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Essais d’herméneutique このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2050-11-18

はじめに……

アカデミズム底辺で生きる流しのヘタレ神学研究者・氏家法雄による神學、宗教學、倫理學、哲學の噺とか、人の生と世の中を解釈する。思想と現実の対話。

2010年11月25日より「はてな」に雑文を移項いたしますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

ついでですのでひとつ。

絶賛求職ちう。

過去(2007年8月28日〜2010年11月24日)の雑文は以下のURLより閲覧できます。

引っ越しがうまくいけばこちらへ完全移行の予定。

当分はココログと併用いたします。

Essais d’herméneutique

氏家法雄のブクログは以下のURLから閲覧できます。

ujikenorioの本棚 (ujikenorio) - ブクログ


f:id:ujikenorio:20111229153022j:image

2017-03-21

覚え書:「日本会議 『理想はサザエさん一家』啓発 24条改正巡り」、『毎日新聞』2016年11月03日(木)付。

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日本会議

「理想はサザエさん一家」啓発 24条改正巡り

毎日新聞2016年11月3日

憲法改正を訴える日本会議や関連団体の頒布物=東京都千代田区で2016年11月2日撮影

 改憲運動を展開している保守団体「日本会議」(田久保忠衛会長)は、憲法24条を改正すべきだとの主張を強めている。背景には伝統的な家族を理想とする心情がにじむ。家族のあり方は憲法で定めるべきか−−。

<24条改憲>公助から自助へ 「家族助け合い」は弊害

 「サザエさんが今も高い国民的人気を誇るのはなぜでしょう」。日本会議の関連団体が制作した啓発DVDの一場面。ナレーターは24条により家族の解体が進んだ結果、さまざまな社会問題が起きているとして、3世代同居のサザエさん一家を理想と持ち上げた。

 「個人の尊重や男女の平等だけでは祖先からの命のリレーは途切れ、日本民族は絶滅していく」。日本会議の政策委員を務める伊藤哲夫氏は9月、埼玉県内の講演で、改憲テーマの一つとして24条を取り上げた。安倍晋三首相のブレーンも務める伊藤氏は「家族の関係を憲法にうたうべきだ」と力説した。

 こうした家族観は自民党改憲草案や安倍政権と通底する。首相は先月5日、国会で「家族は社会の基礎を成す基盤。憲法にどう位置づけるかは議論されるべきだ」と答弁した。

 改憲に意欲を燃やす首相と、それを支える日本会議。両者が24条に言及したことで、9月に発足した市民運動「24条変えさせないキャンペーン」は警戒感を強めている。呼びかけ人の一人、山口智美・米モンタナ州立大准教授文化人類学)は「憲法で家族を定義し、法律があるべき家族像を示すことは、単身者や子供のない人、性的少数者など多様であるべき生き方を否定し、人権を侵害することにつながりかねない」と指摘している。【川崎桂吾】

    −−「日本会議 『理想はサザエさん一家』啓発 24条改正巡り」、『毎日新聞2016年11月03日(木)付。

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日本会議:「理想はサザエさん一家」啓発 24条改正巡り - 毎日新聞





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覚え書:「子どもの本棚 「ニット帽の天使 プロイスラーのクリスマス物語」 [文]越高一夫(ちいさいおうち書店店長)」、『朝日新聞』2016年11月26日(月)付。

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子どもの本棚

「ニット帽の天使 プロイスラークリスマス物語」

[文]越高一夫(ちいさいおうち書店店長)   [掲載]2016年11月26日

 「ニット帽の天使 プロイスラークリスマス物語」(さ・え・ら書房=新刊)

 名作「クラバート」で知られる作家と画家の名コンビが贈るクリスマスの短編集。心あたたまる七つのお話が入っています。聖なる夜、登場人物たちのもとに起こった不思議な出来事とは――=小学校高学年から(オトフリート・プロイスラー作、ヘルベルト・ホルツィング絵、吉田孝夫訳、1400円=税抜き)

 「サンタクロースと小人たち」(偕成社=既刊)

 フィンランドの山奥にサンタクロースのおじいさんがたくさんの小人たちと一緒に住んでいると考えただけでうれしくなってきませんか。この絵本にはサンタクロースと小人たちの生活ぶりがユーモアたっぷりに描かれています。「よい子のリスト」にのらなくてもプレゼントはもらえるのでしょうか?!=5歳から(マウリ・クンナス作、稲垣美晴訳、1800円=税抜き)

     ◇

 もうすぐ冬休みやクリスマス。選者の皆さんに「ぬくもり」をテーマに本を選んでもらいました。家族と一緒に読んでみてはいかがですか。

    −−「子どもの本棚 「ニット帽の天使 プロイスラークリスマス物語」 [文]越高一夫(ちいさいおうち書店店長)」、『朝日新聞2016年11月26日(月)付。

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「ニット帽の天使 プロイスラーのクリスマス物語」 - 越高一夫(ちいさいおうち書店店長)  - 子どもの本棚 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト



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覚え書:「子どもの本棚 「レイン 雨を抱きしめて」 [文]さくまゆみこ(翻訳家)」、『朝日新聞』2016年12月24日(月)付。

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子どもの本棚

「レイン 雨を抱きしめて」

[文]さくまゆみこ(翻訳家)  [掲載]2016年12月24日

 

 父親と暮らす5年生のローズは高機能自閉症と診断され、周囲にうまく適応できない。拾ってきた犬のレインが友だちだが、ハリケーンで行方不明に。必死の捜索で見つかった後の勇気あるローズの行動が、周りの状況を変えていく。自分がほかの大勢とはどこか違うと感じている子どもたちに、元気をくれる本。

    −−「子どもの本棚 「レイン 雨を抱きしめて」 [文]さくまゆみこ(翻訳家)」、『朝日新聞2016年12月24日(月)付。

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覚え書:「子どもの本棚 「ローラとつくるあなたのせかい」 [文]兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当)」、『朝日新聞』2016年12月24日(月)付。

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子どもの本棚

「ローラとつくるあなたのせかい」

[文]兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当)  [掲載]2016年12月24日

 

 自分だけの世界をつくるとしたらどうする? ローラに導かれて、決まり事なんてない自由手法で描かれた絵本の世界で遊びましょう。想像力は生きることを豊かにしてくれます。何にもとらわれず、自分の感性を信じることの大切さが伝わってくる絵本。私だったら、どんな世界ができるかなあ! さっそく、はじめよう!

    −−「子どもの本棚 「ローラとつくるあなたのせかい」 [文]兼森理恵(丸善丸の内本店児童書担当)」、『朝日新聞2016年12月24日(月)付。

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覚え書:「憲法を考える 押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず」、『朝日新聞』2016年11月04日(金)付。

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憲法を考える 押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず

2016年11月4日

(1面から続く)

 日本国憲法公布を報じた1946年11月4日付、朝日新聞朝刊1面(東京本社版)。「歴史の日・新憲法公布」「十萬人の大唱和」の見出しが躍り、写真は、皇居前の祝賀大会に集まった群衆昭和天皇の姿を伝える。

 「押しつけ憲法論」が政党や民間団体の間で広がりを見せ始めたのはそれからわずか6年後、独立回復した52年ごろからだ。55年に保守合同で誕生した自民党は政綱で「現行憲法の自主的改正」を掲げ、改憲を目指す岸信介政権は57年、内閣の下に憲法調査会(高柳賢三会長)を発足させた。

 最大の焦点は、「押しつけ」の評価だった。

 45年10月に立ち上げた憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)で明治憲法改正作業を進めたものの微修正にとどまったため、日本側は連合国軍総司令部(GHQ)から手渡された草案をもとに憲法改正案の起草を余儀なくされた――。

 ■単純でない事情

 調査会の下につくられ、経緯の評価を託された「憲法制定の経過に関する小委員会」は64年7月、781ページに及ぶ膨大な報告書を提出し、「事情は決して単純ではない」として、「この報告書の全編を通じて、事実を事実として判読されることを期待する以外にない」と結論づけた。

 報告書は、押しつけだといえる事情として(1)原文が英文で日本政府に交付された(2)手足を縛られたポツダム宣言受諾に引き続く占領下で憲法が制定された、を挙げた。一方、民間の「憲法研究会」の案がGHQに参照された事情なども踏まえ、日本国民の意思も部分的に織り込んで制定された憲法だということも否定できないとした。

 「押しつけだからだめ」でも、「押しつけではない」でもない。単純な押しつけ論には立たない――。膨大なエネルギーを使い、押しつけ議論に区切りをつけた報告書。以降、押しつけ論とともに政界での改憲の機運は薄れていく。

 しかし近年、押しつけ論が再び浮上している。自民党憲法改正草案しかり、自民党が作った改憲PR漫画しかり。「敗戦した日本にGHQが与えた憲法のままでは/いつまで経っても日本は敗戦国なんじゃ」。漫画の登場人物のセリフだ。

 ■何を取り戻すか

 「連合国国際世論に従ってポツダム宣言を受諾し、戦争を終わらせた以上、新憲法を作る以外に選択肢はなかった」。日本政治外交史が専門の三谷太一郎・東大名誉教授は話す。

 宣言の起草にあたったのは、日本の政治経済を熟知していた知日派外交官ら。念頭にあったのは大正デモクラシー期の日本のリーダーたちの姿だ。「軍国主義を徹底的に取り除くことで、抑圧されていた日本の民主主義の伝統を取り戻そうという狙いだった」

