれど… 煮込むから大丈夫かな。)
皮付きの豚バラ肉も買ったので、お正月は豚の角煮を作ろう。嬉しいな、こんなちゃんとした豚バラ肉が手に入ったのは、シアトルに住んでいた頃以来ですよ。
ほかにもたくさん興味深い食材が並んでいたけれど、ほとんどが韓国語で記載されているので、何なのかよくわからなかったし、使い方もわからないし… もうちょっと韓国料理を研究してから、再度出直そうと心に誓ったのでありました。(韓国料理については、kanahaさんに手ほどきしていただかなくては!)
私たちが買い物に行っている間、家にはみんの友達数人が来て、スペイン語でビデオ撮影をしていた。学校のスペイン語の宿題で、スペイン語圏の料理をスペイン語で説明しながら作り、それをビデオに収めるというもの。みんのBFのサルジオはメキシコ人で、スペイン語のネイティブ。しかも料理が得意。途中からサルジオにも来てもらい(彼は違う高校の生徒)、スペイン語と料理の手ほどきをしてもらったらしい。
一方、アーバナ宣教大会に参加中のエミは、たくさんの刺激を受けている様子。今日は日本人集会で、JCFNの理事でありOMF宣教師のD先生に会ったらしい。ということは、せっちゃんたちにも会ったのかな?
■MEMO:US News&World Reportより

■MEMO:Tim Keller on Creation and Evolution

Jesus Creedより。
Tim Kellerとは、NYのRedeemer Presbyterian Churchの牧師さん。彼も有神論的進化論の支持者。
kanaha
はちこさん
食べ物の話にすぐに反応するわたしをお許し下さいませ。(笑)
あまりに羨ましくって!
テールの山じゃないですか。日本ではテールは高いです。
娘の帰国に合わせて毎回テールスープを作りますが、今回はテール5個で3000円でした。
韓国でもテールスープは結構な値段ですよ。
テールスープ以外にも、テールシチューも絶品ですが、テールが高いので、考えてしまいます。
テールスープはこまめに灰汁を取るだけで美味しく出来ます。必ずにんにくを入れてください。皮だけを取ってお鍋に入れればOKです。
本場の韓国では、塩こしょうは各自がお好みの量を入れるお店が多いです。
姉の家もそうで、姉はハチの巣というホルモンを一緒に入れます。
フレンチで言うトリッパです。これも韓国では一般的です。
わたしはテールのみでさっぱりと作ります。
中村家は美味しいスープがいただけそうですね!
はちこ
テールの山、すごいでしょう! このお店を歩きまわりながら、心の中でずっとkanahaさんを呼んでいました。(笑)一緒にいたら、いろいろ教えてもらえるのに、と。
テール5個で3000円とは、高いですね!私は今回、6個で約10ドルでしたから、1000円くらいでしょうか。牛一頭から一本しか取れないテールですが、多分アメリカでは需要が少ないから、韓国系業者が安く仕入れることができるのでしょうね。
ハチの巣というホルモン、う〜ん、さすがに私は持ってない。きっとお店には売っていたのでしょうね。見た目はどういう形状ですか?瓶入り?またいろいろ教えてください。テールスープ、頑張ります〜!
やす
"Evolution will stand or fall on its own terms by the weight of the evidence. Truth will out - eventually. I think that the truth is that evolutionary mechanism is very well attested and supported by the evidence. It is as close to proven as anything in biology. So I am convinced at this point that the truth that will out is the truth of evolutionary biological processes. But whether it stands or falls makes no difference to the faith (my faith) - it is no more significant than meteorology or mechanics."
Keller師は現時点では(有神的)進化論が一番説得力があるが、それが覆されようと信仰の本質とは関係が無いという立場のようですね。神が造られた(who?)という事実が重要であって、それがどのようなプロセスだったか(how?)は副次的なことと捉えている印象です。何が最大の優先課題かを見極め、また副次的と判断したものに関しては考えを変える柔軟性を持っている姿勢に学ばされます。
アーバナ、お祈りありがとうございます。また報告しますね。
はちこ
おお、やす! アーバナ大会からのアクセス&コメント、どうもありがとう! 通訳奉仕はどうですか? いよいよ今夜がフィナーレですね。最後まで守られますよう、祈っています。
ずいぶん前にKeller師のメッセージをやすに教えてもらって以来、なぜかhis name keeps popping up everywhereですよ。
JesusCreedで取り上げられているこのケラー師の論考は、11月にバイオロゴスとケラー師が共催でNYで開催したワークショップでの白書だそうです。このワークショップには、55人のleading evangelical pastors, theologians, scientists, and other scholars が参加されたそうで、実に励まされます。
バイオロゴス側はもっぱら科学者がメインですが、ケラー師のように、非科学者の信仰者の立場からこういう発言が出ていることに、おっしゃるように非常に学ばされ、励まされます。サイエンスのエビデンスの吟味は、ある意味科学者の領域ですが、信仰者としては、こうやって日進月歩で出されてくる科学的なエビデンスを考慮に入れつつ(それがある程度は流動的なものであることを理解しつつ)、神の創造の御業に関する新たな神学を構築していくことが、今必要とされていることなんだなぁと感じます。ヤスとは"The Lost World of Genesis One"というWheatonの旧約学のJohn Walton博士が今年出版された本の話はしたことあったっけ? この本も、そういった試みの一つかなと思います。
進化論を敵として創造論をずっと教えられてきた側としては(70年代に信仰を持った私はその一人でした)、バイオロジカルな進化を受け入れることが、無神論的な世界観としての進化をも受け入れることになるという恐れがあり、感情的なレジスタンスがどうしても強いようです。しかし、ケラー師のように問題の本質をきちんと整理し、自分の信仰がどこに拠って立つものなのかを確認することは、そういった感情的な恐れに対処する上でも重要ですよね。6日間での創造こそ科学的にも正しいというところに信仰の拠り所を持っている人は、実際にはそんなにいないはずだと思います。にもかかわらず、あたかもそれが信仰の要であるかのように創造科学やID論が提示されるのは、新たに信仰に入ろうとしている人たちや、子供や学生たちにとっては、つまづきになりかねないと思うのです。whether it stands or falls makes no difference to the faith (my faith) と言える確固たる信仰の礎がどこにあるのか、各自確認することが大切かもしれませんね。そうすれば、この問題についても、みんなもっと冷静に考慮することができるのかもしれません。
kay
はちこさん、アメリカも一緒なのですね、、、マヨネーズ事情。ここシドニーも日本のマヨネーズは高くって、、それに卵の含有量が多いとのことで最近日本からのマヨネーズはもう輸入されなくなったのです。今はタイで作られたキューピーマヨネーズ(とてもまろやか)ものもしくは比較的味が似ているS & Bのマヨネーズです。オーストラリアのマヨネーズはとても甘いのです。
昨晩は遅くまで花火の音がドンドン鳴り響いていました。苦しかった2009年、その中にも神様のたくさんの祝福を見て昨晩は感謝の思いでいっぱいでした。2010年神様がしてくださるたくさんのことがとても楽しみです。
はちこ
kayさん、シドニーからのコメント、ありがとうございます!
