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Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2050-11-18

はじめに……

アカデミズム底辺で生きる流しのヘタレ神学研究者・氏家法雄による神學、宗教學、倫理學、哲學の噺とか、人の生と世の中を解釈する。思想と現実の対話。

2010年11月25日より「はてな」に雑文を移項いたしますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

ついでですのでひとつ。

絶賛求職ちう。

過去(2007年8月28日〜2010年11月24日)の雑文は以下のURLより閲覧できます。

引っ越しがうまくいけばこちらへ完全移行の予定。

当分はココログと併用いたします。

Essais d’herméneutique

氏家法雄のブクログは以下のURLから閲覧できます。

ujikenorioの本棚 (ujikenorio) - ブクログ


f:id:ujikenorio:20111229153022j:image

2016-12-06

日記:悪政を批判できない空気を醸成するのに加担するのは間接的な殺人に等しい

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覚え書:「書評:難民問題 墓田桂 著」、『東京新聞』2016年11月20日(日)付。

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難民問題 墓田桂 著

2016年11月20日

人道主義の落とし穴

[評者]野崎歓フランス文学

 著者の講演を聞いて「現実主義的な話をありがとうございました」と礼を述べた聴講者がいたと「あとがき」にある。本書を一読して同じ気持ちである。ただし皮肉まじりにいうのではない。

 現実主義はしばしば、理想を欠いた計算高さとして否定的に捉えられる。しかし理想ばかり優先させることに致命的な落とし穴が潜む場合もありうる。現在、EUの国々が直面しているのがそうした事態だ。その根幹には西欧の誇る人道主義があり、多文化主義を是とする姿勢があることを、本書は鮮やかにあぶり出す。貴い理念を掲げて自縄自縛になったとき、社会は危険にさらされることとなる。百万人規模の難民の到来と、凶悪なテロ事件の続発以後、フランスドイツは「優等生のいたわしい姿」を示している。

 その姿から日本は何を学ぶべきか。安易な感情論に流されない慎重な判断が求められると著者はいう。寛容や共生よりも拒絶、排斥を選ぶべき局面もある。善意のみで問題が解決するはずはない。難民受け入れ数の少なさを恥じるより「国益」を真剣に考えるべきではないか。

 現政権に追随するような結論はあまりに保守的だろうか。だが、問題を見極めようとする筆致は冷静沈着で説得力がある。現実主義の上にこそ理想を、という切なる思いも伝わってくる。世界の今日と明日を考えるために必読の一冊だ。

 (中公新書・929円)

 <はかた・けい> 1970年生まれ。成蹊大教授。著書『国内避難民の国際的保護』。

◆もう1冊 

 坂口裕彦著『ルポ 難民追跡』(岩波新書)。ドイツに向かうアフガン一家随行し、難民問題の背景を考える。

    −−「書評難民問題 墓田桂 著」、『東京新聞2016年11月20日(日)付。

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東京新聞:難民問題 墓田桂 著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)



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覚え書:「書評:吉行淳之介 抽象の閃き 加藤宗哉 著」、『東京新聞』2016年11月20日(日)付。

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吉行淳之介 抽象の閃き 加藤宗哉 著

2016年11月20日

 

◆伝説に分け入る読み

[評者]勝又浩=文芸評論家

 いま神奈川近代文学館で開催されている安岡章太郎展を観(み)ながら、「第三の新人」もこうして歴史のなかに繰り込まれてゆくのかと、ちょっと複雑な思いがあった。その作品や活動をリアルタイムで見続けてきた身としては、彼らはいつまで経(た)ってもわが同時代の文学なのだ。

 しかし平成六年に七十歳で他界した吉行淳之介は早くも没後二十二年になる。浮名も流した人だから、没後しばらくは故人をめぐる雑音も多かったが、二十二年という時間はそれらについて忘れはしないが、よい距離も作ったに違いない。

 本書を読みつつ、まずそんなことが頭に浮かんだ。言い換えると、私のような半分時代の証人になっているような読者にも十分納得のゆく時代考証や作品分析、読みや解釈の妥当性や深さを持っているということだ。あるいは、熱烈なファンとともに伝説も多い作家であったが、そうした部分へ分け入った、著者の一種のバランス感覚にも、さすがは吉行文学の読者だと、同じ吉行文学の読者に思わせる説得力があった。

 著者は「三田文学」の編集長として知られた人だが、また学生時代から遠藤周作に師事して鍛えられてきた人でもある。そうした関係のなかで見たり聞いたり立ち会ったりした、いわば文壇史的な側面も本書には現れていて、この作家論を独特な血の通ったものにしている。

 (慶応義塾大学出版会・3024円)

 <かとう・むねや> 1945年生まれ。作家。著書『遠藤周作』など。

◆もう1冊 

 吉行淳之介著『原色の街・驟雨(しゅうう)』(新潮文庫)。恋愛を避けて娼婦(しょうふ)の街に通う男を描いた「驟雨」などの初期作品集。

    −−「書評吉行淳之介 抽象の閃き 加藤宗哉 著」、『東京新聞2016年11月20日(日)付。

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東京新聞:吉行淳之介 抽象の閃き 加藤宗哉 著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)








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吉行淳之介―― 抽象の閃き
加藤 宗哉
慶應義塾大学出版会
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覚え書:「書評:ノーベル経済学賞 根井雅弘 編著」、『東京新聞』2016年11月20日(日)付。

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ノーベル経済学賞 根井雅弘 編著

2016年11月20日

 

◆理論と社会の変化 跡づけ

[評者]中沢孝夫=福山大教授

 ノーベル経済学賞の意味を問いつつ、賞を授与された学者のそれぞれの「理論」を通して、経済学がどのように進化(深化)、あるいは変化をしてきたかを跡づけた本である。

 一九六九年から今日までを四期に分け、廣瀬弘毅をはじめとする四人の研究者が受賞者を紹介しながら、受賞者の「理論」確立の時代背景と、その考え方を分析した本書は、そのまま優れた経済学ガイダンスとなっている。

 経済学賞はノーベル賞の中で異端である。もともとノーベルの「遺言」にはなく、スウェーデン国立銀行ノーベル財団に対する働きかけによって一九六八年に設立された賞である。いわば「嫡出」ではないのだ。

 また物理学化学生理学医学などが備える客観性をもたないとも言われる。それは編者の根井雅弘が解説しているように、「西側の価値観の持ち主」が選ばれがちなことへの批判とも重なる。確かに選考に「イデオロギー」が介在する余地がありすぎるのだ。

 とはいえ評者は、この場では「イデオロギー」という言葉を「目的意識」という意味で使っているが、経済学賞は平和賞や文学賞のもつ「いかがわしさ」よりもはるかに歴史的な評価に耐えるものとして、社会的な「地位」を確立したと思っている。

 標準的な「教科書」(ポール・サミュエルソン)から金融工学ゲーム理論まで、読者は四人の案内により、ノーベル経済学賞受賞者やその師匠経済学経済政策を学びながら、私たちが暮らす社会を理解する大切な切り口を知ることができるのだ。例えばそれは、アマルティア・センの「格差」への「潜在能力」からのアプローチや、逆に「できもしない理想を掲げ、熱狂する」愚かさへの戒め(フランク・H・ナイト)などである。

 「実用」という意味では、「医学」や「化学」のようには明瞭なものではないが、「経済学」がもつ役割をくっきりと浮かび上がらせる本である。

 (講談社選書メチエ・1782円)

 根井雅弘、廣瀬弘毅のほか中村隆之、荒川章義、寺尾建が執筆。

◆もう1冊 

 根井雅弘著『20世紀をつくった経済学』(ちくまプリマー新書)。ケインズシュンペーターハイエクの思想から資本主義の本質に迫る。

    −−「書評ノーベル経済学賞 根井雅弘 編著」、『東京新聞2016年11月20日(日)付。

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東京新聞:ノーベル経済学賞 根井雅弘 編著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)


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覚え書:「ともに暮らす社会へ:下 認め合い、支え合おう あべけん太さん、山本おさむさん、伊澤雄一さん」、『朝日新聞』2016年08月24日(水)付。

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ともに暮らす社会へ:下 認め合い、支え合おう あべけん太さん、山本おさむさん、伊澤雄一さん

2016年8月24日


あべけん太さん

 障害のある人が暮らしやすい社会にしていくためには、どうしたらいいのでしょうか。当事者や支援者たちに、それぞれの立場からメッセージを寄せてもらいました。

 ■「みんないた方がいいんですよ。フレンドリーが大事」 タレント・あべけん太さん(29)

 事件はラインニュースで見ました。なにこれって。悲しい。怒り。なんでそんなことするのか。父と話して泣いていました。許せないよなって。友達にもメールしました。ひどいよな。最低だねって。

 容疑者は異常だと思います。どうしてそんなこと考えるようになったのか、ちょっと分からない。19人殺して、どう思うのか。反省っていうか、土下座くらいしてほしい。反省することができなかったから、そんな事件になっちゃったのかな。ごめんなさいじゃないな。ごめんなさいじゃないよ。それで終わりじゃないよ。

