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2018-02-26

雑感 二二六について

ネットをたまたま見ていたら、阿南惟幾が、当時陸軍幼年学校の生徒に、二二六事件を批判した訓話という文章が載っていた。

阿南惟幾の二二六事件批判

http://www.jas21.com/athenaeum/athenaeum69.htm

現代語訳はこちら。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1399.html

たしかに、もっともな指摘も多く、よくわかる気もする。

たぶん、二二六事件の青年将校批判するならば、阿南のような、あるいは他の、もっともな合理的な、良識的な、指摘はいくらでもできるのだと思う。

たぶん、それが正しいのだろう。

二二六は、罪深いことでもあったのだと思う。

だが、いかに方法が間違えており、短慮で、罪深い行為であったとしても、後世の私たちが忘れてならないのは、二二六事件の青年将校の、彼らなりの、純粋な国や社会や同時代の苦しんでいる人々への深い愛だったのだと思う。

だから免罪されるとは言わないし、だからこそ短慮が惜しまれるとしても、その愛情の深さや尊さは、やはり忘れてはならないし、後世の人間は、ある種の痛みや愛惜とともに、思い出すべきなのではないだろうか。

少なくとも、自己責任論や、自分だけが生き残り、立身出世すれば良いという、適者生存・競争社会の考え方よりは、農村の荒廃や貧窮にやむにやまれぬ気持になった青年将校たちは、私は人間として大事な心があったと思う。

しかしながら、だんだんと、そういう心はもはや蒸発してしまい、合法や遵法や常識ばかりの、そして人のことよりも己のことという、索漠とした、冷たい社会や歴史というものが、これから積み重なっていくのかもしれない。

昭和は本当に遠くなってしまったのだろう。

できれば、熱い、深い愛情を持ちつつ、短慮ではない、責任倫理に基づいた慎慮があって、世の中を地道に平和的な方法で良く変えていくことができれば、それが一番いいのだろうけれど、人はなんと熱い心と冷たい頭脳を両立させることが難しいことか。

阿南は、おそらくは、当時の陸軍の中では、本当に私心のない、立派な人だったと思う。

二二六批判も、基本的には、良識的なものだと思う。

しかし、阿南は、陸軍大臣として、敗戦の日に責任を負って自決する時に、どこで日本は間違えたのか、どこで変えるべきだったのか、そういうことは考えなかったのだろうか。

阿南のように私心なく、良識的に、組織の中で、遵法精神と合法性に貫かれた非の打ちどころのない生き方をする人ばかりだったら、二二六事件は起こらなかったかもしれない。

しかし、そういう人々ばかりだったために、敗戦も回避できなかったのではないか。

時代の呻きや苦しみに、とても繊細に、敏感に反応し、自前で農地改革財閥解体をあの時期にやろうとして、果たせずに死んでいった二二六の青年将校たちは、阿南達に比べて、時の法律には違反した不法の存在だったかもしれないが、時代を先取りしたものだったとも言えるのではないか。

難しい問題ではあるが、どうもそのようなことを考え込まざるを得ない。

2018-01-22

山本七平『洪思翊中将の処刑』

山本七平『洪思翊中将の処刑』を読み終わった。

洪思翊中将の処刑〈上〉 (ちくま文庫)

洪思翊中将の処刑〈上〉 (ちくま文庫)

洪思翊は、戦前において、朝鮮半島出身でありながら、陸軍中将まで登りつめた人物である。

他の陸軍で高位に登った人物は李王家人物だったことを考えると、極めて例外的な人物だったそうだ。

だからといって、決して過剰適応の立身出世主義人物ではなかったようで、この本では、金光瑞や池青天などの抗日運動に身を投じた人々の家族をずっと陰で支えていたエピソードや、創氏改名を断固として断っていたことなども記されている。

また、極めて温厚・冷静で、多くの部下の将兵から慕われていたそうだ。

特段名家の生まれというわけでなく、貧乏な家の出身だったが、卓越した能力と努力で出世したそうである。

それだけでも劇的な人物だが、洪思翊はいわゆるBC級戦犯として死刑になっている。

その罪状は、この本によれば、極めて理不尽な無実の罪としか言えないもので、ジュネーブ協定を調印していなかった日本においては、捕虜を管理する責任体制が欧米とは異なっていたにもかかわらず、全く身に覚えのない捕虜虐待の責任を着せられての処刑だったそうだ。

