五中全会前夜

 中国的な慣習では旧暦の7月は中元普渡もあり「鬼節」といって幽霊の季節だ。うろ覚えだが確かあの世とこの世の間にある扉がこの季節は開くんだったか?この間などそこらじゅうで紙銭だかお札だか燃やしていて、歩道で燃やすものだから通行するのに熱かった。あれはみんな敵討ちのように盛大に燃やしますな。ちなみにこの季節はホラー映画などを見て気分を盛り上げるという楽しみ方もあるらしい。日本でもお盆時の怪談が盛り上がるのといっしょだ。そこで私も怪談話でもしようかと思う。怪談といっても私がするのは生霊のたぐい、中南海の魑魅魍魎についてだが。

 五中全会を前にして様々な憶測、動きが現れてきている。個々の話を眺めるに、互いに相反するベクトルの動きがあり、あるいは権力闘争とは関係なさそうな話もある。私的には点は今のところ点としてのみ存在する感じで線としては中々に繋がってこない。そうである以上、どのような流れが主流なのかとはまだ明確に示せない。これから書くのは気になる報道のメモ的なものだと考えてもらいたい。とは言っても最大公約数的に、路線対立と権力闘争の存在というのは念頭にある。もっとも中共中央政治局内でそうした話が無かったことがあったのかというところだが。ネタはなるべく時系列的に並べていく。

「三個代表」(三つの代表)は未だ健在、胡錦濤の金看板の影響力は?

 中国の核心領導たるもの自分の金看板になるイデオロギーなり理論を持たなければならない。毛沢東には「毛沢東思想」があり、訒小平には「訒小平理論」があり、江沢民には「三個代表」があった。こうしたイデオロギーは彼らの権力の正当性を高め、自らの立脚点を内外に明らかにするものである。それゆえにイデオロギー論争は政治的な道具になり得るし、もっと言えば権力闘争の発現の場となる。文革最末期の訒小平華国鋒の権力闘争などその典型であろう。

 その辺の機微を捉えたのが、邱鑫「五中全會前 人民日報文章只提三個代表」『亜洲時報』、という評論。この評論は8月15日の『人民日報』の特約評論員による「中國共產黨是全民族團結抗戰的中流砥柱」(「中国共産党は全民族の団結抗戦の要」)なる文章に注目したものだ。この文章、8月15日という日時とそのタイトルからも分かるとおり、6800余字に及ぶ全体の文量のうち前半6700字は党公認の「抗戦歴史」のお経部分だが、その最後半部分100字前後にこそ興味深い内容があるという。

 この『人民日報』の文章は「終始中国の先進生産力の発展要求を代表し、中国の先進文化の前進方向を代表し、中国の最も広範な人民の根本利益を代表する中国共産党は、必ず中国人民を緊要な戦略機会を捉えることに導くことが出来、一心に建設事業に取り組み、一心一意に発展を図り、我々の祖国をして富強民主文明の社会主義現代化国家へと建設する。」としている。ここでは江沢民の「三個代表」には触れられているが(〜を代表しのところ)、胡錦濤登場以後の概念である「四位一体」の建設とか、「和諧社会」(調和の取れた社会)とか、「和平崛起」(平和的台頭)とかには触れられていない。

 比較の対象として同じく『人民日報』6月27日の第一版に掲載された文章が挙げられている。ここでは胡錦濤が年初に行った重要講和を引用して、「中国は『三位一体』の建設段階から『四位一体』の建設段階に発展していると指摘している。件の講和では、「我が国経済社会の不断の発展に伴い、中国の特色である社会主義事業の全体局面において、社会主義経済建設、政治建設、文化建設の三位一体の建設から社会主義経済、政治建設、文化建設、社会建設の四位一体の建設に発展させることを明確にしなければならない。」とのこと。また、アナリストによれば、胡錦濤が講和で提起した「和諧社会」というのは、江沢民の「三個代表」の不足を補うものであり、そして中国の第四世代指導者が「四」を以って「三」に変えるという、世代宣言であるとしている。

 記事中では更に中南海ウォッチャーの話を引用して、『人民日報』の「中國共產黨是全民族團結抗戰的中流砥柱」というこの文章は、実のところ五中全会前に「第三代」指導者の現在の政権担当者に対する一種の「忠告」、ある角度から見れば警告とも言えるとしている。去年の全人代で「三個代表」理論は正式に憲法に容れられたが、この文章では胡錦濤路線には触れられていない。「三個代表」路線に取って代わることは出来ないと現在の政権担当者へ注意を促すものか。

 四と三の関係についての分析はちょっとやり過ぎという感じがしないでもないが(文革期の文学論争を思い出すと笑えないが)、「和諧社会」の建設というものが意味する政治的な文脈は中々に剣呑なものがある。江沢民時代に推進された成長拡大路線は高い率の経済成長をもたらすとともに貧富の格差の拡大、腐敗の更なる増加などの社会問題を引き起こし、いわば改革開放政策の恩恵から取り残された人々を大量に生み出した。それが端的に現れたのが胡錦濤登場後に示した「親民姿勢」に対する大きな期待であるように思う。その延長線上にあるのが「和諧社会」であり、それは江沢民の「失政」に対する暗喩ともなる。前任者の権力と影響力を削ごうと思えば、その政策を批判するのが一番手っ取り早い方法である。いや本当に剣呑、剣呑。

