日常整理日誌 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-06-19

[](500)日のサマー

みているとき、なんだかドラマで観た「逃げ恥」的な新しいものを感じた。恋愛を素材にしているけれど語っていることは恋愛に限らないような、でもやはり恋愛だからこそはっきり感じられるうまくいかない苦しさとそこからどうするかの物語。「逃げ恥」的なものを感じたのは、旧来多く描かれてきた悲劇とは逆のアプローチで描かれているところ。(これが男女逆だったら昔からよくあるヒドい話になりかねなく、なにかラストも違う風に感じてしまったかもしれない。これは、女性コメディアンは難しいという感覚と似ているのか・・・男なら笑う対象に容易にさらっとできるところが、女の場合はなにかイタさを感じたり入り込めなかったりする感じとどこか結びついているような)また、周りの人間の描き方にもいまの空気を感じた。ひきたて役なんかいなくて、みんなそれぞれの人生を生きていてなかなか魅力的。特に妹は守護天使のようで、大いに救いになっている。守護天使という、宗教的な言葉で思い出したのは、「第七の封印」*1のパロディーシーン。また、映画「卒業」が、ベースになってさらなる感慨に観客を誘うのだけど作り手が旧作を愛し、それを栄養に物語を紡いでいるようにも感じられる。

主人公がグリィーテイング・カードの会社に勤めているという設定も人の心に触れるツールというところがなかなかよいし、細かいやりとりが微笑を誘う。

絵日記のように日にちを追う描き方もしゃれた感じだし、時系列がまぜてあって、「いつも二人で」風にこんな二人がこうなってという感じもおもしろい。

主人公が歓喜に打ち震え、町中の人と踊るシーンがあるが、ちょうど先日BSの「昭和は輝いていた」というテレビ番組の映画音楽特集で、佐藤利明という娯楽映画研究家の方が「東京ラプソディー」と「ラ・ラ・ランド」に共通の先祖としての「今夜は愛して頂戴ナ」という映画のことを話されていたのを思い出した。*2

*1http://d.hatena.ne.jp/ponyman/20100919/1284860428

*2明大マンドリンクラブをつくられ、スパニッシュギター アンドレス・セゴビアの影響を受け、(映画の中にはやり歌をいれるという)アメリカ作曲家のしてきたことを日本人としてはじめてした古賀政男というような話の流れ

2018-06-18

[][]魔術師

1958年 イングマール・ベルイマン監督作品。

all cinema

古典的な風格、重厚さ、そしてビデオジャケットにも書いてあるが、独自の映像美を持ちながら、話の展開も魅力的で、どんどん惹きつけられるし、その終着点まで楽しめた。ベルイマン、もっと観たい。

みたのはVHS

[][][]真実の瞬間

ストイックなドキュメンタリータッチと乾いた詩情、美しい情景と現実がうまく溶け合ってよい作品を観たなあという充実感。

お金のために闘牛士になる、アンダルシア地方出身の青年ミゲルを描いているのだけど、闘牛士の美しい衣裳は相撲の化粧まわしのようで、またその生き方も相通じるところありで、その美と苛酷な日々の落差がドラマを生んでいる。

牛の撮り方も、ただ単に牛がかわいそうとかではなく、なにか石牟礼道子さんのはなしをきいたときのような、生きとし生けるものすべてに通じる哀しみ、牛を支配しているかたちの人間にもあてはまる存在のかなしさを感じさせられたりした。

真実の瞬間 [VHS]

真実の瞬間 [VHS]

[]きのう、きょう、あした

映画「人生フルーツ」*1の後日談。ひとりになられた時の気持ちわかる気がする。そこからの、一歩一歩。

英子さんの魅力的な笑顔を切り貼りした本の構成が愛らしい。

「人生フルーツ」で気になっていたしゅういちさん最後の仕事「まちさな」のことも詳しく載っていて嬉しい。

きのう、きょう、あした。

きのう、きょう、あした。

2018-06-12

[][][]修善寺物語

歌舞伎の演目になっているなあということで、みてみた。なんとなくテイストが「恋や恋なすな恋」*1に似ている。(人間の情念とかも交えつつの見やすい歴史素材もの。カラーの雰囲気も少し似通ったものを感じた。)

二代将軍源頼家の悲劇の物語。それを六代目坂東簑助演じる夜叉王という面の彫り師を通して描いていく。

三者三様の若き女性の姿が対比して描かれているが、淡島千景が、出世欲のかたまりの桂という女性。徹底した演じ方で楽しめる。桂とは対照的な可憐な妹役が岸恵子気品とはかなさを漂わせた頼家の亡き妻に草笛光子。この両人も勝手な自分のイメージを超えて、すんなりと役に溶け込んでおられ、新鮮。

