Hatena::ブログ(Diary)

散歩の途中に、ふと思う。

散歩の途中に、ふと立ち止まり、 思い出したこと、気になったことなどを、走り書きします。

2010-04-01

oshikun2010-04-01

本日の特別メニュー

 この日にちなんで

 今日は年に一度の4月の1日なので、この日にちなんだ特別企画です。

 あの佐々木譲さんの新作がいよいよ発行されることになりました。しかも三作同時の書き下ろしリリースということで、ファンにとってはうれしい限り。そこで僭越ではありますが、私の短評を交えてご紹介させていただきます。

 『海舟伝』 (中央私論新社刊)

 もちろん、あの勝海舟の伝記。譲さんの勝への見解は『武揚伝』で明らかですが、そこでは勝自身、脇役に過ぎませんでした。しかしこの作品では海舟の特異なキャラクターが全面的に展開されています。

 普通の人の勝海舟像なら、まずはNHK大河ドラマ勝海舟』で松方弘樹(最初の数回は渡哲也)演じるところの彼でしょう。若い人なら『新選組!!』のときの野田秀樹か、いま放送中の『龍馬伝』の武田鉄矢かもしれません。また読書好きなら司馬遼太郎さんの海舟像ということになります。しかし譲さんはそういう既成イメージを痛烈に批判します。

 譲さんの実証的、かつ緻密な表現は、既存の海舟像を打ち砕き、今までと違った味わいある「詭弁を弄して歴史上の人物となった勝」として描かれています。特に榎本武揚との会話は白眉といえるでしょう。武揚のその寡黙なことがそのまま雄弁であるのに比して、海舟のなんとも空虚なる雄弁でありましょうか。海舟は自分よりも大きな存在の前で、自身の本質が露呈しまうことを恐れたのでしょう。そしてまさにそこでその本質こそ明らかにされてしまうのです。

 小説は、江戸湾を後にして蝦夷地へと向かう榎本海軍を見送った海舟の言葉で閉じられます。「だから、俺は海が大嫌えなんだ・・・・」

 確かに海舟は海が大嫌いのはず。彼が幕府海軍の要職にあったことは、歴史にとって大きな皮肉だったといえるのではないでしょうか。

 『私もカモメ (文藝夏冬社刊)

 かつて一部のファンの間で話題になっていた幻の近未来小説です。

 有人宇宙船地球周回軌道に乗せるプロジェクトのために、日本の技術者グループを核として、カナダ台湾韓国などの研究者エンジニアが集まる、いわばドリームチームが結成されました。

 物語はその中の初老のカナダ人飛行管制統括リーダーと中年の日本人宇宙飛行士養成スタッフ、そして宇宙飛行士候補となったある韓国人少女を中心に、いわば近未来史の三世代によって展開されます。譲さんはかつて『駿女』という歴史小説で、「甲冑少女」を登場させていますが、今回は宇宙服という甲冑を彼女は纏うことになりました。

 この小説のすぐれた点は、単なる人間ドキュメントとして宇宙開発を追うのではなく、液体燃料ロケット開発の政治的な駆け引きや、飛行管制に関わる超大国の思惑、そして生命維持装置としての宇宙船の描写が、極めて高度なエンターテイメントのカタチを取って成功しているということでしょう。

 そして人間を重力圏から解き放つとき(物理的ではなく、気持ちとして)、かくも大きな感銘がそれに関わったすべての人に訪れることを、すでに作者は知っているかのようです。もちろん、その快感は読者も体験できるはずです。

 カタロニア、その高き九月』 (新湖社刊)

 譲さんは一部のマスコミにチラリと、将来の作品としてヨーロッパと日本にまつわる歴史大作を挙げています。この作品はその大作への前哨戦といったところでしょうか。

 スペインに関する小説は譲さんと親しい作家Oさんの独壇場であり、譲さんもあえてその舞台に足を踏み入れることを禁じていたようですが、やはり近現代史に関する小説の場合、スペインの出来事に触れないのは逆に失礼にもあたることです。そういった思いから、自分自身の禁を破ることにしたのかもしれません。もちろん、Oさんにしても彼のスペイン上陸は大歓迎でしょう。

 以下、ストーリーを簡単に紹介することにしましょう。実際の作品の醍醐味が削がれる可能性が大なので、ファンの方は読み進めないほうがいいかもしれません。なるべく短めにするために、これからは文体を変えます。

