播磨屋の「うたかたの記」

2018-05-26

長寿社会 その十一 長寿社会 その十一のブックマークコメント

働く人は必ず定年がくる。これは会社戦力外通知に当る。今は定年が65歳になったが歳取れば体力も能力も落ちて社員ポンコツ化する。それに終身雇用制では高給だから、経営者退職金払っても体よくお払い箱にするのは当然だ。定年制の始まりは1887年海軍火薬製造所が55歳の定年を設けたのが最初とされるが、明治時代平均寿命40歳半ばだから死ぬまで働くのを前提に定年を設定された。今は平均寿命、男で81歳、定年から16年も長く楽しめる。でも定年は会社から月給という金の切れ目が縁の切れ目で、いわばポイ捨ての吸い殻で今後は年金で暮らさねばならぬ。歳を取っての幸福度の四原則健康経済家族希望で、その一つも欠けると老後の幸福度は薄いものになってしまう。健康は言うまでもないが、禁煙はもとより、酒の量を減らす。腹八分目、間食なし。運動は一日5000歩、睡眠6−7時間かたくなに生活習慣を変えない事。これを守っていればOK人間の体は上手く使えば丈夫に出来ているので実行しよう。経済については定年後は年金以外入る見込みがないので若い時から習慣的に「入りを図りて出を制す」を徹底すべし・本の書くところによれば近未来に9割が下流化になるらしい。若い時は実感ないが生きる以上「生老病死」は逃れられない。人生百年設計を怠っては老後に惨めな生活が待っている。中には定年後に「悠々自適」に暮らすと宣言する人もいるが、それは収入が無くも食べていける資産家であり滅多にいない。定年になって最初のうちは満員電車の窓に頬っぺたをくっつけ難行から解放されたと思うと嬉しいが、その気分もすぐ消える。厄介なのは長い歳月生活習慣は簡単に消えるものでなく、今後は24時間、老夫婦だけで暮らすのは退屈で辛いと思う。提案したいのは、今まで奥さまが毎日していた家事一般を亭主が引き受けること、最初は上手くなくても徐々に要領が分かってくると面白いと感じてくる。戦国時代織田信長料理の腕も天下一品で、親しき大名たちに馳走したという。

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2018-05-25

長寿社会 その十 長寿社会 その十のブックマークコメント

ボクは戦前教育を受けましたが、厳しかったが懐かしい。昔の小学校国語教育はとにかく暗誦でした。教育勅語般若心経宣戦布告勅語まで・・訳も分からず覚えました。教育勅語は毎朝の朝礼で校長先生が黒い漆箱に入った勅語の巻紙を丁寧に取り出し一礼して厳かに朗読された。朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ・チンオモウニワガコウソコウソウクニヲハジムルコトコウエンニトクヲタツルコトシンコウナリ・・」頭を下げた。子供のころの記憶侮るべからず。85歳過ぎたボクですが今でも教育勅語は最後まで澱みなく言えるのが自慢です。今の天皇陛下はボクと同じ年の昭和8年にお生れですが、お誕生の歌が小学校音楽時間でいつも歌われました。「日の出日の出に鳴った鳴ったポーポーサイレンサイレンランランチンゴン、夜明けの鐘まで天皇陛下がおよろこび、みんなうれしいな、お母さん、皇太子さまお生まれになった」北原白秋作詞中山晋平作曲の軽快な祝賀メロディですが街中で歌われ、幼さないボクも一緒になって歌っていました。当時は記憶遊びが流行って「ジンムスイゼイアンネイイトクコウショウコウアンコウレイコウゲンイカジン・・・メイジタイショウショウワキンジョウ」歴代天皇124代まで何秒で言い切るかをみなで競い、普通のスピードなら約1分だが、口の早い子供は20秒ほどで息も継がずに一気に話した。戦前教育記憶力の養成に繋がったことは事実であり教育方針も悪くはなかったと今も思う。正直今の若い人の言葉の貧弱さは、記憶力の必要とする国語力不足であり学校社会歴史地理などにも相当影響していると思う。

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2018-05-24

長寿社会 その九 長寿社会 その九のブックマークコメント

江戸期に生きた儒学者貝原益軒が残した「養生訓」には、生きる事への感謝の念を忘れることなく健康で長生きする提案が記されています。それは現代にも通じるものであり、今の健康の源は、この「養生訓」が基本であると思います。その一部「養生一訓」自分の体は自分だけのものと思い、勝手気儘に自堕落な生活をしてはいけない。自分の体は父母がこの世に残してくれたものであり、またその子へと残すものである。であるから体を損ね若死にはいけない」「養生三十八訓」人の欲望には限りがないが人の命には限りがある。限りない欲望に限りある生命力を使うのは間違っている。養生の道は自然にたやすく使えばいい」「養生百五十九訓」生まれもっている寿命を延ばすための薬というものはない。長生きのためだの薬の効果はない。養生とは生まれもった寿命をそのままたもつことである」ご尤もな貝原益軒先生言葉だが、難しい訓えではなく、普通の当たり前のことを言っているだけの養生訓」だろう。しかし人は当たり前のことが最も苦手で出来ないのです。人は生まれること自体が凄いラッキーに恵まれたことを知ろうとしない。男が長い歳月の中で好きな女と巡り合い或る日の愛の最中の何千万という精子の中から、たった一匹が女の卵子に辿り着く。卵子にも都合があるだろう。あなたもボクもそんな天文学的な数字の中から生まれた超果報者であることを忘れては罰が当たる。命はひとつ。現代医学も大切だが源の貝原益軒養生訓」も知ろう!

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