たむ読書&映画&音楽日記

2017-04-22 『ネムキ・プラス Nemuki+』2017年5月号 オガツカヅオ「再会」ほか

[]『ネムキ・プラス Nemuki+』2017年5月号(オガツカヅオ「再会」ほか)

『毒姫の棺』(第1回)三原ミツカズ
 『毒姫』の続編後日譚。一人残されたハルがリコリスを偲び復興に力を注ぎ重圧に苦しんでいます。

『未知庵のきなこ体操』「モミモミ」未知庵
 G退治に呼んだ便利屋は……。

『ことなかれ』6「再会」オガツカヅオ+星野茂樹
 第2話「立ち枯れ」のお母さんとの「再会」です。もちろんりんたとさじも登場します。かつて事件のあったマンションで、子どもが上を向いて女の幽霊を見たらその母親が自殺する――という事件が連続して起こっていた。前回の事件の母親に思い入れが強すぎるという理由でりん太は呼ばれず、さじだけが呼ばれたが、実際にその目で見たさじには幽霊が自殺の原因だとは思えなかった……。「立ち枯れ」も衝撃的なラストでしたが、今回の話も衝撃的でした。ただしここ何作かは当初とは違い、原作者がオガツカヅオっぽさを意識するのをやめてしまった感があり、今回も衝撃的なだけでオガツカヅオ独特の味はありません。

『こんな私がスリランカでゲストハウス!?』東條さち子
 ようやく完成……? それにしてもホントすぼらというか何というか。

  

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2017-04-17 『good!アフタヌーン』2017年5月号「ゆらめく僕たち」熊澤深夜

[]『good!アフタヌーン』2017年5月号「ゆらめく僕たち」熊澤深夜

「ゆらめく僕たち」熊澤深夜
 ――クラスメイトの小野寺ひよりが幽霊になった。車にはねられ、今は学校近くの川原でひとり踊ってばかりいる。幽霊を見ることのできる菊池は、四十九日が終わるまでは「お別れ会」に狩り出されていた。生前の記憶を持たない幽霊となった小野寺ひよりは、「ともだち」「さば」「てんぷら」「しゃしん」等の言葉を繰り返していた。小野寺と親しかった橋本は、寄せ書きを頼んで煙たがれていた。

 2016年四季賞夏のコンテスト準入選作。幽霊の存在が国からも認識されている、という設定は、なくても成立させることはできそうです。身近な存在のせいで緊張感がなくなってしまっている反面、そうした日常感のぬるさがあるおかげで、橋本の嘘や小野寺の言葉が一つにつながる場面がびしっと締まっていました。
 

『ツッコミーノ・ブルボン』6「ツッコミと青山くん」7「ツッコミと似てるもの」富本祥太
 二本立て。第6話は、気になっている同士の挽さんと青山くんを含めた面々が動物園に行く話。枕が強引でしたが、メインのツッコミはめずらしくストレート。第7話は卓球のスマッシュをツッコミで練習するという話で、独特のボケとツッコミを堪能できます。

 
 

『巨娘』木村紺
 新社会人の営業モブ田さんが、行く先々nお店でジョーさんに遭遇します。さながらこれまでの登場人物(店)たちの総ざらいです。ジョーさんのプロ根性のお話でした。

  

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2017-04-15 『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン/大島かおり訳(光文社古典新訳

[]『砂男/クレスペル顧問官』ホフマン/大島かおり訳(光文社古典新訳文庫)★★★★☆

 オペラ『ホフマン物語』の原典となった三篇の新訳。

「砂男」(Des Sandmann,E. T. A. Hoffmann,1816)★★★★★
 ――「さあ、子どもたち! ベッドへ! 砂男がきますよ」婆やが話してくれた砂男というのがほんとうの話ではないと悟るほどの年齢にはなっていたけれど、そいつが階段を上って父の部屋に入る音が聞こえると、恐怖にとらわれた。勇気をふるってのぞき見ると、砂男というのは老弁護士コッペリウスではないか! 「眼玉をよこせ!」ぼくは恐怖のあまり熱を出し、寝込んでしまった。夜中、大音響がとどろくと、煤でくろずんだ父が死体となって倒れていた。こんなことを書くのは、数日まえに起こったことを知ってほしいからだ。晴雨計売りのコッポラというのが、呪わしいあの男なのだ。婚約者のクララに言わせると、こうしたことはすべてぼくの内面だけで起こったことだそうだ。

