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ベンチャー役員三界に家なし

2016-12-01 就活生が覚えておくべき会社の真実7つ(ボツ版) このエントリーを含むブックマーク

ごきげんよう
いよいよ師走になってきましたね。今年も終わりです。
気付くと今年はブログをこれまで8本しか書いてません。困りましたね。
最近はブロガーでもなんでもない単なるツイッタラーです。

さて無理に筆を取ってみたものの特に何か書きたいことがあるわけでもありません。

先ほど、僕が普段仕事で使ってるノートが最期のページまで行ったので新しいものを注文しました。
僕は会議中などもメモすることがあればスマホやパソコンのメーラーを立ち上げてすぐに自分宛に送ってしまうのでノートはほぼ飾りです。
だから何年もずっと同じものを使っているのですが、さすがに最後のページに来てしまったようです。
ではこのノートに何を書いているかというと、大体はしょうもない考え事です。
昔は全部ノートに書いていたのですが、最近は誰に言っても差し支えないことはツイッターでつぶやくようになったので、ここに書いてるのはスマホがいじれない場所で考えてた事か、表で言えない話かのどっちがとなります。
ゴミ箱に放り込んでしまおうと思ったのですが、中をパラパラとめくっているとなんか、数年間に書き殴った雑学みたいなデータや単語、推敲や逡巡が見て取れます。
もはや、記憶も曖昧なので自分で読んで「どういう意味?」と疑問に思うものが多いですが比較的意味の通ってるメモをそのままアップして2016年の投稿数を稼いでお茶を濁そうと思います。

というわけでまずはこれです。

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どうやら地方で開催された会社説明会だかインターン向けセミナーだかようわかりませんが数年前に人事に頼まれて「就活生に何かためになる話をしてやってほしい」的な依頼をされたときに話す内容を飛行機の中でまとめたと思われます。確かにうっすら記憶にあります。
ユウタロス版「就活生が覚えておくべき会社の真実7つ」みたいなことを言おうとしたっぽいですが、自社採用がらみの登壇で明らかに話す内容ではないと直前に気が付いたのか、列挙して全部ボツにしています。一体本番では若者に何を喋ったんでしょうか。。
全く記憶にありません。

一応書き起こしてみると

1.事業ドメインが決まってる会社はその市場規模以上にならない
2.子会社入社して親会社の偉い人になることはない
3.定年するまで会社に居るなら今やってる事業の会社じゃなくなっている
4.会社は実力順で偉くなるわけではない
5.人間は意外と早く死ぬ
6.人間は意外に長生きだ
7.市場価値=転職のし易さである

とのことです。一つ一つ解説していきましょう。

事業ドメインが決まってる会社はその市場規模以上にならない」
歯ブラシの会社は歯ブラシ市場が、パンツの会社はパンツ市場が通常その成長の天井になるということが言いたいみたいです。

子会社入社して親会社の偉い人になることはない」
→これはデカい会社の子会社と親会社の力関係と身分の差が絶対であることを言いたいようですね。なんか子会社ごとクビになった著者の怨念を感じる一文ですね。

「定年するまで会社に居るなら今やってる事業の会社じゃなくなっている」
→これは結構いいこと言ってると思います。40年も生き残る会社なら事業は変化してるでしょうから、今やってる事業の内容や強みより、自分も会社も変化への強さが大事なんではないか?ということを言いたいのでしょう。
他はともかくなぜこれがボツになったんでしょうか?

「会社は実力順で偉くなるわけではない」
→これも拗れた怨念を感じますね。

「人間は意外と早く死ぬ」
→社会人をしていると意外と若くして亡くなる方が居ます。意外と早く死ぬから頑張るなら今でしょ!と言いたいのだと思います。

「人間は意外に長生きだ」
→どっちやねん!

「市場価値=転職のし易さである」
→おまえは自分の会社の採用活動で何を言うんじゃ!

