軍事評論家=佐藤守のブログ日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

■軍事を語らずして、日本を語るなかれ!!■

2007-02-28 月刊誌が面白い・その2

月刊誌が面白い・その2

 今朝の産経新聞トップは、「君が代伴奏命令『合憲』」と最高裁が初判断したというものだったが、ピアノ伴奏を拒否して戒告処分を受けた東京都日野市立小学校の女性教諭の名前が意図的に?消されていることが不思議でならない。18歳以下の未成年ならいざ知らず、53歳の成人女性なのに新聞は何故隠すのだろう?名前を出すと身分が判るというような、何か不都合なことでもあるのだろうか?

 彼女は判決後記者会見し「思想・良心の自由を認めない判決が出されたことに政治的意図を感じ、大きな憤りと司法への不信感を隠せません」と語ったそうだが、彼女の「良心」がどうであれ、「政治的意図」とは彼女の行為の方ではないのか?こんな不適格教諭を野放しにしていては、日野市にはいい子は育つまい。

 3面には小さく「中国TV局、初の自衛隊取材」とあったが、中国のフェニックステレビが3月に防衛省・自衛隊を密着取材し、30分の特別番組を制作・放映する計画を進めているという。防衛省は「自衛隊の装備品や部隊運用など、機微に触れるものではないので取材を許可した」そうで、「自衛隊PRの絶好の機会と捉えている」という。PRすることに反対するものではないが、何故、今時中国に「自衛隊のPRをする必要」があるのか理解に苦しむ。

 我々が訪中してかの国の軍事施設を見学させてほしいと要請しても、いつも理屈をつけて拒否されている。当然わが方のTV局の取材についても協力するように、防衛省は中国側に要請してほしい。この手の取材は「ギブアンドテイク」が原則であろう。

 さて、今日は月刊誌に関する第二弾である。まず、「月刊日本」3月号の鳴霞女史の「チャイナ・ウォッチング」はいつものことながら興味深いのだが、今月は「今秋、胡錦濤が国家主席を曽慶紅に譲る?」という題である。国内には「胡錦濤の地位を脅かす強い圧力」があり、「胡錦濤と温家宝は大腐敗家族の実像」である。軍部では「戦車も戦闘機も闇で売買」されていて、既に「360機の戦闘機はアルミ合金の原料」になり、「1800台の戦車が売り飛ばされ」、「30万丁の銃器が盗まれ」、「戦略物資や燃料まで盗難」に遭い、中央軍事委員会、中国人民軍総参謀部などが、07年1月〜7月にかけて一斉調査を実施する、というのである。最も、私が以前北京の軍事博物館で見たMIG−19などの旧式戦闘機群は、彼らは有事には飛ばすといってはいたものの、殆ど飛行不可能な代物だから、おそらくこれら旧式機をスクラップとして処理しているのであろう。処理の仕方がイカガワシイかそうでないかは知らないが、その分「近代化」が進んでいると見るべきである。他方、近代化の象徴とでも言うべきはずのロシアから導入しているSU−27などの情報がこのところさっぱり聞こえてこないのは、「欠陥機だ!」として中露間で秘密交渉が続いているらしいというまことしやかな情報もあるから、この手の情報は今後継続して調査する必要がある。しかし、インターネット上でも、こと中国軍関係のこの手の情報が、面白おかしく氾濫しているのは事実である。

 次に「軍事研究」3月号だが、今月号の特集は「自衛隊特殊部隊と日米韓対テロ作戦」である。それぞれの専門家が、米国、日本、韓国について分析していて興味深い。ところで元パイロットの私にとっては、軍事情報研究会の「21世紀の米空軍《次世代航空宇宙戦力》」は、極めて参考になる。中でも今回目を引いたのは、今嘉手納に飛来して話題になっている「F-22戦闘機」に関するもので、演習では無敵の戦果を誇っているという。例えば06年アラスカでの演習で「損害ゼロにより敵役機144機を撃墜した」という。つまり144対ゼロの戦果である。「大半がF−22の視程外射程攻撃」だったというから、対戦相手はF−22の姿を捉える前に撃墜されたという結果になる。インターネット上では、対戦相手のF−15がF−22を射程に捕らえたもののレーダーロックオンが出来ず、逆に撃墜されたというから、あり得ない話ではない。

 航空自衛隊も、今までのような単なる「買い物計画」から脱却して、21世紀の航空戦略をしっかりと構築して欲しいものである。

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2007-02-27 月刊誌が面白い

月刊誌が面白い

 少女・アシュリーの著書が漸く届いた(写真)。短い一文一文に、きらりと光るものがあり、健常者の私は深く考えさせられた。特に、プロジェリアという難病と戦うわが子を見つめる、母親のロリーがすばらしい。現在15歳の彼女は90歳を過ぎた身体年齢だという。良いことがあるようにと祈りたい。

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 さて、新聞テレビは相変わらずだが、今月の月刊誌には見るべきものが多い。WiLL4月号の、渡部昇一氏の24ページに渡る「私と昭和史」は、終戦翌年に小学校に入学した私の年代には多分懐かしい内容であろう。

 上坂冬子女史の<愛国問答>「“拉致”した四島を今すぐ返還せよ」も面白い。南京“大”虐殺だ、“従軍”慰安婦だと、旧軍の名誉を傷つける<国際行事?>が世界中で話題になりつつあるが、終戦のどさくさにまぎれて、日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州や樺太、北方領土になだれ込んで、天皇の命によって矛を収めたわが将兵をシベリア奥地に<強制連行>した旧ソ連の悪業はちっとも話題に上らないのが不思議でならない。そればかりか、旧敵国と一緒になって自国のことを罵る非国民ばかりが目立つ。米下院で“従軍”慰安婦問題の決議を強行しようと努力している、マイケル・ホンダ議員の経歴をインターネットで調べるが、詳細は分からない。彼は1941年生まれだといい、日系3世だそうだが、私は「ホンダ」と聞くとすぐに「本田雅和」氏か、「本多勝一」氏を想起するが、そういえば当事朝鮮半島は日本領であったから、日系3世といわれても間違いではないが、彼の周辺には韓半島出身者が多いとネット上には出ていた。何と無く気にかかるが、誰か調べて教えて欲しいものである。

 そういえば、大陸で残虐行為を働いた「日本兵」という写真の中に、中国の保安隊や国民党軍の兵士が混ざっていたことが指摘されているが、素人目にはその軍服は酷似していて判別がつきにくい。当事、上海や南京などにいた外国人に「日本兵」と思われても仕方なかったであろう。そんなところにもこの手の風評が広まる原因があるのではないか?

 ところで「六者協議は米朝の八百長」という、重村智計早大教授の論文は面白かった。「そもそもが、少なくともあと2ヶ月待てば北朝鮮の側から折れてきたはずなのです。北朝鮮にはすでに食糧は殆ど残っていません。4月15日の金日成の誕生日は盛大にやるといっていますから、そのための食料や資金が必ず必要になる。4月までには必ず折れてきたはずなのに、米国も日本もそれをわかっていなかった」という説には同感である。その点、北朝鮮と中国の外交力はしたたかであった。米国代表のヒル次官補はホワイトハウスから何を指示されていたのだろう?

 ホワイトハウスにとっては、北朝鮮の核よりもイラン情勢の方が喫緊の課題だったろうことは間違いないが、それにしてもいつものことながら米国の「アジア戦略」はお粗末である。その穴を埋めるために“アジアの大国”であるわが国が同盟を結んでいるはずだが、これまた情報戦略に疎いから少しも米国の助けにはならない。なんとも腹立たしい。

 ところで雑誌「THEMIS」3月号はこれまた興味ある記事が満載である。「金王朝崩壊→難民流出そのとき日本は」には考えさせられるが、気になるのは「中国『米軍事技術スパイ』続出の脅威」という記事である。

 インターネット上でも話題になっているが、中国のキラー衛星撃破実験で「粉々に粉砕された衛星の破片は目立つサイズで900個、微細なものまで含めると数万個に及ぶといわれ」「米国のスパイ衛星の一部に機能障害が発生している」というから、MDに取り組んでいる日米の最大の問題ではないか?

 更に驚くべき事実は、米国の「核戦略の要となるステルス爆撃機の最高機密が中国人民解放軍に流出し」たことを裁く裁判が「ハワイ・ホノルルの連邦地裁で大詰めを迎えている」という記事である。被告のインド系米国人航空技術者は、米国の国家安全保障体制の根幹を揺るがす罪状で死刑求刑も噂される」というのだが、これまた驚いたことに、主犯のノシール・ゴワイダ(逮捕時61歳)は、技術コンサルタントで「マウイ島に構える自宅は、時価180万ドルの豪邸」で、「持ち出した機密資料はペンタゴンが腰を抜かさんばかりのしろもの」だったという。それは「彼はB−2の根幹となるステルス技術の核心部分の設計に直接関わっていた」からで、「68〜86年ノースロップ社に在籍。同社はB−2戦略爆撃機の開発の主契約会社で、社内の役職は上級技師だったのだ。ステルスの性能を格段に高めるため、エンジン最後部の革新的設計の排気ノズル構想を編み出し、実用化に持ち込んだ本人」だというから、今後、日系やインド系…などと頭につく「米国人」に、FBIやCIAは注目するのじゃないか?人種問題は確かにあの国のアキレス腱であるが今後ますます統制が利かなくなることだろう。我が国も心しておくべきだと思う。

 ところで、パイロットは「単細胞だ」と良く冷やかされたものだが、技術者も結構単細胞、その上金にからっきし弱いらしいから、この問題が我が国のF−X後継機問題に影響しなければいいのだが・・・

2007-02-26 米国防総省にイラン爆撃計画チーム

国防総省内にイラン爆撃計画チーム

 今朝の産経新聞7面に上記の記事が出た。「大統領命令から24時間以内に実行」出来る計画を立てていると、ニューヨーカー誌が伝えたものだが、当然国防総省のスポークスマンはこれを否定している。しかし、世界情勢を「岡目八目」で見ていても、イランを取り巻く情勢が緊張していることは否定できない。

 そこで思い出すのは1986年4月15日に米国が決行した「リビアへの報復攻撃」である。当時の大統領はかの有名なレーガンで、副大統領はブッシュ、国務長官はシュルツ、国防長官はワインバーガーであった。

 この頃も今と似て、各地で凄惨なテロ事件が多発していた。1985年10月、イタリア客船「アキレ・ラウロ」号が乗っ取られて米国人一人が殺害されたが、犯人のパレスチナ人4人は、投降先のエジプトからエジプト軍のB−707でパレスティナ解放機構へ移送されるため離陸したが、待ち伏せしていた米軍の艦載機F-14・4機に補足されてシチリアのNATO管理下のシゴネラ空軍基地に強制着陸させら、犯人はイタリア当局に拘束された。

 当時の新聞各紙は「反撃を米世論は歓迎するが、中東和平には暗雲が漂い、テロの報復合戦が始まる」と憂慮した。例えば朝日は10月12日の社説で「乗っ取り犯は捕まったが」と題して、「テロに対しては断固たる報復措置をとるというレーガン大統領の言明を、米国は今度の軍事行動で裏付けた。・・・だが米国民は喜んでばかりはいられないはずだ。・・・今回の強硬作戦は、パレスチナ・ゲリラに今後の作戦を思いとどまらせる見せしめ効果よりも、むしろ、報復や犯人奪回を目的とするテロ行為の拡大を招くのではないかと懸念する意見が米国内にもある。力ずくの政策は影響が大きい」と書いた。毎日は10月14日に「レーガン人気復活に一役」として、「イタリア船乗っ取り犯人の逮捕で、レーガン大統領は甦った。レイム・ダックとなる道を懸念されていた同大統領が完全にリーダーシップを復活させた。米国人はやはり力に酔いたかったのだ」と書いたが並列してニューヨーク発共同電があり、そこには殺害された米国人乗客レオン・クリフォードさんの妻マリリンさん(58)が米軍機で帰国し、友人を通じて「帰国の途中、シチリアで犯人達と面会したが『見下げ果てた人間達だ』とののしり、つばを吐きかけてきたこと、レーガン大統領が自ら電話をかけてきて『あなたに神のご加護を』と慰め、『これからテロリスト達が私を憎む理由がもっと多くなることを望んでいます』と語った」という。

 翌年4月5日、カダフィイ大佐は西ベルリンのディスコ爆破事件を起こして“報復”するが、米国はディスコ爆破や、トランスワールド機爆破などの黒幕がカダフィーであるという動かぬ証拠を握り、直ちに第6艦隊をリビア沖に派遣、リビア攻撃態勢に入るが、カダフィーは「アメリカは軍事行動とは無縁のリビア国内の民間施設を攻撃すると脅迫している」と激しく非難し、「NATOがこれに加担したから南欧の全都市を反撃計画目標に含める」と欧米を恐喝した。イタリアのクラクシ首相は「組織的な国際テロに困惑している。西側の行動は断固足るものであると同時に慎重でなければならない」と表明、西ドイツのコール首相は「気持ちは分かるが情緒的な反応だ」として米国に慎重さを求め、欧州各国のメディアは「リビアとテロとの関係」を結びつけることに「無理を感じている」と報じていたし、リビアを支援するシリアは、米国とイスラエルを強く非難、一方ソ連は、空母「コーラルシー」「アメリカ」を含む米第6艦隊主力21隻が集結し、さらに「サラトガ」が本国から駆けつけ、リビアへの攻撃態勢を取ったことを知って、地中海のシドラ湾沖に展開していたソ連艦船のすべてを引き上げさせた。これは「ソ連にはリビア支援の意思はない」というシグナルであったが、一応モスクワでは外務省新聞部のスーヒン副部長が「主権国家を脅迫し緊張と紛争の激化をもたらすネオグローバリズムの政策を非難する。今後もリビアとは友好と協力の関係にある」という、米国に対する“警告”を発し、国際非難を高めて米国を牽制する戦術しか取らなかった。