 ポツダム宣言と新憲法が取り戻そうとした日本の民主主義の伝統を、国民は歓迎して受け入れた。三谷氏は問いかける。

 「押しつけを理由に憲法を作り変えようとする人たちは、日本の非軍事化と民主主義の伝統以外の何を取り戻そうというのだろう」

 「押しつけ論」を聞くたび、法制局長官として憲法制定に関わった故・入江俊郎氏の次女、堀口香代子さん(79)は疑問に思う。「父をはじめ、戦後日本の土台を作ろうと頑張った人々の苦労や努力が忘れられてはいませんか」

 新憲法制定をめぐり、国会で激しい審議があった46年夏。入江氏は当時の思いを句に残している。

 真夏陽の巷に照れる百日(ももか)あまり命をかけて吾はをりたり

 (編集委員・豊秀一)

     ◇

 公布から70年経ったいまも、「押しつけ憲法論」が主張される日本社会のありようを考えます。次回から総合4面に掲載します。

 ■日本国憲法の制定をめぐる主な動き

<1945年>

 7月26日 ポツダム宣言の発表

 8月14日 ポツダム宣言を受諾

   15日 終戦の詔書を放送

   30日 マッカーサー司令官厚木基地に到着

  9月2日 日本、降伏文書に調印

 10月4日 マッカーサー近衛文麿国務大臣憲法改正を示唆

   11日 マッカーサー幣原喜重郎首相に「憲法自由主義化」を示唆

   27日 政府憲法問題調査委員会の初会合

11月22日 近衛文麿内大臣府御用掛が「帝国憲法改正要綱」を天皇に提出

12月26日 憲法研究会が「憲法草案要綱」を発表

<46年>

  1月1日 昭和天皇が「人間宣言」を行う

  2月1日 毎日新聞憲法問題調査委員会の「試案」をスクープ

    3日 マッカーサーが3原則を提示、民政局にGHQ草案の作成を指示

    8日 政府がGHQに「憲法改正要綱」を提出

   13日 GHQが日本側にGHQ草案を手渡す

  3月6日 政府改正要綱を発表

 4月10日 戦後初の衆院選(女性も投票)

   17日 政府、ひらがな口語体の「憲法改正草案」を発表

 6月20日 第90回帝国議会改正案を提出

 11月3日 日本国憲法、公布

 12月1日 「憲法普及会」発足

<47年>

  5月3日 日本国憲法、施行

    −−「憲法を考える 押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず」、『朝日新聞2016年11月04日(金)付。

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(憲法を考える)押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず:朝日新聞デジタル





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2017-03-20

日記:「おとなしくしていれば何とかしてもらえる」という考え方はよしましょう

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 参加者のみんなが生き生きとして、思わず参加したくなる「まつりごと」が、民主主義の原点です。自分たちが、自分個人を超えたものを「代表」していると思えるとき、それとつながっていると感じられるときは、人は生き生きとします。

 これはデモにかぎらず、何らかの活動をしている人や集団に、共通していえることです。行政主催の公聴会審議会だって、ほんとうに地域や政策を作っていく議論が行われれば、活気が生まれ人は参加しますが、結論が決まっていて形だけなら、つまらないから参加しません。イラスト入りのわかりやすい説明をしても、それがただの広報なら、人はほんとうには楽しがらないものです。

 数よりも、そうしたことのほうが大切です。「数が集まらない」「なぜ来てくれないんだ」「来なかったお前は裏切り者だ」とかいう感情が生まれるときは、楽しくないときです。ほんとうに楽しければ、「来ない人は損したね」となるはずです。

 そんなのは自己満足さ、この世はすべて自己満足さ、という人もいます。本当に満足している人は、そういうことは言いません。イギリス鉄道マニアの集会を見たことがありますが、みんなでミニ鉄道を走らせ、心底から楽しそうに盛りあがっていて、「こんなのは自己満足さ」といった卑下や照れ、「おまえより知識があるぞ」といった競争や批判が感じられませんでした。

 それじたいが楽しいとき、目的であるときは、人間は他人に自慢したいとか、他人を貶めたいといった「結果」を求めません。受験勉強典型ですが、ほんとうは楽しくなくてむなしい行為、アレントの言い方を借りれば「労働」をしながら生きているときに、他者と比べて自分の位置を測るとか、他者を貶て優位に立つといった「結果」がほしくなるのです。

 その種の非難を受けたら、動揺しないようにしましょう。複雑化している現代では、絶対に安全ということがありえないのと動揺に、まったく批判がないこともありえません。学校や職場のいじめもそうですが、動揺したり、落ち込んだり泣いたり、むきになって反論すると、相手はおもしろがってよけいにいじめます。

 「おとなしくしていれば何とかしてもらえる」という考え方はよしましょう。政府も企業もマスコミも、声が大きいところをまず相手にします。声を出さないと、とりあげられません。黙っていても何とかしてもらえるのは、親子の関係か、親分子分の関係だけです。

    −−小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書、2012年、498−500頁。

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覚え書:「洞窟ばか―すきあらば、前人未踏の洞窟探検 [著]吉田勝次 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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洞窟ばか―すきあらば、前人未踏の洞窟探検 [著]吉田勝次

[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]歴史 

■底もゴールもない未知への挑戦

 運命の力が作用して、なるべくして洞窟探検家になった「俺」は高校を辞めるまでは無謀なアウトロー的人間であり、直感に従った行動で危険な目にも遭うが、彼を導くことになる運命は時に試練を与えながら彼の肉体と精神を強固なものに鍛え上げ、洞窟探検家としての不屈の人格を自力と他力の両輪に噛(か)み合わせながら、未知の驚異の世界の入り口へと読者を誘う。

 その探検の過程にはハラハラドキドキ。本書の描写がコントロールされた感情に裏付けされているように、洞窟内での行動は常に冷静さが求められる。

 彼の人生は一見、衝動的で向こう見ずに思えるが、実は高所恐怖症で闇を恐れる。その性格は洞窟探検家に向いていないように思えるのだが、だからこそ、未踏の未知の風景を現実の領域に取り込み、とんでもない危険に挑戦してしまうものの、感覚と理性のバランスよく常に無事に帰還するのである。

 何百メートルもある深くて暗い洞窟の底で数人の仲間と数日間滞在するそのノウハウは、その都度考案されるが、下手をすると命の危険にさらされる。小さい岩の裂け目や小さい穴の向こうにどんな架空の世界が現出するか、やってみないとわからない。そんな幻想を現実のものに変えてしまった時の感動は当人にしかわからない。洞窟内での距離も底もゴールもない結果も想定できない世界に一生を捧げるその情熱とエネルギーの源泉は、ただただ未知への挑戦以外にはない。

 そんな彼の生き方に賛同し、何のためでもなく、洞窟のためだけに生きたいと集まってくる者の中には、夢の中で神に「洞窟探検家になりなさい!」と啓示を受けたという者さえいる。

 ジュール・ベルヌの「地底旅行」、地球空洞説、〈アリスうさぎ穴〉を創造させた洞窟は、その彼方(かなた)に現実を架空化させる驚くべき未知と秘密の世界が隠されているかも知れないと思うと、ひとり高揚する。

    ◇

 よしだ・かつじ 66年生まれ。20代後半から洞窟探検を始め、国内外1千以上に入ったプロガイド。

    −−「洞窟ばか―すきあらば、前人未踏の洞窟探検 [著]吉田勝次 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞2017年02月19日(日)付。

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覚え書:「キャッツ・アイ [著]マーガレット・アトウッド [訳]松田雅子ほか [評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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キャッツ・アイ [著]マーガレット・アトウッド [訳]松田雅子ほか

[評者]中村和恵(詩人明治大学教授・比較文学)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]文芸 

■透徹した目で憎悪の結晶を解体

 老年にさしかかり、成功を手にした画家イレインは自分の回顧展のため、トロントに戻ってくる。この町は嫌いだといいながら彼女は、ここでの半生の記憶を丹念にたどっていく。子どもの頃から好きだった虫の精密な断面図のように、細部にいたるまで驚くほど克明に。彼女の父は昆虫学者だったのだ−−作者アトウッド自身と同じように。

 父の調査のため家族で車に乗り森を移動しつづけた幼少の日々は幸福だった、と彼女は回顧する。トロントへの定住は、人間関係の呪縛の始まりだった。

 イレインの記憶の核にあるのは、子ども時代の「親友」コーデリアやグレイスによるいじめだ。彼女はいじめに負けたわけじゃなかった。自分の知恵で理不尽な関係から抜け出し、乗り越えたのだ。だが憎悪は彼女の内に結晶化し残った。

 彼女の宝物はキャッツ・アイ、透明にひらりと青い猫目模様のビー玉だった。これをポケットに隠して、彼女は透徹した目で周囲をとらえる。力関係や男女差の意味を問い、演技や嘘(うそ)を見抜くその批判精神は、自分に対しても容赦なく発揮される。友達に受けいれられたくて命令に従う情けなさ、年上のダメ男に惹(ひ)かれ三角関係に陥った青春、嫉妬でテレビまでブン投げた最初の結婚、老いを気に病む見栄(みえ)。身もふたもない率直さは、ついには憎悪の結晶も、解体していく。

 科学者の兄スティーブンの話からイレインは、時間は重なり合っていて、消えてなくなるものはないのだと考える。たしかに子どもの彼女も若き日の彼女も、すべて現在の彼女に重なっている。突然理不尽に失われた兄の存在も、この静かに進む一人称の物語の内に消えずにある。だから彼女は愛し、悲しみ、怒り、思いやるが、身勝手な自己憐憫(れんびん)に足をとられることはない。イレインとアトウッドは同じ人ではないけれど、きっと似ている。この名作家の作品群を、いままた読み返したくなった。