参考文献

邱鑫「五中全會前 人民日報文章只提三個代表」『亜洲時報』2005/08/17
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=5174&Itemid=28



胡錦濤のお膝元、共青団機関紙『中国青年報』で一騒動

 事の発端は件の『中国青年報』紙で新たな考課基準が導入されたことに始まる。これに反発した同紙の編集者が8月15日に公開書信の発表という形で編集部内の論争と今回導入された考課基準を編集権の独立を侵害するものであるとして暴露した。公開書信というと、胡散臭いものも少なくないし、眉に唾つけて読むぐらいが丁度いいと思うが、今回の事件は香港や台湾のマスコミも報道している。それなりに裏が取れているのだろう(中国語のメディアのその辺のところはあまり信用できないが)。BBCも中文版ではあるが記事にしている。

 この新しい考課基準の『採編人員績効考評条例』の内容は反体制系のウェブサイトに流れてる現物を見てもらうとして、大体のところを述べれば、閲読率の高い記事トップ3に50ポイント、宣伝部門或いは政治局委員以上の評価を得た記事には最も多くて300ポイント加算するなどというもの。記者の収入と宣伝部門や党中央に評価さる記事を結びつけてしまおうというのも凄い話ではある。この新たな考課基準の導入には共青団中央の意向も働いていると憶測されている。中には『中国青年報』に載る中央の指導者層への提灯気事、例えば「胡錦濤総書記の指示は灯台と同じように大学生が前進する方向を明るく指し示した」式の言語、は個人崇拝の色彩が過ぎるのではないかというような論争が編集部内であったというような話もある。

 この騒ぎの背景というのも不透明ではある。この考課基準を暴露した編集者の話を信じれば編集権の独立を守るということだが、党組織の機関紙で書けることには当たり前だが限度がある。前提として中国ではメディアは中共の「口舌」なのだ。まあ今回のは流石に露骨過ぎて反発を喰らったということであろうか。この考課基準の導入は胡錦濤政権の執っている悪評高いマスコミ統制の一環であり、それが自身のお膝元での騒ぎに発展しているのであろうか。少し想像力を飛躍してみる。そうです、陰謀論の時間です。今回の騒動は共青団及び『中国青年報』の影響力を低下させるものではあるまいか、と考えてみると、背景にそうした方向へ導きたい向きの力学が働いていると考えられなくもない。今ある情報からは、その可能性を判断するどころかその可能性そのものを論じることもできなが。

 一方、新華社の報道を見てみると昨今、「虚偽不実報道防止」キャンペーンというべきものが行われているようで、『中国青年報』の新考課基準導入に関しても触れられている。この報道によると8月15日時点では、記者や編集者の意見を聴取中とのことだ。ちなみにこのキャンペーンは「三項学習」活動というらしい。まあ、陰謀論抜きにしても中共のメディア統制の実態が暴露された興味深い事例とはいえそうである。


参考文献

「《中青報》新考評法引起內部反彈」『BBC中文版』2005/08/17
http://news.bbc.co.uk/chinese/trad/hi/newsid_4160000/newsid_4160000/4160070.stm
「《中國青年報》被迫讓步修改考評標準」『多維新聞網』2005/08/19
http://www5.chinesenewsnet.com/MainNews/SinoNews/Mainland/2005_8_18_19_37_39_989.html
「《中國青年報》將記者工資獎金與報導是否得到領導表揚直接掛鉤」『自由亜洲電台』2005/08/17
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/08/17/china_media/

その他関連報道は『Google News』から参照のこと
http://news.google.com.tw/news?hl=zh-TW&ned=tw&q=%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E9%9D%92%E5%B9%B4%E5%A0%B1+%E8%80%83%E8%A9%95&ie=UTF-8&sa=N&start=0

李大同「【特稿】李大同:就中国青年报新的考评办法致李而亮总编辑并本届编委会的公开信」『新世紀』http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da-KAY.asp?ID=65342&ad=8/15/2005

「中央新聞媒體採取有效措施杜絕虛假不實報道」『新華網』2005/08/15
http://big5.xinhuanet.com/gate/big5/news.xinhuanet.com/newscenter/2005-08/15/content_3357083.htm


胡錦濤江沢民の牙城に切り込みか?

