日蓮宗系の仏教宗派。 総本山は大石寺。
現法主は第68世早瀬日如。
日蓮正宗の信徒団体であった創価学会の興隆により大いに栄えたが、1991年11月に創価学会を破門し、檀家数が激減し寂れている。独自の信徒団体として法華講がある。 日蓮宗系だけあって他宗教に不寛容で、信者となる場合は他宗教と関係するものの破棄を求められる(謗法払い)。
前回、天璋院篤姫の記事を書きましたが、その天璋院を折伏したと思われるのが今回の南部信順公です。南部信順(なんぶのぶゆき)は薩摩藩八代藩主・島津重豪(しまずしげひで)の十三男として、1814年(文化11年)に生まれました。兄姉の三女の茂姫は、徳川11代将軍・家斉の正室で、広大院と呼ばれています。将軍の家斉と信順は義兄弟になります。信順は、1838年(天保九年)に八戸藩の養子となり、1842年(天保十三年)に八戸藩第九代藩主になります。その翌年に日蓮正宗・仏眼寺僧侶の玄妙房日成師が弘教のために八戸を訪れ阿部喜七宅に滞在しました。 ■関連記事▶日蓮正宗寺院参詣記①【法龍山・仏眼寺(仙台)】 - 創価…
先日、寝言丸さんから質問をいただいた【感応道交】について書きます。感応道交とは衆生が仏を感じ(求め)、仏がその衆生の心に応え、衆生と仏の心(道)が一つになることをいいます。天台大師は『摩訶止観』で「道」とは「菩提心(発心)」のことであると説明をした後で、「問う。行者自ら発心するや。他に教えて発心せしむるや。答う。自・他・共・離・は皆不可なり。ただこれ感応道交にして発心を論ずるのみ」と説き、修行者は、自ら発心するのでも、他人から教えられて発心するのでも、ある条件で発心するのでも、その条件から離れて発心するのでもなくて、ただ感応道交して発心すると述べてます。日寛上人は『観心本尊抄文段』で、「観心本…
第68世御法主日如上人猊下御指南 正林寺御住職指導 正しい宗教と信仰 大日蓮出版「正しい宗教と信仰」より転載 創価学会員への折伏教本 大日蓮出版「創価学会員への折伏教本」より転載 正林寺行事予定
正林寺御住職指導集 ※詳細はサイト内検索で確認できます。 春分の日、鷹化して鳩と為る(R8.3月 第266号) 妙法を弘むべき本縁の国なり(R8.2月 第265号) 団結行動の年(R8.1月 第264号) 心を翻(ひるが)へさず一筋に(R7.12月 第263号) 七五三祝い(R7.11月 第262号) 富山の蘭室の友に交わる信行(R7.10月 第261号) 第二十六世日寛上人(R7.9月 第260号) 日蓮必ず閻魔法王にも委しく申すべく候(R7.8月 第259号) 白米を法華経に供養する功徳(R7.7月 第258号) 教主釈尊より大事なる行者「下山抄」(R7.6月 第257号) 日蓮正宗の師資…
正林寺御住職指導集 ※詳細はサイト内検索で確認できます。 第六十七世日顕上人御事蹟(R2.9月 第200号) 総罰・別罰・顕罰・冥罰(R2.8月 第199号) 正を立てて国を安んずる(R2.7月 第198号) 疫病は愚癡より起こる(R2.6月 第197号) 謗法と同座すべからず、与同罪を恐るべき事(R2.5月 第196号) 題目には二つの意味がある(R2.4月 第195号) 南無妙法蓮華経の仏縁を大切に(R2.3月 第194号) 法華経の行者には値ひがたし(R2.2月 第193号) 御命題達成の年(R2.1月 第192号) 日蓮大聖人の御遺命(ごゆいめい)(R1.12月 第191号) 一水四見…
正林寺御住職指導集 ※詳細はサイト内検索で確認できます。 妙とは蘇生の義なり(H24.5月 第100号) 身口意の三業にわたる信心(H24.4月 第99号) 正林寺の縁由(H24.3月 第98号) 厄は転じて幸いとなる(H24.2月 第97号) 実行前進の年(H24.1月 第96号) 真心からの御供養(H23.12月 第95号) 御本尊を拝する時は妙の御文字(H23.11月 第94号) 一人が一人の折伏(H23.10月 第93号) 常に口ずさみにすべき事(H23.9月 第92号) 樒(しきみ)をお供えしましょう(H23.8月 第91号) 丑寅勤行について(H23.7月 第90号) 折伏とは何か…
五重塔は、総本山第26世・日寛上人が享保11(1726)年に、徳川幕府の第6代将軍・家宣公の妻の天英院と共に起塔の志を立たてられ、資金を残されたのが起因になります。その後、総本山第27世・日養上人から五代に渡わって時の法主上人が、その意志継いで、総本山第31世・日因上人の代に、諸国の僧俗からの御供養と、備中松山藩主の板倉勝澄公の寄進により、寛延2(1749)年6月12日に建立されました。そして、総本山第43世・日相上人の代の享和元(1801)年、総本山第64世・日昇上人の代の昭和28(1953)年、総本山第66世・日達上人の代の昭和42(1967)年に、それぞれ修復されて現在に至ってます。 五…
創価学会男子部時代に弘教長会という折伏の会合を開催していた。その会合でまず最初に各メンバーに「何で折伏をするのか?」と訊いてみたところ、「広宣のため」、「大聖人の御遺命」、「自他ともに幸福になる」、「立正安国の達成」などなど様々な意見があったのだけど、あるメンバーは「なんで折伏をするか分からない」と答えた。私はこの「なぜ折伏するか分からない」というのが大半のメンバーの正直な気持ちだと思う。顕正会員だって「国立戒壇の建立」といいつつ本当の所は「なぜ折伏するのか分からない」というのが本音だろうし、多くの法華講員も多分そう思っているのではないだろうか。自分の周りを幸福にしていく事で自分も幸せになるの…
この大法を弘通せしむるの法には、必ず一代の聖教を安置し八宗の章疏を習学すべし。 今回の「創価学会員の為の御書要文」は、『曽谷入道殿許御書』の御文です。短い一節ですが、私が教学を学ぶ上で心がている一節です。通解は「この大法を弘通するには、必ず一代聖教を手元に置いて、八宗の教論(章)、注釈書(疏)を習学すべきである」です。弘教をしていくためには、ただ自宗のことだけでなく、他宗のこと、仏教や宗教全般的な事、さらには哲学や思想などの一般教養も勉強するべきだと大聖人は言われているのです。創価時代に折伏セミナーというイベントがあって、会員が連れ出したきた友人を幹部が折伏しているところを見てたのだけど、創価…
富士宗学要集第二巻によれば、五人所破抄には「嘉暦三戊辰年七月草案す 日順」とある。 嘉暦三年(1328年)と言えば、六老僧は既に亡くなり日興師も最晩年の時であった。ここにある「日順」とは重須談所(北山本門寺)の二代学頭職にあったもので、日興師から薫陶を受けた弟子なのです。 この状況を考えてみると、日興師が自身の晩年となり、師匠の日蓮に対する考え方、またその教説に対する考え方について、他の五老僧と自分ではこの様な認識の違いがあった事を明確に語っておきたい事から、五人所破抄を重須談所の当時の学頭であり弟子である日順に起草させたものであったと思われます。 このブログでは本文については紙面の関係上全文…