Hatena::ブログ(Diary)

ベンチャー役員三界に家なし

2016-03-18

「アジェンダなし」の打合せはやってはいけない?

ごきげんよう

ちょっとハードな交渉事がなんとかまとまって、一息つけた昼休みです。
さて若い頃、とあるメーカーの国内販売代理店をどんどん統合してゆく(つまりリストラです)仕事をしたのですが、そのプロジェクトの責任者だった役員がとても面白い人で今考えるとすごく勉強になったなぁとふと思いだしました。
すぐ忘れそうなので書き留めておこうと思います。

簡単に言うと東京本社で決められた大方針の下、統合の必要性と今後の手順等を全国を周って説明しながら系列会社を潰していくというひどい仕事だったのですが、本社ではそのためのタスクフォースが組まれて僕も何人かの若手と下っ端として資料作りなどを担当しました。

僕らは本社サイドの下っ端として、必要な手順等を連日徹夜などしながら準備をしていたのですが、やはり下準備や調査などで地方の販売会社に行くと、あまり良い話で来ているわけでもないので緊張感を感じたし、歯に衣着せぬ地方(どことは言わないけど僕の故郷である関西など)では露骨に「わしらクビにしに来たんやろ?そらご苦労様です。」などとキッツイことを言われお茶も出ないこともあるわけです。

こりゃただ事ではないぞ。と思って東京に逃げ帰って来て、必死で説明資料などを可能なかぎり緻密に作り、論理的に理解を求めようと準備をしました。もっと前向きな仕事したかったヨ。怒られるのやだし。と当時は思ってました。

いざとある地方の販売会社の社長、役員に最初の説明をしに行く日、僕はプロジェクト責任者の役員のお供でガクガクブルブルしながら付いて行ったことがあります。
資料などに不備がないか、数字に誤りがないか、説明の順序などに相手の気持ちを逆なでするようなものがないかなど行きの新幹線でも気が気ではなく既に逃げ出したい気分です。
絶対向こうは怒ってくるだろうし、最後は力関係があるとはいえ揉めたらプロジェクト自体が滞り、今度は僕らが使えないスタッフとしてリストラされる番でしょう。

しかし、上司の役員は50代の人だったのですが行きの新幹線から既に一杯飲んで、資料に目を通そうともしません。(ちなみにこの方、T大工学部出身でめちゃくちゃ頭の回転が速い人でした。)

現地の会社に乗り込んで、向こうの役員会議室で先方の会社の居並ぶ役員達に、僕ら下っ端が徹夜で作った資料を配った後、向こうの会社の社長が「突然の話で我々も驚いている。納得できる話を今日してもらえるんだろうな?」ってしょっぱなから凄んで来ます。
僕は重すぎる空気におしっこ漏らすのをガマンするのが精いっぱいの状況です。

そしたら、うちのおっさん。いや役員は、「は?今日は私にアジェンダはないですよ。今日は皆さんの話を『聞きに』来た。」と堂々と言って、「よいしょと。。」と言って折角僕らが作った資料を裏っかえしにして。メモにし始めました。

「さぁ、言ってください。私は聞きに来たんです。」

と。

そこからは、向こうから現状の不安や不満などが堰を切ったように出てきて、それを上司はウンウンと言いながら、僕らの徹夜で作った(しつこいですが、、)資料を裏紙にしてメモをしてゆく。

その日は結局、資料の説明はせず、僕らはホテルに、上司はえらい人達と飲みに行きました。
翌日は上司はさっさと帰京し、僕らは現場での説明会があったのですが、以前、事前調査に来た時と全然雰囲気が変わっていました。
どうやら先方幹部がすっかりうちのボスに「あの人は話のできる人だ」と心を許したようで、朝礼で僕らに協力するように現場にとりなしてくれたようです。

僕らは再編を知らず知らずのうちに全体の中での最善で論理的に考えた上での戦略だと。仕方ないことだと思っていたのですが、そういうことを相手に伝える方法は、何も中身を「論理的に説明すること」ではないのだなと。
何をやっても「上から目線」であったり「押付け」と捉えられて中身以前に受け入れがたいものとなるのだから、ロジックや正論などは語れば語るほむしろ物事がうまく進まないこともあるのかもしれないなと。
なんとも言えず目を開かされた気分になりました。

まぁ、僕は朝までに徹夜してでも作れと言われた資料を結局使ってくれない上に、裏紙にされたことを今でもムカついて覚えているので、もし自分が同じようなことを仮にするときが来てもメモには手帳を使おうとは思っています。

さてまぁ、社内政治的なものはくだらないとか、ロジカルだイシューの共有だといくら吠えても面従腹背で誰一人動かすことができないビジネスパーソンにはなりたくないなと思うことがありちょっと思い出しました。