 米国の攻撃が近いことを察したリビアは、攻撃目標に「米国人達」を移動して人間の盾を構成していた。

 そして15日未明、米国はトリポリとベンガジへ、F−111など33機で3波に渡る攻撃を行い、カダフィー大佐の自宅を精密誘導兵兵器で攻撃したが、家族が死傷しただけで本人は取り逃がしてしまった。

 攻撃後米国は、「3月にカダフィーは世界中の東ベルリンを含むリビア人民代表部に対して米国民及び米国の施設にテロ攻撃をする様指示」したこと通信傍受などで掌握していたことをあげ、「今後のテロ活動に対する先制攻撃」であると強調した。この時、英国内の基地から発進したF−111・18機は、隠密裏にフランス上空を通過してトリポリに直行する計画だったところ、フランスの強硬な抵抗によって、ピレネー山脈沿いにスペイン側に迂回したため10分遅延したのだが、これがカダフィーを討ち漏らした最大の理由だった、と後で聞いたことがある。湾岸戦争など、それ以降のイラク問題などで、米仏間が何と無くギクシャクしていた理由はそんなところにもあるのだろう、と私は思っていた。

 この米国の攻撃に恐れをなしたカダフィーは、やがて改心?して米国の“軍門に下った”ことは周知のことだが、さて、あれから20年余、緊張するイランに対して米国がどのような行動を取るのか。ライス長官の中東歴訪、チェイニー副大統領の訪日と訪豪などなど、中近東情勢を巡る米高官の動きがあわただしいが、大いに気がかりである。

2007-02-25

マスコミの生き残る道!

 昨日のブログに、マスコミの変化は期待できないという「悲観的」なコメントがあったが、徐々に変化するだろうと私は考えている。「徐々に」では物足りないだろうが、現状では変化が出ることだけでも「好ましい」ことだろう。各メディアは自由社会の株式会社だから、その“根幹”が揺らぐようなことがあれば、倒産するか変わらざるを得まい、と私は楽観している。

 情報活動については、我が国はあまりにも「解放的」過ぎて、ロシアのプーチン大統領のような手腕を発揮できるような環境下にあるわけではない。やはり政府の中に強固な組織が確保されてしかるべきだろう。日露戦争で、明石元二郎大佐(当時)が、ロシア革命勢力を援助し、ロシア国内に混乱を起こさせて、我が国を勝利に導いた例を殆どの日本人が忘れている。当時の彼が持っていた「謀略活動資金」は巨額であったが、わが重臣達はそれを「戦費である」として認可した。今時の、事務所経費問題でおろおろするような小物政治家達や、鬼の首を取ったかのようにはしゃぐマスコミには想像も出来まい。

 ヤマハ発動機問題では、オーム事件を思い出して欲しい。彼らはロシアからヘリコプターを輸入して、皇居を中心にサリンをばら撒き、この国の転覆を謀っていた。ヘリコプターの輸入に関して素人だった彼らは、完成機のままで国内に持ち込もうとして、沿海州から新潟周辺に至る飛行経路と、航空自衛隊のレーダーサイトに補足された場合の対応などに付いて、相当詳しく分析していたという。結果的には分解して船便で運び込んでいたが、その線上で考えれば、無人機の農薬散布ヘリコプターの取り扱いについて、神経を使うべきであったにも関わらず、ヤマハの幹部が全く無警戒であった点が問題であろう。これまた危機管理能力と祖国愛の欠如である。最も、会社幹部が中国側からの何らかの(例えばハニートラップ)に引っかかっていた可能性もあろうから、その方面からの追求もすべきである。ところで、このヘリを輸入する予定の相手は「地図作成会社」だったらしいが、日本国内の大手測量会社が中国で地図を作成していることはあまり知られていない。

 勿論、中国国内各地の測量をして作成した地図を「防衛省」に収めるというなら話は別だがそれは絶対にあり得ない。インターネット会社のグーグルが、中国の重要地点の衛星写真を「意図的にボカシている」ことがそれを証明している。

 その昔、私がモスクワに4日間滞在した時に、市内観光地図を買おうとしたが、全く手に入らなかったことを思い出す。地図は軍事の最も初歩的な資料である。こんな点も日本人が軍事音痴と言われる所以だが、今時の日本人に言わせれば、道路地図やカーナビが自由に手に入るのにどうして?と馬鹿にされるだけだろう。付け加えておくが、樺太(サハリン)に行ったとき、打って変わってサハリンの詳細な地図を空港の売店で売っていたのでその様変わりに驚いたことがある。 ガイドに聞いたら「サハリンのロシア人たちは金を得るためなら何でもする。麻薬は勿論、強盗も殺人も平気、兵隊達は武器を持ち出して売っている。昔は制限されていた地図を売店で売るなんてかわいらしいものですよ!」といわれたことを思い出す。

 ところで、最近のテレビ、新聞を見ていて感じたことがある。老婆心ながら、それは今後のマスコミの「生き残る道」についてである。新聞は私のような「切り抜き」収集家のために、資料になりやすい編集をすれば生き残れるだろうと思う。今のインターネット世代が高齢化してくると、おそらく宅配制度は壊滅するだろうから。

 テレビは「白光仮面」や「スーパーマン」のように、「社会正義」を実行する手段として再生すればよい。つまり、今各局がワイドショーでやっているように、公金の無駄遣い、警察でも二の足を踏むような暴力行為や、社会的不公正問題を追及するのである。卑近な例では、夕張市の無計画な施設建設、大阪の放漫な裏金疑惑、茨城県鉾田市の議員達の乱交や、日本人を殺害して国外に逃げた犯人追求などである。国外逃亡犯問題については、日テレのあくなき取材で犯人引渡しが可能になったのは欣快であった。彼らが得意とする「しつこいまでの取材方式」を、悪を成敗するための手段として活用し、国民に知らされていない分野を知らせる努力をすれば、間違いなく国民からの応援が得られるだろう。小学生の「学芸会」以下のドラマや、じゃれあうばかりのお手盛りショー、意味不明なタレント達のお遊び番組を減らして、社会改革に取り組む姿勢を示さなければ、次世代の事業に取り残されるだろうと思う。

2007-02-24 意外に早くマスコミの大掃除が始まった!

意外に早くマスコミの大掃除が始まった!

 今年はメディア関係の「淘汰の年」だと以前書いたが、予想以上に早く大掃除が始まったようだ。今朝の産経一面トップの「毎日新聞のスキャンダル」は今に始まったことではあるまい。先日書いたが、西山太吉記者が外務省の女性事務官と“情を通じ”て、沖縄復帰に関する秘密電報をすっぱ抜いたし、TBSも、オーム事件で今回と同様な情報漏えいをして、オームの連中が坂本一家殺人事件を引き起こす原因になった。全国紙から地方紙に至るまで、とんでもないでたらめ記事が氾濫していることが判明し、読者も驚いたに違いない。

 その昔、防衛「庁」にも記者クラブがあり、本庁内に記者達がたむろしていたが、勝手気ままに各幕僚監部内を歩き回るので閉口したことがある。勿論「紳士」もたくさんいたが、跳ね上がり者も多かった。そんな彼らに弱み?を握られた幹部の中には、昇進がかかっている?ので、それとなく情報を漏らしているものもいたようで、取り締まるべきセクションは目を光らせていたのだが、「そこ」に注意された一記者が広報室に怒鳴り込んできたことがあった。我々をスパイ扱いしたら、記者会で問題にするぞ!という脅かしである。

 つまり、新聞記者に「反抗」したら昇進させないぞ”という威嚇である。高級役人と「親しく」付き合う彼らに睨まれたら出世はない。「あいつは良い奴だ。こいつは組織にとってまずい奴だぞ」などと告げ口するから、“自衛官”も人の子、記者達に睨まれない様にしたいと思うのは人情である。

 役所の電話は使い放題、昭和63年7月23日に起きた潜水艦「なだしお」事件では、横須賀の海上自衛隊基地内に陣取った記者連中が自衛隊の夕食を勝手に食い荒らすので、現場の隊員達とトラブルになったこともある。あわてた各社がその後「インスタントラーメン」などを「記者控え室」に差し入れたそうだが・・・

 このなだしお事件の時も、病院に収容された漁船乗り組み「マリンギャル」に、白衣を着て医師に成りすまして病院に侵入し「取材」、院外の男友達と図って、なだしおの乗り組み員たちは「只立って見ているだけで救助をしなかった」という捏造記事を書いて国民を煽ったのも確か毎日新聞記者だったはずだ。

 この時は皮肉にも同僚の記者達に「白衣を着て病院から出るところ」を発見されて、記者仲間内で問題になったのだが、それは昭和60年8月12日に御巣鷹山に墜落したJAL機から奇跡的に救助されて病院に搬入された少女に「単独取材」して「墜落直後の機内にはまだ生存者がいたという証言」を“ものにした”記者が、記者仲間の仁義を破って「医者に変装して侵入して特種?を物にしたこと」がばれたことがその原因になっていた。つまり、JAL機事件の時「変装して病院内に侵入して他社を出し抜くようなことをやめよう」という彼ら仲間内での申し合わせが出来たのだったが、これをなだしお事件時に破ったから仲間が怒ったのであったが、このJAL機事件の時に掟を破ったのも確か毎日新聞記者だった。貧すれば鈍するというが、経営不振のこの新聞社は、社会正義を振りかざしつつ、社会悪を実践しているところがなんとも凄い!

 思い出したが、なだしお事件の時に、雇われ船長が操船のへまをやって沈んだ漁船「第1富士丸」という改造遊覧船の持ち主は、確か北朝鮮人で、この船を某新聞社幹部が「愛用していた」と警務隊の調査報告書で読んだ覚えがあるが・・・

 テレビの「ヤラセ」も酷く社会問題になっているが、とにかく最近の我が国の報道機関の体たらくは著しい。これじゃまじめに記事を書いている記者達も、やる気がなくなるに違いない。インターネットの発達は目を見張るばかりで、老兵の私もいつも感心しながら情報に目を通しているが、広告依頼も新聞よりもインターネットの方に流れ出しているという。その上新聞社などは株式会社組織である。フジテレビが、株をめぐってホリエモンと騒動を起こしたことは記憶に新しいが、そのうちとんでもない騒動が起きることだろう。

 株主と新聞社、テレビ局の支配関係が、今後の見ものだと思うが、読者や視聴者達から見放された会社は誰も応援してくれないに違いない。

「身から出たさび」とはこのことを言う。

2007-02-23 中国国内情勢に注目

中国国内情勢に注目

 今朝の産経新聞6面に中国が「社会主義と決別か」という記事が出た。3月5日から始まる中国の全国人民代表大会で「私有財産の保護を明記した『物権法』が採択されれば、資本主義化が加速されるのは必至で、社会主義国家のレゾンデトールを問われかねないと強い反発が出ている」というのである。保守派勢力は「同法は憲法違反」として反対要望書をインターネット上に発表したらしいが、この動きは注目に値する。中嶋嶺雄・国際教養大教授は「物件法が可決されれば、社会主義市場経済と称してきた中国が、実質的には資本主義経済体制になることを意味する。中国が、ますます社会主義から遠い地点に向かうのかもしれない。しかし、言論の自由もない共産党一党独裁下での私有財産の保護は、中国社会の格差をさらに広げる恐れがあるだろう」とコメントしているが同感である。

 上海の研究者達との気軽な会話では「どう見ても今の情勢を分析すれば、中国は資本主義、日本は社会主義ですよ」と冗談ともつかない本音の会話が平気で飛び交っているのだが、特に過去の歴史上から「上海」という特殊な土地柄もあって、ここで過ごす者にとってはそう思えても、一歩上海を出るとそうはいかない。北京はもとより、地方では一党独裁の影響が非常に大きいと感じられる。

 同じ産経一面に「小平秘録」が連載されているが、これと重ね合わせて中国を読むと、実に面白い。

 7面には「核問題・私はこう見る」というコラムがあり、今日は中嶋氏と同じ大学のウイリー・ラム氏が「『6カ国』中国、アメとムチで北説得」と述べているが、これも中国と北朝鮮の「弱み」を突いたものとして大変面白い。

ラム教授は「胡国家主席の本音は北朝鮮問題を穏便に解決したいということだ。隣国の北朝鮮で異変が起きれば、これまで続けてきた改革・開放路線による経済的繁栄が台無しになる」という北京の外交筋の指摘を伝えているが、裏を返せば、これは「台湾」との関係にも通じる事である。中国にとって、北と南で一気に問題が噴出する様なことがあれば胡錦濤主席の政策は破綻し、政権内で「異変」が起きることは勿論、国内暴動にも繋がりかねない。この様な「苦境?」に立っている胡錦濤主席を人民はどう支持するのか?いや、共産党員はどう支えるつもりなのか?

