Hatena::ブログ(Diary)

ベンチャー役員三界に家なし

2017-06-22 カネでは動かない人の賤しさについて このエントリーを含むブックマーク

ごきげんよう
ネットを見ているとなにやら物騒な話を最近目にしました。

僕が目にしたのはこの二つの記事です。







スタートアップにおいて創業メンバーや幹部を、事業を行う過程で粛清することが避けて通れないという話のようです。
とてもリアルな内容で僕も何度も見てきましたし、なんなら手を下して来た方です。特にこれらの話にどうこう言うつもりもないのですが、なんかすっきりしないところがあるので少し蛇足とは知りつつエントリを書いてみようと思います。

僕は起業する。事業を起す。とはある種、法の範囲の中で「神」として振る舞う行為だと思っています。
よく例えに出すのですが「ある山で野生動物保護の見地から鹿を保護したところ増えすぎてしまい麓の田畑を荒らすようになった。なので地元の猟友会に協力してもらい農作物の味を覚えてしまった鹿を撃ち、駆除する。」といった話は聞いたことありますよね。

僕はこれほど酷い話はないと思うのですが、この山において人間は「神」として振る舞っているわけです。
自分が思う「最適状態」の為に鹿の生殺与奪を欲しいままにしているわけで、こんな酷いことがもし許される者が居るとしたら「神」だけだと思います。
起業も同じ局面はよく出てきます。
起業家が思い描いたビジョンの為に他人を誘い入れ、そして自分が思うようにならなければ去ってもらう。そういう状況のことです。

もちろん神と見間違える、いやもはや鬼神ともいえる強さを持った起業家達も居ます。
しかし、多くの起業家は哀しいかな人間である為、「神」の振る舞いをする中で覇気を削がれ、苦しみ、そして最悪気が狂ってしまいます。
自らが可愛いと思って増やした鹿の目を見ながら鉄砲の引き金を引き、恨みと失望の涙を流しながら倒れてゆく鹿を見て「もうこんなことはしたくない。」と思う。
それが当たり前の人の心というものです。
しかし、判断を先送りにし、問題から逃げれば被害が拡大し、そしていずれ自らが倒れ周りにもより大きな迷惑をかけることになります。

これは有能ではあるが組織に反したものを規律に沿って裁くという、所謂「泣いて馬謖を斬る」といった話とは違います。
「人に合せて事業を作るのではなく、事業に沿った人を貪欲に配置していく必要がある」という原則を人事において実行するというのは、斬られ、撃たれる方から見たらどう理屈をこねたって出鱈目な話だし、幾ら「仕方なかった」と涙を流されたところで自己憐憫にしか見えないという話です。
そこで「経営者というのは孤独なんだ。それでもやらねばならない」という結末だと、事業を成功させる確率は上がらないと思うし思考停止だと思うのですよね。
僕が思うのは、もともと神の所業なのだから、それを一人で抱え込んでトップが事業に集中できなくなるのはもったいないなと。だからこういう罪深い事こそボードメンバーやNo2と分担できればより事業は立ち上がりやすく、成長するのではないか?と。つまり事業の成長の為に人の心を持った平凡な人間が分担して「神」の所業をなすというやり方もあるのではないかということです。

よく目を凝らして見てみると、もはや神をも恐れぬ経営者という人も一人で事を成しているわけでなく、人間が神たる振る舞いをするうえでトップの影として常に傍にいる人間を従えていることに気づきます。
孫正義に宮内謙、永守重信に小部博志といった具合です。
そして彼らは番頭として、能力として事業を成長させるための外部からの幹部起用があった場合は、場合によっては一旦後ろへ下がり、招き入れた彼らが去ればまたその留守を代打として預かります。
逆説的ですが、トップが自分の戦略実行の為、積極的に幹部を容赦なくスゲ替えることが出来るようになるには、何をやっても必ず傍にそれについてくる子分を従えるのが一番の近道です。そして、体制を維持するというのは自分が最後孤立しないことが重要です。日和見がちな構成員は必ず結束が固い方に転び、理屈がいくら正しくとも反体制派は最終的には敗走します。
同時に事業を成長させるためのNo2と、トップと運命を共にするNo2は同一である必要はないし、後者はトップの意向に沿わない者、能力の不足する者、環境やトレンドの変化に応じて必要のなくなった者に引導を渡し、トップのビジョンの遂行の為の犠牲となる人々の目をまっすぐに見すえ粛清を実行し、恨みを引き受ける必要があります。

欧米では「共同経営」というやり方もあるようですが、僕はこれは感覚的に日本では難しいのではないかなと思っています。
それは、僕ら日本人的な感覚の中には「カネでは動かないぞ」という気持ちがよく出てくるからだと思います。
「カネでは動かない」というと美しい話と思う人が居ますが(まぁそういう美しい話になることもありますが、、)これは酷い裏返しの面があり、「自分が1万円もらえるボタンと、気に入らない奴が1,000万円損するボタンどちらか押すならどちらを選ぶか?」という場合、「気に入らない奴が1,000万円損するボタン」を押す人がかなりの数いるということです。

