深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【第2便】2011年11月新刊レビュー(国内編)

遅ればせの更新となります。

第二回となる今回は、11月に発売された新刊16冊(国内7冊、翻訳9冊)の感想16本を押し並べます。一月遅れとなるのが残念ですが、もう少し早く出来ないものかな。括弧内はペンネーム。順序は投稿順。


平山瑞穂『3・15卒業闘争』(角川書店

3・15卒業闘争

3・15卒業闘争

 永遠に卒業できない学園で教師が殺された。その事件を契機として、主人公(中二・三十歳)は「卒業」を巡る陰謀と闘争へと次第に引きずり込まれてゆく。作中での「卒業」には本来含意されているはずの「成長」は予感されない。狂騒と暴力に支配された学舎において主人公は未熟な自意識を抱えたまま状況に巻き込まれ、そこで青春を演じようと試みる。だが、先にあるのは希望が削ぎ落とされた未来だけだ。世間に「アンチ学園もの」なる括りが存在するかどうかは知らないが、なければ本作をもって嚆矢としたい。一ジャンルを築くだけの強力な磁場がある(nemanoc)

西崎憲『ゆみに町ガイドブック』(河出書房新社

ゆみに町ガイドブック

ゆみに町ガイドブック

 貴重な国産幻想小説。都市、あるいは町とは、イタリアのカルヴィーノにとっては「不在の記憶」だった。イングランドのミエヴィルにとっては「無数の手がかりが織り成すテキスト」だった。日本の西崎憲にとっては「重層的に場を意味づけ」する「物語」だ。作家や雲マニアや片耳のプーさんといった語り手たちがそれぞれ異なった視野から間断なく語りを重ね、錯綜させ、時に同期させ、徐々に世界を立体的に形作っていく。そうして構築された「ありえなさ」に確かなノスタルジーが宿るのは、使われた建材が普遍的に共有されている記憶であるから。(nemanoc)

相沢沙呼『ロートケプシェン、こっちにおいで』(東京創元社

ロートケプシェン、こっちにおいで

ロートケプシェン、こっちにおいで

 前作『午前零時のサンドリヨン』は序盤に中途半端な「日常の謎」が目についたが、本作では最初から連作青春ミステリとして話を作るのに集中できており、著者は2作目にして危なげのない作風を確立したようだ。シリーズの特色であるマジックは今ひとつ絡められてはいないものの、悶絶ものの昭和ラブコメの筆致はますますノっており、それが青春の問題たる事件とよく調和していて話に無理がない。大技はないが、きちんと"青春ミステリ"であるという確かなジャンル観を感じさせることと、何より丁寧な伏線処理の出来る技術には好感が持てる。(_1026)

小川一水『天冥の標Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河』(ハヤカワ文庫JA

 全10作予定の第5作目。マイナーなテーマに挑戦しているシリーズだが、今回のテーマは「農業」。地球から遠く離れた星で農業に励む男とその娘の物語とある惑星で自我が覚醒した生命体の自立の物語が交互に語られる。現代の農業の行くすえを暗示させる設定は非常に暗いものだが、貧しい環境にも負けず、何とかして新しい作物を根付かせようとするさまを細かい描写によって描き出している。また、伏線を回収しつつ新たに謎をばらまくのがこのシリーズの作品全体に言えることだが、今作もそれを忠実に守っている。次の作品が待ち遠しい。(黒木)

石崎幸二『第四の男』(講談社ノベルス

第四の男 (講談社ノベルス)

第四の男 (講談社ノベルス)

 石崎幸二は実にいつも通りである。女子高生3人組の掛け合いは常に頭が悪い。石崎は情けない。今回も執拗に登場する孤島、ビンタ、そしてDNA。しかしそれら使い回しの素材が、作者本人も気にしているような「引き出しの狭さ」に直結しないのが面白いところ。ターニングポイントになった『首鳴き鬼の島』以来全ての作品に組み込まれているDNA鑑定を始め、作品の中でどのように生かされるのかを見るのも興味深いだろう。もちろん事件の解明自体も、いつも以上に念の入った推理パートが楽しめるが、容疑をかけられた石崎への周囲の反応は抱腹絶倒間違いなし。(晶晶)

大森望責任編集『NOVA6』(河出文庫

NOVA 6---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

NOVA 6---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

 書きおろしアンソロジーの6作目。『異形コレクション』のようにだんだんと登場するメンバーが固定されてきた感が否めないが、今回は商業デビューがこの本という作家を含めた新人作家特集回というべき内容となっている。ベテラン作家たちの作品と比べても遜色ないレベルだろう。特に、この本でデビューとなった七佳弁京「十五年の孤独」は非常にクオリティが高い。国産のSF新人賞が1つだけになった今では新たな人材を見つけることが難しいが、この作品を読むと国内SFの未来については比較的明るい見通しを持ってもいいではないかと思う。(黒木)

