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咢が王様なパラレル小説です。 1 2 3 4 5 6 7 8

 はぁはぁと息を切らせながら、亜紀人は街灯の消えた夜の街をひた走った。お世辞にも軽快とはいえない、今にも転びそうなほどに足はもつれている。額や首筋から、汗が一気に噴き出してくる。勿論、探すあてなどないが、部屋でじっとしてなどいられない。
(あつ…ノド、かわいた…ァ…)
 見上げた夜空は厚い雲で覆われており、星も見えない。不快な暑さは雨の前兆だったのだろうか。
(傘なんて持ってないよね。ドコ行っちゃったのォ?)
 Tシャツの裾を捲り上げて、額から流れる汗をごしごしと拭く。外れかけた眼帯を、しっかりとかけなおす。紐が汗ですっかり湿ってしまっている、帰ったら新しいのに付け替えなくてはいけない。いつも清潔にするようにと、安達さん達に強く言われてきたのに。
(あー、もおっ!)
 点滅する信号に囲まれた横断歩道の真ん中で、うわあっと貧相な雄叫びを上げると、亜紀人は大の字になって大胆に寝転がった。体を伸ばして、呼吸を整える。背中の固いアスファルトは存外心地よく、そのまま眠ってしまえそうだった。王の事も何もかも忘れて、そうできたら、どんなにかいいだろう。
(いやいや、挽かれてぺしゃんこになっちゃうし!)
 よいしょと気合いを入れて起き上がると、ぺちぺちと両頬を叩いて、亜紀人は再び駆け出した。
 その小さな背中を、じっと見ている一団があった。


 時刻は三時を過ぎていた。じき、朝刊が配達される時間だ。夏は朝が来るのが早い、だんだん空も明るくなってくるだろう。今日の天気は曇りのようなので、少し遅いかも知れないが…
「きゃっ!?」
 そんな事を考えながら走っていた矢先、ジャッ、という何かを削るような、鋭い音がしたかと思うと、次の瞬間、亜紀人は路地に引きずり込まれていた。
「な…」
 強い力でビルの壁に体を押し付けられ、亜紀人は痛みと息苦しさに眉を顰めた。何が起こったのか、瞬時に判断ができない。目の前がチカチカする。
 ぐにっと頬を掴まれて、亜紀人はようやく自分の置かれている状況を理解した。
「み〜つ〜け〜た〜ぞ〜、てんめェ…」
 暗くて、顔が良く見えないが、大人の男の声では、ない。規格外に大きいのや規格外に小さいの、全部で四人だ。基本的な護身術は習っているが、実践で使ったことはなかった。いつも、優秀なSPが周りを固めていてくれたから。特に、側近でもあったMr.SANOの強さは桁外れであった。
「おぅ、俺様直々に処刑してやる、有難いと思え」
「さっきの借り、返させてもらうぜぇ?」
「随分と舐めた真似をしてくれたよね」
「………」
 蛸入道のような顔になりながら、亜紀人は何度も瞬きをした。自分でも驚くぐらい冷静だった。
(は?)