誰がどんな作品をどう評価しようとも自由である。失恋で終わったり、殺人があったり、強姦の場面があれば、それだけで見たくない作品になるのもしょうがない。問題は、それらの基準に見ないという判断と、それらがあるからそれらを肯定していると断定するのと、それらがあるから駄作や問題作であるという評価は、それぞれ因果どころか相関でも無いと理解が出来ない事。 例えば、自分は葬送のフリーレンを人情作品と相手は肯定している。台詞が少なく、無音や無言のコマを多用して情緒あふれる作品だと認識している。しかし、ある章に突入してから、敵味方ともに美男美女ばかり量産して、誰も彼もペラペラとよく喋り、どいつもこいつも恋愛関係で…