今日は春分の日である。我々仏教徒的には、春の彼岸会の中日となる。それで、拙僧つらつら鑑みるに、「彼岸会」の起源や展開の一端については、【彼岸会―つらつら日暮らしWiki】をご覧いただければ幸いであるが、この行持はやはり、浄土教に於いて深い意義があろうとか思ってしまうのである。 問ひていはく、韋提上の請には極楽の境を見んと願ず。如来の許説したまふに及至りて、すなはち先づ教へて心を住めて日を観ぜしむるは、なんの意かあるや。 答へていはく、これに三の意あり。〈中略〉冬夏の両時を取らず、ただ春秋の二際を取る。その日正東より出でて直西に没す。弥陀仏国は日没の処に当りて、直西十万億の刹を超過す。すなはちこ…