 「障害者なんていなくなればいい」って……。いなくなればいいんじゃないんだよ。みんな一生懸命生きているし、まあ頑張っているし、時にはビールも飲んでね、楽しく生きているんですよ。みんながフレンドリーになってほしい。認め合うってことですね。

 「知的障害者」って言われるのは嫌い。「障害者」って障害を特別に扱って、差別されている感じがする。プチッと来ちゃいます。なんかバカにされている気がする。「知的障害者」じゃなくて「すてき障害者」って言われていると思うようにしてます。僕は「ダウン症のイケメン」って呼ばれたいですけど。

 僕は人が好きだし。人と会う、人が来る、大好き。みんなで仲良くすればいいんじゃないですかね。人として、友だちになろうぜって。

 みんなには明るい未来があるから元気にしてほしい。障害があっても明るい未来があるんだから。みんな一生懸命生きているし、僕もこんなに元気でやっているし、元気元気ですよ。僕のことを気にかけてほしい。見てほしい。「あべけん太さんだぞ」ってね。

 (聞き手・安西裕莉子)

    *

 IT会社員で、「ダウン症のイケメン」としてテレビやミュージカルに出演。ボクシングや絵が趣味で、ビールが大好き。

 ■「序列を付ける社会、やめませんか」 漫画家山本おさむさん(62)

 漫画の世界で障害者分野は、差別表現に神経を使うためタブー視されていました。でも、母親たちの手記や運動の記録など資料を読んで障害者や家族の人生はすごく面白いドラマだと感じ、障害者をテーマに3作を描きました。

 容疑者は「意思疎通ができない障害者」を標的にしたと言っているようですが、意思疎通とは何なのでしょうか。

 「どんぐりの家」では、教師志望の男子学生がボランティアで少女に接する場面があります。3カ月間話しかけてもよだれをふいても反応がない。「生きていると言えるのか」と疲労感を募らせた学生に、先輩教師が「君が手を握ったとき弱く握り返してこなかったか? それは反応じゃないのか?」と聞きます。

 そんな反応に何の意味があるのかと言う人がいれば、私は「ならばあなたの言葉にはどれほど意味があるのか」と聞きたいです。

 障害者たちは、人間に序列を付ける社会にずっと疑問を投げかけてきました。障害者を「無駄」と考える人ほど、自分自身が序列社会にはじかれ、さらに弱い人を攻撃して優位に立とうとしているように見えます。

 障害者も健常者も社会からはじかれる人がいないよう、今こそ、障害者が築いてきた「必要な人には支援をして支え合い共に生きる」という視点で、社会を考えないといけないと思います。

 (聞き手・松川希実)

    *

 ろう重複障害者を取り上げた「どんぐりの家」をビッグコミック小学館)で連載。埼玉県の支援施設をモデルにした。

 ■「色々な人が融合できる社会が健全で本当に強い社会」 社会福祉法人理事・伊澤雄一さん(59)

 事件をめぐり、精神障害がクローズアップされました。どんなイメージを持ちますか? 縁遠い存在ですか?

 内閣府統計によると、約40人に1人は精神障害者精神疾患はありふれた病です。精神障害はその人のすべてではなく、特徴に過ぎない。健康でノーマルな部分も併せもっています。

 精神障害者が地域で暮らせるように支援して約35年。僕は彼らの優しさに生かされていると感じます。「大変だね」と、気持ちのこもった言葉に元気をもらう。精神疾患のある人が「病友」として、同じ疾患の人の強力な支援者になることもある。

 地域の方と精神障害者が接する機会をつくろうと、地元のイベントにブースを出しています。障害のある人と、ない人が出会い、知り合うことが大事。世の中の色々な人が混在して融合できる社会にしていくために、こうした取り組みがもっと必要です。

 (聞き手・久永隆一)

    *

 社会福祉法人「はらからの家福祉会」理事・総合施設長。精神障害のある人の地域での暮らしを支援している。

 ■(みんなのひととき)障害のある生活、体験お寄せください

 障害がある方は日々の生活で感じていること、障害のある家族や友人がいる方はその暮らしや思いを「ひととき」に書いてみませんか。日常の喜怒哀楽、印象に残っている出来事などを自由につづってください。今回のテーマは、女性だけでなく男性からも募集します。

 本文500字以内。住所、電話番号、名前(ペンネーム不可)、職業、年齢を書いて、〒104・8011 朝日新聞文化くらし報道部「ひととき」係へ。ファクス03・5540・7354、メールhitotoki@asahi.comメールするでも。

    −−「ともに暮らす社会へ:下 認め合い、支え合おう あべけん太さん、山本おさむさん、伊澤雄一さん」、『朝日新聞2016年08月24日(水)付。

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(ともに暮らす社会へ:下)認め合い、支え合おう あべけん太さん、山本おさむさん、伊澤雄一さん:朝日新聞デジタル





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2016-12-05

覚え書:「耕論 スポーツと国歌 宮本恒靖さん、江本孟紀さん、志田陽子さん」、『朝日新聞』2016年08月23日(火)付。

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耕論 スポーツと国歌 宮本恒靖さん、江本孟紀さん、志田陽子さん

2016年8月23日

 「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」。選手団壮行会で、来賓からこんな発言も飛び出したリオ五輪が閉幕した。スポーツと国家、個人のかかわりを、改めて考えたい。

 ■プレーで応えるのが使命 宮本恒靖さん(元サッカー日本代表主将、ガンバ大阪ユース監督)

 初めて国際試合に出たのは高校2年になる春です。17歳以下の日本代表に選ばれました。自分のアイデンティティーというものを強く感じたのを覚えています。国民の代表として戦うんだ。このユニホームを着て戦う限り、ふがいないプレーはできない。そんな責任感が生まれました。

 サッカーの国際試合では、キックオフ前に両チームの国歌が流れます。その初めての代表戦のときもそうでしたが、僕は歌いませんでした。歌いたくなかったということではないんです。理由は特になくて、慣れていないことが大きかったような気がします。その後、A代表にも選ばれ、何十試合と国際試合を経験していくなかで、歌うようになりました。

 国歌が流れるのは、国際試合ならではのこと。そう考えると、聞きながら燃えてこないわけがない。今からこの国のために戦うということ、代表のユニホームを着られる喜び、誇り。そういうことを感じる瞬間です。自然と声が出るようになりました。

 僕の場合、ゲームに向かう準備の最終段階で、心を整えるという意味合いもありました。歌いながら心を落ち着かせ、ほどよい高揚を持って戦いに出て行く。いわば、ルーティンです。

 ただ、胸の中の思いは選手それぞれだし、どう表現するかも人によるものです。黙って目を閉じて、国歌を聞く選手もいます。その瞬間にどう振る舞うかは、意思の自由。心を一つにするためにみんなで歌うという方法もあるかもしれませんが、ルールを決める必要はないと思います。代表にいたとき、協会や監督から言われたことはないし、自分が主将のとき、決まりを作ろうとも思いませんでした。

 いいプレーをしたり勝ったりすると、国中のみんなが喜ぶ。そういう日本代表の力を、地元開催の2002年W杯では実感しました。直接会うことはなくても手紙をくれたり、「病気だけど気分がよくなった」と言ってくれたりした人もいました。

 たくさんの人にプラスのものをもたらせる立場にあるわけだから、もっとがんばらない手はない、となる。サッカー以外の代表も、同じなんじゃないでしょうか。

 五輪表彰式で、一番真ん中に国旗が掲揚されるという場面は、まさに喜びをもたらせた瞬間です。それを見ながら、誇らしいとか良かったとか、さまざまな思いがわくでしょう。その感情をどう表に出して、そして国歌を歌うか歌わないかも、選手それぞれですよね。見守ってあげてほしいなと思います。

 選手としては、使命や期待に応えるのはプレーです。いかにチームや個人としてしっかり力を出すか。代表の役割もそこに尽きると思います。(聞き手・村上研志)

     *

 みやもとつねやす 77年生まれ。2002年と06年のW杯、04年アジア杯(優勝)で日本代表主将を務めた。11年に現役引退。

 

 ■競技と社会の関係、考えて 江本孟紀さん(プロ野球解説者、元参院議員

 スポーツ選手は君が代を歌うべきだと思います。国際試合であれば、なおさら。相手の国への敬意を示す意味でも、自分の国の国歌に対して知らん顔というのはおかしいことになるでしょう。

 民主党参院議員だった1999年、国旗国歌法案に賛成しました。党内には反対の議員も多かったのですが、国旗国歌特別委員会でも、賛成の主張をしました。

 教育現場で混乱が起きるのは国旗国歌の法制化をしなかったからであり、過去の政治家と国民の間で、長くあいまいにされていた問題と考えたのです。

 君が代の歌詞がわかりにくいとの批判がありましたが、そもそも校歌や社歌等も同じで私の出身高校の校歌だって明治時代の歌詞でさっぱりわからない。それでも、甲子園校歌が流れれば故郷を思い感激しますといった持論を特別委で展開しました。首相だった故・小渕恵三さんから、「素晴らしい質問だった」と後で電話をもらいましたよ。

 当時、国歌を歌うよう強制はしないと政府は答弁していました。しかし、その後、東京石原慎太郎都知事大阪橋下徹府知事がそれぞれ登場したことなどもあって、教育の現場では強く指導する流れになっていますね。

