<愚者の飛行術> 堀切直人

S62,10,1沖積舎←借り物

以前同著者読んだことがあるんで、久しぶりに読んでみた。
 キーワードのバフ−チンの笑いやバロックというのが、気になったが、近代日本の自意識を突破する概念として使っていて、具体的には谷崎順一郎、岡本かの子稲垣足穂(タルホ)、金子光晴江戸川乱歩なんかの作品を論じていて面白かった。

 中でも金子光晴を論じた<人間の喜劇>は、彼の<人間の悲劇>のタイトルを真っ逆さまにした、意表をつく異色論。
小金を貯めた遊治郎が航海途上難破し、鱶に狙われながら漂流する落魄の航海の人生に落ちるのが、反転し、

いっそうタフになり、軽やかになり、ユーモラスな人物となる。
(略)
ひとかどの泳ぎの達人として地上に這い上がる。そのとき彼はすでに空中をも自在に飛びめぐれるタオイストに成長している。

晩年気に入ってこちら京都のストリップ劇場まで、足繁く通い、気炎を吐き、矍鑠たるところを見せた詩人金子、その絶望と一見投げやりなパフォーマンス。

A・ランボオランボー)にイカレ、また彼に似て、早熟の天才であった小林秀雄金子光晴の両者、爺になったら(もうなってます汗!)、僕なら、金子の生き方に憧れるよ。

罵語とか<みみずく偏書記>

由良君美1883,5,5初 青土社
 書狼に徹してた由良ぎみの書物全般についての肩肘凝らない楽しいエッセー。
 とはいえ、博覧強記の人、ブレイク、夢野久作の父、頭山満と並び称される<右翼>杉山茂丸、メスメリズム等、なんとも、例によって洋の東西を問わずその筆先は古今東西縦横無尽に飛翔する。>ぼんくらなぼくの頭には眩暈めいた悦楽である。
  
現代の日本語の貧困につき、<罵言、卑語、汚語のこと>でこれらを擁護して至言を吐いている。

修辞の力というものは、美しく上品な言葉から、猥雑で下品なものにまで、どれだけ広大な幅を、その言語が可能にしているかによって決まる。

 由良先生も別冊新評S52,10,10<花田清輝の世界>で花田清輝につき絶大なオマージュ(<残虐性>と<偽計>)を捧げて次のように<罵語>している。

思えば花田清輝も気の毒であった。その素養の中心において、批判され評価されることが、ついにこの日本においては、なかったのであるから。

花田清輝を葬った者は、その疑似ナチ的黒服を暴いた、無学な<和物>論者でしかなかった。

PS
http://www3.gimmig.co.jp/hanada/kogawa.html

(みんながマルクス死んだというと、思想バカなんて信用してないが、論旨余り感心しないけど、孤軍奮闘しているの応援したくなるのは天の邪鬼せいか?・・)

ところで花田清輝って?それ誰?
↓参考に

●連続講座「花田清輝―その芸術と思想」第二回

花田清輝とメディア

粉川哲夫

<マスメディアでの評判>

八○年代になると花田清輝という批評家の存在が、一般的には忘れられてきます

というマイナーな人になってたのかい?!>もうろくした俺も知らんかった