 権力闘争を「お家芸?」にするこの国の今後の動きは、近隣国である我が国に直接影響しかねない。そんな状況であるにもかかわらず、国内の政治情勢は至ってのんびりしている。教育問題や、国内改革に懸命なのは、安倍総理とそれを支える若手議員達ぐらいなもので、自民党内の老人たち始め、野党もマスコミも若い安倍総理の足を引っ張ろうと懸命である。民主党に至っては、東京都知事の候補者さえも擁立できない体たらく、指導者たる3人が難破船で手を取り合う党のコマーシャルそっくりで滑稽を通り過ぎて哀れを覚える。これが政権奪取を目指す野党の姿だろうか?「民主党」は早い段階でシャッフルし直して、「民主党」の看板に隠れた極左勢力と、それに飽き足らない、民主・自由主義をとる「旧自民党系列議員」とに一日も早く解体して出直すべきだろう。4月、7月、そして年末と、歴史の転換点になる恐れがある期限が迫っている。政界再編成は急がれるべきだと思う。こんなことだから国民の既成政党離れが加速し、東京都知事に「建築専門家」が名乗りをあげるような事態を招くのである。

 ところで来週早々、上海国際問題研究所から岡崎研究所との会合を持ちたいと申し込みがあった。年に一度の会議を持つことが原則になっていて、今年は我々が上海・北京を訪問して、侃々諤々の本音の討議をする予定だったのだが、今回は急な申し込みである。勿論「NPO団体」である我々は、誰に気兼ねすることもないので融通無碍に対応するが、歳費で活動している現役の議員さん達にも、もっと緊迫する国際情勢に注意を向けて欲しいと思う。

2007-02-22 チェイニー米副大統領の訪日

チェイニー米副大統領の訪日

 昨日は久しぶりに映画を見た。「硫黄島からの手紙」だが、予想よりも淡々としていたのが印象的だった。もっと早く見るつもりだったのだが、時間がなかったのと、友人達から「色々な所感」が耳に入っていたので昨日まで延び延びになった。

 既に多くの所感が出尽くした感があるから省略するが、一つだけ言えることは「実戦」とはもっと凄いものだ、ということだろう。戦闘機乗りとして34年間勤務した私も「実戦経験皆無」という点では素人の域を出ていない。スクリーンには確かに「臨場感」はあったが、やはり日本人の役者の中には緊張感がなく、「演技」を感じたが戦後の「平和」な環境で育った若者に、それ以上のものを求めるのは酷なのかもしれない。私は現役時代に硫黄島には2度行った事がある。あの熱気渦巻く洞窟の中で、強大な上陸軍と戦った先輩方の苦労は、今の日本人にはピンとくるまいと思う。しかし、作品としては今までにない企画だった。

 

 さて、チェイニー米副大統領が来日した。数週間前に、一部にわが防衛大臣との会談を「パス」することが報じられていたがそのとおりになった。防衛「庁」は、「省」になって皮肉なことに同盟国から「無視」された。2プラス2で、少しは存在感が出たところだったのに、再び外務省が優先されてしまった。やはり、この国の「安全保障」の実権は「外務省にあり」ということなのだろうか?

 既にインターネットで真偽不明にしても多くの情報が流れている。一般的には初代防衛大臣の「失言」が影響したことになっているが、裏には相当深い問題がありそうである。最も、トップの大臣自らが「間違いだった」と公言したのだから、あの失言は、サマワに派遣されて苦労した6千人もの陸上自衛隊員、クェートで撃墜されることを覚悟で飛んでいる空自の輸送機部隊員とその家族達にとっては立つ瀬がない。自分達の苦労は一体なんだったのだろうか?と落胆したに違いない。それだけでも大臣失格なのだが、米国が今最重要視していること、つまり「頭が痛い」事は、イラク・イラン問題を抱えた「軍事問題」であることは疑いないのだから、強固な同盟関係にある(筈の)日本の防衛大臣との、たとえ「表敬訪問」であったにせよ、会う暇が全くなかったということは、極めて異例である。

 インターネットで流れている関連情報の中に気になるものがいくつかあるが、想像するに最大の問題は「情報網」にあるように思われる。

 つまり、我が国には「スパイ防止法」がなく、政官民挙げて情報管理がずさんであることは有名だが、とりわけ21世紀のアジアの覇者?を狙う中国の軍事力増強に対する米国の警戒心は、極楽トンボの日本人は理解出来ないであろう。

 これからは「仮説」であるが、例えばF−X選定で、F−22Aが選ばれた場合、機体全体が「高度な機密」であるからこれをわが国内で生産する時に情報が漏れることは必定である。しかも“防衛産業関連業種”が、中国国内に根を張っている以上、米国はそれを警戒することは当然である。

 北朝鮮牽制のために韓国内にはF−117ステルス攻撃機が進出しているが、沖縄に最新鋭のF−22A・12機が進出してきた。勿論、半島有事に備えた動きと見るべきだが、他方F−Xの「デモフライト」だとも受け取れる。航空自衛隊は、21世紀を見据えて今更F-15バージョンを・・・というわけにもいかないだろうから、当然F−22に最大の関心がある。しかし、その機密情報が、日本に売却したとたんに中国に流れたのでは、同盟国としてはたまったものではない。

 その点を日本の政官民関係者に「警告」するために、1等空佐の情報漏えい問題を政府に突きつけたとしたのならば、何と無く納得がいく。

 その昔、田中角栄氏は、ロッキード問題でスキャンダルを暴露されて失脚した。外務省では、女性事務官と「情を通じた」毎日新聞記者が特種を物にして顰蹙を買った。今回もその臭いがするが、わが国内での中国、北朝鮮などの「工作活動」も凄まじいが、同盟国の情報活動は遥かにその上を行くことを忘れてはなるまい。

 報道によると、極めてタイトなスケジュールであったにも関わらず、チェイニー副大統領は横須賀基地で米軍将兵たちとその家族を慰問すると同時に、陸・海・空3自衛隊の幹部とも会談したという。事実ならば、大臣はすっかり「コケ」にされたことになる。勘ぐれば今回の副大統領訪日目的は、防衛大臣更迭のシグナルとも受け取られる。

 これらは、情報小国・日本の無様な実態の一部を示すものだが、世界情勢が極めて流動的な今、米国にとっては死活問題であり時間がない。

 考えてみるが良い。4月は我が国の統一地方選挙、7月は参院選挙である。政官界はそれに血道をあげているが、しかし同じ4月の中旬には、北朝鮮が先日の6者協議の決定に従って「原子炉凍結」を提示する期限であり、他方イランでは、大統領が国民に「偉大な日が訪れる(核実験)」と期待するよう宣言した日とも一致する。更に我が国には温家宝中国首相が来日する。

 この4月は世界中に今までにない緊張が生ずる可能性があるのだが、「首相を尊敬していない」とか、「事務所経費問題」だとか、とにかくわが国の政治家達の意識のずれはあまりにもひどすぎて話にならない。

 米国軍部は、当たり前のことではあるがイラン攻撃計画の立案を終わっている。イスラエルに先制攻撃されたのでは、中近東情勢は混乱する。米国主導でなければ解決は困難となる。今回の作戦計画は、その昔、クリントン政権下で立案され、ゴア副大統領までの決済が済んでいた対テロ先制攻撃計画の「オクトーバー・サプライズ・オペレーション」が、こともあろうにヒラリー女史の干渉で、クルーズミサイル100発発射という“中途半端な攻撃”でテロリスト達を勇気付けてしまった事の反省の上に立った緻密な作戦計画であろう。

 世界情勢は重大な分岐点に差し掛かっているのであり、我が国も好むと好まざるとに関わらず、当然その流れから逸脱できないのだ、ということを政治家達は真剣に考えるべきで「お遊びの時間は既に終わった!しっかり仕事をせよ!」と苦言を呈しておきたい。

2007-02-21 幸福の道

幸福の道・その2

 一切の事物の是非、よしあしを早く正確に判断出来る様になることは、如何なる階層職業の人にも極めて重要なことです。悪人を善人と思い込んで付き合って、欺かれて倒産したり、殺されたりする事件をよく見かけます。幸福な一生を送りたい人には事物のよしあしを早く判断できる能力は重要なのはいうまでもありません。

 如何にして早く正確に事物のよしあしを判断出来る様になれるのかは究明するに値する課題です。

第一:客観的に事物を観察すること。自己の感情のよしあしと純主観的な目で事物を見れば必ず実在する事物を正確に認識できません。観察錯誤で得た資料でいくら分析、帰納、判断しても大なる間違いを起こし大事を誤らせる結果となります。故に私達は虚心坦懐な眼で事物を観察しなければなりません。

第二:事物の観察は必ず客観的でなければならない上、更に事物の全体、全部、全面及び事物間の連帯関係まで見極めなければなりません。

 盲人が動物園で象の尻尾を触って、これが象だと判断したという例え話があるが、触ったのは客観的な物に間違いはないが、客観的な物の一小部分に過ぎません。この様に客観的に観察しても、一局部だけを見てそれが全部だと考えるのは明らかに妥当ではありません。故に事物の観察は客観的にその全体、全部、全面を各事物間の連帯関係まで見極めなければならないのです。

第三:あらゆる事物は時間と空間の変遷に従って変わるものです。去年東京で会ったAという人は非常に品行のよい人でしたから、今年ニューヨークに移住しているAさんは間違いなく相変わらずいい人だと、再観察と確認もしないで断定すると錯誤判断になることがあります。事物を観察する差異、同一事物の時間空間の変化に伴う変動を注意して見極めなくてはなりません。さもなければ誤った判断をして、けじめがつけられない結果を招きます。

第四:実在する事物には単純なのと複雑なのがあって、その表す現象には真相と仮象があります。一般の人は往々にしてある一部の現象だけ見て、科学的な分析、帰納と判断も出来ずに仮象を真相と誤認して、災いを招き、甚だしきに至っては我が身を滅ぼすことさえあります。多方面、多角度より全面的な客観観察をした後、科学的な分析思考を経て事物の真相、本質と内容を把握して始めて正確に事物の認識と判断が出来ます。隠してこれらの事物を自由自在に運用することによって、本当に人間社会に貢献出来て、自分自身もより幸福な人生が送れるようになります。

“幸福の道”は棚からぼたもち式に天から降って来るものでもなければ、先生から授けられるものでもなく、各自が真剣に自分の人生に取り組んで、自己の生活の中で全力を挙げて、悪戦苦闘の実践中から始めて得られるものです。

 各個人の占めている時間と空間の違い、生活条件、能力、智力、体力、覚悟程度の差異によりそれぞれの求める幸福の道は全く同じではあり得ないが、幸福になり得る原則は共通です。つまり真の幸福を求める方式は違っても、その共同原則と共同条件は同じで、この原則と条件に適わなければ真の幸福は得られないと断定出来ます。

今まで述べた科学的見方考え方、健康などは当然この共同原則と条件の範疇に入りますが、その他下記事項も重要な項目です。

(1)よき群性のあること:

人類は古より群をなして生活し、動物の内で最高の社会生活を営んでいることは周知のとおりです。この群生生活の中で他人との折り合いがうまくいかず、トラブルの日々を送っているのでは絶対に幸福であり得ません。人の幸福はその群生のよしあしにも大きく影響されます。いつも人々に好意で迎えられ尊重されて始めて快楽と幸福があります。故に群生を疎忽することなく、常に自己のEQを高めて、人々を尊重して、親切に出来る限り世話をすることによって社会大衆の福利を図ることを務めるべきだと思います。エゴイストで、高ぶった態度で大衆に当たれば大衆に唾棄されて、苦痛な一生を送ることは必然的なことです。

(2)自己に適った正確な人生目標を立てて奮励努力の意義ある生活をすること:

  何の目的、目標もなく、只茫然とうやむやの生活をしている人は、必ずや空虚感にかられて生きて行く自信を失い、引いては厭世感がつのって苦痛の日々を送ることになります。故に幸福を求めるのであれば、科学的な見方考え方によって正確に全面的観察、分析を経て自分の生活環境条件を認識した上で、自分に一番適った人生目標を取り決めて、全力を挙げて奮励努力を続ければ、人類社会に貢献するとともに自己の幸福も得られます。

(3)成功に導ける条件:

 如何なる職業に就いても、成功することが幸福に繋がります。各職業共に色々な差異があることに間違いないのですが、いくら違いがあっても下記の三つの原則条件に合わなければ、一時うまく行く様なことがあっても終いには絶対失敗します。つまり成功するためにはこの三つの原則条件に副わなければなりません。

 第一:実行することが社会大衆共認の公理に合わなければなりません。さもなければ公衆の反対で失敗するのみならず、甚だしきに至っては消滅されます。

 第二:実行することが社会大衆の共同利益にかなわなければなりません。さもなければ公衆の徹底反対で必ず失敗に終わります。

 第三:実行することがその社会環境と自然環境で通るものでなければなりません。さもなければこれまた必ず失敗で終わります。(本項目は執行方畧問題で執行方法を替えることでうまくこなせることが多いです)

如何なる環境下で如何なることをするとしても必ず上記三原則条件に副えるかどうか検討の上初めて実行に移すことが肝心です。さもなければ成功しないと断言できます。もっと詳細具体的に述べることが多々ありますが、以上を初段階と致しまして、又の機会に第二ステップを披露させて頂きたいと思います。幸福を求める方々の何かのご参考にもなれば幸甚です。   (終わり)

2007-02-20 幸福の道・その1

幸福の道・その1

 昨日お約束した台湾の友人である元教授の論文を、2回に分けて掲載するのでご一読願いたい。


『幸福の道・その1』   

 無意識、意識不明、意識未熟と極度な悲観主義者を除き、大多数の人々は“如何にして幸福な人生を送るべきか?”という課題に非常な関心を寄せて考えている筈です。それで“幸福の道”というテーマで私の見方考え方を述べさせて頂き、皆様のご批判を仰ぎたく思います。

