レジェンズ〜蘇る竜王伝説〜 第22話「DとWでニッコル チュボーン -ALONE AGAIN, UNNATURALLY- 」


ポケットモンスター」に代表される召喚獣使役型アニメの典型をことごとく外してきているのが面白い。シロンはサーガであるシュウのもとを「子供たちに迷惑をかけてはいけない」という理由で勝手に離れていくし。敵方が呼び出した二体のレジェンズは、味方(ディーノ)側のグリードとマブダチで、バトルはそっちのけで話に花を咲かせ、あろうことがリボーンしてくれたBBを蹴っ飛ばして退散させてくれるし。こういったアニメでは、「召喚する人間」と「召喚される獣」は、「一心同体的存在」として描かれるのが常であるのだけれど、本作品では敢えて同じ轍を踏まないようにしているのが伺える。「人間」と「レジェンズ」を、それぞれ別世界に住んでいる別種族の生物であるという事を明確にした上で、異なる種族のペア(「人間」と「レジェンズ」)が協力しあい、コミュニケーションを深めていく過程を描くことを目的としているのであろう。面白い視点だと思う。

しかし、大地丙太郎の作品はテンポ早いなぁ。後、相変わらず微妙な小ネタがいっぱいだなぁ。3匹揃って「G.W.ニコル」って、そりゃ作家C.W.ニコルからのイタダキなんだろうけれど、ちょっと強引過ぎないか? ダジャレにすらなってないぞ。後、「何の何の、ナンノヨーコはスケバン刑事なんだな」という小ネタも、少し古すぎないか? 子供どころか、中高生だってついていけないぞ。後、副題のタイトル「ALONE AGAIN, UNNATURALLY」はギルバート・オサリバンの名曲「ALONE AGAIN, NATURALLY」からのイタダキだろうな。まぁ、こういうのは元ネタが分からなくっても、別にいいと思うのだけどね。

それと、グリードの中の人、山口祥行ってやたらと声が渋くてカッコイイなぁ、と思ったので少し調べてみました。役者が本業なのね。しかもヤクザ系の映画ばかり出ているという。道理で。

http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=122905

素顔はこちら。真ん中らへん。可愛らしい、とも言えるかな?

http://www.fullmedia.co.jp/siiku-no-heya/staff/staff.html

十兵衛ちゃん2」で起用した竹内力繋がりなのかな?

マシュマロ通信 第22話

「サンディーブチ切れ」→「クラウド、トラブルの渦中に巻き込まれる」→「サンディーの頼り無い友だちのせいで事態悪化」→「何やかや」→「大団円」

本作品を観るのは通算2回目なのだけれど、大体上のような構成なのかな?前回同様、非常にストレートな話で気持ちよく観ることができた。現在O.A.されている作品群の中でも、かなり優秀な作品の部類になるのではなかろうか。

冒頭、サンディーに部屋を掃除させられているクラウドに失笑してしまいました。いるよね、弟や妹を奴隷扱いする兄姉って。と言うか、ウチの兄がそうなのだけれど。ちょっと懐かしい気分に浸ってしまいました。

クラウドがサーカス団で活き活きとして、幸福になれたのは、きちんと「仕事」を与えられ、それをきちんと「評価」された事にあると思う。そこまで踏み込んで描いているのなら、ただクラウドをサンディーのところに戻すだけでなく、もう少しプラスαが欲しかったなぁ。クラウドとサンディーが交代で掃除をすることを決めるとか、そういうエピソードがね。でも、そこまで描いてしまうと少し教訓臭さが強くなりすぎて、鬱陶しくなってしまうので、このあたりがベストバランスなのかもしれない。

本作品の良さは、こっそりと作品の中に「教訓」を忍ばせている事にあると思う。このような「教訓」に真っ向に向き合った作品は現在では非常に貴重であり、是非、今後もこの方針を守って頑張っていただきたいと思う。(ちなみに大地丙太郎作品は「教訓」というよりも「説教」に近い感じね。カントクの主観がかなり入り込んできているから)

まぁ、サンディーにも、サンディーの友だちにも全く成長の証が見られないのはアレだけど、「教訓話」を忍ばせるには非常に都合がいいという考え方もできるし。

ライムやジャスミンの人としてのダメっぷりは特筆に値するなぁ。絶対に相談を持ちかけたくないタイプだよな。逆にクローブやナッツはけっこう人間ができているんだよなぁ。個性バラバラなキャラクターも、「マシュマロ通信」の大きな魅力なんだよな。

