前回の業葉(なりは)神社の西側が十九番札所 光照院。境内はひと続きといっても過言ではありません。写真は、一旦公道に出てから光照院観音堂参道を眺めたもの。右側に「御本尊聖観世音菩薩」の石標、左に本尊の解説が立てられています。半田町史には観音堂について以下のように書かれています。「慶長(1596-1615)以前には創立されていたものとされ、本尊聖観世音菩薩は八幡宮(業葉神社)の地佛として社と同時期に建立し、当初は八幡社の社務を務めていたが、徳川時代に光照院の付属となった。天保6年(1836)12月、光照院は観音堂と山門を除き焼失、この際に書類や什器なども悉く灰と化した。その後、伽藍が再建されるのは…