 目玉を奪う砂男に怯えるナターナエルが、目玉のない木偶人形に恋をするのは皮肉です。カメラのレンズを通して霊が見えるように、光学器械には真実を(?)あるいは虚像を目に映すことができるようです。果たして望遠鏡の先のクララに何を見たのでしょうか。
 

「クレスペル顧問官」(Rat Krespel,1818)★★★★☆
 ――クレスペル顧問官はとびきりの奇人だった。ヴァイオリンも製作するのだが、名工のつくったヴァイオリンを分解し、内部の構造をよく調べ、探していたものがないと箱に放りこんでしまう。クレスペルの家にめずらしく明かりが灯っていた日があった。やがてすばらしい女性の歌声が聞こえ、ヴァイオリンの調べが湧きおこった。弾いているのはクレスペルでした。家政婦によると、クレスペルがアントーニエという若い娘を連れかえり、その娘があのようにすばらしく歌ったのだと言うのでした。

 薄命の天才というありがちな悲劇も、ヴァイオリンの魂柱が斜めになっているという構造と、アントーニエの胸部に器質的疾患があるという事実とを同時に明かされると、どちらも器械でしかないような、どちらも生きているような、奇妙な感覚に囚われます。
 

「大晦日の夜の冒険」(Die Abenteuer der Sylvester-Nacht,1815)★★★☆☆
 ――酒場で出会った小男には鏡像がなかった。エラスムスはジュリエッタを一目見たときから、妖しいときめきを覚えた。「きみのものになりさえすれば、この身が滅びたってかまわない!」「あなたの鏡像をくださいな、永遠にわたしの手もとにおいておきたい」

 初期の短篇集『カロ風幻想作品集』からの一篇。ほかの二篇と比べると悲哀や狂気ではなく軽みが目立ちます。シャミッソー「影のない男」もゲスト出演。

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2017-04-11 『近藤史恵リクエスト! ペットのアンソロジー』我孫子武丸他(光文

[]『近藤史恵リクエスト! ペットのアンソロジー』我孫子武丸他(光文社文庫)★★★☆☆

 作家による「リクエスト!」シリーズ第二弾。

「ババアと駄犬と私」森奈津子 ★★★☆☆
 ――篤江ちゃんと呼ばれる近所の老婆は、行動が現代社会向けに洗練されていない「田舎者」である。犬は庭を横断するワイヤーの端から端まで移動することができるので、それを理由にババアは散歩に連れていかない。犬はストレスで誰彼かまわず吠えかかる。

 犬のためならプライドだって正論だって捨ててみせる、これこそ本当の愛情ではないでしょうか。そして愛情を共有していると気づいてしまうと、ババアすらいい人に思えてくる……ようです。
 

「最も賢い鳥」大倉崇裕 ★★☆☆☆
 ――悪魔のうなり声みたいな鳴き声のペットがいる。要請を受けて殺人現場に駆けつけた須藤警部補と薄《うすき》巡査は、被害者が飼っていたヨウムを発見する。四歳児ほどの知能を持つとされているヨウムは、殺人の起こったショックで口がきけなくなっていた。

 被害者のペットの引き取り手を見つける総務課シリーズ。最後が果たして「いい話」だったのかどうか、判断に困ります。ペットに無知なるがゆえの犯人の落ち度を、ペットに詳しい警察官が見抜くのですが、紫陽花はともかく止まり木の方の手がかりは知識が専門的すぎることもなく、徐々に外堀から埋めていくのが面白かったのに、最後の最後に安易な解決法なのが残念でした。
 

「灰色のエルミー」大崎梢 ★★☆☆☆
 ――高校時代の同級生・佐田美鈴から猫を預かってもう四日目。定時にあがる栄一を見る同僚の目が冷たい。美鈴が事故に遭って重体で入院しているということを聞いたのは、五日目のことだった。ハンドル操作を誤ったということだが、バイク乗りが逃げていることから、事件の可能性もあるらしい。

