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Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2050-11-18

はじめに……

アカデミズム底辺で生きる流しのヘタレ神学研究者・氏家法雄による神學、宗教學、倫理學、哲學の噺とか、人の生と世の中を解釈する。思想と現実の対話。

2010年11月25日より「はてな」に雑文を移項いたしますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

ついでですのでひとつ。

絶賛求職ちう。

過去(2007年8月28日〜2010年11月24日)の雑文は以下のURLより閲覧できます。

引っ越しがうまくいけばこちらへ完全移行の予定。

当分はココログと併用いたします。

Essais d’herméneutique

氏家法雄のブクログは以下のURLから閲覧できます。

ujikenorioの本棚 (ujikenorio) - ブクログ


f:id:ujikenorio:20111229153022j:image

2016-09-25

日記:人として尊敬されて最期まで希望をもって生き続ける権利

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 一方、平成二十六年十月、日本でも、認知症当事者による日本認知症ワーキンググループが起き上げられたが、その発起人の一人である藤田和子さんは、番組の中で、こう発言していた。「人なのに、認知症になるとなぜか人として見られなくなってしまっている現実があるんです」。

 人として見られるなくなる現実とは何か。それは、認知症になった途端に、自分のことすら自分で決められないと思われてしまい、「善意」のもとに本人不在のまま様々なことが決められて、まるで赤ん坊のように思われてしまう、認知症をとりまく今の日本社会の現実のことを言っているのではないか。

 その現実に身をさらされて深く傷つき絶望しているのは、若年性であろうが老人性であろうが、あるいは初期であろうが後期であろうが変わらないだろう。人は認知症になっても、人として尊敬されて最期まで希望をもって生き続ける権利があるのだ。

 私は、聞き書きを通して認知症の人のこれまでの生きてきた人生やその思いを共にすることが、その方を人として尊重することであり、それがその方の生きる希望に繋がると考えて活動してきた。それは決して間違っていないと思うし、これからも続けていきたいと考えているが、それとともに大切にしなければならないと、この番組を通して改めて思ったことは、認知症の人たちの生きる今を、そしてこれからの人生を、どう尊重し、共に考えていくことができるのか、ということである。

 「私たち抜きに私たちのことを決めないで」とは、自分たちのことは自分たちに決めさせろ、といった自己決定権を主張しているのではないように思う。そうではなくて、「善意」の下に当事者不在のまま進められてきた決定のプロセスに対するアンチテーゼであり、当事者の自分たちを中心にすえて、共にみんなで考えていってほしい、という切実な願いであり社会に対する必死の呼びかけなのではないかと思うのだ。

 番組を見終わった私は、人が人として最期まで希望をもって生きるために、すまいるほーむで私たちは何ができるのか、何をなすべきなのか、改めて真剣に考え始めたのだった。

    −−六車由実『介護民俗学へようこそ! 「すまいるほーむ」の物語』新潮社2015年、219−220頁。

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覚え書:「書評:詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 齋藤希史 著」、『東京新聞』2016年09月04日(日)付。

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詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 齋藤希史 著 

2016年9月4日

◆土地に積もる人々の思い

[評者]坪内稔典俳人

 たとえば、「洞庭」の章。神話的な空間であった洞庭の野が、地勢の変動によって湖面が拡大、やがて詩のさかえた唐の時代に満々と水をたたえて広がった。そして、現在、洞庭湖干拓地に囲まれたただの湖になっている。著者は古地図を示しながら、以上のように洞庭湖の変遷を語り、その変遷に伴った数々の詩を挙げる。

  八月 湖水平らかに、

  虚を含みて太清に混ず。

  気は蒸す 雲夢沢(うんぼうたく)、

  波は動かす 岳陽城。

 孟浩然(もうこうねん)の五言律詩「岳陽楼」の一部を引いた。著者はこの詩が「洞庭湖の眺めを特権的なものとした」と言う。 右の「洞庭」の章を含めて、この本は洛陽成都、金陵、西湖(せいこ)、廬山涼州(りょうしゅう)、嶺南れいなん)、江戸長安の十章からなる。著者は「ことばは無からは生まれない。誰かが自らのためにつむいだトポスに最初は仮住まいしながら、いつしか何かを加え、また全体を編み直し、自らのことばの場所、トポスとする」と書いているが、これらの地はその代表的なトポスだ。トポスとは「詩が生まれる場所、詩が共有することば」(あとがき)である。

 江戸がそのトポスであるのは、江戸時代から明治にかけて漢詩がまさに時代の詩歌であったから。この本では隅田川をめぐる詩と詩人が紹介されているが、その一人、寺門静軒は向島長命寺桜餅屋を、「桜餅招〓(おうへいしょうれん) 飄(ひるがえり) て雲に上る」と詠んだ。桜餅招〓は桜餅屋の店頭ののぼり旗だ。

 そういえば、十代から漢詩に熱中していた正岡子規は、学生時代の夏、長命寺桜餅屋に下宿、その家を月香楼(げっこうろう)と名づけて漢詩俳句を作った。彼は漢詩の時代の末期に登場、漢詩を踏み台にして俳句短歌という近代日本の定型詩に弾みをつけたのだった。

 サントリー学芸賞を得た『漢文脈の近代』以来、評者は著者のファンである。彼は古典詩の漢詩を今の詩として、とても身近に感じさせてくれる。

 (平凡社・2808円)

 <さいとう・まれし> 1963年生まれ。東大教授・中国文学者。著書『漢詩の扉』。

◆もう1冊 

 一海知義著『漢語知識(改版)』(岩波ジュニア新書)。熟語や成語など、現代日本語のなかに生きる漢語のルーツを紹介する。

※〓は、ウ冠の下に八に巾

    −−「書評:詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 齋藤希史 著」、『東京新聞2016年09月04日(日)付。

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東京新聞:詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力 齋藤希史 著 :Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)



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詩のトポス 人と場所をむすぶ漢詩の力
齋藤 希史
平凡社
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覚え書:「【書く人】行儀悪さでガス抜きを『世界マヌケ反乱の手引書』 リサイクルショップ店主・松本哉さん(41)」、『東京新聞』2016年09月11日(日)付。

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【書く人】

行儀悪さでガス抜きを『世界マヌケ反乱の手引書』 リサイクルショップ店主・松本哉さん(41)

2016年9月11日

 

 東京高円寺を拠点に反原発デモなどを行ってきた「素人の乱」というグループがある。松本哉さんはその代表者の一人。学生の頃から「貧乏くささを守る会」や、キャンパスで飲めや歌えやの大宴会を企画。やんちゃを繰り返してきたユニークな履歴の持ち主だ。

 社会人となって、仲間たちとリサイクルショップゲストハウスを運営。自分たちの居場所で楽しむために「世界各地で勝手なことをしている連中が集まるバカセンター」の必要を訴える。「マヌケ」とは社会の秩序からはみ出してしまう異色な人たちの謂(い)いで、本書はそんな「マヌケ」たちが広く世界と繋がり、意味不明な化学反応を起こす活動や目論見(もくろみ)を紹介する。

 「決められたルールを守る秩序だった社会はどうも居心地が悪い。といって変革を目的に組織やイデオロギーを盾にした正面からの反乱も苦手で、愉快犯やハプニングのように、社会の隙間の際どい線で行儀悪くはみ出した仲間たちと勝手なことをしている」

 松本さんたちの「反乱」は、だから生活や日常から大きく逸脱しない。孤立せず、つまはじきもせず、地域の中で場所を確保しながら、時には面倒な世間の規則をクリアする地味な努力もつづられる。「でも全部従うのは癪(しゃく)ですし、リスクを回避する裏技もある。地に足をつけながら、できる限り自分たちに都合よく、出入り自由で、成功も失敗もあまり気にせず、楽しんで反乱を多発させる。震災原発事故でデモがよみがえり各地に拡散したように、この社会が病んでぎすぎすする前に、悪だくみを拡散できればいい」

