1749.03.03-1823.04.06 江戸中期の戯作者.別号には蜀山人・四方赤良など.江戸生まれ. 生家は御徒を勤める幕臣であったが,平賀源内との出会いを契機として,19歳で狂詩集『寝惚先生文集』を出版.以後,狂歌・洒落本・黄表紙などで活躍した. 軽妙な笑いと機知によって広く歓迎され,天明期を制するが,寛政の改革に抵触して断筆.以降は役人としての仕事に專心して大坂・長崎に出役したが,その後も文名は衰えなかった.
お待たせしました、現代語訳と解説です! 以前とはアカウントが変わっておりますので、読者登録がまだの方はよろしくお願いします! 国書データベース:国文学研究資料館 (九州大学中央図書館所蔵) 大田南畝『奴師労之《やっこだこ》』(文化10[1813]年序) 【原文】五荷棒《ごかぼう》〇五十八 安永六年 丙申《ひのえさる》日光 御社参《ごしやさん》の時、道中にて見し駄菓子に、五荷棒と言ふ物有り。 其の頃、駄菓子に達摩糖《だるまたう》と言ふ物に似て、一口も味はふべき物に有らず。 三間梁《さんげんばり》の飴と、良き對《ツイ》なりと思ひしが、今年 庚辰《かのえたつ》、或る友の元より、武州 忍領《おしりやう…
文章仲間が集まった。8月は夏休みということで、私は6月、7月と欠席のためみなさんとは3ヵ月ぶりに顔を合わせることになり、ちょっと新鮮味を感じる。幸い昨日今日と雨もなく、本堂の三方の戸を開け放ち、しけっぽさよサヨウナラ。寺子屋エッセイサロン、皆さんお変わりなくおそろいです。 私自身はまだ何となく気も緩んだ、気持ちが集中できないといった状態でいるが、それでも参加者の作品に触れることが刺激となって、小さな灯りがともる。小さくてもこの気力、あとは自分次第なのだと思う。原稿用紙に向かおう…っと。 大田南畝の半生を描いた村木嵐の『雀ちょつちょ』に、直次郎(南畝)より少し年上で、まだ30手前という年頃の「神…
芒種とふこころに播かん種子もがな 能村登四郎 心に播く種がほしいものだなあ…。自分の心の土壌を常に肥えたものにしておけば、心に落ちた種はさまざまな縁をいただきながら芽を出し、根を張っていくだろう。時間をかけて育てていけばいい。 大田直次郎(のちの大田南畝)の息子・定吉のところに17歳で嫁に来た冬さんの淹れるお茶がおいしい(『雀ちょっちょ』村木嵐)。詩会に出かける前、直次郎はお冬の淹れた茶を飲みながら、こんなやりとりをするシーンがあった。 「この世にお冬の淹れた茶ほど旨いものはない。日々この茶が飲めるだけで果報なことだ」「勿体のうございます。旦那様もよくそのように仰います」……「義母上様のお淹れ…
西に西山連峰を遠望し、東に比叡山を間近に見あげた。比叡山から伏見稲荷大社の建つ稲荷山まで、東山三十六峰が連なる。 「万緑」。満目の緑は今や鬱蒼とした感さえ漂わせ、生い茂る力強さにはちょっとした感動さえ覚える。なんとはなしにみていても生えている樹木によって葉の繁りには差異があり、全山一絡げの中にあっても樹の葉がつくりだす幾並ものうねりが見いだせる。 鴨川の高低差は宇治川の6倍、桂川の4倍あるという。三方を山に囲まれて、雨が降れば一気に流れきってしまうため、普段は水がなかった記録もあるようだ。水の勢いを弱めて流れを安定させるために落差工と呼ばれる段差が設けられた。46か所あるらしい。わずかな水量に…
