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Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2050-11-18

はじめに……

アカデミズム底辺で生きる流しのヘタレ神学研究者・氏家法雄による神學、宗教學、倫理學、哲學の噺とか、人の生と世の中を解釈する。思想と現実の対話。

2010年11月25日より「はてな」に雑文を移項いたしますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

ついでですのでひとつ。

絶賛求職ちう。

過去(2007年8月28日〜2010年11月24日)の雑文は以下のURLより閲覧できます。

引っ越しがうまくいけばこちらへ完全移行の予定。

当分はココログと併用いたします。

Essais d’herméneutique

氏家法雄のブクログは以下のURLから閲覧できます。

ujikenorioの本棚 (ujikenorio) - ブクログ


f:id:ujikenorio:20111229153022j:image

2017-02-22

日記:キングを導いた二つの視点 ニーバーの社会関係の複雑な問題に内在する悪の捉え方(「社会倫理的な視点」)と、ガンディの実践(「非暴力の抵抗」)

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 社会正義、社会悪との闘いの問題について、インドのマハトマ・ガンディとアメリカマーティン・ルーサー・キング非暴力の抵抗の問題について、ニーバーは、宗教が政治問題に貢献し得るものとして、ガンディの非暴力の抵抗以上に大きな貢献はないと言っています。人間は、あらゆる社会闘争におて、どの党派も他の党派の悪に気を奪われて、自己の悪が見えなくなってしまう。しかし、ガンディが唱えた非暴力は、物質的暴力だけではなく、憎しみを伴う精神的暴力もいけないということです。そういう意味での非暴力の抵抗、そこにおける非暴力の冷静さ、憎しみを伴わない冷静さは、自分の中にも、敵の中にも、人間としての共通の脆さを見出し、その憎悪も美徳も両方が、共通の根を持っているということを思い出させる。そして、人間を謙虚にし、悔い改めへと導くということです。ニーバーが、ガンディの非暴力の抵抗による独立運動を大変高く評価しているということは面白いことです。

 ガンディと比較して、トルストイの教理を考えてみると、宗教的愛の理想と政治的強制の必要とを関係づけることをしなかったトルストイ宗教的理想主義は、結局は、ツァー政権の暴力の悪の前に農民の善を以て無抵抗で勝利を得ようとして失敗、ツァー政権の暴力によって農民が、犠牲にされる結果となったというのです。ニーバーが、政治権力の悪とのたたかいに関して、ガンディの非暴力の抵抗と、トルストイの無抵抗主義を対照して、論じているのは重要だと思います。日本ではガンディの運動を無抵抗主義と解した人たちが多くあったように思いますが、インド独立運動におけるガンディ“非暴力の抵抗”をアメリカ人のニーバーは的確にとらえています。ニーバーは、専制政治や不当な植民地支配等の社会悪の克服の為には、物質的、精神的暴力を伴わない抵抗を以ての闘い、そういう意味での、ある強制が必要だと考えており、これも、ニーバーの社会倫理の問題の見方の一つの例になると思います。

 もう一つは、人種差別と闘ったマーティン・ルーサー・キングです。彼の公民権運動は言うまでもなく、皆様、よくご存知のところですが、キングは彼の著書 Stride Toward Freedom (一九五八年、雪山慶正訳『自由への大いなる歩み』岩波新書、一九五九年)の中で、彼が公民権運動を進めていく上で思想的に大きな影響を受けた人として、ニーバーとガンディを挙げています。彼は、「ニーバーは浅薄な楽観主義の幻想や虚偽の理想主義の危険を認めることを助けてくれた。彼の神学は、人間存在の一切の面に罪が存在することを、絶えず思い出させてくれる。ニーバーは、人間の社会的環境の複雑さと集団的な悪の目くるめくばかりの現実を見抜く眼を与えてくれた」ということを書いています。

 それとともに、キングは、他方、インドのガンディからの影響も非常に大きかった。真の平和とは、悪に対する無抵抗ではなく、悪に対する非暴力の抵抗であることを、自分はガンディから学んだといっています。ニーバーの社会関係の複雑な問題に内在する悪の捉え方、つまり「社会倫理的な視点」と、ガンディの「非暴力の抵抗」との二つが、彼の公民権運動を進めていく上で非常に大きな指導原理となり、彼自身を導いてくれたといっています。キングがモントゴメリーでの非暴力抵抗運動で、公民権運動の最初の成功を収め、多くのアメリカ人を説得してゆき、やがてアメリカ人が自分たちの悪を悔い、公民権条例(Civil Rights Act)が一九六四年に確立するというところへ導いていったと思うのです。

 今日、アメリカでは、キングの指導下に忍耐強く進められた公民権運動を経験せず、その意義を知らない世代が多くなり、人種的対立が起こっていますが、アメリカの三〇〇の都市の市長を黒人が占め、病院、大学での医師教師に黒人のクォーター・システムが実施されているなど、公民権運動の成果は顕著なものがあります。まだまだ解決されるべき問題はたくさんありますが。

    −−武田清子『戦後デモクラシーの源流』岩波書店、1995年、184−187頁。

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戦後デモクラシーの源流
武田 清子
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覚え書:「子どもの本棚 「お・は・よ・う」 [文]広松由希子(絵本評論家・作家)」、『朝日新聞』2016年11月26日(日)付。

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子どもの本棚

「お・は・よ・う」

[文]広松由希子(絵本評論家・作家)  [掲載]2016年11月26日

 「お・は・よ・う」(あすなろ書房=新刊)

 日曜の朝、もうすぐ1年生になるよしおは、本を抱えて「このじ、なんてよむの?」。家族に1文字ずつ聞いて回ります。「お」は、おひさまのお。「は」は、はるかぜのは。「よ」は? 字面だけじゃない、ふくよかな読みを教わります。穏やかな陽光と家族の笑顔。はじめての読むよろこびをあたたかく描いた絵本=5歳から(今村葦子文、平澤朋子絵、1200円=税抜き)

 「はぐ」(福音館書店=既刊) 静かな海辺。下手からラクダ、上手からシマウマが登場し、「はぐ」と抱き合います。ペンギンとワニ、タコとおじさんなど意外かつ似合いのペアが次々と「はぐ」。海も陸も、種別も越えた動物同士。地球の向こうに沈む夕日を背に「あえてよかったー」。ナンセンスな笑いと、平和なぬくもりに包まれます=2歳から(佐々木マキ作、900円=税抜き)

    −−「子どもの本棚 「お・は・よ・う」 [文]広松由希子(絵本評論家・作家)」、『朝日新聞2016年11月26日(日)付。

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「お・は・よ・う」 - 広松由希子(絵本評論家・作家) - 子どもの本棚 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト



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覚え書:「子どもの本棚 「とうだい」 [文]兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当)」、『朝日新聞』2016年11月26日(日)付。

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子どもの本棚

「とうだい」

[文]兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当)  [掲載]2016年11月26日

 「とうだい」(福音館書店=新刊)

 しっとりとした風景の中に、言葉がとけていくような美しい絵本。灯台は、渡り鳥から聞く知らない世界に思いをはせ、どこにも行けない自分を嘆きます。しかし嵐の夜、今いる場所で自分にしかできないことがあることを知るのです。みんな誰かの支えになっているということに、安心と幸せを感じます=4歳から(斉藤倫文、小池アミイゴ絵、1300円=税抜き)

 「大きくても ちっちゃい かばのこカバオ」(風濤社=既刊)

 かばの男の子カバオくんを巡るお話9編は、本当に何げない日常の切り取りです。そこにあるのは生きていくことの幸福感。決して同じ一日が訪れないように、たわいもない日常が新鮮な輝きを放って心に響きます。読むたびにもっと好きになる! 明日もきっと会いたくなります=小学校低学年から(森山京作、木村かほる絵、1300円=税抜き)

    ◇

 もうすぐ冬休みやクリスマス。選者の皆さんに「ぬくもり」をテーマに本を選んでもらいました。家族と一緒に読んでみてはいかがですか。

    −−「子どもの本棚 「とうだい」 [文]兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当)」、『朝日新聞2016年11月26日(日)付。

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「とうだい」 - 兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当) - 子どもの本棚 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト








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とうだい (日本傑作絵本シリーズ)
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大きくても ちっちゃい かばのこカバオ
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覚え書:「子どもの本棚 「おばあちゃんとバスにのって」 [文]さくまゆみこ(翻訳家)」、『朝日新聞』2016年11月26日(日)付。

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子どもの本棚

「おばあちゃんとバスにのって」

[文]さくまゆみこ(翻訳家)  [掲載]2016年11月26日

 「おばあちゃんとバスにのって」(すずき出版=新刊)

 この絵本のおばあちゃんは、お金や効率よりも人とのふれあいを大切にしています。行き先は、困っている人にごはんを出す食堂。ぼくも手伝って配った食事をみんなが笑顔で食べてくれると心もあったかに=4、5歳から(マット・デ・ラ・ペーニャ作、クリスチャンロビンソン絵、石津ちひろ訳、1500円=税抜き)

 「おふろだいすき」(福音館書店=既刊)

 寒くなると、おふろがうれしいですね。しかも、このおふろには不思議がいっぱい。もわもわの湯気の中から、カメやらペンギンやらカバやら、なんとクジラまで出てきます。想像がふくらむ絵本です。最後におふろから上がって、お母さんが差し出すタオルにくるまれる男の子がほっかほかでなんとも幸せそう=4歳から(松岡享子作、林明子絵、1300円=税抜き)