マヨネーズって、やっぱりいろいろ味に違いがあるのですね!アメリカのは、白くて、ババロアみたいにやけに形がはっきりしています。アメリカ人は日本のマヨを見ると、「黄色い!」と言って驚きます。(笑)
シカゴはあと数時間でようやく年があけます。kayさんの新年が祝福に満ちた善きものでありますように!
ヒソカ
クリスチャンの中には無神論に陥るのを怖がる人がいますけれど、レヴィナス先生によれば「一神教は疑念、孤独、反抗の年齢に達していない者には不可能」であり、無神論に陥るかもしれないリスクを成人(おとな)の代価として引き受けられる人にしか一神教を信仰することはできないと述べています。何か苦しいことがあって「神なんているものか」と無神論にすぐに行ってしまうのは、「大人」の信仰ではないのです。
執拗に進化論を創造科学の立場から攻撃するクリスチャンは、執拗に信仰を攻撃するドーキンスと、排他的かつ非寛容という点で双子のようにそっくりです。自分と異なる考えの人には同意も共生もできないというのは「子供」のふるまいです。「大人」は、そういう自分の理解も共感も絶した人と共生できる人です。もっとも、私からすると、進化論か創造論かの議論に熱心になれるというのが信仰生活に占める意味は何なのか、正直よくわかりません。
はちこ
ヒソカさん、
私は不勉強なもので、ヒソカさんが語ってくださっていることをなかなか充分に理解しきれないのですが、いつもいろいろお分かちくださってありがとうございます! 今年は私ももうちょっといろいろな本を読んで勉強しなくては、と思わされています。
2009-12-27
■Urbana09 worshipのビデオ

初日のメインセッションのワーシップの様子の一部をYouTubeにアップしてくださった方がいました。ちょっとだけだけど、嬉しい。
あと、こちらも参考までに。
http://www.scribblelive.com/Event/Urbana09
コメント欄にも書きましたが、一時間遅れくらいで、セッションのビデオがこちらで見られるようになるそうです。↓
Urbana09 official video footage.
ところで、メインセッションの日本語への同時通訳は、ヤスとJCFNの黒田総主事が二人だけで担当だそうです。二人のご奉仕の上に、主の守りと油注ぎがありますように!
■Urbana 09

IVCFが主催する3年に一度のアーバナ学生宣教大会が今日からミズーリ州セントルイスで開かれる。あいにくミッドウェストは悪天候で、シカゴやセントルイスは昨日からかなりの雪。日本からツアーを組んで来ている17人の学生のグループも、フライトの遅れとキャンセルのため、オヘア空港で足止めをくらっているというメールが、今朝7時付けで入った。
エミが一緒に行く予定だった人の一人は、夕べカリフォルニアからシカゴ入りするはずが、やはりフライトがキャンセルされたため、直接セントルイスに飛ぶことに。エミとその人が車を運転するはずだったので、エミ一人がドライバーでは心もとない。夕べ9時過ぎにその連絡が入り、同じく一緒に行くはずだったヤスと、あちこちに連絡を取り、結局それぞれにライドを確保することになった。エミは、偶然にも(いや、神様のご配剤)その前の晩に、同じ町に住む友人数人もアーバナに行くことを知ったばかりだったので、急遽電話をし、一緒に乗せていってもらえないか尋ねたところ、快くオーケー。感謝。一ヶ月以上前から立てていた計画が、前日の夜9時過ぎになって突然ガラガラと崩れてちょっと慌てたけど、神様はちゃんと次の道を備えてくださっていた。ハレルヤ。とはいえ、天候は悪いし、オヘアで足止めをくらっているのは日本人のグループだけではなさそうだし、セントルイスも雪なので、今現在、アーバナに向けて移動中の人たちは、みんな何らかの形で影響を受けるでしょう。神様の守りを心から祈ります。朝からずっと祈っています。
移動の心配はあるものの、Twitterで現場の人たちの準備の様子を垣間見ることもでき、主が今週セントルイスで大学生たちの人生でなさってくださることを思うと、わくわくゾクゾクしてくる。アーバナ開催中は、毎朝スモールグループでのバイスタがあるのだけれど、参加者は自分のレスポンスをtweetすることをencourageされるとか。こりゃ楽しみだ。
アーバナ09関連のツイートはこちらでチェックできます。
http://search.twitter.com/search?q=%23urbana09
Urbana 09 official websiteはこちら。http://www.urbana09.org/
アーバナでは、メインの集会の他に各種セミナーなどがあって、エミはArts & Media Impacting the World Seminars というカテゴリーに興味があるらしい。セミナーのラインナップはこんな感じ。
- Artists in Culture: Making A Difference.
