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2009-12-23

[]笑い飯による親(M-1)殺し

ちょっと今さら感が出てきたのは重々承知で、今年のM-1グランプリの感想を書く。漫才は日ごろほとんど見ず、この1年間は家にテレビすらない。けれどM-1だけは初回分から繰り返し見ている、という程度の人間の雑感。


一昨日のエントリーにも書いたけれど、M-1は「コンテスト」だ。つまり(明文化されてはいないものの)何らかの評価基準が存在していて、それをいかにみごとに消化したかで勝敗が決まる。ボケの難度・手数、ツッコミのバリエーション、声の張り方、4分間での緩急などさまざまな項目が用意されていて、基本的にはそれらを一つ満たすごとに「笑い」が高まるというシステム。今年の何がすごいって、この「M-1はコンテストである」という文脈を、つまり笑いの陰には様々な審査基準が存在するのだし審査員はただ笑っているのではなくそれらを逐一「チェック」しているのだ。ということを観客が見事なまでに熟知して視聴に臨んだことだろう。*1


個人的なエピソードなので客観性はまるでないがたとえば第2回大会でますだおかだが優勝したとき。不恰好ながら異形のかがやきを放つ笑い飯の2人が初めてM-1の決勝に姿を表したあの年に、フットボールアワーが死ぬほど面白かったあの年に、ますだおかだが優勝したことの意味が私には本当にわからなかった。審査員たちは頭がどうかしてるんじゃないのかと真剣に思った。けれども今ならわかる。

M-1は「その日一番面白い漫才をやったやつを決める場所」ではなくて「コンテスト」なのだ。何を面白いと思うかなんて人それぞれ違うに決まっていて、それでも一等賞を決めようとすることの大いなる矛盾が解決されなければ「コンテスト」は成り立たない。審査の公平性を担保することの重要性は誰しもが認めるところであり、だからこそ長い(上方漫才の歴史の中で練り上げられ体系化されてきた有形無形の審査基準。それをいかに把握し、クリアしていくか。そういった観点からみたときの総合点1位はフットでも笑い飯でもなく、ますだおかだだったのだろう。それは「漫才グランプリ」というハードの中でM-1というソフトが開催されている以上、くつがえしようのない部分だ。今ならそうやって理解できる。


アンタッチャブルブラマヨチュートリアルが優勝をさらう光景、彼らが「審査基準」を誰しもが満足する形でに満たしながら世紀の大発明や発想の極限といった「プラス・アルファ」をそれぞれに発揮してはトロフィーを持ち帰る様は勇姿そのものだった。そのまばゆさの陰にひそみ気づきにくくなっていたけれど、M-1は一貫して「漫才グランプリ」だったのだ。しかも相当にぶれのない基準で確立された、まさに「ブランド」としてのグランプリ。


あの幸福な3年間が過ぎさった後に、サンドウィッチマンNON STYLEが優勝する中でその「コンテスト性」は徹底周知された。「◯◯は高い技術をもっている(M-1の審査基準を多く満たすことができる)」「△△、今年はM-1用にチューンナップしてきて本気だ」とテレビ局が直々に喧伝して回るほどに、かの大会はM-1職人たちの技術品評会になってしまった。面白さへの純朴な信仰は失われ「面白さは技術である」というおぞましさにも似た科学的思考が世を覆った。漫才グランプリの脱呪術化。

その流れの中で今年の優勝は無論パンクブーブーである。異論はない。ますだおかだ優勝に受けた言語化されない違和感に端を発し、オードリーナイツが負けてNON STYLEが優勝したあの瞬間に頂点を極めた負の衝撃から既に私は学んでいる。M-1は「コンテスト」なのだ、笑いの質ではなくて技術の巧拙を評価する場所なのだと。


「最近のM-1は変わってしまった」という声を至る所で耳にする。事実私も去年まではそうくさすクチだったのだが、勘違いしてはいけない。変わってしまったのは私たち、動いているのは太陽ではなくて地球だ。

私はこれに気がつくのにまるまる9年を要したが、気づいてみれば何のことはない。M-1はその当初から一貫して揺るぎ無いブランド・イメージと信念に貫かれた「お笑い科挙」なのだ。年数を重ねるに連れて私たちの科挙リテラシーが多少深まったに過ぎない。あの試験、頭がよけりゃ受かるって聞いてたけどそうじゃなくってそれ用の問題集とかドリルでめっちゃ勉強しなきゃいけないんだって!論語おぼえてないと鼻で笑われんだって!そっかー、どうりでキレキレの奴よりも真面目に取り組むタイプのやつらが受かると思ってたよー。無知な私はようやくそこに気づくことができた。

パンクブーブーパンクブーブーとしての特別性から優勝を得たのではなく、その時一番見事な答案を書いたから、お笑い官僚としての優秀さを上手にアピールできたから優勝したのだろう。来年、次の試験が行われる頃にはパンクブーブーの書いた答案の内容なんてほとんどおぼえていないし、それで良い。大切なのは答案の中身ではなくて操作的にあてがわれる点数だ。オンリーワンではなくナンバーワンを決める戦い。先に名を挙げた3組などのように出題者の思惑を凌駕する奇跡の答案を提出して科挙にパスした人たちも中にはいるが、それはあくまで「嬉しい特例」であって毎年の試験にそれを期待してはいけない。だからパンクブーブーが優勝、それでいい。すなおに面白くって笑えたし、素人目にも圧倒的に「上手い」もんな。


さりとて笑い飯である。鳥人、チンポジ。今回も壮絶にかましまくってくれた。鳥人では圧倒的な想像力で場を制圧*2、「100点満点+奇跡」を実現し場の頂点に超然と君臨したかと思えばひるがえって2本目でのくだらなさ。BGMアカペラ野球場にスクールウォーズ。日ハム、晩飯が雑念になるくだりに明らかに使いすぎの30秒、そして極めつけにチンポジを気にし倒して終了。台無しも台無し、M-1舞台どころか冴えない中学生の部室の一幕だ。本当に痛快だった。

単純な力学として、彼らとその他出演者「どっちが面白いのか」と聞かれて笑い飯を選ばない人はまずいないだろう。番組内だけで考えても漫才以外でのコメントの冴えを見れば歴然も歴然、パンクブーブー「ありがとう」「精一杯やりました」と就活中の大学生的なお行儀コメントに終始(「ファイナル終了後のチンポジにだけは負けたくないです」が唯一のボケらしいボケ)した、するしかなかったのに対し8年目の場慣れもあろうが笑い飯は「いやー(自分の漫才を)自分で聞いてて面白かったです(哲夫)」「めっちゃ気にしたんでええ具合に(チンポジ)収まりました(西田)」とやりたい放題。


かくして最終審査のフタを開ければパンクブーブーが満場一致で優勝、繰り返しになるがそれは不思議なことでも何でもない。松本人志NON STYLEへの寸評で「いやあ、去年あと一歩のところでオードリーに負けたNON STYLEですけれど」と述べたことがある意味象徴するように、そのとき「一番オモシロかった奴」と「大会優勝者」は審査員側(少なくとも松ちゃんの中では)としても別概念なのだ。この「オードリーに負けたNON STYLE」のくだりで会場が沸きまくったことから、観客側としてもその程度の「裏事情」なんてM-1を見る上での共通了解であったことが分かる。


パンクブーブーの爆笑は「採点基準を丁寧に満たしていった結果」のものだった。おそらく、たかだか結成10年内の駆け出しコンビ達にとって「審査基準の不可視性・不透明性」はかなりのものだと思う。基準の一つ一つを見つけるだけでも大きな苦労が伴なうに違いないし、ようやっと探り当てたとしてそれらを実現に至らせるは道筋相当な困難が期待される。ある程度の部分を軽がる乗り越えてしまう天才肌もあろうが、並々ならぬ努力と忍耐でひとつずつステップアップを重ねるケースがほとんどに違いない。「コンテスト」は若手を成長させる装置として実によく機能する(漫才以外の場所でも幾らでも例を上げられる)。

このシステムのすごいところは、爆笑というゴールを一旦脇に置いても、直接に大爆笑を目指さなくても、きっちり達成項目を頭に入れそれらを愚直にでも実現していけば「爆笑」が得られるところだ。今年のパンクブーブーはまさにその典型例だったように思う。アンタッチャブル型の漫才ベースに採用し、点数を上げるために頑張ってドリルを解きまくって試験を受けたら最高点(=優勝)の「副産物」として爆笑がついてきたという。「副産物」が悪いわけじゃない。見てる側にしあわせを与えてくれる、まごうことなき栄誉の爆笑。これはすごいことだ。皮肉抜きで本当に思う、これはすごいことですよ。

チンポジにだけは負けたくない。パンクブーブーが発表直前に発したコメントはジョークの皮を着せた魂の叫び、あるいは祈りだ。血を吐く思いで修練を積みコンテスト用に肉体改造を重ね浮かぶ涙を偲んではボロボロの武道着でようやく目前に迫った「いただき」に、鳥のお面をかぶってチンポジ気にしながらゲラゲラ笑ってるやつが同じく到達しようとしていたら誰だって殺意を覚えるだろう。絶対負けたくないよ。これもまた本気で思う、がんばれパンクブーブー