黛敏郎の音楽が悲劇性を際立たせ、みるものを惹きつける。

タイトルロールに出てくる面からして本物の迫力がとてもあるのだが、撮影協力のところに、舞楽面として春日大社蔵とあった。

また流鏑馬シーンも本格的であったが、やはり武田流金子有隣というお名前がクレジットされていた。

Movie Walker

[][][][]権左と助十

こちらも「修善寺物語」と同じ岡本綺堂原作。大岡政談を下敷きにした駕籠かき二人がタイトルになった物語。歌舞伎になったり*2、何度も映画化されている*3らしい。

まずは店賃回収に苦労する大家さんの話から店子の面々の様子が知れる。ユーモラスでテンポの良い作品。伊丹万作っぽさを感じる。

助十役の小笠原章二郎さんのハンサムなこと。*4

按摩の六蔵がおもしろい表情だし、みんなが集まっているところでも彼の顔がまざるだけで楽しい!と思ったら進藤英太郎さんが演じていたらしい。

高堂国典氏演じる大家六兵衛をみていると、店賃の回収には難儀しているものの店子には意見したり父親的存在なのがみてとれ、そこは「髪結い新三」のような世界と地続きだなと思った。

長屋の連中総出(が原則の)井戸換え*5のシーンも印象的。

[][][][]故郷

これも「権左と助十」*6と同じく伊丹万作作品。夏川静江演じる喜多子は、信州の実家の大いなる犠牲のもとに東京の女子大を卒業、実家に戻るが、身についてしまった都会風が邪魔をし、実家の生活になじめない・・実家は実家で釈然としない思いになる・・この空気、すごくリアルに伝わる。

修善寺物語」*7で一徹な面職人、夜叉王を演じた六代目坂東簑助が、喜多子の兄。思いがよくわかる存在感

まずは夏川静江の弟の、家業のお手伝いのシーンからはじまり、この小学生の描写が細やか。脚本を作られた「手をつなぐ子等」などでもこどもの表現がナチュラルでしっかりしている伊丹監督らしさを感じた。

信州の高い山、またスキーの大会などの風景に惹かれる。

こちらのブログを拝見していると、丸山定夫氏は教師とその父親の二役をこなしておられたということ。

[][][][]サチコの幸

上村一夫原作 武田一成監督。昭和51年作品。

舞台は昭和26年頃の新宿二丁目

上村一夫の絵もとりいれられ、四畳半フォーク的な空気も濃厚。

浅香光代がサチコたちの住んでいるところの女将に扮しているが、猿を飼っていたり独特の空気をまとっている。

鈴木ヒロミツが中田という客に扮しているが、田中角栄を思わすような口癖、プロフィール設定がされている。

悠木千帆時代の樹木希林が同じところに住むリアリスティックな夜の女役。最近落ち着いた役ばかりみているので新鮮だったが、もともとこういうふくれっ面気味の演技されていたなあと懐かしい。

絵沢萠子がいつもよりおとなしめの役。

サチコの幸 [VHS]

サチコの幸 [VHS]

[][]ジョン・キャンディーの大進撃

マイケル・ムーア劇映画(1995)。失業率の低下に伴う支持率の低下に悩むアメリカ大統領の思いついた策は、冷戦時代に戻って軍需景気を呼び戻すこと。ブラックコメディの体裁だけど結構リアルな部分も大ありだし、アメリカカナダの比較などその後のムーア作品のエッセンスが散りばめられている。

チーム・アメリカ・ワールドポリス」*8みたいな空気の映画。


2018-06-11

[][]彼らが本気で編むときは、

荻上直子監督、「かもめ食堂」の時より具体的に表現している感じ。生田斗真演じるトランスジェンダーのリンコさんの仕事は介護士介護の現場で、その美しさをみているひとがいるという表現が形をかえて出てくるけれどそこもよかった。

この映画で一番強烈に描かれているのはいろいろな母の姿だなあ。母のこどもに及ぼす影響というのを描いている映画でもあるなあ。

2018-06-05

[]ちはやふる 上の句、下の句

映画版が評判良いのは知っていたのだけど、原作*1を先に読んでいたからお手並み拝見的な気持ちでのスタート。はじめ、よく学園ものにある感じで千早が妙に元気すぎる感じで、原作はほんとゆっくり順を追っての説明だったから、少しペースについていけなかったけれど、ドラマ「anone」などを通して広瀬すずが好きになっているのもあって、すぐに映画の世界にも溶け込めるようになり、あの原作のエピソードを限られた尺の中でこういう風にまとめるんだ、映画化というのは自分の知っている材料がどう料理されているのかみるということなんだなと思えてきた。

映画で特に好きになったのは、矢本悠馬氏が演じたチームメイトの肉まん君。原作では失礼ながら大して注目していなかったキャラクターなのに、矢本氏が演じた肉まん君はとても立体的に感じられ生き生きしていた。

あと、クィーンを演じた松岡茉優。クィーンの奇天烈なオーラがうまく表現されていたし、美しい。松岡茉優、芸域が広い女優さんだと思う。

また原田先生を演じた國村準。原作とは違うイメージだけど、また新しい造形になっていて良い。

ちはやふる-上の句-

ちはやふる-上の句-

ちはやふる-下の句-

ちはやふる-下の句-