 多種多様なデモ、旅先での口コミ、本の出版などを通して、この十年ほど日本のみならずアジアヨーロッパで自分たちと同じような「マヌケ」活動をする若者たちと知りあった。公共機関マスコミからの一方通行の情報だけでなく、解放区のような場で顔をつき合わせながら、何か面白い交流ができないか。そんな思惑で今月十一〜十七日に東京の各スポットで、内外からアーティストらが集まり音楽ライブ、トークや交流会など盛りだくさんのイベントフェス「NО LIМIT 東京自治区」が催される。

 「狭く閉じた遊びや情報だけでなく、見知らぬ世界とつながることが、反乱への一歩かもしれない」

 筑摩書房・一四○四円。

 (大日方公男)

    −−「【書く人】行儀悪さでガス抜きを『世界マヌケ反乱の手引書』 リサイクルショップ店主・松本哉さん(41)」、『東京新聞2016年09月11日(日)付。

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東京新聞:行儀悪さでガス抜きを『世界マヌケ反乱の手引書』 リサイクルショップ店主・松本哉さん(41):Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)








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覚え書:「【書く人】本土の人は真実知って 『沖縄は「不正義」を問う』 琉球新報社論説副委員長・普久原均さん(51)」、『東京新聞』2016年04月24日(日)付。

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【書く人】

本土の人は真実知って 『沖縄は「不正義」を問う』 琉球新報社論説副委員長・普久原均さん(51)

2016年4月24日

 

 熊本地震の支援で、米軍は初めて、事故の危険が指摘される新型輸送機オスプレイを使った。「災害支援で実績をつくり、抵抗感を薄れさせる。そんな米軍日本政府の思惑があると思う」と淡々と分析する。

 政府の言い分を垂れ流さず、徹底的に住民側に立つ論調で知られる沖縄の地元紙「琉球新報」。二〇一四〜一五年に掲載された社説を一冊にまとめた。

 「沖縄では常識でも、本土で知られていないことがあまりに多い。もどかしい」と話す。執筆した論説委員十一人を代表して「だからこそ、この本を本土のみなさんに読んでほしくて」と語る。

 基地問題解決しない背景には沖縄県外での「無知」がある。この本を読むと、知っているようで知らなかった事実が次々と出てくる。

 作家の百田尚樹氏は米軍普天間飛行場を「もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になると人が住みだした」と語ったが、滑走路付近は戦前、宜野湾村役場があった集落の中心部だった。

 今回の高校教科書検定では、帝国書院の「新現代社会」が、米軍がいることで「地元経済がうるおっている」と記述。その後、「経済効果がある」と言い換えたが、沖縄経済の基地依存度はわずか5・4%(二〇一二年度)。むしろ返還後の跡地は商業地となって経済効果を上げており、基地は経済発展の阻害要因になっている。「なぜこれで検定を通るのか。沖縄は基地依存だと教科書で刷り込むのは、悪意としか思えない」

 普天間飛行場辺野古移設は「今の福島県原発を新設するようなもの」という。先日、移設をめぐる訴訟で、国側は和解を受け入れた。ところがわずか三日後、国は再び、移設を進めるための「是正指示」を沖縄県知事に出した。「和解は完全なポーズ。むしろ政府は戦闘態勢をより明確にしてきました」

 信号無視の米兵の車に中学生がひき殺されても「太陽がまぶしかった」と言えば無罪になる。ここは法治国家なのか。最低限の人権は−。そんな怒りと悲しみが、全体を通底している。

 安倍政権に逆らう者はすべて「反日」というかのような風潮が広がる今、沖縄の問題は、本土に住んでいるわたしたちを取り巻く社会の真の姿を見せる。「全国民が問われている」という言葉が突き刺さる。

 高文研・一七二八円。 (出田阿生)

    −−「【書く人】本土の人は真実知って 『沖縄は「不正義」を問う』 琉球新報社論説副委員長・普久原均さん(51)」、『東京新聞2016年04月24日(日)付。

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東京新聞:本土の人は真実知って 『沖縄は「不正義」を問う』 琉球新報社論説副委員長・普久原均さん(51):Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)


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沖縄は「不正義」を問う
琉球新報社論説委員会 編著
高文研
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覚え書:「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国」立憲主義とは距離」、『朝日新聞』2016年06月16日(木)付。

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憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国立憲主義とは距離

2016年6月16日

 ハンガリー憲法の前文にあたる「民族の信条」は、こう書き出される。

 「我々、ハンガリー民族の構成員は、新しい千年紀の始めに、全てのハンガリー人に対する責任感をもって、次のとおり宣言する」

 各国の憲法前文の書き出しをみてみる。「日本国民は/この憲法を確定する」「フランス人民は/宣言する」「ドイツ国民は/基本法を制定した」

 「民族」という言葉は、使われていない。

 ハンガリー憲法学者、マイティーニ・ラースローさん(65)は言う。「顔も肌の色も考えも異なる人たちで社会は成り立っているのに、ハンガリーハンガリーと民族を強調することは少数派の排除へ向かいかねない。それは政権難民排除の姿勢に表れているし、異国の人々に対する危険性すらはらむ」

 欧州評議会の下にあるベニス委員会は2011年6月、ハンガリーの新憲法への懸念を意見書という形で表明した際、前文にも触れ、宣言する主体は、「民族」ではなく「国民」のほうがふさわしい、と指摘した。「憲法は国民全体の意思を表すものだから、民族では狭い」

 ベニス委員会は、人権尊重や権力分立法の支配という西欧の立憲主義の伝統と合致しているかという観点から、冷戦後、東欧諸国の憲法起草への助言などをしてきた組織だ。

 「民族や共同体を重視し、個人の自律を尊重していない」「キリスト教的価値観を反映し、価値中立的でない」「憲法裁判所の権限を制限している」。新憲法をめぐっては、ベニス委員会だけでなく、立憲主義の標準から外れているという批判が国内外でわき起こった。

 歴史と伝統を誇り、共同体の価値を称揚する、西欧流の立憲主義の伝統に基づかない、独自の憲法観で憲法を作って何が悪い――。そう開き直ってばかりはいられないようだ。

 日本はどうだろう。

 自民党日本国憲法改正草案では、前文が全文書き換えられ、書き出しは「日本国民」から「日本国」へ変わった。12条の「公共の福祉」は「公益及び公の秩序」に、13条の「すべて国民は、個人として尊重される」は「人として尊重される」へ置き換えられた。草案Q&A集は「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要」とする。

 「民族」という言葉は使われていない。だが「長い歴史と固有の文化」「国と郷土」「和を尊び」「美しい国土」「良き伝統」と、前文に用いられた文言を連ねると、血や土地の結びつきで国をまとめていこうという底意を感じる。この国に生まれた以上、同じ価値観を持ち、共同体のために尽くすのが自然だと言われているかのようだ。

 草案は、人類が「過去幾多の試練」を乗り越え築き上げた、権力を縛るという普遍的立憲主義の考え方とは距離がある。

 日本国憲法の公布から70年。この国は、どこに向かおうとしているのか。参院選を前に、自民党改憲草案にもう一度、目を通しておきたい。(編集委員・豊秀一)

    ◇

 「憲法を考える 自民改憲草案」編は来月再開予定です。参院選の期間中も、憲法について考える企画を随時掲載します。

    −−「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国立憲主義とは距離」、『朝日新聞2016年06月16日(木)付。

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(憲法を考える)自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国」立憲主義とは距離:朝日新聞デジタル


 

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2016-09-24

覚え書:「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:上 『伝統回帰』似通う思想」、『朝日新聞』2016年06月14日(火)付。

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憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:上 「伝統回帰」似通う思想

2016年6月14日

ドナウの河畔に立ち、威厳を漂わせる国会議事堂

 

 「ドナウ真珠」。そう呼ばれるハンガリー首都ブダペストは、中央をドナウ川がゆったりと流れる美しい街だ。

 この街を訪ねようと思ったのは、総選挙で3分の2の議席を取ったオルバン政権が5年前、野党の反対を押し切り、憲法を丸ごと書き換えたと聞いたからだ。しかも、中身が自民党日本国憲法改正草案と似ている。

