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2014-03-23 「U・N・E・J・A・P・O・N」

「U・N・E・J・A・P・O・N」

JAPON @ Abbaye St André - Centre d'art contemporain de Meymac (CAC)

March 23 - July 22, 2014

Place du Bûcher 19250 Meymac, France


Yuko AKASU, Ryuta AMAE, Shusaku ARAKAWA, Nobuyoshi ARAKI, Nobuhiro FUKUI, Natsumi HAYASHI, Noritoshi HIRAKAWA, Naoki HONJO, Tatsuhito HORIKOSHI, Taro IZUMI, Syoin KAJII, Kazuo KATASE, Hiromi KAKIMOTO, Kounosuke KAWAKAMI, Izima KAORU, Tadashi KAWAMATA, Rinko KAWAUCHI, Haruna KISHI, Takahiro KOHIYAMA, Akino KONDOH, Tetsumi KUDO, Oscar OIWA, Ryuta OHTAKE, Takesada MATSUTANI, Takao MINAMI, Kikuna MISHIMA, Keita MORI, Hisaharu MOTODA, Asako NARAHASHI, Masahide OTANI, PHOTOGRAPHER HAL, Tomoko SAWADA, Tomoko SENGOKU, SHINCHIKA, Chiharu SHIOTA, Kishio SUGA, Keita SUGIURA, SUSH MACHIDA GAIKOTSU, Risaku SUZUKI, Keiichi TAHARA, Naoko TAMURA, Naoka TANAKA, Tsuneko TANIUCHI, Kumie TSUDA, Keiji UEMATSU, Takuma UEMATSU, Kazuyoshi USUI, Kaori WATANABE, Akira YAMAGUICHI, Ryoichi YAMAZAKI, Kenji YANOBE, Kimiko YOSHIDA

L’exposition Japon, qui regroupera des oeuvres d’une trentaine d’artistes plasticiens japonais, aspire à dresser un portrait de la création contemporaine du pays.

On trouvera à côté de travaux d’artistes japonais incontournables et influents de la scène internationale, de jeunes artistes dont les oeuvres sont encore confidentielles.

A travers de la peinture, des volumes, des photographies, des vidéos, de la céramique, l’exposition vise à offrir un panorama le plus complet possible des problématiques abordées par la jeune génération d’artistes japonais et les antagonismes dans lesquels leur pratique se fonde.

http://www.cacmeymac.com/


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◇ Centre d'art contemporain de Meymac ― Wikipédia

http://fr.wikipedia.org/wiki/Centre_d’art_contemporain_de_Meymac

聖アンドレ修道院現代美術センター(メマック市・フランス)。


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March 23 - July 22, 2014

Place du Bûcher 19250 Meymac, France


Yuko AKASU, Ryuta AMAE, Shusaku ARAKAWA, Nobuyoshi ARAKI, Nobuhiro FUKUI, Natsumi HAYASHI, Noritoshi HIRAKAWA, Naoki HONJO, Tatsuhito HORIKOSHI, Taro IZUMI, Syoin KAJII, Kazuo KATASE, Hiromi KAKIMOTO, Kounosuke KAWAKAMI, Izima KAORU, Tadashi KAWAMATA, Rinko KAWAUCHI, Haruna KISHI, Takahiro KOHIYAMA, Akino KONDOH, Tetsumi KUDO, Oscar OIWA, Ryuta OHTAKE, Takesada MATSUTANI, Takao MINAMI, Kikuna MISHIMA, Keita MORI, Hisaharu MOTODA, Asako NARAHASHI, Masahide OTANI, PHOTOGRAPHER HAL, Tomoko SAWADA, Tomoko SENGOKU, SHINCHIKA, Chiharu SHIOTA, Kishio SUGA, Keita SUGIURA, SUSH MACHIDA GAIKOTSU, Risaku SUZUKI, Keiichi TAHARA, Naoko TAMURA, Naoka TANAKA, Tsuneko TANIUCHI, Kumie TSUDA, Keiji UEMATSU, Takuma UEMATSU, Kazuyoshi USUI, Kaori WATANABE, Akira YAMAGUICHI, Ryoichi YAMAZAKI, Kenji YANOBE, Kimiko YOSHIDA

L’exposition Japon, qui regroupera des oeuvres d’une trentaine d’artistes plasticiens japonais, aspire à dresser un portrait de la création contemporaine du pays.

On trouvera à côté de travaux d’artistes japonais incontournables et influents de la scène internationale, de jeunes artistes dont les oeuvres sont encore confidentielles.