さて、今日も持ち場でがんばりますよ。

では

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2016-03-17

ショーンマジックについて考える

ごきげんよう
ショーンK氏の学歴詐称について話題になっているようだ。

僕はこのショーンKという人自体騒ぎになって初めて知ったから完全に乗り遅れてる組なのだけど、ずいぶん人気者だったようだ。
一緒に仕事をしたことのある著名人などもコメントを出したりしているが、彼を知ってる人達の談話は概ね「学歴詐称はよくないけど彼は話も上手い男前なのは確かだよね」というものである。

ぶっちゃけスキャンダルになるまで知らなかったから流していたのだけれど、ちょっと目に入って面白かったのが、テリー伊藤さんが言っていた「ショーン川上氏は簡単なことを難しく言う(http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/03/16/kiji/K20160316012223690.html)」というコメントだ。
あぁなるほどなぁ。この手を使う人だったのかぁ。と。

この逆で「アタマのいい人は難しいことを簡単に(シンプルに)説明できる。」という話は割とよく聞く。
池上彰さんなんかが代表的なイメージだろう。

「難しいことを簡単に説明すること」と同様、もしくはそれ以上に「簡単なことを難しく言うこと」に需要があることは実は古くから知られていて特にエンターテイメントの世界で利用されている。
そもそもからみあった難解な事象を解き明かす為に学問と向き合うのがインテリジェンスなのだろうけど、僕ら中途半端な人間はむしろ「大して意味のない事に実は深い意味がある」ように勘違いして、努力せずに学問に触れた「気分になる」というエンターテイメントが大好きなのだ。

多分「ショーンK」のマジックショーはそういった類のものだったのだろう(見たことないから想像だけど)。
イケメンハーフ風の見た目に騙された!みたいな話もあるが、「イケメン」はいくらでもいるからやはりそれだけではないと考えたほうがよいだろう。やはり「ショーンマジック」があったと考えるのが妥当ではないか。

むしろ、テリー伊藤さんが言うところの「ショーンマジック」とは何か?について考えながら、ショーンマジックを学ぶことで僕らも人気者になれないか?を考える方が有益そうだ。

「衒学(げんがく)」という言葉がある。衒学とは学問や知識がある事を披露して自慢することで、平たく言うと「知ったかぶり」である。

通常「知ったかぶり」は嫌がられるものなのだが演出と共に行うとむしろ非常に歓迎され拡散されていく性質を持っている。
そしてそのことを知ってワザとやる人達がいる。
近年その手法で一番成功したのはエヴァンゲリオン庵野秀明氏だろう。数年前のNHKトップランナーという番組で庵野氏は「自分にとってフィルム作りとはサービス業であり、客に何かしらの満足感を感じてもらえるものを作りたいと思っていて、 エヴァの衒学的なストーリーもそのためである。」と大ヒットコンテンツとなったエヴァンゲリオンの謎に満ち、時に不条理なストーリーはそれ自体に真理も哲学もなく、「なんだか難しくスゴそう」であると感じてもらうこと自体が目的であったと語っている。

ショーンマジック」はそれをビジネスコンテンツに応用したテクニックなのだが、ショーンKはこれがツボに入ってしまいシャレで済まないところまで売れてしまったのだろう。

通常ならこういうのに騙されないようにしましょうね。という話になるのかもしれないけれど、僕は「人の心をざわつかせ」、「無視できなくし」、「誰かに話題にしてもらう」為のテクニックとしてこの手法はむしろ僕らが生き残る為の一つのテクニックとして理解し、適切に利用すべきだと思う。

僕は常にアカデミックなアプローチや体系立てた勉強をされてきた人達に敬意を持って居るつもりだけど、必ずしもそういう人達が「バカに対して伝わるように」話をし、「バカを動かし社会を変える」ことに積極的であるようには見えないこともある。むしろまともな人ほどそういうやり方を忌み嫌っているようだ。

頭の良い人は「難しいことを簡単に教えてくれる」が、それはぼくらが昼休みのひと時に求めているものではない。

僕らが欲しいのは宇宙の真理ではなく、僕らに手の届かなかった「学問」という宇宙の中に僕らも一時でも混ぜてもらえたような錯覚なのだから。

体系立てて物事を学んだ「ちゃんとした学歴のある人」が、難しいことを一度シンプルにした上で、仕上げのひとツマミのスパイスのように素人や無学な人間が食いつく程度に衒学的な要素を入れてあげれば、今まで何度説明してもピンと来てなかった人達が食い入るように話に聞き入るだろうし、言ったとうりに面白いように動くと思う。

メディア上で悪貨が良貨を駆逐するのはよくある話であり一番被害をこうむるのは、中身のない話を有難がって時間とお金を無駄にする僕ら、アカデミックなものに無縁で日々を現場で悪戦苦闘している人間だから、ホンモノの人には是非気乗りしなくてもそういうことを慈善事業のつもりでやって欲しい。