「カネでは動かない」ということは僕は必ずしもキレイなことではなく、ある意味賤しい気持ちの裏返しでもあると思います。
こういった気持ちが心の奥に棲むことは仕方ないとしたら。。そういう人を構成員の中に抱える限り「共同経営」というのは成り立ちません。
「共同経営」というのは個々人がカネという利害を共有し1円でも得する限りお互いにカネを最大化できるよう協力するという関係だからです。
先の大戦で敗れたのは日本人に西欧的な「合理性」が無かったからだとする話もあるそうです。難しいことは解りませんが、僕は少なくとも単純な損得勘定で合理的に協力できず、事業の成長で足元がもつれるが如き様子を沢山見て思います。
強固な組織をベンチャーで日本人中心に作るには「親分と子分」というヤクザ映画のような振る舞いが一定以上の合理性があるのではないかと。

かつてのベンチャーの雄、もはや伝説となっている故大川功氏のCSKの一号社員は、湯川英一という方だったそうです。我々アラフォーの人達の間では有名な方。そうドリームキャストの時にCMに出てみんなを笑わせていたセガの湯川専務です。
アスキー西和彦さんが書かれた「ベンチャーの父 大川功」という書籍の中で、常に大川功さんの心の側近であり続けた湯川さんが「自分の役目はオヤジ(大川功会長)が煩わしい諸々から一時でも解放されてリラックスして意思決定できるように笑わせるのが仕事だと思っていた」と言った旨の発言をされていました。
ベンチャーが組織成長を成す上で、苛烈なトップの心の支えたるそういう古参人材の生き方、また能力に応じたポジションだけでなく、組織の精神的支柱としてのそういった人物を序列は前後してもきちんと処遇する組織、そして自分の役回りを弁えトップを支えるポジションを引き受ける古参側近、そういった構図は「シリコンバレー発のスタートアップ組織論」だけでなく今尚、現実的且つ有用ではないかと思います。

やはりカネを絡めながら血の通った人間が集まって組織を作る以上、キレイごとでは周らないのは事実ですが、同時に人と人の感情を超越した諸々をトップが一人で背負い込むことが成功の近道であるとも思えないな。という話です。
まして「カネでは動かないぞ!」という人達が多いなら尚更です。

例によってまとまりのない話になりましたが、やはり僕が思う我々のベストプラクティスはこれですね。

今日も持ち場でがんばりましょう。


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2017-04-21 リーダーは自己成長をかんがえなくてよい? このエントリーを含むブックマーク

ミスターミニットというお店ご存じですか?駅の中やショッピングモールに入っている青くて小さな靴修理のお店。
そのミスターミニットの社長さんが、迫 俊亮さんで、最近本を出されました。
今日はその「やる気を引き出し、人を動かす リーダーの現場力」の中で特に目に留まったワンフレーズの話しです。

僕の趣味は何度も書いているように革靴を集めること。もちろん靴を大事にするのとメンテナンスはほぼイコールなのでミスターミニットにも沢山お世話になっています。
世界に沢山の店舗とスタッフを抱えるミスターミニットですが、その社長の迫さんはなんと1985年生まれ、私の10近くも下。しかも29歳から社長を経験されており、そのチャレンジングスピリットはとても尊敬しています。

そんな迫さんがこれまでの体当たり経営のエピソードとその中で体得してきた経営論が熱く語られいる「やる気を引き出し、人を動かす リーダーの現場力」ですが、詳細は買って読んでいただくとして私からは一番心に残った一言「リーダーは自己成長を考えなくてよい」という言葉について僕の思う所を書いてみたいと思います。

迫さんは、若くして経営というある意味「背伸び」をしないといけない環境に自らを追い込んだ為、自分が成長しなければならないという焦りから、社外で学校に通ったり、様々な本を読んだりといわゆる自己成長への取り組みをしてみたそうです。しかし全然納得感も周りの認められたような感覚も持てなかったそうです。

そんな中、現場の課題とスタッフ達に体当たりで真剣にぶつかり、共に汗を流しながら取り組む中で初めて、手応えを感じることができたとのことでした。
その体験を踏まえ「リーダーは自己成長を考えなくてよい」と迫さんは言います。
リーダーは現場が知らないことを上から教えてやるために勉強してもリーダーにはなれない。
今持てる武器を持ってすぐに現場に入り込み、共に現場を動かす。それが何よりのリーダーになる為の学びであり、必要な事なのだという「発見」について熱く語られていて、いいね!を5回くらい押したかったのですが紙の本でしたから押すとこありませんでした。残念です。

