東京都町田市にある、法政大学の研究所。
社会・労働問題の研究所であると同時に、利用者の資格を問わない専門図書館・資料館であり、文献情報センターとしても機能しています。1919(大正8)年2月、大原孫三郎によって創立された、社会科学分野では日本でもっとも古い歴史をもつ研究機関です。 http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/index.html
社会・労働問題の研究所であると同時に、利用者の資格を問わない専門図書館・資料館であり、文献情報センターとしても機能しています。1919(大正8)年2月、大原孫三郎によって創立された、社会科学分野では日本でもっとも古い歴史をもつ研究機関です。
今年の元旦、石川県能登地方を震源とする地震・津波・火災による甚大な被害が発生しました。被災された地域の復興、被災された方に一日も早く安心した生活が戻ることをお祈りいたします。 私は、中学の修学旅行で初めて金沢と輪島に行きました。当時(40数年前)は新幹線がなく夜行電車の普通席に座って行った記憶があります。金沢の兼六園、輪島の朝市、棚田、塩田などとても思い出深い場所です。朝市で賑わっていた地域が火災で焼失してしまったことはとてもショックでした。 その後も、もう十数年前ですが、御陣乗太鼓を観に輪島と珠洲市を旅行しました。 今朝のニュースでは金沢の近江町市場での商売が再開されたとのことでした。近江町…
本日、「忘れられた娯楽研究家 権田保之助」という書籍がamazonから出版されました。ご興味ある方は是非、ご購入いただけると幸いです。 なお、本書は学術書ではなく一般向けの読み物ですので、楽しんで読んでいただけると思います。 書籍「忘れられた娯楽研究家 権田保之助」 (書籍の購入はこちら)https://www.amazon.co.jp/dp/B0CQLDMBD6?ref_=pe_93986420_774957520 以下、目次です。 はじめに1.権田保之助について 2.父・権田保之助(権田速雄) はじめに (1)早稲田中学 (2)櫛田民蔵との出会い (3)大塚保治先生のこと (4)学問への道…
昨日、法政大学 大原社会問題研究所(大原社研)HPのデータベースに、権田速雄氏が寄贈した未公開の「権田資料」のデータが公開されました。大原社研HPの「資料検索」ボタンをクリックして、キーワード「権田保之助」で検索すると2,430件がヒットします。その内、DB名に「OISR.ORG統合データベース」と書かれた2,356件のデータが、今回新たに公開された「権田資料」です。 [大原社研HP]https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/ 明治から昭和初期の権田保之助の封書・書簡・葉書が全体の半数弱を占め、講演原稿なども多数登録されています。外遊時に購入したと思われる絵葉書や旅行案内…
本日、大原社会問題研究所100周年記念シンポジウムが開催 権田保之助が研究員として勤務した大原社会問題研究所(以下、大原社研)は、1919(大正8)年2月9日、岡山県倉敷の大原孫三郎によって大阪天王寺に創立されました。権田保之助は大原社研で、高野岩三郎主導のもと「月島調査」を行い、また「浅草調査」も行いました。 本日の公開シンポジウムでは、大原社研所長であった二村一夫氏の記念講演があり、大原社研の100年について語られました。 整理が進んでいる権田保之助の未公表資料 記念レセプションでは、権田速雄氏が大原社研へ寄贈した権田保之助の膨大な未公表資料の整理が進んでいること、未公表資料はとても貴重な…
次男の速雄氏は、父権田保之助の資料を大切に保管してきました。 江戸東京博物館の「浅草社会地図」は保管していた資料から発見されました。 縁あって、私は、権田保之助の次男速雄氏と交流を持つことができました。速雄氏は父保之助の残した資料は研究する価値があると考え、膨大な資料を大切に保管してきました。昭和58年には、膨大な資料の中から関東大震災前の浅草を調査したノートと紙片を発見しました。これを元にして作成した「浅草社会地図」は現在、江戸東京博物館の床面に大きく展示されています。関東大震災前の浅草の様子を詳細に記録しています。 また、速雄氏は「日本人と娯楽研究会」に参加して、学者と一緒に権田保之助に関…