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2016-12-04

枝野さんの御話 メモ

先日、民進党枝野さんの御話を聞いた。

枝野さんの話はとても理路整然としていて、かつ情熱があって、面白かった。

聞きに来て良かったと思った。

会場の椅子がぜんぶ埋まり、立ち見の人も結構いた。


御話の内容は、大略以下のようなもの。


日本の景気の低迷の原因は消費が冷え込んでいるから。

そして、消費が冷え込んでいるのは安心して暮らせないから。

社会保障福祉関連の雇用にきちんと政治が動いて予算を増やせば、そのことが安心や消費につながっていく。

かつての公共事業のように、今はそれ以上に、福祉関連の雇用を増やすことが地元の活性化につながる。

支え合う社会をつくっていくことが自分自身もめぐりめぐって助けられることにつながる。自己責任ばかり強調してエゴイズムを蔓延させる社会で本当にいいのか?

その結果がこの二十年の停滞ではないか。




質疑応答。

一、事業仕分けについて。かつて御著書の『事業仕分けの力』を読んだことがあるが、事業仕分け自民党政権復帰後も順調に継続していると言えるのか、あるいは継続していない部分があるのか、その点について聞かせて欲しい。

二、憲法について。自民党改憲草案にはたとえばその99条に緊急事態においては政令法律と同等の力を持たせるというナチスの授権法と同じことが述べられているが、その危険性はいまいち広くは伝わっていない、これから憲法についてはどういう方向で臨んでいくのか。

三、私自身は三十代でロスジェネ世代そのものなので、支え合う社会をぜひ実現して欲しいが、そのために、私達一般市民にできることは何か、民進党の中枢にいる枝野さんから、一般有権者に期待することやして欲しいことは何か。



枝野さんのそれに対する答え。


一、事業仕分けについて、枠組みとしては、レビューシートといって、各行政事業について詳しくその必要性等について記述させる枠組みが民主党政権事業仕分け以来、今も続いており、それを読んで私たちも今も国会での質問に活用したり、マスコミもよく読んでいる。なので、枠組みとしては、事業仕分け民主党政権が始めた時にできた形が、今も有効に続いている部分もあると思う。しかし、自分や蓮舫さんが当時随分批判を受けたように、本当に事業仕分けをしようとすると嫌われるので、それにも屈さない本当の熱意とやる気を持った人がいるかどうか、そうした人がきちんとこれからも現れて枠組みを生かして続けて行くかどうかは問われると思う。


二、自民党改憲案はたしかにひどいものだが、思うに、憲法というものが本当にわかって考えているのは国民の一割で、二割は憲法についてよくわからないけれど変えれば何か良くなるだろうという考えで、残りの七割はあまり憲法に関心がないと感じている。なので、憲法について話しても、一割ぐらいの人をのぞいては、あまり関心を持たれない。七割から九割ぐらいの人は興味を持たないし届かない。しかし、そうは言っても、論評にも値しないひどいものだと思って放置していると、自民党改憲草案がまかりとおってしまうので、批判はきちんと行っていく。だが、民進党だけではなく、その他の有識者マスコミ等が果たすべき役割が大きく、実際に96条改正については有識者の反対によって立ち消えになった経緯がある。民進党ももちろんがんばるが、有識者等の他の人々の役割が大きいと思うし、実際そうした動きが現在始まっていて大きくなってきていると思う。

三、自分にできることをやって欲しい。そして、自分にできることというのは、その中で大切なことは、地味な、地道なことだと思う。ビラを一枚一枚配ったかどうか、それが単発で終わらず継続しているか、日常生活の中で周りの人にきちんと自分の考えを伝えられているか、ということだと思う。また、もしネットが使える人であれば、ネット右翼のデマをひとつひとつ訂正して欲しい。ネット右翼のデマが訂正されていくだけで、民進党支持率はかなり上がると思う。