最後自分で、ボツにしたのか、現地で人事スタッフに怒られたのかは分かりませんが全部ボツになっていますね。
ブログにアップして成仏させてあげます。

さて、次にこれ。

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書き起こします。
「早く成功しなければと焦るより、早く失敗しなければと焦るべき」

ポエムですねー。
僕が起業に参加したのは28歳の春でしたが、確かにどうせ失敗するだろうから早いほうがいい。と思ってたのは確かですね。これは事業でもそうですが、早く失敗した方が積みあがってるものが小さいので被害が小さく済みます。で経験が残る。だから早く失敗した方がいいとは思いますね。

ポエムといえば、最後に「みつを」って書いてあるのが有名ですが、このポエムの後には「まずい」って書いてますね。
なんかマズイ状況だったんでしょうね。
早く失敗しなければ!って言ってるんだから成功しすぎて怖い。。みたいな状況ならカッコイイのだけど、マズイんかよwと。べつに焦って失敗しなくてももう失敗しとるやんけ!とツッコミ待ったなしです。

さて、自分のノートに自分で時間差でツッコむというよくわからないエントリになってしまいましたが、今年も皆さんお疲れ様でした。
あと一か月です。最後まで持ち場でがんばりましょう。

ちなみに僕がずっと愛用しているノートはこれです。
日付が入れられている手帳とか大嫌いなので僕はずっとこれを使ってます。

2016-08-23

金貸し父さんと人を縛る紙

ごきげんよう
今年もお盆が終わりました。父の7回忌の年にも拘わらず、例によって墓参りにもいかず親不孝をしてしまいましたが。
とはいえ定期的に彼の説教を思い出すので僕としては墓参りなんかよりもずっといつも彼を弔っているつもりではいます。
ナニワのノンバンクのおっちゃんだった父のどんな説教を思い出したかと言うと、、、

私には一人の父が居た。一人は金貸し父さん。以上である。

小学校高学年の頃の話です。
今ではすっかり忘れ去られた機械ではありますが、うちにはワープロワードプロセッサ)というメカがありました。
なんだそれ?という若者はググってください。
これは父が様々な文書を作る為に持って居たようなのですが、僕はよくこのワープロをオモチャにしていました。
罫線で絵を書いたり、外字作成モードでドットで顔文字を作って印刷するという遊びです。

僕はもちろん子供なのでこのワープロで金貸し父さんがどんな文書を作っていたのかを知る由もなかったのですが、ワープロをオモチャにしている分にはなぜか父は怒ったりはしませんでしたし、それどころか使い方を教えてくれました。

まぁご想像の通り彼が作っていたのは心のこもった「督促状」や「通告書」だったようなのですが、ある時、僕は父が何の文書を作ってるのかを聞きました。

そうすると父は僕に「そこへ座れ」と言いました。
僕は後悔しました。そう説教が始まる合図です。

僕は正座で父の前に座りました。

父「ええか?人に何か貸したり、約束したら必ず紙(契約書)が必要や。」
僕「必ず?」
父「そや。必ずや。」
僕「誰でも?」
父「そや。誰でもや。例外はない。よう覚えとけ。」
父「紙が無いいうことは後から何を言われてもしゃぁないいうことや。世の中にはな。電話で約束した話を『あんたあの時そう言うたやないですか?』って裁判所で問い詰めても『それは、うちに入った泥棒があんたからの電話を取ってそういうたんちゃいますか?』て平気でウソを言う人間はいくらでもおる。口でした約束は役に立たん。必ず紙が必要なんや。」

そう話す父の顔はとても恐ろしいものになっていました。
僕は下を向いて小さな声で「わかった。」と言いました。

この話を聞いたときは、世の中にはそんな酷いウソつきが僕が知らないだけで沢山いるんだなぁ。世の中には「悪い奴」が居るもんだなぁという感想を子供心に持ちました。
そして長らく父の話はそういう悪い奴から身を護る為に必ずきちんと契約を締結し、文書に残さないといけないという教訓だと僕は思っていました。

しかし、会社をやるようになってからですが、ちょっとこの父の話の捉え方は違うなと思うようにもなりました。

どこかに「悪い奴」が居るのではなく、きちんとルールが定まりお互いが確認できる形に残されていないから「元々は善良だった人」が「悪い奴」になってしまうのではないかと。
そして、そういう意味では自分自身も誰かにとって「悪い奴」になる可能性を常にもっているんではないかということも思うようになりました。

人は生まれながらに正直な善人とうそつきな悪人に分かれているわけではない。
人は弱い生き物です。
人が置かれる状況は常に変化します。
それでもお互いに常に真摯に向き合い、相手の存在と権利と尊重する努力を続けることで「善良な人」を更新しつづけないといけないその苦しい長距離走のペースメーカーとして契約と契約書が存在するのではないか。
金貸し父さんはだからこそ「相手と自分がきちんとした人間であり続けたいなら約束事はいついかなる時にも紙に残せ」と。
そういうことだったのかな。
そう思うように変化しました。最初に正座させられた時から20年以上を経て僕は30歳を過ぎていました。