A travers de la peinture, des volumes, des photographies, des vidéos, de la céramique, l’exposition vise à offrir un panorama le plus complet possible des problématiques abordées par la jeune génération d’artistes japonais et les antagonismes dans lesquels leur pratique se fonde.

http://www.cacmeymac.com/


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◇ Centre d'art contemporain de Meymac ― Wikipédia

http://fr.wikipedia.org/wiki/Centre_d’art_contemporain_de_Meymac

聖アンドレ修道院現代美術センター(メマック市・フランス)。


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[参考]

>>>「ノー・マンズ・ランド」@フランス大使館についてのステートメント(600字) ※2010年1月

■存在あるいは不在によって、不在あるいは存在を想起させること。

■ただ静止してそこにあるという、点としての時間を仮構することで、逆に時間的経験に厚みをもたせること。

■事物、そして空間を捉えながらも、それを固定しないこと。

■空間の限定が、空間を伸縮させ、フレームを振動させること。

■肌理、染み、痕跡への視触覚的な注視を導くこと。

■指呼的なまなざしランダムな動きをもたらし、事物と事物のあいだを意識させること。

■偶然の知覚を偶有的なものとすること。

■現実への漸近によって、現実感覚および視覚の位階構造を組み替えること。

■それぞれの写真が、相互陥入的なネットワークをかたちづくること。

■速度への意志を保ちながらも、簡便な速さよりもむしろ遅さと事後的経験に重きを置くこと。

■それを見たという経験が記憶に埋め込まれ、かつてあった記憶、いまここの記憶、いつかどこかの記憶へとフィードバックすること。

ジョセフ・ベルモン氏、菊竹清訓氏をはじめ、設計と建設に携わったすべての人々への敬意を失わないこと。

>>>http://www.nobuhiro-fukui.com/

>>>http://f.hatena.ne.jp/n-291/materials%20%5Bitw%5D/



La déclaration au sujet de la "No Man’s Land @ L’ambassade de France au Japon"

¶ Par la présence ou l'absence, rappeler l'absence ou la présense.

¶ Considérer le temps comme un point, simplement là, immobile, pour au contraire donner plus d'épaisseur à l'expérience temporelle.

¶ Percevoir les choses et l'espace, mais sans les figer.

¶ La limitation de l'espace rétrécit l'espace et fait vibrer le cadre.

¶ Attirer l'attention visuelle et tactile sur la texture, lestaches, les traces.

¶ Donner un mouvement aléatoire au regard interpellateur, pour faire prendre conscience de l'intervalle entre les choses.

¶ Considérer comme accidentelles les perceptions dues au hasard.

¶ À cause de l'asymptote de la réalité, intervertir les liens de primauté entre la perception de la réalité et la vision.

¶ Former, avec les différentes photographies, un réseau de mise en abyme mutuelle.

¶ Rechercher la vitesse, mais en préférant à la rapidité facile, la lenteur et l'expérience a posteriori.

¶ Nourrir de l'expériencede la vision d'une chose, inscrite en nous, la mémoire passée, la mémoire présente et la mémoire d'un jour à venir, quelque part.

¶ Ne pas oublier le respect dû à Joseph Belmont et Kiyonori Kikutake, ainsi qu'à tous ceux qui ont participé à la conception et à la construction.

>>>http://www.nobuhiro-fukui.com/

>>>http://f.hatena.ne.jp/n-291/materials%20%5Bitw%5D/


Nobuhiro Fukui

Janvier (January), 2010


(*Sorry, Japanese and French only)


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◇ 『NO MAN'S LAND 創造と破壊@フランス大使館』(フランス大使館 編 アシェット婦人画報社

http://www.amazon.co.jp/dp/4573021159

http://d.hatena.ne.jp/n-291/20100815p6







パーカー・イトーの新作

Nothing Was the Same (John Boehner Ramesses III) - web 3.0 what would picabia do? GOOP

http://www.parkerito.com/parkerito.com/nwts/

昨今のコンテンポラリーアートをかなり意識した作品になってきたような。。

テキストギャラリーによるプレスリリースを改変。次のリンクを参照。


Parker Ito - lucegallery

9 Novembre - 7 Dicembre 2013

Nothing Was the Same (John Boehner Ramesses III)