とても爽やかな色合いで結果が進むオニグルミ 御徒組(おかちぐみ)御家人、大田吉左衛門の嫡男として生まれた直次郎(のちの大田南畝)。侍の子も町人の子も好きに書を読み、学問をすることが許されたおおらかな時代に、8歳で漢学塾に通い始めた。18歳の今、すでに詩文の才は広く知られていた。 父に代わり御徒抱人(かかえいれ)として出仕を始めた。そのお役というのは、江戸城御玄関に詰め、遠侍間(とおざむらいのま)の奥でただ座っていることだった。これは生涯続く。父たちが不平も不足も言わずに禄を守ってきてくれたからこそ、今安穏と机に向かっていられることをおろそかには思っていない。 が、お役は何かむしゃくしゃした。直…
4月13日は「喫茶店の日」です。 日本に初めて 本格的な喫茶店が誕生した日です。 喫茶店の日 コーヒー伝来 日本初の本格的喫茶店「可否茶館」 文化人が集う場所へ銀座三大カフェー カフェー プランタン カフェー ライオン カフェー パウリスタ 「純喫茶」の誕生 喫茶店の日 明治21(1888)年4月13日、 東京の上野に日本初の本格的な喫茶店 「可否茶館」(かひいさかん) が開業しました。 この日を記念して 「喫茶店の日」が誕生しました。 コーヒー伝来 日本にコーヒー豆が伝来したのは、 江戸時代、鎖国時代に オランダ商人によって 出島にもたらされたと言われています。 ただ、当時コーヒーに触れるこ…
奥書によれば、「オール讀物」(2024年6月号~2025年6月号)に連載後、2025年12月に、単行本が刊行された。 ひとことで言うなら大田南畝の伝記風小説。 太田南畝の名からイメージが浮かぶなら、あなたは江戸文化にかなり詳しい方だろう。 手元の『大辞林』(三省堂)を引くと、おおたなんぽ【大田南畝】の項がある。「1749~1823 江戸中・後期の狂歌師・戯作者。江戸の人。本名、覃(たん)。別号、蜀山人(しょくさんじん)・四方赤良(よものあから)・寝惚(ねぼけ)先生など。幕府の下級武士。唐衣橘州(からごろもきっしゅう)・朱楽管江(あけらかんこう)とともに狂歌三大家といわれ、天明調の基礎を作った。…
都々逸:鳴蛍しかと作曲・歌唱:Suno狂歌入り(あんこ入り都々逸みたいなもの) [都々逸]熊が 冬眠しないと 聞いた俺は 年中寝て暮らす [挿入狂歌(あんこ)]世の中に寝るほど楽はなかりけり浮世の馬鹿は起きて働く ※この狂歌は大田南畝の作と言われているが否定説もあり
MVPは顔芸の恋川春町かな!宴の多い回でした NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第21回「蝦夷桜上野屁音」が6/1に放送された。えなりかずき登場のサイコパス殿ども勢ぞろいの恐怖の宴から、酔っ払い春町のひと暴れ後に下ネタ「屁」で突破口を見つけた戯作者・狂歌師らのふざけた宴会まで、いつにも増して宴会が目立つ回だった。満開の春の桜と、秋の紅葉と。 まずは公式サイトからあらすじを引用する。 ≪あらすじ≫ 第21回「蝦夷桜上野屁音(えぞのさくらうえののへおと)」 蔦重(横浜流星)は、歌麿(染谷将太)と手掛けた錦絵が売れず、さらに鶴屋(風間俊介)で政演(古川雄大)が書いた青本が売れていることを…
ランキング「菊寿草」、大田南畝の影響力 NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第20回「寝惚(ぼ)けて候」が5/25に放送され、朗らかな寝惚け先生・大田南畝が登場した。食いしん坊の私は、蔦重が南畝宅にご挨拶に出向いた時のお持たせ・ヨックモックせんべいが食べたくなった。では、あらすじを公式サイトから引用する。 ≪あらすじ≫ 第20回「寝惚(ぼ)けて候」 『菊寿草』で『見徳一炊夢』や耕書堂が高く評価された蔦重(横浜流星)は、須原屋(里見浩太朗)と大田南畝(桐谷健太)の家を訪ねる。そこで近頃、江戸で人気が出ている“狂歌”を知った蔦重は、南畝から「狂歌の会」への誘いを受ける。一方、意次(渡辺 …