著者の山本七平は、直接は洪思翊とは面識はなかったそうなのだけれど、敗戦後の捕虜の間に作業に徴用されていて、その時に洪思翊を処刑する建物の建築に携わっていたことを戦後三十年以上経ってから知ったそうである。

この本では、日本による統治、戦争、そしてその後の戦犯裁判という、運命の荒波を次々に受けながらも、終始一貫高潔に自分の生き方を貫いた洪思翊の生き方が、さまざまな証言や生き方から浮かびあがってくる。

洪思翊は若い時から四書五経をそらんじ、即興で漢詩をつくれるほどの教養の持ち主だったそうである。

そのこと自体は、多くの同僚や友人たちがよく記憶していることだったそうだが、それだけでなく、この本では、家族すらもあまり知らなかった、洪思翊は実はクリスチャンだったことと、最後の日々はずっと聖書を読みふけっていたというエピソードが紹介される。

死刑の直前には、牧師詩編の五十一篇を読んでもらったという話も紹介され、獄中に入る前に旧約聖書を相当に深く読んでいたようである。

遺品の洪思翊の署名入りの聖書が、数奇な運命を経て実の息子に返還されたというエピソードにも、胸打たれるものがあった。

この本を読む限り、洪思翊は全く死刑になるはずがない、冤罪としか思えないわけで、あの時代の戦犯裁判にはしばしばあるとはいえ、格別に気の毒で理不尽に思えた。

にもかかわらず、一言の愚痴も言わなかったそうである。

おそらく、裁判において何も言わなかった姿勢は、聖書におけるイエスの態度に倣ったものだったのかもしれない。

ちなみに、本書では、フィリピンにおいて、昭和十九年末の時点で、敗戦を見越して、洪思翊が極秘裏に部下たちに米軍捕虜米軍が上陸したら安全に引き渡すべき旨の命令をしており、そのために特に混乱もなく、フィリピン米軍が再上陸してきた時に、各地の捕虜収容所において米兵捕虜米軍に「解放」されたことが資料や証言によって記されている。

著者が言うように、もしこの時に米軍捕虜たちが日本軍によって殺害されていれば、格段に対日感情は悪化していただろうから、戦後のアメリカ占領政策がそれなりに寛大なものになった背景には、洪思翊の働きもあったのかもしれない。

また、日本の敗戦がある程度予測される時期に、フィリピン方面で捕虜兵站の総括という困難な役職を引き受けたのは、フィリピン方面の軍隊軍属に多くいた朝鮮半島出身者と日本の摩擦を緩和するためだったそうである。

さらに、フィリピンの洪思翊の部下には、一人も朝鮮半島出身者はBC級戦犯として処刑されなかったというエピソードも、同書には紹介されていた。

歴史においてはしばしば、人に知られぬところで大きな働きをしたりいろんな人を助けながら、運命によって報われるどころか悲劇的な目に遭う人もいるが、洪思翊の生涯はその最たる例なのかもしれない。

にもかかわらず、不思議と爽やかな印象をその生涯が与えるのは、そのような人柄だったからなのだろうと思う。

日韓併合や戦前の日本のあり方や戦犯裁判について、その矛盾や不条理について、深く考えさせられる一冊だった。

2017-09-20

鴎外随筆集

鴎外随筆集 (岩波文庫)

鴎外随筆集 (岩波文庫)

とても良い一冊だった。

一種のResignationを持ちながらも、自由に、正直に生きようとする、そのバランス感覚が、おとなだなぁと思う。

人生の幅を広げてくれるような一冊と思う。

2017-09-18

「森鴎外 (明治の文学 14巻)」

森鴎外 (明治の文学)

森鴎外 (明治の文学)

森鴎外の「田楽豆腐」や「花子」や「桟橋」は面白かった。

特に「田楽豆腐」はなかなか良い作品と思う。

他にも「独身」や「そめちがへ」もなかなか面白かった。

良い一冊だった。

2017-09-17

「森鴎外 ちくま日本文学全集〈025〉」

「安井夫人」などの名作や、「大発見」や「鼠坂」など、なかなか考えさせられる森鴎外の短編の傑作が収録。

チョイスがなかなか渋いと思う。

良い一冊だった。

森鴎外 「山椒大夫・高瀬舟」

山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)

山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)

森鴎外の短編集。

本当に珠玉の名作の数々と思う。

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