 作家である佐伯は、雑誌の取材のためにスペインバスク地方を訪れる。そこで食堂の女主人から日本人かと聞かれ、そうだと答えると何冊かのノートと手紙の束を渡される。

 それらのノートや手紙は彼女の母親から生前、もし信頼できる日本人が現れたら渡して欲しいと託されたもの。ノートには男の字で日本語がかなり細かく書き込まれていて、日記風の備忘録のようだった。手紙もやはり日本語だがこちらは女の文字。手紙には封筒が付いていないので、宛先はわからないのだが、手紙の隅に送り手の今はなくなった東京の住所がある。女主人は、佐伯にその住所の人にそれらは渡してほしいという。

 ノートを読み始めると、書き手は市民戦争にコミットしたこと、手紙の送り手は彼の妻であるらしいことがわかる。ノートには何枚かの写真が貼ってあって、若いスペイン人女性の写真、何人かの男が微笑んでいるもの、日本人の写真も何枚かあり、若い女性と赤ん坊のそれはたぶん日本で撮られたものだ。さらにノートには意味不明の日本語が綴られている。暗号なのだろうか。

 佐伯は取材を終えて帰国し、編集者の加藤と会う。彼は自分が手紙の送り主を探し出すという。佐伯は暗号らしいものも含めて、何枚かのコピーを加藤に渡して、仕事場のある北海道へ戻る。

 佐伯は仕事場でさらにノートと手紙を読み込む。やがて書き手の人柄と手紙の送り手の関係が明らかになっていく。ノートの書き手は、手紙の送り主ノリコの夫のジロウであること。彼はフランスで生まれで、一時両親の仕事で日本に滞在した後またフランスに戻り、1930年代スペインに入る。ただし日本語の字の正確さとその名前から日本人の血筋だろうと佐伯は思う。ノリコとは日本滞在時に結婚したが単身での渡欧だったようだ。

 数日後、加藤からメールが届く。暗号の意味不明の日本語はその一部が人名で「祖論亜」や「納戸増える」は逆さ読みをすると、「アロンソ」、「フェルナンド」になるということ、近くスペイン専門家にアドバイスを受けること、そして手紙にあった古い住所にはマンションが建っていたが、かつて住んでいた家族の移転先がわかった、という。さらに翌日、携帯電話へのメールで、手紙の送り主の孫と思われる人に会うことができそうだとの連絡が入る。しかし数日経っても彼からの連絡はない。その一週間後、彼は死因不明の死体で発見される。

 佐伯が加藤の葬儀に列席すると、加藤のかつての部下で別の雑誌の編集部にいる藤井という女性編集者と出会う。彼女は加藤の死に不審をもっているという。

 佐伯と藤井は加藤が探し出したという手紙の送り主の孫、マリコを見つける。彼女は多くを語りたがらないが、少しずつ自分の母親から聞いていた、祖父と祖母であるジロウとノリコの話を始める。ジロウは日本人とフランス人の妻との間に生まれ、年少時をフランスで過ごした。彼の父は音楽の修行のためにフランスを訪れたが、やがて飛行機に興味を示しその免許までも取得。第一次大戦にもフランス軍の飛行士として参戦している。ジロウはこの父とともに初めて日本の地を踏み、1920年代を過ごし、ノリコと結婚。しかし年少時の思い出と欧州の情勢が渡欧への思いを募らせる。父に相談して商社の仕事を得て欧州に渡る。パリの仲間は、スペインの話をする者も多い。市民戦争。彼は義憤というよりも好奇心で、その地を訪れたいと思う。その後の展開はノートと手紙に続く。

 彼の孫娘マリコは祖父がスペインの地で、大きな陰謀に巻き込まれたことを伝え聞いていた。しかしそれがどのようなものであったのかはわからない。それがもしかすると佐伯が受け取ったノートと手紙で明らかになるかもしれない。そして加藤の死の原因もまた。

 スペイン共和国軍の内紛の過程で起こった出来事、隠蔽された事実。それがノートに潜んでいる。しかも暗号の形で。ノートの暗号を解読する鍵は、ジロウがノリコに送って、いまはマリコのもとにある手紙に隠されていた。マリコはそれを佐伯に渡していいものか迷う。数日後、マリコの家に空き巣が入る。そのことでマリコはジロウの手紙を佐伯に見せる決心をする。手紙にはまた一人の名前があった。それはジロウが内戦の中で助けた女性の名前だった。

ノートとふたりの手紙を元に佐伯は1930年代スペインを再現していく。ノートには、日本語で書かれた日々の思い、そして暗号で書かれた人名や仮説、そしてある場所が記されていた。謎がゆっくり実像として現れてくる。