    ◇

 Margaret Atwood 39年カナダ生まれ。作家・詩人。『昏き目の暗殺者』でブッカー賞。『侍女の物語』など。

    −−「キャッツ・アイ [著]マーガレット・アトウッド [訳]松田雅子ほか [評者]中村和恵(詩人明治大学教授・比較文学)」、『朝日新聞2017年02月19日(日)付。

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キャッツ・アイ
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覚え書:「文豪の朗読 高橋たか子「きれいな人」 江國香織が聴く [文]江國香織(作家)」、『朝日新聞』2017年02月26日(日)付。

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文豪の朗読

高橋たか子「きれいな人」 江國香織が聴く

[文]江國香織(作家)  [掲載]2017年02月26日

高橋たか子(1932〜2013)=2002年、首藤幹夫氏撮影

■透明な空気感にさらわれる

 親交のあるフランス人女性(名前はシモーヌ)の百歳の誕生日パーティに招かれて、語り手である七十歳前後の日本人女性が、日本からフランスにでかけて行く。パーティの席上で、招待客に詩集が配られる。シモーヌが若いころから書きためてきたたくさんの詩のなかから、孫娘が選んでまとめた記念の詩集で、主人公は滞在中にすこしずつ読むのだが、それらの詩が、この小説の重要な一部になっている。とはいえ、「きれいな人」というこのユニークかつ自由な構造を持つ小説のほとんどは、シモーヌでも主人公でもないフランス人女性(名前はイヴォンヌ)の記憶と語りでできている(!)。語られるのは、ほとんど百年近くにわたって彼女が愛してきた一人の男性のことだ。

 高橋たか子の朗読は、小説の終盤、滞在を終えた女性主人公が、シモーヌの詩を幾つか読んでから屋敷を辞去する場面。だから詩と小説の両方の朗読が聞ける。

 エアリーというか、透明な空気感のある朗読である。かぼそいのに芯の通った声で、「ふしぎ、ふしぎ、この、わたし」と、老境のシモーヌが書いたことになっている詩の一節を読まれると、どこか遠くに心をさらわれそうになる。遠くというのが百年前のフランスなのか、もっとべつな、この世ならざる場所なのか、わからなくなる。

 詩から地の文への移行のしかたも“ふしぎ”な具合に自然で、聞き手は、気がつけば屋敷の玄関前にふわりと着地して、別れの場面を目撃し、彼らの挨拶(あいさつ)の言葉などを聞いている。

 たんたんとした朗読は、特別上手(うま)いわけではないのだが、「思い出に保険を?」と「思い出に保険を!」の「?」と「!」をもきちんと読み分ける、静かで丁寧な読みぶりは耳に心地よく、著者の声が、登場人物みんなの声を含んだ、小説そのものの声であるように感じられる。

    ◇

 今回は、日本近代文学館の「第38回 声のライブラリー」(04年9月11日、石橋財団助成)の音声を元にしています。

    ◇

■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」

 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪の朗読の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。通常は「月刊朝日ソノラマ」誌の1960年代の音源を使っていますが、今回は日本近代文学館が所蔵・公開している音声を使いました。朗読映像は同館で閲覧可能です。朝日新聞デジタルの特集ページは次の通りです。

 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/

    −−「文豪の朗読 高橋たか子「きれいな人」 江國香織が聴く [文]江國香織(作家)」、『朝日新聞2017年02月26日(日)付。

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覚え書:「論点 シリーズ憲法70年 何から考えるか」、『毎日新聞』2016年11月2日(水)付。

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論点

シリーズ憲法70年 何から考えるか

毎日新聞2016年11月2日 東京朝刊


 日本国憲法は1946年11月3日に公布されてから、70年の節目を迎える。衆参両院で改憲勢力が3分の2を占め、憲法改正が初めて政治的日程として浮上してきた。憲法の下で統治構造を変えるため、政治改革関連法成立を推進した佐々木毅・元東大学長と、裁判員制度の導入など司法制度改革に取り組んだ佐藤幸治京大名誉教授に、憲法を論ずるに当たっての基本的視点を聞いた。【聞き手・南恵太】

政治の優先順位つけよ 佐々木毅・元東大学長

=丸山博撮影

 日本国憲法明治憲法下とは違って、自由平等な社会を結果として作り出した。新しい社会を作り、かつ安定的に維持してきたという意味で、憲法の役割は大変大きかった。

 立憲主義を考える場合、民主制と権力の膨張は両立するということを前提に考える必要がある。権力の膨張に対して制限を加える原則がなければ駄目なので、司法権の独立、権力分立という伝統ともつながりながら、歴史の中で変遷しつつ確立してきたのが立憲主義だ。

 憲法は権力を制限する一番重要なルールであることは間違いない。一昨年からの安全保障関連法を巡る議論を振り返ると、内閣法制局の解釈変更に焦点を当てて、「立憲主義を変えるのは問題だ」という日本独特の議論が、立憲主義を巡って展開された。憲法は少なからず解釈を伴う可能性があり、解釈が間違っていれば司法権がチェックする仕組みだ。司法権立法権の問題として議論すべきだった。憲法裁判所を導入している国もあるが、どういう司法制度にしたら立憲主義からの問題提起に応えられるかは大きなテーマだ。

 自民党憲法改正草案の中に、「政党の政治活動の自由は保障する」などの政党規定が入っている。政党が非常に重要な役割を果たしているけれども、制度的なコントロールがほとんどされていないように見える。政党をどう憲法に位置付けるか、位置付けた場合にどういうルールを政党適用するかが、浮かび上がってきたテーマに見える。政党の運営、例えば選挙候補者選びなどいろんな問題につながっていく話だと思うが、具体的なイメージがわからない。

 憲法との関係で、非常に大きなテーマとして、首相衆院解散権の問題がある。自民党憲法改正草案を見ても、首相の権限としての解散権が強調されているけれども、長期的に見て、いい制度なのかどうかよく考えるべきではないか。先進国で、首相自由裁量的に解散権を行使している国はない。もともと議会内閣不信任案可決とのセットで解散権が考えられてきたことから言うと、議会内閣不信任案の可決とは関係なしに、裁量的に解散権が一方的に行使されていいのだろうか。

 この問題はいろいろな観点から考えることができるが、「常に選挙がある」と緊張感を持たせるにはいいのかもしれないけれど、結果的に政策を考え、実行する時間が細切れになっているのは、長い目で見ると政治のコストを高めているのではないか。選挙を数多くやれば選挙費用がかかるだけの問題ではなく、いろいろな問題を短期的な視座で考えざるを得なくなるし、大きな政策の実現が困難になる。政策に取りかかって、成果が出るまでは時間がかかるにもかかわらず、頻繁に解散をしていたら、何を判断基準に投票したらいいかわからない状態に有権者を追い込むことにもなる。

 憲法9条改正は政治的に非常に重いテーマだから、その改正に取り組むリスクを取る意欲が政権にあるのかという問題が生じる。憲法9条を変える場合にはいろんな意見があって、それを調整するのは複雑な作業になる。現在の政治にその調整に精力を注いでいる暇と余裕があるのか。その前に、人口が減って自治体がもたなくなるなどの話が出てきており、それらの問題解決に政治は取り組まざるを得ないのではないか。政治に無限の資源はないので、優先順位をつけるべきだ。

 日本はこれから憲法を頻繁に変えていく国になっていくのか、それとも何十年に一遍ぐらい憲法改正をする国になるのか、というあたりは最も根本的な政治的判断だ。憲法は絶対に変えてはいけないということではない。どうしても必要がある時に条文を見直すことは必要だ。しかし、それで物事が片付くわけではない。実際、社会保障制度や財政赤字の難問は、憲法を変えたからといって何ら解決できない。憲法改正に注力することが常に国民の納得を得られるとは限らない。従って、憲法改正の個々の論点に立ち入る前に、政治と憲法問題との間合いをどうするか、国会議員の熟慮が求められる。

われらと子孫のために 佐藤幸治京大名誉教授

=小松雄介撮影

 日本国憲法は平和と人権に関する理念を浸透させるために、戦後大きな役割を果たしてきたと思う。昨年の安全保障関連法の審議を振り返って思うのは、集団的自衛権行使は認められないという歴代内閣方針を変えるにはもっと丁寧な手順を尽くすべきではなかったかということである。

 課題が山積している中でなぜ今憲法改正なのか、よくわからないところがあるが、日本国憲法が将来にわたって、日本という国の「土台」であることを肝に銘じ、その上で憲法のどの部分をどのように変える必要があるかを丁寧に検討することだ。憲法とはある世代、一政権のためにあるのではなく、「われらとわれらの子孫のために」(憲法前文)あるものだ。それが憲法第96条にいう「改正」の意味だと理解している。このように解する根本的理由は、人類の長い歴史に照らし、国・社会の繁栄の持続に最も適したのは「立憲主義」と言われるもので、中でも日本国憲法は現代における「立憲主義」のあり方をよく具現している憲法だからだ。

