「今日は天気がいいね」妻の一言で、ドライブに出かけることにした。特に予定も決めず、カーナビも使わず、ただ山道から海岸まで、気の向くままに。 昔は子どもを乗せて、あっちへこっちへと走り回った車も、今は私たち二人のくつろぎの空間だ。助手席では妻がコーヒーを片手に、お気に入りのCDを再生している。窓を少し開けると、山の緑が風に揺れ、その香りが車内にふわりと入り込んだ。 山道を登りながら、「あのトンネル、昔も通ったね」と話がはじまる。何気ない会話。ときどき笑い、少し黙る。沈黙さえ、今は心地いい。若いころは沈黙が怖かった。けれど今は、同じ時間を静かに共有できることの贅沢さを知っている。 峠を越えて、しば…