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誰かの妄想・はてな版

2015-05-16

マッカーサー自衛証言説の系譜とその黒幕、あるいは歴史修正主義のデマはなぜ生き残ったか

マッカーサーが“太平洋戦争は日本の自衛戦争だった”と証言した、というデマの起源は、田中正明の「日本無罪論 (1972年)」のようです*1

田中正明1952年4月に「日本無罪論―真理の裁き (1952年)」を右翼団体政治家の支援下で出版して以降、精力的に歴史の改ざんに取り組んできた右翼言論人です。

1985年の「松井石根大将の陣中日記」で、日記原本から書籍に起こす際に大量に加筆・修正・削除を行い、南京事件が無かったかのように改ざんした人物としてよく知られています*2

1952年の「日本無罪論―真理の裁き (1952年)」でも、本来の意見書を編集して3分の1に要約し、「パール判事判決文を読んで」という田中自身の文章を付け加え、憲法改正再軍備を主張しているとのことです(中里成章「パル判事――インド・ナショナリズムと東京裁判 (岩波新書)」P194)。“憲法改正再軍備”などというと、現在の安倍政権の企みを想起しますが、実際、田中の「日本無罪論―真理の裁き (1952年)」出版には、安倍首相の祖父・岸信介を中心とした旧大東亜協会人脈の働きかけがありました。

その田中正明が20年後の1972年になって出した「日本無罪論 (1972年)」には以下のような話があります。

この話は昭和47年発行の『日本無罪論』で田中正明先生が言ってられたのですが、聞くと、原典と突き合せてないということで、渡部昇一さんと話合って原典を突き止めることになり、ニューヨーク・ タイムズに記事が出ていることが窺え、そこで現物を学生に探してもらうと見付かりました。

東京裁判を開くための条例を制定した最高責任者マッカーサー自身が「侵略戦争でなく自衛戦争だった」と証言です。どんどん使って宣伝しようと渡部さんと喜び合ったものです。

http://www.geocities.jp/ondorion/rooster_roost/rooster_roost12.html

小堀桂一郎渡部昇一らが、田中正明のデマをさらに虚飾しようとして、1951年5月3日のアメリカ上院軍事外交合同委員会聴聞会でのマッカーサーの発言を曲解して右翼プロパガンダに利用したわけです。

上記引用の原典が不明確ですが、「渡部昇一.com」の記載を見る限り、1995年の「東京裁判 日本の弁明―「却下未提出弁護側資料」抜粋」で利用していることから、おそらくこの頃でしょう。極右安倍晋三議員として歴史修正主義の活動を積極的に開始した時期にあたります。

このデマがネットで流布されていた2007年の時点で、私は「マッカーサーは日本は自衛のために戦った、と言ったのか? 」と一度記事にしていますが、産経新聞安倍政権(第一次)の政治的圧力を背景にしたネット右翼のデマの勢いはすさまじく、2012年には都立高校の教材として右翼歴史修正主義への洗脳教育がおこなわれるに至りました(石原慎太郎都政)。

マッカーサーの発言全体を見れば、“太平洋戦争は日本の自衛戦争だった”などという意味での発言ではないことは明白ですが、政治と金の力でモノを言わせればごり押しできるという右翼の脅威をまざまざと見せつけるような展開でした。

デマの拡大

田中正明を始祖とし、小堀桂一郎渡部昇一らを使徒としたマッカーサー自衛証言説ですが、極右政治勢力の拡大を背景とし産経新聞などが積極的にデマ流布に協力した結果、ネット上でもアジア太平洋戦争正当化歴史修正主義者によって大々的に利用・流布されていきました。原典のマッカーサー発言を全体の流れをちゃんとおさえて読めば、“太平洋戦争は日本の自衛戦争だった”という解釈には成りえないにも関わらず、原典をまともに確認しないネット右翼連中によって、伝言ゲームの様相を示していきます。