 前文を読み比べてみる。

 〈自民草案〉「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合象徴である天皇を戴(いただ)く国家」「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」

 〈ハンガリー憲法〉「我々は、我々の王、聖イシュトバーンが千年前に、堅固な基礎の上にハンガリー国家を築き」「我々の子供及び孫が、その才能、粘り強さ及び精神的な力により、再びハンガリーを偉大にすると考える」

 相通じるのは、過去への憧憬(しょうけい)であり、歴史と伝統の上にある「国柄」を次世代へ引き継いでいこうとする発想である。

 ハンガリーは、苦難に満ちた複雑な歴史を歩んできた。

 16世紀にオスマン帝国、17世紀末からオーストリア支配され、1867年にオーストリアハンガリー二重帝国に。第1次大戦に敗れると、トリアノン条約で国土の3分の2と人口の5分の3を失う。領土を取り戻そうと第2次大戦では枢軸国側として戦い、再び敗れた。

 民族を散り散りにした敗戦が、ハンガリーの人々にもたらした喪失感と屈辱感――。オルバン政権は2010年、トリアノン条約が締結された6月4日を「国民連帯の日」とした。国民国家の枠を超えて民族の一体感を強めようと、自国の外で暮らす在外ハンガリー系住民にもハンガリー国籍を与えた。

 新憲法の前文では、王国時代、国家を象徴する存在だった「聖なる王冠」に敬意を表するよう、国民に命じる。

 王冠は第2次大戦中に国外に持ち出され、78年に米国から戻ってきた。国立博物館で保管されていたが、第1次オルバン政権時代に、国会議事堂へと移された。「権力の象徴」を、我が手に取り戻そうということなのか。ブダペストで会った政治学者は、新憲法は、第2次大戦以降の歴史を「負の歴史」として否定し、王冠が権威を持った古い歴史と「伝統あるハンガリー」へと回帰する思想に貫かれている、と言う。

 伝統回帰という点では、自民草案でも「長い歴史と固有の文化」を持つ「美しい国土」が強調される。草案Q&A集によると、改憲の動機は「占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国にするため」。安倍晋三首相も著書「美しい国へ」で、憲法前文の一節を指し「敗戦国としての連合国に対する“詫(わ)び証文”」と書いている。

 米国歴史学者、ジョン・ダワー氏の言葉を借りれば、敗戦と占領、憲法が制定された時代は、草案の起草者には、「自由選択が制限され、外国のモデルが強制された、圧倒的に屈辱的な時代」(「敗北を抱きしめて」)と映るのだろう。

 ハンガリー憲法自民草案はもう一つ、共通の背景を持っている。グローバル化で、国家や国民のアイデンティティーが揺らいでいることへの危機感だ。(編集委員・豊秀一)

    −−「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:上 『伝統回帰』似通う思想」、『朝日新聞2016年06月14日(火)付。

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(憲法を考える)自民改憲草案・ハンガリーで読む:上 「伝統回帰」似通う思想:朝日新聞デジタル


 


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覚え書:「書評:「考古学エレジー」の唄が聞こえる 澤宮優 著」、『東京新聞』2016年09月04日(日)付。

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考古学エレジー」の唄が聞こえる 澤宮優 著 

2016年9月4日

 

◆泥まみれ夢追う日々

[評者]岡村道雄=考古学

 考古学エレジーの唄に乗せて語られる昭和戦後の二十年代から昭和末までの発掘草創期と、発掘に明け暮れた人生の物語である。全国各地で昼も夜も懸命に行われた多くの発掘調査や、その延長にあった重要遺跡保存運動のドキュメントでもある。評者と同世代の主に大学生や高校生が発掘に駆り出され、泥まみれの厳しい現場作業だったが夢と情熱をもって掘り進んだ。現場近くのプレハブに合宿し、夜は車座になって酒を飲みながら語り「♪町を離れて野に山に…」と哀歌を唄った。悩みながら掘り発見を重ね、成果を世に問うて、地域の歴史の重要性を論じて理解と協力を得ようと努力した。

 考古学への若い情熱と意欲、生きざまそのものだったと思う。大塚初重や下村智、在野の森本六爾(ろくじ)や学生考古学グループを登場させ、そんな考古学群像を描く。

 しかし、緊急発掘は高度経済成長や列島改造などが生んだ鬼っ子であり、地主や開発業者の協力、発掘費用の負担など多くの問題がある。そんな時代性と現実の問題も底流に流れる哀歌は、関東・近畿九州を中心に歌い続けられた。

 バブルがはじけ、発掘件数は半減し、一方で調査機関が整って発掘調査法、費用負担や遺跡遺物の取り扱いルールなども整備され、安定期・成熟期に入った。あの時のような情熱と夢は考古学エレジーの唄と共に潰(つい)えてしまうのだろうか。

 (東海教育研究所発行、東海大学出版部発売・2484円)

 <さわみや・ゆう> 1964年生まれ。ノンフィクション作家。著書『打撃投手』など。

◆もう1冊 

 シュリーマン著『古代への情熱』(村田数之亮訳・岩波文庫)。トロイなど多くの遺跡を発掘した考古学者の自伝。

    −−「書評:「考古学エレジー」の唄が聞こえる 澤宮優 著」、『東京新聞2016年09月04日(日)付。

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「考古学エレジー」の唄が聞こえる: ―発掘にかけた青春哀歌―
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覚え書:「書評:人びとの戦後経済秘史 東京新聞・中日新聞経済部 編」、『東京新聞』2016年09月04日(日)付。

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人びとの戦後経済秘史 東京新聞中日新聞経済部 編 

2016年9月4日

 

◆今どう生きるか問う

[評者]池上彰ジャーナリスト

 多くの若者は、歴史を暗記科目だと誤解しています。複数の大学で現代史を教えている私の実感です。年号が頻出し、固有名詞が多数出てくるのですから、そう考えるのもやむをえません。

 その若者たちにとって、水俣病四日市大気汚染など高度経済成長期に発生した日本の公害問題は、約五十年前の出来事。完全に歴史上の出来事です。

 しかし、もしあなたが、そのとき、チッソ水俣工場で働いていたら…四日市の工場で働いていたら…。

 あなたは何ができたでしょうか。周辺住民の健康と生活を守るために、工場の内実を告発できたでしょうか。それとも自分の生活を守るために沈黙を守ったでしょうか。こう考えると、公害問題は歴史ではなく、まさに現代の問題であり、私たちの生き方の問題なのです。

 本書には、当時、大量の硫黄酸化物を排出していた企業で、会社を守ろうとした立場の人、告発に踏み切った人の双方の証言が出てきます。当時を知る人が次第に消えていこうとする現代、「いま取材しなければ、永遠に間に合わない」という焦りが取材班を突き動かしました。

 人々の証言を聞いた取材班は、こう述懐します。<戦争も公害も組織内部では多くの人が「おかしい」と思いながら破局に向け突き進んでしまった。福島原発事故も同じ構図だ>

 (岩波書店・2052円)

 戦中から現代までの経済史秘話を発掘した本紙連載「甦る経済秘史」を再構成。

◆もう1冊 

 半藤一利著『昭和史 戦後篇』(平凡社)。社会風俗や雑誌編集者としての個人史も交えた、語り形式の戦後史。

    −−「書評:人びとの戦後経済秘史 東京新聞中日新聞経済部 編」、『東京新聞2016年09月04日(日)付。

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人びとの戦後経済秘史

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覚え書:「書評:人口と日本経済 吉川洋 著」、『東京新聞』2016年09月04日(日)付。

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人口と日本経済 吉川洋 著

2016年9月4日

 

◆需要をつくる企業家精神

[評者]根井雅弘=京都大教授

 「経済学と人口」は古くて新しい問題である。十八世紀末マルサスは有名な『人口論』のなかで、食料が1、2、3、4…というように等差数列的にしか増加しないのに対して、人口は1、2、4、8…というように等比数列的に増加していくので、人口を抑制しなければ必然的に貧困に陥ると説いた。マルサスの人口法則は後々まで大きな影響を及ぼした。

