晴れた日はクラゲのように(HARE☆KURA) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-06-13

【お知らせ】テレビ出演

5/17ジェイコム放送された

『横浜人図鑑田所ゲストの回のYoutubeが

アップされました。

ぜひご覧下さい♪

横浜人図鑑 第490回 田所ヨシユキさん(2018年5月17日(木)放送) - YouTube

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2018-04-08

[]ベース始めました

ベースを始めたんです。

から遊び程度には弄っていたんですが

とある必要に駆られて

ちょっと真剣にやろうと

ヒマさえあればベース弾いてます楽しい

至極当たり前のことですが

練習をすると上達する」

ということに今更ながら気づいたりして。

人生ベースを弾くことになるなんて

思ってなかったんですが。

ステージ披露するのは

いつになるやら。


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2018-03-30

hacchaki2018-03-30

[]ティーンエイジャーの母

昨日母の写真を整理していて見つけたのです。


17歳のときの唯一の写真(これが一番若い写真)は

13歳の弟(ワイから見たら叔父さん)とのツーショット

まだ幼い少女の表情だが

紛れもなくワイの知っている母の顔だ。

そして弟が大好きだ、といわんばかりの姉の顔。

2、3枚目は21歳と22歳のときのもの

ワイは会うことが叶わなかったが

母のお父さん(祖父)とお母さん(祖母

それぞれとのツーショット

祖父は威厳ある昔の男の顔をしている。

武士の風情がある。

祖母はなんとも穏やかで優しげ。

あなたたちが存在したから

今ワイはこうして存在しているのです。

母は危篤状態になってから

ずっと「お母さんに会いたい」と言っていた。

ずっとその思いを胸に秘めながら生きて来たのだろう。

今頃三人で団欒しているといいな。


母は、自分から見れば確固たる「母」という存在だったけど

そんな母にも当たり前に少女時代があり、青春があり

大切な家族があり、屈託なく笑ったり思いっきり泣いたり悩んだり

友達と熱く語ったり、馬鹿話したりしていたのだなあと

そんなことを思うとなんとも熱いものが込み上げて来るのでした。

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2018-03-21

hacchaki2018-03-21

[]作文「『いもや』とワタクシ」

天丼 いもや』がなくなるなんて。

大学時代バイト代が入ると

よく学校近くの『いもや』で天丼を食べた。

漫画修行時代、神保町の出版社

持ち込みに行った帰りはいつも『いもや』だった。

当時はキス、エビ、カボチャ、大葉など

4点の揚げたて天ぷらが乗り

辛めのタレのかかった美味い天丼

シジミの味噌汁漬物が付いて450円だった。

1品50〜100円で天ぷらを追加することも出来た。

注文を受けてから揚げ天ぷら

450円では申し訳ないくらい美味しかった。

編集担当者に褒められた時は一品追加した。

今のワタクシは『いもや』で出来てると言っても

過言ではないと言ったら言い過ぎだ。


兄は『キッチン南海』党だがワタクシは断然『いもや』党だ。

立候補するなら『いもや』党からだ。

バンドだって本当は「IMOYA」にしたかったのだ。

生まれ変わったら『いもや』になろうと思っていたくらいだ。

最近は行ってなかったけど神保町界隈に行ったら必ず寄ろうと決めていた。

それがなくなってしまうのは本当に悲しい。

これからワタクシは何を支えに生きていけばいいのだろうか。


しかし『いもや』はなくなっても

これからもワタクシの心の中に生き続ける。

『いもや』よ、ありがとう!『いもや』よ、永遠に

ちなみに『とんかつ いもや』には行ったことありません。

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2018-03-18

hacchaki2018-03-18

[]父の誕生日

おととい父が夢に出て来た。

70代半ばくらいの、まだ元気な父だった。

なんかいろいろ話しかけて来るから

この人自分が死んだのわかってるのかなあと思って

思わず「あの〜、親父死んでるんだけど」って言ったら

とてもショックを受けたいうような

そしてとても淋しげな顔をしていた。

晩年は父の耳が遠くなり

コミュニケーションが上手くいかず

ついついキツく当たることが多かった。

最後のまともな会話のときも

そんな淋しそうな顔をさせてしまった。

本当に親不孝な話です。

もっと優しく出来なかったものかね。

今日誕生日だったね。

おめでとう。

生きてりゃ横浜高島屋の『今半』で

肉買って来てすき焼きだったね。

また親父の味付けで食べたいね。

ワイがそっちに行った時にはよろしく。

まだ当分先だと思うけど。

しばらくは母とふたり水入らずで待ってて下さい。

もう母を困らすようなことするなよ。

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