「爆笑」を要素に還元していった結果得られた笑いの基本方程式、膨大な審査基準。1分間のボケの数、ツッコミの仕方、そういったチェック項目をうまく満たし統合することで再び近似値としての「爆笑」が合成される。ならば評価自体が難しくまたトレーニングの途上にある者たちがいきなり立ち向かうのは困難な「爆笑」という現象そのものではなくて「要素還元された各項目の達成度」を図れば良い。というのが(私がM-1を通じ学んだ)「漫才コンテスト」の思想だ。分解と統合、近似の美学微分積分。近代の矜持、勤勉の誇り、プロテスタンティズムの精神。


今年のM-1グランプリ笑い飯のすごさはその「コンテストの思想」に真っ向からぶつかり、さらに優勝をかっさらう寸前まで歩を進めたところだ(もちろん「科挙」対応に向けた労苦も惜しみなく払ってきた上で)。一度として要素に分解されたことのない、手付かずで始原の「爆笑」を、彼らは身を削って創り上げようとしていた。自分たちにしか作れない「ええ土」製の泥人形(それは土と肋骨から産まれたアダムとイヴにも例えられるだろう)を何とか形にしようとして泥んこでもがいていた。光あれ!彼らは光だった。誰よりも輝いていた。*3

優勝がどうでも良かったのではないだろう。2人は本気で優勝したいと思いながら、思うが故にチンポジを気にしたに違いなく「だってその方が普通の漫才より面白いでしょ?」と堂々と審査員に観客に他の出演者たちに突きつけてきた。まずはタキシードを来てきましょうそうしたら面白いことをやって構いません、という場で「面白いタキシード」を来てのこのこやってくるみたいなものだ。

上に確認してきた「コンテスト」の思想、つまり分解と統合の後に得られる「近似値としての爆笑」。それをまっすぐに狙う他の出演者たち、脱呪術化の果てにはじめから「近似値」を期待して集まった聴衆とは発想の水準がまるで違う。周囲の予想を全て裏切って、一本目の「鳥人」にウンコを塗りたくりながらチンポジにもっていくというその行為自体が、まるで一本の完璧な漫才のようだった。ボケ笑い飯の2人、ツッコミM-1を見ていた全員だ。


「近似値としての爆笑」に勝つためには「より厳密に近似された爆笑」を狙うしかないように見える。特に近年のブランドイメージの徹底的な構築に成功したM-1においては他に抜け道はなく、少なくとも9回の大会に一度として例外措置はとられなかった。

なので。はっきり言って諦めていた。今後ますます「ウマさ」が重視され技術の品評会になっていくM-1は「近似の細密さ大会」として確立されていくのだろう。なればこそますます、あの脳みそが湯立つような感動や興奮はなりをひそめていくに違いない。でも思うんだ。俺はさあ、爆笑したいんだよ!

「始原の爆笑」は優勝しない、だから無理なチャレンジなんて誰もしない。そんな諦念を受け入れる寸前まで気持ちが揺れていたその矢先、笑い飯は「こいつらならやってくれるんじゃないか」とあまりに見事な夢を見させてくれた。コンテスト用に微分されていない、喜びに満ちたあの「始原の爆笑」。分解と再合成を経る以前にそこにあったはずの幻を追い求め、ついに<鳥人>というアイコンが結実。見果てぬ夢の予感を誰しもに感じさせるところにまで笑い飯はやってきた。こんな感動があるだろうか。


どうやら来年も笑い飯M-1に出場するようだ。コンテストの思想なんて歯牙にもかけないあり方で、ぐうの音もでないもぎたての大爆笑をかっさらい、M-1の思想そのものをぶっつぶした上で本気の一等賞をとってほしい。M-1から出てきたコンビが最後の年にM-1の「コンテスト思想」を打ち砕いて生身の大爆笑で優勝したらどれだけ痛快で幸福だろうか。悪意に満ちた親殺し。その現場は全員お腹が痛くて涙目。ワッツアコメディ

以上、とにかく笑い飯に感動したM-1 2009だった。

*1お笑いに聡い方々には周知の事実かもしれませんが、この「考えてみれば当たり前過ぎる事実」をおそらく私を含めた多くの「お笑いビギナー」たちは数年前まで言語化できていなかったと思います。ビギナー側の視点で書いているので、この先を読むときも「何をわかりきったことを」「ささいな発見を大げさに、こちつバカなんじゃないか」なんて思わずに心をひろくお読みいただければ幸いです。

*2:「鳥人」という発想だけでも天才過ぎるのに「シューベルト魔王か」っていう常識はずれのツッコミや「チキン南蛮」のベタベタさ加減をありにする腕力、「トリ真一→手羽真一」というバカ流れを大アリにもっていく構成力など、全てのパーツの破壊力が神がかっていた。

*3ナイツ南海、ハライチなんかには同じ思想を感じた。今までの登場者だと千鳥Poison Girl Bandなんかにも目立ってその傾向があると思う。大好きだ。

gnetygnety 2009/12/23 20:32 笑い飯の2回目のネタは純粋に面白くなかったからねえ
審査するほうもあれじゃ票を入れられないでしょw

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 20:46 >gnety
なるほど、確かに僕は多分に笑い飯強烈びいきなので、評価がかなりゆがんで2本目も面白かったと感じているだけなのかもしれないですね。
これは好みの問題(?)だと思うんですけど、やっぱり「誰もやらない/やれないこと」「他の人が考えつかないこと」を求める傾向が僕にはあるんです。その意味での笑い飯は文句なしだった。
「素直に面白い」みたいな価値観をどうしても低めに評価しちゃうせいでパンクブーブー(いや普通に面白かったですよほんと)に熱を上げられないんだと思います。

batgbatg 2009/12/23 21:15 チンポジは面白かったけど、
流れ的にはグダグダだったから笑い飯には入れられないし。
前のネタとかぶりほとんどなNON STYLEにも入れられない。

消去法でパンクブーブーだと思うよ。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 21:34 >id:batg
僕も文句なくパンクブーブーだと思います。消去法とかじゃなくて、積極的に選ばれうる堂々たるチャンピオンです。

ただ、そういうコンテストとは別次元のところで、流れがいくらグダグダでも、わかりやすい爆笑にならなくても、心の底からバカらしさのあまりにゲラゲラ笑えてたましいに響いたのは笑い飯だったんです。(ここは完全に好みの世界)

グダグダしてたら一票にならないっていうid:batgさんの考え方はもちろんわかります。
ただ俺は別に審査員じゃないんだから客観的な評価とか漫才の世界で成立する寸評とかそんなの擦る必要はないし、だったら笑い飯にラブレター書いてやるぜ!って感じでしたー。

IskwNTIskwNT 2009/12/23 21:40 はじめまして。少しコメントを。

今回の騒動を本記事中で「笑いの科学」という言葉で例えているところに感銘を受けました。
私もこのチンポジ騒動をどうにか飲み込みたいと思いながら、それこそ自分のお笑い感のチンポジwになるような言葉を探しいたのですが「笑いの科学」とはズバリだと思います。

私も「お笑い」も「M-1というコンテスト」も大好きで、特にM-1というソフト(番組最後の松本人志が発言した「ソフト」と同じ意味だと思うのですが)にいろいろと感動を受けてたまりません。M-1は毎年のように、お笑い好きな私に「とんでもない笑い」と「たまらない宿題」を与えてくれるものです。
そして、今年は大変な回でしたね。私も決勝で爆笑したのは「笑い飯」でした。パンクブーブーも素晴らしいとは思いましたが、それこそ本当に技術的なウマさだなーと。そして、これを天秤に掛けて優勝を決めるのかと身震いしたものです。結果はシステム上の間違いないもので少々ガッカリしたところもなくはないですが、しょうがないのかなと。
そもそも昨年のノンスタイルのキャッチコピーのような「M-1のために頑張ってきたんだ」なんていうのは私の熱を下げるようなもので、「それって何?おいしいの?」と真剣に思ったものです。
でも、M-1後にいろんな方が「笑い飯のしでかしたこと」に意味を表してくれて、まだまだ諦めるような段階ではなくてホッとしているところです。そういう意味では親殺しでありながらも「M-1は救われたのかも?」と思うところではあります。まぁ、当の本人がそこまで考えているとは思えませんけどねw

あ、長文になってますねwすいません。
来年のM-1が楽しみですね!そんな漢字でw

muryoImplmuryoImpl 2009/12/23 22:04 M-1は天下一武道会ではないってことですよね?"強い"を決めるのではなく"上手い"を決める場であると。

でも、その前提をかき回す笑い飯が私は好きですね。
笑い飯はネタ内で外してくるのではなく、M-1の空気自体からネタそのものを外してくるところが私は好きです。
審査基準とは別の次元で戦っているからこそ、それがわかっているからこそ、松本紳助が応援しているのではないかと私は思っています。

ユレカタユレカタ 2009/12/23 22:17 たしかに笑い飯のネタは世間一般では認められてるけど、コンテストには点数取りにくいネタで不利ですよね〜。
でも彼らは「コンテストの思想に真っ向勝負!」とか考えているわけではなく、単に「いつもと違う芸風なんてかっこ悪いマネできるかーい!」っていう気持ちなんでしょうね。
それはハライチと南海キャンディーズもそうだと思います。
私も型をぶっ壊したネタは好きなので、「うん、しょうがないよね♪」って感じで暖かく見守ってました(笑)

acac 2009/12/23 22:20 >ボケは笑い飯の2人、ツッコミはM-1を見ていた全員だ
ああ、まさに。どれだけの人が「ここでチンポジて!!」てツッコミ入れたでしょうね。
バンクブーブーの優勝には文句ないけど、どんなネタだったか既に記憶が怪しいです。

curocuro 2009/12/23 22:22 野球ネタを始めた瞬間は「またやっちまったのか!?」と思い、
ラグビーが始まった瞬間に「やられた!!」と思い。
 そ こ で チ ン ポ ジ か よ ! ! 
見事にツッコミましたねぇ。テレビに向かって。
どうせなら、1分ほど時間オーバーして、キッチリ細部まで再現してほしかったけれど、
生放送だから時間オーバーは相当、厳しいんでしょうね。
それにつけても、やっぱり決勝進出者の選出基準には疑問を感じます。
決勝の審査はともかく、準決勝の審査は本当に公正なんでしょうかねぇ。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 22:28 >id:IskwNT
力作(?)コメントありがとうございます。直接の返事にはなりませんが、いただいたコメントを読んで考えたことを少し書きます。