 ところが、一九三〇年代のケインズが活躍する頃になると、反対に人口の減少が有効需要の減少を通じて雇用機会を奪うことが懸念されるようになった。そして、現代日本も、少子高齢化社会と呼ばれるように、人口の減少が続けば将来深刻な事態を招く恐れがある、としばしば指摘されるようになってきた。ある推計では、現在の人口一億二七〇〇万人が百年後に三分の一となるという。

 だが、著者は、過去の統計や冷静な経済理論に基づけば、日本の未来を人口の減少だけを理由に真っ暗なものとして描くことは間違っていると主張する。産業革命以来、経済成長は人の数ではなくイノベーションによって実現されてきたのであり、高度成長期の日本も例外ではない、と。

 イノベーションというと経済学者シュンペーターの名前が思い浮かぶが、例えば「プロダクト・イノベーション」、つまり新しい商品やサービスの創造は、経済の供給面だけに関係するのではなく、企業家精神の発揮を通じてそれに対する需要を呼び起こすというように、有効需要イノベーションの好循環を実現するというのが著者の持論である。

 もちろん、成長よりも分配のほうが優先されると主張する人たちは昔から存在するが、著者は古今東西偉人の言葉を引きながら、「反成長」や「反経済」にはくみしない。自説とは違う思想にも配慮しながら、慎重に書かれた優れた啓蒙書(けいもうしょ)であり、立場の差を超えて、一読に値する好著である。

 (中公新書・821円)

 <よしかわ・ひろし> 1951年生まれ。立正大教授。著書『デフレーション』など。

◆もう1冊 

 松谷明彦・藤正巖著『人口減少社会の設計』(中公新書)。人口減少を肯定的にとらえ、居住空間や余暇の充実など成熟した将来像を示す。

    −−「書評:人口と日本経済 吉川洋 著」、『東京新聞2016年09月04日(日)付。

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覚え書:「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:中 国民「まとめあげる」道具に」、『朝日新聞』2016年06月15日(水)付。

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憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:中 国民「まとめあげる」道具に

2016年6月15日

 5月2日。ハンガリー首都ブダペストで、トローチャーニ・ラースロー司法相に憲法改正の狙いを尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「グローバル化が進む中で、共同体を守るためにも、我々のアイデンティティーとは何かを決定したということに、新憲法制定の意味がある」

 同じ日、ブダペストから直線で約9千キロ離れた東京。新憲法の制定をめざす超党派議員同盟の集会が開かれ、会長の中曽根康弘首相がこうあいさつしていた。

 「現憲法グローバル化の中で、はたして日本民族が民族たる意味を示しうるかどうか。国を取り巻く時代の状況変化に十分に対応しうるかどうかが従前に増して大きく問われる」

 二人に共通するのは、グローバル化によって民族や共同体アイデンティティーが揺らいでいる、だから憲法で国家や民族のアイデンティティーを規定し、国民統合をはからねばならないという危機感だ。

 【1867年】 オーストリアハンガリー二重帝国の成立/江戸幕府大政奉還

 【2012年】 ハンガリー憲法施行/自民党憲法改正草案を発表

 公演で14年秋にブダペストを訪れた劇作家平田オリザさん(53)の目には、同じ時期に「帝国」となった二つの国の歩みが重なって見えたという。

 「ナショナリズムグローバリズムを接ぎ木した新憲法を作ったハンガリー。同じような改憲草案を政権党が持つ日本。過去の栄光や民族の誇りに訴えかけて国民をつなぎとめ、国民国家を維持しようとしている」

 ハンガリー憲法O(オー)条は、こう規定している。

 「何人も、自己自身に責任を負い、その能力及び可能性に応じて、国及び共同体の任務の遂行に貢献する義務を負う」

 グローバル企業は国境を越え、国に貢献しない。経済成長は頭打ちで、財政赤字は膨らみ、金をばらまくことはできない。トローチャーニ司法相は「福祉国家ではなく、仕事をする義務を果たし、個人が責任をとる社会作りを目指す」と、自己責任を強調する。

 一方、自民草案。「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」(12条)とし、前文は「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り……活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と国家への貢献をうたう。

 家族の共助も強調される。

 自民草案24条が「家族は、互いに助け合わなければならない」とうたえば、ハンガリーの新憲法XVI(16)条は、親の子どもの養育義務に加え、「成人の子は、援助を必要とするその親の世話をする義務を負う」と定める。

 国家はもう面倒をみられないから、自己責任と家族の助け合いでしのいでください――。

 本来、権力を縛るための憲法が、権力によって、国民を都合よくまとめあげる道具として使われようとしている。(編集委員・豊秀一)

    −−「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:中 国民「まとめあげる」道具に」、『朝日新聞2016年06月15日(水)付。

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(憲法を考える)自民改憲草案・ハンガリーで読む:中 国民「まとめあげる」道具に:朝日新聞デジタル


 

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2016-09-23

日記:「自堕落な生活で人工透析やってる連中なんか全員殺せ」(=長谷川豊氏)という「珍説」を撤回することなく、さらに怪気炎の巻

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自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!

【魚拓】自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!(長谷川豊)

人工透析の現場と現実 : 長谷川豊 公式ブログ 『本気論 本音論』

長谷川豊氏に抗議文を送付しました。 | ニュース&トピックス | 一般社団法人 全国腎臓病協議会(全腎協)


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覚え書:「売れてる本 日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [著]矢部宏治 [文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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売れてる本

日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [著]矢部宏治

[文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)  [掲載]2016年09月04日

 

■根源的な問い、まずは直視を

 同じ行為をされても誰がしたかで生理的な好悪が異なるように、人が何かを認識や判断するとき、無意識の偏向バイアス)が生じることは多い。上陸するゴジラを前に無根拠に「自分は大丈夫」とスマホを向けさせるのもそれだ。哲学者ハンナ・アーレントホロコーストでのユダヤ人がなぜ強い抵抗をせず、墓穴を掘り横たわりすらしたかを考える。強大な権力や異常な状況が人の正常な判断力や思考力を奪うのはもちろんだが、同時に、根源的すぎる疑いは、疑う自分自身の来歴や思考システムをも否定しかねない。私たちは無意識に「(これまでの)自分」を守ろうと、思考の前提としてきた情報や認識の書き換えを拒むのだ。

 アーレントを引用して本書が突きつけるのも、そのような驚愕(きょうがく)の、そして根源的な認識の更新である。何しろ“日米安保条約が極東に想定する最大の「攻撃的脅威」は、他ならぬ日本そのもの”で、国連憲章でも事実上日本だけが今なお「敵国」扱いなのだという。日米原子力協定は条文のほとんどが“協定の終了後も引き続き有効”なる隷従的な側面を持ち、大気・土壌・水質の汚染関連法はあえて放射性物質を「汚染」の対象から外していた。日本の誇る憲法九条国連の世界政府構想の亡骸(なきがら)で、その夢がついえた後も日本を武装解除する手段だった。日本語で「国連」と訳されるUnited Nationsはそもそも第二次大戦の「連合国」を意味する言葉である……等々“目から鱗(うろこ)”か我が目を疑う歴史観が、米公文書ウィキリークス、多数の歴史家の著作を基に示され、表題の二件に止(とど)まらず、我々が抱える疑問の多くを解きあかす。

 類書の中で異例の部数は本書の主題への関心と読後の興奮を示すはずだが、だからこそその内容は「見なかったこと」にしたい欲求も誘うだろう。衝撃的過ぎて真偽をめぐる議論すら聞こえてこないが、「トンデモ本」と黙殺するには重い一冊を、まずは冷静に読むべきだ。興奮も不快も賛否も、その後でよい。

    ◇

 集英社インターナショナル・1296円=10刷10万4千部

 2014年10月刊行。矢部氏の近著『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』も3刷3万7千部と支持を得ている。

