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ポルフィの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-06-10

ピーター・ホロビン 「地上で最も力ある祈り」

良い一冊だった。

「父よ、彼らをお赦しください。

自分が何をしているのか知らないのです。」

ルカによる福音書 第二十三章 三十四節)

2016-06-09

八木誠一 「キリスト教は信じうるか」


救いの根拠を、歴史的な出来事ではなく、普遍的な構造に求めるという試み。

考えさせられる一冊だった。

前半部分の体験に基づいた箇所はわかりやすいが、後半はやや私にとってはまだ十分消化できていない難解な議論だったので、また時を置いて読み直してみたい。

非常に重要なことを言っているとは思う。

2016-06-03

八木誠一 「イエスと現代」

古本屋でたまたま見つけたのだけれど、とても良い本だった。

イエスのことばの本質を、伝達の言葉ではなく、なんらかの方向性を示すものとして受けとめ、またエゴイズムの否定にその本質を見いだしている。

さらに、政治にも個人のみの救済にも偏らず、神との本来的な関わりをひとりひとりに問い直すものとして、イエスのことばを受けとめている。

とても納得がいく解釈と思う。

増補版も出ているようなので、そのうち手に入れて読んでみたい。

イエスと現代 (NHKブックス)

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2016-05-23

映画『日本の黒い夏 冤罪』

日本の黒い夏 [冤enzai罪] [DVD]

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映画『日本の黒い夏 冤罪』(2001年度の作品)を見た。

松本サリン事件河野義行さんを中心に、マスコミや警察のあり方について描いており、考えさせられる作品だった。


河野さんは自身も奥さんもサリン事件の被害者だったにもかかわらず、第一通報者だったことと、たまたま薬物の免許を持ち自宅にも複数の薬品があったことにより、警察からもマスコミからも犯人だと思いこまれたこと。

また、体調不良にもかかわらず過酷な質問にさらされたり、脅迫やいたずら電話の被害にさらされたことが、よく描かれていた。


この作品を見て、予断や思いこみというのがいかに恐ろしい危険なものか、あらためて考えざるを得なかった。

この社会のとんでもなさにあらためて暗澹とさせられるが、その一方で、河野さんのために尽力する弁護士や、ずっと変わらぬ友人もいたというエピソードには、救われる気がした。

また、長野のローカルテレビ局で、裏付けをとろうと慎重な姿勢をみせるテレビ局もあったようである。


最終的には、オウム真理教の犯行だったことがわかり、河野さんは全くの無関係だったことがわかったが、それまでの心痛や苦労ははかりしれないものがあったろう。

もともと、警察やマスコミが予断を排し、裏付けを慎重にとる姿勢をもっと持っていれば、河野さんのあれほどの苦労はもちろん、地下鉄サリン事件も防げたことだったのかもしれない。


多くの人に見て欲しい作品だと思う。

2016-05-05 ヘロドトスと聖書の関連記事 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

聖書によれば、紀元前701年アッシリアの大軍がエルサレムを包囲したが、天使がアッシリアの大軍を撃滅して、エルサレムは奇跡的に助かったと記されている。

(列王記下19:35および歴代誌下32:21参照。)

おとぎ話のような話であるが、当時の中東のほとんどはアッシリア帝国に占領されたのに対し、なぜかエルサレムだけは免れたのは史実である。

紀元前701年の戦役のことは、アッシリアの記録にあり、ラキシュなどを陥落させたことが記されている。

ただし、アッシリア軍がなぜエルサレムを陥落させずに撤退させたかはアッシリア側の碑文には残されておらず、損害についての記録もない。

聖書以外には、特にアッシリアの大軍が、なんらかの理由により大きな打撃を受けたという記録は、ないものだとてっきり思いこんでいた。

ところが、なんとヘロドトスに全く符号する箇所があり、驚いた。

ヘロドトスの『歴史』の巻二の141節、岩波文庫版だと上巻の252頁にその記述がある。

それによれば、アッシリア王サナカボリスがエジプトを攻撃しようと軍を進めてきて、エジプト王が必死に神に祈ると、必ず助けるので安心して勇気をもって反撃せよという神託が下り、寄せ集めの軍隊エジプト王がアッシリア軍を迎え撃つために出撃していくと、ネズミの大軍がアッシリア軍の陣地を攻撃し、アッシリア軍は壊滅し撤退していったということ。

および、それ以来エジプトではネズミを神として祀った、ということが記されている。

サナカボリスというのは、聖書に出てくるセンナケリブ、つまりシン・アヘ・エリバのことであることは間違いない。

どうやら、ネズミがコレラペストアッシリア軍に蔓延させ、それでアッシリア軍は、エルサレムを陥落させる前に、またエジプトと決戦する前に、撤退していったようである。

そういえば、アッシリア世界史上はじめて靴を軍隊に装備させ、長距離の移動を可能にさせていたという。

また、兵站がきちんと行き届いており、携帯食も充実していたという。

革靴や兵糧や携帯食を狙って、飢えたネズミが大移動し、それが疫病を蔓延させたのだろうか。

いったい、このネズミによる疫病が原因と思われるアッシリア軍の壊滅が、聖書が言うようにヤハウェの意志だったのか、エジプト人が思ったようにエジプトの神の意志だったのか、あるいは偶然だったのか、それは人によってさまざまな受け止め方があるのだろう。

しかし、もしこの時にエルサレムが陥落していれば、一神教聖書も消滅し、したがってその後のユダヤ教のみならずキリスト教イスラム教も歴史上には存在しなかったのかもしれない。

聖書ヘロドトスが記している以上、そしてアッシリア側は被害については沈黙しているがエルサレムが陥落していないことはアッシリアの記録からもうかがわれる以上、上記のことは本当にあった出来事なのだろう。

ちなみに、私が気付いていなかっただけで、岩波文庫版のヘロドトスの歴史の上記箇所の脚注には、きちんと聖書の列王記の当該箇所を参照すべき旨の記述があった。

ヘロドトスを読んだ時は、あんまり脚注を気にせずに読んでいたけれど、逐一脚注を当たって行ったら、案外面白い発見がまだまだあるのかもなぁ。

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