この熱さにガスが少なくなった100円ライターのようになっていた私のビジネスパーソン魂にも多少火が付きました。ありがとう迫さん。買ってよかった。迫さんの本。

さて、実は僕は経営者本の類は友人やお客さんの方が出した本以外殆ど読まないんですが、能動的にピックして読むのが「プロ経営者」の本です。

実用的だからです。創業者の本はほとんど読まないです。あれは僕の中ではワンピースとか、ドラゴンボールと同じジャンルの本です。面白いけどほとんど役に立ちませんし真似したら死ねるから。

プロ経営者と言ってもいろいろですが、特にキャピタルから送り込まれて経営者やってる人が僕は個人的にはいいと思ってます。

彼らキャピタルから送り込まれた経営者が参考になる理由は3つ。
1.一定期間に定量的な結果を残す必要があるし、その点に関してボス(PEファンド)は容赦がない。
2.すでにある組織やビジネスを変革しないといけない。
3.取り組むのが自分が興味があるビジネスとは限らない。

これがとてもよいのです。
人間の「好き」とか「楽しい」の力は偉大です。どんな苦労をしても苦労とも思わないし、疲れを覚えることもありません。
だから、これが組み込まれた創業者系ビジネス体験談は真似したってほとんどうまくいきません。

で、プロ経営者の彼らの話しが役に立つのは彼らは皆、仕事として、ミッションとして「リーダー」「改革者」「経営者」になろうと苦労して試行錯誤しているから。だから僕らにも再現性が多少あります。
多くのまともなビジネスパーソンにとって多少意味があるとしたら彼らプロ経営者の本だと思います。

迫さんは大変ドレスシューズにも造詣が深く大変な靴好きと思っていたのですが、本の中で知ったのですが、彼はミスターミニットの経営を引き受けるようになってから「靴が好きになるように努力して」好きになったそうです。
なるほどやっぱりそれか、、と思いました。ユニゾンキャピタルからスシローの再生に送り込まれた、加藤 智治元専務(現ゼビオグループ副社長)のお話しをTVで見ていた時に見たのですが、加藤さんはスシローの現場を掌握する為、寿司職人のように頭を角刈りにして深夜まで魚をさばいていたそうです。加藤さん東大マッキンゼーですよ?つまり、好きとか嫌いとかじゃなく事業を組織を短期で掌握するというのはそういうやり方が有効だということなのです。
現場に突っ込む、興味を持つ、自分の趣味趣向すら事業に現場に合わせる。
これはとても再現性高い「役に立つ」やり方だと思います。モチベーションとか好きな事とか、楽しいをなんたらみたいなフワフワしたものに依存しないからです。
業界研究も不要だし、自分探しの旅に出る必要もない。目の前に会社があればそれが活躍のフィールドになるのです。課題のない会社なんてないんだから。どこ行っても一定の成果が出ます。

仕事の出来不出来に悩む僕らに必要なのは彼らを真剣にマネを、コピーをできるかじゃないでしょうか?

これまた、ユニゾンからアスキーカネボウ、建デポに送り込まれたプロ経営者ミスターターンアラウンドこと小森哲郎さんの著書「会社を立て直す仕事-不振企業を蘇らせるターンアラウンド」にある、「型紙」という考え方からの拝借ですが。
自己改善してゆく組織としての「型紙」を会社内に作ることが経営者の役割であると小森さんはおっしゃっています。

迷える子羊になりやすいビジネスパーソンを最小単位の会社だとするなら、「株式会社自分」の経営者として僕たちが「型紙」にするべき考え方や実行のスタイルは何が、誰が良いのか?

もちろん自分が置かれた年代毎にモデルは変えたほうがしっくりくるでしょうが、特に20代の若手ビジネスパーソンには迫さんはお薦めできる「型紙」の一人じゃないかなと思います。

あれ?現場での失敗を赤裸々に披露しつつもなんだかんだでナイスガイでカッコいい迫さんに本を読んでイヤミの一つも言ってやろうと思って書き始めたのに結局普通に褒めてますね。
ちょっと悔しいですが靴好きに悪い人はいませんからよしとします。
かつては若き経営者として多少は注目された我々76世代ももう40オーバー。
注目されるのは無様に出たお腹だけで持ち場で無様に頑張ってもまったくカッコよくもありませんね。迫さんに僕にもちょっとそのナイスガイ成分を分けてほしいです。

さて、久しぶりのエントリとなりましたが僕の方は相変わらずです。
「現場に向き合わねば!」などと思う必要もない程ずーーーと現場やってますが、それも持ち場とあれば焦ることもありません。
迫さんに燃える闘魂を注入戴いたことですし、今日も持ち場で頑張ろうと思います。
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2017-01-24