科学の有用性は半端なものじゃないです。いわゆる自然科学が私たちの現代生活を作り上げたし、それを模して考案された社会科学は貧困や差別にメスを入れ資本のあり方をとらえなおし、ジェンダーという道具概念も発明した。音楽の科学化は旋律・和製・律動という基礎概念や十二平均律を生み出した。「科学」という宗教、つまり「リニアで無限な時間」「分割と統合」「再現可能性」といった思考法がお笑いの世界に持ち込まれ発展したのが「M-1型の漫才」なんじゃないのかなーと思います。根拠はありませんが。

それが「お笑い」である以上そこに求めたいほとんど唯一のマナーに「努力を表に出さない」があります(努力のしすぎがかえって滑稽な場合は別ですが)。どうにもノンスタやパンクブーブー、あとキングコングなんかはそれが前景に勝ちすぎているように感じます。
「面白い」=「滑稽だからかっこいい」が既存の価値を転覆させるダイナミズムを推進力にする「笑い」の必要条件のはずなのに、上記3組にとって漫才は「面白い」=「かっこいいからかっこいい」になっているんじゃないのか。そんなのが面白いわけねえ!そう思ってしまうひねくれた私です。
以上、さっぱりお返事になりませんでした!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 22:33 >id:muryoImpl
天下一武道会!そうです、それです。絶妙のたとえです。
僕は天下一武道会でとんでもないバケモノたちが時の運も交えて会場を消し飛ばしながら戦うところをみたかったのに、会場に行ってみたら演舞の華麗さで一等賞を決めようとしていてびっくりっていう。

別次元で二人天下一武道会をやっているからこそ松本・紳助は「笑い飯に2本目はないですからねー」「燃え尽きましたから」って茶化しながら彼らにだけ聞こえるエールを送ったんだと思います。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 22:37 >ユレカタ
不器用にあがいてる人たちのかっこよさ(=カッコ悪さ)ってありますよね。そういうのが大好きです。
与えられた基準に大して、そんなもん知るかーい!かもしれないし、そもそも「それでも面白きゃいいんでしょ?」みたいなどうしようもなさを感じて、そこがたまらないです。しびれます。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 22:41 >ac
いただいたコメントとはずれちゃいますが。
ちょっと言葉は悪いけれど、ノンスタやパンクブーブーの漫才は、中華料理屋でチャーハン食いながら見ていたらこれ以上ないくらいに僕を幸せにしてくれると思うんです。身構えずにもぐもぐしながら安心して見られて、しかも抜群に面白いっていう。そんな「ラウンジミュージック」みたいな漫才としてあれは天下一品で、生活にうるおいを与えてくれるけれどだからこそ記憶に残らないっていう側面があるんじゃないかと思います。
ただ、わざわざテレビの前に構えてかたずを飲むんだったら、やっぱり鳥人やチンポジみたいな、チャーハンくってたら絶対吹き出して始末に負えないような、心にきずを残すような、そういうのがみたい!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 22:45 >curo
制限時間を無視した時ありましたよねー、笑い飯。あまりに会場がやや受けだからってあせって時間のばしまくってたとき!

審査の基準の公正さは疑ってもしょうがないし「信じる」しかないので
置いておくとして、準決勝と決勝の審査基準には質的な差がそうとう横たわっているんじゃないでしょうか。直前の準決勝特集でチラッと見た限りでも、「決勝」で評価の高そうな達者な漫才をする人が何組もいたのに、そこで東京ダイナマイトやハリセンボン(点数にはならなかったけど「オレジナリティ」にあふれていて面白かった!)が決勝に来ているのがどうにも説明つかないような。まあそれも含めてトーナメントなので、にわかファンの僕はテレビにうつる決勝進出者にあれこれ言うだけがちょうど良いのかなと感じています。

hula_hulahula_hula 2009/12/23 22:48 ブログ主さんのおっしゃるとおり。
1本目のネタで、頂点とるのはこいつらだとだとほぼ全員に期待させたところに、あの2本目のネタでほぼ全員に「膝かっくん」した笑い飯は、本当に凄腕だと思います。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/23 23:11 >id:hula_hura
両膝、完璧にかっくんされました!しばらく立ち上がれないくらいだった!

タコPタコP 2009/12/23 23:41 売れっこ芸能人になりたいモチベーションの参加者が多い中、笑かしたろうがモチベーションの笑い飯に、真の芸人魂を感じました。
優勝して、一束いくらの芸人くずれの芸能人に収まるコンビも多いですが、ちんポジを見れば彼等には全くその心配がない事がよくわかります。 すごい芸人ですね、笑い飯は。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 00:09 >タコP
笑い飯はぶれがないですよねー。発言の全部に一貫した姿勢を感じさせるからたまらない。周りがいくら止めても、どれだけ有名になっても一生チンポジやってそうで、そこがまたかっこいいです!

raul777raul777 2009/12/24 01:03 はじめまして。
最近のM-1の違和感が文章になっているのに感動し、コメントさせていただきました。

>それが「お笑い」である以上そこに求めたいほとんど唯一のマナーに「努力を表に出さない」があります。

そうなんですよね。
確かに、M-1で優勝するほどの裏での稽古量は一般素人では想像もつかないものなんですが、優勝したあとの涙を見ると若干ひいてしまうのも事実で・・・。
漫才技術の笑いよりネタの発想の笑いの方が、終わってからも頭に残るんですよね。(極端な話、私の場合、フリートークの一言が印象深い(おもしろい)場合が多々ある。)
そう考えると、やっぱりノンスタやパンクブーブーより笑い飯(やブラマヨ)の方がおもしろいと思ってしまいます。

mymy 2009/12/24 01:45 はじめまして。自分は正直、笑い飯よりパンクブーブーやノンスタの漫才の方が面白いなと思ってたので、なんで皆はそんなに笑い飯のネタが面白かったというのだろう?と不思議に感じてたのですが、この記事を読んで何となくわかった気がしました。おかげでスッキリしそうです、ありがとうございます!


>「科学」という宗教、つまり「リニアで無限な時間」「分割と統合」「再現可能性」といった思考法がお笑いの世界に持ち込まれ発展したのが「M-1型の漫才」なんじゃないのかな

この発想は面白いですね!M1を作ったのが、笑いをとても論理的に分解して作ってきた紳助だと考えると(「紳竜の研究」で述べてる自分の笑いの作り方やM1の勝ち方の話などを聞く限りそう思えます)、さもありなんな気がします。
でも、システムを作ってしまうと、笑い飯のような新しい笑いのパターンへの対応が柔軟にできなくなりそうで、難しいところですね。そこらへん、どんな風に審査基準を設けてるのか知りたいなぁ。

OnuOnu 2009/12/24 03:07 興味深く読ませていただきました。ほぼ同意見です。
お笑い芸人らしき人たちが配信している某ポッドキャストで今年のM-1について熱く語ってましたが、端的なワードが出てました。
それは「M-1のオンバト化」です。
この記事とは違い、近年になってからM-1が近似値を目指す品評会になってしまっているという論旨でした。審査基準が大衆迎合的になっているのではないかという推測もしていました。参考までに。(なんの?w)

atat 2009/12/24 07:56 M-1は決勝とファイナルで別々のネタをやらなきゃいけないところに難しさがあるのかなと思います。
今年の笑い飯にしろ、最初の方が面白かったなーと感じました。
いろいろ言われる去年の大会でも、ファイナルだけに絞ってみれば
3組ともそこまで面白いとは思えず、消去法で決めざるを得なかったと思っています。
それ故に「再現可能」な「巧さ」が過剰評価される面はあるのでしょう。

ただ、これは個人的な好みの問題なのかと思いますが、
笑い飯の二回目のネタは「雑念出し過ぎ」のあたりで醒めちゃいました。
早口で何言ってるのか分からなくなるのが私には苦手のようです。
少なくとも私にとっては、醒めてる状態で下ネタ言われても逆効果でした。

ナイツはファイナルにもっと面白いものを持ってきてそうなのが残念でした。
「それではネタを…」というオチは2つめの前振りだったのではないかと思います。

trico77trico77 2009/12/24 10:03 もはや演劇のようなプレゼンテーションですね。笑い飯。
ちょっと趣旨が離れるかもしれませんが私の好きな大御所デザイナーさんが著書『努力しないでデザイナーになる方法』(*副題)という本で表現についてこういっています。
『見た事ないものはきっと素晴らしい』
『コンペティションには不可解な一点を加える。』
また『完璧に生命はない』とも
努力を感じさせない努力と言うか。印象に残るってすごいこと。
これだけ物議をかもしてネットで動画試聴の流れを汲むあたり、やるな。と思いました。テレビの時代は終わったのではないでしょうか。生で見に行くお客さんが増えるだろうし。何がおこるかわからなさって一番楽しいし一番力量が問われると思います!
あ,鳥人捕獲しました(笑)

taketake 2009/12/24 10:43 正直、「もう笑い飯出てくんな」という感想しかなかった。

夫婦揃って画面に、

「何がしたいんじゃ、ぼけ!」

とハモったぐらいですよ。

noiehoienoiehoie 2009/12/24 11:05 おっしゃるように、M-1は、上方では脈々と受け継がれてきた、『漫才コンクールの伝統』を今に引継ぐソフトであるという視点は、忘れちゃいけないですよね。
     