枝野さんは、本当に熱意と理路整然としたところとを併せ持つ政治家だと思う。

こういう政治家が日本にいてくれて良かったなぁと、素直に思えた。

2016-11-28

2016年 カティナ衣法要 ご法話記録メモ

2016年 カティナ衣法要 ご法話記録メモ」


私たちが自分自身やこの世の中を理解するためのものを、「ダンマ」とパーリ語で呼びます。

ダンマには、ブッダ釈尊の教え、∪い涼罎篁笋燭舛亡悗垢襪海函∪こΔ篌然のありさま、という二つの意味があります。

パーリ語で、ありのままのありさまのことを「ヤター・ブーター」と言いますが、これがすなわちダンマであり、このありのままのありさまを教えてくれるのがダンマです。


ブッダ釈尊には「一切智」(サッバンニュ)という呼び方がありました。

生命や地球のあらゆるものを理解しているということです。

しかし、ブッダ釈尊は、すべての質問に答えたわけではありませんでした。

35歳から80歳までの45年間、自分に見えたもののすべてを教えたわけではなく、その中から、人間に役に立つもののみを教えてくださいました。


仏典の中では、ブッダ釈尊はさまざまな人々からの質問に対し、四つの仕方で答えていると分類できます。


 ヾ蔽韻兵遡笋紡个靴討垢阿飽譴弔療えで答える。

◆ー遡笋紡个靴いつかの答えの形で答える。

 一つのとても奥深い質問に対し長く時間をとって答える。

ぁ〔妓世如△修亮遡笋紡个靴討賄えない。


,痢峇蔽韻兵遡笋紡个靴討垢阿飽譴弔療えで答える」ことの事例としては、たとえば、7歳の子どもが、この世界で第一に大切なことは何かとブッダ釈尊に質問したことがありました。

ブッダ釈尊はその質問に対し、一番大切なことは、「栄養をとること」だとお答えになりました。

他の文化や習慣などは無視しても生きていくことができますが、栄養をとることは無視できず、どんな生命も栄養をとらないと生きていけません。

このように、簡単な質問に対して、すぐにきちんと答えてくださる対話の記録も仏典に多くあります。


△痢崋遡笋紡个靴いつかの答えの形で答える」こととしては、たとえば、ある人がブッダ釈尊に対して、「人が社会生活で生きていくうえで自分の今いる立場や状態から下のレベルに落ちていく原因は何か?」という質問がありました。

ブッダ釈尊はそれに対し、

一、社会人として家族を大切にしないこと。

二、なんでもやりすぎること。たとえば、酒や遊びをやりすぎること。

三、法律と道徳とダンマを無視すること。

という三つを答えました。ダンマというのは、法律やその時代の道徳が許していても、自分の良心が許さない行為ということでもありますし、良いことには良い結果が生じ、悪いことには悪い結果が生じるという道理のことです。

このように、質問に対し、いくつかの事柄を挙げてお答えになることもありました。


の「一つのとても奥深い質問に対し長く時間をとって答える」とは、たとえば、「無常」とは何かという質問に対し、人間は変わらないことを期待してなかなか無常を受け入れない心を持っているわけですが、とても細かく例を出されて、無常説明されたことがありました。

このように、人間の心がなかなか受け入れることが難しい、あるいは理解することが難しい事柄に対し、質問は短くても、さまざまな事例をあげて長く時間をとってなるべく聞いている人にわかるようにブッダ釈尊はお答えになってくださったことがありました。


い痢嵬妓世如△修亮遡笋紡个靴討賄えない」とは、たとえば、ある人が、「この空には終わりがあるか?あるいはこの空には終わりがないのか?」という質問をしたことがありました。

ブッダは一切智ですべてのことを知っていると聞いて、何の意味もないことをいろいろ質問することがあったことが仏典には記録されています。

古代インドの習慣では、三回同じことをお願いすると、必ず聞かねばならないということがありました。

しかし、このような質問を三回されても、ブッダ釈尊はお答えになりませんでした。

その場合は、質問自体が間違っていると理解するべきでした。

たとえそのことを知ったところで、何か良い意味や良い変化が生じるわけでもなく、その人に良い成長が起こるわけではない場合は、ブッダ釈尊はその質問に無言でお答えになりませんでした。

ブッダ釈尊は、心の成長の方法を教えました。

心の成長に役立たないことには、関与されなかったのです。


それでは、心を成長させる方法として、ブッダ釈尊が大切にされたことは何だったかと言いますと、a.感謝とb.人間に生まれたことの貴重さを理解することとc.慈しみとd.ものごとの原因と結果の理解とe.自分自身のカルマを管理することでした。


a. 感謝


ブッダ釈尊がお悟りを開かれたあと、言葉で最初に行った説法は初転法輪の御説法でしたが、その前に、言葉を使わずにお説きになったことがありました。

それは、悟りを開く直前にずっと自分を支えてくれて、暑さや寒さから守ってくれた菩提樹の樹に対して、まず最初に、自分を支えてくれたことに感謝をされたということです。

言葉ではなく、行動で、ブッダ釈尊は感謝の心の大切さを身をもってこの世界に示してくださいました。

自分を支えてくれたものには、木でも石でも、人は感謝すべきことを教えてくださいました。

人間は、生まれてからずっと、息をすることと、何かを考えることの二つからは離れることができません。

息から始まり息に終わりますし、考えるようになってからは、ずっと何かを考えて生きているわけです。

そのような人間が、何を考えどのような思いを持つか、その考えや思いの中で、どの思いが一番大切な思いで、良い思いで、清らかなエネルギーを生じるかといいますと、それは感謝の思いです。

