あの街は、もうこの世に存在しない。今故郷にある街は、以前住んでいたところではない。ある意味で私は故郷喪失者のようなものである。 私が育った家はもうない。その周りにあった文房具店や和菓子屋や手芸屋靴屋も、もうない。全部再開発で壊されて大きな市営の施設が建った。 私もある意味で故郷喪失者のようなものである。 故郷を辞書で引くと、「生まれ育った土地」と出てくる。土地を失ったわけではないし、災害や戦争で生まれ育った土地を離れて、そこで一生を終えなくてはならない人たちが沢山いるんかで、私のような人間が故郷喪失者だというのは無神経なところがある。だから、「ある意味で」なんだけど。 故郷というのは、正確にい…