 何が強制にあたるかという問題でしょうが、学校で毎日歌わせるのならともかく、年に1回か2回の儀式と、そのための何回かの練習が強制にあたるとは思えません。

 スポーツの世界で、戦時の経緯を考え、政治的に歌いたくないという選手が歌わないのなら、それでいいと思うんです。

 ただし最近、スポーツ選手が「日の丸を背負って」「国を背負って」といった言い方をしきりにする傾向があると感じています。大げさな感じであまり好きじゃない表現ですが、そのように言う以上は、君が代を歌えないのは矛盾するでしょう。

 根底にあるのは、選手も指導者も、ここぞという国際試合の場で国歌にどう向き合うかしっかり考えていないことだと思います。さらに言えば、国や政治とスポーツは関係ないと思っている当事者が多すぎるのではないか。

 国歌を歌わない選手に苦言を呈した森喜朗さんも「選手にはもっと、競技活動と国との関係を考えてほしい」と言いたかったのではないか、と受けとめています。

 五輪での選手のコメントは、コーチや親など、身の回りにいる人たちへの感謝の言葉がほとんどでした。それはそれで結構ですが、活動できたのは税金で助成してもらったり、税制上の優遇を受けた学校などのスポーツ施設を使ったりしたからのはず。もう少し社会や政治とのかかわりに心を寄せてほしいものです。(聞き手・池田伸壹)

     *

 えもとたけのり 47年生まれ。プロ野球阪神南海投手として113勝した。92年から参院議員に2期連続で当選。

 

 ■公人の発言、萎縮招く恐れ 志田陽子さん(武蔵野美術大学教授)

 リオデジャネイロ五輪で、日本人選手応援し、感動するのは自然なことです。表彰式で君が代が流れ、感激した人も多かったでしょう。

 開催中、五輪憲章を読んでみました。日本国憲法と通じる点が多いことに驚きました。

 オリンピックは、平和な社会と「人間の尊厳」を推進することを目的としていて、憲法共通する精神を持っています。さらに、憲章は第6条で「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と明記し、競技個人を参加主体としています。

 国別のメダル獲得数が報道されていますが、同憲章では、国際オリンピック委員会組織委員会が国別のランキングを作成することを禁止しています。国ではなく、選手とチームが主体なのです。

 日本国憲法では、第13条が保障する「個人の尊重」がこれに通じるでしょう。選手は個人の自己決定(幸福追求権)をもとに全力を尽くしているのです。

 歴史を振り返れば、第2次世界大戦にいたるナチスドイツに顕著に見られたように、国民感情を都合よく操作するために、権力者が芸術とスポーツを利用してきました。日本でも総力戦体制で、文学、美術、音楽、映画やスポーツが国威発揚や戦意高揚に動員されました。個人より国家を重視していたのです。

 五輪憲章日本国憲法も、こうした反省の上に立っているのだと思います。

 そんな流れを知ってか知らずか、2020年東京五輪パラリンピック組織委員会会長の森喜朗首相が、リオ五輪へ向けた代表選手の壮行会で「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」と発言しました。大変残念なことです。オリンピックの精神からも憲法理念からも、権力が個人の心の中に入り込むことがあってはならない。国歌を歌うか歌わないかは、選手に任されるべきです。

 例えば実業団チームを持つ企業の経営者が「わが社の商品を知らないようでは、うちの選手ではない」と言うのは許されるかもしれない。しかし、政治家など公的な立場にある人の発言は、選手だけでなく社会を構成する一般の人たちにも影響します。直接批判されていない人にも、発言を忖度(そんたく)し、レッテル貼りを恐れることによる迎合や萎縮をもたらす効果がある。公的立場にある人は、自らの影響力を自覚し、個人的選好を強制する発言は慎まなければなりません。

 スポーツや文化活動にはお金もかかります。民主的な決定に基づいて国が公的にサポートするのはすばらしいこと。しかしその場合も、国はあくまでも応援団に徹するべきです。(聞き手・池田伸壹)

     *

 しだようこ 61年生まれ。専門は憲法。編著書に「表現者のための憲法入門」「映画で学ぶ憲法」。講演と歌唱の活動も。

    −−「耕論 スポーツと国歌 宮本恒靖さん、江本孟紀さん、志田陽子さん」、『朝日新聞2016年08月23日(火)付。

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(耕論)スポーツと国歌 宮本恒靖さん、江本孟紀さん、志田陽子さん:朝日新聞デジタル


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覚え書:「著者に会いたい 明るい夜に出かけて 佐藤多佳子さん [文]佐々波幸子」、『朝日新聞』2016年11月20日(日)付。

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著者に会いたい

明るい夜に出かけて 佐藤多佳子さん

[文]佐々波幸子  [掲載]2016年11月20日

佐藤多佳子さん=早坂元興撮影

 

■人と交わり、居場所見つける

 本作の主人公は20歳の男子学生・富山。人に触れたり、触れられたりするのが苦しく、トラブルを機に大学を休学中だ。お笑い芸人のラジオ番組を心の支えに、コンビニで深夜、バイトする。番組に投稿したネタの採用率が高い「職人」として知られた富山が、同じく「職人」の女子高生・佐古田や、バイト先の先輩らと関わるうちに、少しずつ殻を破っていく姿を描く。

 「人と出会い、交わるなかで、互いが少し変わり、自分の居場所を見つけていく。ずっと追いかけているテーマかもしれません」と振り返る。

 本屋大賞吉川英治文学新人賞を受賞した『一瞬の風になれ』、『しゃべれども しゃべれども』『黄色い目の魚』など、不器用な若者が、つまずきながら一歩前へ進む物語を紡いできた。「他人に対して心を開けるようになっていけば、どこにいても人生は成り立つ」と伝える。

 「人間って、面倒くせえな」と内にこもっていた富山は、勇気を奮ってサボりがちな同僚に注意する。佐古田に触発され、歌詞を書く。人に触れるのはまだ難しいが、復学を決める。

 作中で大事な役割を担うラジオ番組は、自身が愛聴していた「アルコ&ピースオールナイトニッポン」をそのまま登場させた。「架空の番組も考えましたが、本物に勝るものはなかった」と明かす。

 物語の終盤、富山と佐古田が夜の横浜を歩き、先のことを語り合う場面は印象深い。「お互い、かなり特別な存在だけれど、自覚していない。関係がまだ成立していない段階を書くのが好きなんです」

 本書のカバーを外すと、2人が目にした金沢八景の夜景が浮かび上がる。

    −−「著者に会いたい 明るい夜に出かけて 佐藤多佳子さん [文]佐々波幸子」、『朝日新聞2016年11月20日(日)付。

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明るい夜に出かけて 佐藤多佳子さん - 佐々波幸子 - 著者に会いたい | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト



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明るい夜に出かけて
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覚え書:「売れてる本 九十歳。何がめでたい [著]佐藤愛子 [文]最相葉月(ノンフィクションライター)」、『朝日新聞』2016年11月06日(日)付。

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売れてる本

九十歳。何がめでたい [著]佐藤愛子

[文]最相葉月ノンフィクションライター)  [掲載]2016年11月06日

 

■身を削り、真っすぐ毒づく

 ある大手書店のレジには年齢確認ボタンがある。子どもから大人まで世代別に分かれ、50歳以上はなぜか十把一絡げにされているが、本書の読者層はまさにこの世代の女性たちだ。

 目次に「いちいちうるせえ」とある。ユーモアと毒舌冴(さ)え渡るエッセーの母娘2代の読者だった私は、愛子先生、まだ怒ってる−と思わず後ずさりした。

 怒りの標的はまずスマホだ。年配のタクシー運転手と話が弾む。「人間はみなバカになるわ。調べたり考えたり記憶したり、努力をしなくてもすぐ答が出てくるんだもの」「まったく日本人総アホの時代がくるね!」

 新聞に投稿された「サザエさん」の感想にも矢玉が飛ぶ。30歳男性いわく、「カツオと同じ年頃の子を持つ親として、波平の子供を理解しようとしない古い父親像に理不盡(りふじん)さと不快感を覚える」。「おいおい、これはマンガだよ……」と愛子先生。遠慮なく笑うためにマンガはあるのに、いつから人間を論評する場になったのだとあきれ果てる。

 版元によれば、元気をもらった、スッキリした、などの感想が多いとか。文句を言おうものなら逆ギレされるか、“暴走老人”呼ばわりの世知辛い世。空気は読まぬ、ネット炎上なんぼのもんじゃいの心意気にみな留飲を下げたのだろう。だが読者を不快にせず一直線に怒るにはエネルギーと技がいる。私たちが元気になった分、愛子先生はどれだけ身を削ったか。

 そうそう、愛子先生は新聞の「人生相談」の愛読者だ。相談者の意気地のなさや生ぬるい回答に突っ込みを入れる。とはいえ自分は回答者失格とある。父佐藤紅緑、兄サトウハチローという強烈な個性に囲まれて育ち、夫の借金に振り回されながらも鋼のように生きてきたから歯にきぬ着せぬ物言いで急所を突いてしまうのだ。でも本書のヒットから察するに、世間はそろそろ毒を食らいたかったのではないか。俎上(そじょう)に載せられた回答者の私は、まだまだ修行が足りんと襟を正した次第である。