あと、そういう意味では衒学的なものに、むしろ本物が途中からツッコミを入れたり補足したりしてくれるツイッターなどの方が見る側が多少の目利きが効けばよっぽどまともな話を分かりやすくしているように思えるという話もある。
まともなインテリとショーンマジックを使うエンターテイナーがうまく相互に補完をしあってることもしばしば見えるからだ。

まぁ僕は明らかに「エンターテイナー」側だけど、そういうエンターテイメントに需要があることは実感しているし、僕はさほど興味ないけど、うまくすればそういうのでお金を稼ぐことだってできるだろう。
有用な技術だと言えると思う。

さて、今日はここまで。
今日も持ち場で頑張りましょう。

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2016-03-11 これといった被災地支援を出来なかったのに堂々としている人の話 このエントリーを含むブックマーク

ごきげんよう

東日本大震災から5年が経ちました。
5年前の今日あの時間僕は新卒採用の面接をしていました。
面接をした女子学生を連れて日枝神社避難したことを覚えています。

この5年の中で自分が何か被災地に対して支援が出来たかというと直後のささやかな寄付や支援物資を送るなどの月並みなことと、多少のプロボノをさせてもらった程度で大きく言えるようなことは何一つできていません。
正直なところ自分たちのことで手一杯だったというのが実情です。
会社は丁度創業事業の成長が鈍化して事業転換を迫られていた厳しい時期でしたし、プライベートでは息子が生まれたばかり、初めての子育てで夫婦共に余裕もない。そんな時でした。

先月のことなのですが、部下として僕の下でがんばってくれていた女性社員が退社することになりました。
出社最終日に僕はイベントでの登壇があり送り出すことが出来なかったのですが、夜会社に戻りデスクの上にチョコレートの箱がありました。
そこに小さな手紙が挟んでありました。
彼女が置いていったものでした。
手紙の中身は書きませんが、これまでの丁寧な礼と「親代わりと言ったのだから結婚式のご祝儀を期待しているゾ」という内容でした。
彼女はうちでの仕事を続けたい意志はもってくれていたのですが、フィアンセの海外勤務を機に結婚し夫と一緒に新天地で新しい活躍の場を探してみることにする事に決めたとのことでした。
もちろん僕にとっては大きな痛手ですが、本人の腹が決まれば気持ちよく送り出すことにしたという次第です。

彼女は5年前の震災のあの時期に内定を出した社員で、しかも大きく被災した地域の出身でした。
内定を出した時は地震前、被災したから内定を出したわけではありません。)

僕の部下であることはかなりしんどいことだと思うのですが、彼女はとても頑張り屋で挫けることなくついてきてくれました。
一度本当に仕事が大変な時に「がんばります。。。どうせ私、帰る場所(実家)ももうありませんから。」とポツリと言ったことを鮮明に覚えています。

彼女を預かり、ビジネスパーソンとして独り立ちが出来るように僕の知ってることは惜しみなく教えたつもりですし、一緒にいろいろと勉強をさせてもらいました。

別に震災があったからそうした訳でもないですし、他の社員でも同じくそうしているつもりですが、結果的に厳しい状況からのスタートとなった彼女が次のステップに進む為のプラットフォームとして自分の会社や自分が多少なりとも機能したのであれば、一人、たった一人に対するちっぽけでご都合主義的な話ですがこれも自分ができた震災復興支援と勝手に自分の中でカウントさせてもらっています。

今ふとあの時の自分はどう考えていたのだろうと、震災直後の社内SNSのログを見たらエントリが残っていました。

転記します。

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ひとりひとりができること

2011年03月14日14:30

想像を絶するとはこのことだ。
取引先や一緒に仕事をした先にも亡くなった方、行方不明の方が出ている。
亡くなった方には心からご冥福を祈り、行方不明の方はなんとか無事に救出されてほしいと心から願う。

ネットでは有象無象の情報が交錯して、また、居ても立っても居られない人の善意を利用した悪質なチェーンメールや、逆に各所に迷惑がかかってしまう義援行為の推奨が行われいる。
(例えば、消費財メーカーなどに物資を無償提供するよう要請する個人のメールで、サーバーパンクしそう、、など)

悲しいし、自分で何かできないかと考えること自体は非常に尊いことだと思う。
こういう時に一人一人はとても非力だし、自分がいつも通りちっぽけに幸せに暮らすことがなんだか居心地悪かったり、沈んだ気持ちになるのも確かだ。
でも、私は、こういう時こそ、いつも通り経済を回したり、消費をしたり、仕事をきちんとやることが重要だと思う。
一人ひとりの予定通り買ったものや、使ったお金、がんばった仕事を通して、また企業や誰かの仕事を安定させ、その企業や働いている誰かの家族や身内や友人を通して被災地の人たちには必ず支援につながっていく。
体のどこかを大けがして、悲しい気分になって食事もせず運動もしなければけがも治らない。
その場の傷口をどうにかすることはお医者さん(プロ)の仕事でもあり、我々も何かのプロとして日本の経済や仕組を命がけでまわすべきだろう。
それが、ニッポンという体を回復させる基本だと思う。

