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 はじめに

2014/10/30(木)

ドイツの、合理性に反するかのような高度の精神性

池田信夫 blog : アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは野蛮である

記事の内容をきちんと理解したとはいえないのだけど、関連して想起したこと。

ドイツの合理性、ホロコーストに対してさえも発揮される合理性。その一方で、例えばエンデ、あるいはシュタイナーのような高度に精神的な、いわゆる能率的・即物的とは正反対な、ある意味でオカルトとすらいわれそうな思惟・実践が存在する。エンデなどは近代資本主義に対してほとんど憎悪に近いものを示している。これは「合理性」に対する反動なのか、別の伏流として流れる精神性なのか、なんなのか。

2014/08/29(金)

トマスとして期待しながら

 イエス・キリストに会ってから信じても遅くないのでは: 極東ブログ

を読んだ。

 最後の「復活のイエス・キリストは、そうして死を信じる人間の絶望にユーモアをもたらす。」という1文が、そこまでの文脈との関係でよく理解できなかった。

 これは非難ではない。イエスキリストが人間の絶望にユーモアをもたらす、ということは私なりに理解している、というか、そのような人物像の存在としてイエスを理解しているつもりだ。

 ただ、トマスの話、死の話、と来て、なぜイエスのユーモアなのだろう。

 書いていて思ったのだけど、「イエスがトマスに表れたのは、トマスが自分の基準でもって「こうでなければ信じない」という一線を引いた、その一線を乗り越えて現れ、ユーモラスに自分を開示したのだ」ということだろうか。

 だとしても、トマスの不信の基準と、自分の死を絶対的な基準とする死の奴隷としての在り方は異なる。

 いや、異ならないのかもしれない。自分なりの基準でもって世を裁き、自分を裁き、「究極の罰に甘んじるなら何をしようと文句を言われる筋合いはない」というところまで至ってしまう、そういう危険を有しているのかもしれない。(関連して、裁くことによるニヒリズムは、愛を存続させない在り方だと思う。)

 とすれば、「トマスの不信」は当然死の奴隷への一里塚的な要素を有していることになる。しかし、イエスは、そのような在り方をも裁かない(ということになる。)

 裁くのではなく、ユーモアでもって、そのような死の奴隷への在り方を超越してみせ、ひょいっと目の前に現れる。

 この辺りの理路は、「〜ということだとすれば」「こういう文脈を前提とすれば」という仮定を積み重ねる話なので、後で自分で読んでもよく意味が分からないかもしれない。

 いずれにせよ、復活ということの意義、いや、復活ということの喜び・good news(福音)は、そのような筋道からも一層重要だと思えた。

 自分の死という、どうしようもない終着点、その終着点から逆算して人間は自分の行動を決定していく。しかし、その終着点すら破壊してみせる、いやピョンとゴム跳びで超えられるということ。あるいは、その終着点が帳消しになる。そのような素晴らしいお知らせ。

 私はキリスト教徒としてのマイノリティ感、いわゆる普通のみんなに属することのできない淋しさをしばしば表していながら、どこかでまだ、死んだらおしまいと思っている。あるいは、死による復讐というものをある意味で「信じている」。いいことではない。かつ、日本的だと思う。

 そのことを恥ずべきこととして反省するというのではなく、イエスが再び私のドアをノックして訪れ、私がそれに気付くことを期待していたい。他力本願なようにも思える。しかし、そもそも、救いというのは一方的なものではなかったか。

 この数日も、時折救いのような訪れを感じてはいた。救いは去ったわけではない。ただ私と共にいて、辛抱強く見守っているのかもしれない。

 10分少しでほとんど推敲もせず書いてみた。

 そうそう、「しかしその先には、そうであれば死を決意しえすればなんでもできるはずだという思いが潜む。この世が与える罰は死刑までだ(そこに至るまで苦しみはいろいろ選べるが)、自分の死を支払えば人を殺したっていいことにだってなる。」という最後のほうの下り。これは、『死ぬことと見つけたり』の世界ではないのか。とふと思った。『死ぬことと見つけたり』には肯定的評価をしていながら矛盾している、などと誰かを非難する意図はない。単に、そうなのかもしれない、と思っただけ。死は甘美だし、力を与えてくれることもある。ただ、それは同時に死の奴隷なのかもしれない(他の何かの奴隷でなくなる代わりに)。『1984年』の世界では、物語の舞台ではイングソックが推進されているのに対し、アジアでは「死の崇拝」が信仰されているのだったか(調べないで書いている)。

2014/02/08(土)

珍説 お湯張り時(どき)


 お風呂を沸かすとき、ボタンを押すと

「お湯張りを、します。」

 というアナウンスが流れる。

 お湯張りという言葉が自分の普段使う語彙にはあまりないので、そのアナウンスを聞くと少し新鮮に感じる。ときどき、「おゆはり」という音から、『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』のことを思い出す。