    ◇

 小学館・1296円=9刷35万部 16年8月刊行。

 若い層にも届き、ちょっとしたブームに。担当編集者は「時代の流れに屈しない痛快なふるまいが理想の老い方に映るのかも」と話す。

    −−「売れてる本 九十歳。何がめでたい [著]佐藤愛子 [文]最相葉月ノンフィクションライター)」、『朝日新聞2016年11月06日(日)付。

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九十歳。何がめでたい [著]佐藤愛子 - 最相葉月(ノンフィクションライター) - 売れてる本 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト








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九十歳。何がめでたい
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小学館
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覚え書:「売れてる本 大本営発表―改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 [著]辻田真佐憲 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2016年11月13日(日)付。

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売れてる本

大本営発表改竄隠蔽捏造太平洋戦争 [著]辻田真佐憲

[文]武田砂鉄(ライター)  [掲載]2016年11月13日

 

■従順なマスコミでいいのか

 昨年来、頻繁に見聞きするようになった「政治的中立」という言葉。政治を動かす側が報じる側に対してこの言葉を強いる姿勢には違和感しかないが、「マスコミはもっと従順であれ」と凄(すご)む人たちは増える一方。そんな勢い任せの声に、当のマスコミが耳を傾けてしまう。その姿はなかなか不気味に映る。

 太平洋戦争時の、日本軍の最高司令部「大本営」の発表による戦果の誇張や損害の隠蔽(いんぺい)を洗い出した本著。1939年には記者を軍属として徴用、宣伝報道従事させる「報道班員」制度が始まり、翌年には大本営報道部が情報局を設置、いかなる新聞も雑誌も廃刊に追い込める「用紙の配分権」を握った。

 軍部報道が一体化する中で、例えば戦艦の戦果は10倍以上に水増しされ、時には存在すらしない戦艦名まで盛り込むなど、いい加減な情報を伝播(でんぱ)させた。劣勢を察知しつつも国民の戦意を萎(な)えさせてはならぬと「特殊な話法」が生み出される。「退く」ではなく、転じて進む「転進」、「全滅」ではなく、玉のように美しく砕ける「玉砕」を使った。

 この手の「敗退を糊塗(こと)する言葉」の発明は終戦間際まで続き、原子爆弾広島に投下されると、「新型爆弾」と置き換えられた。3日後の長崎では大本営は一切沈黙し、現地司令部の発表のみ。そこには「詳細目下調査中なるも被害は比較的僅少(きんしょう)なる見込(みこみ)」とあった。

 著者は「いかに大本営がデタラメな発表を行っても、報道機関がその不自然さを的確に指摘していれば、国民はここまで騙(だま)されなかっただろう」と書く。長い時間をかけて巧妙に懐柔され、最終的には見出しや段組みにまで介入された新聞。戦時という異例事態だからではなく、軍部が意図的に導いたものだ。

 昨今の報道が「大本営発表」と揶揄(やゆ)されてしまう理由も本書から見えてくる。政権中枢と夜な夜な会食を繰り返している大手マスコミ幹部の皆様にご一読いただきたい一冊である。

    ◇

 幻冬舎新書・929円=5刷1万9千部 16年7月刊行。

 担当編集者は「戦争を体験した年配の方から、ネット上で『大本営発表』という言葉に触れる若者まで、幅広く読まれている」。

    −−「売れてる本 大本営発表改竄隠蔽捏造太平洋戦争 [著]辻田真佐憲 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞2016年11月13日(日)付。

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大本営発表―改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 [著]辻田真佐憲 - 武田砂鉄(ライター) - 売れてる本 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト


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大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)
辻田 真佐憲
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覚え書:「ともに暮らす社会へ:中 地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで」、『朝日新聞』2016年08月23日(火)付。

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ともに暮らす社会へ:中 地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで

2016年8月23日


シソのふりかけで、自分好みの味にととのえる岡部亮佑さん(中央)。母の知美さん(左)と中田了介さん(右)が笑顔で見守る=いずれも東京都

写真・図版

 地域社会で暮らす障害者たちは、どうやって思いを伝えているのでしょうか。会話することや体を自由に動かすことが難しくても、それぞれの方法がありました。

 午後4時、東京都三鷹市障害者施設から出てきた岡部亮佑(りょうすけ)さん(23)がつぶやいた。

 「だっだっ、はあい」

 迎えに来たヘルパーの中田了介(りょうすけ)さん(36)は「家で風呂に入るか」と応じた。知的障害自閉症がある岡部さんの障害支援区分は最も重い6。会話はつながらないが意思は通じる。「機嫌が悪い時の口癖。暑いのが苦手だから風呂に入りたいはず」と中田さん。

 岡部さんは18歳で実家を離れ、車で約10分のアパートで暮らす。日中は通所施設で絵を描いたり公園を清掃したりして過ごす。平日の午後4時から翌朝8時と週末は、ヘルパー9人がローテーションを組み、交代で常に付き添う。

 中田さんは岡部さんが小学生の時からの付き合い。一緒に買い物に行き、公園で遊び、食事をして、布団を並べて寝る。行動障害がある岡部さんに危険がないよう見守る。

 岡部さんの両親は将来を考え、小学校4年生の時からヘルパーを付け、地域で自立できるよう準備。実家への帰省は月1回と決めた。生活費は障害年金東京都の重度障害者手当などで賄い、福祉サービスは自己負担なく利用できる。2年前からは知的障害者も「重度訪問介護」の対象になり、長時間ヘルパーを付けられるようになった。

 父の耕典さん(60)の姿を見た岡部さんが突然、お気に入りの帽子をかぶってぬいぐるみを抱きしめた。中田さんは「外食できるって期待してますね」。レストランへ行くと、岡部さんは隠し持ってきたレジ袋から大好きな氷を出し、熱い茶に入れた。「したいことには知恵をしぼるの」と母の知美さん(54)。周囲に笑いがはじけた。

 (松川希実)

 ■三つの言葉と笑顔で

 「久しぶりだねー」

 東京都練馬区障害者施設。安部井希和子(きわこ)さん(29)に支援員の石井真紀さん(44)が声をかけると、希和子さんの顔に笑みが浮かんだ。「石井さんは一番お付き合いが長いからね」。母の聖子さん(57)が見守る。

 希和子さんは重症心身障害者だ。普段は自宅で暮らし、週3回、施設に通う。やっと上げた産声はかすかだった。月齢を重ねても無表情で、体中の筋肉に力が入らない。1歳を過ぎたころ、病院で「脳で重症のてんかん発作が起きている」と告げられた。

 「きーわーちゃん、お母さん、きーわーちゃん……」

 聖子さんは娘を抱っこして、二つの言葉をただ繰り返す子守歌を歌い聞かせ続けた。一度でもいいから「お母さん」と呼んでほしくて。

 「あーあん」。希和子さんが初めて母をそう呼んだのは、7歳のころだった。

 体や両手両足はだんだん縮こまり、今は真っすぐ座ることはできない。でも「あーあん」と「ねーあん(お姉ちゃん)」と「はい」という三つの言葉を話せるようになった。「工夫して声をかければ、返事が返ってくるんですよ」

 顔をくしゃっと一瞬しかめると「イエス」。オムツを替える時は少し腰を上げ、歯磨きの時は口を開けてくれる。「何もできないように見えるけど、周りの人をじっと観察して協力しようとしている」

 4年前、めいが生まれた。傍らに寝かされた赤ちゃんに希和子さんはほほ笑み、左手を伸ばしてそっとおなかの上に置いた。

 「ここまで懸命に生きてきた時間で、娘も慈しむ気持ちを育んできたんですね」

 (藤田さつき)

 ◆あすは「ともに暮らす社会」に向けたメッセージです。

    −−「ともに暮らす社会へ:中 地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで」、『朝日新聞2016年08月23日(火)付。

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(ともに暮らす社会へ:中)地域の中で自分なりに 意思、口癖やしぐさで:朝日新聞デジタル





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2016-12-04

日記:カジノで儲けました!って創価学会の座談会で体験発表する学会員と、カジノでスった学会員がフェードアウトしていくという恐ろしい未来予想図。

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カジノ法案、衆院通過へ 審議2日、自民強行 内閣委可決:朝日新聞デジタル

IR法案、衆院委可決 | ニュース | 公明党

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覚え書:「ひもとく 大相撲、より深く 「人生修業」の集大成を土俵で [文]佐藤祥子」、『朝日新聞』2016年11月13日(日)付。

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ひもとく

大相撲、より深く 「人生修業」の集大成を土俵で 

[文]佐藤祥子  [掲載]2016年11月13日

 一年納めの九州場所が始まる。2016年の大相撲界を振り返れば、1月の初場所大関琴奨菊が初優勝。日本出身力士の優勝は10年ぶりのことだった。その後は、好成績を挙げ続けた大関稀勢の里の綱取りが話題に。先の9月秋場所では大関豪栄道が初優勝を飾り、この九州場所に綱取りを懸けている。

