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ポルフィの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-01-24

箴は鍼なり

言志四録を読んでいたら、「箴は鍼なり」という言葉があった。

つまり、箴言や格言というのは、心に対する鍼灸や針みたいなもの、ということだろう。

身体の具合が悪い時に、針や灸をすると回復するように、心の不調を治したり元気づけるのには箴言格言が良い、ということだろう。

なるほどなぁと思う。

精神の活力や健康のためには、常に良いことばや格言箴言に触れておくことが大事なのかもしれない。

特に心が疲れていたり苦しい時には、なおのこと。

聖書箴言やシラ書などは、特に拳拳服膺すべきものであろうか。

2017-01-21

オバマさんは立派だった。

トランプの大統領就任式での演説を聞いていたら、「からっぽの時代は終わって、これからは行動の時代だ」ということを言っていた。

オバマ政権を「からっぽの時代」と言いたいのだろうか。

オバマさんは終始冷静に、穏やかな立派な態度で式典に臨み、トランプを祝福していた。

本当に立派な大統領だった。

からっぽどころか、本当に立派な二期八年だったと思う。

銃規制等々、オバマさんの思いや志が十分に達成できなかったのは残念だが、それは指導者の問題ではなく、世論や他のさまざまな行為主体とのせめぎ合いの問題である。

この世界はそう簡単に一挙に変わるような単純なものではなく、極めて複雑なもので、その中でできる限りの最善を尽くすしかない。

これからの四年ないし八年の間にアメリカが、粗野で粗雑な視野狭窄単純化に突き動かされてこの世界を悪化させないことを願うばかりである。

2017-01-14

プラス・ファクター十箇条

プラス・ファクター十箇条


1、前向きに考える。

2、根気強く頑張る。

3、自信を持つ。

4、前向きな想像をする。

5、祈る。

6、自分を肯定的に見る。

7、信じる。

8、愛する。

9、努力する。

10、神を信じる。



萩尾望都 「銀の三角」

銀の三角 (白泉社文庫)

銀の三角 (白泉社文庫)

面白かった。

なんとも不思議なSF作品。

やや難解なのだけれど、この感覚、なんとなくわかるような気がするのはなぜなのだろう。

無限ループを脱するために、かすかな箇所に時空のひずみをつくって修正すること。

と同時に、やっぱりそれは何か、犠牲や人柱のようなものを必要とするかもしれないこと。

テーマややけにリアルなことである。

またそのうち読み直してみたい。

以春風接人以秋霜自粛

今朝、最近買った岩波文庫佐藤一斎の『言志四録』を読んでいたら、その中の「言志後録」の箇所に、以下の言葉があって、ああそうだったんだぁと思った。

「春風をもって人に接し、秋霜をもって自ら粛(つつし)む。」

という言葉だけれど、高校時代、私の高校の校則に、よく似た言葉が書いてあった。

たしか、「春風をもって人に接し、秋霜をもって自らを律す。」と、少しアレンジして校則には載っていたと思う。

要は、人に優しく自分に厳しく、という意味だろうけれど、なかなか良い言葉だと思う。

論語ではないし、出典は何だろうかと思っていた。

山鹿語類に似たような言葉が出てきたのでそれかなぁとも思っていたが、言志後録のこの言葉の方がずっと近いので、たぶんこれが出典と思う。

あれから二十年ぐらい経って、自らを省みると、はたしてこの言葉を少しでも実践できてきたろうか。

どうも自分自身には甘く春風をもって接することがしばしばだったような気がする。

人には、おおむね春風をもって接しようとは心がけてきたつもりだけれど、時折、余裕のない時などは秋霜をもって人に接してしまったのではないかと反省させられる。

なるべく心がけたい言葉だと思う。

2017-01-10

雑感 頼朝について

ふと、平治の乱源氏が勝っていたら、どうなっていたのだろうかと考えてみた。

本当に武家の時代は来たのだろうか?

源義朝は、息子たちがどれも異様に優秀なことを考えれば、おそらくは本人もすぐれた人物だったのだろうとは思う。

また、鎌田政家らの忠臣があれほど忠義を尽くし生死を共にし、義朝の死後も源氏を慕って立ち上がる人があれほどいたことを考えれば、多くの人に慕われるだけの人徳もあったのだろう。

ただし、藤原信頼のようなダメな人物と組んで挙兵したところを見ると、どうも人を見る目がなかったのではないかと思う。

仮に信頼と義朝が平家に勝ってしまったとしても、義朝は信頼に良いようにあしらわれ、清盛が藤原をしのいで権勢を振るったほどには武家の力を発揮できなかったかもしれない。