 ジロウはスペインに入ると、傍観者であろうとしていた自分が、いやおうなく歴史の流れの中を歩んでいることを感じる。それはまた緊張が全身を包み込みながらも、心地よいものであることを知る。傍観者はやがて共感者となる。しかし戦闘には参加しないつもりだった。ただカメラを持っていて筆も立つので、仲間から彼らの状況を記録しておくように頼まれる。彼は偶然ひとりの女性クリスを助けたことがあった。そのときだけ彼は戦闘に参加する。そこから二人の関係が始まる。

 国際旅団との出会い、共和国軍内部の紛争、ソビエト派に潜んでいたフランコ軍のスパイが暗躍し、ソビエト反対派に逆にスパイの容疑をかける。簡単な裁判、そして銃殺。彼の部隊の壊滅的な打撃。そのスパイの当時の名前が暗号から明らかになる。ノートに貼られた写真の裏にも、暗号でその名が記されている。集合写真で、「畑」と最後にひと文字書き加えてあり、旗を持った少年が彼だということがわかる。

 しかしノート本文によると、この旗を持った少年は陽気でみんなから好かれていた。家族をフランコ派に殺された孤児だという。年少ゆえ党派には属さず、みんなが息子か弟のように可愛がった。また暗号を解読すると、カタロニアの小さな教会のひとつの墓石が示されている。

 佐伯と藤井はスペインに行くことにした。暗号の最後に書かれた場所や教会の墓地を捜し出すために。しかし墓はなかった。だが当時の教会の神父が見つかり、密閉された書類を手に入れる。そこにはまた暗号が記されてあった。マリコもらったジロウからノリコへの手紙、その暗号の解読方法に従って読み解く。それに老神父も加わる。

 そこには旗を持った少年が何をしたかが明確に書かれていた。彼の背後にあった人物、その手段、そして少年の本当の生い立ち。そして彼の本名。それは戦後フランコの片腕として活躍し政財界の大物として君臨した人物と同じだった。1935年当時15歳だった彼はジロウの前から忽然と姿を消す。しかしその後、ジロウが調べてノートに暗号として綴ったことが次々と解明されていく。そこにはさらなる真実が隠されていた。旗を持った少年の真実が。

 老神父がかつてのジロウの戦友であったこともわかる。彼の口からも少年の実像が語られる。果たしてその少年はフランコ派のスパイだったのか、そして経済界の大物に姿を変えたのか。

 次に佐伯たちは、ジロウの足取りを求めて最初の食堂に戻る。周囲の老人によると、フランコ派が勝利したあと、ジロウと彼のスペインの恋人クリスは山中に消えたという。それは当時の人たちの多くと同様に、ある夜、突然いなくなったのだ。部屋にはまだ一歳にもならない娘が残されていた。彼女はマドリードで存命である。70歳を越えている娘は当然両親のことを知らない。しかし周囲の人からどんな人物だったかということは聞いていた。そして写真が一枚だけ残されていた。佐伯たちはここで初めてジロウの顔を見た。クリスはノートに貼ってあったが、本人の写真は一枚もなかったのだ。赤ん坊を囲んだふたりの笑顔がそこにあった。

 このブログで最長の文章となってしまいました。しかしこれでも小説の魅力を紹介できず、自分の筆力の乏しさに呆れます。この作品のキモは謎解きが個人の名誉に関わっているということです。そしてスペイン市民戦争における膨大な絶望と微かな希望を、希望の側に立って描き切っているということだけは、書き加えておきます。

 最後に老婆心ながら重ねて一言、これは4月1日にのみ許される企画です。的確なご判断をお願いいたします。

 追記:この三作が映像化されるとしたら、どんな配役がいいかなと考えてみました。まずは『海舟伝』の勝海舟役ですが、大泉洋なんてうってつけかな。意外と芸達者だし、クリクリとした眼が本人と似ている気がします。『私もカモメ』のカナダ人飛行管制リーダーには、我らがエンタープライズ艦長のウィリアム・シャトナー、飛行士養成スタッフに渡辺謙、そして韓国宇宙飛行士には俳優じゃないけどキム・ヨナ、って感じです。『カタロニア、その高き九月』の佐伯には西村雅彦(コメディじゃないときの)、藤井には上野樹里のだめじゃないときの)ってどうでしょう。二人ともシリアスな演技がいい感じなのです。以上、最大限の妄想でした。

f:id:oshikun:20100330181950j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/oshikun/20100401/p1