 あまりペットの魅力・可愛さは伝わってこない短篇でした。それもそのはず猫は飽くまでミステリの小道具(それも古典的な)なのでした。
 

「里親面接」我孫子武丸 ★★★★☆
 ――宮下と夫婦役だなんてバレやしないだろうかと不安になる。あたしの慣れないマダム口調を気に留めることもなく、谷川夫妻はキャリーケースを置いた。「可愛い……」思わず口にして、あたしは用意しておいた子犬の里親希望者身上書を谷川夫人に手渡した。この家の本当の持ち主が帰ってくるまでに片がつくだろうか。

 ペットそのものというよりは、里親制度を利用したトリッキーなミステリですが、ペットの可愛さを利用しているとも言えます。どうやら他人の家を占拠しているらしい二人組の、「悪巧み」の正体が意外な一篇でした。
 

「ネコの時間」柄刀一 ★☆☆☆☆
 ――人間と猫とでは歳の取り方が違うのよ。人間の一年が猫の四歳くらい……六歳だった真子は、あっと言う間に追い抜かれてしまった。人前で話すのが苦手だった真子が話せるようになったのは、みゃーに話しかけていたおかげだ。

 小沼丹的猫文学を気取った挙句、感動的(であるつもりらしい)オカルトで締めた、最悪の一篇。
 

「パッチワーク・ジャングル」汀こるもの ★★★☆☆
 ――爬虫類との生活には謎しかない。修司さんは十一匹もの爬虫類を飼育している。加湿器も霧発生装置もフル稼働。餌となる虫まで飼育している。遅くなるときにはいつも「加湿器に水を入れておいて」というメールが来るのに、今日にかぎって何もない。会社に電話してみると、金庫が荒らされ、修司さんが姿を消していた……。

 爬虫類愛に満ちていますが、爬虫類そのものの愛らしさではなく、爬虫類を愛する人間の奇矯な生態に筆が費やされているのは致し方のないところでしょうか。爬虫類の飼育の難しさについて、知らないことがたくさん書かれていて興味深い。爬虫類と事件そのものには関連性はありませんでした。
 

「バステト」井上夢人 ★★★☆☆
 ――両足の親指で引き金を押し下げれば、自分の脳味噌を打ち抜けるだろう。しかし、肝心の弾丸は一発もない。自殺願望のようなものがあると気づいたのは二年ほど前だ……。テナントビルを建てるための買収計画の対象となっている骨董屋で、篤志はバステトというエジプトの猫の女神像を見つけた。その晩帰宅すると、黒猫が紛れこんでいた……。

 ペット小説という依頼なのに、ペットとは言えないモノを出してくるあたり、小説の内容だけでなく作者も相当意地が悪い。神秘的に見えて、やっぱり黒猫は不吉でした。
 

「子犬のワルツ」太田忠司 ★★★★☆
 ――息子に分解されたオルゴールの修理を持ち込まれた。健太というその子は何でも確かめてみないと気が済まないらしい。来客を見て尻尾を振るステラを見て、声をあげた。犬が大好きなようだ。数日後、ステラがいなくなった。

 理知的な子だからこその行動に胸を打たれます。この子のなかでは辻褄が合っていたんですね。そして、だからこそ証明されればきっぱりと諦めるところも筋が通っています。こまっしゃくれたガキだというのに、愛情が伝わって来て困ります。
 

「『希望』」皆川博子 ★★★★☆
 ――ペットを飼っています。ムザムザです。守宮の名前です。コケシがくるようになったのは、ムザムザを飼い始めてからだ。コケシは人間だ。いつも勝手に訪れる。ギターをむき出しでかついでくる。以前にも、バイクの話を書いたから、革ジャンの人間が来たことがあった。

 ジョージ・フレデリック・ワッツ「希望」をモチーフにした一篇。目が見えず一本だけ残された弦に耳をすり寄せる状態を「希望」と名づけるワッツのセンスがそもそもただならないのですが、この結末からするとまさか、そんな一本の弦すらない模写を描いた語り手の、「希望」とは愛のことだったのでしょうか。ドリアン・グレイもの。
 