- Arts & the Christian Story: Developing a Biblical Worldview
- Arts in Mission
- Communication Arts & Global Missions
- Dance: The Word Embodied: Cultural Redemption and Restoration
- Getting off the Performance Treadmill
- Living on Mission as a Mainstream Filmmaker
- Multicultural Worship
- Musicians Living Fully in Christ
- The Artist & Christian Discipleship: Building a Spiritual Foundation
- Visual Artists Living Fully in Christ
- Working in Theatre; Living in Christ
- Worship: From Life to Music
留学生や留学生伝道者向けのトラックもあり、JCFN関係の人たちはおもにそっちかな。
学生だけで1万6千人、スタッフ・ボランティア奉仕者を入れれば2万人近い人たちが参加しているというアーバナ09。主の大いなる祝福と油注ぎがありますように!
Goせんせ
リンウッドから行ってる子たちも大変だったみたいです。まずシカゴ行きのフライトが遅れて、乗換便に間に合わず、しかもその次のセントルイス行きはキャンセル...結局シカゴで一晩過ごしたみたいで(どこかはわからないけど)、今日の朝一番にSpringfieldまで飛んで(セントルイス方向はこれしか飛んでなかったらしい)、そこまで摂ちゃんが雪の中2時間かけて車で迎えに来てくれたそうです。
てなわけで、無事到着はしました...ハレルヤ!
こう言う時はカンファレンスで素晴らしい恵みが待ってるはず!祈りつつ、報告を期待しと共に待ってます。
はちこ
おお、夕べはいったいどれだけの人がシカゴで足止めをくらったことでしょうか… オヘア空港は大変なZooだったという声も聞いています。また、荷物が途中で他の空港で止まってしまった子もいたそうで、シッチャカメッチャカですね。でも、そんな中にも主の恵みがあって、皆さんが疲れの中でもさらなる期待をもってセントルイスに集まっておられることでしょうね。こんな時だからこそ! 皆さんの疲れが速やかに癒され、今夜の集会からたっぷり主の御臨在に満たされるよう、祈ります!
ともよ
大変なことになっているんですね。主が参加者の皆さんの足をお守り下さいますようにお祈りしています。そしてアーバナが主のご臨在と油注ぎで満たされますよう!
はちこ
ともよさん、
お祈りありがとうございます! 今日の雪はそれほどひどくなかったので、遅れながらも、きっと皆さん次々に到着しておられることと思います。集会は、約一時間ほど前に始まりました。前回はインターネットでライブストリーミングをやっていたのですが、今年はないみたいでちょっと残念。でもTwitterで写真をアップしている方たちがいらして、ちょっとだけ臨場感を味わわせておらっています。^^ http://img113.yfrog.com/i/fnth.jpg/
かきごおり
いろいろ情報ありがとうございます。私は今まで全然チェックしていませんでしたが、いろんな情報が出ているんですね。ハジも昨日の昼前にこちらを出て、フィラデルフィアからU Penn.のグループのバスに乗せてもらって行きましたが、今日の昼前に「無事ついた!」とのテキストが入ってきました。オフィシャルページにあるように、人生が変わるようなすばらしい御業が多くの若者たちの中に起こりますように。
はちこ
ハジくんも無事に到着して良かったですね! エミからも夕方四時頃に無事到着の連絡が入りました。レジストレーションの列は長かったみたいですが、今頃、みんな、バリバリにメインセッションを満喫していることでしょう!
リアルタイムより一時間ほど遅れるそうですが、このページでセッションのビデオが見られるそうです!
http://www.urbana09.org/program.webcast.cfm
Luna
いやぁ〜そんなに大変だったとは!!!
Urbanaに向かうそれぞれの足が守られますように!
私達は明日結婚式に出席して(突然奏楽することになってドキドキ!)
その足で直接車で向かいます。
よろしかったらこちらもお祈りに覚えていただけたら幸いです♪
1年間行くか行くまいかうんうん悩んでいましたが
さちさんの一言も背中を押して下さる大きな力に
なりました。感謝致します♥
沢山の素晴らしい恵みに期待していってきま〜す☆’’
準備やっと終わって今から寝ます。(焦)
すごい時間なのに興奮して全然眠くありません。こわ〜い!(汗)
はちこ
おお〜、lunaさん、今頃アーバナですね!すごい人だけど、きっと今頃堪能していらっしゃることでしょう! Blessings!
2009-12-25
■クリスマスの朝

クリスマスの朝です。ところが私は、目覚めた時から体調がいまいち… 壁がぐるぐるタイプのめまいがして、それでも無理に起き上がって数歩歩いたら、バランスを崩して本棚にぶつかり、そのまましばらく床の上に転がっていました。別に多忙だったわけでも何でもないのに、なぜだろう。ちょっと寝不足気味の感はあるので、そのせいかもしれません。あるいは、風邪のひき始め?