http://www.lucegallery.com/past/Parker-Ito-/press-release/ca_13061.html

LUCE GALLERY

CORSO SAN MAURIZIO 25

10124 TORINO

ITALY


OWNER/DIRECTOR: NIKOLA CERNETIC


GENERAL INFORMATION: INFO@LUCEGALLERY.COM

RELATED ENQUIRIES: ENRICA@LUCEGALLERY.COM

TEL: +39 011 8141011

TUE. - SAT. 3.30 PM - 7.30 PM

http://www.lucegallery.com/gallery/cr_804.html

http://www.lucegallery.com/


◇ i can't fuck you tonight i'm reading proust - web 3.0 what would picabia do? GOOP

http://www.parkerito.com/parkerito.com/fuck_you/

こちらもしかり。


◎ web 3.0 what would picabia do? GOOP

http://www.parkerito.com/

Report: Super-rich, favoring just a few artists, drive art market - LA Times

http://touch.latimes.com/#section/-1/article/p2p-79642604/

この半年程の表現と制作記録について(4.November.2013) - ミスターブログ

http://ameblo.jp/misterdesu/entry-11671069831.html


◇ Mr.個展「Sweeet!」Galerie Perrotin 香港 オープニングレポート - ミスターブログ

http://ameblo.jp/misterdesu/entry-11671470941.html

近代世界システムに構造的危機をもたらす3つの趨勢 - Pace Continua

ウォーラーステイン著『脱商品化の時代』P81

http://pacecontinua.com/?p=2623

紛争理論 - Wikipedia

紛争理論(ふんそうりろん、英: Conflict Theories、独: Konflikttheorien)は、社会および集団の内部、または複数集団相互の対立から生じる紛争・闘争が秩序の形成を促し、新たな社会の構築に貢献するという観点から評価した社会学上の諸理論のことを指し、闘争理論とも呼ばれる。ドイツ社会学者ラルフ・ダーレンドルフが、1958年に公表した論文「ユートピアからの脱出」において示した闘争モデル(葛藤モデル)の概念によって、広く認知されることとなった。

紛争理論は、カール・マルクス階級闘争論またはマックス・ヴェーバーの理解社会学によって基本的概念が提起されたといわれている。また紛争理論は、ゲオルク・ジンメルフランクフルト学派、ヴィルフレド・パレート、ロベルト・ミヒェルス、チャールズライト・ミルズらのエリート論など、様々な方面で社会における紛争・葛藤の問題を取り上げている理論を包含する立場ともみなされている。

紛争理論は、タルコット・パーソンズに代表される構造機能分析に見られる均衡理論への批判的な検討が行われる中で注目されるようになってきた見解である。構造機能分析は、社会構造の安定性が最重要課題とされ、機能が構造の安定に貢献するという予定調和的な考え方にたっており、紛争は社会構造の安定を脅かすマイナス作用をもたらすものとして、主要なテーマから排除されていた。これに対して、紛争は絶えず人間社会に存在し、社会構造へ大きな影響力を及ぼす不可欠の要素であるとして、紛争のプラスの側面に注目して社会構造ならびに社会変動を捉えようとしている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%9B%E4%BA%89%E7%90%86%E8%AB%96

研究ノート (3) - 表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉

ポイエーシスとプラクシスのあいだ

――エリー・デューリングのプロトタイプ

武田 宙也

終わりのないプロセスとしての「開かれた作品」とは逆に、「プロトタイプとしての作品」は、プロセスの「中断」(coupe)とみなされる。そこで問題となるのは、プロセスを休止することであり、オブジェという形でプロジェクトに(その都度)何らかの一貫性を与えることである。ただしそれは、あくまで「作品の可能性の物質的なデモンストレーションに必要な最小の安定性」 ※9 である。創造プロセスを安定させるというのは、さまざまな媒介をそれぞれに対応する支持体に合致させることに他ならない。注目されるのは、デューリングがこの支持体に、テクストイメージオブジェ、あるいはさまざまな装置といった、通常の意味での「もの」だけでなく、「美術史に書き込まれた芸術の身ぶりや理論への参照」や、さらにはこの創造の場の成員たち(アーティストスポンサーキュレーターギャラリスト批評家ジャーナリストなど)同士の「関係」までも含めている点である。そして、このように安定化されたプロセスの各段階はどれも、それ自体が「権利上」展示されうるものだとされる。デューリングは、このプロセスの安定化を「翻訳」と呼び、問題は、「作品を同時に複数の平面上で翻訳することによって、プロセスの総体を集約するイメージ(中断)の上で止まること」 ※10 であると述べる ※11 。こうして、プロトタイプの論理において、作品の産出プロセスは、連結と変形の、転移と翻訳の連鎖として現れることになるだろう。ここから彼は、プロトタイプを、作品の生成のあらゆる段階で現前する、いわば「生成の構成要素」(unité de devenir) ※12 とみなす。ただし、そこで注意を促されるように、プロトタイプの特徴は、それがあくまで生成の「構成要素」という点にあるのであって、それは生成そのもの(プロセス)とは峻別されなければならない。彼の表現を用いるならば、そこで行われるのは、「あるフローから、運動状態にあるさまざまな痕跡を採取すること」 ※13 なのだ。この「運動状態にある痕跡」は、芸術を、たんなるオブジェとも、また、オブジェとしての提示を断固として拒むプロジェクトとも異なるものとして、したがってまたそれを、ポイエーシスとプラクシスのあいだで捉えなおすひとつの可能性を秘めているように思われる。

