静けさに映るこころ ― 和辻哲郎『古寺巡礼』にみる日本的精神のかたち 和辻哲郎が二十五歳の折に記した『古寺巡礼』は、日本近代思想史において稀有な存在感を放つ随想録でございます。明治末期という文明転換の時代において、仏教美術を見つめながら、彼はそこにただ造形の美ではなく、日本人の精神性そのものを見出していったのでございます。本稿では、和辻のまなざしを通して古寺と仏像をめぐる旅の記録を読み解き、日本的精神のかたちを考察いたします。 一、時代の呼吸と個のまなざし 『古寺巡礼』が著されたのは大正三年(1914年)、すなわち文明開化の昂揚が一段落し、西洋的価値観が日本社会に深く浸透した時期でございました…