私的録音補償金制度について

このブログは、著作権について触れることは多いけど、あまり立法論は触れていない。
個人的な興味は解釈的なところにあるからなのだが、私的録音録画補償金ついて少し触れる。
もととなる参考記事は、

2005/07/28 21:21 更新
速やかに「iPod課金」を――音楽関係7団体が強く要望
http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0507/28/news106.html

である。
この記事での記述をもとに、その主張の妥当性を考えてみたい。

日本音楽著作権協会ら音楽関係の7団体は7月28日、都内で記者会見を実施。iPodなど私的録音補償金制度の対象にされていないHDDオーディオについても、政令指定によって同制度の対象に含めるべきと強く訴えた。
会見に出席したのは日本音楽著作権協会のほか、日本音楽事業者協会音楽出版社協会日本芸能実演家団体協議会日本レコード協会、音楽製作者連盟、日本音楽作家団体協議会。この制度の対象はDAT/DCC/MD/CD-R/CD-RW/DVCR/D-VHSDVD-RWDVD-RAMの各メディアと対応機器で、iPodなどHDD/フラッシュメモリプレーヤーは含まれていない。得られた補償金は権利者団体を通じて各権利者へ分配されるほか、著作権制度についての教育や助成事業などにも使われている。
著作権法第30条では私的複製を認めているが、極めて零細な使用に限られている。(複製の完全禁止と無制限の複製許可のどちらでもなく、利用者によって有益な)私的複製のバランスを保つために用意されているのが補償金制度であり、音楽の創作サイクルのため、必要であると考えている」「政令指定をしないまま現状を放置することは、文化芸術の振興を妨げる。対象となる機器と記録媒体について、速やかに政令指定すべきであると考えている」

確かに、30条の趣旨のひとつとして「極めて零細な使用」だから、というころをあげることができる。
しかし、デジタルがアナログに比べて複製が容易だからといって、その利用が「極めて零細な使用」でないとはいえない。
今までカセットに録音していたのを、MD、iPodにいれるのとどのような違いがあるのか?
何の違いもない。いずれも「極めて零細な使用」である。
この点を強調しても、なんら補償金を導入するべき理由とはならないのである。
また、「政令指定をしないまま現状を放置することは、文化芸術の振興を妨げる。」というが、本当か?
筆者は、このような複製を認めていろいろな側面で個人的に利用することが文化の発展であると考えている。
科学技術の発展における文化享受の幅が広がったのである。
にもかかわらず、これに補償金を課金するのは、むしろこれを阻害する行為ではないかと思うのである。
主張するのは勝手であるが、この主張には、合理的な根拠がないと言わざるを得ないであろう。

日本音楽著作権協会吉田茂 理事長はこう述べ「私的複製の制限については、ベルヌ条約著作権に関する国際条約)にも記載されており、日本でHDD/フラッシュメモリオーディオなどに関する補償金制度がないのは条約違反ですらある」と、iPodなどを私的録音録画補償金制度の対象に含めるよう、強く主張した。

おそらくここでいうベルヌ条約規定は9条(2)である。

文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約
第九条 〔複製権〕
(1) 文学的及び美術的著作物の著作者でこの条約によつて保護されるものは、それらの著作物の複製(その方法及び形式のいかんを問わない。)を許諾する排他的権利を享有する。
(2) 特別の場合について(1)の著作物の複製を認める権能は、同盟国の立法に留保される。ただし、そのような複製が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件とする。
(3) 録音及び録画は、この条約の適用上、複製とみなす。
http://www.cric.or.jp/db/z/t1_index.html

確かに制限は書いてあるが、その制限をどう具体化するかは、各国の立法裁量である、と、
少なくとも地裁判決は解している。

まず、ベルヌ条約九条(2)の規定と著作権法三〇条一項との関係をみると、同法三〇条一項は、同条約九条(2)本文が特別の場合に著作者等の複製権を制限することを同盟国の立法に留保していることを受け、右複製権の制限が認められる一態様を規定したものということができるから、同条約九条(2)との関係においては、同法三〇条一項が同条約九条(2)ただし書の条件を満たすものであることが必要である。しかしながら、具体的にどのような態様が右条件を満たすものといえるかについては、同条約がこれを明示するものではないから、結局のところ、各同盟国の立法に委ねられた問題であるといわざるを得ない。そして、右のような同条約九条(2)を具体化するものとして規定されている同法三〇条一項は、それが同条約九条(2)ただし書の条件に沿うものであるとの前提の下で、前記(一)のような要件の下における複製を複製権に対する制限として認めることを規定しているというべきである。したがって、著作権法によって認められる私的使用のための複製であるか否かを論じるに当たっては、同法三〇条一項の規定に当たるか否かを問題とすれば足りるものであって、同条項の背景となるベルヌ条約の規定を持ち出して、その規定に当たるか否かを直接問題とするまでもないというべきである。したがって、原告らの前記主張は、その立論の前提において誤りがあるといわざるを得ない。
東京地判平成12年5月16日(スターデジオ事件)
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/5008B40986875AE549256A77000EC427/?OpenDocument

結局は、補償金制度が著作者の正当な利益を不当にすることになるのかどうかということに尽きる。
なぜ条約に違反するのかということを主張する必要がある。


このようにざっとみると、iPod課金の合理性がないばかりか、
そもそも補償金制度の合理性自体、権利者側の主張からは疑わしい。
本稿では、itmediaの記事からの考察しかしていないが、
このような理由(のみ)で私的録音録画補償金制度が維持されているとすれば、
賢明な国民の判断としては、そのような制度は不要であるという判断に至らざるを得ないのでは?と思う。


そもそもの勘違いは、著作権法の趣旨は、著作権ここでは複製権を保護することにあるのではない、
ということである。
あくまで文化の発展のために、著作権という財産権を創設したところになる。
これをどのような局面で保護するべきかは、1条の目的に即して判断するべきなのである。
権利者団体が、「権利を保護しないことが文化の発展を阻害する」と主張している時点で、
著作権を誤解しているとしか思えない。
このような誤解をしている人間が権利者団体にいる間は文化の発展は望めないように思う。
以上あくまで記事を読んでの感想である。