その結果、マッカーサー自衛証言説を強化する方向の発言内容改ざんが繰り返されるようになります。

もちろん、小堀・渡部などは、こういったマッカーサー自衛証言説を強化する方向の発言内容改ざんを全く指摘することなく、むしろ内心では歓迎していたと言っていいでしょう。

そして出てきたのがこれです。

出所不明「マッカーサーの言葉」広報に掲載

河北新報 3月3日(火)11時35分配信

 名取市の佐々木一十郎市長は2日の市議会2月定例会の一般質問で、昨年12月号の市広報コラムに、連合国軍マッカーサー司令官の証言だとして引用した文章が出所不明で誤りがあったことを認め、謝罪した。

 市長は、1951年5月3日の米上院軍事合同委員会公聴会でのマッカーサーの証言の抜粋として書いた。「先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は自衛戦争をしただけです」「東京裁判はお芝居だったのです」などと続く。

 市長はインターネット上の文章を引用しており「内容を検証せず掲載し、ご迷惑をかけたことをおわびする」と謝罪。「戦後70年の節目に平和や愛国心を考えるきっかけになればと思った」などと釈明した。

 質問した市議は「戦争の美化は許されない。引用は市長がそういう思想を持っているからではないか」と釈然としない様子だった。

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201503/20150303_11018.html

これは、マッカーサー自衛証言説を強化する方向に内容が改ざんされていたものを、市長という公職にあるものが市の広報コラムに載せるという信じがたいデマの拡散を行ったわけです。これに関してはさすがに批判され、市長は謝罪しましたが、「日本は自衛戦争をしただけです」という内容を散々に流布してまわった渡部昇一は全く追及されませんでした。

渡部昇一先生がよく

マッカーサーですら、日本の先の戦争の原因は主に自衛の目的であった。それは昭和26年5月3日にアメリカ合衆国議会上院軍事外交合同委員会で証言している」

といつも紹介している(略)

http://www.watanabe-shoichi.com/contents/mac.html

とあるように、マッカーサー自衛証言説を吹聴して回った渡部昇一の主張内容と「先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は自衛戦争をしただけです」という記載は意味としては同じです。

名取市長が広報で歴史修正主義のデマを流したほぼ1年前の2014年3月14日に井口玲子氏が、1951年5月3日のアメリカ上院軍事外交合同委員会聴聞会でのマッカーサー発言を翻訳し説明を入れて、マッカーサー自衛証言説を否定しています(「マッカーサーの告白」なる文章について。)。

この文章の作者が何を意図してこれを作ったのか不明ですが、脚色されたかつての敵将の言葉に、自国の正当性を求めねばならないほど、日本人は矜持を失っているのでしょうか。戦略説明のために登場したに過ぎない発言を、創作を加えてまで有難がるということに、私は激しい屈辱感を覚えます。

https://www.facebook.com/iguchi.reiko.7/posts/277302169097696

誇張されたデマは指摘されたが、元のデマはそのまま生き残った

名取市長によるデマの流布はハフィントンポストによって記事にされました。

「マッカーサーの言葉」名取市長が出所不明の情報を掲載(全文)

もちろん、名取市長が広報で流布した「マッカーサーの言葉」はデマであるという認識で書かれています。しかし、問題は以下の記述です。

この「マッカーサーの言葉」とされる文章はネット上に出回っているが、ネットユーザーの井口玲子さんが2014年3月に原文に当たって解析したところ、「事実を一部だけ織り交ぜた創作文」だったと結論付けた。彼女によるとマッカーサーが「日本は自衛戦争だった」という趣旨のことは述べているものの、日本国民への謝罪も反省した箇所はなかったという。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/03/02/the-rumor-of-mcarthur_n_6788700.html

つまり、名取市広報に書かれた「マッカーサーの言葉」はデマだが、“マッカーサーが「日本は自衛戦争だった」という趣旨のことは述べている”のは事実、という認識で記事が書かれています。言い換えれば、渡部昇一らによる「マッカーサーですら、日本の先の戦争の原因は主に自衛の目的であった。それは昭和26年5月3日にアメリカ合衆国議会上院軍事外交合同委員会で証言している」*3というデマについては、ハフィントンポストの記事は一切指摘せず容認してしまったわけです。