 誰もが体の健康が人生の幸福の大事な条件だと分かるが、総て体の健康な人が全部幸福であり得る訳でないことも周知のことです。つまり体が健康でなければ幸福であり得ないのですが、体が健康であるだけでは必ずしも幸福だとはいえないのです。明け透けに言えば、幸福であるか否かを決定する主要な条件として、体の健康の外に必ず心理も健康でなければならないのです。つまり正確な事物の見方考え方、言葉を代えて言えば科学的な事物に対する見方考え方が必要なのです。

 総ての人の事物に対する見方考え方を決定する因素は数多くあるが、そのうち、人々各自の占める時間と空間は非常に重要な客観因素だと思います。もしわれわれが現代に生存するのではなく、100年前、1000年前、10000年前、あるいは100年後、1000年後、10000年後に生きたか、生きるのでしたら、我々の事物に対する見方考え方は現在のものではないことは誰もが了解できるものと思います。

 同一時期に生存したとしても、違った空間で生存すれば自然的に事物に対する見方考え方に大きな差異が生じます。私達が台湾または日本で生存するのでなく、アラスカの氷原洞窟で生まれてずっとそこで育ったとしたら、私達の事物に対する見方考え方はまた全然違ったものになることは間違いありません。

 我々が正確に自分自身と自己の占めている時間と空間を認識し、この全面的な客観条件を把握した上で、さらに有利な条件を創造して全面的にうまく運用することによって、よりよき人生が求められ、真実の幸福が得られるものと思います。

 このために私達はまず客観的な自己存在を正確に認識する必要があります。私達は何だろう?。言うまでもなく私達は人間です。人間は何だろう?。

 まず第一:人間は生物に属します。生物か否かは生命があるかないかによって決まります。我々人間は生命があるからこそ感覚、意識があって思考出来るから自分が幸福であるか否かを見極められるのです。故に生命を保持するということは幸福の第一条件なのです。

 ところで私達個人の生命は簡単に得られるものではないのです。男の人は一回に約三億余りの精子を射出します。若死にさえしなければ、一人の男の射精回数は数え切れないほどあります。従って一人の男が一生の内に射出する精子の数は何兆兆兆と天文学的な数になります。私の父が一生の内に射出した何兆兆兆分の中の一つの精子と私の母より出した数多くの卵子の一つが結びついて私が生まれたのですが、その特定の精子と卵子が一寸でも逸れて、別の精子または別の卵子と結びついたとしたら生まれたのは私ではなく全く別の人だったのです。つまり一人の人間が生まれる確率は宝くじに当たるよりも何兆兆兆倍も難しいもので、人類一人ひとりの生命はこの様に非常に得がたいもので何よりも貴重なものです。この極めて貴重な生命と人生を無駄にせず発揚拡張して、人類社会と自分のために有意義な生き甲斐のある幸福な一生を送るべきだと思います。

第二:人間は生物の中の動物に属し、植物ではありません。動物と植物の差異は、動物は自分の労働で自活するが植物はそうではないことです。如何なる時間空間如何なる状況下に生存しても、自己の労働で自活しない人は動物原則に背いて、他人から見下げられ、正常な人間社会生活に合流出来ず、辛い思いをして生きなくてはならないのみならず、引いては自己破滅の不幸な道を辿ることになりがちです。故に勤勉に自己労働によって自活することは、これまた幸福を得る条件の一つになります。

第三:人間は動物に属するが、他の動物と違うのは、人間は高度な観察力思考力を運用して生活する点であります。つまり人間は他の動物に比べて、非常に高いIQ、EQ、AQを生かして、人類社会を極度に発展進化させている点が他の動物と全く違うのです。数多くの人々が自己のIQ、EQ、AQを高度に運用し、優越な観察力と思考力を生かして、客観的に事物をよく観察し、全面的に系統的な分析と帰納を経て正確な判断を下し、自己に一番マッチした人生目標を立ててまっしぐらに明るい人生行路を疾走していきます。この人たちは学術界、教育界、産業界、企業界、政界等各業界で有意義な活躍を続けて成功し、人類社会に貢献するのみならず、自分自身も真の幸福を得ています。

 逆に自己の生活の中で何も思考することなく、当然何ら人生目標も持たず、只うやむやの訳の分からない一生を過ごす人々も見受けられますが、この人達は人間たる価値を失い、他の動物と殆ど差異がなく、幸福であり得る筈がありません。

 一個人の生命は非常に得がたいのみならず、極めて短い時間しか保たないものです。宇宙の占める時間に比べると我々個人の占める時間はゼロではないがゼロに近いのです。その上天災地変、人類の相殺、疾病などの災難が絶えず私達個人に降りかかり、更に各個人の生命を縮短させ続けています。

 一個人が死亡しても、人類社会、国家、地球、宇宙は依然として存在し続けるが、死亡と同時に意識を失うので死亡した個人にとっては一切が消滅したことになります。人間である以上、死亡は免れません。あなたにも私にもその日は訪れて来ます。故に私達個人は生きていられるこの貴重な短い時間を浪費することなく、より有効に活用しなければなりません。私たちは各個人の占めている微少な時間と空間を十二分にフルに活用し、出来る限りの最短期間で正確に科学的見方と考え方をマスターすることにより、一歩進んで事物を正確に観察、思考、分析、帰納、判断、企画、実行に移して、始めて成功の道に入り得ます。さもなければこの複雑錯綜しかも陰険な一面のある人間社会において、欺かれて悲惨な生涯を終えることにもなりかねません。 (続く)

2007-02-19 「正しく生きる道」とは?

「正しく生きる道」とは?

 少女・アシュリーに刺激されて、生きるとはどういうことか?について考えることが多い週末だった。早速アマゾンを通じて「アシュリー」の著書を申し込んだ。

 さて数年前になるが、私の心に強く残る手紙を下さった方がいる。偶然台湾でお会いした元大学教授なのだが、今でも時々お電話を戴くことがある。

 日本が“敗戦”したあとに進駐してきた国民党軍に支配された台湾で、青年時代の一番大事な時期を「日本人と親しい」という咎で14年7ヶ月間も「獄門島」送りとなり、仮釈放後直ちに米国に亡命、米国で学び宝石学の学位をとると、奇しくも北京から招待されて大陸の大学で教授を務め、その後日本に滞在、今は台湾で暮らしている方である。言語に絶する体験をした彼が「幸福の道」と題する小論文を私に送って下さったのだが、私は深く感じるところがあった。

 たまにはお堅い「軍事・政治問題」ばかりではなく息抜きも必要だろうから、ここに掲載したいと思うが、「幸福の道」と題する小論文は長くなるので明日以降ご紹介することにして、今日はそのイントロだけをご紹介しておきたい。これは私が読後感をお伝えしたときの返事である。

「全世界の人類各一人ひとりが違ったタイムとスペースで、微視的にはそれぞれ違った物の見方考え方で生きているものです。日本統治時代から今まで台湾と日本を背景として、教え子達が師を偲んで書いた文から台湾を理解する足しにもなればと思いましてお送りしました。ご貴重なお時間を割いてお読みいただき有難うございます。

 事物は常に変動変化するものですが、それには大小と緩急があって度合いが違い、無事平穏な極めて変化が乏しき状況下に生きると新鮮味がなくつまらないと思いがちになり、変化と刺激を求めて生きることになりがちです。かって赤軍やオーム真理教に仲間入りしたIQの高かった人たちが邪道に惹かれた因素にも挙げられるものと私は考えています。

 未だに私はそこまで述べていませんが、理想的な幸福の道は、人間が常に新鮮な空気を吸わなくてはならないように自己生活に常によき新鮮味を取り入れる必要がありますが、無事太平な日本に生きる若者が、変な刺激と悪い新鮮味を求めて、つまらない平凡な無変化に近い自己生活から解脱しようともがいている実情は無視できないことと思います。

 この若い人たちに、常に温かい心で(彼らが)“一番何を求めているのか”“一番何に興味を感じているのか”“一番何が必要なのか”を見極めたうえで、(彼らが)自分自身を確実に知って、自分の生きる正しい目標を立ててより意義のある価値のある人生を歩めるように啓蒙することが大事かと存じますが!」

 

 前回のコメント欄に、防大に合格して進学するという「daidai」さん、障害を持つという「ふと」さんなどからコメントが届いていたが、人間、どの道に進んでも、多くの人間と接することになる。そこから得られる「邂逅(出会い)」と「人間関係」によって、将来は大きく左右されると思う。

 前文にあった「IQの高い青年達が、邪教に出会って人生を棒に振った」のは、それを見抜く目を持たなかったからであり、その意味では彼らの人生経験不足から来る「純粋さ」が仇になったのだともいえる。

 私は高校時代に剣道を始め、武道を通じて得がたい先輩、友人達に巡り会った。防大でもすばらしい師、友人、先輩、後輩に恵まれた。

 人生これからだ!という前途ある青年諸子に対して、学業も大切だが、友との出会いを大切にしてほしい、と“先輩ズラ”して申し上げておきたい。その意味で、台湾の元教授の「幸福の道」という考えが何らかの参考になれば幸いである。人生これからだ!という青年達の前途に大いに期待したい。

2007-02-18 少女・アシュリー

少女・アシュリー

 昨夜は、フジテレビの「サイエンス・ミステリー」を見て考えさせられた。以前から、プロジェリアという肉体年齢が常人の10倍以上進むという奇病がある事は知ってはいたが、アシュリーという米国に住む15歳の少女のドキュメンタリーは「人間、人生」について深く考えさせられるものであった。

 平均寿命は13歳というから、既に彼女は2年も長生きしていることになるのだが、高校生活を終わるに当たって、好きな動物関係の仕事につきたいのだという。 両親、特に母親のすばらしさには感動するが、高校教師も、職場体験したアニマルショップの店長、マネージャーも、老化した肉体で苦しむ、明日をも知れないアシュリーを何ら特別扱いをしないで支えるところがすばらしい。日本だったら彼女はどんな生活をしたであろうか?周囲の目はどうだろうか?社会システムは彼女を“常人”として扱うだろうか?興味本位の目で見るか、それとも逆に“手厚く保護”するかのどちらかではなかろうか?と考えさせられた。

 卒業を控えてアシュリーは気に入ったアニマルショップにアルバイトを申し込むのだが、店としては常人のアルバイトが欲しいにもかかわらず、“手がかかる”彼女の採用に踏み切る。その影にはマネージャーの女性の店長に対する働きかけがあったのだが、店長もリスクを負う決断をするのがすばらしい。しかも規則どうりに見習い期間はアルバイト料を払わない、という。生きるということの厳しさを教えるというのだが、その間、採用の可否を知らせる電話を待つアシュリーの姿が、なんとも言えず微笑ましく、それを見守る母親の姿は実に大人だと思う。

 そして採用通知が来たときの彼女の笑顔に思わず涙が出た。そしてアシュリーはこう言うのである。「何時別れ(死)が来てもおかしくないが、自分は“あるがままに”それを迎えたい」「人間は自立すべきで、何時までも両親とともには居られない。親も歳をとり、老人ホームに入るかもしれない(といって彼女は笑う)」

つまり、アシュリーは生ある間は、ひたむきに、前向きに人生にチャレンジしているのである。そして短い期間でも少しでも「社会に役立ちたい」と考えているのである。そこが“常人”と彼女の大きな差であろう。肉体は老化しているが、彼女の魂はすばらしく磨かれているのである。

 800万人に一人という難病を背負った、アシュリーという15歳の少女の生き様に、生活も生命も、五体までもが満足に生きることが“保障?”されているこの国の青年男女の生き様とが重なって、あまりの違いに深く考えさせられた。

 アシュリーのけなげな生き様に、思わず「この世に神は存在するのか?」「神が存在するのなら、アシュリーを何故救わないのか?何故神はひたすらまじめに生きる人間を救わないのか。無常だ!」と呟いてしまったのだが、傍から家内にたしなめられた。

 私は34年間、戦闘機乗りとして生きてきた。戦闘機乗りは、一旦エンジンをふかして離陸し、脚を上げてしまえば、その後何が起きようとも空中で自ら解決しなければ生きては還れない。頼りになるのは自分自身である。勿論結果として「ツイテいた!」と感じることはあるにしても、機体が故障しても、坂井三郎元海軍中尉のように、頭を撃ち抜かれて目も見えず、意識朦朧としても、自分で基地にたどり着かない限り誰も助けてはくれない。隊長も司令官も、ましてや防衛大臣が助けてくれることなんぞ“絶対に”ない。そんな生活がしみこんだ私だから、つい神が救ってくれることなんかありえない!とアシュリーのけなげな姿に重ね合わせたのである。扶桑社で彼女の本を出版したという。早速買い求めて、もう一度感動に浸りたいと思っているが、フジテレビには総集編を放映してもらいたいものである。

 戦争や紛争、殺し合いや悪質な事件事故が続き、うんざりする毎日だが、昨夜は久々に「人生について」深く考えさせられた。

 アシュリーが、好きな動物達に囲まれて、充実した人生を送ることを祈りたい。

2007-02-16 北が日米に秋波?

北が日米に秋波?