武田宙也(日本学術振興会特別研究員大阪大学

http://repre.org/repre/vol18/note/03/

読み直し

2011-05-05(今さらですが)地震発生から一ヶ月の記録 - ポンパドールパラソル:野望編

http://pompadour.hatenablog.com/entry/20110505/1304569488

メモ

ドイツZDF「フクシマの嘘 其の参」 - Dailymotion動画

http://j.mp/1fQ2UM5

CITY OF SHADOWS / Peter Doyle - Books & Things

CITY OF SHADOWS / Peter Doyle

2006, Sydney, 239 pages, 217 x 313 x 25

またひとつ歴史的価値のある写真資料が救われた。

1912年から1960年頃までのニュー・サウス・ウェールズ警察が撮影した法廷犯罪関連の写真資料約4トン。ガラスプレートのネガやフィルムのネガが多く含まれており、古いネガの多くは、欠けていたり、擦れたり、お互いにくっ付いたりしていたが、Peter Doyle によって少しづつネガの整理と現像が行われた。そして2005年シドニーのJustice & Police Museum にて、それらの写真を公開する“City of Shadows” 展が開催され、展覧会に合わせて刊行されたのが本書である。

1912年から1948年までのシドニー警察が撮影した犯罪や事故にかかわる写真の数々は、単なる現場写真を越えた、バックグラウンドを示す貴重な歴史的資料でもある。事故や犯罪現場に集まる人々の風俗、建物、建物内部のインテリア、商店。1920年世界恐慌時に“Happy Valley” と名付けられた移民集落の模様、1929年に起きた“Rothbury” の炭鉱夫と警察との衝突。そして“Mug shot” 犯罪容疑者顔写真。それらは上半身と全身がそれぞれ撮影され、名前やID番号が記されている。男性の多くは、中折帽子やキャスケットジャケット姿であり、その当時の典型的ファッションを読み取ることができる。また、犯罪容疑者の写真であることが予め分かっていなければ、どこかの写真館で撮影したようにも見えてしまう。

パリのアジェ、ストーリヴィルのベロックハーバート・スプリングのディスファーマーらのような一人の写真家の業績ではないが、シドニー警察写真課によるプロフェッショナルな仕事は、高い評価に値するものだと思われる。

http://andthings.exblog.jp/16897755/

メモ

日比谷安希子「ID_写されたわたし」(横浜市所蔵カメラ写真コレクション展)テキスト.rtf - Google ドライブ

証拠としての写真

写真の迫真性が次第に社会に認められていくと、写真は科学的な記録装置として公的なかたちでも採用されるようになる。19世紀中頃は、列強諸国においてオリエントを舞台とした植民地主義が大きく台頭した。オリエントとの出会いによって、写真家と写真を享受する自国の人々は、科学的に観察・分析しようとするまなざしと、新しく物珍しいものを追い求めようとする欲望のまなざしを手に入れた。この二つの欲望からなる、人物を標本化するものの見方は、アメリカの西部開拓に代表される未踏の自然や先住民へのアプローチ、あるいは社会の内部におけるマイノリティ理解にも反映されている。ウィリアムヘンリージャクソンが米国内務省国土地質学調査に同行して撮影した、ネイティヴ・アメリカンポートレイトは、自分とは異なる民族を冷静に観察するまなざしが感じられる。