バッド・ボーイズ

ジェリー・ブラッカイマー製作・マイケル・ベイ監督、という布陣からも分かるとおり、大味でアメリカ〜ンなドンパチ映画。まぁ大味な映画は映画で、それなりに楽しみ方もあるとは思うのだけれど、「警察の内部不正」という地味なネタのため、いかんせん話が盛り上がらない。

それにしても作りが雑だな。殺人現場の証拠物件を現場に踏み込んだ刑事が素手でベタベタ触りまくったりとか、ツッコム気すら失せる基本事項さえ守れていないよな。後、娼婦が仕事場に行くのをシロウトの女性がノコノコ後をついていくって設定も、ちょっとあり得ないよな。よっぽど身許がしっかりした人でない限り、どんなに大屋敷であったとしても、娼婦が自ら客の家に行くって事はアメリカではあり得ないような気がするのだけれど。性犯罪が多発しているアメリカでは、風俗商売は「店の中」で行うのが通常だ、と聞いたことがあるのだけどな。だから、「ホテトル嬢」や「出張ヘルス」といった日本では当たり前の風俗商売は、アメリカ人の感覚では信じられない事であるとも。まぁいずれにしても、トーシロがプロの娼婦の現場にノコノコついていくなんて、日本を舞台にしていたとしてもちょっと考えられない事だと思う。そりゃ、事件に巻き込まれても文句言えないって。

大味で退屈な話なんだけれど、マーティン・ローレンスとウィル・スミスの主演二人の魅力で何とか2時間もたせているといった作品であった。後、マーティン・ローレンスの方がクレジットが先で、どちらかと言えば彼がメインの扱いなんだよな、この作品では。この作品の公開が1995年だから、ウィル・スミスの名が一躍知れ渡るきっかけとなった「インディペンデンス・デイ」の公開の1年前なんだよな。この頃は、まだマーティン・ローレンスの方がランクが上だったのかもしれない。

マクロス・ゼロ 第三章 「蒼き死闘」

今回はエコ要素だけでなく、エロ要素も満載。たっぷり堪能致しました。サラ・ノームは全裸をシンに見られているにもかかわらず、胸だけを隠して下は丸出しなのな。後、私もシンちゃんみたくマオ・ノームに指カンチョウされたい。

と思っていたら、後半に入って息もつかせぬ飛行機アクションシーンが始まって、その方面でも充分に堪能できました。飛行機アクションシーンに入るとCGが作画の中心となってしまうためにいきなり別作品(「SDガンダムフォース」とか)を観ているような気になってしまうのが、ちょっと残念。でも、いくら飛行機やミサイルが空中を縦横無尽に飛び交ったとしても、CGを用いた画面ならば観客(私)はきちんと一つ一つの動作や流れを掴むことができるので、その点を考えるとやはり本作品では「CG作画=飛行機アクション」とするのがベストであると思う。ただ、飛行機の炎上場面は絵で描かれているのだけれど、CG中心の飛行機アクションシーンの中にあると少し浮いて見えてしまうところは、もう少し何とかならないものだろうか。コクピット内部のキャラクター(2次元)とメカ(3次元)は一つの画面の中で両者が自然に収まるように上手く処理を施しているのだから、この炎上シーンに関してももっと工夫できると思うのだけどなぁ。

後、「現時点で最も旬な」声優が揃っているところは興味深い。本作品の第1章がリリースされたのは2002年12月21日で、「ガンダムSEED」がやっと公開されたばかりというところ。12月の時点ではまだ「ガンダムSEED」には第1話の時点でチラッとカガリが出てきただけで、ゆえにカガリ役の進藤尚美はまだアニメファンの中で名前をあまり知られていなかったことになる。にもかかわらず、メインを張るキャラクター、アリエスターナーの役に彼女を起用しているのだ。他にも、小林沙苗南里侑香マクロス・ゼロ第1話リリースの時点では、それほど名前を知られている存在ではなかったと思う。小林沙苗は「ヒカルの碁」で塔矢アキラ役、南里侑香は「パワーパフスガールズ」でのバブルス役など、一応メインキャストを張った経験はすでにあったが、二人の名前をアニメ作品でちょくちょく見かけるようになったのはここ1〜2年のことだと思う。
結果としてメイン・キャストに「売れっ子声優」が揃ったのは、キャスティングをしたスタッフ(おそらく音響監督の三間雅文)の慧眼によるものなのであろう。ハスキーでボーイッシュな声のイメージのある進藤尚美が、本作品では落ち着きのある大人びた声の役を演じているのも、面白い。