 現代立憲主義憲法が直接の基礎としているのは、議会制と個人の権利・自由の保護に関わる法の支配の結合した、17世紀の清教徒革命を経てイギリスで成立した近代立憲主義だ。18世紀末のアメリカ独立革命フランス革命でさらなる展開を見せ、そして20世紀の二つの世界大戦という悲劇を経て、現代立憲主義憲法が成立した。現代立憲主義憲法は、人間(個人)の尊厳を核とする普遍的人権観念の基礎の上に民主的政治制度を構築するとともに、憲法規範力を確保するために憲法裁判制度を導入し、さらに平和への志向を明確にするなどの特徴を持っている。ドイツ憲法(1949年制定)もこの特徴をよく具現し、同国の憲法保持への意志は堅固なものがある。なお、イギリスアメリカの長期にわたる発展の持続性は、両国が時には危うさを見せつつもそれぞれの立憲主義体制を保持してきたことにあることを付け加えておきたい。個人自由を尊び、人間の多様性・社会の多元性の保持に努めたことが、繁栄の持続を可能にしてきた。

 日本国憲法について成立の過程を問題視する見解もあるが、日本国憲法はすでに明治憲法が導入した立憲主義の「復活強化」を図った憲法であることを強調したい。明治維新直後に天賦人権説が主張されたが、明治憲法はそれを退け、「臣民の権利」にとどまったとはいえ、曲がりなりにも議会制を中心に立憲主義の要素を取り入れた。憲法制定の中心にあった伊藤博文はこの立憲主義の成長発展を期待し、実際“大正デモクラシー”(憲政の常道)の開花を見た。

 しかし、不幸にも“昭和ファシズム”に陥り悲惨な経験をし、ポツダム宣言の受諾に至ったが、宣言には「日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化」とあり、そこには憲政の常道を築く力を持った日本へのアメリカ側の配慮があった。

 私は、敗戦後の政府・国民が当時の国際情勢についての十分な情報に接し、過去の歴史を真剣に省察する余裕を持つことができたならば、自ら日本国憲法に近い憲法を作り得たと思う。そのことは、公布後70年にわたって多くの国民が憲法を支持してきたことで裏付けられているのではないか。

 改正に具体的に取り組むとすれば、国会での審議・発議に至る段階から国民投票に及ぶ全過程において、主権者である国民の十分な熟議が可能となるよう最大限の努力が必要だ。憲法が「われらとわれらの子孫のために」あることを再度強調しておきたい。党派的次元を超えた国民の高い次元の意見の表明であることが望まれる。改正の発議は与党のみならず、少なくとも野党第1党と共同となることが望ましい。

 今日本は、不安定な世界のパワーポリティクスに深く関わろうとしているかに見える。このような時こそ立憲主義を尊び、節度を持った社会のあり方を一層大事にする覚悟を新たにすべきだ。

衆院審査会 10日に審議再開

 衆院憲法審査会は10日、審議を再開する。自民党憲法改正推進本部の保岡興治本部長は野党時代の2012年に発表した同党憲法改正草案を、衆参両院の憲法審査会には提案しない方針を示した。民進党が同草案の撤回を要求していたことに配慮し、今後の両院憲法審査会での議論を軌道に乗せるためだ。自民党は両院の憲法審査会で議論を重ねながら、与野党が一致できる憲法改正項目を探る構えだ。

 ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100−8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp

 ■人物略歴

ささき・たけし

 1942年秋田県生まれ。東大法卒。東大学長、学習院大教授を歴任し、現在は東大名誉教授。専門は政治学衆院小選挙区比例代表並立制導入を柱とした政治改革関連法の成立を推進した。

 ■人物略歴

さとう・こうじ

 1937年新潟市生まれ。京大法卒。京大教授、近大教授を歴任し、現在は京大名誉教授。専門は憲法学。99〜2001年に司法制度改革審議会長を務め、裁判員制度の導入などを提言した。

    −−「論点 シリーズ憲法70年 何から考えるか」、『毎日新聞2016年11月2日(水)付。

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覚え書き:「憲法を考える 語り、歩んだ70年 小山内美江子さん、大澤聡さん」、『朝日新聞』2016年11月03日(木)付。

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憲法を考える 語り、歩んだ70年 小山内美江子さん、大澤聡さん

2016年11月3日


 敗戦を経て、社会が根底から問い直されていた70年前のきょう、日本国憲法が公布された。一人ひとりを「お国のため」の存在ではなく主役と位置づけ、戦争放棄を掲げたメッセージは、人々にどう映り、語られてきたか。憲法と社会の接点を見つめてきた2人に聞いた。

 ■自由な生活守る闘いの武器 小山内美江子さん(脚本家)

 安心しましたね。「戦争を放棄する」という憲法ができたんですから。これで人を殺したり殺されたりしなくていいんだと、ただただ、うれしく、涙が出ました。

 公布のときは16歳でした。実は女学校で憲法の全文をお勉強した覚えはないんです。学校の外でも大人たちは自分や子どもたちが食べていくことで精いっぱい。いま思えば、自分たちに都合のいい部分に心から喜んでいたのかもしれません。なにより戦争はしないし、結婚は2人の意思だけで決められる、と。

 「お国の決まり」が変わったことは、分かりました。お上じゃなく、自分で自分のことを考えなきゃいけないんだ、と。

 学校の先生はどうしていいか困ったと思います。急に社会で活躍する女性をつくれって言われて。

    *

 そういうなかで部活動が始まり、私は演劇部に入りました。子どもの頃によく歌舞伎を見ていて、演出志望でした。憲法ができた年は「勧進帳」。楽しかった。

 戦前は女の人がやりたいことをあきらめていた小説が多くて、戦争のない今の時代ならよかったのに、これが平和なのだ、と思いました。演劇部の活動から映画監督になりたいと思ったけれど、まだ男社会で、女性の進出は無理でした。それでスクリプター(記録係)になり、その後、脚本家として仕事をするようになりました。

 振り返って、私は憲法にそぐわないものは書いてこなかったつもりです。なかには、戦争体験をもとにしたものもあります。

 終戦前、横浜・鶴見で空襲に遭いました。一家で必死に逃げながら、焼夷(しょうい)弾を消しに行こうとする弟を、「死ぬよ! ダメ」と引き戻して。ふと気づくと、前の方で女の人が「かわいそうに」と泣きながら走っている。背中で赤ちゃんが亡くなっていました。図らずもお母さんの弾よけになってしまった。お母さんのあの泣き声は、今でも忘れられません。

 この体験を30年後、「加奈子」というドラマに盛り込みました。その中で、戦争が終わり、赤ちゃんの祖父は「誰が始めた戦争だ! もっと早く終わればこんなに多くの人が死なないで済んだんだ」と怒り狂います。

 物語の終わりは、1947年5月、憲法が施行されるときです。花火屋だった加奈子は、無事復員した職人たちと盛大に花火を打ち上げる。二度と戦争がないように、と多くの死者の願いも込めたナレーションを入れました。地味なドラマでしたけど、自分では代表作だと思っています。

    *

 「3年B組金八先生」のシリーズでは、憲法の条文を教え子たち30人が読みつなぐという場面を書きました。82年のフォークランド紛争で戦死者に16歳の少年兵がいたと聞いて、黙っていられませんでした。日本には憲法があるから、戦争で死ななくて済む。私自身が16歳のときから信じていることを言いたかったんです。

 スタッフは放送後に抗議の電話がくることも覚悟していたようなのですが、実際には「よかった」というものが多かった。でも、今はメディアの自己規制で書けないでしょうね。

 実生活で、丸刈りを強いる校則に対抗するのに憲法を持ち出したこともあります。中学入学で丸刈りの強制に悩む息子に「憲法には表現の自由というものがある。校則とケンカしたら、絶対に憲法が勝つ」と言いました。

 庶民は憲法の存在を、暮らしの断面を通して感じるのだと思います。小さな組織のしきたりや慣習が強くて、何かをできなかったり強いられたりする。それはおかしいと感じたとき、憲法によって闘う。憲法そのものが大事だから守るために闘うんじゃありません。丸刈りになりたくないから、生活を守りたいから、憲法を尊重してきたのだと思います。

 (聞き手・村上研志)

    *

 おさないみえこ 1930年生まれ。「3年B組金八先生」「翔(と)ぶが如(ごと)く」などの作品を手がける。カンボジアなどで支援活動する「JHP・学校をつくる会」代表理事。

 ■改正論議の中、視線を未来へ 大澤聡さん(近畿大学准教授)

 戦後の憲法論議で、文芸批評家たちが一定の存在感を発揮し、波紋を呼んできました。「当用憲法論」の福田恆存、「一九四六年憲法」の江藤淳、「九条の会」の呼びかけ人に名を連ねた加藤周一といった人物たちです。それにしても、なぜ憲法学者ではなく、文芸批評家だったのでしょうか。

 日本の文芸批評を象徴する主題に「政治と文学」があります。「政治」は広い意味での政治問題、つまり「公」を、「文学」は個別の実存的な問題である「私」を指します。「公」にあたる憲法を、一人ひとりの「私」へとつなぐ役割を文芸批評が担うことには必然性があったわけです。「私」の言葉によって、「公」のあり方を探る回路を提案してきました。

 日本国憲法は「与えられたもの」という、いわば誕生時のトラウマを抱えており、その解消法が最大の焦点となりました。ゆえに、与えられた言葉をどう解読するかに憲法論は集中します。そうした解読作業は文芸批評家が最も得意とするところです。その意味でも適任だった。

    *

 文芸批評家による憲法の語り口も時代に応じて変遷を遂げます。もともと憲法について語る行為は、「戦争」について語ることと二重写しになっていました。「二度と戦争しないための憲法」という解釈のもと、戦争の悲惨さや不戦を訴えていた。憲法制定直後に、ナショナリズムと憲法9条が共存しえたゆえんでもあります。