トランプ大統領就任演説 関西弁訳 全文

アメリカの第45代大統領ドナルド・トランプ氏が就任しました。以下はトランプ新大統領の就任演説関西弁訳全文です。

―――――ここから――――

ロバーツ最高裁判所長官、カーター元大統領クリントン大統領ブッシュ大統領オバマ大統領、そんでアメリカ国民の皆さん、世界の皆さん、ほんまおおきに。
ワシらアメリカ国民はな、きょう、あかんようになってきてるアメリカをもう一回うまいこといくようにして、国が国民の人らに約束したことをしっかり守るために、国と一緒にがんばろうや言うて約束したんや。
ワシらと一緒に、アメリカちゅう国と外国のみんなと一緒にこの後何年かは、どないしようかいうて決めるつもりやで。
そやけど、ワシらみんなに待ってるのは平たんな道ちゃうで。たぶんにっちもさっちもいかんように思うことも出てくる思うわ。
そやけどな。ワシらはきっと大丈夫や。それはなんでか?
それはな、ワシらアメリカ人はや。4年ごとに、きっちりお行儀よう、喧嘩せんようにこうやって政権を移行する為に集まるやろ?そんなことできるんやから大丈夫やで!
ワシらトランプ政権はね。この政権引き渡しの間の、オバマはん、そしてオバマはんとこの嫁はんの、、あのー。。あれ、、あれ?なんていうたかなぁ。。そや。ミシェルさんな。そうそうミッシェルさんや。
あの二人からほんまようしてもろた。ワシほんま嬉しかった。あの人らほんまようできた人やで。ほんま立派。

そやけどここからや。こっから大事やで。きょうの就任式。これはただの就任式ちゃうで。特別な日や。なんでかわかるか?
今日はな、単にワシらが、ひとつの政権いうもんを次の政権の方に渡す、まぁそれか、1つの政党から別の政党に引き渡すとかそういうもんとちゃうねん。言うたら「大きな力」、かっこよういうたら「パワー」やな。
それをここワシントン政治屋からアメリカの国民。そう。あんたらにワシが返させた日やからや。

ほんま長かった。ワシントンのほんま一握りの連中が国の政治のおかげでええ思いする一方で、アメリカのみんながぎょうさんその分のツケを払わされてきたんや。
ワシントンはええよ。そら賑やかで金持ちになったかもしれんよな。そやけどあんたらはその分金持ちになったか?楽になったか?ぜんぜん何にもありつけてないやんか。
政治屋はそらええ思いしてきたかもしれんよ、そやけどみんなはどや?仕事はのうなってもうたし、勤めてた工場も閉まってもうてもうあらへんやんか。
今ええ思いしている連中は自分らのええようにしてきたかもしれんけどね。ワシらのことをちょっとでも考えて守ってくれた?そんなん聞いたことないで。
エラい人らが勝った勝った!言うてるのはワシらが勝ったいうのとまったく別もんやんか。
エラい人らがワシントンでやれパーティーやお祝いやどんちゃん騒ぎしとる一方で、実際がんばって現場で必死に闘ってるぎょうさんの人達。「家族」そう。「家族」や!家族がお祝いするような気分にひっとつもならんかったやんか。
でもな。心配あらへん。今日からガラっと変わるで!ワシが今日から言うたら、「今!」「ここから」始まるんや。
なんでかいうたら、この瞬間自体がワシのもんとちゃう。みんなの瞬間だからや!。ちょっとええカッコいうたな。でもこれはほんまやで、今日はここに集まっているみんなのもんやとワシは思っとるよ。
そんで、忘れてないで。アメリカのなかでワシの話をテレビやネットでも見てる皆んなのもんでもあるんやで。
今日という日は、「みんなの日!」もう「みんなの日」ちゅう祭日にしてもええくらい。みんなへの大感謝デーや。そんでな、このアメリカ合衆国は、みんなの国なんよ。
ほんまに大事なことよこれは。どっちの政党政権をとるかみたいな話ちゃうねん。ええか?「このワシントンキンタマをみんなできっちり握っとんのか?」それがいっちばん大事なことなんや。

2017年1月20日はな、みんながこの国を取り返した日として多分忘れられん日になるで。この国から忘れられていたと寂しゅうなってた人もな、もう心配はいらんよ。この国があんたらを忘れられることはないんや。
もう大丈夫や。みんながあんたらの話しをちゃんと聞いてくれるようになるよ。外国の人らかて例外やない。これまで見たことのないような動きになるし、あんたらもその仲間の一人として、びっくりするようなぎょうさんのことが起きるよこれから。
これからの起こるぎょうさんのことにはな、ただなんとのう起きるんちゃうで。信念があるねん。どんな信念か?そらな。国はみんながようなる為にがんばって働くもんやいうことや。
アメリカのみんなはな。チビらをええ学校入れたったり、嫁はん子供、歳行った親父やお袋のために犯罪者に怯えんでええような住む場所と、そんで自分たちのためにええ条件の仕事をしたいと思うやんか。
そらね。別に恥ずかしいことでもなんでもない。当たり前の話しやで。むしろよう弁えたようできた人やで。これほんま。
そやけどな。あんまりやと思うやろ?全然違うやんか、自分らの周り見渡したら。
母ちゃんと子供は貧乏で見るに堪えんし、国中に錆びたボロ工場が「これわしらの墓石かいや!」いうくらい溢れかえっとるわ。
なんや学校一つ行かせるにも、物事一つ教えとうてもカネカネカネでとても払えん。やればようできるような若っかい子らもな、ちゃんと実になることも勉強できとりゃせんやんか。
挙句の果てには犯罪やー、ギャングやー、シャブや言うて死なんでええような、ぎょうさんの人間が殺されとんねん。あの子ら生きとったら思ったらワシほんまよう言わんわ。
このアメリカの殺し合いはな、いま!ここで!そや!いま、ここで終わるで!
ワシらは一個の国や。えらい目おうとる人らの痛みはワシらの痛みなんや。で、みんなの夢はワシらの夢。そんでな、いまえらい目おうとるみんながな、ええ生活になるのはワシらみんなの成功や。
ワシらはな、心は1つ、故郷も1つ、そんで今日ほんまの意味で一連托生いうやつになったんや。