「シャルロットの憂鬱」近藤史恵 ★★★☆☆
 ――初心者ならしつけのできている成犬がいい。叔父にすすめられて、元警察犬を飼うことになった。シャルロットは確かに賢かった。近所に泥棒が入ったときには吠えて知らせた。賢いだけにすぐにズルも覚えた。呼んでも聞こえないふりをする……。その日、わたしがドアを開けると、家中が荒らされていた。心配になってシャルロットの名前を呼んだ。

 完璧でないところがむしろ愛らしく、ペットならそのほうが愛着を感じてしまいそうです。

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2017-04-07 『ブラウン神父の無心』G・K・チェスタトン/南條竹則・坂本あおい

[]『ブラウン神父の無心』G・K・チェスタトン/南條竹則・坂本あおい訳(ちくま文庫)★★★★☆

 『The Innocence of Father Brown』G. K. Chesterton,1911年。

「青い十字架」(The Blue Cross)★★★★☆
 ――パリ警察のヴァランタンは、六フィートの背丈のある男を探していた。大犯罪者フランボーが、ロンドンへ向かったという情報を得たのだ。うんと背の低いローマ・カトリック教会の神父は論外だった。「青い宝石のついた貴重な十字架を持っているので、わたしは用心しなければならないんです」と自分から吹聴していた。

 一話目にして名台詞「犯罪者は創造的な芸術家だが……」が飛び出す作品ですが、同時に犯罪者でなくとも創造的な芸術家たりえることが明らかにされる作品でもあります。神父がおこなう奇妙な行動には二つの系列があったということを、再読するまで忘れていました。一つは、連れに後ろ暗いところがあるかどうか確かめるため。二つ目に、優れた探偵でもある神父は、ヴァランタンの思考も読んで、手がかりを残すため。もちろん普通の人間がやったなら連れに怪しまれること請け合いですが、やることなすことドジでダメな神父という姿が印象づけられているからこその方法だと思います。
 

「秘密の庭」(The Secret Garden)★★★☆☆
 ――パリ警視総監ヴァランタンは晩餐に遅れてきたため、お客が先に到着していた。外人部隊のオブライエン青年がマーガレット嬢といるのを見て、父親のギャロウェー卿は苛々していた。ブレインという百万長者は食堂で葉巻を吸っていた。最近知り合ったばかりのブラウン神父もいた。正面玄関以外には出入口がないこの屋敷の庭で、首を切断された見知らぬ男が見つかった。

 どちらかと言えば逆説とトリックが魅力のブラウン神父シリーズにあって、珍しく犯人の意外性で記憶に残る作品ですが、読み返してみると「庭からは出ていません」「庭から出ていないですと?」「完全に出たわけではありません」「人間は庭から出るか、出ないかのどちらかだ」といった、いかにもチェスタトンらしいやり取りも交わされていました。シリーズ中でも無理筋度では群を抜く、それでもなお鮮やかでもあるトリックです。
 

「奇妙な足音」(The Queer Feet)★★★★☆
 ――発作を起こした給仕の懺悔を聞くために、ヴァーノン・ホテルに呼ばれたブラウン神父は、足音に気を取られた。初めに、競歩をしているような足音が続いた。それがあるところへ来ると止まり、ゆっくりとした歩みに変わった。

 のちの「透明人間(見えない人)」にも一脈通ずる「変装」が鮮やかです。人間を形成する材料にはさまざまなものがあり、その同じ部分と異なる部分をうまく利用した犯罪でした。
 

「飛ぶ星」(The Flying Stars)★★★★★
 ――「僕は泥棒になるために生まれたんだ」皮肉屋の社会主義者・新聞記者のクルックはルビーに言った。ルビーの家にはクリスマスの客が集まっていた。父親の大佐のほか、名付け親フィッシャー爵士、叔父のブラント、ブラウン神父。神父の一言がきっかけとなり、パントマイム劇が始まるなか、ルビーへの贈り物であるダイヤモンド「飛ぶ星」がなくなった。

 著者自身が書いている通りフランボー一世一代の「天才的」「最高の出来」「一番素晴らしい犯罪」です。何よりも素晴らしいのは、これがフランボーのアドリブだということで、115ページのブラウン神父の言葉から、116ページで受け取った手紙までの間に、芸術的な計画を組み立ててしまったのだから恐れ入ります。決して苦しまぎれなどではなく、この時この場所でしか出来ない犯行だというところに凄さがあります。
 