昨日のクリスマス礼拝、11月末からずっと「Fear Not」というテーマのメッセージが続いていて、昨日はその一つだった。「恐れるな」というのは、必ずしも聖書の中心テーマではないけれど、聖書の中で、人間に向かって一番多く語られている言葉の一つ。(マックス・ルケードか誰かは、聖書には「恐れるな」という言葉が365回出てくると言った。つまり、一年中、私たちは毎日「恐れるな」という語りかけを神様から受けることを必要としている…)
個人的には、今何かを特に恐れているということはないけれど、fear-breakerであるジーザスは、無力な人間の赤ん坊としてこの世に来られたという、考えれば考えるほどメイクセンスしない不思議な神様のご計画、不条理とも言えるご計画に… 言葉にしてしまうと実に陳腐ですが、とにかく、へりくだらされる思いでした。昨日の礼拝では、最後に本物の生後数カ月の赤ちゃんが、壇上に作られた馬小屋の飼い葉桶の中に寝かされていました。赤ちゃんが必死に足を蹴り、布をつかんで手を不器用に動かしている姿を見て、そのことをひしひしと感じました。
夕べ、立川チャペルの高橋秀典先生から、クリスマスのメッセージが届きました。昨日の礼拝後に思わされていたこととストンとつながるものがあり、とても心に響きました。許可をいただいたので、ここに全文ご紹介させていただきます。
ーーー***ーーー
メッセージ 「正しすぎてはならない」−Let it be -
待ちに待った、小生の伝道者の書の翻訳と解説が出来上がり、本日、手元に届きました。題は「正しすぎてはならない」−Let it be –としました。原稿を印刷に回す直前になって、イエスが「let it be・・」と言われた箇所を発見しました。ヨハネがヨルダン川で人々にバプテスマを施している時、イエスも彼からバプテスマを受けようと近づいて来られました。ヨハネはその方が救い主であることに気づき、そのような恐れ多いことはできないと言います。
躊躇する彼に行動を促すイエスのことばを、多くの英語訳は、「Let it be so now」(今は、そのままに・・)と記しています(マタイ三・一五参照)。ヨハネは自分がすることの意味を理解できないままイエスの求めに応じました。それこそlet it be の心です。
私たちのまわりにも納得できないようなことが日々いろいろと起きます。しかし、必要なのは、目の前に、主から示され続けている課題を、ひとつひとつ着実に成し遂げてゆくことではないでしょうか。自分を振り返ってみても、感情に振り回されて、自己弁護に走ったり、人を攻撃したり、問題を一気に解決しようとしてかえって事態をこじらせてしまったことがあったことを反省せざるを得ません。Let it be とは、目の前の本当に必要なことに取り組むための神からの知恵のことばです。
ところで、伝道者の書で、目を開かれるみことばとして以下のようなものがあります。これは私訳ですのでお聞きください。
神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものを、誰がまっすぐにできよう。 7:13
幸せな時には幸せを味わえ。災いの時には、(神のみわざに)目を留めよ。 7:14
これもあれも神のなさること。このため人は後の事を見極めることができない。
この空しい日々の中で、すべてを見てきた。 7:15
正しい人が正しいのに滅び、悪者が悪いのに長生きすることがある。
正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜ自分を滅ぼすのか。7:16
悪すぎてもいけない。愚かであってもならない。なぜ、その時でもないのに死ぬのか。7:17
一つをつかみ、もう一つを手放さないがよい。 7:18
神を恐れる者は、すべてをくぐり抜ける。
アフリカのウガンダでは10年くらい前に、リバイバルが起こり、福音が国の隅々まで届き、エイズも次々と癒され、世界初のエイズ患者減少国となったとのことです。しかし、そこで最近、国会に反同性愛法案が提出され、同性愛者やその協力者に、場合によっては死刑を含める厳しい罰則を課す法律が通されようとしているとのことです。しかも、それは米国の保守的なクリスチャン指導者の影響によると報道されています。その関わりを取りざたされたリック・ウォレン師をはじめとする有名なキリスト教指導者は、そのような過激な動きが出てきたことに心を痛め、神の正義を振りかざすことで、より大きな不正義をもたらすことになると同法案への反対を必死に表明し始めました。
私たちの場合も、同性愛は神の創造の秩序に反する罪であると言わざるを得ませんが、それを法律で処罰することによって抑えようという動きには決して賛成はできません。
昔、アメリカではキリスト教保守派の圧力で禁酒法が施工されたことがありましたが、その結果、反対にマフィアの勢力が急拡大したということがあります。この世に広がる不道徳を、力で解決しようとするとき、かえって力による抵抗を受け、人々の中から愛が冷めてゆきます。
私たちの周りに、正論を展開しながら、そこに愛が感じられないということがないでしょうか。そのようなとき、伝道者の書のことば、「正しすぎてはならない」ということばが心に響いてきます。
クリスマスは、確かにイエスの誕生を祝う祭りですが、聖書的には、全世界の創造主であられる方が、ユダヤ人の娘マリヤの胎内で人となり、ひ弱な赤ちゃんとしてご自身を現されたことを記念する日です。
当時のユダヤの人々は、救い主が来たら、自分たちをローマ帝国の圧制からたちどころに解放してくれると期待していました。しかし、実際に現れた救い主は、時のローマ皇帝アウグストと戦う代わりに、その命令に振り回されるひ弱な家庭から誕生することを選ばれました。マリヤとヨセフは、人口登録のため遠くまで旅をせざるを得ませんでした。しかも、宿屋にも泊めてもらえず、町外れの暗い洞窟の飼い葉おけにお生まれになりました。そればかりか、人間的には、イエスはマリヤの子ではありましたが、ヨセフとは血のつながりがありません。いわば私生児の立場でお生まれになりました。以来、イエスの出生には、いろんな悪評が立てられ続けています。しかし、神の御子は、あえて、この世の最下層の人の仲間になるために、そのような誕生を選ばれたのです。ただ、それこそが福音の不思議です。