 大相撲人気復活の今、初心者ファンに向けた観戦ガイドブックの類が多数出版されている。『大相撲の見かた』(平凡社新書・842円)は、競技としての大相撲を理解し、より深く楽しむための「教科書」となる。著者の桑森真介は明治大学教授で医学博士。相撲部コーチの経験もあり、その視座で競技としての相撲を言語化できる存在だ。腕力とは違う「相撲力(ぢから)」や「懐が深い」といった相撲用語が学べるほか、かつての名勝負解説が懐かしい。

■裏方が守る伝統

 また、45年に及ぶ呼出(よびだし)人生に思いをはせ、ふんわりとした文体で角界のあれこれを語る『呼出秀男の相撲ばなし』は、新たなファンにとって水先案内人となるだろう。「土俵築(つき)」と呼ぶ土俵作りや、「触れ太鼓」などの太鼓叩(たた)きも呼出の仕事。裏方とされながらも、日本の伝統文化を受け継ぐ唯一無二の職人であることがわかる。

 『力士の世界』は、行司の最高位である立(たて)行司の33代木村庄之助の手によって教養を身につけられる一冊だ。神事としての大相撲を丁寧に解説し、その歴史と奥深さを知らしめる。52年にわたる行司生活で見聞したこぼれ話も興味深く、先輩行司から「昔の力士はしこ名を自分の戒名だと言っていた」と聞いた著者は、「土俵の上でいつ死んでもいいように、生きているうちにもらう戒名がしこ名なのだという意味」と解釈する。

 今年7月、「小さな大横綱」と言われた千代の富士が急逝した。昨年九州場所中には北の湖が、13年初場所には大鵬も召されている。昭和の大横綱たちを失った今、『横綱』(武田葉月著、講談社・1749円)は貴重なインタビュー集だ。45代横綱若乃花から、70代横綱日馬富士まで横綱21人の生の声を収録。北の湖は「一番楽しく相撲を取れたのは、幕内上位から三役に上がった頃」と言い、横綱の重圧と責任を想起させる。「『今、やっとかないと、引退が早いぞ』『辞めたくなかったら、どうすればいいんだ?』と、自分と葛藤する日々でした」という在りし日の千代の富士の言葉も胸に響く。

 そして1946(昭和21)年に入門した「土俵の鬼」初代若乃花は、国技館進駐軍に接収され、メモリアル・ホールと名付けられたなかで初土俵を踏んでいる。閑散とした館内で、「なんとか俺が強くなって、国技館がお客さんで満員になるような時代にしたい」と思ったと本著で語るのだ。

■「心技体」鍛えて

 その若乃花と同郷、青森県弘前市出身で同じくりんご農家に生まれたのが、元関脇若の里(現西岩親方)である。書名を『たたき上げ』とした著者は、中学卒の“たたき上げ力士”としての矜持(きょうじ)を持つ。初代若乃花の弟子だった元横綱隆の里師匠と仰ぎ、弟弟子には同じく“たたき上げ”の稀勢の里、今場所で大関取りに挑む高安もいる。

 外国人力士や大学出身力士が瞬く間に出世する昨今だが、15歳の少年が「心技体」を成長させ、39歳のベテラン力士として花道を去るまでがつづられている。角界はまさに「人生修業」の場なのだ、と実感させられる。

 大相撲界に生きる男たち一人ひとりに“ドラマ”がある。日々、汗と涙と泥にまみれて稽古を積み、その集大成を本場所の土俵で見せるのが、力士たちだ。連日の満員御礼になるであろう館内で、観客は彼らの“ドラマ”を堪能するはずだ。

    ◇

 さとう・しょうこ 相撲ライター 67年生まれ。著書に『知られざる大鵬』『相撲部屋ちゃんこ百景』。

    −−「ひもとく 大相撲、より深く 「人生修業」の集大成を土俵で [文]佐藤祥子」、『朝日新聞2016年11月13日(日)付。

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覚え書:「ひもとく ボブ・ディラン 希望を歌い継ぐ、尊厳のため 近藤康太郎 [文]近藤康太郎」、『朝日新聞』2016年11月20日(日)付。

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ボブ・ディラン 希望を歌い継ぐ、尊厳のため 近藤康太郎

[文]近藤康太郎  [掲載]2016年11月20日

 

 ニューヨークツインタワーに2機の旅客機が突っ込んだ2001年9月11日、タワーのすぐ近くで取材していた。崩壊するビルから、こけつまろびつ逃げた。世界が終わる、と思った。自分の日常生活、仕事、すべてに意味を見いだせなくなった。世界は狂ったのだ、と。

 2016年11月9日、アメリカ大統領選挙の日。同じ思いを抱いた人も、少なからずいた。

 そうではない。こんなことは今までもあったし、これからもあるに違いない。大事なのは生きることに、希望をもつことに、飽きないことだ。働け、いつものように。ディグニティー(尊厳)のために−−。

 そう歌ってきたのが、ボブ・ディランだ。

 ディランは、デビュー当初から自らの経歴を偽り、世界をけむに巻いてきた。本人による自伝『ボブ・ディラン自伝』こそが、神話や伝説をはぐ“正典”になるはずだが、ディランの場合は一筋縄ではいかない。1960年代から、89年のアルバム録音時のエピソードまでをつづったものが現在出ている第1部だが、時系列に従って書いたものではない。時間を自在に行き来する。

■毎日生まれ直す

 曲作りに興味をなくし、引退を考えたころの記述が興味深い。「自分はもう終わりだ、燃えつきてしまったうつろな残骸だ」と雨の中をさまようディランは、「行くあてのない列車の最後の停車駅のように見え」た、小さな店で立ち止まる。名もないジャズシンガーが、少ない客の前で歌っていた。突然、気付く。自分も、前は、このように歌っていたのだ。

 よくできた短編小説のようでもある。このまま曲になりそうな、詩的な場面。ディランの「歌」が、ここにもある。

 萩原健太の『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』(Pヴァイン・1944円)は、ディランの音楽とがっぷり四つに組み、歌の響きの奥底まで耳を澄ます。音楽プロデューサーでもある著者らしく、曲の構造や出自、背景に照度の高い光を当て、初心者にも分かりやすく解説する。ディスコグラフィーとして、現在望みうる最高峰。

 湯浅学の『ボブ・ディラン』は、その生涯を多数の文献を読み込んで追う。ディランの代表作には借用した旋律や詩などが多いことは知られている。しかしフォークソングは「もともと過去の曲の転用や借用から別のものを創作することが普通」で、それが「ボブの詩作を気分的に楽にした」と指摘する。

 その後ディランは、ロックやブルースゴスペルジャズ、そしてパンクやラップも含めたアメリカ音楽の巨大な沃野(よくや)を、時代とともに変わりつつ、転がっていく。喜劇音楽にも詳しい著者だけに、コメディアンや喜劇旅演芸の影響にも目を配り、河内音頭との類似さえ指摘する。「毎日生まれ直している。つまり、毎日が死だ」。最終章、ディランが乗り移ったかのような書きぶりが鬼気迫る。

■新たな「草の葉」

 ディランはノーベル文学賞を受賞する。ディランの歌詞の、どこが文学なのか。2015年に死去した詩人長田弘は、アメリカ音楽にも詳しかった。自ら編んだ最後のエッセー集『幼年の色、人生の色』でも、ディランについてつづる。ディランの歌を十九世紀アメリカ詩人ホイットマンになぞらえ、「現在進行形で書き継がれている、二十一世紀アメリカの新たな『草の葉』」と書く。「歌う、聴くというふたつの行為が落ちあう場が歌」なのだ、と。

 混迷の大統領選が終わった。いまのアメリカでも、どこかでだれかが、ディランの詩・音楽・歌と落ちあい、新しい意味と慰撫(いぶ)と希望とを、探りあて、聴き、歌い継いでいるはずだ。

    ◇

こんどう・こうたろう 本紙記者 63年生まれ。著書に『おいしい資本主義』『リアルロック』など。

    −−「ひもとく ボブ・ディラン 希望を歌い継ぐ、尊厳のため 近藤康太郎 [文]近藤康太郎」、『朝日新聞2016年11月20日(日)付。

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覚え書:「ひもとく 過労自死社会 働き方の前に生き方考えよう 常見陽平 [文]常見陽平」、『朝日新聞』2016年11月27日(日)付。

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ひもとく

過労自死社会 働き方の前に生き方考えよう 常見陽平

[文]常見陽平  [掲載]2016年11月27日

朝日を浴びて会社に向かう人たち=東京都千代田区

 

 電通新入社員を殺したのは、会社と社会だ。自死事件の悲報に、私はそう考えた。

 私も会社員の頃、死にたくなったことがある。過労で何度か倒れた。倒れる前は、酒の量が増え、朝がつらく、電車に乗るのも嫌だった。抑鬱(うつ)状態だと診断され、休職したこともある。異動後、慣れない業務と、今までと違う組織風土に戸惑っていた。「嫌なら会社をやめろ」と言う人がいるが、実際はそう考える余裕もない。それでも会社は大事な居場所に思えた。