     ◇

 もうすぐ冬休みやクリスマス。選者の皆さんに「ぬくもり」をテーマに本を選んでもらいました。家族と一緒に読んでみてはいかがですか。

    −−「子どもの本棚 「おばあちゃんとバスにのって」 [文]さくまゆみこ(翻訳家)」、『朝日新聞2016年11月26日(日)付。

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おばあちゃんと バスにのって
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覚え書:「耕論 第二の人生の歩き方 内館牧子さん、デービッド・ベッカムさん、和田一郎さん」、『朝日新聞』2016年10月18日(火)付。

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耕論 第二の人生の歩き方 内館牧子さん、デービッドベッカムさん、和田一郎さん

2016年10月18日


イラスト・甲斐規裕

 長く取り組んだ仕事を辞めた後の人生。喪失感にさいなまれたり、過去の栄光にすがりついたりしかねない。第二の人生での心構え、それを見すえて準備することは何だろう。

 

 ■思い出と戦わず、次に進め 内館牧子さん(脚本家

 定年って生前葬だな。こんな書き出しで始まる小説「終わった人」を昨年、出版しました。主人公は、大手銀行の出世コースから外れ、転籍先の子会社で定年を迎えた63歳の男性。この前、高校の同窓会に行ったら、みんなが「俺がモデルだろう」と言うの。読者からのはがきにも、みなそう書いてあります。

 数年前から急に、同窓会に行く機会が増えて気づきました。あんなに秀才だった男の子も、あれだけきれいだった女の子も、横一列。60歳を超えると、みんな終わるし、これから先も見えてくる。着地点は一緒なんです。

 もちろん、そこに至るまでのプロセスは異なりますよ。いい大学を出てエリートだった人の方が、いい風景を眺めてきたと思います。でもそういう人ほど、着地が下手。ソフトランディングできないから、辞めるとガツーンと衝撃が来ます。元々それほどでもない人の方が、自然に仕事以外での楽しみ方を見つけているから、うまく着地できる。世の中、うまくできているなぁと思います。

 現役中から、そば打ちを始めろということではないんです。「もっと仕事で上を目指したい」という人は、仕事第一にした方がいい。無理に趣味をやると、サラリーマンとして成仏できないと思う。プロになるわけじゃないんだから、定年後で十分です。

 よく定年のことを「卒業」というけど、潔くない言葉よね。とかく第二の人生は素晴らしいと言われるけど、そう言わないと気力が出ないですものね。会社的には、はっきり終わったのよ。そういう自分を明確に認識した上で、これからどうしたいかを考える。そこで「やっぱり仕事をしたい」となれば、ハローワークに行けばいい。

 その仕事の多くは、自分のキャリアや技術をいかすものではないと思う。だけど、自分は一度終わっているんですよ。プロレスラー武藤敬司さんが「思い出と戦っても勝てねンだよ」と言っているけど、みな、自分の絶頂期と比べるでしょ。でも、いまの世の中は、自分の次の世代が動かしているんです。

 脚本家やフリーの人も容赦なく終わります。サラリーマンの定年より早いかもしれません。私は60歳のとき、生死の境をさまよう大病をしました。そのとき思ったんです。40代、50代を仕事第一にしておいてよかったって。あれも書いたし、これもやったし、「まっ、いいか」と思えました。脚本家として、成仏できた気になったんでしょう。

 「終わった」と認め、思い出とも戦わないと決めることが、すべてのスタートだと思います。まだ終わっていない若い人たちも、しょせん、残る桜も散る桜ですよ。そう思うと、腹も据わりますよね。

 (聞き手・岡崎明子)

    *

 うちだてまきこ 48年生まれ。三菱重工業で13年間のOL生活後、脚本家に。作品に「ひらり」「週末婚」など。

 

 ■ハードワーク、他分野でも デービッドベッカムさん(サッカーイングランド代表

 トップ選手のまま現役を引退する寂しさはありました。でも、英国スペインなどの名門チームで選手として成功しましたし、自分の特徴である「ハードワーク」を生かして、他の分野にも挑戦してみたかった。だから、パリ・サンジェルマンでフランスリーグを制した時、絶好の引き際だと思いました。まだ、サッカーが恋しくなるときもありますが、年も取りました。サッカー人生を終える準備はできていたと思います。

 人生を通じて大切なのは目標を持ち、自分を信じ、楽しむことだと思います。長年サッカーを楽しみ、いまは米国カナダメジャーリーグサッカー(MLS)への参入をめざす新チームの共同オーナーとなり、ユニセフの親善大使も務めています。

 サッカー選手が自分の強みと弱みを理解し、そこから何をどう学ぶかを考えるのは大事なことです。でも、現役時代は強みを感じる暇もなかった。だから、マンチェスター・ユナイテッドのファーガソン元監督には「現状に満足せず、高みを目指せ」「失敗を恐れるな」と鼓舞され、ハードワークを続けることができたのだと思います。

 一方で生活環境は大きく変わりました。たとえば選手時代は夕食の時間も、ワインを飲める時間も厳しく管理されましたが、いまは週末の試合もないので自由です。妻と一緒にワインをいつでも飲めるし、家族との過ごし方も昔とは違います。

 ワーク・ライフ・バランスを保つことは難しいことです。家族と一緒にいたいと思っても、仕事や相手の都合もあります。でも、私は家族が最優先です。妻や子どもたちがエネルギーとやる気を私に与えてくれるからです。

 選手生活を終えて新たな環境に身を置いて思うのは、自分にはっきりと意見を言ってくれる人を持った方が良いということです。家族と友人は意見が違っていたとしてもアドバイスをくれる。幸いにも私には、そうした相手が何人もいました。だから孤軍奮闘することはありません。

 仕事や生活の環境を変えてみることは、時には良いものです。いま、やっていることが幸せならば続けるべきだと思います。そんな時は、他のことをやってもうまくいかないでしょう。でも、他にやりたいことがあれば、時にリスクをとって前に進むのもよいことです。難しいことに挑む方がそれを達成するための知恵も浮かぶものです。

 私も間違いを犯してきました。そのたびに間違いから戻ってこられる幸運に恵まれました。判断を誤ることもあるでしょうが、何も決断しなければ得るものもありません。幸運は、失望の中にこそあると私は思います。

 (聞き手・都留悦史)

    *

 David Beckham 75年生まれ。サッカー選手を38歳で引退した。元スパイス・ガールズビクトリアさんとの間に3男1女。

 〈+d〉デジタル版に一問一答

 

 ■起業の基本、会社で培った 和田一郎さん(リサイクル着物販売業)

 42歳の時、18年勤めた大手百貨店を辞めました。僕は「会社人生」というゲームに負けたんです。同期ともだんだん差がついていく。自分が思うほど評価もされない。辞めると言ったとき、止めてくれる人もいませんでした。

 当時、子どもは高校生と中学生。家庭生活もボロボロでした。帰るのは毎日、午後11時すぎ。カミさんは僕に話したいことがたまっていて、風呂に入っている僕にドアの向こうから話しかけてくる。それでも僕は疲れていて、聞く気力もなかった。

 40歳くらいになると同じような人は多いんじゃないですか。自分が会社を支えているという自負、負けたくないという競争心、嫌われたくないという恐れなどに追い立てられて限界まで頑張ってしまうけれど、そのペースが続かないことに気づくんです。

 辞めた半年後に、アンティークリサイクルの着物をネットで売る商売を始めました。カミさんと二人三脚です。彼女は従業員の子どもの名前や、お客さんが飼っている犬の名前まで覚えて、ものすごい気配りができる。自分の孫の名前さえ時に忘れてしまう僕の欠点をよく補ってくれます。家族との時間が増えて、生活も安定しました。

 売り上げは年間3億5千万円です。起業家とはいえ、何百億も稼ぐITベンチャー起業家にはとても及びませんが、僕の性に合っている。自分の見える範囲にお客さんもスタッフもいて、取引先や彼らの人生を背負いながらも無理をしない自分がいる。セカンドキャリア万歳です。

 僕の場合、趣味でホームページの作り方を勉強していたのも役立ちました。「次」に備えたい人には、全く関係のない語学などを無理にやるのではなく、いまの仕事にも役立つ勉強をすることをお勧めします。その方が効率が上がりますからね。

 でもね、いま思えば商売の基本は全部、会社で教わったんですよ。僕は催事場の企画担当でした。どんなモノをどんな人にどう売るか。営業をどう説得するか。毎週毎週、考え続けました。今思えばミニ起業みたいなものでした。お客さんを呼ぶことのしんどさを知っていたことは起業ですごく役に立った。同僚や他社と互いに鍛え合い、真剣勝負をすることでしか培われないものってありますよ。

 今の仕事に忙殺されて、なかなか「次」に踏み込めない人は多いと思います。手に職がない、という人もいるでしょう。でも案外、競争しながら会社員をやっていれば、セカンドキャリアで役に立つことは身についている。若い人たちは、まずは最初の仕事で百%の努力をしてみたらいいと思います。全身全霊を傾けて初めて見えてくるものがあるはずですから。

 (聞き手・田玉恵美)

    *

 わだいちろう 59年生まれ。「ICHIROYA」代表。著書に「僕が18年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと」。

    −−「耕論 第二の人生の歩き方 内館牧子さん、デービッドベッカムさん、和田一郎さん」、『朝日新聞2016年10月18日(火)付。

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(耕論)第二の人生の歩き方 内館牧子さん、デービッド・ベッカムさん、和田一郎さん:朝日新聞デジタル





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覚え書:「インタビュー 体制内で見た文革 天津社会科学院名誉院長・王輝さん」、『朝日新聞』2016年10月20日(木)付。

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インタビュー 体制内で見た文革 天津社会科学院名誉院長・王輝さん