    −−「売れてる本 日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [著]矢部宏治 [文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)」、『朝日新聞2016年09月04日(日)付。

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日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

覚え書:「著者に会いたい 過去をもつ人 荒川洋治さん [文]赤田康和」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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著者に会いたい

過去をもつ人 荒川洋治さん

[文]赤田康和  [掲載]2016年09月04日

荒川洋治さん=赤田康和撮影


■本を限りなく愛す言葉の達人

 短い文を積み重ねる。リズムも良く、言い切る。難しい言葉は使わない。比喩がスパイスのように、体にしみてくる。評論の名手だ。

 新聞に掲載した書評など読書に関わる62編を集めた本作も荒川流。どうやって書評を書いたのか。手の内を聞くと「最初はざらっと読み、もう一度真剣に読む」。貼っていく付箋(ふせん)も「あらすじは青、引用予定箇所は赤、それ以外は黄色」と色分けしている。

 「相手の中に入っていかないといけない。そして作品世界をほどく」。論じる対象となる本を恋人のように語る。

 「書きながら僕自身が刺激されないといけない、言葉の飛沫(ひまつ)や響きによって」。詩を書くことを「本業」とする人らしい。言葉を精密に制御しつつも、制御を超えて自らの脳内に浮かぶ言葉の力を信じている。「全てが支配された文章はつまらない」

 例えば詩人で作家の高見順の魅力を解剖しようとして浮かんだ言葉は「節理」「文法」。「文の節理が、とてもきれいだ。通常の作家が文章なら、高見順は文法で表現する」

 詩壇では学識を表現の武器にする詩人を「IQ高官」と呼ぶなど辛口で知られるが、本作でも毒を発揮する。「いまは、時代と合わせる人ばかり」。それらしく見える長い文章の批評について、「よく見ると、実は何ひとつ書かれていないことが多い」。

 『過去をもつ人』という題は高見順の短編の登場人物の評から。「出来事が検証もされないまま、次々過去に流されていく。そんな時代の空気に抗したい」という思いも。「本には過去をつなぎとめる力がある。書評するほど世界が広がっていく」。本を限りなく愛する書評職人である。

    ◇

 みすず書房・2916円

    −−「著者に会いたい 過去をもつ人 荒川洋治さん [文]赤田康和」、『朝日新聞2016年09月04日(日)付。

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荒川 洋治
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覚え書:「著者に会いたい 「戦後日中関係と同窓会」 佐藤量さん [文]今村優莉」、『朝日新聞』2016年05月01日(日)付。

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著者に会いたい

「戦後日中関係と同窓会」 佐藤量さん

[文]今村優莉  [掲載]2016年05月01日

 

■日本に人生を翻弄された人々

 旧満州中国東北部)の日本人学校に通った中国人は、戦後どのような人生を送ったのか。本書は、人類学を専攻する佐藤量さん(立命館大講師)がマイノリティーに注目していった結果生まれた。「『中国人反日教育を受けている』という見方がはやるが、日本と関わったことで人生を翻弄(ほんろう)された人がいたことを知って欲しい」と語る。

 大学生の時、夏目漱石随筆「満韓ところどころ」の植民地への蔑視的表現に驚いた。満州について調べ始め、ある男性と出会う。朝鮮で生まれ、創氏改名を受けて「日本人」となり、大連に移って日本人学校に通う。戦後は中国籍を取得するが、文化大革命で迫害を受け……。「こんな人がいたんだ、と衝撃でした」

 関東州(現大連)には60余りの日本人学校があったことも知る。1学級40人中、中国人は5人ほど。日本との懸け橋役を期待されたエリートたちだが、戦後は日本のスパイと呼ばれた。満鉄系の鉄工所勤務者も多く、中国が重工業に力を入れ始めた1950年代は逆に重宝されるも、その後、文革の荒波にもまれる。

 歴史に振り回された彼らの心のよりどころが「同窓会」だった。単なる親睦団体ではない。職探しや記憶を共有するため「なくてはならない」存在だったと佐藤さんは見る。10の同窓会、約40人に取材し、数百の同窓会誌を読み込んだ。本書には、こっそり集まり日本語の校歌を歌ったエピソードなどをつづる。

 心の傷が生々しく残る人がいる一方で、自身の教え子は「満州って日本人がいたんですか」と聞く。「今の日本は歴史をきちんと教えていない。日中間にある多面的な背景を知ることから理解は始まる」

 (彩流社・3888円)

 (文と写真・今村優莉

    −−「著者に会いたい 「戦後日中関係と同窓会」 佐藤量さん [文]今村優莉」、『朝日新聞2016年05月01日(日)付。

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戦後日中関係と同窓会
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覚え書:「憲法を考える:9条の根源 哲学者・柄谷行人さん」、『朝日新聞』2016年06月14日(火)付。

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憲法を考える:9条の根源 哲学者柄谷行人さん

2016年6月14日

「なぜ日本に9条があるのか、どうして改憲できなかったのか、誰もが一度きちんと考えてほしい」=早坂元興撮影

 

 憲法改正論の本丸が「戦争放棄」をうたった憲法9条にあることは明らかだ。自衛隊米軍と合同演習をするような今日、この条文は非現実的という指摘もある。だが、日本人はこの理念を手放すだろうか。9条には別の可能性があるのではないか。9条の存在意義を探り、その実行を提言する柄谷行人さんに話を聞いた。

 ――安倍晋三首相歴代首相と違い、憲法改正の発議に必要な議席数の獲得をめざす意向を公にしています。改憲に慎重な国民は参院選の行方を懸念していますが、柄谷さんは講演などで「心配には及ばない」といっています。

 「昔から保守派改憲を唱えていましたが、いざ選挙となるとそれについて沈黙しました。改憲を争点にして選挙をやれば、負けるに決まっているからです。保守派はこれを60年以上くりかえしているのです。しかし、なぜ9条を争点にすると負けてしまうのかを考えず、この状態はそのうち変わると考えてきたのです。それでも、変わらない。事実、改憲を唱えていた安倍首相が、選挙が近づくと黙ってしまう」

 「実は、そのようなごまかしで選挙に勝っても、そして万一、3分の2の議席をとったとしても、改憲はできません。なぜなら、その後に国民投票があるからです。その争点は明確で、投票率が高くなる。だから負けてしまう。改憲はどだい無理なのです」

    ■     ■

 ――安倍政権は今のところ憲法を変えられないので、解釈改憲して安全保障関連法を整え「海外派兵」できる体制を作った。そうなると9条は形だけになりますね。

 「しかし、この『形』はあくまで残ります。それを残したままでは、軍事活動はできない。訴訟だらけになるでしょう。だから、どうしても改憲する必要がある。だけど、それはできないのです」

 ――なぜ9条は変えられないといえるのですか。

 「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識はたんに意識されないものであり、宣伝その他の操作によって変えることができます」

 「それに対して、私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが、それは状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイト超自我について、外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています」

 「超自我は、内にある死の欲動が、外に向けられて攻撃欲動に転じたあと、さらに内に向けられたときに生じる。つまり、外から来たように見えるけれども、内から来るのです。その意味で、日本人の超自我は、戦争の後、憲法9条として形成されたといえます」

 ――9条は占領軍敗戦国日本にもたらしましたが、日本人が戦争体験の反省から作ったと考える人もいます。そうではないと。

 「9条は確かに、占領軍によって押しつけられたものです。しかし、その後すぐ米国再軍備を迫ったとき、日本人はそれを退けた。そのときすでに、9条は自発的なものとなっていたのです」

 「おそらく占領軍の強制がなければ、9条のようなものはできなかったでしょう。しかし、この9条がその後も保持されたのは、日本人の反省からではなく、それが内部に根ざすものであったからです。この過程は精神分析をもってこないと理解できません」

 「たとえば、戦後の日本のことは、ドイツと比較するとわかります。ドイツは第2次大戦に対する反省が深いということで称賛されます。が、ドイツには9条のようなものはなく徴兵制もあった。意識的な反省にもとづくと、たぶんそのような形をとるのでしょう」

