大口(おおくち)は薩摩国の北辺である。肥後国・大隅国・日向国と国境を接し、幾度も激戦の地となった。 大口城(おおくちじょう)は現在の鹿児島県伊佐市大口里にある。別名に「牛山城(うしやまじょう)」「牟田口城(むたぐちじょう)」とも。中世においては薩摩国伊佐(いさ)郡のうちにあり、このあたり一帯を牛屎院(うしくそいん)とも呼んでいた。 築城者は牛屎氏の祖とされる平元衡(たいらのもとひら、か)。保元3年(1158年)に牛屎院に下向して居城としたと伝わる。 「大口」という地名は16世紀頃初めから出てくる。「大口」の由来については不明。また、「牛屎」の由来もわからず……なんで、こんな地名になっちゃったん…