〈昭和の忘れもの〉クルマ編㉓ 【マツダ ランティスクーペ・タイプR】 1980年代から90年代初頭のバブル崩壊まで、国産自動車メーカーは絶頂期にあった。物(車)さえ有ればいくらでも売れるという状況で、殊にトヨタ・日産の2大メーカーの強大な販売網はその実力を遺憾なく発揮した。 マツダもそれに倣い、1989年に“5チャンネル化”(マツダ・アンフィニ・ユーノス・オートザム・オートラマの各専売店)に舵を切った。後に、この判断がマツダの経営危機を招くことになったのだが、ここで語ることは控える。 元々多くの車種を持たなかったマツダは、各チャンネルに供給するための新型車を生産することが急務だったが、エンジニ…