Crystal Palace
→ クリスタル・パレスFC (イングランド・ロンドンを本拠地とするサッカークラブ)
1851年ロンドンはハイドパークで開催された第一回万国博覧会の会場として建設された、鉄製フレームとガラスによる巨大なパヴィリオン。「水晶宮」とも。
東西1848フィート、南北408フィートの階段状構造で、中央部に4段目のアーチを持つ直交部を有する。中央通路の高さは64フィート、中央大屋根までの高さは108フィートであった。
設計者は元庭師で温室の設計を手掛けるジョセフ・パクストン。
当初、企画に当たった王立委員会は国内外へパヴィリオン建設案を募ったものの、建築委員会は「採択案なし」として独自案を提出。しかしこの案はいかにも保守的な煉瓦積みの重厚なもので、明らかに会期終了後の解体を考慮しておらず、また建設予算的にも工期的にも要求にそぐわないものであったようだ。新聞に掲載されるや非難が殺到。
そこへ登場したパクストン案は、工場で予め規格通りに製造されたパーツを組み上げるだけで建設する、今日ではプレ・ファブリック(プレハブ)工法として知られるものであった。この案ならば委員会案に較べ遥かに安価で短期に建設/解体が可能であり、また鉄製フレームとガラスによる構造は優雅で斬新な印象を与えるものであったために即採用となった(一説には工期の関係で他に適当な対案がなかったとも)。
会期終了後、クリスタルパレスは解体されシドナムに移築、その後1936年に焼失した。
| 生年月日 | : | 1974年生まれ、牡、芦毛、Baron G.de Rothschild(フランス)生産 |
| 父 | : | Caro(カロ) |
| 母 | : | Hermieres |
| 母の父 | : | Sicambre(シカンブル) |
| 馬主 | : | Baron Guy de Rotschild |
| 管理調教師 | : | Francois Mathet(仏国) |
| 競走成績 | : | 9戦4勝(仏) |
| 主な勝ち鞍 | : | 仏ダービー (2着・リュパン賞) |
| 牡馬 | 性 | 生年 | 母 | 母の父 |
|---|---|---|---|---|
| プレクラスニー | 牡 | 1987年 | ミトモオー | ヴィミー |
| クリスタルアスター | 牡 | 1986年 | アスタニールセン | リマンド |
| クリスタルケイ | 牡 | 1989年 | ゴロワーズ | ルイスデール |
| ストロングパワー | 牡 | 1987年 | タケムスメ | パーソナリティ |
| 牝馬 | 性 | 生年 | 母 | 母の父 |
| タニノクリスタル | 牝 | 1988年 | タニノシーバード | Sea-Bird |
| ブルードメアサイアー | 性 | 生年 | 父 | 母 |
| タニノギムレット | 牡 | 1999年 | ブライアンズタイム | タニノクリスタル |
| トーセンダンディ | 牡 | 1998年 | ホワイトマズル | キクノトッポリーノ |
| [[ヒカルボシ | セ | 1996年 | スリルショー | セイランパワー |
| サンライズシャーク | 牡 | 1998年 | サクラホクトオー | コガネセンガン |
| タニノディオーネ | 牝 | 1996年 | ポリッシュネイビー | タニノクリスタル |
| Caro | フォルティノ *Fortino | Grey Sovereign | Nasrullah |
| Kong | |||
| Ranavalo | Relic | ||
| Navarra | |||
| Chambord | Chamossaire | Precipitation | |
| Snowberry | |||
| Life Hill | Solario | ||
| Lady of the Snows | |||
| Hermieres | Sicambre | Prince Bio | Prince Rose |
| Biologie | |||
| Sif | Rialto | ||
| Suavita | |||
| Vieille Pierre | Blue Peter | Fairway | |
| Fancy Free | |||
| Vieille Maison | Finglas | ||
| Vieille Canaille |