 しかし、戦後50年の節目の1995年ごろから、憲法を語る行為が「戦後」について語ることへと急速にシフトしていきます。「押しつけ」と揶揄(やゆ)されながらも、どうにか改憲せずにやってきたこの数十年とはいったいどういう時間だったのか、その意味を検討するようになった。加藤典洋氏が「敗戦後論」の中で「憲法選び直し論」を提示し、物議をかもしたのもこの文脈においてでした。

 憲法で「戦争」を語る世代の言葉は、「戦争は二度とごめんだ」という強烈な記憶に支えられています。かたや、「戦後」を語る後続世代は、憲法を「誇りに思うので変えない」「恥ずかしいので変える」の二分法で捉えがちです。二つの世代の議論の位相はずいぶん異なっている。すれ違いもさまざまな場面で発生します。

 90年代後半からは、文芸批評の存在感自体が薄れていきます。社会全体で、専門性や実証性を過度に重視する傾向が強まったためです。憲法論議も憲法学者や政治学者の精緻(せいち)な分析で埋め尽くされ、文芸批評家の言葉は求められなくなっていった。

 ただし、皆無というわけではありません。2000年代以降の自民党による「改憲ムード」の中で、大塚英志氏は「私たちが書く憲法前文」をはじめ、一般の人の「私」的な感覚に根ざした憲法案を数年間募集しました。東浩紀氏たちは「新日本国憲法ゲンロン草案」を公表し、話題になりました。

    *

 この2、3年は、憲法改正が現実味を帯びてくる中、一般の人たちが憲法への強い関心を取り戻しています。憲法を語ることで「未来」を語るという第三の段階に入りつつあるようです。とはいえ、ネット上の書き込みが典型的ですが、「改憲」「護憲」の硬直化したレッテル貼りから脱することができていないのも事実です。

 不足しているのは、大きなビジョンを示す人間でしょう。画期的な「未来」の構想に必要なのは、既存の枠組みにとらわれず、突拍子もない方向性を打ち出す、いわばアマチュアリズムの精神です。その意味では、専門家でないからこそジャンルを横断して大きな地図を描くことができる文芸批評のスタンスを、今こそ機能させるときです。先人たちのアイデアも含め、多少粗雑であろうと、ヒントになるものをたたき台にして、議論すればいいんですよ。

 (聞き手・尾沢智史)

    *

 おおさわさとし 1978年生まれ。専門はメディア史。近現代日本の言論の変遷が主な研究テーマ。著書に「批評メディア論」、共著に「1980年代」ほか。

    −−「憲法を考える 語り、歩んだ70年 小山内美江子さん、大澤聡さん」、『朝日新聞』2016年11月03日(木)付。

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(憲法を考える)語り、歩んだ70年 小山内美江子さん、大澤聡さん:朝日新聞デジタル


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覚え書:「竜は動かず―奥羽越列藩同盟顛末(上・下) [著]上田秀人 [評者]市田隆(本社編集委員)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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竜は動かず―奥羽越列藩同盟顛末(上・下) [著]上田秀人

[評者]市田隆(本社編集委員)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]歴史 文芸 

 人気時代小説家が、幕末の動乱の中で非業の死を遂げた仙台藩士玉虫左太夫に光を当てた。坂本龍馬ら幕末のスターたちに比べて知名度は低いが、この人物が後の世まで生きていたら日本はどうなっていたかと夢想させる歴史小説だ。

 下級武士の玉虫は、出奔した先の江戸で学問の才を認められた。初めて訪米した幕府使節団に加わり、船で世界一周した見聞を『航米日録』に残す。戊辰(ぼしん)戦争では新政府軍に対峙(たいじ)した奥羽越列藩同盟で指導的役割を果たした後、藩内抗争のあおりで切腹させられた。

 著者は、玉虫の渡航場面を史料に基づいて詳細に描いただけでなく、想像力の羽を伸ばし、玉虫と龍馬という東西の開明派が京都で日本の未来を熱く語り合う場面も生み出した。米国体験をもとに「身分ではなく能力で人が用いられる世にしたいと願った」玉虫の高揚と挫折。切れ味良い小説の文体でその魅力がじかに伝わってくる。彼のことがもっと知りたくなった。

    −−「竜は動かず―奥羽越列藩同盟顛末(上・下) [著]上田秀人 [評者]市田隆(本社編集委員)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末 上 万里波濤編
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竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末 下 帰郷奔走編
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覚え書:「引揚げ文学論序説―新たなポストコロニアルへ [著]朴裕河 [評者]斎藤美奈子(文芸評論家)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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引揚げ文学論序説―新たなポストコロニアルへ [著]朴裕河

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]文芸 

■戦後史の再考迫る植民地の記憶

 戦後の文学史に一石を投じる(と同時に戦後社会への発見に満ちた)目が覚めるような文学論である。

 敗戦後、中国大陸や朝鮮半島などの「外地」から「内地」に帰還した日本人は650万人。うち310万人は軍人、340万人が民間人だった。ちょっと驚く数字である。

 だが「『引揚(ひきあ)げ』という集合的体験−−植民地・占領地からの帰還−−が学問的な考察の対象となることは最近まであまりなかった」し、戦後の文学界も「引揚げ者による文学に大きな関心を払ってこなかった」と朴裕河はいう。引き揚げ者の中には著名な作家や表現者が少なからず存在したのにだ。それはいったいなぜだったのか。

 著者が命名した「引揚げ文学」とは、日本の戦後文学において「植民地・占領地体験とその後の引揚げの体験を素材とした表現者たちの試み」のこと。なかでも本書が注目するのは、現地で生まれて幼年期をすごし、少年少女時代に日本に帰還した作家たちである。

 五木寛之、本田靖春、三木卓、日野啓三……。とりわけ今日ではほとんど顧みられることのない小林勝と「内向の世代」にくくられた後藤明生の作品(『夢かたり』ほか)への言及は、植民地を語る文学が日本にもあったのだ!と知るうえで感動的ですらある。

 引き揚げ者が置かれた状況は、加害と被害が錯綜(さくそう)する。植民者という優越的な立場から一転、敗戦後は地獄にも似た経験をし、帰還後も日本社会は彼らを温かく迎えはしなかった。一種の「棄民」として大陸に渡った人々は帰還して再び「棄民」となった。こうした体験からある者は沈黙し、ある者は日本に背を向け、ある者は書くまでに数十年の時間を要した。

 「戦後思想は、〈戦争〉を考えるほどには〈帝国〉や〈植民地支配〉について考えてこなかった」という指摘は重い。でもそれは戦後史の見直しという未来につながる重さである。

    ◇

 パク・ユハ 57年韓国ソウル生まれ。韓国・世宗大学校教授。著書に『和解のために』『帝国の慰安婦』など。

    −−「引揚げ文学論序説―新たなポストコロニアルへ [著]朴裕河 [評者]斎藤美奈子(文芸評論家)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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引揚げ文学論序説: 新たなポストコロニアルへ
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覚え書:「ブルマーの謎―〈女子の身体〉と戦後日本 [著]山本雄二 [評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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ブルマーの謎―〈女子の身体〉と戦後日本 [著]山本雄二

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]人文 

■女子の感情無視した妙な「共犯」

 筆者の世代で女子の体操着といえば体にぴったりフィットするブルマーが定番だった。だがその話は今の女子には通じない。1960年代に登場、一気に日本全国を席巻した密着型ブルマーは90年代には消えてしまったからだ。

 その興亡の軌跡に迫る本書はまず「お金の事情」に注目する。中学校体育連盟は用品メーカーからの寄付が頼りだった。寄付の見返りに連盟推薦のお墨付きを得たメーカーは新開発した密着型ブルマーの学校への普及に努めた。加えて当時は東京五輪での女子体操選手の活躍により、美しく健康な女性の身体は積極的に肯定されるべきだとする価値観が成立しつつあった。それは家父長制からの女性の自立、一個の人格として女性が自信を持つことを求める戦後民主主義的な価値観とも響き合い、密着型ブルマーの受け入れを進めた。

 しかし、実はそこで女生徒たちは〈挟み撃ち〉に遭っていたのだ。自立した女性は家制度のヴェールに覆われず性的まなざしに直接さらされる。密着型ブルマー姿も例外ではなく、見られる恥ずかしさを訴える生徒も少なくなかった。だが進歩派だけでなく、保守的な教育者も日本女性らしさの復権には恥を知ることが必要とする奇妙な論理で密着型ブルマーを支持、彼女らの感情を無視し続けた。

 この二重の疎外状況が崩れるのは90年代で、密着型ブルマーが性的嗜好(しこう)の対象になっていたことを改めて示す大量盗難事件等が発生。その使用を強制する姿勢はようやく緩み始め、体操着の主役の座をトレパンやジャージーに引き渡す。

 密着型ブルマーは「戦後民主主義派」と「戦前回帰派」がいずれも己の思想信条を優先させ、性的なリアリティーや女子の実感に寄りそってこなかった歴史の象徴であった。体操着の下に隠されていた〈民主〉と〈愛国〉のもつれた共犯の構図。それを描き出す著者の冴(さ)えた分析に多くの読者が触れて欲しいと思う。

    ◇

 やまもと・ゆうじ 53年生まれ。関西大学教授(教育社会学)。共著に『〈教育〉を社会学する』など。

    −−「ブルマーの謎―〈女子の身体〉と戦後日本 [著]山本雄二 [評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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書評:ブルマーの謎―〈女子の身体〉と戦後日本 [著]山本雄二 - 武田徹(評論家・ジャーナリスト) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト


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ブルマーの謎: 〈女子の身体〉と戦後日本
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覚え書:「終わりと始まり:内地から見る沖縄問題 「植民地の叛乱」の構図 池澤夏樹」、『朝日新聞』2016年11月02日(水)付夕刊。

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終わりと始まり:内地から見る沖縄問題 「植民地の叛乱」の構図 池澤夏樹

2016年11月2日夕刊

 (以下に書いたことは十月三十一日の琉球新報に載せたコラムとほぼ同じ内容である。なぜ沖縄の地方紙と朝日新聞に同じことを書くか、お読みいただけばわかると思う。)

 沖縄を離れて十三年になるが、あの島々を忘れてはいない。機会を得れば行くことにしている。先日も恩納村の図書館から講演に呼ばれた。

 その前の日、急に思い立って高江を見に行くことにした。政府が米軍の意向を汲(く)んでオスプレイなどの離着陸場(ヘリパッドと呼ばれる)を新設している現場。そのやりかたが強引すぎるとぼくは思っていた。そもそも、ヘリコプターではなく垂直離着陸機であるオスプレイの基地をヘリパッドと呼ぶのは意図的な誤訳である。

 新川ダムの先にある反対派のテントを訪れ、リーダーの山城博治さんに挨拶(あいさつ)し、集まったみなさんを労(ねぎら)った。翌日の土曜日には、反対派の人々二百人以上が現地に集結したと聞いた。

 数日後、ぼくは小豆島にいたのだが、大阪府警に所属する機動隊員が反対派に向かって「土人」、「シナ人」という言葉を使った、という報(しら)せが入った。

 これらは相手を侮蔑する場合のために予(あらかじ)め用意された言葉だ。未開の地の、文化的に劣る民が「土人」であり、日本人より劣る民族が「シナ人」。シナは China と同源だが、しかしかつて日本人は蔑視の文脈でこの言葉を使った。だから今も中国の人はこの語を嫌う。使えば挑発になる。

     *

 なぜ沖縄人が土人と呼ばれたのか?

 東京の政府や警察庁にあるのは、遠い植民地の叛乱(はんらん)という構図なのだ。八世紀の末、陸奥(みちのく)に新しい砦(とりで)を造ろうとしたら、蝦夷(えみし)が集まって反対と言って騒ぐ。鎮圧のために中央から五百名の軍勢を送る。

 そう教えられてきたから公務執行中の大阪の機動隊員は「土人」といった。「シナ人」という言葉も使った。そして松井一郎大阪府知事は「よくぞ言った」とばかりこれを追認した。

 高江のヘリパッド建設に反対する理由を整理してみよう。

 1 沖縄はすでに過剰な数の軍事基地を負わされている。県民にすれば、もうこれ以上は一メートル四方でも基地を増やしたくない。今回の新設は北部訓練場の返還と引き替(か)えと言うけれど、返ってくるのはもともと米軍が使っていなかった土地。朝三暮四そのままの欺瞞(ぎまん)である。

 2 外交と軍事は国の専管事項と国は言う。それならば生活は国民の専管事項である。平穏に暮らす沖縄県民の日々を乱す権限は国にはない。日本国憲法第二十五条、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」がこれを保障している。軍用機の騒音と事故の危険は明らかにこれに違反する。

 3 生態系への影響が大きい。やんばるの自然林の木を二万四千本伐(き)って四ヘクタールの空き地を作る。やんばるの自然はまだまだ未知であり、ヤンバルクイナやノグチゲラのような新種がいないとは言えない。

 これは沖縄県民がよく知っていることである。問題は内地の人たちの無知と無理解。

     *

 「土人」発言はさすがに暴言として内地でも話題になった。多くの新聞が記事にしたし、テレビのワイドショーで取り上げるところもあった。おかげさまで大阪府知事の正直な発言が話を大きくしてくれた。

 しかし、そこまでなのだ。後は下品な週刊誌が尻馬に乗って反対する人々を更に罵(ののし)ったくらい。

 朝日新聞は普段から沖縄の事情に理解を示す新聞であって、この件については二十日の朝刊の社会面で六十行ほどの記事を載せた。翌日、「差別構造が生んだ暴言」という社説を掲げた。

 そして、そこまで。

 なぜ沖縄の人たちがこの高江の基地新設にかくも反対するか? なぜ沖縄のメディアが辺野古と並べて高江を報じるか? それをていねいに解説する紙面はない。速報と、社説の総論のみ。

 この一件には(内地から言うところの)沖縄問題が集約されている。厄介なものは沖縄に持っていけばなんとでもなる。あそこは戦後七十一年間ずっと抑圧されてきたから抑圧慣れしている。騒ぐのは一部の活動家ばかり、内地の機動隊で押さえ込める。予算の分配を少し増やしてやれば県民もおとなしくなる。送電線さえ延ばせれば、原発もみんな沖縄に集約できるのに。

 そう気づいたところで、また別の構図が見えてきた。泊(とまり)も東通(ひがしどおり)も柏崎刈羽(かしわざきかりわ)も敦賀(つるが)も美浜(みはま)も大飯(おおい)も伊方(いかた)も玄海(げんかい)も川内(せんだい)も、実は高江である。米軍基地と原発はよく似ている。どちらもなくても済むもの、ない方がいいものなのだ。

 平等という原理は自由や友愛と並んで近代国家の基本理念である。機動隊の「土人」発言は国としてみっともない、とあなたは思わないか。

    −−「終わりと始まり:内地から見る沖縄問題 「植民地の叛乱」の構図 池澤夏樹」、『朝日新聞』2016年11月02日(水)付夕刊。

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(終わりと始まり)内地から見る沖縄問題 「植民地の叛乱」の構図 池澤夏樹 - 沖縄:朝日新聞デジタル





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2017-03-18

日記:戸田城聖の「宗教界の王者なり」という認識は、国家に認められることによって、それが本物の宗教であることと理解するエセ国教主義とはほど遠い認識ではなかったか

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fbからの転載に若干加筆しましましたが「記録」として残しておきます。

3月16日は創価学会にとって忘れ得ぬ記念日で、第2代戸田会長が、(「かつて」でも冠したほうがいいとは思いますが)富士宮大石寺で、「広宣流布模擬試験※」として青年を集め、「創価学会宗教界の王者なり」と宣言したセレモニーが昭和33年にありました。

ここでいう「宗教界の王者」というのは、いろいろな意味があるとは思いますが、すなわち「宗教のための人間」という宗教の悪性の鎖を断ち切り、人間を蘇生させる宗教としての創価学会は、前代未聞であるという意味で「宗教界の王者」との意味が含み置かれていると考えます。

広宣流布とは最大公約数で理解すれば、その信仰を受容するしないに関わらず、全人類が平和に人間らしく暮らしてく社会を実現しようと、日蓮門下が望むことで、その理想世界の姿との意味。

その式典の折、戸田と友誼のあった安倍晋三首相祖父A級戦犯・岸信介首相を招いたそうですが、横槍で岸信介は欠席し、娘婿の安倍晋太郎が名代として出席しました。戸田の意図は、ウォルフレンのいうところの日本的負荷に挑戦している……だからこそ、創価学会は「バカにされた」訳ですが……意気軒昂さを見せつけようとした訳で、そこには、「権力、何するものぞ」という気概があったわけですが、、、。

半世紀たった今、その認識が少しおかしくなっているのではないかと痛感したしだいです。

昨年から、創価学会の活動には時間のある時は、すべて参加しています。3月16日は、創価学会の地域活動の最大行事である「座談会」に参加しましたが、最後の担当幹部の「挨拶」だか「指導」がありましたが、もちろん、話題はこの昭和33年の「3月16日」の「広宣流布」の模擬試験に言及するわけですが、何かが違う訳です。

その経緯を辿る訳ですが、

1) かつては蔑まされた学会の式典に時の首相が出席した、

2) 1)があるから、社会に認められた

3) 出席を取りやめた岸信介は、現首相のおじいさん、代理で出席した安倍晋太郎はお父さん、現在は与党ですよー

4) 世界宗教ですよ、胸をはっていきまっしょい。7月の都議選もよろしくねー

先に言及したとおり、戸田にとっての3月16日とは、国家に認められることによって、それが本物の宗教であることで「宗教界の王者なり」というエセ国教主義とはほど遠い認識であり、かつ逆に、国家や権力を牽制しながら、民衆一人一人を救っていくことが宗教の大目的であり、それを創価学会が実践しているという一里塚にしたわけで、その消息は第3代会長池田大作の小説『人間革命』にも意義付けが記録されている。

歴史という事実を理解するのは「過ちやすき」人間なのだが、理解する範囲というものがあると思う。それは、ヴェーバーがいう「客観性」であり、学問の基本中の基本(それは同時に人間社会の基本中の基本なのだが)といってよい「資料」に基づくことが、「過ち」を敬遠することになるのだが、どこをどう理解しようが、権力にみとめられたから大勝利というのは、現在進行系の自称を「容認」するための「無理筋」としか思えないし、先に言及した事実理解(解釈の多様さを折込んでも)とは異なる着地なのではないかと思った次第。

いろいろとツッコミどころがありすぎたんですけど、「アホくさ」というのが最初に湧き上がる感情であり、結局、その話だけ聞いてすべてを「理解」したと錯覚してしまうと、「国家」に最大限に認められた宗教がめっちゃすごい宗教やんけって理解にみんななってしまうことに戦慄はしました。そもそも論で言えば、日蓮は死ぬまで、国家から犯罪者扱いな訳ですしねー。

ほんとは、これをツイッター拡散してやろうかとも思いましたが、ちょと鍵かけたfbでだけ残しておきます。何されるのわからんのでね。

しかし、真面目に信仰生活しているのに、なんで、信仰の根幹に関わることで、「沈黙」しなきゃいけないのかが理解できない。

これって「信心が足らない」からなのかね?