シンデレラボーイ 第1話「眠らぬ街の寓話」

午前12時を境に男と女が入れ替わり、それで男の名前が乱馬というのだから、てっきりモンキー・パンチ高橋留美子の「らんま1/2」をパクったのかと思いましたよ。だけどそうではなくて、原作は23年前に「ポップコーン」誌に数回分だけ掲載されたものであるという事であった。つまり、もしかすると高橋留美子がパクったのかもしれないなぁ。まぁ「男が女に入れ替わる」という設定も、「乱馬」という名前も、それほど突飛でも独特のものでもないので、ただ単に「偶然カブってしまっただけ」というのが真相なんだろうけど。

冒頭のオープニングのあまりのダサさに失笑してしまった。古臭いセンス、独特の色遣い、へこたれた作画―こういった要素が、少し真下耕作作品っぽいな。制作が真下耕作作品を多く手がけているマジックバスだから、ということも関係しているのだろうか。

それにしても映画「バッドボーイズ」動揺に、粗雑なストーリーだなぁ。乱馬が事故現場に戻ってみたらカジノを経営する悪の一味が彼を捕まえに来るのも謎だし。(1週間前に事故現場を確認していながら、わざわざカジノを放り出して乱麻を街中探していたとでも言うのだろうか?)後、高層ビルの一室に乱麻を監禁して、ビルもろとも乱麻を殺害しようとする方法も、余りに適当でビックリしてしまう。周囲に石油を撒いた椅子の上に乱麻をロープで括り付けて、火のついたタバコを口にくわえさせ、落ちたタバコの火でビルを爆破させようという意図だよね。いやぁ、豪快だなぁ。普通に銃とかで殺さないのか(苦笑)。ただの麻か何かのロープだから、乱馬も簡単にロープを切って脱出するし(苦笑)。乱馬が部屋を出てきたら、敵の一味はドアのすぐそばにいるし(失笑)。慌てて逃げなくていいのかYO!! と思ったら敵は乱馬を追いかけるのに夢中で、部屋の出火のことなんて忘れてしまうし(苦笑)。で、いつの間にか部屋が出火したという事実自体がなかったことになって物語が展開しているし(大失笑)。いやぁ、ここまで適当だと逆に清々しくなってくるなぁ。

後、何で車にタイヤがないのだろう?と思って観ていたのだけれど、近未来という設定なのね。それなら、タイヤがない車があっても別におかしくはないか。その割には、「タイヤのない車」が高所から落下して爆破した場面があったけれどね。

巻末についていたスタッフ・インタビューが面白かった。原作モンキー・パンチさんはやはり「物語をあまり考えず、適当に話を転がしている」そうです。本作品の脚本で言えば、「あまり考えず」ではなく、「全く考えていない」と修正するべきだろうけどね。後、モンキー・パンチの名前の由来は、「編集者が考えたから」ということには少しビックリした。本人も自分のペンネームは気に入っていないのだけれど、仕方ないというスタンスなのだそう。へー。ということは双葉社「週刊アクション」の編集者が考えたということなのだろうか。

藍より青し〜縁〜 第9話「白妙〜しろたえ〜 」

肉まんを二人で食べようと誘ったり、ソフトクリームを二人で食べようと誘ったり(←ちょっとエロい)、抱っこしてポーズで薫様に迫ったり、今回の話ではいつにも増して葵ちゃんは積極的であった。そんな葵ちゃんに辛抱堪らず、薫様は遂に葵ちゃんとの外泊を断行!! そんな話であった。

葵ちゃんの「一人の人をずっと好きで居続けるというのは勇気がいることなんです」から始まる独白はゾクゾクしましたねぇ。マターリと共同体の中の仲良し話がずっと続いていたので、葵ちゃんのストーカー気質をすっかり忘れてしまいました。「もし薫様が他の人を好きだったら、どうしようと夜も寝れない日が続いて………」って、子供の頃会ったきりの男性に対してそこまで思い込むことができる葵ちゃんって、「イタい」を通り越して「怖い」よ、マジで!! 薫様もよくこんなストーカー女を受け入れるよなー。

後、今回は葵の服が可愛らしかった。バラ色の地にクリーム色のチェックの帯がモダンで可愛らしい。いつも辛気くさい和服を着ているという印象があったのだけれど、今回はデートということもあってオシャレしたのだろうか? 
でも、シャワーを浴びた後、再び同じ和服に着替えるのはどうかと思うぞ。パジャマとかバスローブとかホテルに用意してなかったのか?