  
そういった意味で私は、M-1に「上岡龍太郎の影」を感じざるをえないのです。
 
ご存知のように、上岡龍太郎はテレビというメディアの草創期からテレビに出続けている(いた)希有の人材です。
そして、テレビに出続けながら、希代の天才・横山ノックの影響をうけつつ、極めて理知的に「漫才の体系化」を成し遂げた人で、その「漫才の体系」をことあるごとに後進達に(オーラルな形ではありますが)伝え続けてきた人です。
  
その代表事例が、紳助と松本人志。「上岡さんはデビュー当時の俺に、『いままでの漫才のパターンを全部教えたる。そのパターンにない漫才を君はやれ』と言って、つきっきりで古い漫才のパターンをたたきこんでくれた」
と、ことあるごとに紳助は発言しています。
 
で、東京進出直後のDTに、「大阪でやってた漫才もええけど、君らは古い漫才もできるのやから、古い漫才をやった方がいい」と助言し、極初期の「ガキの使い」のトークコーナーを評価し続けたのも上岡龍太郎でした。
 
上岡龍太郎が「引退」して10年近い月日がたとうとしていて、記憶がうすれがちですが、彼が現役の頃もっていたレギュラー番組のゲスト陣の顔ぶれと、M-1の審査席に並ぶ人々の顔ぶれがよく似通っている事も忘れてはならないと思います。
 
上岡龍太郎を過大評価し過ぎのきらいはありますが、私は、どうも、M-1というのは、「上岡龍太郎を媒介とした、『古い漫才』の祭典」のような気がしてならないのです。

てstてst 2009/12/24 11:28 言ってることは全面的に共感しますが、ちょっと長いですね。

ululunululun 2009/12/24 12:04 はてなブックマークから来ました。
非情に面白い考察ですね。
個人的には笑い飯は敢えてあのポジション(優勝しないでみんなの記憶に残るという戦略)を取ったんだろう、と思っているのですけれど、去年オードリーが準優勝だったにも関わらずその後の活躍はNON-styleより多かった(ように感じられる)という事もあり、以前ほど「M1での優勝」という事に価値はないのかもしれないな、と思いました。
大勢の人を笑わせる。コンテストで優勝する。そこには「マジョリティのルール」があると思う。「これをやれば正解」というものが示されていて、それに従う以外にない。栄誉に輝くという事は実は「自分達が本当にやりたいこと」を捨てる事に繋がりかねない。
いや。「メジャーである」という事はそういう事なのかもしれない、だからこそ敢えて優勝を捨てて「やりたい事」を最後の最後に「かました」のは壮絶な戦いなんだと思う。
私は笑い飯にそれ程の思い入れもないし、M1は年末好例のお楽しみ番組の一つでしかないのですけれど「やりたい事」と「メジャーとして認められる事」が乖離したとき、どちらを選択するのだろう、という「問い」を突き付けたのかもしれないな、と思います。
個人的には、メジャーでありながら、やりたい事をやれるようになりたいですけれどね(違

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 12:32 >raul777
せっかく面白いことやってるのに、一生懸命さのせいで笑えない、って場面は結構ある気がします。もったいないような。
ただその一生懸命さが胸を打つことも結構あって、たとえばキンコン西野のブログとか基本うざさ満載だけど、それでもたまにほろっときちゃう時があったりして。お前ってやつは何て首尾一貫してないんだ!と自分を責めたりでもそんな自分が好きだったりしています(笑)

florigenflorigen 2009/12/24 12:33 鋭く切り込んだご意見で関心いたしました。感動したので、少し感想を書かせてください。

笑い飯の二人が本心としてM−1のタイトルを欲しいのは間違い無いと思うんですけど、期待を裏切り続けて無冠の帝王って称号が欲しいって気持ち(≒それはそれでおもろいからエエやないか)もあるんじゃ無いかと想像しています。

私は関西人なので笑い飯は大好きでずっと優勝してほしいと願っていますが、バンクブーブーのネタもサンドウィッチマンのネタもノンスタイルの去年のネタも全部良かったです。
M−1向けのネタとか言われる人もいますが私にはよく解りません。緊張と緩和が基本やと思ってるんで、突っ込まない漫才は好きじゃありませんが。

紳助さんが言った笑い飯には2本目は無いやろうってのが、松紳の二人の笑い飯評なんやと思っています。
笑い飯の二人に内野安打は期待してない、場外ホームランかクソボール空振りの三振の2択。(しかも空振りをわざとやってる露悪家ぶり)

優勝はどうでも良いけど来年のM−1の舞台で笑い飯のネタをもう一度見たいと思いました。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 12:36 >my
はじめまして。
笑い飯よりもパンクブーブーとノンスタが面白いっていう人はいっぱいいると思う(というかそっちの方が多いと思う)んですが、少数派の意見も聞いてくれよ〜みたいな気持ちもあって書いた日記だったのでmyさんのような方に書き込みをいただけると嬉しいです。
今読み返すとかなり高圧的で不寛容な文章になってますが、別にパンクブーブー好きやノンスタ好きな人の人格批判をしたいわけじゃないんですよね。それぞれ趣味や好き嫌いがあっていいじゃんていう。自分でもそれが難しいんですが…。

漫才の分析っていう文脈では、下の方にコメントをくださったid:noiehoieさんがすっごく面白いことを書かれていて、膝をたたきました!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 12:42 >Onu
M-1のオンバト化ですかーなるほど。プロの人達が言ってるんだから、ある程度以上の説得力があります。オンバト化ってつきつめると全部のボケにテロップ入れるとかになっちゃうんでしょうか。んなわけないか(笑)
M-1は変わっていないように感じていたんですけれど、渦の内部にいる人達の声は違うのか…。審査員が変わっていってると。
あと何年か見続けてたら答えが出る…かどうかはわからないですね。
参考になりました!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 12:50 >at
雑念出し過ぎのあたりで、僕はもう二人がバカらしくってバカらしくって大好きになってどうしようもなくなりました!同じ場面がこうも違う風に評価されるんだから、「公平な審査」なんてよっぽどガチガチの基準を作らないと成り立たないんでしょうね。
今回かなりのコメントをもらえて、いかにそれぞれの思いとか好きな場所が違うのかってことを肌で知れたのは本当に良かった!

>id:trico77
『見た事ないものはきっと素晴らしい』
『コンペティションには不可解な一点を加える。』
この言葉かっこいい!
僕は1年間テレビから離れていて、M-1のためにテレビチューナーをあらためて買ったんですけれど、以外に面白い番組あるじゃん!っていうのが実感でした。ラジオみたいな感じで少数派がこじんまりと楽しむメディアになっていったりしないですかね、テレビ。
鳥人、境目はどうなってましたか?

>take
光景を想像したら笑ってしまいました(失礼…)。
やっぱり人それぞれ好みがあるんですねー。それだけで面白い。
それにしても、夫婦そろってしっかりテレビ(笑い飯)に突っ込んでるじゃないですか!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 12:54 >id:noiehoie
これは面白い!上岡龍太郎のことなんて、全く念頭にありませんでした。すなおに勉強になります。
そういった歴史性への敬意と理解がないと、何を書いても薄っぺらになるんだなあと自身を振り返って反省です。
これは本当にに興味深いコメントをありがとうございました!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 12:56 >てst
コメントありがとうございます。
書きたい内容的にはこんくらいの長さがないとつらいかなーなんて思っていたんですが、長かったですか。ご指摘ありがとうございます、見直してみます!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 13:02 >id:ululun
M-1の優勝に以前よりも価値がなくなったのは、やはり「仕組みがわかってきちゃった」からじゃないかと思うんです。魔法使いの呪術にみんな心酔してほれこんでいたけれど、ふたを開けたらそれは虫メガネと手鏡を利用したものだった…。となるとやはりみんなは魔法をあがめなくなるように思います。その虫メガネと手鏡を用いる知性や技術がどれだけすごいものだったとしても。

メジャーとやりたいことって、決まった答えはないから最後は個人裁量ですよね。だからこその責任が重くてつらい。
僕も個人的には、メジャーでありながら、やりたい事をやれるようになりたいです!

ugug 2009/12/24 13:12 お笑いの批評はキライでしたが、
ここまで本気の評を初めて読み、少し感動すら覚えました。
笑い飯が、ガキ使に準レギュラーの立場でありながらも
あの「M-1」という舞台に立ち続ける意味が、
今やっと分かりました。
面白かったです。ありがとうございました。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 13:15 >florigen
笑い飯に2本目はないからなー。っていうあのコメント、みんながどこかで思っていることを代弁したんだと思うんです。会場は大笑いだったし。お前らはホームラン打てるけどそうじゃなきゃ三振だろ、ってのはflorigenさんのおっしゃる通りだと思います。その例えわかりやすいです!

