薩珊朝(西暦227年〜西暦651年)
ペルシア(現イラン)の王朝の一。パルティアを滅ぼし建国。 東ローマ帝国などとオリエントの覇権を争った。ホスロー1世(在位531年〜579年)の時代に全盛を迎える。のち、彗星のごとく登場したアラブ・イスラーム勢力によって滅ぼされた。 宗教的にはゾロアスター教を国教としている。
ペルシア(イラン)産の高級絨毯。宮廷工房を中心とする都市の工房で作られた。優れた素材を用い、高度な技術とデザインを持つ職人の手によって織られ、洋の東西で高く評価され珍重された。 ペルシア絨毯の起源 ユーラシアの東西交流 ペルシア絨毯の発展 羽柴秀吉の陣羽織 オランダ東インド会社による日本移入 参考文献 ペルシア絨毯の起源 ペルシア絨毯の起源は、はっきりとはしていない。しかしパルティア王国時代(前250~後224)とササン朝時代の遺跡から出土した亜麻布やフェルトの断片に、パイル絨毯の断片が付着しており、最も古い例の一つになっている。 ササン朝の都クテシフォンには壮大な宮殿ターキ・キスラ(ホスロー…
6世紀頃にメソポタミアのササン朝で製作されたと推定されるカットガラス碗。安閑天皇陵とされる高屋築山古墳(大阪府羽曳野市)から出土したとされる。正倉院蔵の白瑠璃碗と極めて類似していることでも知られる。 ササン朝後期の円形切子碗 伝安閑天皇陵 江戸期の文献にみえる伝来の経緯 参考文献 ササン朝後期の円形切子碗 高屋築山古墳(伝安閑天皇陵)出土の円形切子碗は、色調は淡褐色透明、半球形の厚手の切子ガラス碗で、大きさは高8.6×口縁部径11.9×底部径3.9cm。胴部には四段に各22個ずつの円文カットを施しており、亀甲文状を呈している。底部には7つの円文、底に大きな円文を1つ施しており、後期ササンガラス…
ササン朝の版図だったメソポタミア・イラン地域で製作されたガラス製品。ユーフラテス川以東に分布するササンガラスはソーダ源に植物灰を用いてあり、マグネシウムやカリウムに富んだ組成を示す。ユーラシア東西交易により中国、そして日本にももたらされており、日本では古墳からの出土のほか、正倉院に伝世品が所蔵されている。 ガラス生産はじまりの地 ササン朝の成立とガラス生産 イラン北部への流通 西晋とオアシスルート 江南の海上貿易 北朝と隋・唐 日本出土のサザンガラス 参考文献 ガラス生産はじまりの地 人工素材としてのガラスが最初に実用化されたのは北メソポタミア地域とされる。考古学的に確認できる最古のガラスは北…