仮に「信心が足らない」としても、その言述は「足らない」という言葉が示している通り、信仰の内実を「計量可能」と理解しているところで「信仰ではない」ような気もしますが……。




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覚え書:「自生の夢 [著]飛浩隆 [評者]円城塔  (作家)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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自生の夢 [著]飛浩隆

[評者]円城塔  (作家)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]文芸 

■「すこし・ふしぎ」な思弁的小説

 飛浩隆、十年ぶりの作品集である。七編を収録し、これで二〇〇二年以降に発表された短編、中編のうち、書籍に未収録のもの全てとなる。

 寡作であるが、収録作のうち二作は、SF読者のファン投票によって決まる星雲賞を受賞している。

 SFという単語でなにを想像するかはひとそれぞれで、「すこし・ふしぎ」であったり、「空想科学小説」であったり、「思弁的小説」であったりする。

 飛浩隆の作品は空想科学小説である。そこでは、情報化された人間が再生されたりするし、宇宙空間の暗闇を切り取って窓にすることもできる。

 そうして、思弁的小説である。死後、情報として再生された人間が、自分は死後再生されたのだと気がつくことはできるだろうか。

 自分がソフトウェアとして実行されているとするならば、自分はプログラミング言語、いやもっと単純に、言葉で書かれているということになりはしないか。

 そうして、少し不思議である。泡洲(あわず)と呼ばれる作中の島は、全てを分解する海に浮かんでいる。その海はあらゆるものを分解するが、あらゆるものを保存している。すべてのものは失われるが、なくなりはしない。どうしようもなくバラバラになってしまって、とりもどせないだけである。

 少しではなく、かなり不思議という見方もある。

 いずれの作品も、視覚的、音楽的イメージを強く喚起する。しかし冷静に考えるなら、そこであたりまえのように描写されているものは、この現実の光景ではないのである。紙面に置かれた文字が音を発したりはしないことも周知のはずだ。

 それでも、そこに見え、そこから聞こえる。この効果を効率的に実現するためにSFというジャンルが選ばれているのではないか。

 文字を通じて、この世にはない光景が見えるのならば、そこから流れだすものは、この世にはない音楽であるかもしれない。 

    ◇

 とび・ひろたか 60年生まれ。『象られた力』で日本SF大賞。他に『グラン・ヴァカンス 廃園の天使1』など。

    −−「自生の夢 [著]飛浩隆 [評者]円城塔  (作家)」、『朝日新聞2017年02月19日(日)付。

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覚え書:「ロッキング・オンの時代 [著]橘川幸夫 [評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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ロッキング・オンの時代 [著]橘川幸夫

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]文芸 

■才能が交錯した「音楽と私」誌

 すぐれた個性が偶然、集結し、「ロッキング・オン」のような雑誌が生まれた。本書を読んで渋谷陽一の特別さをあらためて理解できたと感じたが、やはり岩谷宏だ。後年、原理主義的なコンピューター思想の伝道者になった。その厳しさは、すでに「ロッキング・オン」の時代からあったと記憶していたが、あらためて本書でその姿を確認することができる。

 渋谷陽一が、本屋で音楽雑誌を立ち読みしてもどれもつまらないから自分たちで雑誌を作ったという意味の痛烈なメッセージを、その頃、どこかで発言していた。まず、この言葉に喚起されたと思うし、音楽そのものとはべつに音楽批評という営みの刺激を「ロッキング・オン」から受けた。それはジャズ批評でも、歌謡曲の批評でもなかった。ロックでなければいけなかった。とはいえ、その頃あった「ロック」が放つ力を、いまはもうその音の響きに感じることはない。音楽が変わったのか。聴くこちら側が変化したのか。音楽産業がいびつに肥大したのか。

 本書は、渋谷陽一岩谷宏松村雄策、そして著者の四人を中心にして創刊された「ロッキング・オン」を、著者の視点から描き、一九七〇年代からの読者だった者にとって、その裏面を知るという意味で興味深いが、本来、ここに記されたのはそのような意味ではなく、もっと深い部分でメディア論として、ミニコミ自費出版雑誌、いまでいうなら「ジン」について書かれているのだと読める。とはいっても、ところどころに挟まれるエピソードの楽しさもあり、メディア論として、エッセイとして上質な読み物だ。

 もちろん、「ロッキング・オン」に限らないが、ある場所を基点に様々な才能が交錯するのはいまも変わらないかもしれないとはいえ、著者が若い時代を過ごした七〇年代、人の繋(つな)がりによって、この国のユースカルチャーのうねりが描かれた物語は、このうえなく面白い。

 なにより、「ロッキング・オン」はその誌名が秀逸だ。「ミュージック・ライフ」や、「ニューミュージックマガジン」ではなかったのだ。意味はわからなくてもいい。言葉の響きから湧き上がるような思想だ。プロの評論家ではなく投稿を中心としたロック論は、きわめて内省的な文章によって構成されている印象を受けたし、音楽と「私」が語られていたことに、初め、それを読んで戸惑った。わたしのような読者が欲する情報を伝えてくれるのではない。

 奇妙だが、なにより本書を読んで感じたのは、岩谷宏が当時書いたロック論を久しぶりに読みたくなったことだ。

    ◇

 きつかわ・ゆきお 50年東京生まれ。多摩大学客員教授。72年、渋谷陽一らと音楽投稿雑誌「ロッキング・オン」創刊。著書に『企画書』『一応族の反乱』『希望の仕事術』『森を見る力』など。

    −−「ロッキング・オンの時代 [著]橘川幸夫 [評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)」、『朝日新聞2017年02月19日(日)付。

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覚え書:「ぼくのミステリ・クロニクル [著]戸川安宣 [編]空犬太郎 [評者]末國善己(文芸評論家)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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ぼくのミステリ・クロニクル [著]戸川安宣 [編]空犬太郎

[評者]末國善己(文芸評論家)  [掲載]2017年02月19日   [ジャンル]文芸 

 ミステリファンなら、東京創元社の編集者として数多くの名作を世に出した戸川安宣の名を知らない人はいないのではないか。

 本書は、少年の頃に江戸川乱歩の〈少年探偵団〉シリーズを愛読し、編集者時代には1980年代後半から始まるミステリーブームを牽引(けんいん)、さらにミステリー専門書店の運営と、読む、編む、売るのすべてを経験した戸川の回顧録である。

 中井英夫都筑道夫鮎川哲也との交流。翻訳が中心だった東京創元社が、国内ミステリーを出すようになった経緯。北村薫有栖川有栖宮部みゆきら人気作家のデビュー秘話など貴重な証言が満載である。

 また、名作のアーカイブだった文庫が単なる廉価本になり、編集作業がデジタル化され、出版不況で刷り部数が減るなど、出版界の変化も捉えており、戦後の出版史としても興味深い。

 全編から戸川のミステリー愛、本作りへの真摯(しんし)な姿勢が伝わってくるので、本が好きなら必読の一冊だ。

    −−「ぼくのミステリ・クロニクル [著]戸川安宣 [編]空犬太郎 [評者]末國善己(文芸評論家)」、『朝日新聞2017年02月19日(日)付。

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覚え書:「日本国憲法、70年の議論」、『朝日新聞』2016年11月03日(木)付。

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日本国憲法、70年の議論

2016年11月3日

グラフィック・甲斐規裕

 1946年11月3日、日本国憲法は公布された。改正を自らの政治目標に掲げる首相安倍晋三の登場で、憲法を取り巻く状況は新たな局面を迎えている。この70年間の議論を振り返り、憲法日本社会の「現在地」を考える。(文中敬称略)

 

 ■第1の波(1947〜60年) 噴出する復古的改憲

 日本国憲法の三つの柱のひとつである平和主義は、46年の公布から4年後に早くも曲がり角を迎える。きっかけは50年6月の朝鮮戦争の勃発だ。

 占領下で軍国主義の排除と武装解除を進めたマッカーサーだったが、翌月には警察予備隊の創設を首相吉田茂に指令。9条と「再軍備」との矛盾が生じた。

 吉田は自衛隊発足を前に「自衛隊軍隊であるかどうかは定義にもよるが、これにいわゆる戦力がないことは明らか」との論法で9条と整合させようとした。だが、公職追放を解かれた鳩山一郎岸信介らは、自主憲法を制定し、軍備も認めるべきだと主張した。憲法論争であると同時に、親吉田と反吉田の激しい権力闘争だった。

 岸は自由党憲法調査会長に就くと、54年に憲法改正案要綱を発表した。当時は独立回復を受け、他党なども次々と試案をまとめた。再軍備に限らず、天皇元首化▽基本的人権の制限▽国民の義務や家族保護規定の追加など、復古色が強いのが共通の特徴だ。

 岸は57年に首相になると、内閣憲法調査会改憲議論を託した。岸は後に自分の使命として「安保条約)を解決すること、もうひとつは憲法調査会をして『改憲をしなければならない』という結論を出させること」(『岸信介証言録』)と振り返った。