それに加えて、どこかの感想文で読んだので私のオリジナル意見(そんなもんそもそもありません)じゃないんですが、紳助はそこで「鳥人によって過剰に高まった笑い飯への期待をガス抜きした」という面があるように思います。あのやり取りなりで2本目に行ってたらそもそも「チンポジ」が成立しなかったかもしれないから、すごく重要なコメントだったように思います。

ツッコミがないのは好きじゃないっていうのが面白いです。関西で育っていないせいかボケとツッコミの「型」がなくても楽しめてしまうのって、関西育ちの人からするとちょっと変なんでしょうか!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 13:17 >ug
感動していただいたんですか!恐縮です…(嬉しいです)。

批評というよりかはホントにただの感想文のつもりだったんですが、理屈っぽい性格のせいで堅苦しくなってしまったかもしれません。ともあれ、読んでいただけてよかったです!

nekokonekoko 2009/12/24 14:16 鳥人は面白かったけど、2本目のネタは女子としては面白くもおかしくもないネタでした。
コンテストうんぬんとか、小難しい理屈抜きに、確実に一部には受けないネタを選んだ時点で終わっただけの話じゃないですかねぇ。

かなこなかなこな 2009/12/24 16:02 コメント多すぎw
今度サインちょうだい♪
2本目はずっと野球で通してたら良かったなー。
野球のとこはかなり面白かったのにいきなりラグビーになって腰が折れた。チンポジは却下!

narenohatenarenohate 2009/12/24 18:09 感想非常に楽しく、何度も頷きながら読ませていただきました。
ただ私も笑い飯が好きなのですがファイナルのチンポジのチョイスはガッカリしました。

チンポジネタは彼らが初めてM-1に登場する前から持っているネタで、その頃からやはり当たる人には当たるが大抵の人には外れるネタでした。彼らもそれを理解している(であろう)はずなのに最後に勝つためには不向きなそれをチョイスした。
「勝つ気ないのかな…」と思いました。
あの場でのチンポジを「笑い飯らしい」「記録より記憶」と評する方もいて、その意見を理解もできるのですが、彼らは鳥人や歴史民俗博物館で示した通り「らしさを残したまま記憶にも記録にも残る」ことができるコンビです。勿論そういったレベルのネタを作るのは容易なことではありませんが負けが見えているチンポジネタでいってほしくなかった。別の形で挑んでほしかったなと。
M-1は確かにコンテストで結果を決めるための審査基準の様なものが存在はするのでしょうが、笑い飯に技術が無いわけではないし、異能の才を認めることができる審査員の方々もそろっていると私は思っていますのでなおさらです。

上記の文は彼らの考えを無視した個人の感情的なものですが正直な気持ちです。来年は優勝する彼らをぜひ見たいなぁ…

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 18:51 >nekoko
コメントありがとうございます。
nekokoさんのおっしゃることはもうもっともだと思います。他にも、客観的に笑い飯が負けた理由を挙げることはいくらでもできる(僕も今回優勝じゃないのは別に不思議じゃなと思う)んですけど、それでも大好きな笑い飯に買ってほしかったし俺の中ではあいつが一番だったんだよ!っていうことを書きたかったんです。

小難しい理屈に見えちゃったかもしれません(すみません、屁理屈ばかりで…)が、評論とかそんなつもりはなくて笑い飯へのラブレターだから許してやってください!

>かなこな
やっと知ってる人が。
チンポジたまらなく面白いけどなー。街中で観察してみて、いっぱいいるから!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 19:01 >narenohate
笑い飯のファイナル勝つ気は十二分以上にあったのではないかと感じるんです(単なる推測)。ただその「勝つためには何をすべきか」っていう基準が大きくずれていたんじゃないのか、っていうのが僕の作り上げたファンタジーです。あの人たちはチンポジがグランプリで受けるかじゃなくて、チンポジが面白いかどうかを考えて突き進んでしまったのでした…っていう勝手な妄想です。
事実なんて分かりっこない。

もう1本のネタがなかったから苦肉の策であのネタを選んだって言っている人もいて、これもひとつのストーリーだと思います。(笑い飯ファンを公言している人がわざわざこういう夢のない説を言っているのを聞くと、お前は立派な評論家ぶりたいのか笑い飯のファンでいたいのかはっきりしろよ!と言いたくなってしまいます…)

来年優勝するのをみたい!ホントそう思います。

nakamitinakamiti 2009/12/24 20:34 東京Pod許可局
【緊急特番“M-1グランプリ居酒屋”2009】
http://www.voiceblog.jp/tokyo-pod/
必聴です。

willmoniawillmonia 2009/12/24 21:30 笑い飯の2回目におけるボケ=笑い飯、ツッコミ=客、というのは完全に同意します。
自分はネタ後も、結果発表の後もずっと笑っていました。


今年は笑い飯によって「M-1」というひとつのコントを見させられたような感じがしました(オチがチンポジ)。
1回目が素晴らしいネタで、決勝がチンポジで優勝できると思った笑い飯のアホさ。そういうの全て含めて、「ああ、こいつら本当に面白いなぁ」と思いました。


今年のM-1(というか笑い飯)は松本人志のようなメタ的なポジションから見たら最高でした(多分松本はあの時は笑い呆れてて、今後はネタにし続けるでしょう)。

そしてそういう見方は笑い飯のシュールな笑いに合う見方なんだと思います。

宮沢宮沢 2009/12/24 21:40 東京ダイナマイトはどうでしたか?

個人的には暴れるでもなく高得点狙うでもない半端な感じはしましたが、二回目以降見直すと面白くとっても楽しい漫才でありました。こんな中途半端な彼らはお気に召しませんでしたでしょうか。固有名詞・CMソング連発ですし。

325325 2009/12/24 22:37 笑い飯への愛を感じたよ!
笑い飯っていつもどんなネタのときも
頭に残る。
相当のインパクトで忘れない。
ハッピーバースデイなんて一生忘れないかも。

私実はまだ今年もM−1前半の方見てないので
鳥人、見てからコメしろよって感じだけど
shoちゃんのこのブログみたら
より一層楽しみに。土曜日に見る。

あ 2009/12/24 22:47 その日に一番面白いネタを披露しても優勝できないのがM-1。

これだけで説明は付く。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 22:50 >id:nakamiti
ありがとうございます、聞いてみます。

>willmonia
うーんシュールとは思わないですが、あの面白さは本当に笑い飯ならではだと感じました。おかしくてしょうがなかった。
松ちゃんの笑い顔は、おっしゃる通り「呆れ笑い」だったんじゃないかなーなんて僕も思います。披露されている漫才と一緒に、二人のたたずまいとか人間性をひっくるめて笑っているんじゃないかっていう気がしました!

>325
ホント面白いから期待しまくって大丈夫!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 23:05 >宮沢
東京ダイナマイトはくすくす笑えるボケは多かったからいつまでも見ていたくなっちゃいます。ただこの2人じゃないとできないことがなかった気がします。固有名詞を連発したりCMソングを使ったりは別に構わないんですが、結果として「プロアクティブの歌やった漫才合ったじゃん、あれって誰がやったんだっけ?」みたいな匿名性を産んでしまったと思います。決定的な一打が他にあったわけでないので、プロアクティブの固有名詞性に東京ダイナマイトが名前負けしちゃった印象。
少なくともあの日の面白さで言ったら、かなり下の方だと思います。少なくとも下から3つ以内かなと。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/24 23:11 >あ
コメントありがとうございます!ええと、あ さんのおっしゃることと僕の立てた問いのレベルは全く違います。

僕が考えたのは「なぜM-1はその日に一番面白いネタを披露した組が優勝できないのか」です。
その問いに あ さんのように「その日に一番面白いネタを披露しても優勝できないのがM-1だから」と答えても僕は満足も納得もいきません。空はなぜ青いのか?と聞かれて「空は人の目に青く映るようにできているから」って答えられても、はぐらかされたようにしか感じられない小理屈好きの人間なんです…。
あ さんのような考え方は、少なくとも僕の求めるものじゃないみたいです。

wwwwww 2009/12/24 23:43 個人的には決勝はともかく最終決戦は概ねそこで一番面白いネタをした人が優勝していると思います。この「面白い」とは最大公約数的に面白いという意味ですが。
ですから自分のお気に入りが別にいるとしても、毎年の優勝コンビには概ね納得しています(ただし2003年だけは納得いかん)。

そしてこの決勝と最終決戦の2本やる、そしてそれぞれのステージではそれぞれのネタのみで評価するというシステムも、オーソドックスから外れた変化球系の漫才を優勝させにくくする原因のひとつだと思います。

torizintorizin 2009/12/25 01:33 なかなかおもしろい批評だなと思いながら読んでました。
お笑いを科学や数学的概念で見ると、また別の考えが出てくるんですね。

パンクブーブーは、純粋に漫才だなと思いました。
ネタもいいし、何よりテンポと間合いのとり方が非常にうまかった
教科書に載るような、お手本みたいな漫才だと思います。
いわば、M-1における模範解答の漫才なのでしょう。

ただ、笑い飯はその逆。アウト・ロー、別解な笑い。
鳥人もさながら、最後の『チンポジ』は、笑い飯らしくてよかった。
期待を裏切りませんよ、彼らは(笑
まぁ、本番前の楽屋で、哲夫君がマイケル・ジャクソンのものまねしていた時点で
笑い飯が完全に今回のM-1の空気・流れを支配していましたね。
それに、こうやって、M-1が終わっても彼らに何かしらの突っ込み・批評を入れてるだけで彼らの思う壺ですしね。
本当に彼らはM-1を楽しんでいるんでしょう。
正直、彼らにはもう参加しなくていいから
審査員とか司会とかに出てきてほしいですね。