「透明人間」(The Invisible Man)★★★☆☆
 ――小男のスマイズと藪睨みのウェルキンに求婚されたローラは、二人の醜さに怖気をふるい、親からもらった遺産ではなく自力で道を切り開いた人と結婚したい、と嘘をついた。やがてスマイズから成功したという手紙が届き、直後ウェルキンの声が脅迫するのが聞こえた。それからも脅迫は続くが本人の姿は見えず、とうとう血痕を残してスマイズも消えてしまった。

 「人はこちらの言うことには、けっしてこたえない」という神父の言葉が印象的な一篇です。注意しておくべきは、「殺人が起こったことをフランボーたちが目撃者に説明している描写がない」ということでしょう。その時点では目撃者たちは異常事態を認識していない可能性があるのです。さすがに殺人が起こって犯人らしき人間を見なかったか?と聞かれたならば、「見えない」人も見えないままではいられないでしょうから。その意味で「秘密の庭」同様、本格的な捜査が始まってしまえば謎でも何でもない事件が、瞬間で切り取られたがゆえに魅力的な事件に見えている作品だと思います。ブラウン神父の世界でしか起こりえない事件を、ブラウン神父だからこそ解決できた事件でしょう。従来「見えない人」「見えない男」の訳題で知られていましたが、原題はウェルズの名作と同じ「The Invisible Man」、新訳版の邦題も「透明人間」となっています。探偵となったフランボーが初めて登場しています。
 

「イズレイル・ガウの信義」(The Honour of Israel Gow)★★★★☆
 ――庭師と馬丁を兼ねたガウという男が、姿を消していたグレンガイル城の当主を棺に納めて埋葬したと聞いて、かねてから当主について調べていたフランボーが城に赴いた。そこにあったのは、裸のダイヤモンド、煙草入れのない嗅ぎ煙草、機械のない発条、燭台のない蝋燭。後光の切り取られた宗教画を見るに及んで、ブラウン神父は黒魔術のことを口にするのだった……。

 フランボーと警部による「(ばらばらの)手がかりを結びつけることなぞできません」という言葉を受けて、ブラウン神父が繰り出す口から出任せの数々が見逃せません。これまで超人的な頭脳の冴えを見せてきたブラウン神父ですが、この話ではなかなか真相を見抜けず、あろうことか黒魔術さえ疑うような言葉を口にします。ワトソン役の一言で、欠けていた最後のピースがぴたっと嵌ってオチとなる、軽妙な作品です。P.178「いつぞやの紙だって、ちゃんとした形ではなかった」というのは、次の「間違った形」のことで、発表順だと本篇の方が後だったため、このようなことになっています。
 

「間違った形」(The Wrong Shape)★★☆☆☆
 ――クイントン氏はインド帰りの詩人だ。T字型の奇妙な家を建て、怪しげなインド人を招いていた。クイントンのためにハリス医師が温室で睡眠薬を処方していたところ、アトキンソンという男が金をせびりにきた。やがてクイントンが死体で見つかる。胸にはいびつな形の短剣、テーブルの上にはいびつな形の紙に書かれた遺書が……。

 読み返してみてもかなり地味な作品です。間違った形の紙の正体や殺害方法については今となっては古典的なものです。間違った形のナイフだから○○(医者)にしか正確に刺せないというのは納得しがたい言い分です。動機もなんとも即物的です。厳密に言えば、愛情という自然な気持にしがたうのは「正しいこと」だと思っていたのに、犯行後に「間違ったこと」だと良心の呵責を感じる話なので、サイコ→宗教という非日常のはずなのですが、世間に照らせばやっぱり即物的です。
 

「サラディン公の罪」(The Sins of Prince Saradine)★★★★☆
 ――盗賊王だったフランボーは賞讃や非難の手紙を何通ももらっていた。引退したフランボーはブラウン神父とともに手紙の送り主であるリード島のサラディン公を訪れた。だが神父は「間違った場所に来てしまった」と嘆くのだった。やがてアントネッリ青年が島を訪れ、父の仇サラディン公に決闘を申し込んだ。警察を呼びに行った執事のポールは戻ってこない……。