一方で、身体的特徴から個人の身元を特定するためにも、写真が用いられるようになる。1860年代頃から世界各地の警察で、累犯者を確認するために、犯罪者データとして写真が活用されるようになった。1871年のパリ・コミューンの後も、パリ警視庁によって容疑者たちの写真が撮影されている。(4)しかし、写真に写された個人の容貌は、表情や髪型、皺や傷の有無など身体的特徴の変化によって、数ヶ月を経ただけで照合することが難しいことがわかり、1890年代にフランス指紋認証が導入されると、次第に個人の最終的な身元照合ツールの座を明け渡すことになる。(5)身分証明の現場で、これまで客観性のあるメディアと信じられて来た写真は、その客観性の不完全さを実証することになったのである。

https://docs.google.com/document/d/1kHzYUfAeyRUSVLCu4HPteVZ-JnXaEyDL9h6ZWOvygGU/edit


◇ 第3回 「写真」への道(後編) - のいえ の じゃらんじゃらん

 ナダールなどの例外を除けば写真が商業用肖像製造装置と見られていた時代にも、記録の手段として用いた少数の写真家がいた。名前の現在まで残っている一人にイギリスロジャー・フェントン(1819-69)がいる。彼はクリミア戦争(1855)に従軍したが、当時の写真術では長時間露光が必要なのと撮影後長くおけない感光材料のため、有蓋馬車の移動暗室で処理をしながらの苦闘の撮影行であったと思われる。撮影した約350枚の写真のうち49枚がロイヤル写真協会に現存している。アメリカ南北戦争(1861)においてはマシューブラディー(1823-96)が、19名のスタッフと共に北軍に従軍している。やはり荷馬車の暗室と、全紙版カメラを持っての撮影行である。もちろん実戦場面を撮れるはずはなく、後方陣地風景、会議、戦場跡の記録が主であった。

 では、いわゆるニュース写真はいつごろ出現したのであろうか。携帯型カメラフィルムが普及する20世紀になってからではない。1851年、リチャード・ビアードが撮影し、「ロンドンの労働、ロンドンの貧民たち」という社会研究に使われた写真が最初のニュース写真と思われる。これらのダゲレオタイプによる写真は木版印刷されている。その技術的困難さからこの分野の発展は遅かったが、1871年のパリ・コミューンは盛んに撮影されている。このとき、倒されたナポレオン一世像の横で撮影された革命派の人々が、それを証拠として後に危険な立場に置かれた。このことから写真が証拠・証明として認知されはじめたことがわかる。

 写真のグラデーションとトーンを再現する印刷技術が実用になったのは1882年頃で、それ以降、ニュース写真とマス・コミュニケーションは密接な関連を持ち続けることとなる。

http://www.geocities.jp/tkatum/Photo/article/eye/03/eye.html


ペドロ・コスタ特別講義 - Contre Champ

http://hj3s-kzu.hatenablog.com/search?q=%E3%83%9A%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E7%89%B9%E5%88%A5%E8%AC%9B%E7%BE%A9

ルイーズ・ミシェル - Wikipedia

ルイーズ・ミシェル(Louise Michel、1830年5月29日オート=マルヌ県ヴロンクール=ラ=コテ生まれ・1905年1月9日マルセイユ没)はフランス無政府主義者であり、パリ・コミューンで活躍した人物の一人。初めて黒旗を掲げ、これを無政府主義運動の旗印とした人物である。「アンジョルラ」(Enjolras)という筆名をもつ。

早くから教育に関心を持ち、数年間教壇に立った後の1856年に26歳でパリへ移った。パリでは文学・教育学・政治・行動主義への関心を深め、ブランキ主義者(1860年代のパリの革命主義者、fr:Blanquismeおよびオーギュスト・ブランキ参照)らとの交友を持つ。1871年にはパリ・コミューンに積極的に加わり、後方のみならず最前線でも活動した。同年5月に拘束されてニューカレドニアへと追放処分となり、ここで無政府主義に開眼。1880年フランスへ帰国した際には非常な人望を獲得しており、プロレタリアを支援するデモや集会を数多く先導した。依然として警察の監視対象となっており幾度も投獄を経験するが、これに倦むことなくフランス全国において影響力のある政治活動を継続し、74歳で没するまでこの姿勢を変えることがなかった。

ルイーズ・ミシェルパリ・コミューンの立役者の一人であり、また1860年代における革命主義的な教育運動を代表する人物の一人である。革命思想無政府主義思想における影響力は現在もなお衰えていない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB

谷川俊太郎『定義』の試み - 霧山深ノート

http://blogs.yahoo.co.jp/kiriyamaf1943/30853856.html


谷川俊太郎『定義』と吉本隆明『言葉からの触手』をめぐって - 試稿錯誤

http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2010-10-12


線引き問題についての私見 - 地下生活者の手遊び

http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20080324/1206344184