今年の上位4組は、いろんな意味で面白かった。
今年のノンスタイルは、まだ漫才らしく見えたし
ブービーの南キャンも山ちゃんの突っ込みが輝いてましたし
何度か見直すと面白いものでした。
ナイツとノンスタのどちらかを決めなきゃいけなかった時は大変だと思いましたが

来年も時間があればみてみたいですね。
今年の審査員は、ナイス・ジャッジでした。

のなめのなめ 2009/12/25 01:58 興味深く読ませていただきました。
客に「チンポジはねーよ!」と言わせてはじめてボケとツッコミが完結するのでは、芸ではなくてただの面白い人ですよ、と個人的には思います。
今更言うまでもないことでしょうが、このあたりの感覚の差が上手い笑いと笑えた笑いへの、人それぞれの評価のギャップになるんでしょうね。

山口文雄山口文雄 2009/12/25 05:08 「なぜM-1はその日に一番面白いネタを披露した組が優勝できないのか」

島田紳助が14、5年前の「ダウンタウンDX」で紳竜の漫才、ダウンタウンの漫才、(14、5年前当時の)今の若手漫才師の漫才について、こういうようなことをしゃべっています。


「紳竜もダウンタウンも漫才界に悪い影響を与えてしまった。今の若手漫才師は、ダウンタウンの漫才スタイルを見て、あれならできると勘違いして、チンピラの立ち話に終始している奴もいる。ピカソの絵を見て、人は「自分にも描けそうだ」と思うが、デッサンをみっちりと積んだ先にピカソの絵がある。」


「今までに無い漫才をやりたいんです」と上岡龍太郎に語った紳助は、今までに無い漫才をやった結果、天下を取ったが、二流三流のフォロアーを産んでしまい今までの漫才を破壊してしまった。
自分たちが作ってしまった漫才界を「是正」するために、M-1の選考基準を笑いそのものより、技術に比重を置いているのではないでしょうか。

私は、この選考基準は正しいと思います。
「一番面白いネタを披露したのは誰か」という戦いは、漫才師にとって日常の、であるがゆえに永遠の戦いでしょう。
キャリアによる線引きをしない漫才大会であるならば、当然、この絶対的命題で戦うべきだと思います。
しかし、M-1は結成10年以内の若手漫才師による戦いの場ですから、そこには違った条件(あるいは目的)を入れてもいいのではないかと思います。
師匠を持たず、いきなりお客さんの前に出る現在の若手漫才師にとって、技術をみっちりと身につける動機付けとしての役割が、M-1にはあるのではないでしょうか。

leamleam 2009/12/25 05:18 はじめまして。
興味深く読ませていただきました。

この論評はM-1の、というよりはM-1決勝戦の力学、ですよね。
おなじ思想で予選から審査されていたとすれば、
笑い飯や、南海、ハライチなどの変化球はそもそも
決勝にも出られないでしょうから。

ぽんちじぽんちじ 2009/12/25 08:39 はじめまして。
あまり何も考えず見ていましたが、こういう見方をしている人がいると思うとまた少し面白い気がします。

どうしても前のネタが頭をよぎってしまうものだとは思いますので、一本のネタで勝負するべきではないかなということを最近思うようになりました。

というのも、アドリブだとこちらに感じさせてくれればいいのですが、最近は一本目のネタを最初から利用した二本目のネタを作っているように感じる事が多いからです。
漫才のうまさという意味で二つのネタのコンビネーションも採点基準だとしたら大好きな笑い飯が勝てません。
(まあ決勝のあの場でチンポジをもってきちゃうような感覚も好きなんですが)

三組とも二つで一本のネタと考えれば間違った結果ではないと思います。そういう意味では笑い飯は最下位でしょうねw

とまあこんな風に考えたりしているのですが、何にせよ今年のM-1は面白かったですね。爆笑したのは笑い飯の一本目だけですが、流れを止めるようなネタも少なく大分盛り上がったのではないかと思います。
ここにかけている芸人の皆さんには申し訳ないですが、一本の番組としてすごく面白かったです。
今年は審査員も大分盛り上げてくれた感じがします。

長文失礼致しました。

来年も楽しみになりました。

森 2009/12/25 16:33 初めてコメントします。

素晴らしい内容だと思います、驚きました。
ただの批判に終始せず、深い考察、興味深い内容、
そしてなにより、お笑いに対する愛情、芸人に対する愛情を強く感じました。

そうなんですよね…
ただ腹痛くなる位、笑いたいだけなんですよね。

私もなんとなく思っていましたが、この記事のお陰で疑問が解けました。
ありがとうございました。

yamatoyamato 2009/12/25 18:39 面白い内容でした。
少し思ったことを書いてみます。

個人的に今年の優勝はパンクブーブーで納得です。
それは、「上手い」とか「よく練られている」とかではなく、
総合的に一つのネタとして見たときに、「面白かった」からです。

お笑いは「面白くない」と感じた時のマイナス印象が大きく、
それは時として、「面白い」を打ち消してしまうほどです。
そういう意味で、今回のNo1ネタは間違いなく「鳥人」ですし、
「チンポジ」は明らかに女性のお客さんにとって、?でした。
対して優勝者は、最初から最後まで不可が無かったです。

まあ自分が一番笑ったのはチンポジのところなんですけどね。
ネタの内容と、ここでこれをもってくるか、という思いが
混ざって、笑いが止まりませんでした。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:15 >www
wwwさんがちょっとうらやましいです。というのもここ数年、自分はこっちが好きなんだけど(=主観)、まあやっぱり優勝はこっちだよね(=客観)と、主観的な評価が客観的な評価に負け続けているんです。そのフラストレーションといったら(笑)

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:21 >torizin
コメントありがとうございます。ええと細かい話で申し訳ないんですが、ニュアンスとしては「批評」じゃなくて「感想」なんです!なので妄想も邪念も入りまくってるし、つまらない客観性は敢えて見なかったことにしています。
torizinさんのことでは全くありませんがブコメで「笑い飯を神格化しすぎ」とか「ひとりよがり」みたいに書いてあるのをみると、ふざけんなよ最初からひとりよがりに神格化するつもりで書いてんだよお前ら興ざめなんじゃ!でもブクマありがと〜!という気持ちになってしまうんですね。

以上、torizinさんとは関係ない話を失礼しました。
パンクブーブーのすごさは、見直すたびに感じます。ただ見直せば見直すほど「うわあ、ホント達者だなあ」っていうポイントがどんどんみつかっていくんだけれど、それによって漫才が「より面白く」なる気がしないんです。そこが僕の好みとは分かれるところなのかなあと。
笑い飯は見直すたびに「より面白く」なっていくんですよね、うまくいえませんが。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:30 >のなめ
はじめまして。no nameも、のなめって書くと名前みたいですね。かっこいい。
「客に「チンポジはねーよ!」と言わせてはじめてボケとツッコミが完結するのでは、芸ではなくてただの面白い人」「上手い笑いと笑えた笑い」とうい、のなめ さんの書き込み、なるほどーと思いました。
ただの面白い人でも面白きゃいいんじゃん!って思う人間(僕です)もいれば、きっちりした芸の部分を評価する人もいるんですよね。

>山口文雄
うわあすごい!おもしろ過ぎるコメントをありがとうございます。
本文で書いた「M-1は『天下一武道会』を謳うが、一方で若手漫才師教育プログラムでもある」という根拠のない与太話に、こんなに見事な補強を与えてくれるなんて!感謝です。

技術を高く評価する声のなかで、山口さんの書き込みは説得力がずば抜けていると思いました。笑えればいいじゃん派(私です)を、「思い込み」「何も分かってない」と攻撃することで自分の優位性を担保する声は多いのですが、山口さんのようなクールな語り口で迫られるとうなづいちゃいます。褒め殺しとかじゃなくて、本当に面白いコメントでした、ありがとうございました。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:36 >leam
leamさんの書かれた「この論評はM-1の、というよりはM-1決勝戦の力学、ですよね。」まったくその通りです。
正直その点をきちんと意識できていなかった(視野が狭かった…)のですが、コメント欄できっちり指摘していただいて、何だか楽になりました。

視野がせまいくせに文体が偉そうなせいで「お前決勝しか見てないのに客観ぶってんじゃねえよ」「大した知識も裏付けもないくせに、全部を知ったふうなクチを聞くなよ」とほうぼうからお叱りを受けています…。批評するつもりも評論するつもりもなかったのですが。
至らないところでした。反省しなくては…。

たかたか 2009/12/25 19:39 はじめまして。最後のチンポジが一番面白かった者です。
爆笑したものの、なぜ下ネタに走ったのか、どうしても理解できないでいましたが、文章を読ませていただいて、ようやく答えのようなものが自分の中でできました。
オール巨人さんが笑い飯の哲夫になぜあのネタをやったのか聞いたら「1度やってみたかったネタだったんです」と返ってきたそうです。
ただ単純に面白いと思ったからやったんだ。僕にはそう解釈できました。
再来年、笑い飯の出てこないm1を考えるとさみしいなぁ。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:43 >ぽんちじ
すてきなHNですね(笑)
M-1の漫才2本を、あわせて1本の作品と見るか、それとも独立したものとして見るかは、これまた意見が割れそうですねー。正解なんてあるわけないのに本気で相手を非難する人がいっぱいいそうです。

僕はそれが面白ければ、あらゆる引用を(他人を極力不幸にしない範囲で)して構わないと思っています。なので「1本目と2本目は独立した漫才だけれど、1本目への言及はどれだけやっても構わない」という気持ちで見ています。

1本目への言及はなしだっていう意見もある(松ちゃんはたしかどこかでそう言っていました)と思うんです。1つの「作品」としてそれを見る場合、他への言及込みで成立する作品は「自立度」の点でおとりますから。
ただそうすると引用元として「有名人」はオッケーなのか、「小説のフレーズ」「CMの曲」はどうなのか、と規制の範囲が理論上は無限に広がっていってしまうと思うので、だったらすっぱり「何を引用しても構わない」の方が見る側の気持ちとしてすっきりするよなーなんて。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:45 >森
おほめいただき、本当にありがとうございます。一生懸命書いたものがほめられるのは無条件に嬉しいです。
大好きなんだ!っていう気持ちを文字にできればと思って書いたので、森さんのように言っていただけると軽くほくそ笑みます。

そうなんです、理屈とかじゃなくて、腹痛くなるくらい笑いたいだけなんです!