2016年10月20日

王輝さん

写真・図版

 中国文化大革命が発動されて50年。多くの中国人が信じた共産主義の理想は色あせ、社会は大きく変質したが、共産党政権は依然として苛烈(かれつ)な権力闘争のなかにある。中国は何を学び、何を失ったのか。党幹部の立場で文革を経験し、その後も体制内で歴史研究を続ける天津社会科学院の名誉院長、王輝氏に話を聞いた。

 ――文革は、毛沢東主席が大衆を動かした政治運動です。多くの若者が「紅衛兵」となり、荒廃した経済の立て直しを主張した党指導者らを「資本主義の道を歩む実権派」などと打倒しました。王さんも党幹部として、造反派や紅衛兵に何度も捕まったそうですね。

 「赤い腕章の人々に連行され、一時拘束されました。彼らは私の上司の政府指導者を捜しており、私に居どころを教えるように迫りました。自由を失うことが、いかに苦痛かよく分かりました」

 ――造反派は、党委員会も襲撃し、行政機能も止まりました。

 「社会は混乱し、あらゆる規範を失っていました。恐怖でした。文革の初期、批判を受けた党幹部の自殺が最も多かったのです。私は(文革推進の目的で新たに設けられた権力機構である)文革弁公室の副主任として毎日、誰々が川に飛び込んだといった報告を受け続けました。町中が緊張してコントロールを失っていました」

 ――幹部として何を感じましたか。

 「無力感、むなしさです。どうしたらいいか分かりませんでした。行政の仕事ができる状況ではなく、ただただ役所で時を過ごしていました」

 ――秩序は軍の出動によって回復しました。

 「もし中国にこのような特殊で強大な軍隊がなければ、どうなっていたか。中国で、軍は戦闘部隊であると同時に、(国内の社会秩序を維持するための)工作部隊でもあるのです。単純に国防を担っているわけではありません」

 ――その特殊な軍の存在が、中国民主化を困難にしているのではないですか。

 「当然のことです。中国共産党は暴力革命によって政権を握った。暴力による政権奪取の必然の結果は専制政治です。それは民主化をもたらすことはないのです」

 ――文革後、検査を受け、党幹部の職を一時失いました。

 「上司である天津市のトップが失脚したからです。中国社会の特徴はすべてが数珠つなぎにあること。不満だったが仕方がない。私の場合、比較的、軽い方でした」

 「文革後も基本的には文革のやり方が続きました。文革中、多くの幹部が批判され、それに連なる人々がみな失脚しました。文革が終わると、今度は、文革で失脚しなかった幹部が、みな引きずり下ろされました。現在の政治闘争においても、こうした点はいまだに文革の影響を受けています」

    ■     ■

 ――文革中国社会に何をもたらしたのでしょう。伝統的な文化や価値観が否定され、宗教施設なども壊されました。

 「文革中には過激な破壊活動が起きました。現在、中国が抱える問題はすべて文革がもたらしたものだという見方もあります」

 「(共産党への)信仰、理想、信念といったものが失われました。(豊かで平等な社会をつくるといった)共産主義の理想を信じる気持ちがなくなりました。人々は自信をなくし、残ったのは拝金主義享楽主義でした」

 ――影響は大きいですね。

 「大きいです。だから、習近平(シーチンピン)国家主席は今、『自信を持て』と強調しているのです。中国人は自分たちの理念や文化に自信を持たなければならない、と」

    ■     ■

 ――一方で、文革時代を懐かしむ人々もいます。

 「貧しかったが、腐敗もなかった。だから、一部の人々は今、貧富の格差がなく、腐敗もなかった時代を懐かしむのです」

 ――文革にもいい面があったというのですか。

 「文革は高度に集中した伝統的計画経済を打ち壊し、その後の改革開放への条件をつくった。もし文革の歴史がなければ、中国ソ連の道をたどっていたでしょう」

 「文革前に、多くの庶民は知りませんでしたが、私は幹部として何が起こっているのかを見ていました。党内には、すでに特権階級が生まれつつあった。幹部たちは夏は避暑地の北戴河に行き、庶民には一生、手が届かない生活をしていたのです。文革がなければ、特権化はさらに拡大し、中国は(民主化を求めた群衆チャウシェスク大統領が殺された)ルーマニアと同じになっていたでしょう」

 ――改革開放は中国を豊かにしましたが、格差が拡大し、腐敗も横行するようになりました。

 「トウ小平は両手でつかめと言いました。改革開放と政治の二つを、です。しかし、改革開放のカギを握るのは、一部の人が先に豊かになるという先富論です。そうした人々は権力を持ち、権力を私有化する。公権力を金に換える。金持ちが生まれるということは、貧しい人々ができることでもある。それが今の社会なのです」

 「トウ小平の言ったことは元々、矛盾があったのです。トウは貧富の格差が拡大すれば、改革は失敗だとも言いましたが、実際に、社会は金持ちと貧乏人とに両極化してしまいました」

    ■     ■

 ――習体制は「反腐敗」を掲げ、不正の摘発で多くの高官が失脚しています。

 「反腐敗は必要です。法的な手続きに沿って進めるのでは、何もできない。民主プロセスとは違うが、それでもこれしかない。おかげで、役人は安心して生活できなくなっていますけどね」

 ――「反腐敗」が加速して、中国で再び文革が起きることはありませんか。

 「ありえません。文革毛沢東がいたから起きたのです。歴史上の特殊な時期に、最高の威厳を持った領袖(りょうしゅう)がいたから起きた。毛沢東はもういません。第二の毛沢東には誰もなることはできません」

 「もう一つ。時代の変化があります。今の庶民が求めているのは生活の安定と経済成長です。私が革命に参加したころとは違います。あのころは経済のことなんて考えていませんでした」

 ――これから中国政治はどこへ向かうのでしょう。

 「中国は今、左(共産主義)に進むこともできず、かといって右に行くこともできない。右とは米国式の民主政治の道です。このまま進んでいかなければ、生き残ることはできません」

 ――民主化には進めませんか?

 「進めば、中国は四分五裂の道をたどるでしょう。これは怖いことです。米国は望んでいるかもしれないが、中国ソ連のように崩壊したら、経済も大混乱を起こす。かわいそうなのは庶民たちです。金持ちたちはみな国外に逃げるのだろうけど……」

 ――では、共産主義の道は?

 「すでに貴族権益のようなものを持つ階級も生まれているから、左にも行けない。今や中国にどれだけの大金持ちがいると思いますか。彼らから再び財産を奪ったら、大混乱になります。ただただ、今のままでやっていく。これしかほかに道はありません」

     *

 ワンホイ 30年生まれ。66年の文革開始後、天津市の革命委員会弁公庁主任などの要職を歴任文革終結後に一時職務を停止されるが、82年に復権し、86年に政府シンクタンクの天津社会科学院の院長に就任。98年に名誉院長。

 ■取材を終えて

 中国共産党文革によって、多くの人々の信頼を失った。豊かで平等な社会の実現を訴えた共産主義イデオロギーは色あせ、民主的に選ばれていない党政権が統治を正当化できるものは、経済発展の実績などに限られてしまった。

 党内にも、文革の歴史を直視すべきだとの声は根強い。人民日報は今年5月、「文革は理論と実践における完全な間違いだった」とする論文を掲載した。

 しかし、文革を巡る自由言論は依然として許されていない。歴史と今とをつなげる議論が、現指導部に都合が悪いからだろう。

 当時の党幹部であり、文革研究を進めた学者でもある王氏のような経歴の人物が、外国メディアに多くを語ることは珍しい。

 10代から地下活動に参加し、党を信じてきた老幹部が、指導部を批判することはなかった。ただ、その言葉ににじむのは、現実への複雑な思いである。いまだに文革の歴史を消化できない党の苦悩は深い。

 (中国総局長=古谷浩一)

 ◆キーワード

 <文化大革命> 経済政策の失敗などを受け、毛沢東が1966年、階級闘争の継続などを呼びかけて発動した政治運動。共産党官僚化や特権化に対する市民の不満を刺激し、紅衛兵や造反派労働者らが組織され、各地で政府機関などが襲撃された。反革命とされた人々はつるし上げを受け、1千万人に上るとも言われる死者を出した。また、党内の権力闘争が激化し、国家主席を務めた劉少奇ら多くの高官が失脚、迫害された。76年に事実上終結した。

 共産党が81年に出した歴史決議は「文革は指導者が誤って引き起こし、それが反革命集団に利用された」として毛沢東の一定の責任を認めたうえで、「党と国家と各民族人民に大きな災難をもたらした内乱」と位置づけている。

    −−「インタビュー 体制内で見た文革 天津社会科学院名誉院長・王輝さん」、『朝日新聞2016年10月20日(木)付。

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(インタビュー)体制内で見た文革 天津社会科学院名誉院長・王輝さん:朝日新聞デジタル


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覚え書:「子どもの本棚 「ピクルスとふたごのいもうと」 [文]越高一夫(ちいさいおうち書店店長)」、『朝日新聞』2016年10月22日(日)付。

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子どもの本棚

ピクルスとふたごのいもうと」

[文]越高一夫(ちいさいおうち書店店長)  [掲載]2016年10月22日

 「こぶたのピクルス」の続編。ピクルスは好奇心いっぱいの元気なこぶたの男の子。いのぶたさんからもらった朝顔の種を鉢に植えて育てる様子などは、読んでいてほほえましく心が和みます。そんなピクルスに双子の妹ができ、お兄さんらしく泣いてばかりいる妹たちの世話をするのですが……。短い四つのお話が入っていて初めて出会う童話として楽しめます。

    −−「子どもの本棚 「ピクルスとふたごのいもうと」 [文]越高一夫(ちいさいおうち書店店長)」、『朝日新聞2016年10月22日(日)付。

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「ピクルスとふたごのいもうと」 - 越高一夫(ちいさいおうち書店店長) - 子どもの本棚 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト



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覚え書:「子どもの本棚 満月見上げる、日常の幸せ [文]広松由希子(絵本評論家・作家)」、『朝日新聞』2016年10月22日(日)付。

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子どもの本棚

満月見上げる、日常の幸せ

[文]広松由希子(絵本評論家・作家)  [掲載]2016年10月22日

 空に満月を見つけると、うれしくなるのはなぜでしょう。赤ちゃんが夜空を見ています。バレエ練習帰りの女の子も、遠い山のクマの親子も見ています。「きょうはそらにまるいつき」。ゆっくりページをめくり、同じフレーズを繰り返していると、地球上のそれぞれが違う生活を送りながら、同じ満月を見上げていることの安らかな幸福感が広がります。

 東日本大震災の年に出版された「あさになったのでまどをあけますよ」と対のようにも読める絵本。誰にも訪れる日常のよろこびを描いてきた作者です。

 赤ちゃんの目に映る光景だけが、とびきりの空想力で描かれていて、祈りにも似た希望の光を感じます。「ごほうびのようなおつきさま」の月光浴をどうぞ。

    −−「子どもの本棚 満月見上げる、日常の幸せ [文]広松由希子(絵本評論家・作家)」、『朝日新聞2016年10月22日(日)付。

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きょうはそらにまるいつき
荒井 良二
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覚え書:「子どもの本棚 言葉に紡ぐ 幼い頃の気持ち 児童文学作家 あまんきみこさん」、『朝日新聞』2016年10月22日(日)付。

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子どもの本棚

言葉に紡ぐ 幼い頃の気持ち 児童文学作家 あまんきみこさん

[掲載]2016年10月22日

児童文学作家あまんきみこさん

 「白いぼうし」「ちいちゃんのかげおくり」などの代表作で知られる児童文学作家あまんきみこさん(85)。今年は児童文化の発展に貢献した人に贈られる東燃ゼネラル児童文化賞も受賞した。これまでやこれからの創作への思いを聞いた。

 ――空色のタクシーの運転手が不思議なお客さんを乗せ、現実と幻想の中で町を巡る童話集「車のいろは空のいろ」でデビューしたのは37歳でした。

 2人の子どもにお話を考えて聞かせてあげるのが好きでした。下の子が幼稚園に入ったのを機に大学の通信教育課程に通い、その時に書いたリポートがきっかけで児童文学作家の与田凖一先生に出会い、その後に坪田譲治先生の雑誌「びわの実学校」に投稿したのがこの作品です。自分が物書きになると思っていなかったから自由な気持ちで書いていました。それがこんなに長く続くとは。

 上の子が生まれてすぐ夫の転勤で大阪から東京に来た時、いろんなところから人が来ていて、これだけ多くの人がいれば、人間の世界に溶け込むように不思議なものたちもどこかにいるんじゃないかという思いも創作のきっかけです。

 ――日常から不思議な世界に入る作風が魅力。新刊「きつねみちは、天のみち」(童心社)は、雨の日に「雨のすきま」からキツネの世界に迷い込む女の子の話です。

 子どもの頃、雨が降っているところと晴れているところの境目に行ってみたいと思いませんでしたか? 私はよく思っていたの。いろんなことを不思議に思っていたんです。たとえば「おにたのぼうし」は、嫌われ者だけど実は気のいい鬼のお話。大人になったら誰の命も大切なことがわかるけど、子どもの頃は鬼に生まれたらかわいそう、何に生まれてくるかを選べないことがこわいと思った。そうした幼い時の言葉にならなかった気持ちを、今紡いでいるように思います。

 小さい頃は病気がちで、ふとんで過ごす時間が多かった。その時、窓の外をよく見ていました。いろんな想像を巡らせて「空の絵本」を見ていたようで、それが創作につながっていると思います。

 ――今後書きたいことは。

 私は旧満州生まれで、子どもの頃の楽しい思い出もあります。でも、実は元々そこに住んでいた人たちが追いやられていたこと、また戦地で亡くなった人、戦地で見てきた大変な事実を抱えて生きてきた人たちのことを戦後知った。そうした事実に私自身、折り合いがついていないんです。戦争のことはまだ書ききれていないと思っています。

 子どもたちには人生の「祝祭」を感じてほしい。今は虐待とか子どもにとってつらいこともいっぱいあるけれど、生きているってすばらしい。私が幼い時に感じたことや出会った本が、今の自分の空想や思いにつながっている。子どもにとって本がそんな出会いとなればうれしいです。

(聞き手・畑山敦子)

    −−「子どもの本棚 言葉に紡ぐ 幼い頃の気持ち 児童文学作家 あまんきみこさん」、『朝日新聞2016年10月22日(日)付。

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きつねみちは、天のみち (童心社のおはなしえほん)
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覚え書:「耕論 新幹線の売り込み方 辻村功さん、阿達雅志さん、堀本幹夫さん」、『朝日新聞』2016年10月19日(水)付。

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耕論 新幹線の売り込み方 辻村功さん、阿達雅志さん、堀本幹夫さん

2016年10月19日

海外の高速鉄道計画と日本のかかわり<グラフィック・上村伸也>

 インフラ輸出は、安倍政権の成長戦略の柱の一つ。しかしその目玉にしたい新幹線の輸出は、中国など競合も多くハードルは高い。日本が誇る「世界初」が、海外で根付くには。

 ■現地に合わせる努力必要 辻村功さん(鉄道コンサルタント

 インドムンバイで昨年から、地下鉄の車両コンサルタントをしています。当地では、国鉄の電車は扉を開けたまま走ります。混雑が激しく扉が閉じるのを確認していると定時運行できないからで、転落は自己責任です。こうした運用や常識の違いに接すると、鉄道は土着性の高い交通機関だと痛感します。

 日印首脳は昨年末、日本の新幹線システムを採用した高速鉄道を、ムンバイとアーメダバードを結ぶ約500キロに建設する覚書に調印しました。日本にいる多くの方は「日本の新幹線がそのままインドを走る」と思うかもしれませんが、私は懐疑的です。鉄道を海外へ輸出するなら、「現地に合わせる努力」が欠かせません。

 海外の鉄道関係者を新幹線に案内すると、乗客の死亡事故が開業以来ほぼないという安全性、そして平均の遅れが1分以内という定時性に、だれもが賛嘆します。でも、本音は「遅れは10分まで許すから、もっと安くして」です。新幹線が達成している高度な安全性や定時性は、新興国では過剰品質なのです。

 日本の鉄道関連企業は優れた技術を数多く持ち、客の要望にこまめに対応できる力は随一です。製品の根幹をなす要素技術を分解し、「この技術を外せば、ここまで安くなる」と論理的に示して買ってもらう必要がある。日本の新幹線を丸ごと輸出して成功できるのは、コストや在来線との関係を考えれば、世界でも米国など数カ所しかないと思います。

 システムとして絶対に譲れない部分は徹底的に議論して、日本流を通すべきです。今回は覚書で、在来線と隔てられた専用の軌道を走ることで安全性を確保する日本の新幹線システムの肝は担保されているようですから、線路やトンネルの仕様などは、思い切って現地化すべきです。

 インドでは、最初の成功例をバイブルのように扱います。デリーのメトロは2002年の開通時期が珍しく遅れなかったため、「インドの奇跡」と呼ばれ、私の仕事でも「デリーと同じ仕様」と言えば即採用となります。今回の計画が成功とみなされれば、他に具体化している三つの高速鉄道計画にも新幹線方式が採用される可能性は高くなる。知恵の絞りどころです。

 また、官民が一体となり、鉄道事業者やメーカーから技術者を選び、鉄道システム全体に理解の深い日本人の鉄道コンサルタントを育成することも急務です。新興国では、新路線計画されると多国籍のコンサルタント集団が組織され、発注者利益代表として技術仕様や入札資格を決めます。でも、欧米人が中心で日本人はほとんどいない。これでは、日本に有利な条件が出てくるはずがありません。(聞き手・畑川剛毅)

     *

 つじむらいさお 1956年生まれ。日独の鉄道車両関連メーカーに32年間勤務。著書に「鉄道メカニズム探究」。インド在住。

 ■発展見越し、丸ごと導入を 阿達雅志さん(参議院議員自民党外交部会長)

 日本の新幹線は、高速鉄道の先駆けで、世界のどこにもない最高のインフラです。時速300キロの車両が3分間隔で走り、一度も重大な事故がない。さらには走行性能や安全性、正面衝突が起きないしくみやメンテナンス、清掃も含みます。

 正直言って、オーバースペックだととらえる国が多いようです。専用の線路を走る日本の新幹線のシステムは、既存の線路や駅などを活用する欧州の方式に比べて一見、当初の費用が多くかかるように見えることもあります。

 しかし、100万人単位の都市が高速鉄道で結ばれると、それまで想像もできなかった経済発展や社会の変革がもたらされます。日本の新幹線が実証する通り、大幅な旅客の増加も見込めるのです。

 新幹線の価値は、こうした発展も見越してトータルなシステムを先行導入することにあると思います。運輸相も務めた義父の佐藤信二も実現に尽力した台湾新幹線台湾高速鉄道)は、車両は日本メーカー製です。でも、無線やポイントなどでは、ドイツフランスなど欧州メーカーのシステムが混在しています。

 欧州勢が先行してプロジェクトが走り出していたためですが、もしも最初から日本の新幹線のシステムを採用していれば、もっと低コストで効率的だったはずです。

 私は1983年に住友商事入社し、最初の仕事は当時の国鉄計画していた新幹線米国への輸出プロジェクトでした。以来、車両の製造や再整備を担う工場建設から撤退までを米国の現場で手がけたこともあります。