労働環境が劣化

 我が国は過労大国だ。『平成28年版過労死等防止対策白書』(厚生労働省http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/karoushi/16/)を読んでみよう。日本の労働社会の問題点が凝縮されている。過労で苦しむ人、亡くなった人とその遺族の魂の叫びが聞こえてくる。

 白書とともに手に取ってほしいのが『雇用身分社会』(森岡孝二著、岩波新書・864円)と『ルポ 過労社会』(中澤誠著、ちくま新書・886円)だ。前者は雇用形態に関わらず、労働環境が劣化していることを明らかにしている。後者は過労社会を捉え、改革案を装った労働者不在の政策に警鐘を鳴らす良書だ。

 本題の過労自死についての必読書は、『過労自殺 第二版』だ。今回の自死事件だけでなく、1991年にも起こった電通事件を担当した弁護士による決定版だ。問題提起、事例だけでなく、「自殺予防の10箇条」など具体的な対処法まで示した。自死には、会社への献身から殺される側面があることがわかる。

 私は復職後、しばらく時短勤務だったが、相変わらず自分が役に立っておらず、必要とされていないと感じる状態がつらかった。上司や同僚のパワハラまがいの言葉や無言の圧力に苦しんだ。職場とは修羅場だ。失われたのは尊厳だ。私は結局、会社を辞めた。未練は皆無だ。

■尊厳守る改革を

 明日は我が身と思う人、周りに倒れそうな人がいることもあるだろう。助けとなるのが、お笑いコンビ松本ハウスの本『統合失調症がやってきた』と、『相方は、統合失調症』(松本キック著、幻冬舎・1404円)だ。メンバーのハウス加賀谷統合失調症だ。人気に火がついた頃に、飲む薬の量が増え、ついには自死未遂事件を起こし、精神科病院に入院する。10年にもわたり待ち続けた相方の松本キック。活動再開後も道のりは平坦(へいたん)ではなかった。大事な人のサインをどう読み取り、伴走するか。ヒントに満ちた本だ。

 こんな時には働き方だけでなく、生き方を再考するべきだ。『頑張って生きるのが嫌な人のための本 ゆるく自由に生きるレッスン』は友人の自死を機に書かれた、気鋭の作家によるエッセーだ。著者の緩く、優しい言葉が心にしみる。

 私は、「人はなぜ働くのか」という問いと向き合い続けているが、自分自身は仕事の優先順位を下げ、「社畜」から「家畜」に変身した。居心地は最高だ。

 自死に至る前に鬱を患う人は多い。『サブカル・スーパースター鬱伝』(吉田豪著、徳間文庫カレッジ・810円)は、みうらじゅんリリー・フランキー大槻ケンヂサブカル著名人が、スランプや人間関係のトラブルなどで鬱になった時、どのように乗り越えたかをまとめたものだ。いま鬱で苦しんでいる人も、いつか笑い飛ばせる日がくることを信じてほしい。

 時代は「働き方改革」の大合唱だ。しかし、ワクワクしない。労働者の尊厳に無頓着だからだ。労働者不在の「働かせ方改革」だ。働き方の前に、生き方だ。

 会社や仕事で人が死なない、誰もが安心し認められて生きる「一億総安心労働社会」を創造せよ。殺すな。生きさせろ。

    ◇

つねみ・ようへい 千葉商科大学専任講師 74年生まれ。評論家。大手企業で新卒採用などを担当。『僕たちはガンダムのジムである』など。

    −−「ひもとく 過労自死社会 働き方の前に生き方考えよう 常見陽平 [文]常見陽平」、『朝日新聞2016年11月27日(日)付。

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覚え書:「ともに暮らす社会へ 障害者施設ルポ」、『朝日新聞』2016年08月22日(月)付。

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ともに暮らす社会へ 障害者施設ルポ

井上充昌 森本美紀2016年8月22日


食堂で飼育しているウサギを見つめる入所男性=広島県東広島市

 

 相模原市障害者施設で入所者19人が死亡した事件から、まもなく1カ月になります。事件からは、障害者への無理解が浮き彫りになりました。ともに暮らす社会を考えるため、障害者を取りまく状況を3回にわたりお伝えします。まず、事件が起きた現場と同規模の施設を訪ねてみました。

■139人、139色の個性

 広島県東広島市の県立施設「松陽寮」には139人が入所し、障害の程度や特性によって四つの「ファミリー」に分かれて暮らす。

 午前8時半。朝礼で記者が紹介されると、特に重度の37人が入るファミリーの責任者、深谷成治さん(58)から「ぜひ、うちの取り組みを見て」と声をかけられた。

 深谷さんが担当するファミリーは施設改修のため、昨年7月からプレハブに入居する。この日は月に数回の外出日。午前10時半、深谷さんは正木祐治さん(55)ら3人と一緒に車で約3分のファミリーレストランに向かった。

 同じ席についた正木さんに笑いかけたら、返ってきたのは「べーーっ」。「これがあいさつなんです」と深谷さん。メニューを指して「これがいい? それともこれ?」と聞かれると、正木さんは全部うなずく。

 職員が注文したフライドポテトは、正木さんの大好物。ポテトとアイスクリームをほおばり、顔をくしゃくしゃにして笑顔になった。ほおばりすぎて口元を汚すと、職員は顔をほころばせて拭く。思わずこちらも笑顔がこぼれる。

 正木さんは松陽寮で暮らして約20年になる。てんかんがあり、突然意識を失って倒れることもあるが、この笑顔で職員の人気者だ。

 午後には、プレハブから500メートルほど離れた2階建ての住宅を訪ねた。もとは職員宿舎で、日中のレクリエーションに使われる。10畳のリビングで、長身の男性(41)がごろりと横になっていた。「こんなリラックスしているの珍しいね」と職員がつぶやく。

 だが、長身男性はプレハブに戻ると、低いうなり声を上げて別の男性に近づいた。「危ない」。深谷さんが、2人の間に体を入れた。「いま頭突きを狙っていた。気が抜けません」。長身男性には行動障害がある。時折、頭突きをするため、額には1センチ角の擦り傷がある。

 午後6時ごろに夕食が終わると、入所者は続々と寝室に入る。4、5人の相部屋で、すぐに寝息をたてる人も。夜勤は男女1人ずつが担う。

 午後7時ごろ、人気がなくなった食堂に長身男性がぽつんと座り、夜勤の岡田広司さん(52)を見つめていた。ふと、流し台のコップを指さす。岡田さんは「お茶ですか」。2、3秒の沈黙。そこで岡田さんはお茶を出した。

 「どんどん飲んでしまうので、無制限にはあげない」。飲み干すと、長身男性の表情が緩んだように見えた。

 岡田さんは松陽寮で働いて通算10年目。相模原事件の容疑者が施設の元職員だとは、信じられなかったという。「人が相手の仕事なので、ストレスもある」と漏らすが、入所者には親しみを感じている。「こんなおもしろい仕事、ないです」

 午後10時、岡田さんは食堂や廊下を消灯した。見回りは2時間おき。正木さんに顔を近づけて寝息を確かめ、小声で「布団の水やり、やめてくださいね」と話しかけた。正木さんは何かしゃべっている。岡田さんは「寝言なんでしょうね」とほほえんだ。トイレに起き出す人の付き添いもあり、岡田さんは一睡もできなかった。

 午前5時すぎ、食堂のあかりがついた。広島カープ帽の男性(55)がケージのウサギをなで、「うさちゃん」と呼んだ。この男性は一時、情緒不安定だったが、3年前にウサギの飼育を始めてから向精神薬を使わなくなったという。

 朝食後の午前9時すぎ、「ごつん」という大きな音が食堂に響いた。カープ帽の男性が自閉症の男性(34)に突き飛ばされ、額を打った。幸いけがはなかった。精神科医の岩崎学所長が自閉症の男性を診察。落ち着くまで個室にとどめ、薬を出すことにした。

 この自閉症の男性は、記者が最初に建物を訪ねた時も歩き回っていた。食堂を抜けて廊下を一周。記者に近づいて「うーーっ」と大声を上げ、歩く勢いは緩めない。深谷さんは「進路をふさがれると、押しのけることがある」と説明していた。こうした行動障害は、環境の変化も影響するという。

 岩崎所長は「本人は歩くことで落ち着く。閉じ込めることはストレスになってしまう。一番いいのは本人に適した環境整備。一人ひとりが何かに打ち込めるようにしたい」と話す。プレハブの壁には、こんな言葉が掲げられていた。

 「わたしたちは一人ひとりが大切な人間であり、ありのままを認め

2016-12-03

覚え書:「安保法巡る元最高裁判事の論文、法律家の機関誌が不掲載」、『朝日新聞』2016年08月21日(日)付。

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安保法巡る元最高裁判事論文法律家機関誌が不掲載

藤田直央2016年8月21日

日本法律家協会の機関誌法の支配」の最近のバックナンバー。協会によると、昨年12月時点で今年4月刊行の号まで特集テーマが決まっており、藤田宙靖・元最高裁判事集団的自衛権に関する論文はそれにそぐわなかったという