 「一方、日本人には倫理性や反省が欠けているといわれますが、そうではない。それは9条という形をとって存在するのです。いいかえれば、無意識において存在する。フロイトは、超自我個人心理よりも『文化』において顕著に示される、といっています。この場合、文化は茶の湯生け花のようなものを意味するのではない。むしろ、9条こそが日本の『文化』であるといえます」

    ■     ■

 ――近著では、戦後憲法の先行形態は明治憲法ではなく「徳川の国制」と指摘していますね。

 「徳川時代には、成文法ではないけれども、憲法(国制)がありました。その一つは、軍事力放棄です。それによって、後醍醐天皇が『王政復古』をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。それが『徳川の平和(パクストクガワーナ)』と呼ばれるものです。それは、ある意味で9条の先行形態です」

 「もう一つ、徳川は天皇を丁重にまつりあげて、政治から分離してしまった。これは憲法1条、象徴天皇制の先行形態です。徳川体制を否定した明治維新以後、70年あまり、日本人は経済的・軍事的に猛進してきたのですが、戦後、徳川の『国制』が回帰した。9条が日本に根深く定着した理由もそこにあります。その意味では、日本の伝統的な『文化』ですね」

 ――9条と1条の関係にも考えさせられます。現在の天皇皇后は率先して9条を支持しているように見えます。

 「憲法の制定過程を見ると、次のことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので、何をおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。彼がとったのは、歴代の日本の統治者がとってきたやり方です。ただ当時、ソ連連合軍諸国だけでなく米国の世論でも、天皇戦争責任を問う意見が強かった。その中であえて天皇制を存続させようとすれば、戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです」

 「だから、最初に重要なのは憲法1条で、9条は副次的なものにすぎなかった。今はその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし、1条と9条のつながりは消えていません。たとえば、1条で規定されている天皇皇后が9条を支援している。それは、9条を守ることが1条を守ることになるからです」

    ■     ■

 ――憲法9条はカントの「永遠平和のために」、またアウグスティヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それが他ならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。

 「私は、9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも、なぜそれが日本に、という謎が残ります。日本人が9条を作ったのではなく、9条のほうが日本に来たのですから。それは、困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」

 ――日本は国連安全保障理事会常任理事国入りに熱心ですが、それは9条とどう関係しますか。

 「今の国連常任理事国になる意味はありません。しかし、国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば、すぐ常任理事国になれます。9条はたんに武力放棄ではなく、日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し、それがこれまで第2次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連カント理念に近づくことになる。それはある意味で、9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」

 ――現状では、非現実的という指摘が出そうです。

 「カントヘーゲルから現実的ではないと批判されました。諸国家連邦は、規約に違反した国を処罰する実力をもった国家がなければ成り立たない。カントの考えは甘い、というのです」

 「しかし、カントの考える諸国家連邦は、人間の善意や反省によってできるのではない。それは、人間の本性にある攻撃欲動が発露され、戦争となった後にできるというのです。実際に国際連盟国際連合、そして日本の憲法9条も、そのようにして生まれました。どうして、それが非現実的な考えでしょうか」

 「非武装など現実的ではないという人が多い。しかし、集団的自衛権もそうですが、軍事同盟がある限り、ささいな地域紛争から世界規模の戦争に広がる可能性がある。第1次大戦がそうでした」

 ――無意識が日本人を動かすとすれば、国民はどう政治にかかわっていくのでしょう。

 「日本では、ここ数年の間に、デモについての考え方が変わったと思います。これまでは、デモと議会は別々のものだと思われてきた。しかし、どちらも本来、アセンブリー(集会)なのです。デモがないような民主主義はありえない。デモは議会政治に従属すべきではないが、議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして、議会選挙をやればいいのです」

 「現在はだいたい、そういう感じになっています。野党統一候補などは、デモによって実現されたようなものです。このような変化はやはり、憲法、とりわけ9条の問題が焦点になってきたことと関連していると思います」

 (聞き手・依田彰)

    *

 からたにこうじん 1941年兵庫県生まれ。69年、文芸批評家としてデビュー。著書に新刊「憲法の無意識」のほか、「世界共和国へ」「世界史の構造」など。

    −−「憲法を考える:9条の根源 哲学者柄谷行人さん」、『朝日新聞2016年06月14日(火)付。

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(憲法を考える)9条の根源 哲学者・柄谷行人さん:朝日新聞デジタル





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2016-09-22

覚え書:「文化の扉:アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信」、『朝日新聞』2016年06月12日(日)付。

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文化の扉:アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信

2016年6月12日

アイヌ文化、世界へ<グラフィック・小倉誼之>

写真・図版

 2020年の東京五輪パラリンピックの開催に合わせ、アイヌ文化を世界に発信しようという政策が進んでいます。日本の先住民族として独自の文化を守ってきたアイヌの人たち。長い苦難の歴史がありました。

 「アイヌ」とは、アイヌ語で「人間」を意味する言葉。アイヌ民族の人たちは北海道を中心に東北地方千島列島カムチャツカ半島南端樺太南部などの地域で暮らしてきた。暮らしは自然と共にあり、漁狩猟や植物採集を生業とした。固有の文字を持たず、カムイ(神)の物語などは独特な節を付けた口承文芸で伝えてきた。ラッコやトナカイ、シシャモなどの言葉はアイヌ語が基だ。

 アイヌ文化が形成されたのは12〜13世紀ごろ。中でもカムイとの関わりは重要だ。動物や植物、天変地異など周囲の全てに魂や霊が宿っていると考える。つまり、ものや現象は神々がその役割を果たすために化身して天上から舞い降りているのだ。

 ヒグマも神の化身。毛皮や肉などに解体した後は、神を元の世界に帰すための儀式を行う。北海道アイヌ協会の貝澤和明事務局長は「神には再びクマとして戻ってきてもらいたいとの願いが込められている。循環の思想だ」と話す。

     *

 アイヌの人たちは、本州の和人からエミシ、エゾ(蝦夷)と呼ばれてきた。古くは「日本書紀」に、阿倍比羅夫が遠征して「蝦夷(えみし)」を討つとある。和人の勢力は次第に東北北部へと拡大し、15世紀半ばからは、北海道へ多くが移住した。和人とのあつれきから争いが頻発。だが、コシャマインの戦い(1457年)、シャクシャインの戦い(1669年)で和人に敗北し、1789年の戦いを最後に服従は決定的になった。

 支配体制が確立していく17〜19世紀にかけて、和人による「アイヌ絵」も盛んに描かれた。北海道大学アイヌ先住民研究センターの佐々木利和客員教授は「あくまでも和人の目を通したもので見たままを描いているわけではないので注意が必要だ。偏見や差別意識に基づいて描かれたものも多い」と指摘する。

     *

 いま、国は北海道白老町に、国立博物館の建設などを計画する。開館は東京五輪が開催される2020年度。多文化共生をアピールする。

 だが、国がアイヌ民族先住民族と位置づけ、文化の保護に乗り出したのは最近のことだ。

 アイヌ文化振興法が制定されたのは1997年。この年、明治以降の同化政策の柱となった北海道旧土人保護法がようやく廃止された。先住民族に対する国際世論の高まりなどを受け、国は2009年に「アイヌ総合政策室」を設置、五輪開催と軌を一にした文化発信へようやく動きだした。

 アイヌ民族が運営するアイヌ民族博物館白老町)の野本正博館長は「観光のためにエキゾチックさを求められ誇りを失っていた時期もあった」という。また、アイヌ民族であることに関心の低い若い世代も増えているといい「今後は伝統を守りつつも、自由な発想で現在進行形のアイヌ文化を発信していきたい」と話す。(塩原賢)