つまり、創造主が人となったとは、この世の不条理を正す代わりに、この世の不条理のただなかに生きる者となられたということです。それは、力で正義を実現する代わりに、人々の心の中に、愛の火をともすためでした。たとえば、先の同性愛の問題にしても、彼らの心の痛みをいっしょに味わおうとする姿勢がなければ、決して、彼らに真の神の愛を知らせることはできないでしょう。
「きよしこの夜」の作詞者、ヨセフ・モールは下級兵士と貧しいお針子との間に生まれましたが、その父親はすぐに行方知れずとなり、私生児として育ちました。そのため、才能があるのにも関わらず一生、正式なカトリック司祭となることはできませんでした。彼はイエスの誕生と、自分の惨めな誕生を重ね合わせながら、6番まであるドイツ語の歌詞を書いたのではないでしょうか。しかも、これに美しいメロディーがついたのは、クリスマス・イヴの前日、パイプオルガンがネズミに穴を開けられ、音が出なくなったため、教会のオルガニストが急遽、ギターで演奏できる曲を作曲する必要に迫られたからです。
ところで、先ほどの伝道者の書では、「わざわいの時には、神のみわざに目を留めよ」と記されています。新改訳聖書では、「順境の時には喜び、逆境の日には反省せよ」と訳されていますが、それは誤解を与える翻訳のように思えます。「反省せよ」と訳されたことばと7章13節初めの、「目を留めよ」と訳された原語は同じだからです。私たちの災いは、神の御手の中にあるのです。
しかも、マリヤとヨセフは、イエスの誕生を前に、「神様、安心して出産できる場所をお与えください」、「信頼できる助産師をお与え下さい」などと、必死にお祈りしたことでしょう。しかし、それらの祈りは、何ひとつ聞き入れられなかったとも思えたかもしれません。ふたりは、それらすべてを、Let it be に受け止め、ただ、黙々と、自分ができること続けました。神は、このとき、マリヤとヨセフのために戦う代わりに、その悲惨な条件を甘んじて受け入れるように導いておられたのです。
しかし、神は、その只中で、生きて働いておられました。天の軍勢が貧しい羊飼いたちに現れ、すばらしい天使の賛美を聞かせてくれました。マリヤもヨセフも、それを聴くことはできませんでしたが、羊飼いの訪問を受け、この世の悲惨な現実の中に、神の力強い愛のみ手が働いていたことを知ることができました。
また、後には東方の三人の博士たちも訪ねてきて、高価な宝物を送り届けてくれました。マリヤが自分の正義を主張しなくても、羊飼いが、また東方の博士たちが、イエスが神の御子であることを証してくれたのです。そして、これらすべてのイエスの誕生にまとわる不条理のシンボルが「飼い葉おけ」です。
もちろん、これらは私たちが正義を求めたり、知恵を求めたりすることを否定する教えではありません。問題は、「正し過ぎる」「知恵がありすぎる」ことの問題です。知らないうちに、自分の正義、自分の知恵を振りかざして、私たちの思いを超えた「神のみわざに目を留める」ことができなくなることへの警告です。
ですから、それと同時に、「悪すぎてもいけない」「おろかであってもいけない」と警告されています。人は成長をあきらめたとたん、わがままなモンスターになりえます。
そして、何よりも大切なのは、「正しすぎ」ることもなく、「悪すぎることもない」という両者を同時につかんでいることです。それこそが、「神を恐れる」という生き方です。そして、そのように神のご支配に信頼する者を、神は最終的に、あらゆるわざわいから守り通してくださいます。
マリヤとヨセフが、あたふたとしていたかもしれないとき、また神の御子が汚く冷たい飼い葉おけに寝かせられたとき、神の愛のまなざしは確かにそこに注がれていました。その悲惨を上から見下ろしていたのではなく、イエスと心をひとつにしておられた神は、ご自身で、人々の愛のない仕打ちに心を痛めておられました。しかし、愛のない人に、「あなたには愛がない」と説教したことで、何の変化が生まれるでしょう。神の御子はご自分の正義を主張する代わりに、この世の不条理を自ら味わってくださいました。それは、私たちひとりひとりの冷たい心に寄り添うためでした。
ーーー***ーーー
It's true. The Savior has come. As strange as it may sound, as unbelieable as it may be,it's true, the Savior was born. It's true. Immanuel.
kanaha
はちこさんとご家族の方へ
メリークリスマス!
立川先生のメッセージを読んで涙が出ました。
これからはより主に従い、「正し過ぎる」「知恵がありすぎる」ことのないように生きて行きたいです。
今年のクリスマスは個人的に少し心にひっかかる事があって、自分の小ささを感じていました。
何も考えずにただ主だけを見ていたいと、しみじみ思いました。
はちこ
kanahaさんとご家族にも、メリークリスマス!
私も、高橋先生(立川の高橋先生です^^)のメッセージに、すごく心に安らぎを覚えたんです。「正しすぎ」ることもなく、「悪すぎることもない」…ただ神を恐れる生き方… 肩の力がホッと抜けるのを感じました。Let it be.自分の願い通り、自分が正しいと思う通りにならないことはたくさんあるけれど、私はただ自分のなすべき範囲内にとどまり、あとは主に委ねてLet it be... 新年に向けて、感謝なメッセージだなぁと私も思いました。kanahaさん、many many blessings! いつもありがとう!