 安全保障関連法を違憲とする憲法学者らの議論再考を促し、安倍内閣批判も交えた元最高裁判事論文を、法曹関係者からなる財団法人・日本法律家協会の機関誌が掲載しなかった。協会は「予定されている特集テーマに直接関連しないから」と説明するが、元判事は「理解不能」として協会を退会した。

 論文の著者は元最高裁判事行政法の重鎮、藤田宙靖(ときやす)・東北大名誉教授。当初は日本法律家協会の機関誌法の支配」(季刊)に掲載を求めたが、昨年12月に協会の編集委員会から当面応じられないと伝えられて退会し、月刊誌自治研究」(第一法規)の今年2月号に同趣旨を寄稿した。

 藤田氏は、協会の編集委員長から説明を受けたという不掲載の経緯を「自治研究」で紹介。掲載に賛成論もあったが、「多数の現職裁判官検察官が会員の協会の機関誌という性格と、元最高裁判事という(藤田氏の)地位に伴う影響力の強さが考慮された結果」と伝えられたという。

 論文では、安保法の前提となる集団的自衛権の行使容認で「時の政権憲法9条改正手続きをとらず、内閣法制局長官の首をすげ替えてまで解釈を変えさせた」として「非常識な政治的行動」と指摘。安倍晋三首相の「(憲法解釈で)最高の責任者は私」という発言は「真に謙虚さと節度を欠いた」としている。

 一方、「多くの憲法学者の指摘は安倍政権への怒りの表現で、政治的思いを違憲の結論に直結させれば憲法学の足元を危うくする」と主張。「今回の事態が憲法学に突きつけた問題」を法律学として整理することを論文の本旨とした。昨年9月に成立した安保法をめぐっては、多くの憲法学者がアンケートや集会などで違憲との考えを表明した。

 藤田氏は「法の支配」への不掲載について、「元最高裁判事の新安保法制を素材とする論稿を現職の裁判官検察官に読ませることはできないということか。日本法律家協会の名が泣く」と「自治研究」に記した。

 協会は朝日新聞に対し、藤田氏が編集委員長から伝えられたという内容は「(昨年12月の)編集委員会議論で出た意見だろう」としつつ、不掲載は「予定されている直近号や近い号の特集テーマに藤田論文が直接関連しないことから」だったと説明している。

 日本法律家協会は1952年に、新憲法下で法曹関係者が協力してより民主的な司法運営を目指すとして発足し、会員は弁護士裁判官検察官、学者など約1700人。「法の支配」の編集委員会には現職の裁判官法務省幹部もいる。(藤田直央)

    −−「安保法巡る元最高裁判事論文法律家機関誌が不掲載」、『朝日新聞2016年08月21日(日)付。

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安保法巡る元最高裁判事の論文、法律家の機関誌が不掲載:朝日新聞デジタル


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覚え書:「ヒトラーと物理学者たち―科学が国家に仕えるとき [著]フィリップ・ボール [評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)」、『朝日新聞』2016年11月13日(日)付。

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ヒトラー物理学者たち―科学が国家に仕えるとき [著]フィリップ・ボール

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)  [掲載]2016年11月13日   [ジャンル]歴史 政治 科学・生物 

 

■改めて問われる研究者の政治観

 戦争における科学者社会的責任は何か? この古くて新しい課題を、ヒトラー政権下でドイツ物理学者たちがどのように活動したかを題材として、綿密かつ明快に解き明かす。

 著者は、科学雑誌『ネイチャー』の編集者をしていた人。科学界全般に対する広い視野と、今日的状況との関連を明確に意識していて、それが多くの類書にはない活(い)き活きしたリズムを生み出している。

 資料はほとんど二次文献に依拠しているが、それがむしろ本書の長所にもなっている。このことによって、バランスのとれた幅広い視野と視点を著者が維持し続けることができたように思われる。

 当時のドイツ物理学者たちが大勢登場するが、中心人物はマックス・プランク、ピーター・デバイ、ヴェルナー・ハイゼンベルクの3名のノーベル賞受賞者だ。彼らは立場や考えは違えど、それぞれに何らかの形でナチ政権の民族差別的科学技術政策を後押しする結果となった。プランクは良心的に法と秩序を重んじたがゆえに、デバイは個人的な生活関心事を最優先したがゆえに、ハイゼンベルクドイツ物理学を世界一にしようと野望をいだいたがゆえに。

 戦後、彼らを含むドイツ人物理学者10名が一所に軟禁されていた時の会話が、盗聴記録されていた。その分析は、本書の圧巻である。ハイゼンベルクヴァイツゼッカー(後のドイツ大統領の兄)らの傲慢(ごうまん)さや自己正当化が際だっていて、読んでいて気分が悪くなるほどだ。しかし、同じ立場に置かれたとき、彼らとは違って権力に真っ向から反対できる人が何人いるだろうか。ぼくは全然自信がない。

 軍事研究と平時研究の境目は曖昧(あいまい)だ。研究内容や資金源によって一線が引けるものではない。だからこそ、研究者たちの政治観や国家観、社会観、人間観、そういったものが大切なのだと改めて思い知らされる。

    ◇

 Philip Ball サイエンスライター。著書に『音楽の科学』、3部作『かたち』『流れ』『枝分かれ』など。

    −−「ヒトラー物理学者たち―科学が国家に仕えるとき [著]フィリップ・ボール [評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)」、『朝日新聞2016年11月13日(日)付。

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ヒトラーと物理学者たち――科学が国家に仕えるとき
フィリップ・ボール
岩波書店
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覚え書:「黒い司法―黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う [著]ブライアン・スティーヴンソン [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2016年11月13日(日)付。

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黒い司法―黒人死刑大国アメリカ冤罪と闘う [著]ブライアン・スティーヴンソン

[評者]立野純二(本社論説主幹代理)  [掲載]2016年11月13日   [ジャンル]政治 社会 国際 

■強権の理不尽さ、和解への希望

 米国の社会には、暗黙の「おきて」があった。

 白人が人種差別をあらわにすれば、信用を失う。

 黒人が社会に怒りをぶちまければ、人生を失う。

 大統領選でのトランプ氏の勝利で、白人の不文律は崩れたが、黒人を縛る心の足かせは変わらない。オバマ大統領も人前で怒りを見せることはなかった。

 ノンフィクションである本書が描く市井の人びとにも、おしなべて感情の起伏が感じられない。司法差別という強権の理不尽さと、それに耐える人間の静寂との対比が、かえって怒りの大きさを雄弁に物語る。

 著者は、南部アラバマ州を拠点に、黒人や貧困者の救済活動を続ける弁護士である。80年代から数十人の死刑囚の命を救ってきた。

 白人の人妻と交際した黒人が、無関係な殺人事件の犯人に仕立てられる。本書の主軸を成す驚愕(きょうがく)の事実はほんの一例でしかない。

 人口約1割の黒人が、死刑執行の4割超を占める。刑務所への収監率はいびつに高く、今のペースが続けば、今世紀に生まれた黒人男児の3人に1人は収監される計算になるという。

 まるで黒人であることそのものが犯罪であるかのように厳罰を科す司法に正義はあるのか。白人警官による黒人の射殺が相次ぐ今、各地で暴動が絶えない。

 ただ、本書の中で紹介される冷酷な白人矯正官との一幕が、印象深い。死刑囚が自分と同様に里親育ちだと知ると、急に心を開き、やさしい人間に変わる。

 著者の最大のメッセージは、差別告発ではない。和解への希望である。トランプ現象象徴するような不寛容の氷を溶かすための慈悲のすすめである。

 「私たちはみな誰かを傷つけ、傷つけられてきた」「壊れているという点で私たちは同じなのだ」「私たち誰もが(略)自分の弱さを、欠陥を、偏見を、恐怖を認めたらどうなるだろう」

 ヘイトの言葉があふれる現代日本の社会にも通底する問いが、そこにある。

    ◇

 Bryan Stevenson 弁護士。米アラバマ州モンゴメリーを拠点とする「司法の公正構想」の事務局長。

    −−「黒い司法―黒人死刑大国アメリカ冤罪と闘う [著]ブライアン・スティーヴンソン [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞2016年11月13日(日)付。

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覚え書:「文芸時評 象徴としてのお務め 天皇陛下、旅への思いは 片山杜秀」、『朝日新聞』2016年08月24日(水)付。

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文芸時評 象徴としてのお務め 天皇陛下、旅への思いは 片山杜秀

2016年8月24日


画・寺門孝之  

 東京原宿周辺に鬱蒼(うっそう)とした森が広がる。明治神宮だ。明治天皇を祀(まつ)る。森は元はなかった。「献木十万本、勤労奉仕のべ十一万人」。大正時代にこつこつと造林された。

 何がそこまで日本人を駆り立てたのか。朝井まかての『落陽』はそれを探求する小説。主人公の設定がうまい。若い新聞記者旧制五高から帝大へ。近代文学に傾倒。社会に出たのは日露戦争後の個人主義流行時代。天皇や国家が遠い。夏目漱石自由批判的な態度に感化されている。まさに新世代のインテリ。

 彼が天皇崩御神宮建設運動を取材する。人々の熱い思いがしっくり来ない。漱石の奉悼(ほうとう)文にも驚く。「天皇の徳を懐(おも)ひ/天皇の恩を憶(おも)ひ」。漱石でさえこうなのか。徳や恩とは具体的には何だろう?