そしてハフィントンポスト記事の最大の問題は、「彼女(註:井口玲子氏)によるとマッカーサーが「日本は自衛戦争だった」という趣旨のことは述べているものの」の部分です。

井口氏はそんなことは言ってません。

井口 玲子 加藤木さん、石井さん

コメントありがとうございます。「security」の訳ですね。これを「安全保障」や「自衛戦争」とするのは確かによく見聞きしますが、加藤木さんの「失業者対策」は思いつきませんでした。良いですね。最適かも(真面目です)。

安全保障」「自衛」は場合によっては間違いではないかもしれませんが、この公聴会での発言に関しては、私としてはどうもしっくりと来ません。ここで氏は、対日本戦同様に中国に対しても、国内を混乱させることで自ら打って出るように仕向けるのが得策だと述べています。太平洋戦争時、宣戦布告したのは日本、自分達はあくまで売られた喧嘩を買っただけなのだという構図に持ち込んだことを、成功体験として語っているわけです。つまり、安全保障や自衛という言葉によって生じる「日本の正当性」を氏は認めていない。するとここでは、Security=国内の安定と捉えるのが、前途の文脈から考えると自然なような気がしています。

2014年3月15日 7:31

https://www.facebook.com/iguchi.reiko.7/posts/277302169097696?comment_id=972763&offset=50&total_comments=102&comment_tracking=%7B%22tn%22%3A%22R9%22%7D

1951年5月3日のアメリカ上院軍事外交合同委員会聴聞会でのマッカーサー発言における「security」について「安全保障」「自衛」と訳すのは「私としてはどうもしっくりと来ません」と述べています。

もともとの2014年3月14日の井口氏訳でも以下の通り「日本は自衛戦争だった」と訳していません。

原料の供給を断たれれば、国内で1000〜1200万人が職を失います。これは日本にとって死活問題でした。つまり、その危機を回避することが、日本が戦争に打って出た主たる目的だったのです。

https://www.facebook.com/iguchi.reiko.7/posts/277302169097696

(英語原文)

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120403/1333471436

つまり、ハフィントンポスト井口氏が「マッカーサーが「日本は自衛戦争だった」という趣旨のことは述べている」と判断したかのように偽装することで、結局のところ、マッカーサーが“太平洋戦争は日本の自衛戦争だった”と証言した、というデマを指摘することなく、容認し、温存してしまったわけです。

まあ、実際に渡部昇一らによるデマの追及を始めると、日本の支配者である安倍晋三に行きつくわけですから、安倍政権による報復を恐れてあえて追及しないというのも心情としては理解できますけどね。

近畿の野次馬近畿の野次馬 2015/05/18 00:30 >まあ、実際に渡部昇一らによるデマの追及を始めると、日本の支配者である安倍晋三に行きつくわけですから、安倍政権による報復を恐れてあえて追及しないというのも心情としては理解できますけどね。
いけません、同情は禁物です。こいつらは情報を調べて顧客から役に立ったと評価されることで飯を食うプロです、そんな甘えを許すわけにはいきません。プロが圧政に譲ってズルズル後退するならアマチュアは猶更ひどい目に遭います。

一読者一読者 2015/05/20 08:02 scopedogさんの丁寧に調査なさった記事は勉強になります。
ご存知かもしれませんが、あまりほかのサイトでも指摘されていない点があるので書き込ませていただきます。