完。

と言いたいところだったのですが、40歳を目前にしてまた最近、「いやそれでも紙を起さない関係というのもあるしむしろそちらの方が約束としては重いかもね?」と思うようになってきました。
2回目の心変わりです。

特にビジネスの世界は意外に狭く、故に個人の信用のみを担保にしたほとんど契約書がない世界というのも多いことを知ってのことです。
ある種電話一本で話が決まる世界では、酷い不義理をするとあっという間に誰にも相手にされなくなる。紙がないからこそ常に襟を正さなければいけないのではないか?
とも思うようになりました。

金貸し父さんの真意はさっさと死んでしまったので結局確認する術はありません。
今頃上の方から「ほんまにお前はあほやなぁ。」と笑っている気もしますね。

ちなみに最近、小中学校の同窓会に出席した今でも連絡を取り合うたった一人の大阪の友人と話したのですが、
「同窓会でおまえが東京でがんばってるって言ったけど、覚えていたのは◯◯子ちゃんだけだったわ(笑)」
とのこと。
僕は嬉々として
「◯◯子ちゃん!!俺彼女好きだったんだよね〜背が高くて美人だったよね〜」
と言ったのですが、
「うん。よく覚えてるって。お前、小学校の時に彼女に頑張れゴエモンファミカセ貸してワープロで作った借用書取ったんだって?最低な奴だったからよく覚えてるって言ってたよ(笑)」
とのこと。

・・・・・・
・・・・
・・

やっぱり金貸し父さんの墓参りなんか行くもんか。

さて、契約や契約書は大切ですが、それはいつ誰からどういう内容で学ぶのが良いのでしょうね?
僕も何が正しいのかはわかりませんが、なにはともあれ今日も持ち場で真摯に頑張るのが良さそうです。

では

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2016-06-15 CFTやタスクフォースは男(女)を上げるチャンス このエントリーを含むブックマーク

ごきげんよう。お昼休みのひと時です。
さて、お友達のブランドコンサルティングを手掛けるインサイトフォースの山口さんがとても勉強になる記事をアップしてくれていました。

B2B営業を成果につなぐブランド戦略 最終回:
ブランディングとセールスの連動、「CMO待望論」より必要なこと (1/2)
http://marketing.itmedia.co.jp/mm/articles/1606/13/news045.html

ブランド戦略を絵に描いた餅にしない!生々しいCFT運営のコツ
https://note.mu/blogucci/n/nef48e9ea9585

※CFTとはクロスファンクショナルチームのことで部門を横断してメンバーを集めて課題に取り組むチームのことです。
詳しくはこちら http://gms.globis.co.jp/dic/00781.php

ブランド戦略というテーマから論じられていますが、実際にご自身が各企業に入り込んでお仕事をされている山口さんらしい全社課題に対して「実になる」結果を出す為の組織論としてもとても的を射ていると思います。

ちなみに田端さんがツッコミを入れていた議論には僕もリアルタイムで参加していたのですが、CFTというのは実は「なかなかうまく行かないやり方」として語られることもよくあります。
今回の山口さんの記事のよいところは(ポジショントークだとしても)それを超えて「やはりCFTだ!」と言ったことだと思います。

経営ないしは経営に近い視点からのCFTの有効性や運営については山口さんに聞いてもらうとして、僕があえてこの話に蛇足と知りつつ何か言うとすれば、CFTや、タスクフォースと言われるプロジェクトへの参加は部門の現場社員としてはチャンスだから死ぬ気で参加した方がいいと思うよという話です。

■CFTは部門ではお遊びだと言われる?