私が言いたいのは特別なことをしなくても、日頃から与えられている個々人の役割をこんなに悲しい状況の中でもちゃんと果たすことが必要だということだ。

危険な放射能と隣り合わせで原発の対応にあたってくれる人、被災地に入って救助に当たってくれるレスキューの方、避難者を励ます医療従事者の方には本当に感謝すべきだし、それ以上に彼らのプロフェッショナルとしての姿勢について私たちはもっと良く考えるべきだと思う。

悲しい気持ち、何か手助けしたい気持ちはぐっと心に留めた上で、まずは自分の持ち場を全うし、その上で生まれた、金銭的、時間的、人力的余剰があれば、それは、実のある形の消費なり、直接的な義援金なりにするというので十分な貢献になるはずだと思う。

何をしてよいかわからなければ、まずは自分の持ち場を全うしてください。

危険な状況でがんばるプロの邪魔をするのだけはやめよう。
私たちがもし何かのプロなのであればまず目の前の仕事をがんばろう。
――――――――――――――――――――――

持ち場で頑張りましょうとあの時も言っていたようです。
そして残念ながら5年経っても殆ど進化がありません。

さぁ今日も持ち場でがんばろうと思います。

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2016-02-24

持ち場で頑張ることを誇りにしている人の話

ごきげんよう
たにやんさん(@t_taniyan)からツイッター経由で話題を振ってもらいました。




総合商社一般職の事務をしている女性が総合職の女性に「事務職は楽でいいわね」とイヤミを言われた。
モチベーションが下がるので、どうすれば誇りをもって働けるか?
という質問に対して、健康社会学者河合薫先生は以下のようなアドバイスをされているようです。

1.会社や肩書を誇りとするのは「偽りの誇り」でそんなものは自分の評価でなく勘違いである。
2.上司やお客さんなど自分が提供しているクライアント評価してもらうことは、誇りに気づく近道で、それを素直に頑張る原動力にすべきだ。
3.市場の価値と仕事としての価値は別で給料の多寡で誇りを構成しても意味がない。

概ね、僕もこの先生の意見には同意なのですが、いやはや会社というのは難しいですね。
能力相応の仕事、安定した雇用、一定の給料を提供した上にどうやら「誇り」というやつを提供しないといけないようですね。

この「誇り」というものは何か?ということなのですが、「プライド」とか「矜持」とは少し違うニュアンスのような気がします。
記事内でも他者との関係性の中に見出しているようです。「バカにしてくる総合職の女性」とか「認めてくれる上司」とか、先生自身のCA時代の自分の仕事に誇りを持てた体験談も同僚がかけてくれたふとした一言であったようです。

他者との関係性の中で「誇り」に気づいたり、「誇り」を必要にすることは組織が結果を出す仕事をする上で非常に大切なことです。
「誇り」は「モラール士気)」に密接に関連しており、組織化して戦略的に運用することで大きな効果を期待できます。
また、組織にとってのメリットだけではなく、結果の出やすい働き方にもつながり働く人のキャリアにとってもプラスになることが多いと思います。

とはいえ、、前出の事務の女性に「誇り」を与えてあげることはできるでしょうか?というと、見る限りなかなか難しいのではないかな?とも思います。
なぜなら、彼女は今の仕事にそこそこ満足をしているからです。その上で「誇り」をよこせというのはなかなかの要求だと思います。

先生は、イヤミを言う総合職の女性が会社や肩書を誇りにするのは「偽りの誇り」であると断罪されていますが、そういう意味では、事務職の女性も日々の業務を卒なくこなすことの評価を過剰に要求し「誇り」を提供しろと言っているのもまた「偽りの誇り」ではないでしょうか?
現場での業務改革などを行うと新しい業務プロセスの導入やシステムによる効率化に抵抗勢力となるのはこの手の過剰に甘やかされた環境にいた現場社員です。
僕は与えられた持ち場で頑張ることに誇りを持つというのはあくまで組織全体のアウトプットを最大化する為の機能として自分を位置付け、他人のアウトプットも含め最大化できるように常にチャレンジと改善を行うことだと思います。
場合によっては自分の仕事を自分で葬るような改革も進んでやるべきですし、それが組織にとって必要なことなら厭わないという現場人としての迫力こそが誇りとなるべきだと思います。
そういう人は確実にどこでも通用しますし、高く評価されます。

「持ち場で頑張ることが大半の人にとってのベストプラクティスである。」と僕が思う理由でもあります。

しかし、我慢できない人が多いのも確かです。そしてそういう人に限って不満をぶちまけたり他人の努力を声高に否定して仲間を増やそうとします。
渋滞に嫌気がさして車線変更を頻繁にしてるうちに気が付いたらさっきまで後ろに居た車に追い抜かれてるような人生の人も少なくないので、そういう気持ちになることもまぁわからなくはありません。