感謝が、自分の中に良いエネルギーを高めてくれます。

人が生きていく中で、感謝が最も大事なことだということを、言葉を使わずに、ブッダ釈尊は最初に教えてくださいました。


また、この菩提樹への感謝ということは、大自然を大切にすることを教えてくださったことでもあります。

大地の自然があって、はじめて私たち人間は生きていくことができます。

自然の生命があるからこそ、私たちは生きていくことができます。

人類が自然を大事にすれば、人類は自然によって守られます。

しかし、人類が自然を破壊すれば、自然によって人類は壊されてしまいます。

常に自然に感謝し、常に自然のおかげで生きていることを忘れないことを、ブッダ釈尊は教えてくださいました。


b.人間に生まれたことの貴重さを理解すること


ブッダ釈尊は、繰り返し、人間界に生まれることは非常に稀なことだと教えられました。

輪廻の中で、人間に生まれることは、恵まれた大切にすべきことだと教えられました。

アビダンマ(ブッダ釈尊の教えを哲学的にまとめた「論」)では、人間界に生まれるには、三つの良いことが過去にあったからだとしています。

ひとつは、カルマの結果であり、過去に思いやりを持って生き、他の人を大切にする心を持っていたため、その良い結果が成長して人間界に生まれるとしています。

ふたつめは、慈しみの心を持ち、見返りを期待せずにほかの生命の幸せを求める心があったからこそ、人間界に生まれることができたとしています。

三つめは、良いことは良い結果を生じさせる、悪いことは悪い結果を生じさせるという、ものごとの道理を、たとえ少しであっても、ある程度理解していたからだとしています。

この三つの条件を持っていたからこそ、長い輪廻の中で、貴重な人間界に生まれることができたとしています。

それでは、人間界に生まれ、先に今から大切に考えることは何であるべきかと言いますと、今生で悟りに到達することか、今のレベルより落ちないことだと説かれています。

今生で悟りに努力して到達するには、エネルギーや条件が整わない場合は、少なくとも、今自分がいる境涯やレベルよりも落ちてしまわないことが大切です。

人間は、自分で努力して、自分の運命を変えることができます。

動物は一つのパターンを繰り返すだけです。

しかし、人間は、道徳的に生きて、自分のエネルギーを高めることができますし、今のレベルより落ちない自分をつくっていくことができます。

森の中には多くの木々がありますが、自分に見えるのは自分の近くにある木だけかもしれません。

しかし、山に登ると、森の木々の様子がはっきり見えます。

そのように、瞑想をして心を成長させ、煩悩のエネルギーの重さを減らすと、身近な木々だけを見てその影響を受けてしまうだけでなく、ものごとのあるがままの様子が見えるようになってきます。

この人生は、心を成長させるという、一つの大事な目標があります。

そのため、人間に生まれ、生きていくことの貴重さをよく理解し、そしてこの人生を支えてくれる人々やものを大切にする心を育てることがとても大事です。


c.慈しみ


慈しみとは、自分の心を育て、見返りを求めずに、他の幸せを求めることです。


d.ものごとの原因と結果の理解


良いことの行いは良い結果につながり、悪いことの行いは悪い結果につながる。

すぐ目の前の時間だけですと、良いことを行っても必ずしもすぐには良い結果が生じず、うまくいかない事柄もあるかもしれません。

しかし、長い輪廻の目で見ますと、良いエネルギーを生じさせる良い行いは、必ず良い結果を生じさせ、これからの人生を支えてくれるエネルギーになります。

今日一日だけではなく、これからの長い人生や、長い輪廻の中の自分を、良いエネルギーが支えていってくれます。

ダンマパダの最初の偈も、清らかな良い心で行ったことには良い結果がつながっていき、汚れた心で行う悪い行為には悪い結果がつながっていくことが述べられています。


e.自分自身のカルマを管理すること


人生の中で、輪廻の中で、カルマエネルギーを上手に管理すると、自分のエネルギーを上げていくことができます。

しかし、カルマエネルギーを下手に管理すると、下のレベルに落ちていってしまいます。

自分自身で、カルマエネルギーをしっかり管理することが大切です。

上手にカルマエネルギーを管理すれば、今の自分から、菩薩や阿羅漢を誕生させることができます。

そのためには、心を育てることです。


心を育てるには、身近なところから始めることができます。

身近な人や自然やものごとに、感謝する。

誰もいなくても、自然には感謝することができます。


まとめますと、身近なところから、感謝をはじめて、感謝の心を育て、感謝の心を深め広げていく。

次に、人間として生まれてきたことがめったにない、かけがえのない、恵まれた期間だということを理解して、自分を良く変えていく。

今の自分のレベルから落ちないように、自分自身を管理していく。

今から、ブッダ釈尊の教えを大切にしていくと、ブッダ釈尊に近づくことができる。

自分の清らかさを高め、清らかな良いエネルギーを育てていくと、自分の人生に後悔が残ることがなくなります。

自分を育てることができたと、この人生の終わりにも悔いがなく、満足して感謝することができます。

ブッダ釈尊は、最もすばらしい最高のお布施とは何かということについて、その人が自分自身でブッダ釈尊の教えを実行して良い方向に変わることだと述べています。

今日はカティナ衣の法要で皆さまお疲れのことと思いますが、自分のカルマエネルギーをしっかり管理するということを、どうかこれから大切にしていただきたいと思います。


(以上)