きょうのワシの宣誓はな、すべてのアメリカのみんなに尽くすと決めた宣誓や。何十年もな、ワシらは、アメリカの会社や仕事を潰しながら、他所の国の連中にええ思いさせてきたったんや。
よその国の兵隊をようしたったのに、情けないことに、うちらの身内の兵隊をえらい目に遭わせてきたんや。
よその国の国境を守ってやっとるのに、自分らの国境はガバガバのツーツーにしてきたんや。
そんで、何兆ドル!何兆ドルやで!そんな大金をよその国でばらまいとるのに、アメリカの会社やら仕事はめちゃめちゃに廃れてもうとるがな。
ワシらがよその国にええ思いさせたっとるのに、ワシら身内のカネも昔の力も、そんでなによりも「ワシら世界一のアメリカ人や!」いう自信はどっか行ってもうた、ほんまそれこそ遥かかなたの銀河系でっちゅうくらい遠くに行ってもうたわ。
置いてけぼりにされた何百万人ものアメリカ人の働くおっさんのことも考えんと、1つ、もう1ついうて簡単に工場を閉鎖しやがって、みんなおらんようになってもうた。
別に贅沢しとるわけとちゃう普通の家の人らのちょっとばかりの蓄えを、がんばってる人らの家からもぎ取って、よその国にバラまいとるようなもんやで。
でもな。そんなことももう昔話になるで。
今日からな、ワシらはこれから先のことを見ていくんやで。きょうここに集まってくれたみんなにな、新らしい「これっ!」ちゅう方針を出すで。
全部の街、ぜんぶの外国の首都、そんで権力が集まる全部の場所で、この話は「ほんまかいや!?」言うて噂になるで!
今日この日からな「新しいビジョン」ちゅうやつが、がワシらの国を治めていくんや。

この瞬間からな。アメリカ第一や!安全第一ちゃうで「アメリカ第一!」。
貿易とか税金、よその国から入って来るヤツ、よその国との揉め事一切のすべての決めごとはな、アメリカの働くみんなとアメリカの家族がええ思いできるように決めていくからな。
よその国が、ワシらが考えたモンを作って、ワシらの会社をくすね取って、ワシらの仕事をめちゃめちゃにするという盗賊みたいなことから、ワシらの国境を守らんとあかん。
保護主義」っちゅうやつや。これこそアメリカがもういっぺん強おて、金持ちになれる方法や。
ワシは全力!フルパワーでみんなのために戦うで。何があってもみんなに「あのおっさん口だけやんけ」とは言われんようにするわ。
アメリカはもう一回勝ち始めるで。ちゅうか、今まで見たことないくらい勝ちまくるで。
ワシらは仕事を取り戻すで。ワシらは国境を取り戻すで。ワシらは豊かさを取り戻すんや。そして、ワシらの夢を取り戻すんや。

ワシら、どーんと新しい道路とか、高速道路作ったり。ばーんと橋かけたり、どっかーんって空港とかトンネルとかそんで、ばぁーーーって鉄道を、このワシらの国にぶわぁーーーーって引きまくるよ。
ワシら、生活保護でぼけっと金だけもろとるような人間を引っ張ってでも仕事につかせるようにするで。
アメリカ人の手で、アメリカの働く人らによって、ワシらの国をもう一回立て直すんや。
ワシらのルールはホンマ簡単。たった2つや。これを守らんやつは承知せんで。
ひと〜つ!アメリカのものを買う。ふた〜つ!アメリカ人を雇う。
ワシらは、よその国の人間にも、友達や、仲ようしよや。とは言うよ。そやけどな、よその国も、自分たちがええ思いするように自分一番でやってもええいうことでもあるわな。
ワシらは、自分らの生き方を他の人たちに押しつけるようなことはせんようにしながら、自分たちが他人も羨むような生活ができるようになることで、他の人間たちの手本になったらええねん。

