夜半に目が覚める。トイレを済まし冷たい炭酸水を飲む。ドレープのカーテンを開けてみる。漆黒だ。しかし暗闇が動いている。霧が渦を巻き浮遊しているのだった。 この土地に住む前、霧の中で生活することなどを考えたことがなかった。縦走登山の幕営地。テントを開けるとフライシートが冷たく重くなっている。開けた隙間から粒子が遠慮なくテントの中に入ってくる。そしてテントは星空もない唯霧の中に全てが沈んでいる。意を決してヘッドランプを点け意を決してテントの外に出る。霧の中を泳いでトイレに向かう。帰り道は覚束ない。 霧を手で分けて歩いたことは幾度もあったがそれは山でのテントの夜だけのことだった。海抜九百メートルではそ…