 上海閥の名が示すように江沢民の大きな影響力が厳然と存在する上海であるが、五中全会を前にして、その上海市江沢民系列と見られている党委員会書記である陳良宇に換えて、現中共中央統戦部長である劉延東を任命する意向が胡錦濤にあると報道された。元々このネタを報道したのは英国のロイター通信と『Sunday Times』紙であるらしい。『亜洲時報』の評論によると(下記参照のこと)、この情報の出所(良く見る消息人士ってやつ)は胡錦濤方面ではなくて、この措置に不満を持つ向きから流されたとしている。また最初に、報道したのが海外のメディアということも興味深いところだ。

 陳良宇は江沢民の子飼いと見られている。確か胡錦濤政権が経済のマクロ調整政策を打ち出して経済の過熱化を阻止しようとした時期に、上海で大規模開発計画をぶち上げたりしていたと思った。中々に分かりやすい行動である。台湾紙の『中国時報』では、政治局での会議の際にマクロ調整政策に関して温家宝を非難する発言をしたということだ。

 一方の劉延東は女性で、1982年から91年まで共青団中央で業務に携わっていたというから、いわゆる「団系」という胡錦濤系列の人と見なしてよかろう。彼女の父親は上海市当委員会の秘書長をしていたことがあるということで、上海にはそれなりに人脈があるようでもある。

 また興味深いのは前述の『亜洲時報』によると、上海市上海市長を経験してから上海市党書記の職に就くというのが慣習化しているようで、江沢民、朱鎔基、呉邦国、黄菊、陳良宇などもその例にもれないとのこと。上海閥といわれる人脈関係が如何に築かれるかという点と併せて考えると興味深いものがある。補足すると党-国家体制の下では市長より党書記の方が序列は上である。余談ではあるが行政組織と党務系統の関係を見ると、行政組織の副職を党務系統のトップが兼任していることが多い。中国人の訪問団とかが来たときに副校長とか、副市長とか副○○の肩書きを見たら、その人はその行政組織に対応する党組織のトップと考えたほうがいい。党組織のトップであれば、当然に実質的にその組織を指導しているのは副○○である場合が多い。む、話がそれた。

 現段階ではこの件に関する情報は色々と錯綜していてこのリークがなぜなされたのかという、その背景については良く分からない。何れにせよ、この人事が実際に行われるかどうかというのは胡錦濤江沢民の力関係、中央と中央の意に沿わない地方の力関係を測る上での指標となり得るのは確かだろう。

参考文献

「胡系人馬 傳將任上海書記」『中国時報(蕃薯藤新聞網)』2005/08/20
http://news.yam.com/chinatimes/china/200508/20050820900742.html
馮良「胡錦濤欲調走陳良宇遇阻力」『亜洲時報』2005/08/22
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=5623&Itemid=28

筆者注:『亜洲時報』の馮良は劉延東を中央宣伝部部長としているが、その他の報道を見ると統戦部部長が正しいと思われる。人名録とか年鑑とか手元にあると便利なのだが。ラヂオプレスの『中国組織別人名簿』でも図書館に買わせるか。それにしても迂闊といえば迂闊なのだが、党中央の統戦部部長が胡錦濤系列の人だとすると、「保釣連盟」などの公然反日組織−「統一戦線部門」−「上海閥」という私の読みも微妙なものになるが。もっとも政治協商会議のほうの線は消えないか。


政府系英字紙が貧富の格差の拡大に警告

 拡大を続ける中国の貧富の格差であるが、『China Daily』が2010年までに危機的な状況に陥ると具体的な数字をあげてこの問題に対して警鐘を鳴らした。うちのテレビはどういうわけかNHK-BSが映るのだが、何の気なしにBSニュースを見ていたらこの件が報道されていた。NHKによると政府系の新聞が貧富の格差について強い調子で継承を鳴らすのは異例との事(そうか?)。貧富の格差の問題については、胡錦濤のいう「和諧社会」の建設という文脈で良く出てくると思うが。NHKの報道の詳細については既にリンク切れとなっているので何とも言えないが、確かに2010年とか、各種統計の数字が出てくるのはあまり見たことがない(自信なし)。

 中国の貧富の格差についての統計は、取り扱ってる統計の数字によっても違ってくるが、私の見た限りでジニ係数にすると4.5から5前後まである。かなり幅広いが何れの数字も社会不安の醸成、暴動の発生というような段階に至る数字であり問題の深刻さを示している。こうした報道が出てくるというのも、前述のようにイデオロギー論争、路線対立の存在を暗示しているように考えられる。この路線対立を単純化していえば、内陸開発と沿海主導、マクロ調整と成長至上というような感じか。

 五中全会の絡みでいえば、どういった政策に重点が置かれるのかでそれぞれの路線とそれを支持する勢力の影響力を測る指標になるだろう。

参考文献

“Income gap critical by 2010, experts warn”,China Daily,2005/08/22
http://www.chinadaily.com.cn/english/doc/2005-08/22/content_471144.htm

「中國人均收入差距持續擴大達到警戒線」『自由亜洲電台』2005/08/22
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/08/22/china_income/


おまけ

 江沢民の長男、中国社会科学院副員長江錦恆は、最近に社会科学院上海分院院長を兼任することを認められた。江錦恆は今後江沢民に連れ添って上海に住むことが考えられる。

「江澤民長子 掌中科院上海分院」『聯合報(蕃薯藤新聞網)』2005/08/23
http://yam.udn.com/yamnews/daily/2858084.shtml

 江さんもいい歳だからな。隠居への布石か?