 昨日は都心で史料調査会主催の研究会に出た。講師は李鐘元・立教大学教授で、「北朝鮮と6者協議の行方」という絶妙なタイミングの演題だった。

 李教授は2007年の半島情勢を「選挙と五輪の国際政治学」と題して、中国は五輪の国威発揚/「和平崛起」/経済成長重視。米国は大統領選挙/イラク・イラン・中東優先。韓国は与党の苦戦/南北首脳会談の政治効果?と指摘したが、なぜか日本が抜けていたのが“御愛嬌”だった。1時間半の講演のあと質疑が続き、2時間たっぷり話が聞けたのだが、私は話を聞きながら、次のようなことを漠然と考えていた。

 北朝鮮と中国は、朝鮮戦争のいきさつ上からも、まだまだしこりが残っている。中国は北を信用してはいない。むしろ何をしでかすか分からない存在と認識している。しかし、これをむざむざと自由主義側に渡すことは出来ない。北朝鮮も、朝鮮戦争で中国「義勇軍」の介入がなければ今の存在はなかったのだから、それなりの姿勢を保っているが、心底中国を信頼しているわけではない。

 ひ弱な韓国は、北の残虐さ、恐ろしさを身にしみて味わったから、脅威であることに変わりはないが、一般国民は何と無く「血族」であるかのように感じている。ましてや今「統一」されると、経済的負担は計り知れない。北は韓国を統一して支配下に置きたいが、在韓米軍が邪魔である。

 北とロシアは、過去の経緯から「ほどほど」の関係で、適度に武器が調達できれば双方ともに良い。更にロシアはこれを中国牽制の材料にしたい。

 さて、北にとっての米国と日本だが、米国は世界唯一の大国であり、これに抵抗しても歯が立たないのは自明である。何とか宥めて「友好関係」を保ち、出来たら子分?になってもいい。その材料としては、未だに「休戦状態」にある半島情勢をドラスティックに変更して「半島の戦争状態を終結」させ、ブッシュ大統領に「ノーベル平和賞」授与の機会を与えてもいい。そうすれば、米国は北の行為を“大目に”見てくれるだろうし、経済的にも制裁が緩和される。何よりも在韓米軍は撤退する!既にノーベル平和賞は、クリントンでは失敗したが金大中でその前例は確立している!

一番厄介なのは日本である。小泉首相を何とか「篭絡する」一歩前までいったが、拉致問題で犯行を認めるという大失敗をしてしまった。そのほとぼりを冷ますためには、何とか日本国民を懐柔しなければならないのだが、悪いことに拉致に真剣に取り組む安倍首相が誕生してしまった。拉致被害者を帰国させなければ、日本国民は納得しない。5人返して「解決済み」としたが、日本国民の前に事実関係を証明するというこれまた大失敗をしてしまった。経済支援は貰いたいが、拉致問題解決が進展しなければ無理だろう。そこでありとあらゆる手段を講じて、日本人に工作活動をしたいのだが、在日組織は次々に手入れが始まった。これをどう解決するか?それには強固な日米関係に楔を打ち込むことであり、まずブッシュ大統領と日本の緊密さを切り離すことであろう。それには「ノーベル平和賞」つまり、半島の戦争終結宣言と和平協定締結をちらつかせる。これには誰も反対できまい。そうなると日本人の特に政治家やマスコミは「バスに乗り遅れるな!」と大騒ぎし、拉致問題の早期「妥協論」が出てくるだろう。日本人の「バスに遅れたくない」という感情は、大東亜戦争時代にこれまた証明済みである。

 このように勝手に想像してみると、これから開かれる日朝間の「作業部会」で北側は相当な「秋波」を日本側に送ってくるのではないか?

 金正日首領様は、ことのほか日本に関心が高いが、ある旧軍の情報参謀から聞いたところによると、彼は戦争中に日本軍の「残置諜者」と深い関係にあるという。

真意のほどは定かではないが、北が日本と米国を手玉に取る、というよりは、李教授が言ったように「バランサー」として活用しつつ経済支援を獲得しようとしていることは頷ける。

 今後60日間に北朝鮮は所定の事項を進めなければならないが、放棄するとされた「寧辺の核施設」は時代遅れの廃屋らしいから、稼動の停止と封印は実行するだろう。問題は日朝間が平壌宣言に基づいて「不幸な過去を清算し」「国交を正常化するための措置」を検討する作業部会である。外務省の真骨頂が試されるが、それに影響を与える政府の姿勢とマスコミの報道姿勢から国民は目を逸らしてはならない!

2007-02-15 念仏で侵略は防げない

念仏で侵略は防げない

 6者協議や核の脅威、中国の軍事力増強など、我が国周辺事情勢を見ていると、日本人ほど「お人よし」はいないことを痛感する。お人よしはそれ自体悪いことではないが、国際関係には通用しないことを知ったうえでのことだろうと思う。

 今世紀「最大の悲劇」と言われる中国のチベット“併合”について、日本人は殆ど知らない。ただ、ダライ・ラマ14世の偉大さを口にするだけである。念仏を唱えているだけでは、平和は保てないと言う“好例”として、今日は、でこくーるという女性漫画家から(私のブログ愛読者だそうだが)エッセイを依頼されて書いた文章を、少し長くなるが掲載しておきたい。彼女の漫画本は「平和の国のネバーランド」という、萌え系?防衛本(防衛弘済会¥476+税)だが若者達に受けているという。安価だから是非手にとって読んでいただきたい。加えて今私が読書中の「中国はいかにチベットを侵略したか」(マイケル・ダナム著・山際素男訳:講談社インターナショナル¥1800+税)もご紹介しておきたい。

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『正義なき力は「圧制」、力なき正義は「無効」』(パスカル)

 ネパールに亡命を試みたチベット人たちが、中国兵に射殺されたシーンがインターネット上で公開され大きな問題になっている。

 現場はエベレストに近い氷河地帯で、ルーマニアの登山家・セルゲイ氏がたまたま撮影したものだが、発砲音の後、先頭の尼僧が倒れ、続く発砲で最後尾の少年僧が倒れた。映像にはセルゲイ氏の「まるで狗のように撃ち殺した」というコメントも入っている。そして「亡命者の約半数が10歳以下の子供たちだったことが判明」したそうだが、私はこの映像を見て、数年前、静岡県にある某私立高校での体験を思い出した。この学校には、モンゴルやインドやネパール、それにチベット等から、貧しいながらも向学心に燃えた子供たちが留学している。

 学園祭に招かれた私は校長の案内で、各国のパビリオンを見学したのだが、印象的だったのはチベットの小柄な女子高生たちであった。彼女たちは流暢な日本語で「チベットに観光に来て下さい」とパンフレットを勧め、きらびやかな寺院の写真を指差し「でも大切な仏像のほとんどは破壊されましたが・・・」と言ったのである。校長が「この子はつい最近、インドの難民キャンプにラサから逃げてきたのです」と言ったので聞くと、「両親は、私を逃がそうと必死でした・・・。両親はラサに残っています。心配です」と涙ぐんだ。

 その後ペマギャルポ氏の講演会で、彼にこのことを話すと「彼女は幸運でした。毎年3000人近くの亡命者が国外に脱出していますが、行方不明になったり死んだりして難民キャンプには殆どたどり着けないのです」と教えてくれたがそれを今回の映像が証明している。承知のように独立国家であった頃のチベットは敬虔な仏教国であり平和を尊び戦いを好まなかった。しかし、「銃口から政権が生まれる」ことを信じている国には、そのような「平和主義」が通用する筈もなく、1949年、高々人口600万人の微弱なチベット軍は頑強に抵抗したが中国の圧倒的な軍事力の前に蹴散らされた。そしてその後の結果はご承知のとおりである。現在でも「命を掛けた」亡命が続いていることは、今回の映像でも明白だが、「95%に上る僧院が破壊され貴重な仏像が破壊されるにいたって、さすがに穏やかな仏教徒であるチベット人の中にも銃を取って立ち上がる者も出たのだが、驚いたことに国の指導者たちは、山間に立てこもってゲリラ戦を続行する彼ら自国民たちを、愛国者ならぬ暴力主義者として非難した」というペマ・ギャルポ氏の話を聞いて、愕然とした。その結果はどうであったか。これまで貴重な文化遺産の殆どが破壊され、延べ120万人の人命が失われた」という。

 我が国の憲法前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるが、チベット併合の事実は、それが全くの虚構であることを雄弁に物語っている。

「正義なき力は圧制、力なき正義は無効」だとパスカルは言った。

 微弱な軍事力にとどめ置き、しかもその行使を平和に反するとして非難する。

「平和憲法さえ守っていれば・・・」という駝鳥の平和を信じて疑わない者たちに聞かせてやりたいものだが、「この悲劇は、仏教国・チベットが平和主義、無抵抗主義だったからというよりも“事なかれ主義”に過ぎなかったのです」というギャルポ氏の見解を、私は複雑な思いで聞いたのであった。      

2007-02-14 中東、台湾情勢に注目

中東、台湾情勢に注目

 6者協議は一応終わった。北は一息ついた形だが、核施設の無力化を“誠実”に履行するかどうかは不明である。

 中国はこれでオリンピックに総力を挙げられる。韓国はこれまでどおり“支援”出来る。米国は、ひとまずイラク問題に集中出来ることだろう。何せ、ブッシュ大統領の“名誉”がかかっている。そこで我が国だが、100人もの拉致被害者を抱えている以上、おいそれとは北に譲歩できない。安倍総理はそこを明言した。その意味では、ぶれない安倍総理の態度と今回の外務省の努力は一応評価できよう。問題はこれからである。

 今回の6者協議を通じて「自分の国は自分で守る」、これが原則であることを、お人よしな日本人も少しは理解したことだろう。友好国から同情はされても、誰も血まで流す決意はしてくれない。それが国際関係というものである。

 ところで選挙を控えた政府には、弱点がある。やがてなし崩し的に北に迎合し、国交正常化を急ぐようなことがないように、国民はしっかりと監視しなければならない。政府が「なし崩し」になる最大の要素は、この国に潜伏している“外国的要素”の動きである。北朝鮮やロシアと結託している「オーム」や、パチンコ業界に代表される「半島勢力と政治の癒着」などである。その意味では、予算委員会における亀井氏の公明党と創価学会問題追及発言が尻切れトンボだったことは残念であった。発言を始めた亀井氏は、若い総理を窘めるのではなく、いじめる?様な発言態度ではあったが、日本政治の最も不透明な点である、自民・公明の連合政権について突っ込んだ。何せ、選挙のたびに住民票を移動する“民族大移動”ならぬ票の集中をする宗教団体の、民主主義を逆手に取った行為が「合法?」だと言うのだから、まじめな国民にはさっぱり理解できない。とにかく憲法の「政教分離原則」に堂々と違反しているのだから、有権者はばかばかしくなって投票に行かなくなる。しかし、票だけが生きがいの候補者達は、ご利益を求めて「思想信条を捨てて」この票に群がる!それがこの集団の狙いなのだろうが、我が国の民主主義の根本が問われていた。亀井氏はそこを切り込んだのだが、時間の制約もあり不完全燃焼に終わった。しかし、彼の質問はもっと大きく報道されてしかるべきだったろう。

 ところで、台湾情勢が緊迫してきた。台湾の馬英九国民党主席が、藪から出た蛇、横領罪で起訴されて辞職したが、これから台湾の総統選挙はますます水面下での激しい戦いが始まるだろう。台湾人は、折角手にした「自由と民主主義」を手放してはならないのだが、李登輝前総統の尽力で民進党が政権を握りはしたが、長年の国民党政権による「愚民化政策」の影響と、金もマスコミもすべて「敵方」の手中にあったため、政治も外交も、ましてや軍事に関しても全くの素人集団が手探り状態でこれまで運営してきた。陳水扁総統が苦戦するのも当然であったと言える。これからは民進党内の改革と人材育成が急務となろう。

 次に注目すべきはイラク情勢である。イラクの「内戦状態」の背後には、イランがいることは明白であるから、米国はひとまず朝鮮半島から手を引き?、イラク問題に全力を傾けることになろう。それが北の狙いでもあった。

 今朝の産経にも、米軍が武装勢力の拠点攻撃で、最近イランがオーストリアから輸入した「高性能ライフル銃」100丁以上が発見されたらしいし、イラン指導部公認の元でイラン製高性能爆弾がイラクに密輸出されていることも暴露されたという。英国のフィナンシャルタイムズ紙もEUの内部報告書が「イランは核兵器に使用可能な兵器級核物質の製造を可能にし、それを拒むことはほぼ不可能」と結論づけたと伝えた。当然のことながら、米軍はイラク国内で限定的行動をしているが、テロリスト達はイランの公式、非公式の支援を得つつイラク国内に侵入して行動している。つまり、イラン国内がテロリスト達にとって「安全地帯」である以上テロを根絶できるわけがない。それはちょうどベトナム戦争で、米国が勝手に聖域を設けてベトコンの“体力回復”を援助した戦例に似ている。ベトナムでは、米国は自分で自分の手足を縛って戦争して、その結果“大敗”した。

 2万人の増派戦力が今後これにどう対処するのか?失敗すればイスラエルとサウジアラビアをはじめ中東の不安定さは増大する。石油事情もロシア有利に展開するだろう。これから夏にかけては、中東情勢と台湾情勢からは目が離せない。

2007-02-13 ハルノートが突きつけられた!

ハルノートが突きつけられた!