 主人公は先帝の事跡を追う。やがてひとつの仮説にたどりつく。明治天皇の徳や恩を支えていたのは、天皇現人神(あらひとがみ)という建前論より、もっと生々しい行為、国見(くにみ)ではないか。

 『万葉集』の舒明天皇の歌にこうある。「天の香具山登り立ち国見をすれば国原は煙立ち立つ」。山上から国を見て民の飯を炊く煙に安堵(あんど)する。明治天皇も繰り返し国中を回った。近代的交通機関が未(いま)だ不十分な明治初期に北海道まで行った。

 そして戦争になれば鎮魂。主人公のインタヴューに元女官が証言する。戦で倒れた者の名簿が届く。すると天皇は「名簿に記された名前を見続ける」。明治天皇の歌が引かれる。「国のためたふれし人を惜(おし)むにも思ふはおやのこころなりけり」

 主人公の結論はこうだ。天皇を「西洋式に神格化してしまえば事は簡単だ。神である御身には何の苦悩も、悲哀や怒りもない」。だが天皇は違う。国民と共に嘆き苦しむ。「だからこそ人々は思いを寄せ、忘れない」。明治神宮を作らずにはおれない。あれだけ思ってくれた方を思い返すために。「沈みながら、天地(あめつち)を照らす」落陽の光を照り返す荘厳な森林を作って。

     *

 天皇は国民と共感共苦してこそ死後も神と祀られる。『落陽』の指し示す天皇論だろう。だが、それはそのままでは戦後民主主義下の天皇論にはならない。昭和天皇は敗戦翌年の「人間宣言」でこう述べた。「朕(ちん)ト爾(なんじ)等国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依(よ)リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ」

 時代は変わった。天皇の神性は否定された。でもいくら退けても残る面がある。たとえば崩御と連動した一世一元の仕掛け。天皇の生死が元号と即日で連動する。天皇の健康状態が悪化すれば連日の報道に社会は手に汗握り、崩御となれば荘厳な儀式が続く。明治天皇崩御の際に確立した先帝を神秘化する大きな仕掛けだ。明治神宮建設に至る国民感情の高ぶりもこのときの特殊な雰囲気の中で醸成された。「人間宣言」をした昭和天皇崩御のときも同じだった。

 そこに投ぜられたのが、この8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」だろう。

 「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」。「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」

 象徴天皇の行為は一種の国見と切り離せない。そうもとれる。天皇が神性を除かれれば、国民が天皇を一方的に崇敬する構図は成り立たない。残るのは「相互ノ信頼ト敬愛」。自然にできる感情ではない。具体的な行為で作るものだ。国見だろう。象徴天皇とは国見により国民とつながり、国見が困難になれば退位も辞さない。生前の退位となれば天皇の生死と結び付いた神秘化現象も軽減されるかもしれない。先帝の「人間宣言」すなわち「天皇脱神秘化宣言」を完遂しようとする今上天皇の志の表れ。「おことば」は私にはそのような内容を含むものとも思われる。

     *

 今年の歌会始天皇の歌は「戦ひにあまたの人の失せしとふ島緑にて海に横たふ」。皇后の歌は「夕茜(ゆふあかね)に入りゆく一機若き日の吾(あ)がごとく行く旅人やある」。共に旅の歌。旅こそいのち。天皇皇后の志だろうか。

 国見の思想と戦後民主主義が切り結ぶと、象徴天皇は旅人になる。野を行き山を行き、国民と共感共苦する天皇。それができなくなれば退かれる天皇。そんな新しいイメージをわれわれは受け入れられるか。政治もだが文化や文芸の問題でもあるだろう。『万葉集』から最新の小説まで。材料はふんだん。議論しよう。

 (評論家)

 <今月の注目作>

 ●朝井まかて落陽』(祥伝社

    −−「文芸時評 象徴としてのお務め 天皇陛下、旅への思いは 片山杜秀」、『朝日新聞2016年08月24日(水)付。

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(文芸時評)象徴としてのお務め 天皇陛下、旅への思いは 片山杜秀:朝日新聞デジタル

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覚え書:「今こそブルース・リー 肉体・技・速さ、世界を圧倒」、『朝日新聞』2016年08月22日(月)付。

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今こそブルース・リー 肉体・技・速さ、世界を圧倒

2016年8月22日


ブルース・リー財団日本支部提供

 世界を席巻したドラゴン旋風。力と形にとらわれない武術哲学を、肉体で示した。

 鍛え上げられた肉体から発する「アチョー」という怪鳥音。変幻自在に繰り出す技。相手を圧倒するスピード。主演作は5本と少ないが、カンフー映画を世界に広めた功績は大きい。ヌンチャクを振り回すなどしてブルース・リーをまねた人ログイン前の続きは多いだろう。

 「衝撃的でした。本気で憧れました」と編集者の鈴木康成さん(47)。リー没後40年の2013年、『語れ! ブルース・リー』(KKベストセラーズ)を発行した。

 最高傑作といわれる「燃えよドラゴン」には、リーの思想を反映したせりふが数々ある。有名なのは弟子に武道の極意を教える場面。「Don’t think. Feel !(考えるな、感じろ)」だろう。

 「物事を深く考え過ぎると行き詰まり、自由な発想が生まれてこないことがある。全身の感覚を研ぎ澄ませることの大切さを私も学んだ」と鈴木さん。もちろん、何も考えず無節操に行動しろという意味ではない。自らを厳しく律し、日々修行を積み、基本を身につけた上での感性の大切さをリーは説いた。

 10代のとき、中国武術詠春拳(えいしゅんけん)」の達人イップ・マン(葉問)に学んだリー道場での練習の成果を、けんかや他流試合での実戦で発揮したという。

 だが渡米後は一変する。ワシントン大で哲学を専攻。相手を6秒以内で倒す、独自の格闘術「ジークンドー」を創始した。漢字で書くと「截拳道」。すべての攻撃をさえぎるという意味と、あらゆる形式にとらわれないという意味がある。

 ブルース・リー財団日本支部最高顧問で、ジークンドー継承する武道家中村頼永さん(52)は「形や方法にとらわれず、水のように柔軟に対応できる変化と、物を瞬時に映し出す鏡のような無意識的スピードが大切」という。トレーニング法でも様々な器具や方法を組み合わせたのがリーだった。一定のスタイルは大切だが、形は超えないといけないと考えたのだろう。

 1964年、カリフォルニアで開かれた国際カラテ選手権で模範演技を披露した。東洋思想が色濃く反映された武道哲学には多くのハリウッドスターが共鳴、弟子入りした。ジェームズ・コバーンは「ブルースは教えなかった」。スティーブ・マックイーンは「彼の頭の良さは、己を知ることを通して獲得したもの」と語っていた。

 風を受けてしなる竹を思い起こしてほしい。風にまかせてしなることで持ちこたえるように「硬直したものは砕けやすい」のである。しかも相手を打ち負かしても決して勝ち誇らず、どこか悲しげな表情を浮かべていたのがリーだった。「どんなに憎い相手でも倒したところで自分の心は満たされない。そんな思想を表現したかったのではないか」。そう語るのは昭和のヒーローに関する著作が多いライター石橋春海さん(64)だ。

 日本でも、白いマントに白覆面の「月光仮面」のキャッチフレーズは「憎むな、殺すな、赦(ゆる)しましょう」である。「立場の異なる相手を一方的に攻撃するだけでは物事は何も解決しない」と石橋さん。「燃えよドラゴン」でも、けんかを売られた腕自慢の拳法家から「あなたの流儀は」と聞かれ、「戦わずして勝つ」とリーは冷静に答えた。

 名声が世界中に広がったときには、この世の人ではなかった。すでに「伝説」になっていたブルース・リー。こんなことも言っていた。

 「人生に答えはない。その都度、理解していくだけである」

 (編集委員・小泉信一)

 <足あと> Bruce Lee(中国名・李振藩リージュンファン〉) 1940年、米サンフランシスコ生まれ。香港で子役として映画出演する。18歳で渡米。独自の武道ジークンドーを創始する。66年、TVドラマ「グリーン・ホーネット」の準主役に抜擢(ばってき)。71年、香港映画ドラゴン危機一発」に主演。「ドラゴン怒りの鉄拳」「ドラゴンへの道」と大ヒットを続けたが、73年7月、脳浮腫で死去。享年32。世界中にカンフーブームを巻き起こした「燃えよドラゴン」が日本で公開されたのは同年暮れだった。

 <もっと学ぶ> リーが格闘技に求めた深い精神性について知るなら『世紀のブルース・リー』(中村頼永著、ベースボール・マガジン社)がお薦め。

 <かく語りき> 「水は流れることも激しくぶつかることもできる。水になれ、我が友よ」(テレビ番組でのインタビューから)

 ◆過去の作家や芸術家らを学び直す意味を考えます。次回は29日、思想家鶴見俊輔の予定です。

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(今こそブルース・リー)肉体・技・速さ、世界を圧倒:朝日新聞デジタル





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