ワシらは古い同盟関係をより強うしながら、新たらしい同盟関係を作りたいねん。そんで、まともな国同士で示し合わせて、あのめちゃめちゃなイスラムテロの連中を叩き潰してこの地球上から駆除したろ思っとるねん。
ワシらの根っこにあるもんはな、アメリカちゅう国に対する完全な忠誠心や。
そんでな、この国への忠誠心を通して、ワシらはお互いが「おっお前なかなかちゃんとしとる奴やないけ!」って思える世の中にしたいねん。
もしな。愛国心をバカにせんと心を開いてくれたらな。それこそ偏見とかが生まれへん世の中になるんちゃうかなと思うで。
聖書も言うとるやん。「神の民が団結して生きていることができたら、どれほどすばらしいことでしょうか」て。
ワシらみんながな、心を開いてよう話おうて、そら、気に入らんこともあるやろうけど、そんな時はちゃんと膝詰めて話おうたらええねん。でもな、最後はちゃんと団結せなあかんよ。
アメリカが団結したらな、だーれも、アメリカが前に進むのを止められるわけないで。
そこにビビったらあかん。ワシらは守られる。そんで守られ続けるんや。
ワシらは、最強の軍隊、そして、法律を守るために働いてる男の人、女の人に、守られとるんやで。
そして一番大切なことやけどな。何をかくそうワシらは神さんに守られとるんやで。

えらい長話になってもうたな。これで最後やさかいよう聞いてや。
ワシらは大きいこと考えて、大きい夢を見なあかん。
アメリカのみんなは、努力をしとる。ワシは知っとるで。みんなよう頑張っとる。
この国ががんばってありつづけるいうことをちゃんと理解しとるわ。
ワシらは、「あれが足らん、これが嫌や」言うて文句ばっかり言うて、やることもやらんと困っとる人間を放置するような政治家はもう絶対にうけつけんよ。
お利口やけど空っぽな話をする時間はもうやめや。
「やる!」言うたらやるときが来たんや。
もう出来もせんことをああだこうだ言うのはヤメにしょうや!アメリカの心意気!闘争心!この気合入ったワシらの魂を打ち負かすようなややこしい話なんかあるわけないねん。
ワシらはもうしくじるようなことはないで。ワシらはもう一回調子ようなって、みんなでええ思い出来るようになるで。
ワシらはこの新世紀のはじまりに、宇宙の謎を解き明かして、地球を病気の心配ないようにして、未来のエネルギーとか産業とか技術を利用できるようにしてるんや。ワシあんまり難しいことわからんけどな。
この新しい国の誇りはな、ワシらの魂を呼び覚まして、新しいものの見方をできるようになって、バラバラになっとるもんをもう一回繋ぎなおしてええ方向にいくんちゃうかな。
ワシらの兵士が絶対忘れんかった、「おじいちゃんの知恵的なやつ」を思い起こすときや。
それはワシらが黒い肌でも、褐色の肌でも、白い肌でも、ワシらは同じ愛国者としての赤い血を流して、偉大な自由ちゅうやつの恩恵をもろうて、そんで、偉大なアメリカ国旗を讃え尊敬するちゅうことや。
デトロイトの街はずれで生まれた子も、吹きっさらしのネブラスカのクソ田舎で生まれた子らも、同じ夜空を見てる、同じ夢で心をいっぱいにしてる、そんで同じ神さんから命をもろうた子やっちゅうことや。
だからこそアメリカ人のみんなに言うで。近い街にいる人も、遠い街にいる人も、小さな村にいる人も、大きな村にいる人も、山から山へ、海から海へとな、この言葉を伝えるわ。
あんたらはもう二度と無視されることはないで。
あんたらの声、希望、夢はアメリカの運命を決定づけていくんや。
そんであんたの勇気、ええ人さ、愛がワシらの行く道の案内人になるんや。いっしょに、ワシらはアメリカを再び強うしょうや。
ワシらはアメリカを再び豊かにするで。
ワシらはアメリカを再び誇り高い国にするで。
ワシらはアメリカを再び安全な国にするで。
そんで、一緒に、ワシらはアメリカを再び偉大にするんや。
おおきに。えらいおおきに。
神さんの祝福がみんなにあるように。神さんがアメリカを祝福してくれたらと思いますわ。

全文日本語訳はこちら
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170121/k10010847631000.html

英語全文はこちら
http://diamond.jp/articles/-/115158

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2016-12-01 就活生が覚えておくべき会社の真実7つ(ボツ版) このエントリーを含むブックマーク

ごきげんよう
いよいよ師走になってきましたね。今年も終わりです。
気付くと今年はブログをこれまで8本しか書いてません。困りましたね。
最近はブロガーでもなんでもない単なるツイッタラーです。