また、清盛のような貿易国家のプランを持っていたとも思えない。

そうこう考えると、義朝が勝ったとしても、平家以上のものもはつくれなかった気がする。

義朝の長男の義平も、戦争に関しては異常に強く、生きていればさらに武功をあげたろうけれど、父親以上に短慮で、公家朝廷にうまく利用されて使い捨てにされた気がする。

また、もしも父・義朝や兄・義平が生きていれば、頼朝もちょっと利発な程度の良家の三男坊で終り、あそこまで恐ろしい人物にはならなかったかもしれない。

十代の半ばの頃に、父や兄たちや妹たちが非業の死を遂げ、自分も明日をも知れぬ身となって流罪となった頼朝の心境はいかばかりだったろうか。

その体験と不遇の中で、もしそうでなければありえないほどの、冷酷さと意志の強さと力量を育んでいったのだろうと思う。

おそらく、公家に騙されて非業の死を遂げた義朝を反面教師にしたからこそ、頼朝公家朝廷を決して信用せず終始距離をとったのだろう。

また、短慮で血の気が多く、すぐに敵をつくった義平を反面教師にして、確実につぶせる状況に持ち込むまでは、心ならずも妥協したり手を組む柔軟性や忍耐力を身につけたのだろう。

そう考えると、頼朝の成功には、義朝や義平の悲劇がなくてはならなかったのかもしれない。

ただ、そうこう考えると、頼朝は若干気の毒な気がする。

普通にのほほんと育つことができれば、おそらく日本史には名をさほどとどめなかったろうけれど、本人にとっては幸せだったのではないか。

義経に対する頼朝の心情は、いったいどのようなものだったのだろうか。

朝廷にうまく丸め込まれて、しかも武辺だけはやたらと強い義経は、皮肉にも頼朝にとって、最もなつかしい父親や長兄と最もよく似た肉親だったのかもしれない。

心優しいが凡庸な範頼は、心優しく儚く死んでいった次兄の朝長に似ていたかもしれない。

それらのような目に遭わぬように、彼らの欠点を克服し抑圧することを目指して生きていて、最も見たくない姿をつきつけられて、今度は平家ではなく自分の手で殺害しなければならなかったとすれば、なんとも哀れなものである。

頼朝がいなければ、おそらく平安末期の混乱や無秩序はもっと長引いたかもしれないが、頼朝の心境や生い立ちを思うと、いささか哀れな気がしてならない。

連立政権はしないが政策の協力はするという野田幹事長の主張は妥当

昨日のプライムニュースで、野田さんは、以下のように述べていた。


共産党との連立政権は無理であり、しない。


・しかし、立憲主義や人への投資格差是正などの政策に関しては、協力できるし、協力を推進していく。


極めてまっとうな、妥当な姿勢だろう。

自民一強を打破するために共産党と連携することも繰り返し主張していた。

その一方で、あまりにも理念政策に隔たりがある部分もあるので、現時点では連立政権はありえず、したがって相互推薦は困難だと述べていた。

当然のことだろう。

しかし、世のいわゆる「自称野党連携派」の中には、わけもわからず野田さんを叩きのめす人が大勢いるのだろう。

右派からは共産党と手を組む野合だと叩きのめされ、自称左派からは野党連携に消極的だと叩きのめされ、野田さんは気の毒な政治家だとつくづく思う。




■次期衆院選で「共産との相互推薦困難」民進・野田幹事長

(朝日新聞デジタル - 01月09日)

http://www.asahi.com/articles/ASK197GV4K19UTFK00M.html

2017-01-09

選択集再読

選択本願念仏集をひさびさに読み直した。

やっぱすごいわぁ。。

たぶん、日本の仏教は、選択集によって、一種の認識論的断絶がなされたんだと思う。

パウロ用語を仮にあてはめて述べるならば、要するに、律法主義を徹底して排除して、信仰による救いを徹底して仏教において確立したのが選択集だったのだと思う。

そう思って読むと、これほどすごい信仰の書は古今東西にも本当に少ないと思う。

通俗的な理解だと、法然念仏の行を明らかにしたのに対し、親鸞は信心を明らかにしたと言われる。

それも一応そう言えないこともないけれど、今回読み直していてあらためて思ったのは、選択集もはっきりと「三心」(つまり信心)が欠ければ往生(つまり救い)は不可だとしていることである。

三心を「至要」、つまり最重要と言っているわけで、選択集を正確にきちんと読めば、単なる行ではなく、信心の書、信仰の書であることは疑うべくもないことである。

あと、三縁や三心四修の内容は、極めて能動的な主体的信仰者の姿勢や生き方が問われていることに、あらためて気づいた。

こういうことを言うと、たぶん仏教の人からもキリスト教の人からもいやがられるかもしれないが、昔の西洋の教父たちがソクラテスを「キリストを知らざるキリスト者」と言った表現が、日本においては実に法然上人にあてはまる気がする。

浄土教キリスト教類似性はよく指摘されるけれど、あらためて不気味なほど似ていると思った。

多神教的な日本の風土の中で、最も一神教に接近したのは法然浄土教であり、一神教の器を最もよく整備したのは法然と言えるかもしれないと思う。

あと、末尾の部分で引用している善導の、「慈心相向、仏眼相看」、つまり慈しみの心でお互い向かい合い、仏のまなざしでお互いを見る、という言葉に、あらためて感銘を受けた。

念仏者の生き方とは、そのようであるべきなのだろう。

選択本願念仏集 (岩波文庫)

選択本願念仏集 (岩波文庫)

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