「北譲らず6カ国協議膠着状態」と産経は報じた。今朝のテレビでは、午前4時ころまで会議が続いていたらしいが、北朝鮮は「見返りに重油200万トンよこせ!」と「法外な要求を突きつけている」という。この会議の様子を私はかっての「日米交渉」と重ね合わせてみているのだが、野村大使の懸命な努力にもかかわらず、米国務省の対応は「木で鼻を括る」ようなもので、時間稼ぎのあと最後通牒とも言うべき「ハルノート」が突きつけられ、ついに日本海軍が真珠湾攻撃に踏み切った。6者協議もこれに何と無く似ている。

 最もあの時は、ハル国務長官が自ら書いた「ノート」ではなく、共産主義者の手によって、ソ連が有利になるような日米共倒れを狙って書かれたノートであり、日米共にコミンテルンの罠にはまったのだったが、金正日の立場を考えれば、今回のような結論は当然分かっていそうなものだ。北から「核兵器開発」を取り上げる行為は、彼らの自滅を意味する。ちょうど人質強盗から拳銃を取り上げたら、あとは警官に射殺されるだけだ、と強盗が居直るのに似ている。大体あの“国”は、もともと「山賊国家」なのであって、常識が通用する“集団”ではない。それをあたかも「西洋並みの国家」として待遇しているところから間違っている。

 その昔、連合赤軍が、浅間山荘に立てこもって家人を人質にして銃撃してきたとき、わが警察官には「武器の使用」が認められず、第一線では出さなくてもいい犠牲者を出したことがあった。この様子を見ていた外人の一人が「何故日本の警官隊は銃撃しないのか?シュート、シュート!」と叫んでいたことを思い出す。

 北は重油も金もほしい。しかしその代償となるべき唯一のものは「核」であるから、これは絶対に手放せない。

 米国も東アジアの非核化なんぞ、実はどうでもいいのだが、ならず者国家に指定した北であるから懲らしめねば済まない。しかし、中東で手一杯。

 中国は気に食わないが一応北とは「友邦」であり、米国の言いなりにはなれない。それより国内問題、特にオリンピックを成功させる必要がある。

 韓国は下手に北に「崩壊される」と困るから、何とか延命策を講じたい。それも他国の援助で。

 ロシアは適度なお付き合い程度・・・。

 こうなると拉致被害者を抱えている我が国がイニシアティブをとらねばならないのだが、今や「真珠湾奇襲攻撃」をする力はない。金で解決できれば・・・などと甘い考えを抱いているものが極めて多い。

 いずれにしても、北にはこれ以上失うものがない以上、国際常識抜きの抵抗を試みるだろう。しかし彼らにも弱点はある。北が一番困ること、それは金正日政権の崩壊であり、それを「えさ」に、中国とロシアを天秤にかけている。しかし、最も怖いのは、金正日個人に対する国内からの離反行動である。経済制裁も効いてきたころだから、そろそろ彼の側近の中からも離反者が出てもおかしくない状態である。その意味で近々予定されている「お誕生日祝い」を注目しておく必要があろうが、その前に、嫌気がさした米国が、クリントン大統領の時のように適当な「妥協策」で逃げを打たないよう、外務省はしっかり米国の動きを監視しておいてほしいものである。

 日米開戦時の日米交渉において、「対米通告文第14部」の翻訳遅れ?による不始末が、真珠湾攻撃を「卑怯なだまし討ち」にしてしまった。外務省内では今でも米国勤務が発令されると、密かに「リメンバー・パールハーバー」と囁かれている筈だが、当時を思い出して、2度と同じ過ちを繰り返さないためにも、ここ一番をしっかりと対応してほしいものである。

2007-02-12 建国記念の日に思う

建国記念の日に思う

 建国記念の日に都内で奉祝式典とパレードが行われた。産経新聞によると約1500人が参加(パレードには約4500人が参加)、中国大使館から、劉勁松参事官が夫人を同行して参加したという。「小田村会長は挨拶で『安倍晋三首相が中国、韓国と首脳会談を行ったら靖国神社参拝反対論や「A級戦犯」分詞論が消えた。これらの主張は外国への迎合に過ぎなかった。首相が雑音に惑わさず参拝することを期待する』と強調。劉参事官は「中国の際限ない軍備拡張による軍事的脅威の増大」「大国の覇権的外交」などを批判した式典決議文を食い入るように見ていた」と報じられているが、この「構図」は非常に面白い。

 もともと「靖国問題」は、我が国の一部のメディアと政治家、経済人たちが、中国政府に自ら“持ちかけたもの”で、中国としては“使えるものは使う”という方針であったに過ぎない、と私は分析している。

 ところが、居丈高に日本国民を“威圧”すればするほど、結果が芳しくなく日本国民の“中国離れを起こすだけ”であることに気がついた。そこで彼らは日本国内の、あまりメディアに登場しない「無名な」研究者達との接触を図った。たとえば我々のような、ボランティアでアジア情勢を研究しているグループである。そこで彼らは、日本の新聞・テレビとは全く異なった反応を得て困惑した。その象徴が小泉後継者問題である。彼らは自分に都合がいい日本国首相を選ばせようと躍起であったが、予定外の“若い”、それも「美しい日本」を取り戻そうと主張する安倍氏が圧倒的人気であることに気がつき、急遽対日工作方針を変換したのだが、その時期はちょうど王毅大使が長期帰国した時期に一致する。

 こう分析してみると、安倍首相を歓迎し、今回の「建国記念日」に劉参事官が参加したのも頷ける。日中関係はこれからが本番である。

 私のブログのコメント欄に「これを機に皇太子をオリンピックにご招待する気?か」との意見があったが、勿論日本人の“気の良さ”を利用して、そのムードを作ろうとしているのは明白だが、中国自身にとっては“建国以来”の最大の行事であるオリンピック問題が、極めて難しい各種の問題を抱えているからに他ならない。国威をかけたこの行事は、何が何でも成功させなければならないのである。それを阻害する中国国内の各種問題は、例えば北京市民に「行列のマナー?」を教えようとしたり、「便所の改修」を急がせたりという「おっとり刀方式」や、独裁国家らしく「強権発動」で対処できるにしても、海外からの“自由主義”にとっぷりと使ったメディアにはそれが効かないし、彼らの目はごまかせない。オリンピック終了後の、世界の反響と、それを受けた国内情勢の変動が大いに気がかりだ、というのが北京政府の本音であろう。「自由な言論」に戸は立てられないからである。

 そこで何よりも一番手ごろで、金持ちで、言うことを良く聞く日本人を大量動員して“味方”につけておくことが肝要になる。つまり、日本人を“これ”に巻き込むことである。既に日本の媚中派といわれる政治家や経済人たちに「猛攻」をかけていて、その意を受けた旅行業者達が動き出しているではないか。その工作を成功させるためにも、中国脅威論を唱えるグループとの接触は欠かせない。そのための第一弾が今回の「建国記念の日」への劉参事官夫妻の参加であろう。

 この程度の些細な工作で、お人よしの日本人は「中国も変わった」などと「ころり」と変心することを彼らはよく知っているのである。「おのおの方、ゆめゆめ油断めさるな!」と言っておきたい。

 ところで建国記念の日に関する小堀教授の「正論」には教えられることが多かった。国が規制?する「記念日」は既に廃れ、国民の純な気持ちが今の「記念の日」に生きているというのだが、私もそれで良いと思う。国民の心が大事なのであって“国定”である必要はない。最も「国旗国歌」は、規定しないと反抗する教師(狂師?)達が多いのだから、当面やむをえないところがあるが、それもいずれは国民自らの自然な行動に変わっていくと思っている。

 とはいえ、11日に私が住むこの周辺の住宅街を探索してみたが、数百戸ある住宅街で、国旗を掲げているのは“我が家だけ”という信じられない結果であった。実に寂しい限りであり、玄関の日の丸を見ていると、なんだか我が家が「瀋陽領事館」になったように錯覚したが、私が死ぬころまでには周辺の住宅にも翩翻と日の丸が翻るようになるだろう、と信じてはいる。

2007-02-10 400万件ヒット!

400万件ヒット!

 友人から「400万件ヒットおめでとうございます」と言われて驚いた。気がつくと既に401万件を超えていた。熱心なコメンテーターの方々に感謝したい。

 2005年5月12日に、友人が立ち上げてくれたこのブログに思いつくまま気ままに書き込んできたが、それから既に1年と9ヶ月、色々な情報提供はもとより、色々な考え方があることを教えられ大変勉強になった。

 今年頂いた年賀状から、友人、知人、先輩、部下達の中にもかなりの「ファン?」がいることが分かったが、ある大先輩が「一人10円づつ取れば良いお小遣い稼ぎができたのにねー」という“からかい?”の添え書きがあったので、それを読んだ家内が「一人1円でも大変なものなのに」と私をからかった。

 冗談はさておき、平均すると月に約20000人が読んで下さっている勘定になるから大いに責任を感じる次第。

 ところで昨日の国会で、石破元防衛庁長官が、我が国の安全保障の根幹に関わる大変いい質問をしていたのが嬉しかった。また、予算委員会の各委員達も、質疑を真剣に聞いていたのが嬉しかった。これからは、このような我が国の安全保障に関わる充実した質疑が行われることを期待したい。

 新進気鋭の安倍総理も、年上の閣僚や議員たちに気兼ねすることなく、初心を貫いてほしいものである。安倍総理になってから、教育改革も一挙に進展したし、次々に改革が果たされていると私は評価しているのだが、特に私としてはやはり「集団的自衛権」問題の解決が急がれると思っている。

 野党はじめマスコミの一部も、憲法改正を阻止すべく、何とかして足を引っ張ろうとしているように見えるが「出る釘は打たれる」という。安倍総理には気にせず踏ん張ってほしいと思う。

 イラクの混乱は、当初のイラク進攻作戦があまりにもあっけなく進展したので慢心?した米政府が、あと詰めの作戦をお座なりにしたことが影響していると思う。しかし、米国は方針変換も素早いところがある。特にブッシュ大統領にとっては、再来年初めには降板することが決まっているのだから、ある意味で怖いものはない状態にある。残るのはレーガン大統領のように、歴史に残る強い大統領との評価が得られるか否かだけだろう。

 イラク作戦が開始された当初は、4軍ともに25%もの軍縮を実施したため、兵力の抽出が難しい状況下にあったのだが、それでも戦史に残る圧倒的な作戦を遂行できた。それが裏目に出て、テロ攻撃という「不正規戦」を侮った点がなかったとは言い切れないが、9・11の衝撃から、世界中のテロリストを排除すると言う、世界の警察官意識が先走った感があった。いかにもアメリカ国民らしかったが、国連始め我が国もそれに同調したのは紛れもない事実である。治安回復が困難になってからも、英国始め多くの友好国に支えられて、とにかくフセイン政権を打倒するという作戦目的を漸く達成し、形ばかりとはいえイラクに「民主主義の種」をまいた。

 彼らが常に問いかけるいわば「善と悪」の闘いがしばらく続くことになろうが、今の時点で「それ見たことか」と揶揄するのは早計であろう。特に我が国のように「軍事力使用」を極端に毛嫌いする国家?にあっては、イラク問題が片付いたあと、その間に取った同盟国としての態度が評価されることになる。

 久間大臣のような軍事的観点が聊か欠けた表面的な「評論家」的発言で、第2次世界大戦以後の60年余の間、営々として築き上げられてきた同盟国関係にヒビが入ることは我が国の安全保障確立上、由々しき問題になりかねない。

 その辺に十分配慮した安保政策が大切なのだが、国会の場でも、今までは「ためにする」質疑が多く、石破長官のように、専門的な意見が出てくることが少なかった。

 若い安倍首相同様、彼らのような新しい世代の議員達による、個人的“利権”を離れ、大局に立った意義ある討議が行われることを大いに期待したい。

2007-02-09 しっかりせよ国会議員!

しっかりせよ国会議員!

 6カ国協議が再開したが、米国代表は「これ以上の時間稼ぎはさせない」といった。北は「核凍結、査察受け入れの用意がある」といった。議長国の中国は、何とか面子を保とうと「合意草案」を提出したらしいが、6カ国それぞれの思惑はまとまってはいない。特に中国、ロシア、韓国は、北に同調するだけで、会議にはお付き合い程度である。問題は米国と日本の連携態勢にあるが、米国は中東で手一杯、アジアでの第2戦線を阻止するため北との“ある程度の妥協”を余儀なくされている。北はその弱点をつこうと躍起である。問題は我が国で100人を超えるといわれる拉致被害者の救出無しには合意できない。それを米国にどう了解させるのかが最大の難関だろう。

 しかし、安倍首相の決意は揺るがない。仮に北が核を凍結しても、それは東アジアの安全にとって当然のことであって、我が国にとっては30年間以上も「放置」され続けてきた拉致問題の解決こそ最大の課題である。日本人の中に、核問題が拉致問題に優先するという者がいるが、国家国民保護の観点から言えば、既に敵国内に拉致された国民救出こそは急務である。仮に北朝鮮が核で威嚇するというのであれば、やむをえない。我が国も核で対決する道を選ばざるを得なくなろう。それは中国にとって(韓国もだろうが)厄介な問題になる。北方領土を占領中のロシアにとっても困るだろう。米国は限定的な日本の核武装には痛痒は感じない。むしろ、アジアで最も安定した民主国家である日本が、英国のように米国との連携を保ちつつ核を保有するというのであれば歓迎できる。その決意が日本人にあるかどうかが焦点だろう。

 ところで柳沢厚労相の「生む機械発言」をめぐる国会の有様は“極楽トンボ”そのままである。駄々をこねてみたものの、おもちゃを買ってもらえなかった野党は、さりげなく国会討議に“復帰”したが、けじめをつけるべく「元アナウンサー」に目立つ黄色い服を着せて最後の攻めを試みた。アナウンサーだから言語の専門家だそうだが、最近のアナウンサーほど言葉が乱れている連中はいない、と私は思っている。

 彼女の質問も「攻めが甘く」質問になっていない。その風景を見ていたら、どうも彼女は民主党幹部に「元アナウンサー」という肩書きの他に「女性である」ことを利用されているに過ぎない様に思えてきた。つまり、いかつい男が質問するよりも、女性問題だから女性で、という、民主党らしい姑息な戦術に思えたのだが、そうだとすると彼女は単に「しゃべる機械」とみなされているに過ぎない!どっちもどっち、いい加減にこんな猿芝居は止めて、言論の場らしく侃々諤諤の討論をしてほしいものである。それも我が国の安全保障確立についての!