2009-12-23
■iPhone三昧

いえ、私ではなく、夫がです。自分へのクリスマスプレゼントとしてiPhone3GS(32GB)を購入した夫、関数電卓やらエミュレータやら、仕事で使う科学系のアプリをいれて、嬉しくて仕方がない様子。彼が普段よく使う計算用には、自分が必要としている通りのものでないと意味がないので、自分でアプリを作るらしい。
嬉しそうで本当に良かったけれど、くれぐれもトイレなどに落とさないようにね。
■諸々

JCFN理事のA氏が、年末にセントルイスでもたれるInterVarsityのアーバナ学生宣教大会に参加のため、ご夫妻で今日シカゴ入りされた。私たちは26日にお昼をご一緒する予定。ぼぼるパパお気に入りのフレンチのお店にお連れする計画を立てている。私たち家族とA氏とは、実はケンブリッジ時代からの知り合いでもある。当時ロンドンに駐在しておられたA氏は、月に一回くらいの割合で、ケンブリッジの日本語聖研に来てくださっていた。私は数年前に日本でA氏ご夫妻とお会いしているけれど、ぼぼるパパはケンブリッジ以来なのでは? 再会が楽しみ。
この学生宣教大会には、エミも初参加の予定。全米、全世界から2万人くらいの大学生ほかが集まる壮大なカンファレンス。エミにとってもよい経験、刺激となることを祈っている。
一方私は、この年末には近所にお住まいの日本人の二家族をディナーにお招きする予定。子どもたちが同じスズキのバイオリン・ビオラ教室に通っているので顔を合わすことは多いのだけれど、普段はなかなかゆっくり話す機会がないので、楽しみです。
エミは帰宅して以来、友人が遊びに来たり、友達に会いに行ったりで、なかなかゆっくり話す機会もないけれど、それでも帰宅した初日に、大学での交友関係についていろいろ分かち合ってくれた。ルームメートを初め、バイブルスタディの仲間たちや課外活動で一緒の仲間たちと、とてもうまくいっているらしい。特に感謝をもって驚いたのが、エミが受講している日本語のクラスの先生(日本人)がなんとクリスチャンで、と〜っても良い先生らしいこと。日本語のことだけでなく、プライベートなことでもいろいろ相談に乗ってくれるらしい。(ただし、日本語で。)エミが落ち込んでいると、授業のあと、「中村さん、疲れているようですね、どうしましたか?」と声をかけてくださり、先生のオフィスでいろいろ話を聞いてくださり、励ましやアドバイスをくださるそうだ。なんと感謝なことだろう。
エミは今、ある青年の救いと心の癒しのために祈っている。私とぼぼるパパにも、彼のことを詳しく分かち合ってくれた。詳細はここには書かないけれど、エミがそういうことを親に分かち合ってくれること、また、よく考えてかなり成熟した対応をしているらしいことがわかり、本当に主に感謝。私もその青年の救いと癒しのために祈るよと、エミと約束した。
kanaha
はちこさん
エミちゃんの成長を、わたしも嬉しく読ませて貰いました。
大学最初の学期を乗り越えるのは本当に大変なのですよね。
娘はほとんど鬱状態だったと言っていました。
(それなら相談して!と言いたいところでしたが)
エミちゃんにクリスチャンの日本語の先生を与えられたことや、その他の交友関係も安心ですね。
娘は徐々に大学での友人も吟味出来るようになって来て、3年生からはアパートに動きますが、同じ教会の姉妹と住む予定を立てています。また、友人との間にあっても境界線が必要なことも理解し始めていることに感謝です。(実践は徐々にですが)
それにしても、エミちゃんは成熟していますね。最近の写真を見て、大人っぽくなったなあ〜と感じたし、綺麗になりましたね。知性がある素敵な女性って感じでした。
本当にいつか娘と繋がって欲しいです。
jack
さっそくハマってるみたいですね。ぼぼる先生の嬉しそうな顔が思い浮かびます。
背中押した一人としては満足していただいてうれしいですが、くれぐれも仕事そっちのけにならぬよう...(私のこと?)
はちこ
kanahaさん、
どうもありがとうございます。クリスチャンの日本語の先生なんて、神様にお願いすることすら思いつかなかったです。バイブルカレッジ出身なんだそうで、もしかしたら日本語教師というのは仮の姿(?)で、本当は宣教師に召されている方なのかも、と勝手に想像をふくらませています。
境界線、大切ですよね。対人関係でもそうだし、自律した生活を送るためにも不可欠ですし。お嬢さんの境界線の実践が、祝され、守られますように!
エミは、実物を見たら、まだまだ子供ですよ。見た目も中身も…汗
はちこ
jackさん、
そうなんですよ〜、はまりまくっています。「仕事そっちのけにならないようにね」と言っても、「いや、これは仕事の一部なんだ」とかなんとか、ごまかされそうです。(汗&笑)
masa
A氏の日曜日のグレンビューへの運転手を仰せつかりました。
グレンビューでライドといえば俺って感じになっているようです(笑
はちこ
masaさん、お住まいは教会からも空港からも離れているから、masaさんにとってはいろいろ遠回りになって大変ではないですか?masaさんの忠実なお働きに敬服しています。祝福がありますように! 体調はその後、いかがですか?
2009-12-21
■ウィロークリークのクリスマス礼拝

昨日は、エミの親友のキキとみんのBFのサルジオも一緒に、皆でモールに繰り出し、和食のビュッフェのお店で夕食をし、それからウィロークリークのクリスマス礼拝に行ってきた。(サルジオは、食後はお母さんが迎えに来たので、礼拝には一緒に行けなかった。)
今年も去年に続き、メッセージ性重視の礼拝で、子どもたちはちょっと物足りなかったようだけれど、私はとても良かったと思った。God is with usというタイトルで、神の御臨在は私たちの周りにいる人たちのストーリーの中に見ることができるというテーマ。関係に根ざすことの大切さとそこに現される神様が語られた。礼拝の最後には、全員に短冊のようなものが配られ、そこにひとりひとりが自分の名前と祈りのリクエストを書き、その短冊で輪をつくり、となりの人の輪とつないで紙の鎖を作った。そしてそれを集めてこれまでの礼拝に参加した人たちの鎖と一緒に壇上に並べられ、それが主に捧げられた。壮観だった。ただリクエストが集められただけでなく、それが互いに結びつけられ、その上で捧げられたというのがポイント。
礼拝の最後は、ウィロークリークのクリスマス礼拝恒例の「きよしこの夜」斉唱。これを歌いながら、一緒に来た家族や友人たちに愛情をこめて挨拶をすることになっている。(ハグは家族や友人だけで、知らない人には変なことをしないでください、とハイベルズ牧師が毎回注意をする。笑)中村家にとっても、大切なクリスマスのトラディション。
ああ、他にもたくさん書きたいことがあるけれど、今日はとりあえずこれだけ。
私の心は、主への感謝で溢れかえっています。
食事風景。
キキはチェロ奏者で、うちに遊びに来るときも、必ずチェロを持って来る。(大きいのに。)今も、エミと二人でクリスマスの曲を演奏している。いいなぁ、生の音楽。エミが帰って来ているという実感。しみじみ嬉しい。
Mrs.まいこ
生演奏、いいですねーー!私も子供たちに音楽やらせなければ!長男はやっていますがトロンボーンで時間と場所を選びます(爆)それで、どうやら次男がバイオリンに興味があるようで、しかも素質がある?とかで、初めて触ってきれいな音が出たもんで、友人にも勧められています(笑)楽しみです!バイオリン自体が高そうですが(^^;; Willowcreek私たちも土曜の夜に行ってきました!とても良くて、あっという間に終わってしまった感じでした。常に楽しんでいた証拠だと思ってます(^^;私もあのDon't do anything weird to strangersの語りが好きです(笑)メリークリスマス!