 御湯張月(おゆはりづき)。意味が分かるようで全然分からない。

 椿説弓張月の主人公のことも思い出す。源為朝(みなもとのためとも)。子供に「為朝(ためとも)」と名付けたらホストみたいで嫌だが、悲劇の英雄だからか、私の好きな名である。

 今気付いたのだが、主人公の名、

 お湯をためとも

 とも言えますね。湯舟に。

 言えたから何なのか。でもなんとなく話がまとまってしまった。


 いろいろまとめていきたい。

2012/07/26(木)

ある人の文章の変化と


 今日はある人の闘病記のブログを見かけた。その人は以前、外国のある若者や特定のグループを手ひどく嘲笑する記事を書いていたので、少しやり合った。傲慢なようだけど、あのとき徹底的に言い負かしたりしなくてよかった。

 文体も内容もだいぶ変わっておられた。

 人生は負け戦だと思う(他方で大いなる祝福でもあるけれど)。お互い頑張りましょう。快復を祈ります。ほんとに。

2011/12/23(金)

藤井輝明さんのこと

 ふとしたきっかけで、藤井輝明さんのことを知り、ネットでなんとなく検索してあちこちのページを見た。結構な衝撃を受けた。衝撃の内容は後で書く。

 顔の右側に海綿状血管腫という病気を患っている方だ。顔に唾を吐きかけられたりもしたという。これまで心無い扱いを受けてきたお気持ち、お察しします、というだけでなく、逆境にも負けずとても優秀な人なんですね。顔の右側に目が奪われるが、よく見るうちに、柔和な表情に感銘を受ける。

http://www.hokenkagaku.com/ 左のアドレスに、藤井さんの大きな顔写真が載っている。

特集 このアザは、ぼくの大事な宝物で、藤井さんは以下のように述べている。

海綿状血管腫の患者さんは、全国に約2万人いますが、世間ではほとんど知られていません。まだマイノリティーとして認知されてもいない段階なのです。それは患者さん自身が家の中でふさぎ込んでいて、ほとんど外へ出ようとしないからです。

この病気だけでなく、障害を抱えている人は「外に出ると人から後ろ指をさされるんじゃないか」と不安でいっぱいだと思います。でも、人と出会って話をして自分のことを伝えていけば、それだけで世界が広がります。それは本当に楽しいことですし、もっと学びたい、もっと世界を広げたいという欲求が湧いてきます。時には理解されないこともあるでしょう。でも、自分をわかってくれる人は必ずいます。少しずつ結果を出していけば、自信にもつながります。そして、夢や希望を持てば自己肯定感が高くなります。「わたしの話を聞いてくれる人がいる」と感じる。それだけで自尊心は満たされ、「生きていてよかった」と思えるはずです。

お互いにふれ合い、感じ合い、理解し合える社会にしていく。そのためにも勇気を出して、外の世界へ踏み出してみてください。みなさんがその第一歩を実現できるように、わたしはこれからも社会に向けてメッセージを伝え続けていくつもりです。

 藤井輝明さんが著書やあちこちでご自分の顔写真を出しているのも、そうした方々を励ます意味があってかもしれない。少なくとも同病の方は励まされるだろうな。


 話は前後する。著書の一つ『この顔でよかった』には、

私は今、もし生まれ変わるのなら、また「血管腫のある藤井輝明」でいいな、と本気で思っています。

という下りがある。他の文からしても、本気でそう思っているのだろう。そのことに、発見のような疑問のような思いに打たれ、1時間ぐらいずっとこの著者のことを検索することとなった。

この顔でよかった

この顔でよかった

 就職を考え大学ではオール優をとったという。経歴からしても聡明な方だということはわかる。もちろん、元々生まれ持った能力だけでなく、苦しみの中でそういう優秀さを勝ち取っていったことはご本人の尊い努力の賜物でもあるだろう。

 ただ、そういう方がこのような病気を持ってこういう生き方になっていったというのは、一つの必然だったのかもしれないとも少し思う。あちこちに分かれ道があったけれど、振り返ってみれば「こうでしかありえなかった」という道。もちろん、これは私の想像でしかない。

 私は、生まれ変わってもまた今のような人生でいいと思えるだろうか。残念ながら、思えない。そのことで親にすまなく思うが、思えないのは仕方ない。現状については神と人とに感謝しているが、辛かった長い時期をもう一度繰り返したくはない。もう少しうまく乗り越えられるとも思えない。

 他方、藤井輝明さんは、生まれ変わってもまたこの自分でいいと本気で思っている、と言う。この違いは何だろうか。多分、今後も長く藤井輝明さんのことが心に残り続けるだろう。