 すっかり内容を忘れていましたが、現役時代のフランボーの手口が、「どなたか御滞在ですか」「木の葉は森に」的な「型」として援用されているというところが、非常に面白い作品でした。そっくりの兄弟というのは探偵小説的にフェアなだけでなく、サラディン公をじかに知っている者がその場にいないという点で現実的にもぎりぎりフェアであり得るように描かれています。フランボーが「妖精」と評しているように、川を漕ぎ進んで川のなかの孤島へと向かう場面は、おとぎの国に迷い込んだような非現実感をもたらしています。
 

「神の鉄槌」(The Hammer of God)★★★☆☆
 ――信心深いウィルフレッド・ブーン師とは違い、兄のノーマン・ブーン大佐は快楽を貪っていた。「兄さんは神を恐れなくても人間を恐れる理由があるはずだ。鍛冶屋のバーンズにかかったら、投げ飛ばされるよ」「鍛冶屋なら出かけてる」大佐はそう言って、美人の女房に会いに行ったが、やがて小さな金槌で頭蓋骨を潰された姿で発見された。こんなことができるのは力持ちの鍛冶屋だけ……。

 見下ろすことに慣れてしまった人間、という神父の指摘が象徴的です。トリックとも言えないような犯行方法が、「神の鉄槌」というキーワードによって活かされています。神に代わって裁きをおこなうことが許されていると錯覚してしまった人間の魂をブラウン神父が救います。
 

「アポロンの目」(The Eye of Apollo)★★★☆☆
 ――フランボーの新事務所の上には太陽神を崇める新興宗教の事務所があり、下の階にはタイピスト姉妹がいた。姉のポーリーンは莫大な富を相続しており、眼鏡や絆創膏のような人工的な器具を憎んでいた。正午の鐘がなるころ、教祖カロンがいつものように祈祷の演説を始めた。そのとき凄まじい音が聞こえ、エレベーターの竪穴から落ちたポーリーンが見つかった。

 自分の手を汚さないという意味で汚らわしいのはプロバビリティの犯罪でしょう。ましてや、殺意を持っておこなうプロバビリティの犯罪よりも、そうした殺意を見越したうえで標的が殺されたときの用意しておくプロバビリティの犯罪のほうが、いっそう卑劣で不快なものです。「大きい罪」のトリックとそれを見抜くブラウン神父の慧眼が印象的な反面、悪意という点では「小さい罪」のほうが印象が強い作品でした。
 

「折れた剣の招牌」(The Sign of the Broken Sword)★★★★★
 ――「賢い人間は小石をどこに隠す?」「浜辺ですね」「木の葉は?」「森です」ブラウン神父とフランボーはセントクレア将軍の墓碑を訪れていた。最後の戦闘では、勇敢で慎重な将軍が無謀な作戦をおこない、善良な敵将が将軍の死体を木に吊るして折れた剣を頸にかけるという野蛮な真似をした。

 あまりにも有名な名台詞とそこから導き出される悪魔的所業が記憶に残る傑作です。折れた剣の碑があふれるなか、「折れていない剣」の記録がないことから、剣の折れた時期と原因を推測してゆくという、まさに逆説の光る一篇でした。
 

「三つの凶器」(The Three Tools of Death)★★☆☆☆
 ――エアロン・アームストロング爵士は滑稽なほど愉快だったから、爵士が殺されたと聞いてもおかしな感じしかしなかった。大きすぎる凶器――大地に頭を砕かれて死んでいた。誰が爵士を突き落としたのか。首ではなく足に巻かれた縄、血塗れのナイフ、床に向かって発砲した拳銃、多すぎる凶器の果てに、死因は墜落死なのだ。

 三つの凶器に、三つの矛盾(足に巻かれた縄、床に発砲した拳銃、酔っぱらいが手をつけなかった酒壜)という三づくしまではよいものの。楽天家の死の真相について、「どれほど恐ろしい失敗でも、罪のように人生を毒することはありません」という神父の楽観的なコメント。あまりに安易すぎる「自殺狂」という設定。すっきりしない一篇でした。

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