たしん
食べ放題の店では子供は安いものを好む。
ケン君の皿に乗ってる黄色いヤツ、玉子じゃなくてタクアンの薄切り/帯海苔じゃないですか。
はしこ
Mrs.まいこさん、
メリークリスマス! そちらも土曜日にウィロークリークに行かれてたんですねー!ほんと、九〇分があっという間でしたよね。私も、「え、もう終わり?」という感じでした。
トロンボーン、良いですね!私も息子には管楽器をやって欲しいのですが、本人はパーカッションをやりたくて、今ピアノを習い始めました。次男さん、楽しみですね!バイオリンは、しばらくはレンタルにして、フルサイズに移行したら購入すればいいですよ!
たしんさん、
そうなんですよねー。子どもって、「こんなの家でも食べられるんだからわざわざお店で食べないの!」というようなものを、食べ放題のときにはここぞとばかりに食べまくるんですよね。枝豆とか。(笑)
ケンのお皿の黄色いものは、あれは玉子です。玉子ばっかり食べて、そのあとで急にお腹を下してしまい、20分くらいトイレにこもったままだったんですよ。(汗)最後にはリカバーして、うどんとシュークリームを食べていましたが…
2009-12-19
■エミ帰宅

土曜日の早朝。冬休み第一日目というのに、私は5時半起き。みんの弁論トーナメントがあって、6時過ぎまでに学校に送っていくため。いつも6時過ぎに学校に集まり、スクールバスで会場に行き、夕方6時頃に帰ってくる。それが毎週土曜日にある。(次の2週間はさすがにないけど。)
エミは天候のせいでフライトが遅れたため、夜中近くに帰宅。ところが、まだ一つレポートが残っているとかで、帰宅するや否やパソコンを開いてレポート書き。締切が午前2時なんだとか。私が朝起きてきたら、エミはファミリールームのソファで寝ていた。(汗)
おとといまでヤスがいて、昨日はみんのボーイフレンドがまた遊びに来て、今日から三日間はエミの親友のキキが泊まりにくる。明日はみんなでウィロークリーク教会のクリスマス礼拝に行く予定。
追記:エミのレポートは午前2時ではなく今日の午後2時が締切なんだそうだ。あと一ページ書かないといけないと、エミ、奮闘している。でも、「これ以上何を書いたらいいかわからないー」とエミがうめいていると、ケンが、「大きな字で書けばいいじゃん」とアドバイス。う〜ん、手っ取り早くていいんだけど、ちょっとダメかな〜。
めぐんちゃん
・・・。同じ意味を持ってるなら、字数の多い方の単語を選び、許される限りの大きなフォント使ったり、「ダブルスペースはありですかね!?」って聞いたり、ペーパーの水増しに結構なエネルギーを使った記憶がよみがえってきました。エミちゃんはまじめにやってるな〜。頑張れ!!
はちこ
めぐんちゃん、
内容はめちゃくちゃだけど、とにかく書き上げたと言っています。(笑)あと、日本語の授業で俳句を作る宿題もあったそうですが、本人曰く、「間違えて川柳つくっちゃった」。大丈夫かいな、この子は。…(笑)
たしん
俳句と川柳の違いを理解していることが凄いと思います。
世代に関わらず、日本で生活している日本人の成人のほんの数割しか分かってないと思います。
フィベ
ケンくんのアドバイスがかわいい〜。
はちこさんの家には、色々な人が泊まりに来れて、
というか泊めていいですねぇ。
パーティもよくされるのですよね。
広い家といえども、人を泊めたり招待するのって、なかなかできないかも。
でも、私もそういう家を作りたいです。
はちこ
たしんさん、
俳句と川柳の違いは、授業で習ったようです。本当に適当な川柳で、笑えました。(笑)
フィべさん、
かわいいですよね〜。
うちは、そんなに広くはないので、泊まっていかれるお客さまには、実は恐縮なんですよ。若い人や子どもの友人だと、床に雑魚寝ですからねぇ。子どもの数が少ないころは、ちゃんとゲストルームを用意してベッドに寝ていただくことができたのですが、今はもう、ゲストルームは子供部屋になってしまって。
この家に引っ越したとき、「聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい」というローマ書の御言葉が与えられたので、それに従っています。来てくださるお客様を通してたくさんの祝福が与えられ、感謝です。
veilchen23
heidiです。
>この家に引っ越したとき、「聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい」というローマ書の御言葉
あぁ、そうでしたね。それで中村をもじってVillage Innでしたよね。(^_^)私もお世話になりました。私の新居は、いつの間にか9年経って家庭集会をするように導かれました。神様は徐々に導かれる方のようですね。独り者なのに家庭集会なんて、当時は思いつきもしませんでしたよ。(笑)
はちこ
heidiさん、
素晴らしい!家庭集会をするのに、既婚である必要はないですよね!heidiさんがいつもwillingで主の前にavailableでいるから、主はさまざまなことを通してheidiさんを用いてくださっていますね。ハレルヤ!
