弁理士。(1925年-1992年9月) 浜松市生まれ。1947年東京帝国大学法学部卒、高等試験行政科合格、農林省入省、1950年農林中央金庫に入る。76年ダイキンプラント常務取締役。常任監査役。弁理士。
国文学者。(1911年10月29日-1981年) 1936年東京帝国大学文学部国文科卒、学習院大学文学部教授。定年直前に死去。
金沢駅 金沢駅の思い出 gankoさんのポストが切っ掛けで 郵太郎 コンコースの真ん中(旧駅舎) 映画「ゼロの焦点」に登場する郵太郎(旧駅舎) 設置場所が西口出入口の中央付近へ移動(現在の駅舎、下記構内図の①) 設置場所が西口の外へ移動(現在の駅舎、上記構内図の②) 絵画 高光一也《森の精》と宮本三郎《加賀獅子舞》 金沢駅 もう6年以上前に映画に登場する金沢駅、「映画で巡る金沢 金沢駅」というブログを書きました。 駅舎の変遷や昔の駅周辺の地図などの資料も載せてあります。 hanspotter.hatenablog.com 他にも金沢駅が登場するブログが多々あります。 金沢駅にはいろんな思い出が…
会期の長い展覧会ほど、行きそびれる。反対に会期が短いと行けないコトが多い。では丁度良い会期ってどの位だろうか? 結局、あまり会期って関係ないかもしれない。行かねばならぬならば無理しても行くし、どっちでもイイならば先送りしているうちに終わってしまう、だけだ。 というのが元気だった頃の話し。体力と気力を節約するようになった昨今、見たくても出られず、体調不調でドタキャンもあり。まして会場が都内となれば、あの空気の悪いトコロへわざわざ出向くっていうのは覚悟もいるし・・・腰が引ける。 つまり、アレコレと理由を付けては先送りしてしまうけれど、やっぱりナントカ観ておこうと発起して、会期終了ギリギリに竹橋へと…
龍子記念館の後はまたバスに乗り地下鉄馬込駅まで。カンカン照りで暑いので駅前の「楡」という喫茶店に入り、涼を取りつつお昼を食べてひと休み。 馬込からは地下鉄を乗り継いで竹橋の東京国立近代美術館へ。ここで「コレクションを中心とした特集 記録をひらく記憶をつむぐ」と題された企画展を見る。 このお題では何を展示しているのかもわからないのだが、東近美のHPを見ると、戦後に米国から返還(無期限貸与)され、東近美が保管する戦争画を中心とした展示であることがわかる。 しかし何故か、これだけの大規模な企画展でありながら、図録もパンフレットでさえも作られていないのである。 この点についてはだれしも訝しく思うようで…
ふいに川越散歩を思い立ちましたのは、西武新宿線の終点「本川越」の駅前広場にて、恒例の古書市が催されているからでございました。 かつて学生サークル古本屋研究会では、毎年この時期に開催されますこの古書市を「新入生歓迎企画」と位置づけまして、試し参加の新入生や新学年を機にサークル移籍を考えている在学生に向けて、参加者を募ってまいりました。新会員勧誘企画です。「古研は春一番に歩き始めます!」なんぞと謳ったビラを、サークル紹介イベントの会場にて配布したり、学内にて手配りしたりもいたしました。なかば年中行事化していたその企画が、疫病禍を機に途絶えてしまいました。今在籍中のサークル員に、川越歩きを知る者は一…
2011年のゴールデンウイークは大分、熊本方面に行きました。5月2日の夜に南港からフェリーに乗って翌朝別府港に着きました。そこから最初の目的地の竹田市の佐藤義美記念館に行きました。佐藤義美さんは昭和の童謡詩人、童話作家で代表作は「犬のおまわりさん」と「グッドバイ」です。妻が絵を習っていた奥野北雄先生は若い頃に東京で佐藤義美さんと出会い様々なことを吸収されお世話になった人生の恩人だそうです。 奥野先生の略歴ですが戦後海軍除隊後は舞鶴中学に復学されました。朝鮮戦争の頃に佐世保におられて米兵の似顔絵書きで絵の勉強をする資金を貯められました。その頃、母校の中学の後輩だった二谷英明さんを佐世保に呼び寄せ…
これやこの ゆくもかえるも運動の ゆくへも知らぬ 恋のみちかな(下) 特集 行方しらずの運動論 社会主義人物事典用原稿 村上義博 ▲1930年ごろうまれ▲55年ごろ没▲自由労働者▲学歴未詳▲筆名 沖田▲中央自由労働組合・野蛮人社・黒色青年連盟・AC労働者連盟・自由運動社・日本アナキスト連盟などに所属。村上については2-3の断片的伝聞だけで、ほとんど資料がない