若島正『乱視読者のSF講義』(国書刊行会

乱視読者のSF講義

乱視読者のSF講義

 当代一流の翻訳者にして評論家の著者によるSF評論集。内容はSF講義、SF論考、ジーン・ウルフ論の3つに分かれている。語り口が非常に優しく、噛み砕かれたものでSFが苦手だと思う人にも読みやすい。この本の一番の読みどころは最後のジーン・ウルフ論集。この作者の作品はどれも難解だと言われているが、それぞれの作品の肝をわかりやすく説明してくれる。何よりもこの評論集はすでに読んだことのある作品を再読させたくなり、まだ読んだことのない作品を読みたくさせる力を持っている。(黒木)

水見稜『マインド・イーター[完全版]』(創元SF文庫)

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫)

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫)

 宇宙を徘徊するマインド・イーター(M・E)は人の精神を食らい、姿を異形のものへと変えてしまう。宇宙進出した人類にとっての天敵だ。そうした怪物が出てくるものの、本作品は、M・Eを撃退する話でも、コミュニケートして和解を果たす話でもない。これはあくまで人間そのものに焦点を当てた作品なのだ。言語や音楽や神話や認識や生命や自意識といったものをM・Eは揺らし、人の上面を一枚剥ぐ。飛浩隆氏の優れた解説の後では蛇足であるが、M・Eはただの切欠に過ぎず、そこから人間という生物の生き方・在り方・その本質に迫るのだ。(レン)

【第3便】2011年11月新刊レビュー(翻訳編)

国内編の(その1)に続いて(その2)は翻訳編です。あれがない、これがないと若干の不満も残りますが、とりあえず今回はこんなところで。


ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q-キジ殺し-』(HPM)

特捜部Q ―キジ殺し―― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1853)

特捜部Q ―キジ殺し―― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1853)

 前回の活躍で一躍注目を浴びる中、特捜部Qの次なる捜査が始まる。前回は部署の立ち上げ騒動とおかしな助手で見せたのに対し、今回は新メンバーと前作以上に変態な敵が見所かと思いきや、新キャラはあっけないほどに端役で敵は出オチ。残念ながら小道具は不発だったが、注目すべきはやっと目立ち始めた主人公カール・マークだ。カールが徐々に特捜部Qでの捜査に熱意を持ち始め、過去に部下を失った事件との折り合いを付けていく様は"捜査人小説"として必要な過程だ。評判の第3作には期待だが、それは本作で片鱗の見えたカールの活躍に期待するということである。(_1026)

マーティン・ウォーカー『緋色の十字章』(創元推理文庫

緋色の十字章 (警察署長ブルーノ) (創元推理文庫)

緋色の十字章 (警察署長ブルーノ) (創元推理文庫)

 EUの法と仏の国家警察に対し柔軟にどこまでも村と村民のために尽くす警察署長(村が雇用するお巡りさん)ブルーノ。彼を中心に魅力的な人々とその豊かな田舎暮らしの情景"は"楽しめる。しかし、捜査や薀蓄に見せ方というものがまるで無く、降ってわいた資料をつまみ読みしたりお役所に行ったりと、せっかくの魅力的な人々も舞台も生かされていないのが非常にもったいない。あくまで村を護るという解決の方向性は面白いのだがそこへ至る演出の不足は否めない。"悪人"を書くのを避けた様子はあるが浅い筆致の言い訳にはならないだろう。(_1026)

ニック・ストーン『ミスター・クラリネット 上下』(RHブックス・プラス)
マーティン・ウォーカー『緋色の十字章』(創元推理文庫

ミスター・クラリネット 上 (RHブックス・プラス)

ミスター・クラリネット 上 (RHブックス・プラス)

 かたや中米の小国ハイチで起こった幼児誘拐事件、かたやフランスの片田舎で起こった憎悪殺人。一見何もかもが違うこの二つの作品は、しかし「正義とは何か?」という問いを読者に突きつける。
 己の「正義」を通すためならば、物質的成功/精神的安寧を手放すことすら辞さない私立探偵は、その信念に導かれるまま「この世の地獄」ハイチを彷徨する。あらゆるものを見、様々な人々に多くの質問を投げかける中で、彼はある一つの真実に至る。しかし彼が得たすべての最悪の経験は、信念を貫こうとする傲慢さを挫く。その存在もあやふやな勝利は、もはや正義にしか見えぬ強靭な「信念」を持つ、強い「悪」によって保持される。
 対して、村の秩序と村人の安寧をただ求める田舎の警察署長は、その立場にもかかわらず、軽微な違法に目をつぶり、その管理者を撃退しさえする。彼のその姿勢は、物語の結末において、近代的な探偵物語における「謎を解明することでカタルシスを得る」という構造に潜む虚妄を暴くだろう。ここで彼は、紛れもなく村の守護者となる。しかし、悪を悪として見ないその姿勢は、いずれ必ず破綻する。そこで、彼はどのように生きるのか。続刊に期待したい。
 善も悪も入り混じったこの灰色の世界において、果たして正義とは何か? 読者に投げかけられた問いは、あまりに重い。(三門