さて無理に筆を取ってみたものの特に何か書きたいことがあるわけでもありません。

先ほど、僕が普段仕事で使ってるノートが最期のページまで行ったので新しいものを注文しました。
僕は会議中などもメモすることがあればスマホやパソコンのメーラーを立ち上げてすぐに自分宛に送ってしまうのでノートはほぼ飾りです。
だから何年もずっと同じものを使っているのですが、さすがに最後のページに来てしまったようです。
ではこのノートに何を書いているかというと、大体はしょうもない考え事です。
昔は全部ノートに書いていたのですが、最近は誰に言っても差し支えないことはツイッターでつぶやくようになったので、ここに書いてるのはスマホがいじれない場所で考えてた事か、表で言えない話かのどっちがとなります。
ゴミ箱に放り込んでしまおうと思ったのですが、中をパラパラとめくっているとなんか、数年間に書き殴った雑学みたいなデータや単語、推敲や逡巡が見て取れます。
もはや、記憶も曖昧なので自分で読んで「どういう意味?」と疑問に思うものが多いですが比較的意味の通ってるメモをそのままアップして2016年の投稿数を稼いでお茶を濁そうと思います。

というわけでまずはこれです。

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どうやら地方で開催された会社説明会だかインターン向けセミナーだかようわかりませんが数年前に人事に頼まれて「就活生に何かためになる話をしてやってほしい」的な依頼をされたときに話す内容を飛行機の中でまとめたと思われます。確かにうっすら記憶にあります。
ユウタロス版「就活生が覚えておくべき会社の真実7つ」みたいなことを言おうとしたっぽいですが、自社採用がらみの登壇で明らかに話す内容ではないと直前に気が付いたのか、列挙して全部ボツにしています。一体本番では若者に何を喋ったんでしょうか。。
全く記憶にありません。

一応書き起こしてみると

1.事業ドメインが決まってる会社はその市場規模以上にならない
2.子会社入社して親会社の偉い人になることはない
3.定年するまで会社に居るなら今やってる事業の会社じゃなくなっている
4.会社は実力順で偉くなるわけではない
5.人間は意外と早く死ぬ
6.人間は意外に長生きだ
7.市場価値=転職のし易さである

とのことです。一つ一つ解説していきましょう。

「事業ドメインが決まってる会社はその市場規模以上にならない」
歯ブラシの会社は歯ブラシ市場が、パンツの会社はパンツ市場が通常その成長の天井になるということが言いたいみたいです。

子会社入社して親会社の偉い人になることはない」
→これはデカい会社の子会社と親会社の力関係と身分の差が絶対であることを言いたいようですね。なんか子会社ごとクビになった著者の怨念を感じる一文ですね。

「定年するまで会社に居るなら今やってる事業の会社じゃなくなっている」
→これは結構いいこと言ってると思います。40年も生き残る会社なら事業は変化してるでしょうから、今やってる事業の内容や強みより、自分も会社も変化への強さが大事なんではないか?ということを言いたいのでしょう。
他はともかくなぜこれがボツになったんでしょうか?

「会社は実力順で偉くなるわけではない」
→これも拗れた怨念を感じますね。

「人間は意外と早く死ぬ」
→社会人をしていると意外と若くして亡くなる方が居ます。意外と早く死ぬから頑張るなら今でしょ!と言いたいのだと思います。

「人間は意外に長生きだ」
→どっちやねん!

「市場価値=転職のし易さである」
→おまえは自分の会社の採用活動で何を言うんじゃ!

最後自分で、ボツにしたのか、現地で人事スタッフに怒られたのかは分かりませんが全部ボツになっていますね。
ブログにアップして成仏させてあげます。

さて、次にこれ。

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書き起こします。
「早く成功しなければと焦るより、早く失敗しなければと焦るべき」

ポエムですねー。
僕が起業に参加したのは28歳の春でしたが、確かにどうせ失敗するだろうから早いほうがいい。と思ってたのは確かですね。これは事業でもそうですが、早く失敗した方が積みあがってるものが小さいので被害が小さく済みます。で経験が残る。だから早く失敗した方がいいとは思いますね。

ポエムといえば、最後に「みつを」って書いてあるのが有名ですが、このポエムの後には「まずい」って書いてますね。
なんかマズイ状況だったんでしょうね。
早く失敗しなければ!って言ってるんだから成功しすぎて怖い。。みたいな状況ならカッコイイのだけど、マズイんかよwと。べつに焦って失敗しなくてももう失敗しとるやんけ!とツッコミ待ったなしです。

さて、自分のノートに自分で時間差でツッコむというよくわからないエントリになってしまいましたが、今年も皆さんお疲れ様でした。
あと一か月です。最後まで持ち場でがんばりましょう。

ちなみに僕がずっと愛用しているノートはこれです。
日付が入れられている手帳とか大嫌いなので僕はずっとこれを使ってます。

2016-08-23

金貸し父さんと人を縛る紙

ごきげんよう
今年もお盆が終わりました。父の7回忌の年にも拘わらず、例によって墓参りにもいかず親不孝をしてしまいましたが。
とはいえ定期的に彼の説教を思い出すので僕としては墓参りなんかよりもずっといつも彼を弔っているつもりではいます。
ナニワのノンバンクのおっちゃんだった父のどんな説教を思い出したかと言うと、、、