企業における最強の現場人材とは戦略に則って計画の困難さに関係なく徹底的に実行をし利益を最大化してくれ、場合によっては自分で自分のクビを落とすくらいわけない人です。

「持ち場で頑張る」ということは基本的に多くの企業の全体戦略の一環であり、単に何も考えずいつものやり方を踏襲することとは全く別のことだと僕は考えているつもりです。

この記事の河合先生のCA時代の体験談と同様、僕にもそう思うようになったエピソードがあります。

僕が会社員として就職した90年代後半は就職氷河期バブル後景気が上向く様子もない頃です。僕もなんとか仕事にはありつけたものの先行き不安な中の社会への船出でした。
そのころ僕がもぐりこんだ働き先はグループ全体では800億円という創立以来の巨額の赤字に苦しんでいて、経済紙などでもかなりネガティブなことを書かれていました。
建設関連だったこともあり、長引く不況と公共工事の激減によりこの状況は構造的なものであると記者は書きたてていました。
駆け出しのペイペイだった僕はそれを見て、自分は完全に負け組の選択をしてしまったんだなぁと思い、勤めて1年もしたら転職することばかり考えていました。

当時僕はエンジニアとしてプログラムを書きながら業務チームと連携して基幹システムを改善するのが仕事でした。
まぁ毎日の仕事は至って地味で、巨大な基幹システムや会計システム、販売代理店向けのシステムの仕様書もない化石のようなプログラムをこじ開けては修正したり、パッチをあてたりするような仕事でした。
会社はグループ全体で兎に角危機的な状況らしく、本社の蛍光灯が数本に一本しか点灯せず、夏場も17時でエアコンが切られそれでなくても古いビルの中は、蒸し暑く、薄暗くなっていて社会人としてまだ駆け出しの僕は、なんだかみじめな気分になったものです。

しばらくして、僕はタスクフォースと言われる事業再編のプロジェクトのシステムサイドから支援するチームに投入されることになりました。
そのチーム で、僕らが普段話したこともないような雲の上の経営企画や役員と契約したらしいコンサルティング会社のコンサルタントと仕事をすることになりました。

僕がタスクフォースに投入されたのは決して優秀だったからではありません。単に僕が会社に一番長く居たからです。
元々文系なのにコンピュータに詳しいフリをしてエンジニアとして入社した僕は他の人の能力に付いていくにも必死な状態でしたのでマシン室によく寝泊りしてましたから、遅くまで働くコンサルタントの御用聞きとして先輩達に差し出されたわけです。

僕の主な役割は、彼らがこの会社の再生の為の戦略に必要なあるべきシステム像を描き出す為、社内の現行システムを説明したり、いろいろな部署に案内する役割でした。
考古学者にジャングルの中の遺跡を案内する原住民の少年。言ってみればそういう役割。

そこからの数年間はありとあらゆるコンサルティング会社のコンサルタントと仕事をしました。
所謂トップティアファームと言われるような戦略コンサルティング会社からビッグ5系の会計系のコンサルティング会社(当時はエンロン問題の前)、個人のコンサルタントまで本当にいろんな人が出入りしていたと思います。

そして彼らはとてもかっこよく見えました。
高そうなスーツを着て、いつも賢そうな横文字を使って話をする。年齢はさほど変わらないのになんだか自信にあふれているように見え、沈みゆく船から逃げ出すこともできず言われるがままに仕事をしている僕と違って、次々と新しい仕事場で活躍しているように見えました。

ある時、僕の2、3歳上のコンサルタントを連れて、北関東の工場に行くことがありました。
向かう電車の中で、雑談をしました。
彼は代々木上原のマンションに住んでいるらしく家賃が高いけど仕事で遅いから仕方ないとボヤいていたのですが、僕の手取り給料と同じくらいの家賃の部屋に住んでいることの方にビックリしてしまいました。
僕は食堂の230円のランチに並び、ゴキブリの出る独身寮に寝る為だけに帰る生活をしていたのに。
能力が低いのは分かっていたけれど、ここまで差が出てしまうのかと。。
自分も自分の会社も負けている。ここから逃げ出さないといけない。でも逃げ出す力もない。

同僚たちも自信を失ってるように見えました。腕が立つ人や、高学歴の人の中には転職するものも多くいましたから。

僕はそれすらできませんでした。元々今の仕事に就けたことすらラッキーなくらいでしたから、今逃げ出して再就職に失敗でもしようものなら故郷の大阪に帰らないといけなくなるかもしれないと思うと、父親の怒る顔が脳裏に浮かび足がすくんで何もできないまま時が過ぎてしまいました。

プロジェクトも中盤になり、たまたまチームの飲み会で先の代々木上原に住む若いコンサルタントの上司の方と話す機会がありました。

僕は、同僚に聞こえるくらいに自分の会社やシステムの悪口をここ最近聞きかじったり、張り切って買った経済雑誌で仕入れた付け焼刃の知識で言いまくりました。
「戦略がない。」「事業の選択というやつが。。」「優秀な人が流出している。。」「欧米のトレンドでは。。」etc...
普段一緒に仕事をしている同僚や若いコンサルタントは、皆相槌をうっていたのだけれど、その上司の方は一通り酔っぱらった僕の話をうんうんと聞きながら、ポツリと言いました。