 ■新鮮な驚き、そのまま描く 漫画家野田サトルさん

 北海道には23歳くらいまで住んでいましたが、身近にアイヌの方はいませんでした。マンガ「ゴールデンカムイ」を描くにあたり、道内の主要なアイヌ関係の施設はほぼ回ったと思います。アイヌ文化は知らないことばかりだったので、新鮮な驚きをそのまま作品を通じて伝えられているのかなと思います。

 和人もアイヌも、同じ人間であるということは常に意識しています。必要以上に善人だったり、卑屈な人物だったりという描き方はしません。アイヌはこの作品の重要なモチーフで真摯(しんし)に向き合うべきものですが、読者を楽しませることだけを考えています。アイヌの方から「『ゴールデンカムイ』を読んでないアイヌはいない」と言われたのはうれしかったですね。

 彫刻や刺繍(ししゅう)に魅せられています。民具は作画の資料でもありますが半分趣味で集めています。

 <訪ねる> 北海道白老町アイヌ民族博物館は、ポロト湖畔にアイヌ民族の家(チセ)や倉庫、祭壇が立ち並び、コタン(集落)の様子を再現。チセ内で1時間に1回(1日計8回)、コタンの解説やアイヌ古式舞踊の公演がある。約6千点の民族史料を収蔵する。国は「民族共生象徴空間」として、この施設の周辺に国立博物館体験・交流ゾーンなどを整備する予定。道内にはほかにも、萱野茂二風谷アイヌ資料館(平取町)、二風谷アイヌ文化博物館(同)や札幌市アイヌ文化交流センターなどアイヌ文化関連施設が各地にある。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「ドラゴンクエスト」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。

    −−「文化の扉:アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信」、『朝日新聞2016年06月12日(日)付。

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(文化の扉)アイヌ文化、世界へ カムイの思想、五輪に向け発信:朝日新聞デジタル




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覚え書:「北の富士流 [著]村松友視 [評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2016年08月28日(日)付。

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北の富士流 [著]村松友視

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)  [掲載]2016年08月28日   [ジャンル]歴史 人文 

 

■数字で評価できない人間的魅力

 1972年1月場所8日目、横綱北の富士関脇貴ノ花の一番を、小学3年だった私はテレビで観戦していた。北の富士が外掛けで倒そうとしたところを貴ノ花が捨て身の上手投げで返し、北の富士の右手が先についた。行司の軍配は貴ノ花に上がったが、物言いがついた。その結果、「体が死んでいるときは、かばい手といって負けにならない」というルールが適用され、軍配差し違えで北の富士の勝ちとなった。

 土俵に上がった審判委員と行司の協議は異様に長かった。「かばい手」という決まり手も聞いたことがなかった。貴ノ花応援していた私は、判定に納得がいかなかった。

 北の富士のしこ名を聞いて思い出すのは、この場面である。前年に名横綱大鵬が引退し、北の富士のライバル玉の海が急死したことで、横綱北の富士だけになっていた。当時の相撲界は、もう一人の名横綱北の湖が現れるまでの過渡期であった。「かばい手」で勝ちを拾ったにもかかわらず7勝7敗1休だったことに象徴されるように、横綱とは言い難い成績で終わった場所も少なくなかった。

 しかし村松友視にとってそんなことは百も承知のはずだ。優勝回数などのわかりやすい数字によってしか大相撲力士評価されない風潮に異を唱えるかのように、著者は関係者への取材を重ねつつ、長きにわたって人間的魅力を放ち続ける「北の富士流」の生き方に迫ろうとする。その魅力は、著者のようなすぐれた作家の筆力によってしか表現され得ないものだ。現役時代の成績など、「北の富士流」全体のなかではごく一部を占めるにすぎないことが、本書からはひしひしと伝わってくる。

 いまや大鵬北の湖ばかりか、北の富士自身が親方として育てた名横綱千代の富士も亡くなってしまった。角界に身を捧げた男たちの人生の明暗について、深く考えずにはいられなくなる一冊である。

    ◇

 むらまつ・ともみ 40年生まれ。作家。著書に『私、プロレスの味方です』『時代屋の女房』(直木賞)など。

    −−「北の富士流 [著]村松友視 [評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞2016年08月28日(日)付。

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北の富士流
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覚え書:「陸王 [著]池井戸潤 [評者]市田隆(本社編集委員) 」、『朝日新聞』2016年08月28日(日)付。

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陸王 [著]池井戸潤

[評者]市田隆(本社編集委員)  [掲載]2016年08月28日   [ジャンル]文芸 

 

■保証なき道進む中小企業の不安

 ベストセラーとなった『下町ロケット』シリーズと同じく、新技術による商品開発を目指す中小企業の物語。今回の池井戸作品でも熱い人間ドラマに心を揺さぶられた。一つ一つの企業小説がマンネリに陥らず、読者を魅了し続けるのはなぜだろう。

 埼玉県行田市足袋メーカー「こはぜ屋」は、正社員とパート計27人の企業。創業百年の老舗だが、時代の流れの中で売り上げはジリ貧。社長の宮沢紘一はふとしたきっかけから、自社の地下足袋を応用してランニングシューズに新規参入できないか、と思いつく。「伝統を守るのと、伝統にとらわれるのとは違う。その殻を破るとすれば、いまがそのときではないか」

 素敵(すてき)な言葉だが、現実は甘くない。商品開発は障害多く、展望は開けない。新規事業に協力的な取引銀行担当者が登場するが、この場合、融資を渋る銀行の上役の判断のほうが妥当に思えるほど状況は厳しい。

 本作では、ライバルの大手メーカーとの競争より、暗がりの中を手探りで進むような時期の描き方に、池井戸作品が読者に訴えかける力があることを改めて感じた。大手メーカーを退職後、シューズ開発のアドバイザーとしてこはぜ屋に協力する村野尊彦は、苦境にある宮沢社長にこう言う。

 「進むべき道を決めたら、あとは最大限の努力をして可能性を信じるしかない。でもね、実はそれが一番苦しいんですよ。保証のないものを信じるってことが」

 商品開発に打ち込むが、わいてくる不安にさいなまれる宮沢の心理描写が秀逸だ。保証がない中小企業のリアルな姿が小説にあるからこそ、努力の結実も重みを持ってくる。

 やがて、こはぜ屋の社運をかけたシューズ開発にかける思いと、人生をかけて走るマラソンランナーの思いが交錯していく。そこに至るまでの苦しみが実感できることが、奥深い小説世界を生んでいる。

    ◇

 いけいど・じゅん 63年生まれ。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2011年『下町ロケット』で直木賞

    −−「陸王 [著]池井戸潤 [評者]市田隆(本社編集委員) 」、『朝日新聞2016年08月28日(日)付。

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書評:陸王 [著]池井戸潤 - 市田隆(本社編集委員) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト








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覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 「人は人」、親子関係も風通し良く 斎藤環さん [文]斎藤環」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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悩んで読むか、読んで悩むか

「人は人」、親子関係も風通し良く 斎藤環さん

[文]斎藤環  [掲載]2016年09月04日

さいとう たまき 61年生まれ。精神科医で批評家。筑波大学教授。『オープンダイアローグとは何か』(著・訳)など


■相談 家で機嫌が悪い中2の息子

 中学2年の息子が機嫌が悪いことが多く、家で暴言を吐いたり物にやつあたりしたりします。妹たちや親のふるまいにイライラしている様子です。家族も疲弊してしまいます。どんな本を薦めれば、彼のイライラを少しでも減らせるでしょうか。息子は新聞を毎日読んでいるので、もし掲載されれば「自分のことかも」と思ってくれると期待しています。(横浜市、会社員女性・40歳)

■今週は斎藤環さんが回答します

 お母様のお気持ちは良くわかりますが、わが子に新聞紙面を通じてメッセージを送るとは……専門家のはしくれとして言わせていただければ、親御さんのそういう操作的にみえる姿勢にも、息子さんのいら立ちの原因があるのかもしれません。とりあえずお母様には拙著『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』(ちくま文庫・842円)をお薦めしておきます。そこに思春期の心に配慮した接し方については詳しく書いておきましたので。