藍より青し〜縁〜 第10話「湯帷子〜ゆかたびら〜 」

今回はスパリゾートが舞台ということだけあって、胸の描写が強調された作画であった。いつもより少し巨乳目に描かれていたと思うのだが、夏樹や千鶴もかなりボリュームたっぷりめに描かれていたのは、貧乳スキーの私としては至極残念であった。

薫様「もう少し、葵ちゃんの肌をスベスベしていい?」
葵ちゃん「いやですわ、薫様。くすぐったい」

前回からどんどんとバカップル化が進行しているな、この二人は。

スパリゾートって地元の箕面スパーガーデンしか行ったことがないのだけれど、実際にあれだけ広い貸し切りの露天風呂ってあるのだろうか? あったとして、「貸し切り」の札って子供のちょっとした悪戯で簡単に替えられてしまうようなものなのか? それと、ティナも葵ちゃんも、薫の脱いだ服が脱衣所に置いてあるはずなのに、何故それに気付かずに薫のいる露天風呂に入って来るのだ? いろいろと無理のある場面だったけれど、まぁこういうヌルい話で、そこまで設定の甘さに目くじらを立てる気にはなれないのだけれど。

だけど、ティナが携帯電話ごしに"l'll go back to America"と言った事を気付いたのが繭っちだったという展開は綺麗であったと思う。両親が海外で生活していて、英語に詳しそうであるという点、またティナのライバルにあたるキャラクターであるという点からも、ここは繭っちが真っ先にティナの突然の帰省に気付いたキャラクターであるとした事は正解であると思う。

さて、いよいよ次回は最終巻か。後半、ちょっとヌルい話が多くて少し後すぼみ気味だったけれど、全体としてはいい作品であったと思う。最後に意外な結末が待っている、という事はこの作品に限ってあり得ないこととは思うが、それでもこのヌルい共同体話をどう締め括ってくれるのか私は非常に興味を持っている。最終巻が楽しみだ。

新選組! 第35回「さらば壬生村」

見事なまでに繋ぎの回。見事なまでに何も書くことがない。いつもは山ほど書いているのに。たまにはこんな回もある。と書いては何かアレなんで、もう少しだけ書いていくことにする。「新選組!」の場合は、今回のように何でもない話でも次へと繋がる伏線がたくさん仕込まれているはずなので、油断はできないしね。

蛤御門の変やら、永倉新八の反乱やら、山南さんの脱走やら何やらビッグ・イベントが重なった回が続いていたので、このあたりで隊のマターリした日常を描くことも良かったと思う。マターリ、と言ってもそこは不定浪士を取り締まることを日常の仕事としている新選組であり、今回の話も長州一派with捨助新選組との対決から始まった。最初の頃は、捨助が京都にいてアレコレ動き回るシーンはいらないのではないかなと思っていた私であったが、回を追う毎にどんどんと重要度を高めてきて、今や捨助の存在は「新選組!」の中で必要不可欠のものとなった。特に、物語の中で新選組が日常的に浪士を取り締まる仕事をしていることを描く「理由」として、長州の使いっ走りをしている捨助の存在は上手く機能していると思う。勿論、新選組の日常の仕事を描くだけでなく、もっとマターリした日常部分も今回の話ではよく描かれていた。河合耆三郎西本願寺付近の住民に配布する布巾をどれにすべきか近藤勇に聞きに来る場面も、これまでの「新選組もの」ではあまり描かれることのなかった描写であったと思う。やっぱり、引っ越しの際には新選組も周囲の家々に挨拶して回ったのだろうなぁ、と妙に感心してしまった。ついつい脚本の構築度の高さに目を奪われがちなのだけれど、三谷幸喜はこういったリアリティを感じさせる日常的な描写も巧みなんだよなぁ。

次回は見廻組との対決か。この回も、新選組の普段の仕事である「不定浪士の取締」にスポットを当てるためのものであると考えてよいのではないか。佐々木只三郎様が久々に強力なライバルとして登場する。先週、今週よりはテンションが高まる回ではあるだろうけれど、基本的にはまったり気味なのかなー。