学生運動に参加し,国民的歴史学運動で活躍。運動の退潮後は,中世民衆の生き方を根底からとらえ直すため荘園中心の史料の世界に沈潜,『中世荘園の様相』(66年)などを著す。他方,日本常民文化研究所勤務が機縁で民俗分野へも関心を深め,従来の歴史学が軽視してきた海民・職人ら非農業民に着目。この学問上の転換は後に『日本中世の非農業民と天皇』(84年)に収録される中世天皇の支配基整の再検討の仕事や,中世の自由と平等の問題を階級闘争とは異質の観点から考察した『無縁・公界・楽』(78年)に集約されるが,それは同時に高度経済成長の終焉という現代史の岐路での歴史学の見直しをも意味した。
その後,阿部謹也との対談『中世の再発見』(82年)が示すように,日本史以外の歴史・人類学者とともに普遍史と日本史とのかかわりを考え,あるいは日本常民文化研究所の再建に尽力し,『列島の文化史』などで坪井洋文ら民俗学者と協働するなど多面的に活動。『東と西の語る日本の歴史』(82年)で東国と西国の文化的差異を強調して民族史的次元の歴史学を提唱し,『異形の王権』(86年)では後醍醐天皇論から人類学的王権論に接近するなど,その多彩な業績は,政治・経済史から日常的・構造的な社会事象への現在の歴史学の比重の変化を結果的に代表するものでもある。80年より神奈川大短大部教授。(『朝日人物辞典』より)
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| あ | 赤坂憲雄, 網野史観 |
|---|---|
| か | 小谷野敦 |
| た | 対話の回路 |
| な | 中沢新一, 中沢厚 |
| ま | 毎日出版文化賞 |
| や | 山梨県立博物館 |
| ら | リスト::学者::人文科学 |