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/25 19:54 >yamato
トータルで「面白かった」が優勝というのは本当にそのとおりだと思います。ただせっかくなら「なぜ『トータルで面白かった』と感じたのか」を考えたい。と思って本文を書きました。
僕は総合的に一つのネタとして見たときに笑い飯の方が断然「面白かった」です。yamatoさんのように(チンポジに爆笑しながらも)パンクブーブーに軍配をあげる人もいると思います。票をノンスタに入れるひとも南キャンに入れる人もいるはず。

それぞれが「俺はこんな風にオモシロがったんだよ」「私はこういうところがすばらしいと思った」をもっと出しあえば分かり合えるのに、「結局のところ面白さなんて人それぞれだよね」で終わってしまうのはもったいない!多少なりとも分かり合うだけで、結果それがすれ違いに終わるとしたって、もっと面白くなるかもしれないのに。

yamatoさんのコメントを読んでそんなことを思いました。人の意見はこういう風に色々考えられるのが嬉しいです!

>たか
僕もさっき巨人さんの日記よみました。器がおっきい日記だと思いました。採点に使ったメモすごいですね!感動モノでした。

単純に面白ければいい。っていうのがシンプルで一番の基準なんですけどね。それとコンテストの兼ね合いの中で答えのでない言い争いをするのってこれまたやっぱり面白いんだよなあ。
ストーブリーグとか、プロレスの場外マイク戦や紙プロ的な、そういう喜びって大好きです。

itaita 2009/12/25 22:00 タイトルにひかれてふらっと来たんですが、面白くてつい全部読んでしまいました

鳥人とチンポジでセットという考え方がとてもしっくりきました。
鳥人という発想自体はぶっとんではいますが、それを軸にしたネタの組み立て方はここで仰ってるような、コンテストで点をとるためのものと近いと思います。それこそオール巨人のパンクブーブーの講評のような「ワンフレーズごとに一番面白い要素がたくさん詰まっている」といったような丁寧な作りを感じました。
技術的な面でも、ただ面白いかということにしても文句なく100点だったと思います。
ボケに関してそういう面白い要素っていうのは、こちらの想像もしなかったフレーズを出せるかということにあるんじゃないかと思ってます。ある程度常識から逸脱しつつもただ意味不明なだけでない、ハッとするような絶妙なものを。
実際笑い飯がどれだけ真面目にネタ作りしてるかは知りませんが、これ程真面目で上手なネタを作れる人たちが、最後に決勝でこのくだらなさを出してくるというのはまさにこちらの思惑の外、面白いってことなんじゃないかなと思えました。

教科書みたいな綺麗な漫才ってのはやっぱり面白いから好きなんで、正直パンクブーブー応援してまして。鳥人の後は笑い飯のネタをハラハラしながら見てました。初見では、何故ここでこれを!?と唖然としてたんですが、まぁ2回目からは下らなさにゲラゲラ笑ってます。
どうもあんまり語れる人が周りにいないもので、長々と失礼しました。

ゆいとゆいと 2009/12/26 05:31 はじめまして。
長文で難しい単語も多かったですが、
コメント欄のやり取りも含めて、全部読ましてもらいました。
いや、読み応えがあっておもしろかったです。

「〜まるで一本の完璧な漫才のようだった」という見方は、
自分では気づかなかった視点だったのでおもしろかったです。

私も、毎年M-1は見てるけどここ数年は
普段ほとんどテレビを見ないので、視聴者の質的に
shoshoshoshoさんと近いところがあると思います。

この記事を読んで、M-1という番組に抱いていた言葉にならない疑問や、
納得できるけど納得できない気持ちの、大部分が晴れました。

ちなみに、ここで話題に出ていない話をひとつ。
M-1放送直後に、トータルテンボス司会の番組に
笑い飯が電話出演したそうです。
哲夫さんは「全国区で「チンポジ」って言えて嬉しかった」と言い、
西田さんは「今年は「思ってたとおり」やった」って語ったそうです。
さらに西田さん曰く
「チンポジ以外にも優勝できてたかも知れないネタの候補はあった」らしく
「でも、ほんまに優勝する気でやったんよ」とのこと。
すでにご存知の話かもしれませんが……。
笑い飯の面白さを裏付ける、いい(すごい)話だなと思いました。

長くなってすみません。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/26 10:08 >ita
コメントありがとうございます。かなり共感しちゃいました。誰のこともけなさずに笑い飯もパンクブーブーも応援するところに、お人柄(?)みたいなものを感じました。僕は反省しきりです。

こっちの想像をはるかに超えていくボケってやっぱりいいですよね。みんなの頭に同じ材料があったはずで聞かされたとたんに「そういうことか!」ってなるんだけど、それにしてもどう発想したらそれが結びつくんだよ!っていう。

itaさんのように、パンクブーブーをひいきする目で見ながら笑い飯に笑っちゃった場合のハラハラ感たらないでしょうね。最後の発表のとき手に汗にぎっただろうなあ。臨場感がすごく伝わってきました。

>ゆいと
コメント欄まで読んでいただいたんですね!ありがとうございます、感激です。
難しい単語、自分自身に自信がないから権威を借りるためについつい使っちゃうんですよね…修行せねば。

ゆいとさんが書いてくれた笑い飯のやりとり、大好きです。
優勝する気でやったとか、他にもネタ候補があったとか、ホントか嘘か強がりか本音か、解釈が分かれそうな謎があると、また妄想が広がっていきます。「どの事実を採用していくか」っていう姿勢が人それぞれあるんでしょうね。

タケルタケル 2009/12/26 13:13 >「審査基準」を誰しもが満足する形でに満たしながら世紀の大発明や発想の極限といった「プラス・アルファ」をそれぞれに発揮してはトロフィーを持ち帰る様

M−1に求められているのは、まさにこの姿でしょうね。
ファンもアンチもねじ伏せてしまう様はとてもカッコいいです。
「鳥人」にはそれがあって、2本目はそれが足りなかったという
ことでしょうか。
あとは審査員の好みに委ねられることになりますが、「上手い」
漫才には面白さとは別の、ある種の「気持ちよさ」みたいなものがあって、それが審査に影響を及ぼしていると思います。
とにかく笑い飯には来年、有無を言わせない"完全優勝"を果たしてほしいですね。

あと鳥人の注釈(*1)ですが、個人的には鳥人→人鳥の流れ
(直前の西田さんの「人鳥」説明による前フリ含む)に、笑いを
通り越して感動してしまいました。(もちろん、注釈の内容の
面白さを含めてです)

BANBAN 2009/12/26 18:11 こんばんわ。
お笑いの審査としてはあまりにも関西寄りすぎるとおもってたら「吉本の(紳助の)企画だからお祭り云々」てなことも聞くようになって「M−1?ふーん・・」というスタンスでした。
地元の局だけかもしれませんが、直前に2008版をやってまして。「ノンスタ石田、感じ違うな・・」

松ちゃんの「M−1はいいソフト」発言とか笑い飯への「二本目はない」とかの最も自然な解法を導いていただけたのだとおもっています。チンポジをも含めて自分にとっては「笑い飯、キターーーーー!」だっただけに。

西田よりは哲夫さんがおもいっきり自由で楽しそうに演っていたのが印象的で・・。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/27 17:43 >タケル
なるほど、気持ちよさですか。
タケルさんのおっしゃる「ある種の『気持ちよさ』」の正体が何なのかを突き詰めていった結果「漫才コンテストにおける評価基準」が生まれたんではないかと思います。ここは審査員の好みとはかなり相関性の低い部分なのではないか、というのが本文の趣旨です。

人鳥の流れよかったですねー。どこをとっても面白い、ほんと最高の漫才でした。

>BAN
こんばんは、コメントありがとうございます。BANさんのようなスタンスで番組を見られていた方も多いのかもしれませんね

哲夫はホント自由すぎるくらい自由に振舞ってましたね。やりたい放題って感じ。もちろんプロ意識もあって敢えてやってるところもあるんでしょうけど。

hh 2009/12/27 22:56 はじめまして。
とても面白い考察でした。
笑いというか漫才が好きなのがとても伝わってきます。

私は笑い飯をM−1で見ると、安心します。
今年は特にそれを感じました。
「優勝したい、優勝したい」と言っていたので、とうとう飯も真面目なコメントとかしちゃうのかなぁと思っていたのですが、全くそんなことはなく、ボケ倒してくれて安心、感動でした。
ラグビーって来たときにまさか!と思ったらそのまさかで、チンポジ連発。本当に最高です。「芸人」ってこういうことなんじゃないかなーって思います。M−1を小馬鹿にするようなあのボケの数々は素晴らしいです。(本人たちの本心はわかりませんが・笑)

パンブーやノンスタイルの漫才は「みんなに好かれる優勝する漫才」だと思います。やっぱり世間一般的にみていて「上手」で「面白い」ですから。
でもこのお手本となるようなコンビだらけではやはり成立しないのでしょう。たぶん・・・基本は人を笑わせる番組ですから。そうであってほしいという私の希望でもあるのですが。

優勝するのも素敵ですが、優勝しないで伝説になっちゃう飯がとても飯らしいし、来年もまたやってくれるだろうと期待してしまいます。

shoshoshoshoshoshoshosho 2009/12/30 15:39 >h
返事が遅れてしまってすみません。コメントありがとうございます。

笑い飯で「安心」っていうのはなるほどーと思いました。へんてこな奴がクラスにひとりくらいいてもいいじゃんっていう、そんな感じでしょうか。

パンクブーブーやノンスタイルの漫才は、誰がみても面白いですよね。個人的な好みとしては「うーん??」と思うこともありますが、この2組はホント「これぞ漫才」っていう漫才でみんなを楽しませるからすごい。

来年、笑い飯優勝してほしいですね!