マッカーサーの回顧録には、「資源がない日本が連合国の経済制裁を恐れたことが戦争の主因だった」とする文章があります。"dictated by security"に対応する文言こそないものの、日本が戦争に陥った理由として、以下の説明を行っています(出典は後述)。
1.日本には良質な労働力が豊富だが資源がない。資源の輸入や安価な製品の輸出により自国産業を豊かにしてきた。
2.併合や支配により、工場を供給する(海外植民地等の)根拠地(bases)を確保(secure)することが、長らく日本の政策目的だった。日本はこれらの地域に多額の投資を行った。
3.実際、ルーズベルトによって開始された連合国による経済制裁への恐怖が戦争の主因の一つである。
4.是非はともかく(Rightly or wrongly)、日本は自国産業がマヒし、内乱(国内での革命)が起こると思ったのだ。
5.日本は自国産業のために根拠地(bases)を確保(seize and hold)し、「大東亜共栄圏」を永久に保障しようとしたのだ。

上記の文章と上院での証言を照らし合わせると、あくまでもこれらの開戦原因論は日本が戦争を行った主観的な理由を分析していることがわかります。客観的、あるいはマッカーサーの主観として日本の戦争を正当な「自衛」と評価したものではありませんね。例:「是非はともかく〜(日本は)思った」「(経済制裁への)恐怖」(回顧録)、「(日本は資源の供給を断たれることを)恐れた」(証言)
実際、マッカーサーが正当な開戦理由や手段として、「大東亜共栄圏を永久に保障」(回顧録)するために「(東南アジアの資源を確保するため)奇襲の利点を用い」(証言)ることを述べたとは考えがたいです。scopedogさんや井口さんが指摘するように、日本の例は海上封鎖で中国の経済を混乱させれば、中国が戦争に訴えて自滅するという戦略を説明するために引き合いに出されたものにすぎません。マッカーサーが中国に正当な「自衛」という口実を与えようとしていたというのは考えがたいですね。

scopedogさんの以前の記事にあるように、上院でのマッカーサー証言の文脈は、資源がない日本が、資源を断たれ大量の失業者がでることを恐れたため、戦争目的が主に"dictated by security"ということですね。したがって、日本が戦争を行った直接の理由は回顧録の表現を使えば"internal revolution"への恐れとなります。これはscopedogさんが以前ブログ記事で書いていたように、"dictated by security"が”大量の失業者の発生による治安悪化を恐れたため、戦争に突入した”ことを意味するという読解の裏付けとなるでしょう。
ただ、回顧録や証言で東南アジア等の資源の豊富な根拠地を占領することについて"seize the bases"というフレーズが使用されていること、回顧録では根拠地を確保する(2.)という意味でsecureという単語が使用されていることが気になります

以上の理由より、マッカーサー証言の"security"の訳として、"安定"、"安全確保"やせいぜい"安全保障"が妥当だと私は考えます。正当化する意味合いの強い「自衛」という訳は不適切だと私は考えます。

なお、回顧録の上記文章は、ホイットニーによる「MacArthur - His Rendezvous with History」に引用されたマッカーサー自身の発言を再引用したものだと考えられます。回顧録にもホイットニーの書籍にも発言の出典が記述されておらず、上院での証言との関係などは不明です。ただ、マッカーサー自身が回顧録に再引用していることから、この発言は彼の見解を反映していると考えてよいでしょう。


「"Never in history had a nation and its people been more completely crushed than were the Japanese at the end of the struggle.」から始まる数個のパラグラフが回顧録にも再引用された当該発言です。
「MacArthur - His Rendezvous with History」CHAPTER II "In their hour of agony"
https://archive.org/stream/macrthurhisrende001273mbp/macrthurhisrende001273mbp_djvu.txt

マッカーサー回顧録に同様の記述があることは、ご自身でお確かめください。googlebooksでマッカーサーの「Reminiscences」を調べると、当該部分を読めるかもしれません。

一読者一読者 2015/05/20 18:04 訂正
scopedogさんや井口さんが指摘するように、日本の例は海上封鎖で中国の経済を混乱させれば、中国が戦争に訴えて自滅するという戦略を説明するために引き合いに出されたものにすぎません。



scopedogさんや井口さんが指摘するように、日本の例は脆弱な経済を持つ国家に対し、海上封鎖が有効な実例として引き合いに出されたものにすぎません。

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