2016-11-16

保坂展人『相模原事件とヘイトスクラム』

保坂展人相模原事件とヘイトスクラム』(岩波ブックレット)読了。

事件の教訓を風化させないためにも、多くの人に読んで欲しい一冊である。

ナチスのT4計画によってかつて20万人以上の障害者が殺害された。

相模原事件も、ともすれば噴出する、そうした近現代の優生思想や生産効率第一主義のひとつの現れなのだろう。

せっかく障害者権利条約障害者差別解消法ができても、肝心の社会の意識が変わらなければ、絵に描いた餅になってしまうのかもしれない。

事件とその背景について、真摯に考察し、なんとか乗り越えようとしている著者の姿勢には、基本的には共感を覚える。


しかし、著者が主張するような、誰もがいつかは老いていくという想像力と、他者への共感という、この二つの視点だけで、はたして優生思想や生産効率第一主義を乗り越えることが可能なのかは若干疑問である。

もちろん、自分も老いたり障害を持つかもしれないという可能性への想像力や、他者への共感を育むことはとても大事なことである。

しかし、そうした人間の論理だけでは、なぜ障害者にも生きる権利があるのか、そもそも人権根拠が何なのかということは、必ずしも明確には答えられないのではないだろうか。

この相模原の事件の犯人に共感する人々がいるということ、そして社会が必ずしも明確にそれらに対して克服できていないということは、実は根が深いのではないかと思う。

つまり、近代の世俗主義アポリアに直面しているからではないかと思う。

もともと西欧の自然法人権思想は、キリスト教と密接に結びつきながら発展してきた。

実は人間の尊厳や平等や人権根拠は、聖書信仰にあり、そこから切り離された世俗主義の中では、必ずしもそれらの説明がつかなくなってしまう。

その視点を持たない限り、近代の世俗主義アポリアは、必ずしも乗り越えることができないのではないだろうか。


とはいえ、世俗化された現代社会では、世俗主義の論理の中で、可能な限りこの問題に取り組むことも大切なのだろう。

とすれば、やはり著者の言うように、立場の互換性への想像力と共感を育む道がまず大切なのかもしれない。


重い問題だが、引き続き折に触れ考えて行きたいし、ナチスのT4計画の歴史についての本も、いろいろ読んでみたいと思った。


2016-11-14

「アナと雪の女王」

ツタヤの無料レンタル券を一枚もらったので、見てみたら予想外に面白かった。

なにせ映像が素晴らしい。

歌や音楽も良かった。

私が小さい時のディズニー映画も良かったけれど、映像の美しさは技術の進歩もあって、格段に進んでおり、今の子どもたちはその点幸せだと思う。

「愛は氷を溶かす」

大切なことと思う。

2016-11-12

電車の遅延事故があった日

昨日は、朝から電車のダイヤが大幅に乱れ、いつも20分以内で到着する電車の中に、ぎゅうぎゅう詰めで変な姿勢で立ちながら一時間かかった。


やっと仕事が終わって、夕方帰ろうとすると、ホームで一時間待たされた。

さらに到着した電車が出発するまで三十分ほど待った。

やっと出発してこれで帰れると思いきや、途中の駅で二時間近く停車した。

結局三時間以上、日ごろならば二十分で帰れる道のりにかかった。


ただ、見てて感心したのは、帰りの電車の中で、さりげなく若い女性が年配の方に席を譲るのを目撃したこと。

世の中捨てたものじゃないなぁと、見ていて心和んだ。

あと、別の若者たちが、なんだか楽しそうにのんびりと雑談しているのを聞いてて、全然殺気立ったりせずに忍耐強くいかなる状況も楽しそうに過ごすとは、たいしたもんだなぁと感心した。

他の年配の方々も、黙々とじっと忍耐強く耐えていた。

たいしたものである。


ただ、私はやっぱり家に帰るとくたくたで、食事する元気もなく、さっきまですやすや眠ってやっと回復した。

報道によれば、何か架線が損傷して、それに気付かずに通過した列車のパンタグラフが損傷し、別の地点の架線をさらに損傷させてしまったそうである。

とんだ災難だったが、市井には立派な人が多いとあらためて思う瞬間だった。

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