凡人凡人 2010/01/01 19:46 単純に、一個目のネタ(鳥人のネタ)は面白かったし、二個目(チンポジのネタ)は全然面白くなかった。最後だけ比べたらパンクブーブーが面白かったっていう感想です。ちなみに笑い飯前から好きです。

お前はわかってないよねって言われるかもしれませんが、本当に笑い飯の一つ目のネタは面白かったし、二つ目のネタは全然でした。

多分みんなそう評価したし、審査員の目も確かなんだなって思った今回のM-1でした。

shoshoshoshoshoshoshosho 2010/01/03 17:46 >凡人
コメントありがとうございます!
凡人さんが「二つ目のネタは全然でした」とおっしゃると「ああ、そうですか。僕とは感想違いますねー」としか言いようがありません…。

僕は審査員の方々や凡人さんの言う「みんな」と違って、2つ目のネタも大好きだし、「客観的な評価基準から考えたらパンクブーブーだろうなあ」っていう気持ちを抜きにした時に一本目が死ぬほど面白くて日本目が超くだらなかった笑い飯が優勝だと思いました。

そこで「なんでみんなの評価と違って、僕は笑い飯の方を大好きと感じるのか」を考えて書いてみました。

FAFA 2010/01/04 00:43 http://numbers2007.blog123.fc2.com/blog-entry-846.html

ここにある、
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
黒瀬は「1位はもう無理だって思ってたんです。それで、『結果はCMの後で』ってなった時に、笑い飯の西田さんに言ったんです。『今回、獲りましたねぇ〜』って。そうしたら、西田さんも『いやいやいや〜』って、ちょっとまんざらでもなさそうな顔をしてたんです。結果、俺らが優勝ってなったから、『えぇ?え?え?俺ら?ごめんなさい』みたいになったんですよ」と話していた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
からすると、笑い飯は勝ちに行って負けた訳ですね。

i-sayi-say 2010/01/08 12:07 ブログ主さんの分析も正しいと思うけど、
「あの場でチンポジやって」→「優勝を逃す」まで含めてこそ、
今回の笑い飯のおかしさは完成すると思うのでw
審査員を批判してる人は「面白さ」に関しても的が外れた事を言ってると思う・・・

またそういう意味で、
「勝ちに行くつもりでチンポジやった」という笑い飯は
天然という形の天才を持ってるなとも思う。

shoshoshoshoshoshoshosho 2010/01/09 12:25 >FA
コメントありがとうございます。
笑い飯、勝ちに行ってたと思います。つうかあの舞台で勝ちに行かない人なんていないんじゃないかって感じます!

>i-say
優勝を逃すところまで含めて「面白い」ってのもありますよねー。面白がりの対象の枠を決めるのは個々人の自由ですしね。でも僕は、せっかくの大きな賞レースなんだからきっちり1位をとってばんざーいってなりたかったかなあ。

審査員を批判することがあっても良いと思います。ただその批判の仕方が「審査員の考え方がダメだからM-1はダメだ」的なものだと読んでてあまり面白くないなあと思います。

T-1T-1 2010/12/14 11:48 なんかいろいろな所でM-1が批判されているようなので、M-1システム賛成派からの意見を書きます。
というのは、私はM-1で優勝したというだけでそのコンビは(あえて言うなら、たとえ面白くなくても)尊敬されてしかるべきだという考えがあるからです。

第二回のますだおかだ優勝がなぜ分からないのかが分からない。
あの頃はお笑いのシステムなんかわからなかったが、3組で一番面白かった。わかりやすく笑えるもの。

そして本文について思ったことですが、

>>単純な力学として、彼らとその他出演者「どっちが面白いのか」と聞かれて笑い飯を選ばない人はまずいないだろう。
いやここにいます。傲慢な言い方に聞こえます。

>>これはすごいことだ。皮肉抜きで本当に思う、これはすごいことですよ。
>>がんばれパンクブーブー。
本気でそう思ってるのかって思ってしまいます、残念ながら。

>>周囲の予想を全て裏切って、(中略)まるで一本の完璧な漫才のようだった。
多分ここが、私が貴方の意見に賛成できない最重要ポイントだと思う。私は、漫才は漫才の中だけで完結してくれと考えています。
(メタ視点を笑い飯が意図したかどうかに関わらず評価しないということ)

>>俺はさあ、爆笑したいんだよ! 
全くその通り! 
教科書通りの笑いでも私は大笑いできるのですが、私は笑いオンチなのでしょうかね?


M-1の審査員が審査員でしかないことに批判がありますが、それが嫌なら見るなよ、で終わってしまいます。
「理想」のM-1なんて「幻想」を思いもとめる暇があったら現実を楽しめるよう努力しろよ、と思います。
(私は現実を楽しめているので、『そんな簡単に言うんじゃない』と言われてもしょうがありませんが)

なんか今のM-1を面白いと思う人間がバカにされているようで、それが一番腹が立ちます。被害妄想であることを祈っています。

最後のM-1がまもなく行われる日に、「笑い飯へのラブレター」への返信として、一年越しの「M-1好きが書いたラブレター」を。



いっそ審査ロボット1号から7号に審査させるようにしたら、幻想から覚めるのだろうか。

shoshoshoshoshoshoshosho 2010/12/15 11:50 >T-1さん
コメントありがとうございます。

現行のM-1が好きな方は多いようなのですが、そうは思わない人間たちに「なぜ今のM-1が好きなのか、オモシロイのか」を教えてくれる文章にこの1年ついぞ出会いませんでした。
「なぜ現行のM-1で構わないのか、そこにはどれだけの大衆的/歴史的根拠があるか」を教えてくれる文章はT-1さんのコメントやトロネイさんのブログのみならず、いっぱい見たんですけどね。

T-1T-1 2010/12/16 12:48 ここで会話するのはおかしいとは思うのですが、もう一度だけ。

>>面白いと思わない人間たちに「なぜ今のM-1が好きなのか、オモシロイのか」を教えてくれる文章にこの1年ついぞ出会いませんでした。


確かにこの質問に応えるのはこちら側の意見を持つ人間の義務かもしれませんが、残念ながら少なくとも私にはそれを教えることはできません。
なぜなら、私は理屈なく、ただ笑って見ているからです。

理屈なく、というのは、出てきた漫才に対し、自分の主観で面白い、つまらない、自分だったら何点付ける、と見て行って、終わったら、あー面白かった、で終わる、ということです。

普通だと思われるかもしれませんが、上記の事柄にはある重要事項が抜け落ちています。
審査員が何点をつけたか、結果どの組が何位になったかという要素です。

私は最初から、M−1をコンテストとして見ておりません。単に『面白い9組が漫才を披露する番組』として理解しています。
優勝は私の興味の外なのです。面白い漫才が見れればそれでいい。
だから『終わったら、あー面白かった、で終わる』のです。そこで完結。

なぜ今のM-1が好きなのか、私の回答は『今も昔も変りなくM-1は最高質の、理想のネタ見せ番組だから』です。
バラエティではなく、芸人の本質であるネタ見せ番組。しかもテレビで売れてるから出られるのでは無く、数だけ揃えた玉石混合の数時間スペシャルでもなく、厳選された少数精鋭の笑いを見せるために、いくどもの予選、数千組の中から出演者を選りすぐる。こんな番組は毎週やれるわけないし、最高の芸人、ネタが出てくるのも当然です。

しかしこれはshoshoshoshoさんの求める答えではないでしょう。「なぜ今のM-1が好きなのか、オモシロイのか」というのはつまり、
「なぜ今のM-1技術コンテストが好きなのか、オモシロイのか」という意味でしょうから。
最初からコンテストとして認識していなかった私に応えられる問題ではありません。

私は笑えるか否かが重要であって、その上そんな裏側、奥深くまで見ませんから、笑えればそれでいいのです。技術に走ってるとか、発想が、とかは、演者の問題であって観客の問題ではないというのが私の考えです。
そんな裏読みをするより、なんも考えずに反射で笑ってた方が楽しいという人間もいるんです。

そしてshoshoshoshoさんがおっしゃられた通り、M-1が最初から変わっていないのであれば、今も昔も無いのであって、今のM-1が、という意味はないと思います。
問題は、M−1が面白くないと感じ方が変わった個人の問題でしょうから。

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