僕は会社員時代とあるメーカーのCFTにいくつも参加していたのですが、ここで多くのことを学びました。
でも、CFTの難しい面も沢山見ました。
僕が参加したいくつかのCFTの中で一番思い出に残っているのは、とある画期的な新システムを既存商品に標準装備することにより得られるデータを如何に各部門で活用するか?というCFTでした。

まずそもそもスタートから無茶苦茶でした。よく考えてみたらそりゃそうで、データを飛ばす装置を標準装備することをトップ決定してから活用をCFTで考えるのです。
初回から大荒れなわけです。まぁ各部門が頭を抱えたり、自分都合の話をしたり、そもそも論になったりと喧々諤々でした。

僕はというと、実はこのCFT。部門ババ抜きのババを引いたような感じで行かされたものでした。
一番立場が弱く、なんでもハイハイと行きたがる僕を部門長が生贄のように差し出したという経緯だったのです。

そもそもCFTは各部門で通常ミッションと別に編成されるものなので、専従ではありません。だから部門の本流では「仕事」とは認めてもらえない空気感がありました。
直属上司との評価面談シートなどでも、どや顔でメインの期中のアウトプットに「CFTがんばりました!」みたいに書くと上司にげんこつで報いられる感じなので、空気を読んで「その他の成果」の欄に「CFTに行きました。まる」みたいに書く感じでした。

やはり部門の数字や目標にコミットしているラインマネージャーからすると、部下のうちエース級をCFTに引き抜かれたり、若手が他の部門と交流して染まられると使いにくいから嫌なんですよね。
うん。器の大小はともかく部門を預かる責任者ならそういう気持ちになるのは仕方ない。(笑)
だから、部門ではCFTは空気的に冷ややかな感じになりがちです。

いやいや、経営層肝入りのCFTなんだから、チャンスじゃねーの?
というのは日本企業の入り組んだ政治ゲームを甘く見ています。意識の高さだけで生き残れたら苦労しません。
特に経営に近いCFTは設置を主導した人の子飼いや部門内のスパイと後々思われる可能性がある為、本気のエリートコースの人は様子見をすることも多いにアリだと思います。

■それでもCFTは学びのチャンス

僕はそれでもCFTやタスクフォースはチャンスがあればなんとか入るべきだと思います。
ここで重要なのは部門での立場を担保したままうまく参加することです。
部門の代弁者として僕がぶちかまして来てやりますよ!」と、若手の族議員部門では装って参加するとか、みんなが忙しいと思うので僕が、、、と押付けられたふりをするとか。そういうのがいいでしょう。

もちろん実際にCFTとしてワークするときには部門員としての専門家としての視点から、全社としてのあるべき姿に貢献できるように全力を出します。ちゃんと組成されたCFTであればスタッフ部門からはエース級が入ってることも多いですし、外部から戦略コンサルタントなどがファシリテイターや取りまとめに入って来ることもあります。
そういう人達はビジネスパーソンとして有能な場合も大いにありますので部門内でタコツボみたいな体育会系縦社会ばかりをやってるより彼らとの仕事は勉強になり、視野が広がります。給料は上がりませんが。

部門へはCFTの空気を単純に持ち帰らない

これはやり方ではありますが、うまく回っているCFTはとても仕事として面白くもあります。
自分が普段部門の中で向き合っている閉じた世界とは違い、様々な部門と会社全体のデザインについて意識できるからです。ここで若いと褒められているうちになんだか鼻持ちならない態度になったり、意識が上がり過ぎて部門に帰って同僚やひどいと上司に説教をたれる猛者が出たりします。
CFTではもちろん方向性等を部門の代表として部内へ持ち帰り、実務レベルで浸透させるエバンジェリストとしての役割も期待されているのでやれと言われたからやった振る舞いですが、まぁ、、、大体嫌われます。

大日本帝国陸軍大臣にして終戦の詔勅に同意して陸軍武装解除した阿南惟幾(終戦時に切腹自害)は、最期まで本土決戦を強行に主張していると陸軍内でも皆が思っていたからこそ、「あの阿南大将が納得したのなら。。」と陸軍が暴発せずに従ったという説があるそうです。こういうのを「腹芸」と言うわけですが、まさにこの腹芸なしには部門にCFTの成果はインストールできません。
部門の利害を最も強硬に主張していると部門内に思われておく」ことはとても大事です。

■CFT参加中は部門で今まで以上に働く!