 いま、日本は官民一体となって、政治的、外交的、グローバルな戦略として新幹線の輸出に取り組んでいます。私自身の経験も踏まえれば、この先、インドマレーシア、タイなど新中間層が増えていく地域では、日本のインフラが真価を発揮する可能性が十分あると感じています。

 その際、単に「ハードを売っておしまい」ではない、相手国が本当に求める協力も含めて、輸出における質の高さが求められています。その一つが人材教育です。新幹線を動かし、将来的にはつくるところまで現地の人々が担う。このため、たとえば新幹線方式を採用した高速鉄道の建設で合意したインドでは、研修機関を設立して4千人規模の鉄道省職員を訓練します。年間約20人の留学生をはじめ、短期長期の研修や訓練も日本で受けてもらう予定です。

 実は、日本の技術をさらに発展させて競争力を維持するためにも、輸出は欠かせません。中国などのライバルは急速に力をつけています。日本のマーケットは成熟していますから、車両などの買い替え需要だけでは、技術者が育たなくなっているのです。(聞き手・池田伸壹)

     *

 あだちまさし 1959年生まれ。住友商事米国系法律事務所勤務などを経て2014年に初当選。米ニューヨーク州弁護士

 ■心地よさ味わってもらう 堀本幹夫さん(TOTO執行役員ウォシュレット生産本部長)

 新幹線インフラ、洗浄機能付き便座「ウォシュレット」は耐久消費財と、分野は違います。ただ、日本で支持を得た製品を海外に売り込むには現地化、つまり市場ごとに製品の仕様を変える必要があり、三つの「合わせる」ステップがあると思います。

 一つ目は、その市場の法体系や規格で、言わば基本要求です。ウォシュレットはすでに80近い国の法規制にそれぞれ対応した製品を揃えています。二つ目は、現地のニーズの中でも明示的な、市場調査で測れる類いのもので、対応はさほど難しくありません。デザインは市場ごとの好みに合わせて変え、吐水の強さなどは利用者が調整できる機能をたくさんつけています。

 三つ目は潜在的なニーズです。感性や文化にかかわるところで数字に表しにくい。例えばインドネシアでは、水圧を使って手動つまみでノズルを出し入れして洗浄します。トイレに電気製品を置くこと自体に抵抗を感じるのと、電気でバルブを開閉する通常の方式は高価なこともあり、現地関連会社の社長が考え出しました。また脱臭機能は、日本では使用中は緩やかに、使用後は強力にと段階がありますが「常に強力に吸ってこそ脱臭だ」という市場もあり、それに応えています。

 「お尻を洗う」という基本機能は、人間が快適を求める根源的欲求を満たすもの。ですから、変更の必要はありません。新しい概念だけに、その心地よさを味わって理解してもらうことが、何より大切だと考えています。

 いま、日本全体が洗浄便座の巨大なショールームになっています。訪日外国人が2千万人まで増えたのは非常に大きい。中国人のお客様の爆買いでウォシュレットが注目されましたが、富裕層なら持つべき製品の象徴として、アイコンの役割を果たしたのかもしれません。排泄(はいせつ)という生理現象の後の「お尻を洗う」行為はセンシティブで、そこに関わる商品だからこそ、日本で心地よさを体験して、帰国後に「やっぱりいつも使いたい」と思ってもらう。このつながりに期待しています。

 欧州では、高級ホテルの改装時に洗浄便座がついたトイレを求められるのは、当たり前になりつつあります。この1年で、性能の高低はあれ洗浄便座を持たない欧州の競合ブランドはなくなりました。

 もう一つ、安売りすれば普及に弾みがつくかもしれませんが「安かろう、悪かろう」はダメです。ブランドを守りつつ、新しい概念の製品をわかってもらう必要がある。世界の普及率はまだ数%。日本でさえ、1980年に世界で初めて売り出してから普及率が8割を超えるのに30年以上かかりました。様々な嗜好(しこう)の人がいる世界市場で、時間がかかるのは当然だと考えています。(聞き手・畑川剛毅)

     *

 ほりもとみきお 1965年生まれ。88年に東陶機器(現TOTO)に入社総合研究所商品研究部長などを経て、昨年から現職。

    −−「耕論 新幹線の売り込み方 辻村功さん、阿達雅志さん、堀本幹夫さん」、『朝日新聞2016年10月19日(水)付。

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(耕論)新幹線の売り込み方 辻村功さん、阿達雅志さん、堀本幹夫さん:朝日新聞デジタル





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2017-02-20

日記:新憲法は、だれが起草したにせよ、それを支持し、歓迎したのは日本国民だった、日本国民が選んだ憲法なんだということを忘れてはいけない

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 最後にもう一度、戦後デモクラシーの問題にたちかえって考えてみますと、敗戦後、日本は連合国に占領されましたが、占領軍は何をやってもよかったのではなく、ポツダム宣言の拘束を受けていました。その一三項目のうち、基本的に重要な点は二つあり、一つは日本を民主化すること、もう一つは、戦後の日本の政治形態は自由に表現された日本国民の意志によって決めるべきだということでした。

 この二つの枠組が重要な拘束を占領軍に与えていました。ですから占領軍は日本の世論を気にしていました。そのころの日本の国民は、戦争中のあの軍国主義ファシズムは嫌いだと考えていた。軍閥はいやだが、裕仁天皇(後の昭和天皇)はおいといてあげたいという気持ちを持っていた。明治以来の教育の結果でもあったでしょうが、それが、九二パーセントくらいの日本国民の世論でした。ですから、日本の天皇制を廃止しようと思って日本に来たマッカーサーは、世論が示す国民の意志がそうであり、また、裕仁天皇民主化に積極的に賛成であり、マッカーサーにも非常に協力的でした。そこで、天皇は保持しながら、他方、特高警察軍閥右翼を徹底的に排除し、憲法改正して民主主義政治体制を確立しようとしました。財閥の解体、労働組合の合法化、土地制度の改革、婦人参政権、男女共学等々の民主化制作がつぎつぎにうち出されていきました。

 日本国民には軍閥右翼団体を排除するだけの力はありませんでした。しかし、戦後の民主化日本国民の大多数にとって解放でした。あの憲法アメリカに押しつけられた憲法だという政治家がいますが、私どもが、思い出さなくてはいけないと思うのは、次のことです。新憲法日本国憲法)は一九四六年一一月三日に公布され、施行されたのが一九四七年五月三日、その施行の一月前の四月に衆参両院の総選挙が行われました。それは、新憲法に対する国民投票のような意味を持った総選挙でした。この選挙の時、新憲法の採択を支持するということを公表した人達が国会の大多数を占めたのでした。ですから、私は、新憲法は、だれが起草したにせよ、それを支持し、歓迎したのは日本国民だった、日本国民が選んだ憲法なんだということを忘れてはいけないと思います。マッカーサーがその回想録に次のようなことを書いています。自分は新憲法に対する国民投票ともいうべき総選挙によって日本国民による審判が下るんだと思ってじっと待っていた。そうすると総選挙の結果は、この憲法の採択支持を表明した人達が国民の大多数によってサポートされたことがわかり、ホッとするものを感じたと。あの憲法を歓迎した国民、あの憲法理念を支持する思想は、決して、思いつきでも、突然出て来たものでもありません。上述のように、諸々の思想運動として展開した大正デモクラシーの時代に青年時代、あるいは子供時代を過ごした人達が、そのデモクラシーの思想で養われて、それによって教育された人達が、ファシズムの時代はこわいから皆だまっていましたが、デモクラシーを志向する心は、地下水となって戦時下にも健在でした。そして、戦後、民主化を使命とした占領軍によって軍国主義的な軍閥右翼が取り除かれた時、内発的に国民のふところからあふれ出てきたのでした。私は、戦後のデモクラシーは、ただ単にアメリカからのもらいものではなく、「これで解放される」と思った人達のふところ深くに用意されていたものだったと信じています。戦後のデモクラシーの根は、大正デモクラシーの時期に培われていたものだったといっていいと思うものです。そういうものがなければ、戦後の民主主義はあのように多くの人々に解放を感じさせ、自由を喜ばせるものとはならなかっただろうと思います。

 ですから、私は大正デモクラシーは、戦後デモクラシーのの土着的根を培っていたと考えるものであります。それを、今、風前の灯のようにしてはならないと思います。

    −−武田清子『戦後デモクラシーの源流』岩波書店、1995年、164−166頁。

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覚え書:「ビジネス ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由 [著]小林せかい [文]勝見明(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年01月08日(日)付。

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ビジネス

ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由 [著]小林せかい

[文]勝見明ジャーナリスト)  [掲載]2017年01月08日

■合理的で、心が引き込まれる仕組み

 メニューは日替わり定食1種だけ。店の手伝いをすると1食無料になる「まかない」、無料の権利を他の客に譲る「ただめし」、店にある食材でオーダーメイドできる「あつらえ」など、独自の仕組みで注目を集める「未来食堂」。2015年9月に開業した著者がその「裏側」を明かす。

 少女時代は偏食。「おいしさの押し付け」に息苦しさを覚えた。15歳で初めて一人で喫茶店に入る。学校や家の枠にとらわれない「個」としての自分が受け入れられる解放された空間に衝撃を受け、将来、「お店を持つ」と決めた。

 IT技術者を経て、東京神保町で「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」として開業。「あつらえ」は一人ひとりの「おいしさ」を「ふつう」に受け入れる。「ただめし」を利用した人は次は自分が「まかない」へ。酒の持ち込み自由で半分は他の客にふるまう「さしいれ」は人から人へのつながりを広げる。目指すのは、そんな「螺旋(らせん)型コミュニケーション」だ。