 テレ朝が報じる茨城の鉾田市会議員の乱交?もあきれてものが言えないが、議員は「公人」なのだから、立候補に際しては資産のみならず義務教育期間の成績も公開したらどうだろう?例えば市町村議員は、小・中学校時代の成績(通信簿の評価を含む)を選挙管理委員会に提出し、選管は選挙公報に掲載する。県会議員は高校までの成績を、国会議員は大学までのすべての成績を公開することを義務付ける。そうすれば「学歴詐称問題」も起きるまい。

 何も学校の成績がその者の人格を決定するものではないが、有権者の判断の基礎にはなるだろう。とにかく、あきれてものも言えない人格欠落議員が目立ちすぎる!

 さて、先のブログで問題にした阿部知子社民党議員は、七日午後、板橋区の東武東上線ときわ台駅で、自殺志願の女性を助けようとして電車にはねられ重傷を負った宮本邦彦巡査部長の警官としての使命感と勇気ある行動をどう評価する気だろう?「警官は国民を守ってくれない」そうだが、阿部知子議員のコメントを是非聞きたいものである。とにかく上は国会から下は市町村まで、一部?の議員達の知的レベルは低すぎる。

 私は、2008年危機説を唱えて久しいが、それは来年のことではない。既に熾烈な前哨戦は始まっているのである。11月の台湾の国会議員選挙、12月の韓国大統領選挙、特に北と対立している韓国では混乱が予想されるが、その混乱に乗じて北が「最後の賭け」に出てくることも否定できない。来年2月の台湾総統選挙も熾烈になる。そのころ中近東では何が起きるか?まさか「同時多発テロ」の再現があるとは思えないが、日本国内でも化学剤、生物剤によるテロが発生しないとも限らない。とにかく何が起きても不思議でない状態であることは確実である。そんな中、戦後態勢の打破を目指す安倍総理の存在は、反対勢力にとっては目障りこの上なかろう。とにかく安倍総理を引きずり下ろし、憲法改正を阻止し、今までどうり、自分達のやりやすい体制を維持しようと“その関連勢力”の最後のあがきが顕著である。6者協議も多分これが最終ラウンドであろう。取り残された我が国は、何を最優先事項にして突き進まなければならないのか。そんな時に「生む機械発言問題」などと心中されたのではたまらない。しっかりせよ国会議員!

先の大戦で、ミッドウェー海戦で空母飛龍とともに戦死された山口多聞海軍中将の伝記(「父・山口多聞≪山口宗敏著≫」光人社NF文庫¥762+税)を是非読んでもらいたい。家族への愛と国家への忠誠心とはいかなるものか。公人たる議員達に、その爪の垢でも飲んでもらいたいと思う。ついでに友人の著書(「知っておきたい現代軍事用語≪高井三郎著≫」アリアドネ企画¥2100+税)も紹介しておくので軍事知識もつけてほしい。f:id:satoumamoru:20070209111825j:image

2007-02-07 日米同盟は机上の空論!

日米同盟は机上の空論!

 今日は浦和市まで出かけてロータリークラブの昼食会で卓話をしてきた。「社会奉仕」を続けるロータリークラブの面々は、皆さんハイレベルでユーモアに富み、何時行っても楽しい場である。今回は時間が限られていたので、早口で喋り捲ったので、聞きづらかったことだろう。しかし、我が国の安全保障問題に関しては、極めて関心が強かったので嬉しかった。

 ところで、5日の朝日新聞に在日米軍青森空港の使用を打診したところ、青森県が「民間空港」であることを理由に断ったという記事が出ていた。チャンネル桜の収録時にもらったコピーによれば、米軍からの2度にわたる打診は、「Xバンドレーダーの配備に関連して知事を表敬訪問」するという名目だったというが、昨年6月に航空自衛隊の車力基地に設置した弾道ミサイル防衛のための施設に関するもので、4月の打診はキャンプ座間に向かう際に三沢基地よりも近い青森空港を利用したい、というもの、6月は横田基地から車力に近い青森空港に着陸したい、という連絡だったという。使用機種は連絡機のUC35だったようだが、いずれも青森県は「民間空港だから」という理由で断ったという。

 青森空港開設時に、地元住民(といっても殆どは活動グループなのだが)県に「軍用としては使わないように要望し、県も「軍用施設としては使わない」と回答した経緯があるから「こうした住民感情を背景に、県は2度とも空港を使わないでほしいとの意向を米軍に通知。空港利用の話しは立ち消えになったという」と朝日は書いたが、05年の日米両国の合同部会で、日米防衛協力で空港や港湾の使用が挙げられているにもかかわらず、地方自治体の実態は全く以前と変わっていないのである。

 自衛隊も同様なのだが、我々「日陰者」は「我慢」するにしても、ことは同盟国に関する問題である。

 私にはこの記事を読んで思い出すことがある。沖縄勤務時代、第7艦隊司令官が私を表敬に来ることになったのだが、ホワイトビーチに上陸したナッター中将は、那覇基地まで直接ヘリコプターで来るのかと思いきや、那覇軍港内にある米海軍のヘリポートに降りて、車に乗り換えて来るのだという。軍港は基地から近いとはいえ、その間の交通渋滞で時間がかかるうえ、要人警護もままならない。

 私は那覇基地は「民間」の那覇空港と同居しているとはいえ、エリア内にはわれわれが使用する着陸スポットがあるのだから、直接着陸するように変更させようとしたが、管制を運輸省が管轄しているので、米軍機の那覇空港使用には制限があるという。そこで私は普段から良くお付き合いしている空港長と運輸省の管制部長に直接掛け合うことにしたのだが、何と、それを察知した米軍側から「お気持ちは分かるが、これ以上自衛隊に迷惑をかけたくないので、計画通り行動する。お気持ちは感謝する」と米軍側から断られたのである。つまり彼らの方から日本の国情に十分配慮して辞退してきたのである。そこで私は少しでも時間を大切にするべく、第7艦隊司令官が陸、海、空の3人の指揮官に別々に表敬することなく私の部屋に2人を呼んで3人一緒に面談することにしたのであったが、米海軍中将の「時給」がいくらかは知らないが、ヘリを降りて車に乗り換え、混雑した一般道を正門に廻ってくるなど貴重な時間の浪費であろう。

 しかし、彼らは沖縄における同盟軍である自衛隊の“弱い?”立場を十分理解し、「友軍」らしい気配りで遠慮してくれたのである。一方の同盟国の指揮官たる私は実に複雑で情けない思いがしたものである。

 仮に、同盟国が米国ではなくソ連だったらどうだろうか?そんな気配りなどどこ吹く風だろう。いや、その前に「地元住民」たちが、赤旗を振って彼らを歓迎するのかもしれない。逆に、ソ連軍司令官を乗せたヘリが直接基地内に着陸しないで、軍港内のヘリスポットに着陸して車に乗り換えて来ることを知った「地元住民達」は「那覇基地に直接着陸させないのはどうしてなのか?」と連日基地正門前にデモをかけて来るのかもしれない。

 集団的自衛権は「保有するが使えない」と平気で言う同盟国、同盟軍の「民間空港着陸」を平気で拒否する同盟国、そのくせ、北朝鮮が核実験したとなると「核の傘の保障はどうなっている?信用できるのか!」といきり立つ同盟国。

 仮にこれが日韓が同盟関係にあると想定した場合、韓国民が日本の自衛隊機の民間空港着陸を拒否し、基地撤去を叫び、その代わり北が不穏な動きをする度に、自衛隊は38度線の防衛はしっかりやってくれているのか?などと言ったとしたら、日本国民はどんな気がするだろう?朝日はその昔、中国に対して書いた様ににきっと「暴支よう懲」ならぬ「暴韓よう懲」を叫ぶのではないか?

 在韓米軍の動きは微妙である。同様に、日米同盟もこんな些細なことからヒビが入りつつあるのだが、防衛大臣は日米同盟の信じがたい実態について承知しているのだろうかと心配になる。この例のような「机上の空論」状態が各所に放置されていることを国民にもっと知ってもらいたいと思う。

2007-02-06 阿部知子・社民党議員のメルマガ

阿部知子社民党議員のメルマガ

 昨夜は、チャンネル桜の「防人の道」で、井上キャスターと「防衛漫談」をしてきた。控え室で新聞各紙に目を通すのだが、この日は「社民党議員・小児科医・阿部知子のメールマガジン」「カエルニュース」第253号2007/1/19を渡され、意見を求められた。「国民保護は地方自治から」という題で、小児科医の体験などを書いていたが、彼女は「消防組織法にうたわれる如く、国民の生命・身体・財産を守る役割を担うのが『消防』であり、その責任は各市町村の首長にある」として、「安倍晋三政権になってから『国を愛する』・国防の強化などの言葉が氾濫し、あたかも外敵から国民を守るために国家の力=軍隊が必要であるかのように宣伝されるが、実は『軍隊は国民を守らない』という事実は戦争を通して如実に示されてきた。軍隊は勿論のこと警察も、戦闘のためあるいは犯罪に対しての対処を第一とするため、国民保護は二の次、三の次となる」と断言する。そして阪神大震災で「国による命令を受けて救援に向かったのは数日を経て後のことであった。日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、国土保安隊として出発し、防災のためにも働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である」と非難した。

 あまりにも支離滅裂な内容に、相当な反響があったらしく、次の「カエルニュース」第254号2007/1/24では「たくさんのご意見を頂戴して」として、事実認識のあいまいさについて「弁解」しているが、あまりの「無知と無責任さ」に論評する気にもなれない。この程度の認識しか持たない女性が国政に関与し、政党の一員として地上波テレビに出演しているのだから、政治が堕落し、地上波テレビの質が低下する筈である。

「国防」と「消防」の違いさえも理解できていないのは茶番にしても、過去の事実を知らないからか、それとも意図的に改ざんするためか、自衛隊の前身を「国土保安隊」と言うにいたっては何をかいわんやである。阪神大震災の実態さえもご存知ないようで、あの時の首相は彼女の属する社民党の前身であった「社会党」の重鎮であった。彼が何をしたか?「村山首相の対応の遅れを指摘される御意見もありますが」とは恐れ入る。未だに彼女のメルマガには意見(抗議)が殺到しているに違いない。

こんな議員に柳沢厚労相の「失言」を取り上げる資格があるのだろうか?

「私を含めて誰もが未曾有の災害に対して、十分な判断や迅速な行動がなしえなかったことについて、多くの教訓が残されたと思います。その重い課題を受け止め、今なお癒えぬ被災者の抱える問題を解決するために今後も政治活動に努めます」と彼女は言うが、無反省この上ない。前号で非難した自衛隊員に対するご自身の釈明はどうなったのか?「重い課題を受け止め?」るそうだが、白々しい。

「初動の遅れは、当時被災状況を迅速に把握し自衛隊の出動を要請する自治体側の被害がひどく、知事も含めて身動きが取れなかったこともあると思います」と書いたが、肝心要の知事はそのときどこにいて、どういう状況だったから「身動きが取れなかったのか」知った上でのご意見か?身動きが取れるようになった彼がとった指示は何だったのか?連絡手段は講じられていたのか?単に「自治体側の被害がひどく」という一言の裏には、他に言われない失態があったのではないか?

「反論しない(出来ない)自衛隊」をいいことに、書きたい放題、言いたい放題の無責任な態度は慎むべきであろう。自衛官といえども人の子、評価されないことに耐えられるほどの「聖人君子ではない」ことを、OBの私が代わって申し上げておこう。 ところで井上和彦キャスターは、全国の陸・海・空自衛隊を自ら廻って取材して歩いている数少ないジャーナリストである。その彼が「国防の真実・こんなに強い自衛隊」(双葉社¥1400+税)を上梓した。「今後も政治活動に努める」という阿部女史のために言っておきたいが、真の自衛隊を認識するために、是非この本を読んでもらいたい。その上でご自身の意見を言ってほしいものである。

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2007-02-05 尖閣諸島、波高し!

尖閣諸島、波高し!