結局のところ、CFT参加はビジネスパーソン個人として勉強になる経験ではあるものの、常にすべての会社のCFTが経営の後ろ盾をもち健全に運営される保証がない以上、CFTの参加で認められ経営企画などに取り立てられるなんて夢を見てたのに、結果は「本業もおろそかに経営改革ゴッコに参加して遊んでた。」という烙印を部門で押されることなんていくらでもあります。
いやぁ美しいですねぇ。ニッポンの大企業

それでもCFTは参加するのですから、自分で保険を掛けるしかありません。
つまり「CFTに参加中は部門で通常ミッションの遂行する為目の色を変えて働く!」
これしかありません。

■CFTは経営の疑似体験

会社というのは様々な利害が一つになった組織で、追い求めるKPIや成果の方向性部門によって異なるのが当たり前です。むしろガバナンスの視点では異なっていることが必要なのです。
これを超えて会社の成長に向かって自分の専門分野を生かしながら全体を俯瞰して最適解を作っていくCFTの作業というのは経営の手順そのものとも言えるでしょう。
こんな機会がもし自分の仕事の中で見えたら何がなんでも掴んでおきたいものです。若ければ尚更です。
しかし、CFTが設置されるということ自体が組織上で深刻な政治的な機能不全が横たわっているのは自明です。
故にべき論で片づけられない問題を直視して、組織内の有象無象の思惑も泳ぎ切り生きてCFTの成果を見ることができたらきっと企業内に居たとしてもマーケットで通用するビジネスパーソンになっていると思います。

まぁ、僕はいくつかのCFTを経て起業に参加してしまいましたので、有象無象を泳ぎ切れなかったクチです。
でもCFTに飛び込んだ経験は、自分が会社を創る上での組織作りや、大企業組織論理を理解した営業活動など、ベンチャーをやるようになってからもとても役に立っています。

というわけで来るべきCFT参加のチャンスを虎視眈々と狙いながらやるべきことは決まってますね。
今日も持ち場でがんばりましょう。

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2016-06-03 「一見無駄だと思う作業が大事」と中の人が言ってる業界こそ攻撃対象 このエントリーを含むブックマーク

『必ず「俺は聞いてない」というおじさんが出てきて邪魔をする。』だから、『何度も何度も同じ内容の説明会を開き』『壊れたテープレコーダーのように同じことを言い続ける』というのが大事だ。
という記事を読みました。

「聞いてない」というオジサン 2016.6.1.|木下斉/HitoshiKinoshita|note(ノート) https://note.mu/shoutengai/n/n81a1420a0a7e

僕はこれを読んで思うところがありました。
新規事業成功のキードライバーについてです。

この記事自体はとても現場感のある内容で本当にその通りだと思います。
「こういうオッサンどこにもおるよな〜あるある」というのは感想。
「そうか、、こういう一見無駄なように見える粘り強い作業は大切なんだな。」という学びもありました。

これは地方再生だけでなくあらゆるマーケット、事業推進の「あるある」でもあります。

さて、問題はここからです。


ここから思い至るのはこの記事で出てきた「事業を上手く推進する為の繰り返しの説明会」のような現状一見無駄なように見える粘り強い作業が実は事業を成功させる為のキードライバーになっているということが良くあるという事実です。
そしてそれはとりもなおさず「過剰なオペレーションをする能力、体制を持っている事業者が優位性を持っている市場である」と僕には見えます。
もちろん「過剰なオペレーションのコスト」はサービスなり成果物の販売価格に一定量転嫁されるはずです。

例えば門外漢がこれを上っ面だけのリサーチなどで理解すると、「巨大な非効率市場」に見えます。(実際にそうなのですが)

しかし、安易に新規参入するとうまく行かず討ち死にします。
まず、そもそも数字がついてきません。美しい事業計画、洗練された業務フロー、最新のICTをふんだんに使って鳴り物入りで参入しても、どうも受注が取れなかったり、せっかく受けた仕事もトラブルだらけになったりします。

業界や現場をよく知らない人ほど新規事業を立ち上げると、アイデアや理想を素直に実行しようとするので「無駄な慣習やオペレーション」を豪快に削ります。
でも実はそれこそがこの事業のキードライバーだったというオチです。

とはいえ、無駄を飲み込んでしまうと既存大手事業者に叶うはずがありません。あたりまえですよね。
彼らは長年「外から見たら無駄なことが必要だという経験値」を基にそれを洗練するということをして競争優位を確立しているからです。

ある意味「歪んだオペレーショナルエクセレンス」です。

例えば、最近だと「不動産テック」などというテーマなどまさにこの状態ですよね。
「『俺は聞いてない』っていうオッサン」が一番いっぱいリアルに出てくる業界ですから(笑)
そういう属人的な仕事のプロセスを飛ばして「ネットで完結!」とか言ってもうまくなかなかいかないわけです。

さて、シリコンバレー大好きの上滑りしたことばっかり言うにーちゃん達の肩を持つわけではないですが、僕はそれでもこういう業界は誰かが攻めるべきマーケットだと思います。

ではどうすれば、どういう人が切り込めるのでしょうか?