私には一人の父が居た。一人は金貸し父さん。以上である。

小学校高学年の頃の話です。
今ではすっかり忘れ去られた機械ではありますが、うちにはワープロワードプロセッサ)というメカがありました。
なんだそれ?という若者はググってください。
これは父が様々な文書を作る為に持って居たようなのですが、僕はよくこのワープロをオモチャにしていました。
罫線で絵を書いたり、外字作成モードでドットで顔文字を作って印刷するという遊びです。

僕はもちろん子供なのでこのワープロで金貸し父さんがどんな文書を作っていたのかを知る由もなかったのですが、ワープロをオモチャにしている分にはなぜか父は怒ったりはしませんでしたし、それどころか使い方を教えてくれました。

まぁご想像の通り彼が作っていたのは心のこもった「督促状」や「通告書」だったようなのですが、ある時、僕は父が何の文書を作ってるのかを聞きました。

そうすると父は僕に「そこへ座れ」と言いました。
僕は後悔しました。そう説教が始まる合図です。

僕は正座で父の前に座りました。

父「ええか?人に何か貸したり、約束したら必ず紙(契約書)が必要や。」
僕「必ず?」
父「そや。必ずや。」
僕「誰でも?」
父「そや。誰でもや。例外はない。よう覚えとけ。」
父「紙が無いいうことは後から何を言われてもしゃぁないいうことや。世の中にはな。電話で約束した話を『あんたあの時そう言うたやないですか?』って裁判所で問い詰めても『それは、うちに入った泥棒があんたからの電話を取ってそういうたんちゃいますか?』て平気でウソを言う人間はいくらでもおる。口でした約束は役に立たん。必ず紙が必要なんや。」

そう話す父の顔はとても恐ろしいものになっていました。
僕は下を向いて小さな声で「わかった。」と言いました。

この話を聞いたときは、世の中にはそんな酷いウソつきが僕が知らないだけで沢山いるんだなぁ。世の中には「悪い奴」が居るもんだなぁという感想を子供心に持ちました。
そして長らく父の話はそういう悪い奴から身を護る為に必ずきちんと契約を締結し、文書に残さないといけないという教訓だと僕は思っていました。

しかし、会社をやるようになってからですが、ちょっとこの父の話の捉え方は違うなと思うようにもなりました。

どこかに「悪い奴」が居るのではなく、きちんとルールが定まりお互いが確認できる形に残されていないから「元々は善良だった人」が「悪い奴」になってしまうのではないかと。
そして、そういう意味では自分自身も誰かにとって「悪い奴」になる可能性を常にもっているんではないかということも思うようになりました。

人は生まれながらに正直な善人とうそつきな悪人に分かれているわけではない。
人は弱い生き物です。
人が置かれる状況は常に変化します。
それでもお互いに常に真摯に向き合い、相手の存在と権利と尊重する努力を続けることで「善良な人」を更新しつづけないといけないその苦しい長距離走のペースメーカーとして契約と契約書が存在するのではないか。
金貸し父さんはだからこそ「相手と自分がきちんとした人間であり続けたいなら約束事はいついかなる時にも紙に残せ」と。
そういうことだったのかな。
そう思うように変化しました。最初に正座させられた時から20年以上を経て僕は30歳を過ぎていました。

完。

と言いたいところだったのですが、40歳を目前にしてまた最近、「いやそれでも紙を起さない関係というのもあるしむしろそちらの方が約束としては重いかもね?」と思うようになってきました。
2回目の心変わりです。

特にビジネスの世界は意外に狭く、故に個人の信用のみを担保にしたほとんど契約書がない世界というのも多いことを知ってのことです。
ある種電話一本で話が決まる世界では、酷い不義理をするとあっという間に誰にも相手にされなくなる。紙がないからこそ常に襟を正さなければいけないのではないか?
とも思うようになりました。

金貸し父さんの真意はさっさと死んでしまったので結局確認する術はありません。
今頃上の方から「ほんまにお前はあほやなぁ。」と笑っている気もしますね。

ちなみに最近、小中学校の同窓会に出席した今でも連絡を取り合うたった一人の大阪の友人と話したのですが、
「同窓会でおまえが東京でがんばってるって言ったけど、覚えていたのは◯◯子ちゃんだけだったわ(笑)」
とのこと。
僕は嬉々として
「◯◯子ちゃん!!俺彼女好きだったんだよね〜背が高くて美人だったよね〜」
と言ったのですが、
「うん。よく覚えてるって。お前、小学校の時に彼女に頑張れゴエモンファミカセ貸してワープロで作った借用書取ったんだって?最低な奴だったからよく覚えてるって言ってたよ(笑)」
とのこと。

・・・・・・
・・・・
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やっぱり金貸し父さんの墓参りなんか行くもんか。

さて、契約や契約書は大切ですが、それはいつ誰からどういう内容で学ぶのが良いのでしょうね?
僕も何が正しいのかはわかりませんが、なにはともあれ今日も持ち場で真摯に頑張るのが良さそうです。

では

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