2009-12-16
■焼肉

今夜は、kanahaさんに教えていただいた焼肉のタレのレシピを使って鉄板焼き。
夕方になって、みんが突然「サルジオ(みんのBF)も一緒にご飯食べていっていい?」というので、彼も迎え、やすもいるので7人での食事となった。鉄板焼きなので、みんなでがやがや言いながら食べるにはちょうどよく、いい塩梅でした。
食後、やすが、「礼儀正しくてなかなかいい青年じゃないですか」。 だよね。ちゃんと大人と会話ができる若者というのは、好感が持てる。二人の関係は、今後も様子を見ていきましょう。
たみこ
みんちゃんももうそんな年頃でしたね。。あっという間にどんどんすぎていきますが、なんだか頼もしいですね。やすさんからも、okがでてて。。(笑)塩梅の焼き肉というのはいいアイディアですね!いいクリスマスを迎えてください。
やす
ごちそうさまでした♪
素晴らしい休息の時間をありがとうございました。
kanaha
はちこさん
焼肉のたれ、宣伝して下さって感謝です(笑)
みんちゃんのBF、そんなにイケメンですか?わたしは若いイケメン好きなんですよ。
あ、深い意味は無いです、ただ観賞するという。
まったく偶像礼拝ではありません。(念のため)
こちらではkanaha、Twitterではshinja15とややこしくてすみません。
kanahaは、娘の名前がkanaで母のhaと濱田のhaをかけて良く使います。
shinjaはわたしの本名なんですよ。(信子をshinjaと読みます)
ヒソカ
素朴だけれど粗野な人より、ディセントな人の方に私は好感を抱きます。学歴や職歴よりも、大人ときちんと会話ができるというのは大事な人間的資質だと思います。
はちこ
たみちゃん、
感謝祭のあと、うちに小さな男の子用とおぼしきグレーの上着が見つかったんだけど、ダビデ君のかしら?
グリドルで鉄板焼き、なかなか楽しかったです。たみちゃんたちも、良いクリスマスを!
やす、
こちらも楽しかったです!今日、例のものを送りますね!
kanahaさん、
ケンのリクエストであの焼肉のたれを使った焼肉をしました。すでに我が家の定番です!
娘のBFのことをイケメンと騒ぐのもナンなのですが(笑)、かなりです。雰囲気としては、ウェンツ瑛士を数倍かっこよくした感じかしら。
kanahaさん(shinjaさん)のクックパッドのページ、こちらでも宣伝しましょ!shinjaさんがご本名だったのですネ。
http://cookpad.com/kitchen/1593171
ヒソカさん
そうなんですよね、ちゃんと挨拶や大人と会話のできる若者は、好感がもてます。
2009-12-15
■やす

神学生のやすが来ている。期末試験が終わり、我が家で休養中。木曜日まで滞在予定。やす、うちにあった古いホームベーカリーを発見し、食パンを焼いてくれた。美味しいのが焼けました。^^(初挑戦だったらしいけど、上手にできたよ!) みんが赤ちゃんの時に買ったホームベーカリーだから随分昔のだけど、まだまだいけるんだね。私も久々にパンを焼こうかという気になってきた。
やすは最近話題の業界誌(?)『ミニストリー』の秋の号を持ってきてくれた。わざわざ日本から取り寄せたらしい。香山リカさんが出ている対談とか、興味深い記事が満載。思わず読みふける。
また、ゾンダーバン社の最近のある不祥事(?)とか、他の人との間ではあまり話題にでないような話で盛り上がった。(しかしさすがゾンダーバン、迅速に誠意ある対応を見せ、問題はすでに解決済み。)
ヒソカ
「ミニストリー」の編集主幹一人の平野克己先生はバイタリティとユーモアにあふれたすばらしい牧師です。先日も按手礼式でお会いしました。今までのキリスト教雑誌とは違うと気合が入っているので、毎号面白い記事ばかりですよ。
やす
お世話になっています。まさか名前がそのままタイトルになるとは(^^;)
きっとそのうちに初めて会う誰かに「あれ〜やすさんってはちこさんのブログで時々話題になるやすさん?」とか言われたりするんだろうな(笑)。
はちこ
ヒソカさん、
季刊誌だからか、中身がじっくり練られていて、本当に読み応えがありますよね。読者が読みたいトピックをよく捉えている感じです。価格も、これで年間6000円くらいなら、お得感がありますしね。
やす、
ははは… もうすぐ朝ごはんだよ。
tomoくん、
tomoくんもおいでよ〜。またタイカレーが食べたい〜。
めぐんちゃん
うちのホームベーカリーも箱に入ったままです〜。誰かうちにきてパン焼いてくれないかな。
めぐんちゃん
うちのホームベーカリーも人に頂いて箱に入ったままです〜。誰かうちに来てパン焼いてくれないかな。
はちこ
めぐんちゃん、
やすがアーバナの最中にくらたけに寄って、パン焼いてくれるって!(本当か!?)
だけど、マジ、私もめぐんちゃんちに行きたいよ〜。















テールもとても美味しいですよね。私も冬にテールを炊くの、好きです。
「生きてることが大好きで意味もなくコーフンしてる」
年になりますよう!
育児の醍醐味は、神様がどんな思いで私たちを見守り、導いてくださっているのか、わずかながらでも感じられることかなぁと思うのですが、神様もこうやって、私たちの人生にinvolveし、私たちの痛みや喜びを共有しつつ、主の道に導いてくださっているのでしょうね!
たしんさん、
いつも本当にどうもありがとう!!
たしんさんにとっても、思い切りエキサイティングな年になりますように!