五月の五日が五十日《いか》の祝いにあたるであろうと 源氏は人知れず数えていて、その式が思いやられ、 その子が恋しくてならないのであった。 紫の女王に生まれた子であったなら、 どんなにはなやかにそれらの式を 自分は行なってやったことであろうと残念である。 あの田舎で父のいぬ場所で生まれるとは 憐《あわ》れな者であると思っていた。 男の子であれば 源氏もこうまでこの事実に苦しまなかったであろうが、 后《きさき》の望みを持ってよい女の子に この引け目をつけておくことが堪えられないように思われて、 自分の運はこの一点で完全でないとさえ思った。 五十日《いか》のために源氏は明石へ使いを出した。 「ぜひ当…