 私は、思春期の子を持つ親御さんには「子離れのタイムスケジュール」設定をお勧めしています。何歳まで親として面倒を見るか。例えば「25歳まで」などと決めたら、息子さんにもそう伝えておきましょう。なに、「親ウザい」と感じはじめる年頃ですから、別に傷つきはしません。

 そのうえで、お子さんと一緒に読んで欲しい本があります。『その島のひとたちは、ひとの話をきかない』です。精神科医の森川すいめいさんが全国の自殺希少地域(自殺が少ない自治体)を探訪した記録です。面白いのは、自殺が少ない地域では「人のつながりが弱い」とか「助けを求めることが恥ではない」みたいな地域特性があるんですね。

 そういう特性はもちろん一様ではありませんが、私の読んだ印象では、全般的に人のつながりが緩やかで、気軽に助けたり助けられたりする関係があって、よく対話するけれども「人は人、自分は自分」という距離感もある。個人を大切にするので人間関係の風通しが良いんです。

 親子関係にも必要なことではないでしょうか。相手にあるべきイメージを押しつけたり、親切の見返りを求めたりする関係は、とても息苦しい。「いつかは終わる関係」とお互いに思えたら、親子関係の風通しもずいぶん良くなるように思います。

 もしこの本が面白かったら、元ネタとなった岡檀(まゆみ)さんの著書『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(講談社・1512円)もあわせて読んでみることをお勧めします。

    ◇

 次回(9月11日)は作家の山本一力さんが答えます。

    ◇

 住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。

    −−「悩んで読むか、読んで悩むか 「人は人」、親子関係も風通し良く 斎藤環さん [文]斎藤環」、『朝日新聞2016年09月04日(日)付。

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オープンダイアローグとは何か
斎藤環
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覚え書:「18歳をあるく:自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした」、『朝日新聞』2016年06月12日(日)付。

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18歳をあるく:自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした

2016年6月12日

「『こうしたらいいじゃん!』ってみんなで気軽に話し合って、動くことが政治につながる」。生徒会室で、仲間と談笑する風間一樹さん(中央)=金川雄策撮影

 テレビには、国会前で「選挙に行こうよ」とコールする若者たちの姿が映し出されていた。キラキラ活動しているのって同世代の1%だよなあ――。

 《ぶっちゃけ、同じ年代で選挙のことなんてほとんど話したことがない》

 神奈川県逗子市の高校3年生風間一樹さん(18)は、自身の思いを書き込んだ。「偏差値40台の高校に通う高校生のブログ」と題し、1カ月で10万ビューを集める。地方と首都圏の教育の違いを知ろうと愛知県碧南市の女子高校生と話したり、東大生と話したり。独自の動画も載せる。

 夏の参院選までに18、19歳になる人を対象にした朝日新聞の全国世論調査で、参院選に「関心がない」と答えた人は6割近い。

 風間さんが18歳選挙権の話題を振ってみても、「え? それよりスマホのさぁ」。話すことと言えばゲーム、恋愛の話ばかりだ。

 自由な校風にひかれて入った県立高校で昨秋、生徒会長に選ばれた。生徒会として声を聞こうと目安箱を設置すると、月50件ほど寄せられるようになった。「雨や事故の渋滞でバスが遅れた時は、欠席扱いにしないでほしい」。8割を占めた要望を受け、先生に掛け合うと、「状況に応じて配慮する」ということになった。

 内閣府の13〜29歳を対象にした調査(2013年度)で、「政策決定過程への参加で、社会現象が変えられるかもしれない」という問いに、「どちらかといえば」も含め半数が「そう思わない」と答えた。でも、選挙に興味がない友だちも学校の問題には声を上げ、学校を変えられた。「周りを見渡して問題提起したり解決したりすることが政治につながる。解決ができる希望が見えれば、政治に関心が持てる」。風間さんは思う。

 (貞国聖子)

 ■低い投票率は「伸びしろ」

 ふとしたきっかけで「政治」に踏みだし、周囲の後押しで思わぬ方向へ転がり出す。すると社会の変革はおぼろげながら、具体的な形となって見えてくる。

 大学生の森脇留美さん(21)と吉田京加さん(19)は昨夏、NPOの主催する議員インターンに応募した。特に政治に興味があったわけではない。「先生が、選挙には必ず行ってくださいと言っていたので、その前に勉強したいと思って」。鎌倉市議の永田磨梨奈さん(33)のところで2人は出会い、市議会に傍聴に出かけた。

 ところが……

 「何を話しているのかまったくわからなかった」。なぜだろう。立てた仮説が、「若者の政治離れで投票率が下がり、若者を重視する議員があまり当選しないから、若者に親しみのある話が出ない」。実際、前回2013年の鎌倉市議選では、20代の投票率は約26%しかなかった。2人は永田さんの紹介で地元のコミュニティーFMで問題意識を話し、10月には鎌倉市まちづくりネットワーク、「カマコン」の定例会議で「若者の投票率を上げるにはどうしたら?」と意見を募った。

 2人のもとに多くの大人がやってきた。「考えていなかったようなアイデアがポンポン出て面白かったし、本当にできるかも、って思えた」(吉田さん)

 5月29日の会議。「投票率が低いということは、上がる余地がめちゃめちゃある。日本記録を作ろうとか盛り上げられないかな」「同窓会を投票日に合わせて、待ち合わせを投票所の前で、というのは?」。彼女たちを大人が囲んで議論を交わした。今めざすのは、来春の市議選だ。2人は「若者の投票率が上がって、県、全国へと広がって行けばいいな」(森脇さん)と前を見ている。

 (秋山訓子)

 ■身近な実験積み重ねて 宇野重規東大教授(政治思想史)

 18、19歳の有権者は240万人で、有権者の2%程度しかない。彼らが選挙を通じて社会を変えたいと思っても、数だけでいえば難しい。しかも社会保障高齢者に手厚く、負担は先送りされがちだ。18歳世代は難しい立場に置かれているのは間違いない。

 じゃあ何もできないかと言えばそんなことはない。たとえば重要だと思う社会課題があれば、自分たちで解決策を提案してみる。うまくいけば、それを見た政府がまねをして制度化、予算をつける。NPOで病児保育の解決を図る若者など具体例はたくさんある。

 今の若い人たちには社会的な関心が強い人が多い。不景気な世に育ち、ごく自然に社会の役に立ちたいと思っている。かつての70年安保などでは、大義を掲げ社会を変えようとした。今は違う。肩ひじ張らず、活動が日常に根差している。

 これまで政治は、代議制民主主義にかたより過ぎていたが、政治はもっと幅広い。自分たちで社会を変えようとする行動はすべて政治だ。学校も社会だし、ゴミ拾いも変革の一つだ。

 若者が身近なところで異議申し立てをして、ネットを使って社会変革の種をまく。それを大人応援する。自分たちの力で社会を変える小さな実験の一つ一つが政治だ。

 まずは日常で少しジャンプしてみる。自分が必要とされていることを感じながら小さな成功体験を得る。それが重なった時、社会は変わる。未来への希望はここにあると思う。

 (聞き手・秋山訓子)

    *

 うの・しげき 1967年生まれ。専門は政治思想史、政治哲学社会的企業地方自治民主主義のあり方なども研究テーマ。著書に「民主主義のつくり方」「政治哲学的考察――リベラルソーシャルの間」など。

 ■ワタシの政治、語る難しさ

 政治って何だと思いますか? 取材で多くの18歳に聞いた。「国とかわからないですけど……」と言いながら、「ワタシの政治」を答えてくれた。「で、記者さんは何だと思います?」と問われた。絶句。口をパクパクさせて何かしゃべった記憶があるが、私の「ワタシの政治」を私は語れなかった。情けないが今もうまく言えない。

 (高久潤・35歳)

    −−「18歳をあるく:自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした」、『朝日新聞2016年06月12日(日)付。

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(18歳をあるく)自分が動けば、変わるんだ 目安箱、学校を動かした:朝日新聞デジタル





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