僕は事業責任者が「現場業務に『本当に飛び込む』ことを厭わないこと」、「ICTについて理解していること」がポイントだと思います。

巨大な非効率市場()で討ち死にする新規参入者の死体を見ていると

1.マーケットのあるべき姿を描く
2.生活者にウケる新しいアイデアを出す
3.本当に必要なビジネスプロセスの洗い出しをする
4.現状プロセスボトルネックの特定
5.ボトルネックを解消する新しいアイデア
6.アイデアのシステムへの落とし込み、設計、構築
7.新しいビジネスプロセス法律や業界ルール違反とならないように認めさせる交渉

を一貫して理解、実行できる人ってなかなか居ないんだなと気づきます。

最初の2つを理解している人は結構いますし声も大きい人が多いですね。情報も沢山あります。
しかし同時に3〜4の項目については理解している人はぐっと少なくなります。そして3〜4をできそうな「現場の人間」や「業界経験者」に任せてしまうと「目の前の業務」にひっぱられてしまいオペレーションは理想形にはなりません。
そして5〜6の部分はどちらかというとICTの知見がないと難しいです。
新しいマーケットに切り込む側は、チームを組むと1〜2が経営、3〜4が業務系の人、5〜6がシステム屋さんとかでやりがちなのですが、出来上がった事業はまず利益が出ません。
もしやるなら全て一貫して理解、実行できる人が居て全体をデザインしないと風穴を開けられないと思います。

7.についても少し言及しましょう。
これまでの常識を打ち破り新たなビジネスプロセスを実現したとしても、まだ最期の壁が残っています。
それが規制です。
旧来の「あたりまえの業務プロセス」は、「法律(業法)」「省令」「条例」「業界団体の自主規制ルール」などで守られていることはままあります。誰の都合かはここでは言いませんが、あるものはあるのが現実です。
これをないがしろにすると、まさにアンタッチャブルになってしまい、最悪「改革者」ではなく「犯罪者」にされてしまいますので新しい方法が適法であると認めてもらう必要があります。
ドン・キホーテが「テレビ電話薬剤師と相談できるから夜中に店舗に薬剤師不在でも薬を売っていいだろ?」とか、
QBハウスに対して「洗面台がないのは不衛生なので理容店として条例違反である。」とか言って揉めてたのがありましたよね。あれです。
ここもアイデアをひねり出して粘り強く交渉してクリアしないといけません。

ICTは人の仕事を徹底的に破壊するパワーを持って居ます。
僅かな人間だけでこれまで沢山の人間が手間をかけていたことを完璧にこなし、大きな利益を手中に収めることも可能です。
そしてその裏で善良な勤労者がそれまで当たり前に「仕事」だと思ってがんばってきたキャリアとスキルを無力化し、生活の糧としての雇用を根こそぎ破壊することも可能です。

とはいえ、人間が築いたオペレーショナルエクセレンスの城壁は高くなかなか、能書きだけでは実現しないねと。そういう話です。

必死で城壁をツルハシで穴をあける側として生きるか、いつか開く穴に怯えて暮らすか。
僕自身についてはとんでもない小心者で心配性なのでいつか失われるかもしれない居心地の良い場所で怯えて暮らすより、毎日必死で巨大な壁に挑んで四苦八苦する方が気がまぎれるのでテックベンチャーをやっています。

まぁ自分がどちらにいるとしても、やるべきことは決まってますね。

今日も持ち場で頑張りましょう。

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2016-03-18

「アジェンダなし」の打合せはやってはいけない?