G・D・ロバーツ『シャンタラム(上中下)』(新潮文庫

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

 作者の数奇な半生を元にした、インドが舞台の大作。粗筋をざっと眺めても「脱獄」「マフィア」「暗殺集団」……と心躍るキーワードが並ぶが、それらのシーンをより一層引き立たせているのが、文章である。細部まで丁寧に紡がれる一文一文が物語を読者にゆっくりと浸透させていく。特に心理描写などは顕著。1800ページを越えて主人公"リン・シャンタラム"がたどり着く境地。読者は、秩序と混沌が同居するミスティックな国、インドの匂いが「心」にしみついてしまった事を実感するだろう。(kaneo)

キャロル・ネルソン・ダグラス『おやすみなさい、ホームズさん』(創元推理文庫

おやすみなさい、ホームズさん 上  (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

おやすみなさい、ホームズさん 上 (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

 これぞ素晴らしき冒険譚!……と言いたいところなのだが、どうにも手放しで褒め辛い作品である。19世紀において自立心を持ち、ヨーロッパ中のあらゆる階層を駆け巡るアイリーンは非常に魅力的だ。しかし残念ながら、600ページという分量を前に作者のプロット構成力の低さが露顕してしまっている。挿入されるエピソードはほとんど本筋と関係なく、だらだらと物語が続くばかり。下巻ではストーリーが「ボヘミアの醜聞」とリンクしていくが、大した盛り上がりも見せずに終わってしまう。扱っている題材がこれだけ贅沢なだけに、もう少し練ったお話を読みたかった。(吉井)

ニコラス・ブレイク『ワンダーランドの悪意』(論創海外ミステリ)

ワンダーランドの悪意 (論創海外ミステリ)

ワンダーランドの悪意 (論創海外ミステリ)

 翻訳の遅れた佳品。タイトルから連想されるようなファンタジックな要素は皆無。園内に多数のコテージを配したレクリエーション施設「ワンダーランド」を跳梁する、悪意ある悪戯犯「マッド・ハッター」を巡る顛末を描く。同時代に発表されたイネス『ストップ・プレス』に見られたようなねじれたユーモア感覚は薄い。マッド・ハッターの巧みな誘導で、群衆の心理を暴走させていく様が克明に描かれる前半が秀抜。犯行の動機を中心に、丁寧な論証で犯人を焙り出して行く解決編が若干薄味で物足りないのは残念だ。(三門

ケヴィン・ブロックマイヤー『第七階層からの眺め』(武田ランダムハウスジャパン

第七階層からの眺め

第七階層からの眺め

 何でもない人生、何でもない物語の中に、諦念とも感傷ともつかない淡い感情の断片を読み出してくれる作品集。一編目の「千羽のインコのざわめきで終わる物語」が白眉だ。誰もが歌で喜びを悲しみを伝えあう「音溢れる街」で、ただ一人声を出すことのない男のちっぽけな人生が、僅か五行の最終段落に凝縮される。技巧的に凝り過ぎていまひとつ響かない作品も散見されるが、「<アドベンチャーゲームブック>ルーブ・ゴールドマシンである人間の魂」は、読者を惑わせるテクニックが人生というテーマそのものと連鎖して行く奇妙な作品だ。(三門

N・K・ジェミシン『空の都の神々は』(ハヤカワ文庫FT)

空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)

空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)

 少女が後継者争いに巻き込まれていく中で世界の秘密について知らされる、というストーリーは異世界ファンタジーの王道とも言えるが、この作品の舞台となる異世界の設定が魅力的なものとなっている。神々を奴隷として使役するという設定は背後に存在する膨大な物語と相まって、独自色を出している。さらに、後継者争いと復讐譚という構成のためか、主人公を始めとする人間たちや神々の心理描写が雰囲気を盛り上げてくれている。差別問題に興味を持っている著者らしく、ジェンダーをめぐる問題について考えさせてくれる作品でもある。(黒木)

フランク・ティリエ『シンドロームE(上下)』(ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(上) (ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(上) (ハヤカワ文庫NV)

 観た人間の神経を蝕む恐るべき映画にまつわる五十年の歴史を軸に、人間の狂気をまざまざと描き出すサイコサスペンス謀略スリラー伝奇ホラーの傑……作? 作者がこれまで書いてきた、シャルコ警視シリーズとリューシー警部補シリーズが合流するこの作品は、既存の作品より遙かにエンタメ要素が強く、初読者にも安心の設計。急角度でツイストする物語に翻弄されること間違いなし。逮捕された犯人が己の真意を語る終盤の十数ページは、悪意もなく憎悪もなく、ただ一言「クレイジー」と呟くほかない何か。存分に毒電波を味わってほしい。(三門