「私はあなたたちを心底尊敬しているんですよ。」
「会社は一人ひとりの社員が苦しい目標にあえて挑むことで力を合せることでものすごい成果を上げます。あなたの先輩方、上司の方々は偉大なことを成してきた。今はちょっと風邪をひいてるようなものです。」
「必ず良くなります。お互いの持ち場で頑張りましょう。」

ちょっと待ってくださいね。
彼は高そうなスーツの懐から手帳を取り出して、さらさらと何かを書いて僕にくれました。

「機会があればこの論文を探して読んでください。あなたがさっき言っていた戦略とやらの元になったCKプラハラードの論文です。そもそも彼の理論の多くはあなた方の会社を研究して書いたのですよ。」

手帳を破った切れ端には「CKプラハラード ストラテジックインテント」と書いてありました。

その後、ストラテジックインテントを基にして書かれたというCKプラハラードとゲーリーハメルのコア・コンピタンス経営を読んでみて見て驚きました。

確かに僕がボロクソに言った自分たちの会社のことが書いてありました。欧米企業の「研究対象」として。。
できる範囲のことをうまくやるような小利口なだけの戦略ではなく、経営から現場のコピー取りまで一貫して取りつかれたように野心的な目標に取り組む「ストラテジックインテント」がこの資源もないちっぽけな極東の島国の会社が成長し生き残ってきた要因であるという分析でした。

僕はとても恥ずかしい気分になりました。
この本を教えてくれたあのシニアコンサルタントから見て、僕みたいな大した実力もないのに文句ばかり、大局もそれに連なる自分の持ち場も直視しようとしない踏ん張りの効かない人間こそがこの会社の苦境からの再生の邪魔になってるのではないか?
もちろん何に注力すべきか?を選択するのは戦略かもしれない。
でも少なくとも彼は戦略のまずさを横において現場のせいにして弾劾したり、嘲笑したりはしませんでした。
彼は戦略を司る立場のプロとして「あなたたちを尊敬している。」と「持ち場で頑張るから、お互い持ち場で頑張りましょう。」と言ってくれました。
彼はプロでした。



戦略的な意図を理解した上で、一人ひとりが持ち場で頑張ること。

立派な会社を転々することでもなければ、カッコいいスーツを着ることでも、ものすごい肩書でこけおどしをすることでもない。

自分の仕事に誇りを持てないのは勉強が足りないからだ。
自分の仕事が空しくなるのは社会にとって、会社にとって、自分にとっての意義を頭がちぎれるまで考え抜いていないからだ。

戦略的であることと持ち場で頑張ることは対立概念ではない。

考え抜いた上で自分の強みを磨き自分の持ち場を全うしているか?

人の持ち場を羨んで立ちすくむ暇があったら、自分の持ち場が全体像のどのピースなのか理解する努力をしよう。
そして勉強している間も持ち場の手は止めず踏ん張ろう。

同期の集まり、メディアの煽り、成功者のマウンティング。
耳をふさいでいても向こうから入ってくるような意見にいちいち不安になることはない。

器用じゃないならなおさらだ。

そう思うようになりました。



その後苦しく長いプロジェクトとリストラを含む痛みを伴う企業改革は進み、グループはV字回復を成し遂げることになりました。

僕はというとシステム開発はノンコアビジネスであるということでグループ再編の波にのまれグループを籍としては去ることになりました。
とはいえ、「中の人」から「外の人」となっても一貫して同じ仕事場で7年程いろいろなプロジェクトをやりました。
自分で自分の墓を掘っていたとは思いませんでした。かつて僕にプロとしての誇りを教えてくれたあのシニアコンサルタントと同じくプロで居たいとと思っていたつもりです。
そして7年目の春、いろいろなプロジェクトが一段落した所で、ひょんなことから起業に参加することにしました。

もう僕の誇りは看板ではないと思えるようになっていました。

僕は華やかな仕事はしたことはないけれど、どんなエリートに会っても堂々と言えます。
「僕は一人でやるより二人、二人でやるなら三人でやる方が好きですし。右向けと言われれば右を向き、左に飛び込めと言われれば左に飛び込んできました。その方が結果につながるからです。」
「そこが僕の持ち場ですから。」

自分にとって割がいいか悪いかは関係ありません。
それが僕の誇りだし、何を言われてもびくともしません。





今日も持ち場で頑張ろうと思います。それ自体が僕の誇りだし、唯一の価値ですから。
誇りが持てる仕事だから頑張るわけじゃない。
そこを持ち場として頑張るから誇りが生まれるのだと思っています。