 「まかない」は従業員ゼロ、「あつらえ」は在庫ロス削減を可能にする合理的な面も併せ持つ。それ以上につながりへの共感の広がりが黒字を支える。ふと読み手も心が引き込まれていることに気づく。

    −−「ビジネス ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由 [著]小林せかい [文]勝見明ジャーナリスト)」、『朝日新聞2017年01月08日(日)付。

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覚え書:「ビジネス イノベーションはなぜ途絶えたか―科学立国日本の危機 [著]山口栄一 [文]小林雅一(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年01月22日(日)付。

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ビジネス

イノベーションはなぜ途絶えたか―科学立国日本の危機 [著]山口栄一

[文]小林雅一(ジャーナリスト)  [掲載]2017年01月22日

起業家精神育たぬ、制度設計の失敗

 かつて「科学立国」と呼ばれた日本の産業基盤が揺らいでいる。1980年代に栄えたエレクトロニクス産業は今や衰退し、医薬品など21世紀を担うバイオ分野でも国際競争から脱落。本書によれば、その主な原因は「イノベーション政策の失敗」にある。

 日本では90年代、製造業など大手が基礎研究所を廃止したことで、産業競争力が衰えたとされる。しかし実は米国でも同時期、AT&Tやゼロックスなど大企業が基礎研究から撤退していた。が、米国はその後、ITや医薬品などで技術革新が巻き起こったのに、日本はそうならなかった。

 両者の違いはどこから生じたのか? 当時、米国政府は「大企業はもはやイノベーションを起こせない」と見切りをつけ、技術革新の新たな担い手として大学院生らの起業を支援する「SBIR制度」を創設。これが卓越した審査・報賞方式によって目覚ましい成果を上げたため、日本政府も追随しようとしたが、実際には「パフォーマンスの低い中小企業」への補助金制度と化し、国税の浪費に終わった。

 日本で起業家精神が育たないのは、リスクを避ける国民性ではなく、制度設計に原因がある。これを修正すれば、産業競争力は復活するという。

    −−「ビジネス イノベーションはなぜ途絶えたか―科学立国日本の危機 [著]山口栄一 [文]小林雅一(ジャーナリスト)」、『朝日新聞2017年01月22日(日)付。

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覚え書:「伝えることから始めよう [著]高田明 [文]森健(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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ビジネス

伝えることから始めよう [著]高田明

[文]森健ジャーナリスト)  [掲載]2017年02月05日

■目前の課題に向き合い、おもしろく

 高い声に高いテンション。通販ショップ「ジャパネットたかた」の創業者高田明氏は長崎県の小さなカメラショップから年商1500億円の企業に育て上げた。その高田氏が初めて自著を記した。

 前半は半生の自伝、後半は人生哲学というつくりだが、繰り返し語られるのが目の前の課題に懸命に向き合う「今を生きる」という姿勢だ。

 家業のカメラ店で働き出したときは、地元のホテルに出入りし、団体旅行に張り付いて撮影。夜中にプリントし、翌日販売することで売り上げを拡大した。また、大手がプリントの価格競争を仕掛けてきたら、高田氏は新しい現像機を導入、速さで対抗した。

 37歳で独立。地元のラジオで宣伝すると売れることを発見。ラジオの全国展開、テレビへと発展していった。目前の課題から事業拡大していった様子がよくわかる。

 本書後半は著者の情報発信哲学が語られる。著者は相手に「伝わる」ことに心を砕いてきた。情熱をもち、おもしろく、わかりやすく。そんな高田流の伝え方が的を射てきたのは、ジャパネットの実績が示していることだろう。

 もう一つ。本書は彼の喋(しゃべ)りそのままの文体。彼の語りのようにおもしろいのがいい。

    −−「伝えることから始めよう [著]高田明 [文]森健ジャーナリスト)」、『朝日新聞2017年02月05日(日)付。

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伝えることから始めよう
高田 明
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覚え書:「科学の扉 賞味期間を延ばせ 食品ロス減へ、製造方法を工夫」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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科学の扉 賞味期間を延ばせ 食品ロス減へ、製造方法を工夫

2016年10月16日

 本来なら食べられるのに多くの食品が捨てられている。そうした「食品ロス」を減らそうと、食品メーカーは、製造方法の見直しや容器を改良するなど様々な工夫をこらし、賞味期間や鮮度を長く保とうとしている。

 「マヨネーズの改良の歴史は、『酸素との戦い』です」。キユーピー研究開発本部の若見俊介さんはいう。物質が酸素と反応する「酸化」が進むと風味が悪くなり、おいしさが低下するからだ。

 キユーピーは、製造する際に酸素をできる限り除くことで賞味期間を延ばしてきた。14年前は7カ月間だったが、いまは1年間だ。

 注目したのは、原材料にもともと含まれている酸素だ。マヨネーズの主な原材料は、タマゴと酢、植物油。植物油には水中の5倍に上る酸素が含まれているという。原材料をミキサーで混ぜる前の植物油に窒素を吹き込み、酸素をできるだけ取り除く方法を開発。この製法を2002年にとり入れたことで、7カ月間の賞味期間を10カ月間にすることができた。

 さらに延ばそうと、製造機器や配管、製品を容器へ入れる際など、製造工程で材料や製品が酸素に触れるのをなるべく減らした。その結果今年、さらに賞味期間を2カ月延ばして1年間になった。

 牛乳も製造工程の見直しで、賞味期間が延びている。各メーカーが採り入れているのが「ESL製法」だ。ESLは、「Extended Shelf Life」の略で、賞味期間の延長という意味で使われている。牛乳を容器へ入れるのを、除菌したきれいな空気の部屋で行うなど、徹底した衛生管理のもとで製品化する。通常の製法による牛乳の賞味期間は7日間ほどだが、ESL製法では10〜14日間に延びる。

 ■容器改良で長持ち

 容器を改良することで、おいしさを保つ技術も進む。

 賞味期間は、開封前の食品のおいしさを保つ期間をさす。だが、ヤマサ醤油(しょうゆ)は、開封後も鮮度を長く保てるよう容器を工夫した。しょうゆが空気に触れて酸化するのを防ぐ。ペットボトル入りしょうゆは、開栓後1カ月間を目安に使い切ることを勧めているが、空気に触れない容器は「開けても180日鮮度キープ」をうたう。

 容器はベンチャー企業「悠心」が開発した。しょうゆが好きな二瀬克規社長が、「しょうゆは出せても、外からは空気が入らない容器を作れないか」と考えた。

 容器本体と注ぎ口は薄いフィルムでできている。容器を傾けてしょうゆを注ごうとすると、水圧で注ぎ口が自然に開く。注ぎ終わって圧力が小さくなると、注ぎ口のフィルムが閉じてしょうゆが隙間に満たされて弁の役割を果たし、空気を通さない。真空になるとしょうゆが出なくなるので、酸化に影響しない気体の窒素も容器に入れている。

 ミツカンは今年、納豆の一部商品の賞味期間を9〜11日間から15日間に延ばした。

 容器の密閉性を高め、有害な微生物などが入りにくくし品質劣化を防ぐようにした。ふたと容器は一枚の発泡スチロールでつながっている。これまでは折れる部分にくぼみをつけて折り曲げやすくしていたため、容器とふたの折り返し部分に三角の隙間があった。改良後は、ミシン目のような切れ目を入れ、折れる部分の内側はくぼみをなくして平らにして隙間をなくした。通気のためにふたに開けていた小さな穴もなくした。

 さらに、時間がたつとじゃりじゃりした食感の原因になる、チロシンというアミノ酸の増加を抑える製法も導入。賞味期間が延びたことで、流通段階で出ていた「ロス率」が半減したという。

 ■小売り慣習も課題

 食品の期限を示す表示は「消費期限」と「賞味期限」がある。消費期限は、製造後5日程度までに安全でなくなる可能性がある食品につく。一方、賞味期限はおいしく食べられる期限を示し、過ぎてもすぐに食べられなくなるわけではない。だが、店頭での販売期間が賞味期限に左右される業界の慣習「3分の1ルール」がある。

 製造から賞味期限までの最初の3分の1の期間が小売り店への納品期限で、それまでに店に届かなければ廃棄されたりメーカーへ返されてしまう。次の3分の1が販売期間で最後の3分の1の期間が残っていても、店頭から撤去されてしまう。一部店舗で販売期間を長くする動きもあるが、全体には広がっていない。食品メーカーによる賞味期間延長は、食品ロスを減らすことにつながる。

 (神田明美)

 <生産の3分の1が廃棄> 国連食糧農業機関の2011年の調査によると、世界全体では、生産される食料の3分の1にあたる13億トンが毎年捨てられている。

 日本では13年度の推計で年632万トンが廃棄されている。国民1人1日あたりにすると茶わん1杯分のご飯に相当する。家庭からの廃棄が全体の半分近くを占めている。製造や流通の段階だけでなく、家庭でも賞味期限が近いものや、期限が過ぎてすぐのものが捨てられている。ほかに、食べ残し、野菜や果物で食べられる部分も過剰に切り取って捨てているケースがある。

 ◇「科学の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「身近なIoT」の予定です。ご意見、ご要望はkagaku@asahi.comメールするへ。

    −−「科学の扉 賞味期間を延ばせ 食品ロス減へ、製造方法を工夫」、『朝日新聞2016年10月16日(日)付。

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(科学の扉)賞味期間を延ばせ 食品ロス減へ、製造方法を工夫:朝日新聞デジタル





