主に不安定な雇用にある人などを対象に、山谷や釜ヶ崎など、日雇い労働者が集まる職安の近くで、職安とは別に日雇いの仕事を紹介して払われる報酬の大半をピンハネしたり、職安が扱えない仕事(原発の原子炉内のメンテナンスなどの非常に危険な作業など)を紹介することで稼ぎを上げている業者。
派遣労働が大幅に解禁される前は、手配師自体が暴力団の収入源と強くつながっていたため、「手配師=ヤクザ」と言う認識が主流だったが、最近では、単純作業の日雇い派遣を主に扱う人材派遣会社への蔑称としても用いられる。
もう、50年も前の頃田舎から出てきた私は、上野駅を利用しました。その頃の駅にはどこにでも待合室と言う一角と椅子が並んでいました。列車の時間までの短時間を休んでいる人もいましたが大きな荷物を置いてゆっくりと休んでいる人もいました。そんな待合室の椅子に座ってのんびりしていると「あんちゃん、いい仕事あるよ」と手配師達に何度も声かけられたものです。もう、手配師なんて言葉も通じない時代に入りました。同じようにこの頃は、飯場や土方、ヨイトマケなんて言葉が日常生活にありました。学歴もない、知人もいない、住所もない、そんな人に、日雇い仕事を紹介しピンハネしていたのが手配師でその手配師からピンハネしていたのがヤ…
2021年3月16日。 午前4時前に起き、今日の現金仕事を得ようと「パークイン」を発つ。 しかし、明らかに手配師の数が少ない。 手当たり次第に、声をかけてみるが、 「今日はもう無いわー」 「もう、決まっとるんよ」 「ごめんな。また、よろしく」 とすげなく断られる。5時近くまで粘ってみたが、仕事はなかった。 宿に戻り、ふて寝。よく眠れた。 3時間ほどして、目が覚める。 日雇い労働で暮らしていこうとする身にとって「仕事が得られない」ことほど、切ないことはない。タバコに火を点け、どこに向けて良いのかわからない無念さとやり切れなさに包まれる。 「無理なんだろうか…」 己の体力の無さに落胆する毎日を想像…
2021年3月12日。① 早朝というには早すぎる。深夜というには遅すぎる。時刻は午前3:30。 おはようございます!いつもは4:30あたりに仕事探しを始め、結果的になんとか現金仕事を与えてもらっていた。しかし、それは「なんとか」という雰囲気もあり。確実に仕事を得るには前倒して動き出さねばならないのかも知れない。 3時半ね。イカれてるな。 洗面場で顔を洗う時にも、誰とも会わなかった。こんな時間に仕事探してる人いるのか?宿を出て通りに出ると、人はいた。作業着姿のおっちゃんたちはいる。しかし、手配師の姿はない。 誰かいますか?エニバディホーム?仕事をください。 少し待っていると、ワゴン車が停まるがす…
西成労働日記・一日目① 2020年12月26日、土曜日。 いよいよの西成労働デビューをもくろんだ僕は、朝4時にスマホのアラームをセットしておいた。 どうやら、日雇いの仕事を得るには、あいりん地区あちこちの道路に泊まっているワゴン車やバンを見つけ、その周囲にいる「手配師」と呼ばれる人に声をかけられる必要があるようだ。 その時刻がなんと早朝4時~6時。なんたる早起き!西成の夜が早い原因は、西成の朝の早さにある。 前日の宿「緑風荘」で4時にアラームが鳴った。確かに鳴った。偉いぞ、スマホ。ただ、二度寝してしまった。2時頃まで眠れずにウダウダしていたから、寝た気がしない。アラームリセット。30分後。 も…