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2016-02-02

ゴキブリ父さんの人生戦略

ごきげんよう。相当久しぶりのエントリです。

先日、経済評論家山崎元さんが、Newspicks上で書かれている人生&マネー相談のコーナーにおいて「金持ち父さん」にあこがれる学生さんの今後の人生戦略についての相談とその回答がNewspicksを飛び出して他のSNSやメディアでもちょっとした話題になったようで僕の元にも流れてきました。

https://newspicks.com/news/1364385/body/?ref=user_9115

詳しくは、元の記事を読んでいただくとして、以下のような学生の相談、

1.年収1000万の会社員を真面目に目指すより自分の時間を持てて収入も多いと聞く資産家になりたい。
2.そのために起業したり自分のビジネスを持ちたいのでMBA取得も考えている。
3.今の自分の考えを含め、今後のキャリアプランはどう立てるべきか?

に対して、山崎さんは以下のようなアドバイスをされていました。

1.お金持ちになる為の起業のステップとしてMBAや準備としてのキャリアなどというひ弱でまどろっこしいことを言ってる時点で起業や金持ちになるセンスがないから真面目に働いて「優秀な貧乏父さん」を目指すべき。
2.多くの大成功した企業や起業家を見る限り、お金は目標ではなくビジョンに対しての「必要条件」であり、自分は世界に対して何がしたいのか?を考えた方がよい。
3.それでも金が欲しい、金持ち父さんになりたいのならブラック企業でブラックな商売のコツでも盗んで自分もブラック企業を作るのがいいだろう。

まだ何者にもなっていないのに漠然とお金持ちにあこがれる若者に対して、山崎さんらしいちょっとシニカルで知的な素晴らしいアドバイスだと思いました。

Newspicksのコメントでも独り歩きする「お金持ち」への憧れで勤労者を安易に下に見るような若者をうまく諭した山崎さんのアドバイスへ同意する好意的なコメントが溢れていました。

僕にもし山崎さんのような父親でもいて、このようなアドバイスをもらえれば今のような人生を歩んでいなかったかもしれないなぁ。。。と思いかけたのですが、いや、むしろ僕が大学三年生の時なら山崎さんのアドバイスは知的すぎて僕の心には届かなかったと思いました。

で、、、10分だけ20年前にタイムスリップすることができるとして、この記事を大学三年生だった当時の僕に読ませた上で、僕自身が補足できるならどうするかなと。。。

――――――――タイムスリーーーーップ!

ユウタロス「どうだね?進路は決まったかい?」

大学三年生の僕「誰?おっさん?」

ユウタロス「相変わらず口悪いな。治せよそれ。僕?僕の名前はユウタロス。山崎先生の記事は勉強になったかね?」

大学三年生の僕「うんうんよくわかった。俺は当面貧乏父さんで諦めるけど、そもそも真面目に会社員やって1,000万円が見えそうな就職先自体がうちの大学の就職実績でないんやけど。。どうなん?」

ユ「そやな。それどころか『出世を諦める』とか『諦めない』以前にどっかの会社に入っても君では基本出世はない。っていうか山崎さんも言ってるけど、30〜40代で1000万円を出世してもないのにもらえるような立派な会社には基本入れない。」

僕「ファ?じゃぁ詰んでるってこと俺?」

ユ「そやね。詰んでるね。」

ユ「そもそも君は世界に対して何がしたいんだね?」

僕「ファ??世界?そんなの特にないし。考えたことないよ。ないない。三流大を出るのが精いっぱいの俺が世界?ないわ〜。でもとりあえずお金は欲しいよね。社会人になってやりたいことはお金貯めてベンツのオープンカーを買って、ドヤ顔で女の子とドライブしたい。あと金融と食品、流通業界はいややな。金融はオヤジみたいな仕事はイヤやから。食品とか流通はキツそうやしモテなさそうやからやだ。」

ユ「そうか、、、典型的なFランバカだな。。まぁそんなもんだろう。仕方ない。」

僕「どうしたらよい?」

ユ「君の周りでベンツ乗ってる家はどんな家だね?」

僕「土建屋の社長のAくんの家、コンクリート卸しやってるBくんの家、開業医してるCさんの家、カスタムカーの部品作ってヤンキー相手に売ってるD社長、、、」

ユ「まぁそんなもんだろ。。今から医者は無理だろうから土建屋が良いんじゃない?」

僕「それはイヤ。16歳から鉄工所で働いて懲りたわ。あれはしんどい。社長やったらええけど。」

ユ「いきなり社長からってのは無理だろうなぁ。」

僕「じゃぁ、、やっぱ、『優秀な貧乏父さん』を目指すしかないのか。。」

ユ「ちょっと待った。。それ目指したら死ねるよ。意識だけ高い自己啓発マシーンになって金を吸い取られるだけ。『優秀な貧乏父さん』ってのは一流の大学を出てスタートラインが一流の人だけの選択肢だから。」