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2017-02-19

覚え書:「いちからわかる! 憲法審査会 改憲原案を審査、国民投票法を受け設置」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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いちからわかる! 憲法審査会 改憲原案を審査、国民投票法を受け設置

2016年10月16日

 衆参両院の憲法審査会が近く議論を再開する。両院で「改憲勢力」が3分の2の勢力を占める新たな状況になってからは初めての実質審議となる。憲法改正をめざす安倍晋三首相は、臨時国会で「まずは憲法審査会という静かな環境で議論することが必要だ」と繰り返す。憲法審査会の機能と役割、これまでの主な議論をおさらいしてみる。

 ■衆参それぞれに

 ――憲法審査会とはどういう組織か。

 国会議員憲法憲法に密接に関係する法制度について議論する国会の機関だ。衆参それぞれにあり、憲法改正原案が提出されればその審査をする。週に1回、3時間の議論を原則として運営されてきた。

 ――古くからある組織なのか。

 2000年にできた「憲法調査会」が前身だ。それまで国会には憲法を専門的に議論する機関がなかったが、1997年に超党派議員連盟議論の場が必要だと動き出した。背景には90年の湾岸危機以来の自衛隊の海外派遣をめぐる論争など、憲法についての世論の変化があった。

 ただ、新たな機関を設けることが憲法改正につながるのではないかと野党は警戒。そこで、憲法改正原案の審査はせず、あくまで憲法の「調査」に限ることを条件にスタートした。05年に報告書をまとめたが、改正に向けた方向性を打ち出すものにはならなかった。

 ――「調査会」と「審査会」では何が違うのか。

 第1次安倍内閣の07年、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立。これを受けてできたのが憲法審査会だ。調査会との最大の違いは、憲法改正原案の審査ができるようになったことだ。原案が提出された場合、衆参の審査会で採決され、賛成が半数未満の場合は否決、過半数なら可決されて本会議に提出される。

 ■少数会派も平等に発言

 ――これまでどんな議論がされてきたのか。

 最初の約4年間は休眠状態だった。国民投票法案の採決を巡る与野党対立が尾を引いた。

 ようやく議論が始まったのが、民主党政権が代わった後の11年秋。「天皇制」や「戦争放棄」など憲法の章ごとに議員自由討議したり、学識者から意見を聞いたりしてきた。憲法改正に向けた具体的な議論というより、それぞれの議員が自分の憲法観を語る側面が強く、同じ党の議員で意見が異なることもあった。

 ――ほかの委員会にはない特色があるそうだが。

 議員数が少ない会派にも発言時間を平等に割り当てている。衆院憲法調査会長を長く務めた中山太郎外相の「憲法は国民のもの」という考えに基づき、どんな立場の議員でも発言できるようにとの工夫だ。もっとも、議員が少なくて委員を出せない会派もある。

 ■安保法巡り混乱

 ――この1年あまり審議が止まっていた理由は。

 衆院では昨年6月4日の参考人質疑で、3人の憲法学者がそろって安保法案を「違憲」だと指摘。これで法案反対の機運が広がったことが政府与党内で問題視され、実質的な審議はその直後に1回開いたきりで、以降は行われていない。参院自民党議員の失言がきっかけで、今年2月以降は衆院と同様の状況になった。

 これに対し、憲法改正を進めたい安倍首相が、再度審査会を動かすようネジを巻いたというわけだ。

 ■進め方は手探り

 ――これから憲法改正に向けた議論が進むのか。

 改憲勢力改憲案の国会発議に必要な3分の2の議席を占め、数の上では憲法改正現実味を帯びてきている。自民党衆院の審査会長に森英介法相をあて、民進党など野党の出方をうかがいながら慎重に議論を進める方針だが、まだ手探り状態のようだ。

 民進党蓮舫代表は「憲法審査会が開かれればしっかりと参加する」と語り、議論には応じる構え。一方で野田佳彦幹事長自民党改憲草案の撤回を求め、首相がこれを拒否するといった駆け引きが始まっている。

 (三輪さち子)

 ■<視点>不備はあるか、原点から議論

 自民党憲法改正という「党是」の実現に最も近づいたのは、いつか。

 それは衆参両院で「改憲勢力」が3分の2を占める現在でなく、10年前の06年12月だったという説がある。

 当時、改憲手続きを定める国民投票法案が、衆院憲法調査特別委員会で審議されていた。自民公明与党民主党はそれぞれの案を提出。民主党改憲そのものには反対でなく、双方は共同での修正による法案の一本化を模索していた。

 背景にあったのは、改憲には衆参両院の3分の2以上の賛成が必要で、それには野党も含めた合意形成が必要だとの考えだ。共同修正はその試金石と位置づけられ、双方が歩み寄る姿勢を明確に示したのが06年12月のことだった。

 だが、07年の年頭記者会見安倍晋三首相は「憲法改正を私の内閣でめざしたい。参院選でも訴えたい」と表明。これを機に協調ムードは壊れ、共同修正は政局の波間に消えた。

 議員の数だけに着目すれば、いまの「改憲勢力」は10年前よりもはるかに議論を進めやすい状況にある。ところが現状は、圧倒的な数の威圧感が公明党の慎重論や民進党の警戒心を呼び、かえって自民党が望むような議論の妨げになっているように見える。

 安倍首相憲法審査会で改憲案を示すことが「国会議員の責任」であるかのようにいうが、それはあまりにも先走った物言いだ。

 これからの審査会では、国民が切実に改正を求めるような不備がいまの憲法にあるのかどうかという原点から、議論を始めるべきだ。そうでなければ、国民不在の「改憲のための改憲論」になりかねない。

 「3分の2」の多数派に含まれない少数会派が意見を述べる機会も、これまでと同様に十分に尊重される必要がある。

 憲法審査会は政府議員の質疑ではなく、議員同士の自由な討論の場だ。それだけに個々の議員の見識もよくわかる。

 そして何よりも、その行方は国民全員の将来にかかわる。議論を注視し、自分たちの問題としてともに考えていきたい。

 (編集委員・国分高史)

 ■昨年の衆院憲法審査会で示された「今後の憲法審査会で議論すべきこと」

 ◆自民船田元

 現行憲法は国民生活に定着しているが、現実と乖離している条項あるいは新たに付け加えるべき案件もある。時代にマッチした改正議論し、結論を導き出すことは国会の重要な責務。緊急事態条項、新しい人権、財政規律条項を優先的に議論してはどうか

 ◆民主武正公一

 押しつけ憲法論については各党の考え方を確認し、それを改正の理由とすることの是非について考えていかねばならない。そのうえでわが党は現行憲法に足らざる点として明確になっているものから優先的に議論することを提案したい

 ◆維新井上英孝

 統治機構改革により、この国の形を決める仕組みをグレートリセットすべきだ。まず国と地方の役割を抜本的に見直す必要がある。首相公選制の導入、強力な会計検査機関を国会に設置、道州制導入と併せ国会一院制とすべきだ

 ◆公明・斉藤鉄夫氏

 現憲法は国民に定着しており、基本的人権の尊重、国民主権恒久平和主義の3原則は堅持すべきであり、そのうえで時代の進展に伴って提起された新理念を加えて補強する「加憲」が最も現実的で妥当な改正方式ではないか

 ◆共産赤嶺政賢

 国民の多数は改憲を求めておらず、改憲のための憲法審査会を動かす必要はない。憲法の規定が一切変えられないもとで、なぜ安全保障関連の法整備が許されるのか。憲法の基本原則を根底から覆す現実の動きに国会は目を向けるべきだ

 (衆院憲法審査会ホームページの2015年5月7日会議日誌より抜粋。政党名は当時)

    −−「いちからわかる! 憲法審査会 改憲原案を審査、国民投票法を受け設置」、『朝日新聞2016年10月16日(日)付。

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(いちからわかる!)憲法審査会 改憲原案を審査、国民投票法を受け設置:朝日新聞デジタル


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覚え書:「売れてる本 そして生活はつづく [著]星野源 [文]速水健朗(コラムニスト)」、『朝日新聞』2017年01月29日(日)付。

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売れてる本

そして生活はつづく [著]星野源

[文]速水健朗コラムニスト)  [掲載]2017年01月29日

 

コンプレックスを引きずって

 顔がいいわけではないし歌唱力も微妙なのになぜ人気者? そう思っていたが、昨年末の紅白歌合戦を観(み)て転じた。「こんばんは星野源です」と歌い出す。紅白出場歌手の顔と名前くらい誰でも知っているだろうに変な男だ。だがこれを機に筆者は星野源に興味を覚えた。

 星野源は、現代のトップスターである。出演した連続ドラマは高視聴率をとり、ダンスは社会現象となり、歌手として紅白歌合戦に2年連続で出場している。ただし人気の理由は、簡単には説明し難い。近所のお兄さん的な魅力、草食系の時代、そんな分析では納得できない。

 書籍も出せばヒット。ブレークする少し前の2013年(単行本は09年)に刊行されたエッセー集からは、彼が愛される理由が見え隠れする。

 少年時代は親から「あんたは不細工で足が短くて、特徴もない」と言われ続けた。「目立とうなどという向上心」のない普通の子だったという。この手の自分を卑下する告白は、多くの場合むしろ鼻につく。だが星野源の場合は、納得させられる。さもありなん。

 一冊を貫くテーマは「生活をいかに楽しむか」。星野源は「生活」が苦手だ。具体的には、携帯の料金を払い込むことや便器をきれいにすることなど。彼は、「生活」からの「逃避」として映画や音楽に夢中になる。今の生業は、逃避の結果なのだという。だがそれでも生活は避けられない。この辺りは、ヒット曲「恋」の「暮らしがあるだけ」の歌詞と結びつく。

