朝起きて鏡の前に立つと、髪の毛の逆立った男がこっちを見ていた。驚きはしない。そこに映っているのは私自身だからだ。さすがに寝ぐせは何とかせねばならない。水を手に取り、頭髪を押さえる。 まだ起きねぇぞ。 幼い頃、母親によく指摘された。母は何故か寝ぐせの状態を「ピンコシャン」と呼んでいた。五十歳を越えた今でも、「ピンコシャン」と呟いてみたりする。人間の記憶というものは、いかにとるに足らない細部を後生大事に格納しているものか。何の役にも立たない記憶も、この駄文に記したことで少しは報われただろう。 起こすんじゃないよ。 「コッコのトサカ」とも呼ばれていた。寝癖がニワトリのトサカのようであるから、そのよう…