僕「は?じゃぁ僕が目指すのは?」

ユ「君はだね。『憂鬱だけど生き残る父さん』通称『ゴキブリ父さん』を目指すべきだね。」

ユ「君は一定のスキルや能力が備わっておりせめて学業くらいは結果を出している人、、、ですらないのだから、『何がしたいのか?』ということを出発点にするのを捨てて、まず何が出来るのか?を棚卸しなさい。君は何ができるのかな?」

僕「特にないよ。あぁ、、しいて言えばパソコンが少し触れるよ。それくらいかな。でも中途半端だよ。」

ユ「大丈夫。そしたらそれを生かすしかないね。」

僕「じゃぁコンピューター関係に、、、」

ユ「ちょっと待った。君は本当にバカだな。自分で中途半端だと分かっているのでなぜ、自分より優秀な人がいっぱい居る所に行くのだね。」

僕「だってその方が勉強が、、、」

ユ「会社の優秀な人は先生ではないぞ。単に差がつくだけだ。むしろ教育機会やチャンスはそういう人達に集中するからますます君は落ちこぼれ。死亡確定だ。勉強は自分でしろ。とにかく、IT化が遅れている業界の会社を狙いなさい。」

僕「分かった。。でも、やっぱベンツ欲しいなぁ。。」

ユ「心配するな。ベンツは買える。むしろベンツを買いなさい。君が上手く潜り込んだ先の会社で、1年勤めればローンが組める。それで買えば良い。君みたいなバカは一回やってみないと分からないだろうから、そういう変な憧れは早いうちに芽を摘んどいた方がいいからね。ベンツも走って曲がって停まるだけのタダのクルマで、大してそれでモテることもない。そんなちょっと頭のいい人達ならだれでも知ってることに変な幻想を抱いて30歳にも40歳にもなって中途半端なちっこい欧州車をコツコツ貯めた金で買ってでっかい劣等感とちっぽけな優越感を糧に働くようになるくらいなら、社会人になったらすぐにベンツをローンで買いなさい。」

僕「マジで?買っていいの?種銭を貯めろって怒られるかと思った。」

ち「種銭だ?そんなものはサラリーマンで多少給料が上がったところで一生貯まらないから心配しなくてよいよ。君の唯一のアドバンテージはそのバカさ、素直さだ。君にとっての種銭にあたるのはリスクを取って他の人がやらないようなことをいち早く飛び込んだ経験。それしかこの先もないのだから、どんどんキレイなファイナンス(借金)をして経験を先取りするんだ。どうせ出世を諦めてちまちま小銭を貯めてる人生が『ご機嫌父さん』になりうるのはエリート社畜のみだからね。ファイナンスすれば自然と返済の為に持ち場で頑張らないといけなくなるし、比較的資産価値があるものを買えば貯金の代わりにもなる。そして経験は持ち場での評価や人脈に変化し君の売り物になる。つまり君が生き残るには借金の返済に憂鬱になりながら、それで手に入れた経験を血肉に換えてゴキブリのように生残る。それしかない。」

僕「ゴキブリ父さんって借金でクビが回ってないだけじゃ、、、」

ユ「君は何を聞いていたのだね?いい加減説明するのに飽きてきたよ。『きれいな借金』って言ったろう。キレイな借金ってのはまともな金融機関のまともな金利の借金、いわゆるプライムローンのことだよ。心配しなくても君の実力と返済できるかは金融機関判断してくれる。つまり君が考えるのはちゃんとした金融機関からお金を借りれるような人生を歩むことだけでよくて、返済できるかなんか心配しなくてよいんだよ。普通に働いて返済できない金は心配しなくてもまともな金融機関は貸してくれないから。」

僕「ユウタロスのおっさん。言ってることが自己啓発より更にひどくなってないか?」

ユ「おっ。。まだ言いたいことはいろいろあるがそろそろ時間だな。。」

ユ「まぁ、君は頭が悪いから今みたいな状態になってるんだ。無理に全部を自分のアタマで考えようとせず誰の話を聞くべきかの選択に思考のすべてを投入するんだ。」

ユ「あと、君が死ねばいいのにと思うくらいキライなオヤジさんな。あの人あと何年かで勝手に死ぬから。あの人は口が悪いだけで君のことを心配していろいろ教えてくれてるだけだし、言ってることは意外にまともだ。早めに仲直りしなさい。」

ユ「あぁ、、もう時間だ。。もちばでーーーがん〜〜〜〜ばれよ〜〜〜〜〜」

僕「き、、、消えた。。。」

、、、、
、、、


さて、おかげ様で僕の「憂鬱なゴキブリ父さん」としての人生もさほど悪くないと最近は思うようになってきました。
経済的な自由を得るほどの資産も、気楽さももご機嫌さもないですが、おかげ様でどんな環境でも生きていける自信というささやかな資産は貯まった気がします。

さて、ローンの返済もあることですし、今日も持ち場でがんばりますよ。

では。

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