 先日、チャンネル桜の周辺情勢を巡る元自衛官(将官)による討論会に参加したのだが、軍事の専門家だけあって、時間が足りないくらい内容が濃い番組になった。しかし、台湾、尖閣を巡る討論では、陸、海、空の立場の違いからか、若干の認識の差が感じられた。例えば「中国は台湾攻撃は“絶対に”しない」とか「尖閣を占領する“軍事的合理性”がない」と言う意見である。

 過去の戦争は「思いもかけないキッカケ」でおきていることを忘れてはならない。第1次世界大戦は「サラエヴォの一発」から泥沼に陥ったし、支那事変も「盧溝橋の一発」から始まった。近年では、アルゼンチンの沖に浮かぶ、小さな英国領の島「フォークランド」をアルゼンチンが不法に占領したとき、不況にあえぐ大英帝国が、巨額の戦費を捻出してまで、島を奪還する作戦を強行するなどと、日本の政治家、学者、評論家の誰が想像したであろうか?誰もが“予想もしていない(出来ない)こと”から事は始まるのであって、軍事を司る者は、最悪の事態に備えるのが本来の任務であろうと私は思っている。

 今朝の産経には「EEZ内中国船活動」と言う見出しで、「4日午前9時半ごろ、尖閣諸島・魚釣島西北西約30キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内で、中国の海洋調査船『東向紅2号』(3235トン)が調査活動をしているのを第11管区海上保安本部(那覇市)の巡視船が発見…調査を中止するよう無線などで警告したが、調査船は応答せず、航行しながら4回の調査を行い、午後10時過ぎにEEZ外に出た」とある。その間、実に12時間以上も、日本側の警告を無視して調査活動をつづけていたことになる。外務省は強く?抗議したようだが、彼らはせせら笑っていることだろう。彼らは、尖閣を含むこの水域は、彼らの国内法で「領海」に定めているからである。日中中間線も認めてはいない。自分の海で何をしようが「勝手だ」と言うのが彼らのスタンスなのだから、巡視船がいくら「叫んで」も、日本の外務省がいくら「抗議」しようとも、何ら痛痒を感じない。

 10年前、この防衛区の守備に任じた私は、台湾の元軍人一行が尖閣にヘリコプターで強硬着陸するという情報を得て、10日以上にわたってE2Cとファントム戦闘機による「空中警戒態勢」をしいてこれを中止に追い込んだことがあった。このとき、上からの指示は「武器を使うな」であったが、私は規定どおりの態勢で任務を遂行し、部下も淡々と従ってくれた。

 ところで、私のブログに良書の広告が掲載されるようになったので先日気に入った本を購入したのだが、その一冊に「チャイナハンズ(元駐中国大使の回想)」(ジェームズ・R・リリー著。西倉一喜訳。草思社¥2500+税)がある。

 その中に、CIAの秘密工作員として羽田に着いた彼が、タラップを降りながら回想したというこんな一節がある。

「一九五一年のアジアは混乱の渦の中にあった。旅客機を降りながら、フランク(彼の兄で米陸軍将校)が一九四六年に語った言葉が事実になりつつあるとの思いが迫った。彼は、世界の運命は『武力を最も効果的に使える者に委ねられている』と言った。中国では共産党が農民に戦う気を起こさせ、ゲリラ戦が得意だったこともあって、米国の支援を受けた国民党を敗北させた。朝鮮半島ではまさに現在、半島の支配権を巡り米軍と韓国軍が中国軍と北朝鮮軍を相手に血みどろの戦いを続けていた」

 事実、中国共産軍の首領であった毛沢東は「革命は銃口から生まれる」と言い、その言葉どおりに政権を奪取した。クラウゼヴィッツが「戦争は政治の延長」と言ったことは有名だが、軍事というのは単に「特殊な存在」ではなく、政治、経済、文化、ありとあらゆる事象と同様、この世の人間の営みの中の一つの存在だと私は理解している。そしてフランクが言ったように、その武力(軍事力)を如何に「効果的に使ったか」が、偉大な為政者とそうでない愚者との差となって歴史に刻まれてきたのだと思っている。ナポレオンや、我が国の戦国武将の生き様を見るが良い。

 翻って戦後の我が国は、たった一度の大戦に負けただけで、軍事は悪と思い込まされて、憲法に「国際紛争を解決する手段としての軍事力放棄」を明記させられ、これで世界中が平和になったと思い込まされてきた。「防衛大」出の「防衛」専門家の中にさえ、戦後(今でも多用されている)「防衛」という用語の魔術に引っかかって、「専守防衛」「自衛」が「軍事のすべて」であるかのように錯覚してきたが、その弊害が顕著になりだしたように私には思われる。「防衛行動」は「軍事行動」のホンの一分野に過ぎないことを忘れてはならない。

 軍事力行使をためらう我が国にとっては、北方領土竹島、それに拉致被害者の奪還さえも全く打つ手がない以上、尖閣周辺での領有権争いも同様であり、依然として“波高し”であることを忘れてはなるまい。

2007-02-03

畏れ多くも…

 昨日の産経新聞7面・国際欄は読み応えがあった。中でも中国の衛星攻撃が、今後の宇宙開発は勿論、米中関係に重大な影響を与えるという記事は、注目すべきことであろう。冷戦中、米ソ間のSALTでは、互いに「偵察衛星」という目を取り除こうと躍起だったのだが、FOBSという衛星軌道上を飛行しながら地上を含む目標にミサイルを打ち込むシステムが開発されつつあったため、衛星を直接的に軍事目的に使うことは宇宙平和利用に反するとして、双方が妥協して中止したことがあった。

 今回の中国の衛星破壊行為は、軌道上を周回して「平和目的」に大きく貢献している各種衛星に対する脅威だとして、米国が反発することは必至であろう。

 中国軍部は、相当以前からこの種の実験をしていたのだが、すべて失敗に終わってきた。今回「たまたま?」実験に成功したのだろうが、それはコソボ紛争で、中国大使館がピンポイントで「誤爆」されたことが脅威だったのだろうと推察される。問題は、今回の軍の暴走行為?を、北京政府が掌握していなかったらしい点にある。

「私はこう見る」欄に、これについて阿部純一氏が細かく解説しているが、私も胡錦濤主席の「軍掌握」に疑問を感じている一人である。阿部氏は、霞山会主席研究員という肩書きだが、以前「中国の本当の実力」(ビジネス社¥952+税=写真)と言う著書を出している中国問題専門家で、私は彼の分析力を高く評価しているのだが、インターネット上では、それを裏付けるように、胡錦濤主席と曾慶紅副主席との間で熾烈な権力争いがある、といわれている。それらの情報を総合すると、北京政府は何時「噴火」してもおかしくないように思えるのだが、信憑性はとにかく、我が国は最悪の事態を想定してそれに備えておくべきではないのか?ところが野党の皆さんは、それより「柳沢発言」の方が重要らしいから、政党としては取り返しのつかない「大いなる誤算」になる様な気がするが・・・

 ところで、今朝の産経新聞の5面下に「北京五輪開会式出席皇太子ご夫妻に非公式打診」という見出しのとんでもない記事が小さく出ていた。私は以前このブログで危惧を示したのだが、やはり中国政府は北京オリンピック開会式に、わが皇太子ご夫妻をご招待していたのである。記事は「中国政府が平成20年の北京五輪開会式への皇太子ご夫妻の出席を、日本側に非公式に打診していることが2日、明らかになった。中国政府の王毅駐日大使らを通じ政府・与党に伝えられた。塩崎恭久官房長官は記者会見で『正式な招待はまだ来ていない。要人の出席については、非公式な場でさまざまなやり取りが行われている』と述べた」という短いものだが、とんでもない。天皇はじめ皇族方の政治利用そのものではないか。何で中国が主催するオリンピック開会式に、わが皇太子ご夫妻が出席されなければならないのか?ただでさえも問題が多いといわれているオリンピックなのに、危険を冒してまで出席さる必要はあるまい。最も儀礼上の「単なるご招待の打診」に過ぎない様だから政府は是非“丁寧に”お断りしてほしい。先日の韓国映画試写会に両陛下がご出席されたことに多くの国民は違和感を持っている。私は「ならば是非とも靖国に御親拝戴きたい」と敢えてそこに書いたのだが、皇太子ご夫妻が北京にお出かけになり、捏造された『南京虐殺』展示館に“ご招待”され、何らかのご発言でもあろうものなら取り返しがつかない。皇太子ご夫妻の北京ご訪問は『日本歴史に対する一大汚点』を生じかねないプロパガンダに利用される恐れなしとしない。どうも宮内庁にはその点について無用心な官僚が多い様だし、中には“それが目的で宮内庁に潜入?”している者もいる、と公言する者もいる。以前、中曽根首相が“中国の友人”を大事にして、靖国参拝問題を外交問題に発展させてしまったことを忘れてはならない。確かに現状の胡錦濤政権は不安定である様に見える。しかし、だからといって彼を支えてやる必要が日本国にあろうか?ましてや皇族を!それよりも、皇太子ご夫妻には、是非とも靖国神社にご参拝いただきたいと思う。

 評論家の黄文雄氏は「中国・日本包囲網」(海竜社¥1600+税=写真)に「日本人が中国にいくら善隣を求めても、この国には不変なものがある。それは中華思想と、有史以来、中原から時代とともに版図を拡大し続けてきた膨張主義である」「私がいちばん心配していること、つまり二十一世紀の日本の一番大きな問題というのはソフト面にある。日本人の精神面だ。日本の禍機(かき…災いの兆し)は、まさしくその精神的なものからくるのではないかと常に憂慮しているのだ」と書いている。

 私も、最近の皇室問題(特にメディアの報道)を思うとき、徐々に日本精神が破壊されつつあるように思われて気が気ではないのだが、今回の中国政府による「北京五輪成功と対日プロパガンダを狙った」皇太子訪中要請問題はその最たるもののような気がしてならない。畏れ多くも殿下には、君側の奸の謀計にくれぐれもご注意あそばされるよう、敢えてご忠告申し上げておきたい。

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2007-02-01 闘論、倒論・・・緊急シミュレーション

闘論、倒論・・・緊急シミュレーション

 今日はチャンネル「桜」で、表記討論の収録に参加してきた。「今そこにある危機」についての討論だったのだが、参加者が、冨澤元陸幕長、松島元陸将、古庄元海幕長、川村元海将補、西川元空将、それに私という構成だったから、我が国を取り巻く現在、近未来の諸問題についての討論となり、自衛隊出動に至る「シミュレーション」には至らなかった。現行法体制下では「防衛出動」が下令されない限り、自衛隊は動けないのだから、ある意味で当然のことではあったが、陸、海、空で、我が国を取り巻く情勢分析に微妙な差異があったのが面白かった。放映は3日(土曜日)の夜9時から12時までである。

 ところで南京事件を正しく伝えるべく日本側から見た「南京事件の真実(仮題)」という映画を、水島氏を中心とするグループが作成するために立ち上がったが、ホテルニューオオタニで開かれた記者会見を伝えたのは国内紙では「産経」だけで、他は一切無視している。代わりに外国紙は揃ってこれを伝えた上に、取材は非常に熱心なのだという。国内メディアは、国会での「閣僚失言追跡」や、納豆・レタスの虚偽報道の対応で忙しいのかもしれない!そのうち、この映画は日本国内の「一部右翼のヤラセだ」と大々的に報道するのだろう。見ものである。

 閣僚失言問題に関する所感は昨日書いたが、コメントを見ても関心が高いことが分かる。私には、この案件は、憲法改正にまい進する安倍首相を何とか引き摺り下ろして、憲法改正を阻止しようという“左翼陣営”の必死な取組の表れのように見える。その観点から見ると、民主党が共闘していることがどうしても理解に苦しむ。最も、指導力なきトロイカ指導体制の下、下部組織では旧左翼陣営が蠢動しているのだから当然の結果といえるが、以前憲法改正について、ある意味自民党よりも理解を示していた政党らしくないのが気にかかる。

 共産党と朝日新聞は徹底抗戦の構えだから、至るところに「憲法9条を守ろう」と書かれたポスターが貼られている。朝日に至ってはOBにも会費を請求する熱心さだそうで、労働組合などと提携して組織的に活動しているという。

 コメントにあったように「地上波テレビは見るに耐えない」とする意見は非常に多いが、それと「だから見ない」ということとは別問題で、その垂れ流す悪影響は被害甚大である。CNNやABCなど、外国のテレビは、さすがに日本ほど低級ではないが、良く見ていると「民主党支持」をあからさまに打ち出していることがよく分かる。日本のテレビ、新聞も、低俗番組はおろか、ニュースやワイドショウ番組の中にさりげなく「洗脳」する内容をもぐりこませているのだから始末が悪い。

 そんな中、ずいぶん以前に封切られた「ダラスの暑い日」と言う映画を、たまたま衛星放送で見た。映画だからどこまで真実かはわからないが、シナリオは人種平等路線を打ち出したケネディを快く思っていないグループが、国家機関共々暗殺を決行したことになっている。しかし、決定的だったのがケネディが「ベトナムから撤退する」ことを公言したことだった、と映画は示唆していた。私にはちょうどメディアや野党が「イラク撤退」を政府に要求し、それに徹底的に抵抗しているブッシュ政権が重なって見えた。どちらに転んでも、メディアは責任は取らない。

 アメリカ映画の面白いところは、自国の政権を堂々と非難するし、国家機関が暗殺に加担したことをも平気で示唆する点だが、こんなところが自由と民主主義の国なのだろうか?米と味噌を食って島国で育った大和民族にはなじめないことも多い。

 しかし、いつになったら、次元の低い?失言問題に留まらず、国家の危機に関する問題に対しても堂々と切り込む映画やメディアが登場するのだろう?

 その点では、他のメディアでは“絶対に”聞かれない様な内容をノーカットで3時間放映するチャンネル「桜」は、我が国のメディアの「タブー」に勇敢にも挑戦しているように思うのだが、とても視聴率の点で、地上波の低俗番組に対抗できない“零細企業?”であるのが残念である。



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