ごきげんよう

ちょっとハードな交渉事がなんとかまとまって、一息つけた昼休みです。
さて若い頃、とあるメーカーの国内販売代理店をどんどん統合してゆく(つまりリストラです)仕事をしたのですが、そのプロジェクトの責任者だった役員がとても面白い人で今考えるとすごく勉強になったなぁとふと思いだしました。
すぐ忘れそうなので書き留めておこうと思います。

簡単に言うと東京本社で決められた大方針の下、統合の必要性と今後の手順等を全国を周って説明しながら系列会社を潰していくというひどい仕事だったのですが、本社ではそのためのタスクフォースが組まれて僕も何人かの若手と下っ端として資料作りなどを担当しました。

僕らは本社サイドの下っ端として、必要な手順等を連日徹夜などしながら準備をしていたのですが、やはり下準備や調査などで地方の販売会社に行くと、あまり良い話で来ているわけでもないので緊張感を感じたし、歯に衣着せぬ地方(どことは言わないけど僕の故郷である関西など)では露骨に「わしらクビにしに来たんやろ?そらご苦労様です。」などとキッツイことを言われお茶も出ないこともあるわけです。

こりゃただ事ではないぞ。と思って東京に逃げ帰って来て、必死で説明資料などを可能なかぎり緻密に作り、論理的に理解を求めようと準備をしました。もっと前向きな仕事したかったヨ。怒られるのやだし。と当時は思ってました。

いざとある地方の販売会社の社長、役員に最初の説明をしに行く日、僕はプロジェクト責任者の役員のお供でガクガクブルブルしながら付いて行ったことがあります。
資料などに不備がないか、数字に誤りがないか、説明の順序などに相手の気持ちを逆なでするようなものがないかなど行きの新幹線でも気が気ではなく既に逃げ出したい気分です。
絶対向こうは怒ってくるだろうし、最後は力関係があるとはいえ揉めたらプロジェクト自体が滞り、今度は僕らが使えないスタッフとしてリストラされる番でしょう。

しかし、上司の役員は50代の人だったのですが行きの新幹線から既に一杯飲んで、資料に目を通そうともしません。(ちなみにこの方、T大工学部出身でめちゃくちゃ頭の回転が速い人でした。)

現地の会社に乗り込んで、向こうの役員会議室で先方の会社の居並ぶ役員達に、僕ら下っ端が徹夜で作った資料を配った後、向こうの会社の社長が「突然の話で我々も驚いている。納得できる話を今日してもらえるんだろうな?」ってしょっぱなから凄んで来ます。
僕は重すぎる空気におしっこ漏らすのをガマンするのが精いっぱいの状況です。

そしたら、うちのおっさん。いや役員は、「は?今日は私にアジェンダはないですよ。今日は皆さんの話を『聞きに』来た。」と堂々と言って、「よいしょと。。」と言って折角僕らが作った資料を裏っかえしにして。メモにし始めました。

「さぁ、言ってください。私は聞きに来たんです。」

と。

そこからは、向こうから現状の不安や不満などが堰を切ったように出てきて、それを上司はウンウンと言いながら、僕らの徹夜で作った(しつこいですが、、)資料を裏紙にしてメモをしてゆく。

その日は結局、資料の説明はせず、僕らはホテルに、上司はえらい人達と飲みに行きました。
翌日は上司はさっさと帰京し、僕らは現場での説明会があったのですが、以前、事前調査に来た時と全然雰囲気が変わっていました。
どうやら先方幹部がすっかりうちのボスに「あの人は話のできる人だ」と心を許したようで、朝礼で僕らに協力するように現場にとりなしてくれたようです。

僕らは再編を知らず知らずのうちに全体の中での最善で論理的に考えた上での戦略だと。仕方ないことだと思っていたのですが、そういうことを相手に伝える方法は、何も中身を「論理的に説明すること」ではないのだなと。
何をやっても「上から目線」であったり「押付け」と捉えられて中身以前に受け入れがたいものとなるのだから、ロジックや正論などは語れば語るほむしろ物事がうまく進まないこともあるのかもしれないなと。
なんとも言えず目を開かされた気分になりました。

まぁ、僕は朝までに徹夜してでも作れと言われた資料を結局使ってくれない上に、裏紙にされたことを今でもムカついて覚えているので、もし自分が同じようなことを仮にするときが来てもメモには手帳を使おうとは思っています。

さてまぁ、社内政治的なものはくだらないとか、ロジカルだイシューの共有だといくら吠えても面従腹背で誰一人動かすことができないビジネスパーソンにはなりたくないなと思うことがありちょっと思い出しました。

さて、今日も持ち場でがんばりますよ。

では

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