 こうした改憲論の盛り上がりに、国民は敏感に反応した。革新政党労働団体知識人らが幅広く平和運動に参加。51年に日教組が採択した「教え子を再び戦場に送るな」とのスローガンは、後々まで平和運動象徴となった。

 58年に設立された民間の憲法問題研究会には政治学者丸山真男らが集い、安保闘争に加わった市民を理論的にリードした。

 岸は60年6月、強行採決によって安保条約改定にはこぎ着けた。だが、デモ隊と警官隊との衝突で東大生の樺(かんば)美智子が死亡。岸は一連の混乱の責任をとり、志半ばでの退陣を決意した。

 ■凪の時代(60年〜80年代) 経済成長、機運冷める

 安保改定や憲法改正への国民の激しい抵抗は、保守政治家に強い衝撃を与えた。

 中曽根康弘は後に、57年からの佐賀県教組の闘争を描いた石川達三の小説の名を挙げてこう語った。「戦争に負けたけれども、新しい憲法ができて自由回復した。その民衆の解放感が我々にはわからなかった。60年安保になって一種の『人間の壁』ができたと感じた」(『対論 改憲護憲』)

 岸の後を継いだ池田勇人は「国民世論の強い反対があった際は憲法改正は絶対にしない」と明言。これで政界にあった改憲の機運は一気に冷めた。日本は池田が掲げた「所得倍増計画」のもと、未曽有の高度経済成長にひた走っていく。

 自民党政権は9条のもとで自衛隊を存続させつつ、9条の精神を生かした政策を次々に採用していった。

 佐藤栄作内閣は67年に「非核三原則」を表明、三木武夫内閣は76年に「防衛費の対GNP比1%枠」を打ち出した。「集団的自衛権行使は許されない」とした政府の72年見解が出されたのもこの時期だ。

 市民の側も変化した。60年代まで平和運動の中核を担ってきた労組は賃上げ闘争軸足を移していく。社会運動の対象も、公害の深刻化を受けた環境保護などへと変わっていった。

 朝日新聞世論調査では、改憲の是非を尋ねる質問がしばらく途絶えた。

 こうした世相に異を唱えたのが、大阪万国博覧会の余韻が残る70年11月に自衛隊市ケ谷駐屯地に乱入し、割腹自殺した作家の三島由紀夫だ。東部方面総監を人質にとった三島は約千人の自衛隊員に、改憲へ向け立ち上がれと促した。だが、隊員から返ってきたのは「英雄気取りをするな」とのヤジだった。

 82年には筋金入りの改憲派の中曽根が首相に就いた。85年の自民結党30年の新政策綱領に「自主憲法制定」を明記するが、やはり「憲法改正を政治日程に載せることはしない」と言わざるを得なかった。

 ■第2の波(90年代〜2004年) 湾岸戦争国際貢献

 新たな波の到来を告げたのは、90年8月14日早朝、首相海部俊樹米大統領ジョージ・H・W・ブッシュから受けた1本の電話だった。

 「日本が我々の共通の利益を守ることに完全参加しているシグナルを送ることが、世界にとって重要だ。掃海艇や給油艦を出してもらえればデモンストレーションになる」

 10日あまり前にイラククウェートに侵攻、後に湾岸戦争に発展する。米は日本に目に見える「貢献」を求めてきたのだ。前年にベルリンの壁が崩壊して東西冷戦終結地域紛争が多発する時代に移っていた。

 9条のもとで自衛隊を海外に派遣できるか、経済大国・日本にふさわしい国際貢献とは何か――。これが日本政治の主要テーマに躍り出た。

 当初の議論を引っ張ったのは、自民党小沢一郎だ。「小沢調査会」と呼ばれた党組織の93年の答申で、正規の国連軍が創設された際の自衛隊の参加の必要性を強調した。

 小沢は「国連軍自衛隊が参加しても9条には違反しない」との持論を掲げた。他方、国際貢献論に触発されて読売新聞経済団体なども次々と改憲案や提言を発表。50年代の復古調は消え、重点は自衛隊の海外派遣に置かれた。

 92年にはPKO協力法が成立。一方、90年代後半から自民党中心の政権は日米ガイドラインの改定や周辺事態法制定と、9条改正には手をつけないまま日米同盟の強化に力点を置いた。背景にはアーミテージ米国知日派からの圧力があった。そのピークが、小泉純一郎内閣による自衛隊イラク復興支援だ。

 こうした9条の「変質」に危機感を強めたのが大江健三郎鶴見俊輔らの知識人だ。04年に「九条の会」を設立憲法学者の奥平康弘は発足記念の講演で「9条は日本に住む人々を統合する象徴の意味がある」とその意義を強調。九条の会は、労組などの組織に縛られない市民によって全国に広がっていった。

 ■第3の波(2005年以降) 改憲勢力が3分の2に

 いまの首相・安倍の改憲論の特徴は、米国からの「押しつけ」返上と日米同盟強化という第1と第2の波の時代の一見矛盾する側面をあわせもつことだ。

 「占領時代につくり上げられた憲法などの仕組みを変えていくことによって、真の独立の精神を取り戻すことにつながっていく」(13年4月参院予算委)との考えは前者を、そして9条の解釈変更による集団的自衛権行使容認は後者の側面を示す。

 岸や中曽根の時代との大きな違いは、07年の国民投票法の制定で改憲の制度的条件が整ったこと、先の参院選で「改憲勢力3分の2」という政治的条件が外形的には整ったことだ。憲法をめぐる状況は、この10年で劇的に変化した。

 国民の意識もまた、変わってきた。

 安倍の復古的側面を支えるのが、「日本会議」などの団体だ。「憲法の前文には日本を日本ならしめてきた価値観が書かれていない。米国が、日本が二度と立ち直ることができないようにと押しつけた憲法だからだ」(ジャーナリスト桜井よしこ)との考えが、安倍と絶妙に響き合う。

 一方、同盟強化への解釈改憲に対しては、「立憲主義を守れ」と多くの市民が立ち上がった。

 安保法案の審議が続いていた昨年夏、数万人の市民が国会議事堂を何度も取り囲んだ。学生団体「SEALDs(シールズ)」や学者、子育て世代が注目を集めたが、「憲法守れ」と声を上げたのは年齢も性別も職業も様々な「普通の人びと」だった。

 こうした動きの下地をつくったのが「九条の会」の活動であり、福島第一原発事故を受けた「脱原発」など「路上の民主主義」の新たな展開である。

 昨年9月、安保法の成立後に都内での集会でマイクを握った作家の大江健三郎はこう語った。「70年間、憲法の平和と民主主義の中で生きてきた。それがいま危険な転換期にあるということを、私たちは本当に感じ取っているだろうか」

 

 ■首相が9条に踏み込む可能性高い 渡辺治一橋大名誉教授(憲法

 占領終了後に改憲論を引っ張ったのは、岸信介首相だ。日本をアジア大国として復活させたい、そのためには9条を中心に憲法改正したいとの思いがあった。

 9条2項の戦力不保持は冷戦下の世界では「非常識」な条文と言えるが、国民は再軍備反対や安保闘争などを通じ、自らの手で「日本の常識」に変えていった。

 60年安保闘争は保守政治家に強い衝撃を与えた。戦前回帰の政治では政権は持たないと、池田勇人首相経済重視路線への転換を余儀なくされ、改憲論はその後30年ほど影を潜めた。

 冷戦終結後に自衛隊による国際貢献日米同盟強化が政治のテーマになっても、小沢一郎氏ら歴代自民党首脳は9条の解釈変更を優先し、明文改正は将来の課題と位置づけていた。

 安保闘争の衝撃を実感しない安倍晋三氏は、改憲を現実の政治課題にした初めての首相だ。安全保障関連法を成立させたが、違憲判決が出る可能性はあるし、いまの憲法のもとでは軍法や軍法会議はつくれず、海外に派遣された自衛隊員の法的地位は不安定だ。いばらの道は続くわけで、首相が9条改正に踏み込む可能性は高い。

 ■日本の閉塞感、改憲では解決しない 小熊英二慶応大教授(歴史社会学

 憲法には二つの側面がある。一つ目は、国家の基本法という法制度的側面。二つ目は、「日本は戦争をする国なのか否か」といったナショナル・アイデンティティーの象徴としての側面だ。

 改憲論は基本的に、後者の側面から出てきている。50年代の改憲論は「敗戦で失われた『国のかたち』を戻したい」というものだった。その後は戦後日本の形が安定し、改憲欲求は収まっていた。だが90年代以降に閉塞(へいそく)感が覆うと、再び「『国のかたち』を変えたい」という改憲欲求が出てきた。

 冷戦後には「国際環境の変化に応じて基本法を整えよう」といった法制度的な改憲論も存在したが主流ではない。実際には、ほとんど法律改正で対応できたからだ。

 世論調査では、改憲を支持する回答も多い。だがこれは、「現状の日本に不満だ」という漠然とした感情の表現だ。「では9条を変えますか」といった具体的なことを聞くと、「違う」という回答が多くなる。現状に不満なのは共通しているが、どこを変えたらいいかの合意はないからだ。こういう不満は地道に政策で対応すべきもので、合意のない状態で国の基本法を改変しても解決しない。

 

 ◆この特集は、編集委員・国分高史、後藤遼太が担当しました。

    −−「日本国憲法、70年の議論」、『朝日新聞2016年11月03日(木)付。

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日本国憲法、70年の議論:朝日新聞デジタル





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