 秀逸なのは、3人で道を歩いていると「大抵二人と一人の構図に」なり、「その場合私は後者になる」というくだり。目立たない自分、人に覚えてもらえないコンプレックス星野源の魅力は、現在もまだそれを引きずっているように見えるところだ。紅白歌手なのに「こんばんは星野源です」といってショーを始める微笑(ほほえ)ましさ。それが星野源の魅力である。

    ◇

 文春文庫・626円=36刷39万6千部 13年1月刊行。著者の初めてのエッセー集。もともと売れ行き好調で、連続ドラマ逃げるは恥だが役に立つ」人気でさらに勢いが加速した。

    −−「売れてる本 そして生活はつづく [著]星野源 [文]速水健朗コラムニスト)」、『朝日新聞2017年01月29日(日)付。

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そして生活はつづく [著]星野源 - 速水健朗(コラムニスト) - 売れてる本 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト



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そして生活はつづく (文春文庫)
星野 源
文藝春秋 (2013-01-04)
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覚え書:「売れてる本 カラスの教科書 [著]松原始 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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売れてる本

カラスの教科書 [著]松原始

[文]武田砂鉄(ライター)  [掲載]2017年02月05日

 

■むしろ人間を怖がっている

 「カラス なぜ鳴くの カラスの勝手でしょ」との替え歌があるが、カラス側に立てば、そうやってネガティブキャンペーンを続ける人間こそ勝手だ。

 「何もしていないのに急に」襲ってくるイメージを持つ人は多いが、カラスはむしろ人間を怖がっている。巣や雛(ひな)を狙う敵とみなした人間を威嚇するまでに、とにかく段階を踏む。いつもの鳴き声「カア、カア」を「カアカアカアカア!」と激しくし、次に、とまった枝をくちばしで叩(たた)き始め、それでもダメなら頭をかすめるように飛んでみる。この辺りでようやく気付いた人間は「急に襲われた」とカラスを煙たがる。急じゃないのだ。

 大学院の博士課程までカラス研究を貫いた動物行動学者による本書は、「お読み頂いた方のカラスを見る目が、明朝は少しでも優しくなることを願ってやまない」と締めくくられる、カラスの気持ちを代弁する一冊。

 カラスは一生を終えるまでに70個ほどの卵を産むとされるが、繁殖するのはごくわずか。かつて石原都政下ではカラスの被害が問題視され、「カラス緊急捕獲モデル事業」と題した捕殺が強化されたが、この手の捕殺は「放っておいても春までに死ぬような奴(やつ)を捕殺してしまっている可能性が非常に高い」という。ワイドショー等が「カラス=悪者」の図式を強めたが、その生態は詳しく問われずじまい。

 生ゴミの臭いを嗅ぎ分けてゴミを漁(あさ)るイメージを持っている人が多いはず。でも実はカラスに嗅覚(きゅうかく)はほとんどない、と伝えれば驚くのではないか。一撃で獲物を仕留める爪を持っていないので、獲物の首筋を必死につつくなどして殺(あや)める。物足りない攻撃力が残虐なイメージを増幅させるという悪循環なのだ。

 古い文献に記されたカラスと日本人の蜜月も微笑(ほほえ)ましい。「カラス黒猫どちらが不吉でしょうか?」との問いに著者はどう答えたか。「どちらも出会うと楽しいじゃないですか」だ。私たちはもう少し「カラスの言い分」に耳を傾けるべきである。

    ◇

 講談社文庫・778円=7刷2万6千部 16年3月刊行(元の単行本は雷鳥社刊)。担当編集者は「鳥にちょっと興味のある人や、かわいいイラストにひかれる人が手に取っている」。

    −−「売れてる本 カラスの教科書 [著]松原始 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞2017年02月05日(日)付。

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カラスの教科書 (講談社文庫)
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覚え書:「著者に会いたい 空也十番勝負 青春篇―声なき蝉(上・下) 佐伯泰英さん [文]板垣麻衣子」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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著者に会いたい

空也十番勝負 青春篇―声なき蝉(上・下) 佐伯泰英さん

[文]板垣麻衣子  [掲載]2017年02月05日

代表作『居眠り磐音』の続編『声なき蝉』を出した佐伯泰英さん=東京都渋谷区の佐伯事務所

 

■自らのルーツに思いを込め

 昨年、51巻で完結した人気シリーズ「居眠り磐音(いわね) 江戸双紙(ぞうし)」。続きを望むファンの声に背中を押され、続編を届けた。新シリーズは、磐音の息子で、江戸の親元を離れて剣客修行に出る16歳の空也が主人公。本作では、空也が自らの名を捨て、無言の行を課し、異境の地・薩摩密入国しようとする。

 月1作という創作ペースで、200作以上を世に送り出してきた熟練作家が「こんなに悪戦苦闘したのは初めて」と告白する。舞台に選んだのは九州南部。そこには、あまり明かすことのなかった自身のルーツが隠れている。

 執筆前、熊本鹿児島県境取材旅行に出掛けた。ある峠に立ったとき、10代の頃に亡くした父の故郷が近いことに気がついた。北九州市で育った幼い頃、夏休みになると五つ上の姉に手を引かれ、電車を乗り継いで通った祖母の家。おなかいっぱい食べた白飯は、食料の乏しい戦後にあってひとときの幸福な記憶だ。大学進学で上京して以来、振り返ることがなかった過去がよみがえり、「心の中で、あちゃーって」。

 峠を駆け回る主人公を描きながら、記憶にないはずの父の少年時代の姿が重なった。

 写真家などを経て40代で作家デビューし、売れっ子になったのは還暦間近。いまだ執筆意欲が衰えないのは、長い下積み時代があるからだ。「人生、脂がのる時期は人それぞれ。僕の場合は60代からだった」。現在、5シリーズが進行中だ。

 仕事場のある熱海で、自己管理を徹底した執筆生活を送る。「能天気に作家でござい、の時代じゃない。自分の本を手にとってもらえるためにチャレンジを続けたい」

    ◇

 双葉文庫・各700円

    −−「著者に会いたい 空也十番勝負 青春篇―声なき蝉(上・下) 佐伯泰英さん [文]板垣麻衣子」、『朝日新聞2017年02月05日(日)付。

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空也十番勝負 青春篇―声なき蝉(上・下) 佐伯泰英さん - 板垣麻衣子 - 著者に会いたい | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト


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声なき蝉-空也十番勝負 青春篇(上) (双葉文庫)
佐伯 泰英
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覚え書:「政治断簡 立つ人、立たぬ人 政治部次長・高橋純子」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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政治断簡 立つ人、立たぬ人 政治部次長・高橋純

2016年10月16日

 気味が悪い。

 気色が悪い。

 気持ち悪い。

 あら日本語って本当にバリエーション豊富。ねえ僕ちゃん、どれにする? 私はやっぱり「味」かしら……って何の話がしたいかというと、先の安倍晋三首相所信表明演説自民党議員スタンディングオベーションである。

 「心からの敬意を表そうではありませんか」

 なぜ海上保安庁、警察、自衛隊に限って敬意を表するのか。日本はかつてそうやって、少しずつ道を踏み外していったのではないか――。言葉を並べて違和を表明することはできる。でもどこか、わずかだけれど、ズレてしまう。

 何となく恐ろしく、気持ちがよくない=気味が悪いと「大辞林」は言う。そう。うまく言葉にならない。野党の追及が精彩を欠くのもそのためだろう。

 だからと言って放っておくと、私たちは慣れる。気味の悪いことはすぐに普通のことになる。別に政権が意図しているとは思わないが、馴(な)らされる過程に今あるとは思う。キミガワルイ。初発の違和を手放さず、たどたどしくとも自分なりの言葉にして、対峙(たいじ)するしかない。

     *

 というわけで。なぜわが胸中に気味が悪いという感情が湧いたか、掘り下げてみる。

 つながったのだ。起立・拍手と、昨年5月、安全保障法制と自衛隊リスクをめぐる首相国会答弁が。

 「みずから志願し、危険を顧みず職務を完遂することを宣誓したプロ」

 安倍氏は、自衛隊を「プロ」と評した初めての首相だ。いや、正確には2008年、当時の福田康夫首相自衛艦漁船衝突事故に絡み、海上自衛隊を「海上交通のプロ」と言ってはいるが、文脈が異なるので除外する。

 さて自衛隊は、なんのプロなのだろうか。どうして首相は、なんのプロであるか言明しないのだろう。

 「もちろん、それでもリスクは残ります。しかし、それはあくまでも、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために自衛隊員に負ってもらうものであります」

 そこにかぶさる今回のスタンディングオベーション

 殺す。殺される。危険を顧みず。だってプロだから――。

 「敬意」という薄紙にくるまれているものはなんだ?

     *

 立つ人あれば立たぬ人あり。

 米プロフットボールリーグ(NFL)49ersのコリン・キャパニック選手は、試合前の国歌演奏時、不起立を続けている。米国内での人種差別への抗議を意図したものだが、国歌への思い入れがケタ違いの彼の国、しかもスター選手の所業ゆえ、賛否両論が巻き起こっている。オバマ大統領は「憲法で保障されている表現する権利を行使している」と擁護したという。

 比べるつもりはない。ただ書いておく。安倍首相は、敬意だから、野党議員も座って拍手すれば良かったという趣旨の話を、若手議員らとの会食の席でしたそうだ。

 はい、今日はここまで。起立!――でつい立っちゃったアナタ、後で職員室へ。

    −−「政治断簡 立つ人、立たぬ人 政治部次長・高橋純子」、『朝日新聞2016年10月16日(日)付。

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(政治断簡)立つ人、立たぬ人 政治部次長・高橋純子:朝日新聞デジタル





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